才能の卵を孵化して最強って母性の発露は聞いてない 作:鴨鶴嘴
セレスティア神聖国の中央の教区には巨大な教会が城のように建っており、そこからはだいぶ離れた街区にギルドの支部がある。
そこへ向かうまでに、森の外は初めてなのだと目を輝かせているエルフの戦士で護衛のアイシャの感動のリアクション越しに街を歩いていたので、俺もささいなことを面白いと感じながら街を歩いていた。
「あれは食べ物のようですが、どんな味がするのでしょう。興味深いと思いませんか?」
「……そうだな、これで二人分を買おう」
「では私が行ってきます。ここで待っていてください」
自身の財布の紐は固いアイシャが俺の袖を引くので、銅貨の入った巾着を渡すと駆けていって、店員さんとにこやかに会話をして商品を受け取り、串を頬張りながら戻ってきた。
「!……これはっ、異国のスパイスが効いていて、なかなかに美味ですよ。どうぞ」
「ありがとう。……懐かしいな。昔に俺も、こんな串を焼いて売っていたことがあるんだ」
「へぇ、料理が出来るんですか。それは素晴らしいですね。いつか食べてみたいです」
「そこまで言うなら、今度作ってやるよ。他にもいろいろ、俺の故郷の料理とか。うん、たしかにこれは美味いな!……問題は、この国に使えそうな食材があるかだな。……どうした?」
急に立ち止まったアイシャが小さな口で串にかぶりついたまま、目を丸くしてじっと見つめてきたので、なんだと思い聞いてみると、モグモグ、と美味しそうに頬張って飲み込んでから、自分の考えをまとめるように頬を人差し指でトントンと小さく叩いた。
「私というエルフは、閉塞的な里のあり方やそこで暮らすみんなとはどうも馴染めなくて。森の案内人という仕事を長くしてきましたが……どうやら、あなたとは自然体でいられることに気づきました。それに、私と仲良くなろうとしてくれることがなんだか嬉しくて……これが友達?なんでしょうか。新鮮な気持ちなんです」
少し照れ臭そうに横髪を耳にかけて笑うアイシャに、俺の方がもっと恥ずかしくなって赤面してしまい、この天然め、やられた!という気分だった。
「いや、普通は全力疾走した後の汗を拭うのに、友達をタオルにはしないけどな?まぁ、別にいいけどさ。あのときは俺も、悪かったし」
「……えっ?それって、本当は……汗が嫌じゃないってこと?だとしたら、今度一緒に近くの森で遊びたいです。昔から友達が出来たらやりたいことを考えていて、きっと楽しいですよ。もう絶対です」
……いや、どうしてそうなるっ!?
と、心の中ではツッコんだが、こんなにも分かりやすく『ワクワク!!』と顔に書いてあるアイシャを悲しませることに罪悪感が……いや、とくに湧かないなこれ。
「え、なんか嫌だ」
「と゛お゛し゛て゛て゛す゛か゛っ゛!?」
「声うっさ。エルフの感覚は知らないけど、森遊びって汚れそうだし、変な虫がいるし、ひたすらに疲れそう。どうせなら俺は大自然の露天風呂とかサウナで癒されて、美味しいご飯を食べる方に心惹かれるんだよね」
「それはつまり、汚れてもいい格好で、虫除けの結界内で、疲れ過ぎない程度の強度で遊ぶ時間を決めればいい、ということでしたら可能です。サウナのことは知りませんが、出来るだけ努力します。露天風呂と森での食事は私の『友達とやりたいことリスト』の項目にもありますので、お互いに楽しめると思いますよ」
うっかり忘れそうになっていたが、アイシャはエルフで、エルフは基礎スペックが人間より遥かに高い。
そんなアイシャのコンマ秒の真面目なレスポンスにそれらしい反論が見つからず、俺は両手を上げた。
「はい降参、分かった。……それじゃあ、準備の役割分担から決めようか。その前に、ギルドの支部でのあれこれが先になりそうだけど」
籠手と兜を囲う月桂樹の葉のロゴ──冒険者ギルドの看板を見つけて、俺は指差した。
「絶対ですよ」
・・・・・。
「国教の、学生を優先的に、ですか?」
「そうです。それが教会側の決定ですので、明日からよろしくお願いします」
癒しの奇蹟によって傷を治す職業であるクレリック達は冒険者パーティーの生命線であり、その全てのクレリックは必ず四年に一度はセレスティア神聖国へ赴き神に祷りを捧げるという。
そこで学ぶ学生達とはつまり、未来のクレリックの卵達であり、どのように接したものかと頭を悩ませるのだった。
◆
「私のスキル、失礼……女神様より賜った祝福を説明すると、宿主が強く望んでいることに沿った才能の卵を手の甲などにタトゥーの形で与えて、孵った精霊がある段階まで成長すると宿主と同化して後天的な才能として習得出来るというものです。既にご存知とは思いますが、これから学生であるみなさん一人一人に私から精霊の卵を与えます。精霊達はとても純粋で、繊細で、あなたの心の一部でもあります。私から一つ言いたいことは、どうか、これから起きる出会いと別れの最後まで、愛情を持って精霊の成長を見守ってあげてください。その経験がきっと、みなさんの魂の健やかな成長につながることを、ささやかながら祈っています」
パチパチパチパチパチパチ……
一応言うと、この音は連続してビンタをされている音ではない。
学生のみなさんの前でちょっとしたスピーチのような自己紹介をお願い出来ますか、と教師の一人から言われて、いいですよ、軽く返事をしたのだが、いざ立ったのは教室ではなく聖堂で、生徒達がずらりと座る前で拡声の宝石を使用した冷や汗だらだらなスピーチがなんとか終わり、拍手を受けていた。
パチパチパチパチパチパチ……!!
なんか、ちょっと、これ、拍手長いな。
……むしろ、さっきより盛り上がってないか?
これ、タ○リさんのあの拍手芸を強いられているのかっ!?
俺が止まない拍手の暴力に精神的苦痛を受けているとき、暇潰しに聖書の全ページの景色を全て記憶していても必要なときに思い出そうとしなければ全く意味の無いように、俺の理解の外側では、致命的な方向へ物事が動き出していた。
暁の聖女の誕生。
そして現人神の降臨。
この物語は神話の中にある。
猫箱の前では、虚も実も真実なのだ。
新釈:山月記(レ・ダウになった男)