人生舐めてるちょいエロ系女性配信者が自分の意志でザーメンジョッキを一気飲みするまで。 作:鬼金目なむか
「さぁ、アンナちゃん――」
クソみたいな報告会は終わったみたいで、おっさん達の視線がアタシに集中する。
「今日呼び出されたってことは……わかってんだよな?」
「ほら、アンナちゃん、かけつけ一杯。ちょっとデカいけどいけるかなぁ~?」
「皆いくぜぇ!」
おっさんのひとりが音頭を取ると、全員が声をそろえて、
「アそぉれっ、いっき! いっき!!」
とベタなコールをアタシに浴びせてきた。
「…………」
リサさんは何考えてるのかわからないけど、ずっと目を細めてる。ベテランの保育士さんみたいだな。
普通に生きてたら絶対にお目にかかることはない、メガサイズのジョッキに満載の精液。4ヶ月前にみた絶望の象徴の悪魔的進化形態。アタシが今からそれを飲むことを期待しておっさん達の目はキラキラしてた。
──でも、今日のアタシは冷めていた。
不安とか絶望とかそういう感情もとくになくって。
なんだったらおっさん共やリサさんにほんの少し申し訳ない気持ちすらあった。
コール鳴り響く中、アタシはぼそりとつぶやいた。
「……実は、もう飲む必要ないんだよね」
場が、一瞬静まり返った。惰性で一気コールしてるおっさんがいるのがもの悲しい。
「……え?」
おっさん達が眉をひそめる。
「その……嫌すぎて、ザーメンジョッキ飲むのが。質とかどうでも良くて。リサさんの指導でなんか変わったとしても精液は精液じゃん。女の子を自分の性欲満たすため道具としか思ってないようなやつのさ」
「…………」
「だから、さ。借金取りと連絡とって別の金策の相談してさ……アダルトビデオのメーカーと専属契約した……」
アタシは歯を食いしばりながら続ける。
「とりあえず3年の契約で……そしたら借金返せたんだよ。だから……もう…………」
静寂。
「だからもう、それ──」アタシは視線を、座卓に鎮座するメガジョッキに向ける。ぽこ、とイカ臭い泡が弾ける。「飲む必要ないんだよね」
おっさん達は、ゆっくりと互いの顔を見合わせた。
そして、ぽつりと──
「……てことは、あれかい? アンナちゃんと俺たちとを繋ぐ──」
どこか寂しげに言葉を紡ぐ。
「いや、アンナちゃんとザーメンジョッキを繋ぐ、借金って絆は……なくなっちまったわけかい」
「…………」
言葉のチョイスがキショい。なにエモい雰囲気出してんだよ。
おっさんたちは本気で哀愁を漂わせてた。すげぇな、哀愁って変態でも出せるんだな。
「……そっかぁ……」
「アンナちゃん、もう俺たちのために飲んでくれないのか……」
「そっか……じゃあ、もうザーメンメガジョッキ計画も……」
「終わり……か…………」
そう言って、おっさん達はゆっくりとメガジョッキを見つめる。
彼らの努力と執念の結晶が、生臭い臭気を立ち上させて揺れていた。
おっさん達は動揺しながらも、自分たちを納得させるみたいに言葉を紡いでた。
「飲んで欲しかったけど、理由がないのに俺たちみたいなおっさんのザーメンなんて飲みたくないよな」
「うん、うん……どんなに健康的なザーメンになっても飲みたくないって言ってくれてたもんね、アンナちゃん」
「むしろアンナちゃんがずっと嫌がってくれてるのが嬉しいんだ俺達は。そんなアンナちゃんだから、ザーメンをメガジョッキで飲ませたいっがんばれたんだから」
「努力が無駄だったなんて思ってねぇよ、俺たち。さっきも皆言ったろ? 健康を気にして運動したり食べ物気をつけたりしてたらたくさんの良いことがあったんだよ。…………だから、もう…………」
卓上のザーメンメガジョッキが、こぽっ、と空気を吐いた。
「……もう、うぅッ……アンナちゃんが飲む必要はないさ」
なぜか少しだけ涙ぐみながら微笑んでた。
本心から、もう諦めてる顔だった。借金を返した今、こいつらはわたしがいうことを聞くとお金を出してくれる命綱じゃなくなったんだもんな。
おっさんの涙に同情は一切ない。ってか泣いてるのが意味わかんない。女に精液飲ませるの、どんだけ生き甲斐にしてんだよ。
「…………」
アタシは、安堵してた。
目の前の湯気でもたちそうなメガな量の白濁汁。馬鹿どもの徒労の結晶。
アタシが飲むわけじゃないってなると、冷静に見ることができる。
(…………白濁汁、だな。白い……黄色くなくなってるな。確かに)
最初みたときは臭くて黄色みがかっててどろどろまだらに濁ってて最悪だった。臭いももっとキツくて、汚物にしか見えなかった。
(マジで変わるんだな)
そんなことを考えた。別におっさんどもの努力を讃える気持ちは一切ない。皆無。
ただ、数ヶ月前と今、おなじように目の前に置かれたザーメンジョッキだけど、同じじゃないんだなって思った。ただそれだけだ。
それだけのことしか感じてなかった。
──だから、ほとんど無意識だった。
なんとなく、ふーん、と思って、メガジョッキの取手に掴んでた。
どうせ飲む必要ないんだ。でもこんな馬鹿げた代物、もう一生みれないんじゃね? って思って、もう少し確かめようと顔を近づけてた。
「……っ!」
そんなアタシを見てか、おっさん達の何人かは身を乗り出そうとしてたけど、前にいたおっさんが、黙して手で制止する。
──アンナちゃん、まさか飲むのか?
──いや、黙って見守ろう。
ってか? 飲むか馬鹿。
「アンナさん……」いつのまにか触れるほど近くにいたリサさんが耳元で囁いた。「わたしの知る限り、ザーメンの過剰摂取で死んだっていう事例はないわ」
ウィンクを添えて。
「ッ! いや飲まないですからね!」
「そうよ。飲まなくてもいい。それを強要できる人はここにはもういない。でも……少しだけ気になるなら、テイスティングだけして、それで終わりにしましょう」
詩の朗読のように囁くように静かなのに感情に染み込んでくる声だった。
「まあ、気になるは気になるけど……飲もうなんて…………」
あたしは両手でメガジョッキを持ち少し持ち上げる。ずっしり、重い。表面張力ぎりぎりまで満たされたザーメンがぷるぷると揺れる。
(すごい量だな。異常だろ。逆にそんなに一生懸命になれて羨ましいわ)
なんか、心からアホくさい。テイスティング? 無いでしょ。一滴も飲みたくないわこんなもんマジで。
──でも。
ふと、思い出した。
はじめてリサさんが現れた日。黄色くて臭い、ドロドロのザーメンジョッキ。アタシが絶望の底に沈んでいたあの瞬間。
リサさんは、そんなアタシの絶望ごと飲み干すみたいに、黄色みがかったドブカス満載のジョッキをぐいっと掴んで、
ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ──
と空にしてみせた。
その姿を見たとき、あたしはただ圧倒された。
すごい! とか、助かった! とかいう思考すらできなくて、ただただ意味がわからなかった。脳みそが完全にバグった。
あの圧倒的な感じ。今ならわかる。
(……アタシは、かっこいい、って思ったんだ)
リサさんは、汚いおっさん共の汚いザーメンジョッキを、自分の意志で飲んだ。頼まれたわけでも脅迫されたわけでも、逃れられない負い目があるわけでも無いのに。
(……アタシって、どうだ?)
たまたま顔が整って生まれて、ちやほやされて育って、なんかデカく実った乳で男捕まえて遊んで、調子に乗ってセクシー系Youtuberやって……そんで失敗して借金して──
(アタシってずっと楽っぽいほうに逃げてんな……)
逃げるのが悪いと思ってるわけじゃない。楽できるなら楽したらいいと思う。望んで苦労するなんて馬鹿だ。でも……
(そういやアタシ、今まで自分で何か決めたことあったっけ?)
なんとなく楽そうな流れに乗っかってきただけなんじゃない?
ふと、そう思った。
今も、ザーメンジョッキ飲むよりかは、ちゃんと無理ないように管理してくれるセクシー女優のほうがマシそうだからってAVの契約してさ。
メガジョッキ抱えて、ぷるぷる揺れる白い汚物を見下ろしながらそんなこと考えてたら、
「……………………あ」
──アタシ、気づいちゃった。
「はっ、あははっ」
乾いた笑いが漏れた。
「ははっ……は……ッ……ぅうっ、んくっ……ふぅぅ、ぐ……」
──そんで、なんか涙でてきた。
「アンナちゃん泣いちゃった…………」
おっさん達が怪訝そうにしてる。
「あは……ぐすっ、ぅう……なぁんだ、そうだったんだ……ふふっ、ぐっ、ううっ、ううううう……………っ!」
気づいちゃった……
──アタシの人生ってずっと、アタシが嫌いなものにコントロールされてたんじゃん。
◆
涙で霞んだザーメンメガジョッキが、ごぽりと泡を吐いて言った。
《泣かないでアンナちゃん。もうぼくを飲む必要はないんだよ。このまま目を背けて帰っていいんだよ》
馬鹿げた幻聴だった。
こぽっ──
《AV女優も立派な仕事だよ。がんばって人気者になれたらいいね!》
(黙って……)
わかってる。これはアタシの声だ。だから──
ごぽっ、こぽ──
《でも、もしもうまくいかなかったり、思ったより大変だったら、また逃げたらいいんだよ。逃げるのは悪いことじゃない。キミもそう思うでしょ?》
(黙れよ……)
だから……だから、どうしようもなく、
ムカつく。
こぽ、こぽ、こぽ──
《嫌なことがなくって楽で好き勝手できて楽しい場所を探し続けて、キミはどんな人生を切り開いていくんだろうね》
(黙れって……)
知らない感情が腹の中で暴れてる。メガジョッキを握る手に力が入る。爪が手のひらに刺さる。
ごぽ、ごぽんっ──
《あ……でもそれだとキミが切り開く人生っていうより、嫌なことの影でこそこそ生きる人生だね》
ぶちっ──
アタシは、キレた。
体が勝手に動いてた。腹の底から焼けるような熱が上がってきた。こんな感じはじめてだった。
メガジョッキを抱えたまま立ち上がった。
支える手が震えてるのは重さのせいじゃない。たっぷりと盛り上がった精液もぷるぷる揺れるけど、もう幻聴は聴こえなかった。
リサさんと目が合う。
彼女は、ふっと微笑んだ。
アタシは顔の高さまでメガジョッキを持ち上げると──あんなに嫌で仕方なかったのに──なんのためらいもなく口を付けてた。
そして、あのときのリサさんみたいに、
ぢゅるっ──
と一口啜ると、そのまま、ぐいっとメガジョッキを傾けた。