才能の卵を孵化して最強って母性の発露は聞いてない 作:鴨鶴嘴
冒険者ギルドのカレイユ支部にて、防御不可能な時空断裂斬で指定魔獣を瞬く間に討伐数を稼いで登り詰めていった『紫電の剣鬼』が、新しい最高位冒険者になったと大陸中で噂されるようになるのだが──それはまだ先の話。
俺はギルドから与えられた部屋で、精霊達を外に出して厚い本のページを一枚ずつ捲っていた。読んで理解出来るような速度ではないので、読書とはとても言えないが、専門的な知識がほしいときに、背後の精霊達が記憶した本の景色をいつでも思い出せるので、最近はこうやって知識をストックするのが癖になっていた。
そして、タッタッタッ、と弾むような駆け足の音が廊下から聞こえてきて、風が巻くような速度で扉が開いた。
「失礼しまーすっ!叔父さんから、ここで強くなれると聞いて来ました!」
サラサラと毛量を調整した前髪が眉の上で揃ってカーブを描いた姫のような髪型は、その赤い毛が空気をたっぷりと含んだように膨らんでみえて、頬の汗に張りついた髪がお転婆な雰囲気の元気な女性が、『ドーン!』とオノマトペを背負っているんじゃないかというような喧しい登場だった。
「君がリックスさんの言っていた、姪っ子の──」
「サァラ・グラムベルです!」
「……うん、よろしくね」
「よろしくお願いしますっ!」
前へ前へと猪のような勢いにペースを崩されて苦笑いしつつ、ふらっと手を動かしたら、急降下した鳶が獲物を掴むように、ガシッと握手をされた。
ああ……凄い疲れる。それと、今日は危ういかもしれないから、より注意しないと。
「では、改めて俺のスキルを説明すると、宿主が強く望んでいることに沿った才能の卵を手の甲などにタトゥーの形で与えて、孵った精霊がある段階まで成長すると宿主と同化して後天的な才能として習得出来るというものです。数に上限はありましたが、スキルの練度が上がって今は数に余裕があるので、今日は信用出来る身内の新人冒険者として、サァラさんの強化をすることとなりました」
「……えいっ!」
スパン、と爽やかに肩を殴られた。なぜか全員から殴られるのでもうすっかり慣れてしまったが、これも必要な儀式として受け入れている自分がいた。
「タトゥーには僕がその場所へキスをする必要がありますので、手の甲などをオススメしますが、どこにしますか?」
「うーーん。拳は商売道具だから嫌だし。……決めた!おへそのすぐ下かな。オシャレだし!」
「……分かりました、では失礼しますね」
ひと回り下の若者の感性が分からないが、あくまでビジネスライクな態度でその場に屈む、目の前でサァラさんが新人冒険者にギルドが支給する革の胴衣を脱いで肌着を捲ると、割れた腹筋が露出して俺の顔の前に迫ってきた。
チュッ。
「えへへっ!お兄さん、数に余裕があるんですよね?」
「ちょっ」
チュッ、チュッ、チュッ。
悪戯っ子のような笑みを深めたときに嫌な予感がしていたが、体が動く前にがっしりと頭を掴まれては何度も唇にお腹を押しつけられて、サァラさんのお腹には連続するように繋がった複数のタトゥーが浮かんでいた。そして、赤い爪傷のような複数のタトゥーが光を帯びて肌の上で魚群のように泳いで渦巻き、それは♡に似た一つの大きな模様となって臍の下に浮かび上がっていた。
「わあっ、この模様凄くいい感じだねっ!」
「なんだこれ……こんなこと、初めてですよ」
俺はこれを仕事にしているのに、勝手なことをされて最初は怒っていたが、試したことの無い目の前の未知の結果にそんなことはもうどうでもよくなっていた。
「これから毎日来てください。それと、おかしなことがあったらいつでもいいので、何でも報告してくださいね」
「うん、じゃあよろしくね!」
何も考えていないような元気印な若者のように見えて、リックスさんの姪っ子という立場を利用してこれぐらいなら許されるだろうとラインを見極め、エゴを通す強かなところがあるサァラさんは、やはりリックスさんの姪っ子なのだろう。
手を振って去っていく背中を見送ってしばらく、お茶を飲みながら放心していると、縦に空間が破れて仕事を終えて着替えた私服のスメラギさんが現れて、太刀を鞘に納めるところだった。
「今日のお仕事も終わったようですし、これから夕食に行きませんか?いいお店を予約してありますので」
ついに空間転移を習得してしまったスメラギさんなのだが、さっきまで太刀の内側に宿っていた青龍が俺の首に絡まって「グルルァ!!」と嬉しそうに鳴き、羽が生え替わってより美しくなった朱雀が「ピイッ♪」と鳴いて室内を旋回していた。
「それは楽しみですね。あの……スメラギさん?」
「……今は充電中です。いつものを、お願いします」
行かないんですか?と俺が視線で問いかけて、首を横に振る。
精霊達がスメラギさんの内側に戻り、胸に飛び込んで見上げる黒で塗り潰したような瞳に心が吸い込まれた。
俺は甘えてくるスメラギさんを片手で抱き寄せてから頭を撫でて、優しい雰囲気の目がとろんと力が抜けて、真っ赤な唇を尖らせて催促するので、たまらず唇を重ねる。
んふんふ、と笑みに混じった声が漏れてしまうスメラギさんが俺の腕の中にいることに安らぎを覚え、愛おしいと感じている自分がいた。
「続きはまた後で。……そろそろ、ねぇ?」
「あはははは……ディナーが楽しみだなぁ」
すりすりと内腿を撫でられて、悶々としてしまう。
……もうすぐ、青龍の精霊がスメラギさんと同化してしまうという段階になって、会えなくなると毎日悲しくて泣いていたので、つい、「いつか、スメラギさんにとって特別な人が現れたとして。その人との間に出来た新しい命に精霊が宿ってくれたなら、それは素敵なことだと思いませんか。そう考えたなら、このお別れも未来の楽しみにならないかな?……なんて」と言って慰めてみたのだが、スメラギさんはとても感動してこの解釈を気に入ってくれた様子だった。
そこまではよかったのだが、十代で結婚するのがありふれているこの異世界の常識的に考えて、婚期を逃したと言われる年齢の女性に対して無責任に言っていい言葉ではなかったのだろう。
日々増していく圧力に、誤魔化すのも苦しくなってきているのが現状だ。
◆
「ママ?……パパ~♪抱っこして~♪」
「メリルちゃんはほんと、パパが大好きね!ちょっと妬いちゃうかも……ねぇパパ?」
「いや、パパじゃ──痛っ」
脛を蹴って笑いかけてくるサァラさんが抱き上げる金髪碧眼の人型の精霊が、天使のような笑顔で両手を広げるので、俺が抱っこをすると頬にキスをしてくれた。
とても可愛いが、精霊だ。頭と胃が痛い。
満足した精霊がサァラさんの胸の中へと消えていくと、赤面してパタパタと顔を仰ぐサァラさんが深呼吸をして、服を捲った。ハートの形をした大きなタトゥーが露出して、俺はお腹に顔を寄せてキスをする。
「いやー。まさか、こんなことになるなんてねっ!私はメリルちゃんがいて毎日が幸せだけど、あの子の今後のことを考えると危険な冒険者稼業はほどほどにした方がいいのかなって考えているところでさ。……ねぇ、どう思う?」
「……一応言いますけど、精霊ですよ」
「うん!その上で、認知してくれるよね?ね?……してくれないと、イヤだよ」
「それは」
……いや、どうして認知の話になる!?
卵から人型の精霊が孵ったのはこれが初めてのことだったが、サァラさんはすっかり自分で名付けたメリルちゃんの母親になっていた。
その溺愛っぷりに、俺はメリルちゃんが成長することで起きる遠くない未来の事、宿主と同化してしまう日が今から怖くてたまらない。
「そうですね……ギルドとしては、人の姿をした精霊であるメリルちゃんを登録する場合、宿主であるサァラさんを母親として、僕を父親として登録することは、前例がありませんが、おそらく可能です。サァラさんのおっしゃった認知については、それでよろしいですか?」
「うんうん……えへへっ!これでちゃんとパパだって言えるねっ!」
そして後日、俺はリックスさんに呼び出された。
「で、どう責任取るつもりだ?」
成長したメリルちゃんの精霊としての存在の大きさが宿主であるサァラさんを上回って同化したことで、金髪にインナーカラーが赤色に、瞳も青と金のオッドアイになって、記憶は変わらずあれどもはや同じ人物とは言えない、まるで天使のような人より上位の存在になってしまった。
「僕のスキルによって前例のない複数が一つの精霊になることで、予想の範疇を越えた──」
「違う。それはあくまでサァラ個人の問題だ。今はそういう話じゃねぇだろ。サァラにはもう、アレン君が必要だ。アレン君がどういう形で責任を取るのかを、叔父という立場から覚悟を決めろと言ってるんだ」
「……今度、デートに誘います」
「……まあ、いいだろう」
◆
「私はあなたよりも一回り年上ですし、サァラちゃんに至っては二回りも年下ですから。……それでも、私のことも愛してくれるんですよね?でしたら、あなたの心境に変化をもたらして関係が進展するきっかけになってくれたことに、むしろ感謝しています。何度か話してみて、サァラちゃんは気遣いが出来てとてもいい子ですし」
・・・・・。
「スメラギさんはちょっと怖いけど、お兄さんのことが大好きだから私も好きだよ!それに、家族はたくさんの方が賑やかで楽しいしね!私って人生経験が浅いから、スメラギさんがいてくれたら色々と心強いかもっ」
・・・・・。
下手に隠して修羅場になる前に、腹を括って二人には同席してもらった上で今日までに起きたことを全て話してからしばらく、今度は個々に価値観を擦り合わせようとしてみれば、杞憂のように話があっさりと進み、ホッとした。
そして次の日の職務中、前々から打診があった俺の他国への一年六ヶ月の出張が王命により決定したのだった。