※この作品はR-18です。

紲星姉弟は付き合っているようです   作:真喜屋五木路

2 / 3
紲星姉弟とクリスマス_前編

――「いいよ、ひーくん」

そう言って、あかり姉は滑やかな膝を自ら掴んで押し広げる。

(何でこういう状況なんだっけ……)

一瞬疑問が湧いたものの、目の前の光景に些細な疑問は煙のように掻き消えた。

太ももの奥に隠れた秘華が、柔らかな割れ目の間から控えめに赤い花弁を覗かせ、期待にひくついるのが見えて、思わず喉が鳴る。

「あかり姉……」

ふわふわとした心地よいような、幸せなような、まとまらない思考で。だが、ずっと求めていたあかり姉へと手を伸ばす。

適度に脂肪がついてふわもち触感な彼女の横腹を掴み、腰と腰とを近付けると、触れ合わないうちからぬぢりとした熱が下半身に感じられた。

「いいん……だよな?」

「……うん」

心配で思わずもう一度確認すると、あかり姉はにっこりと笑みを浮かべて首肯してくれた。期待に腰裏が熱くなり、それだけで暴発してしまいそうな気さえする。

しかし、ここまでお膳立てされているにも拘らず、入れる前に果ててしまうのはあまりに情けないし、勿体なさ過ぎだ。あの日以来、ずっとあかり姉ともう一度“しかたった事”がこうして叶いそうなのだから。

だから震える指で狙いを定め、ゆっくりと腰を押し出して――

「――あれ?」

おかしい、挿入らない。

慌てて腰を引き、もう一度前に。だがやはり表面を擦るだけで、微塵も挿入っていくような気配はない。

「――っ」

どうしてここまで来ているのに、という焦りが動きを雑にし、せわしなく腰を前後に揺する。しかし、まるで見えない障壁に遮られているかのように表面を擦ることしかできない。

しかもそこに感じるのは暖かく柔らかいあかり姉の感触とは程遠い、まるで布にでもこすりつけているような乾いて無機質な、さりさりとした刺激だけ。

「ごめんっ、あかり姉。ちょっと入らなくて……」

そう言いながら視線を下半身から上に向けて――あかり姉の表情に腰が止まる。

いつもの朗らかな笑顔とはほど遠い、呆れたような、軽蔑するような見下ろす冷たい蒼い瞳。

「あ、ごめ……」

謝罪の言葉は最後まで音にならずに、後悔へと呑まれ、溶けていく。

やっぱり、あかり姉は別にこういう事なんかしたくなくて――結局これは俺の我儘みたいなものだったのだろうか。

でも、それも仕方がないかもしれない。勘違いとゆかりさんの策謀があったとはいえ、無理矢理初めてを奪って痛い思いをさせてしまったのだから。

冷静に考えれば不思議でも何でもない事実。だけど、そうであって欲しくないと願ってしまっていたからこそ、つきりと胸が痛む。

――でもきっと、あの日のあかり姉はこれより痛かった筈だ。

「……すぐ、離れるから」

残り火のような興奮と、それを押し消すような昏い後悔に、ゆっくりと距離を離そうとした瞬間だった。

さりさりさりっ――腰を引いたせいで思わず先端の粘膜に乾いた刺激が走って、体中全身になみなみと満ちていた快感へ、最後の一滴が注がれる。

しまった、と思った時にはもう遅い。

びゅくっ、びゅぐ、びゅぐっ――

「あっ――く、ぅぁっ……」

我ながら情けない声と共に、腰裏の熱が細い管の中を迸って前方に吐き出される。

快感と、罪悪感と、情けなさと、それらが綯い交ぜになった粘つく感情みたいなそれは、あかり姉のお腹へと降り注ぐ。

白桃のような透き通る肌の白を、油性絵の具のような濁った白が塗りつぶしていった。

「ごめ、んっ」

少しだけ溜まっていた欲望を処理したことで、頭が少しだけ冷静になり、真っ先に浮かんだのは嫌われたかもしれないという恐怖。

今、あかり姉はどんな顔をしているのだろうか。離れるなんて言っておきながら、一人で勝手に気持ちよくなって欲望をぶちまけた弟に対し、何を思っているのだろうか。

確認するのはとても恐ろしかったが、こんな一時の快楽の為だけにあかり姉と別れるなんて嫌だ。せめて今からでも何かカバーできることがあるんじゃないか、そんな気持ちを振り絞ってお腹に向けていた目を、彼女の顔を確認するため勢いよく上へと上げ――

――ゴンッ!?

「ふぐほぉっ?!」

刹那頭頂部に感じる鈍い衝撃に、思わずうずくまる。

キラキラと視界の中で明滅する星空の下、声にならない悲鳴を上げながらしばしゴロゴロと転がっていると、ガチャリと扉の開く音が響く。

「どうしたの?! ひーくん!」

目を開くと視界に入ってきたのは自分の部屋、そして入り口には寝間着に北欧家具のサメを抱きしめたままという、寝起き感満載のあかり姉が立っていた。

あれ? さっきまであかり姉は目の前で服を着てなかったのに――混乱していると、あかり姉は驚きと心配の混じったような表情を浮かべて聞いてくる。

「凄い音がして、ひーくんの悲鳴が聞こえたんだけど……大丈夫?」

その言葉を元に、まだ痛む頭を捻って漸く現状を把握する。

「夢……?」

理解した瞬間、朝の冷たい空気とカーテンの向こうの小鳥のさえずりとが、急速に現実感を回復させていく。同時に自分の顔が、何ていう夢を見てしまったのかという羞恥と、しかもそれであかり姉を起こしてしまった申し訳なさとで熱くなっていくのが分かった。

「あ、その……すまん、あかり姉。ちょっと、悪い夢を見ちゃったみたいでさ」

「そっか……大丈夫なら良かったよ」

朝早く起されたにもかかわらず、それを聞いたあかり姉はほぅ、とため息をついて安堵の表情を浮かべる。

……こんなにいい姉に俺はなんて夢を。

「うん。驚かせたみたいで本当にすまないけど、別にどこも――」

内心密かに圧し掛かる罪悪感で悶えそうにながらも、平気なことをアピールするように上体を起こして手を振った所で、それに気づく。

ニチャリ。

トランクスの中に感じるぬめぬめしい違和感。

瞬間夢の内容がフラッシュバックして、全ての合点がいった。あ、ヤバイと。

「も、問題ないからさ」

そう言いつつ、あかり姉に気づかれないように大きく鼻から息を吸い、匂いがしないことを確認しようとする。だが、それがいけなかった。

「そんなに鼻スンスン言わせて、もしかして風邪ひきかけで悪い夢でも見たんじゃないの?」

あかり姉は再び心配そうな表情を浮かべて、こちらへ近づいてくる。

これはマズい。非常にマズいっ……!

自分では分からなかったし、現状あかり姉にも気づかれてはいないようだが、もしこれ以上近づかれて、寝ている間に暴発してしまったことがばれでもしたら、今日一日、いやこれからどんな顔してあかり姉に接すればいいか分からない。

防壁を作る様にかけ毛布の端を胸元に引き寄せ、ずざざざっ、とドアと逆方向に全力撤退。あかり姉から最大限距離を取りつつ、手のひらを突き出し拒否の姿勢。

「いやっ、大丈夫! 本当に大丈夫だから、ちょっと起きたてで鼻が乾燥してただけだから、ね?」

「もう、またそんなこと言って。風邪はひき始めが肝心なんだから、ほら額貸して?」

だがあかり姉は、そんな俺の気持ちに気づいていないのかとてとてと近づいてくる。

「あっ、いやっ……ほら、寝汗とかかいてたら臭いし、ほら、ちょっと今は近づいて欲しくないっていうか」

「こんな寒いのに寝汗なんてかいてたら、それこそ風邪ひきかけだよ」

あかり姉はもう既にベッド脇へ立っていて、片手を布団の上に置き、こちらに向かって体を伸ばしてきていた。まだ結っていない銀髪がさらさらと彼女の肩から布団の上に零れ落ち、いい匂いがふわりと漂う。

(あっ――)

是が非でも隠さねばという意志とは裏腹に、”そこ”はあかり姉の匂いを敏感に察してびきびきと朝特有の硬さを取り戻す。よりにもよって、額どうしをくっつけようと首を伸ばしていたあかり姉のちょうど目の前で。

「? ――あっ」

一瞬突如隆起した毛布に首を傾げたあかり姉だったが、ヒクヒクと鼻梁をふるわせた後でピシリと固まったかと思うと、みる間に顔が茹っていく。

「そ、そうだね。熱はなさそうっ、ごめんね早とちりしちゃって、お姉ちゃん朝ごはんとお弁当の用意があるから、もう行くねっ」

そう言うが早いかあかり姉は眉根を寄せた笑みを浮かべて、すすすと部屋から去っていった。

それを止める事も出来ず、言い訳することも出来ずにただ傍観していた俺は、あかり姉にしては珍しくドアを丁寧に閉められた後で、背中の壁へと崩れ落ちる。

「は、はは……お、終わった」

付き合っているとはいえ、あかり姉の目の前で硬くして……しかもアレ、多分匂いで漏らした事までバレてるよな?

下で会った時何と声をかければいいのか、誤魔化すべきかいっそ開き直るべきか、そもそもあかり姉的にはどういう状態だと思ったんだろうとか、色々な考えが頭を駆け巡る。

だが、ひとまずは。

「うぅ、朝からパンツ洗わないといけないとか惨めすぎる……」

その後、汚れを拡げないよう前かがみになりながら、ちょこちょこと洗面台まで歩いていく羽目になったのは言うまでもない。

[newpage]

「ぉ……んっ、んっ。お、おはよう、あかり姉」

「あ、おはよう、ひーくん」

リビングダイニングのドアを開けた瞬間、思わず声が裏返りそうになり慌てて咳払いで喉を整えると、あかり姉はいつものようににこやかな返事を返してくれる。

成程、朝の出来事はなかったことにしてくれるということか。心の中で感謝して、それならば自分もいつもの様にふるまうのがいいだろうと判断する。テーブルの上に置いている電気ケトルを手に取り、水を入れる為にシンクに立つあかり姉の隣へ向かった。

「お水だよね、ちょっとだけ待ってて、先にフライパンだけ洗っちゃうから」

そう言いながらテキパキと水仕事をこなすあかり姉だが、やはりその横顔はいつもより赤い気がして……やっぱり気づかれてたんだろうなと思うと落ち着かない。

と、あかり姉は突然くるりとこちらに顔を向け、少し早口に聞いてきた。

「な、何かお姉ちゃんの顔についてる? それとも、寝癖が残ってたりする?」

「え、いや全然……」

何故突然そんなことを、とそこで自分が気にしすぎて顔をちらちら見ていたからではないかと思い至り、慌てて誤魔化し方を考えて――

「――大丈夫だよ、いつも通り綺麗だと思う」

ガタン! あかり姉が洗っていたフライパンがシンクに転がり落ちる。

「あっ……あはは、ちょっと手が滑っちゃった」

そう言いつつフライパンを拾い上げようとするあかり姉の指はどこかぎこちなく――って当り前だろ! そんな事いきなり言い出したらめちゃくちゃ不自然だろおぉぉおっ!?

自分の発想力の貧困さに頭を抱えたかったが、言ってしまった事はもう取り返しがきかない。

「そ、その、ありがとう。ひーくんも朝から水の滴るいい男って感じだよっ?」

「お、おう。まぁそりゃ、シャワー浴びてきたからま、文字通りと滴ってるとは思うが」

「あー、あはは、言われたら確かにそうじゃんか。でも、普段はそんなことしないのに何で今日は朝シャワー……なん、て……」

自分で聞きかけて理解してしまったのだろう。少し調子が戻ってきていたあかり姉の顔が、再びぼふんと赤くなる。

……はい、そうです。匂いが残ってたら嫌なので、ボディーソープ多めでゴッシゴッシ洗って来ましたとも。主に下半身を中心に。

因みに下着も徹底的に洗って洗濯機の一番奥に放り込んである。勿論、今日帰ったら真っ先に洗って手ずから干して畳む予定(確定)だ。

「まぁ、その……ちょっと気分を変えたかったから、かな」

「そ、そっか。うん、そんな時もあるよね」

先ほどからフライパンの同じところをシャコシャコこすり続けているあかり姉の洗い物は、まだ終わりそうにない。

ああ、本当に何であんな夢を見たんだろうか。

とはいえ、実のところ思い当たる節が無いわけではない。

何せここの所ずっと、というか正確には二学期始まったばかりのあの日、あかり姉との初めて以来、約三か月一度も抜いていないのだ。

勿論あかり姉としているわけでもない。というか、順番的にはこちらが主な理由だろうか。

どういうことかと言えば、あかり姉と付き合うことになったんだしそういう事を期待はするものの、自分から誘うことが出来ず、かと言ってもしあかり姉が来たら、と考えると自分で処理する気分にはならず、そしていつの間にか眠ってしまって翌朝を迎える……そんな生活がもう三か月。

そう考えれば一回くらいの粗相は仕方がないんじゃなかろうか、と思えてくる。姉兼恋人バレするという最悪の落ちさえなければ、という仮定ではあるが。

……うん、ヘタレだと言われれば確かにそれまでだ。それまでなんだが……。

勿論誘おうと思った事が無いわけではない。だが、その度毎に初めての記憶が、多少のすれ違い(と部外者の極めて多大で迷惑なお節介)があったとはいえ、半ば無理矢理あまり知識のないあかり姉を押し倒すという暴挙に出てしまった記憶が脳裏にちらつき、行動に移せなかったのだ。

だけどあかり姉は学校や外で一緒に居る時間が増えたってだけで十分満足そうだし、自分が多少苦しくても俺が求めたら答えてくれようとしそうだし、でもそんな一方的なのは何か嫌だし、でも思春期の男である以上溜まっていくものは溜まっていくし――ッ

「…………はぁ」

そんな答えの出ない難問に思わず零れたため息に対し、あかり姉がびくっと肩をすくませた。

「あ、ごめんね。待たせちゃって! もう大丈夫だから」

そう言うと慌ててフライパンを水ですすぎ、ばっ、とシンクから飛び退る。

何か避けられたみたいで微妙にショックだ。

内心そんなことを思いながらケトルに水を注いでいると、ふと台所に二つ並んだ弁当箱が目に映る。

「あれ? 何で弁当作ってるんだよ?」

「え? だって今日は平日だから、学校あるよね?」

「いや、学校はあるけど今日は終業式だけだし、午前中解散じゃなかったか?」

ぽくぽくぽくぽく……

「……あっ」

忘れてたな、あかり姉。

言葉にしなくてもそう考えたのが伝わったのだろう。あかり姉は両手を大きくわたわたと振り回して抗議する。

「ち、違うもん! 昨日の夜まで覚えてたもん! だけど、朝あんなことがあったからびっくり、しちゃっ、て……」

段々トーンダウンする口調と反比例するように、あかり姉の顔が赤くなる。

そんな彼女を見ているとこっちまで頬が熱くなってきて、とうとういたたまれなくなった俺は、最終手段を取ることにした。

くるりとあかり姉に背を向け、空の電気ケトルをテーブルに戻した代わりに、椅子の横に用意していたカバンを引っ掴む。

「そういえば今日は日直だったから、学校先に行くな!」

「あ、ちょっと?! ひーくん、朝ごはんはっ?!」

思わず空腹な事を思い出して足が止まりそうになるが、今は我慢だ。この妙な空気を何とかするにはもう時間薬しかない。

「時間が無いからいい。代わりに折角作ってくれたんだから学校で弁当食べよう、じゃっ!」

あかり姉の返事も待たずにリビングのドアを閉めて、玄関に向かってダッシュする。

「ひーくん?! ひーーくーん!」

まるで今生の別れが如き悲痛なあかり姉の叫びを無視して、靴を履き、玄関を飛び出す。

すまないあかり姉、きっと少し時間を置けばまたいつもみたいに話せるようになるから! と心の中で謝りながら。

[newpage]

「はぁー……」

終業式が終わって教室に戻るや否や、自分の机へ倒れこむように突っ伏す。

辛い。こんなに時間が経たない全校集会は初めてだった。

校長の話が長いのはいつもの事として、全学年集まる終業式のような集会では、前の方に一年、続くその後ろに二年、最後列に三年が並ぶことになる。その上で、あかり姉は身長が低いから列の前の方、男女混成なら平均以上ある俺は、列の後半辺りに位置し、更にはあかり姉がBクラスで俺はCクラスという一クラス違い。そうすると必然、終業式の間中あかり姉からは俺の事が視界に入るが、俺からはあかり姉が視界に入らないという状況が続く事になる訳だ。

おかげで、あかり姉も朝の事は結構意識していたから俺の所に視線が引き寄せられるのか、それとも俺が過剰に気にしすぎているから他人の視線まで敏感に拾ってしまうからか、式の間中何度も背後から見られているように感じ、その度毎に背筋を正すといった事を繰り返す羽目になってしまったのである。

辛い。いつもは夢現の境目で聞き流してたから猶更長かった。

周りは今日これからどうするかとか、冬休みの予定だとかでわいわいと盛り上がっているが、そういう気分にもならない。クラスの友人たちから、学校が終わり次第ゲーセンに行くけどどうする? とも聞かれたが、勿論パスだ。

というかそもそも、あかり姉とのお昼の予約があるし――あぁ、こんな頭の回らない疲れた状況でまたボロが出ないか怖い。

いつもより早い放課後に備えて少しでも回復させよう。そう考えて先生が来るまでの間寝るために、机の上で腕を組んで枕にしようと一度顔を上げた時だった。

「…………えっと、何か用か?」

沈黙が長くなってしまったのは、目の前に立っている男子学生の名前がどうしても出てこなかったためだ。

見覚えがあるしクラスの一員なのは分かるのだが、彼はあまりクラス内で目立つ存在と言う訳でも無ければ、俺も友人は狭く深く……と言うか、実の所学内の人間関係は主に姉つながりで広がっている為、同学年の友人はそこまで多くないのである。

はて、何か彼とは繋がりがあったかと記憶を手繰り寄せていると、落ち着かないように細かく指を組み替えていた彼が意を決したように口を開く。

「あ、あのっ……紲星君って、お姉さんいるよね?」

「うぇ?! ぇああ、まぁ、うん」

思わぬ方向からの話と、朝の事もあって変な声が出てしまう。

だが、内心ドキリとした自分と同じくらい、彼もその変な声に飛び上がりそうになるあたり、あまり肝は座っていないようだ。

「あー、すまん、驚かせて。ちょっと考え事しててびっくりしただけだから」

「あ、そ、そっか」

一瞬表情を緩めた彼だったが、すぐにまた唇を噛んだような緊張した面持ちになって声を小さくする。

「それで、少し聞きたいことがあるんだけど……お姉さんって、誰かと付き合ってたり、するかな?」

「――ッ」

“また”、その話か。危うく顰めそうになった眉に力を入れてピンと張りながら、努めて何気ない感じで決めていた言葉を口にする。

「『さぁ? そういう話は聞いたことが無いな、姉貴もそういう話にはあまり興味が無いみたいだし』」

「そ――っか、ありがとう。あ、じゃ、紲星君、先生来たからまた!」

「……おう、じゃあな」

丁度その時教室の扉が開き、担任が入ってくるのを見て、彼は慌てて自分の席の方へと戻っていった。仕方がないとはいえ、なんだか一方的に初めて一方的に打ち切られた感じでもやもやした気分を抱えながら、座りなおすために椅子を引く。

否、違う。このやり場のない感情は、あかり姉と付き合っているのにあんなことを言わなければならなかったせいだ。堂々と付き合っていると言えれば……それでも多少はあかり姉に言い寄ろうとしている男がいる、という事でもやっとしたものを感じるような気がしないでもないが、少なくともここまで憂鬱な気分になることはなかっただろう。

……もっとも、あかり姉が同意したとはいえ、付き合っていることを公開しないように提案したのは俺なのだが。

「はぁ……」

何でそんなことを提案してしまったのかと思わずため息が漏れるが、幸いにも成績表を配るという教師へのブーイングにかき消されて誰にも聞こえていないようだった。

そしてため息のおかげか少し冷静になれて、あの提案が間違っていたわけではないと思い直す。

そりゃそうだ、俺はあかり姉の事を確かに……その、魅力的な一人の女性だと思っているけれど、それは一般的な枠から外れた感情だ。

姉と弟は姉弟以上にはなれない。最初から家族だったものは、それ以上に家族にはなれない。

それが世間の常識で、だからそうではなくなった俺たちの関係を認めてくれる人は、あの時あかり姉を焚きつけた結月姉弟や東北家の三女みたく、いないわけではないが少数派だろう。

……いや、結月の姉は面白そうだからとかいう理由な気がするし、優理は姉に押し切られた感があるし、東北家の三女はゲーム脳だし、これを認めてくれてると言っていいんだろうか? 拒絶されるよりはいいけどさ。

兎も角一般的な枠組みから外れた時、あかり姉がどう見られるかを考えればやはり、秘めた関係のままでいる方がいいと考えた結果がこれである。それが間違っているとは思わないし、こういう状況になることも勿論予想していた。

とはいってもやはり、予想していたのとこうして実際に起こった場合と言うのは全然重みが違うもので、こうして悩むことになっているのだが。

「……おーい、紲星……紲星!」

「ッ――はいっ!」

考え込んでいたせいで、教師に呼ばれていたことに漸く気付き、慌てて成績表を受け取りに向かう。

もうすぐあかり姉とお昼だというのに、こんな事で大丈夫なのだろうか。

[newpage]

 

――そう心配していようが時間と言うのは容赦なく過ぎ去るもので、あっという間にHRは終わってしまった。

クラスメイト達が待ちきれなかったと言わんばかりに教室から飛び出していくのを見送りながら、ふとそういえばどこでお昼にするか決めてなかったなと思い出し、連絡をとるためスマホを確認する。

「お、メッセージ入ってる……って結月の姉の方からか……いや、あかり姉からも入ってるな」

結月姉から連絡が入るときは大抵面倒事か、優理がいなくて暇だから構えという身も蓋もない内容だ。見るのは後でもいいだろうと、あかり姉からのメッセージだけ確認する。

『ゆかりちゃんから部室使っていいよって言われたから、お昼はそこでいいかな?』

結月姉からメッセージが来た理由を何となく察して、苦い笑みが浮かぶ。

多分この部室を使ってもいいという事自体が貸し一で、今度何かで返せとでもいうのだろう。

「一応俺も部員なんだけどな……」

『非電子遊戯部』。結月姉が部長であるそれは、ボードゲームを通して生徒間のコミュニケーションを深める……という名目で作られた、ゆるーい溜まり場である。

一応名目通り部室にボードゲームからチェス盤からTRPGとやらのルールブックから、と色々と完備されているものの、部員に対しては特に定期的な集まりの義務すらなく、連絡事項はSMSの一斉送信で終了という緩さ。

メンバーもほとんどは結月姉の関係者で断れなかった者か、彼女の口八丁で他部との兼部という事になって(されて)いる幽霊部員という、幽霊部員の一人である俺ですら大丈夫かこれと心配になるやる気のなさだが、学園祭の時には毎年ボドゲカフェとやらを開催し、生徒の家族や近隣小学生を中心に集客へかなり貢献しているらしく、教師陣も強く出られないらしい。

そんな訳で部室を使うくらいで貸しになるもの変な話な気もするが……結月姉はそこら辺の要求が絶妙だからな、多分また断れない程度のお願いでもされて、何か引き受けることになるんだろう。

考えているうちに部室の前へ着き、引き戸を開ける。いつもの教室の三分の一ほどの広さの空間には壁際の棚にゲームの箱が、中央に机とテーブルが並んでいるだけで誰もいない。そりゃそうか、終業式の日に態々学校へ残ろうという人の方が少数派だろう。

まだあかり姉の方は終わっていないのか、と扉近くの椅子に腰かけて『先に待っている』とメッセージを送ろうとした時だった。

突如、引き戸の向こうから大きな声が聞こえた。

「き、紲星先輩!」

裏返りそうになるくらい決意の張り詰めた声に危うく椅子からひっくり返りそうになって、何とか踏みとどまる。

その声は先ほどHR前に自分へ話しかけてきた男子生徒の声だった。

引き戸上部に備え付けられた磨りガラスの向こうでは、銀色の人影が丁度振り返ったらしい所で、思わず自分の姿が見えないようにと椅子に座ったまま身をかがめた。

「えっと……何かな?」

あかり姉の優し気な声が、やけに遠く聞こえる。

何となくこの後どうなるか予想がついて、そしてその後に続く男子生徒の言葉はやっぱりその通りで

「あの……僕っ、ず、ずっと紲星さんの事が好きだったんです! 付き合ってくれませんかっ!」

引き戸一枚の向こうですら分かるほど、緊張に上ずった声が真っすぐ彼女に向けられる。

「――っ」

ドキドキと心臓が跳ね、胸が苦しくて、シャツを手で握りしめた。

耳鳴りがするほどの沈黙がどれほど続いただろうか、やがてあかり姉の声が聞こえる。

「…………ごめんなさい、気持ちは嬉しいけれど、それは出来ないです」

申し訳なさそうな声ではあるが、はっきりと拒否を示したあかり姉の言葉に、少しだけ呼吸が楽になる。そう答えてくれるとは思っていたけれど、それでもはっきりと口にしてくれるまでは生きたような心地がしなかった。もし、それを受け入れたらどうしようと。

外では男子学生が辛そうな声で「理由を聞いてもいいですか」と、尚もあかり姉をあきらめきれていないようだったが、付き合っていることを表にはしない以上、自分が出てい行くわけにもいかない。無論、無理に迫ったりするならば話は別だが。

二人のやり取りに注意を払いながらも、先ほどあかり姉が本当に断ってくれるのか、なんて不安に思ってしまった事に、一抹の罪悪感を覚える。

まるであかり姉を疑うみたいな……いや、疑ったのと変わりないだろう。

今までだって、あかり姉が告白されたなんて噂を聞いたことが無いわけでは無い。先ほどみたく、クラスメイトからもあかり姉について聞かれることもあったし、その内何人かは告白に踏み切っているだろうとも考えていた。それはあかり姉との関係を秘密にする以上、仕方がないとも。

だけど、こうして改めて目の前で告白されているのを見て真っ先に感じたのが、嫉妬でもなく、怒りでもなく、不安であったことに苦い感情が心中へと広がる。

それと同時に、これからも秘密にしていくならばまた同じ場面に出会う事は容易に想像がつく訳で、いっその事今すぐ出て行って「あかり姉は俺の彼女だから」と言ってやろうかなんて短絡的な発想すら湧いてくる。

……駄目だ、これ以上考えても思考がいい方向へ向くとは思えない。こうなったら明日から休みなんだし、そこであかり姉と恋人らしいことをする妄想でもして気分を変えるしか……。

そうだな、例えばあかり姉と家でゆっくり……いや、元々家にいるときは二人とも大抵リビングでゴロゴロしているから、いつも通りでは? 

そ、そうだ、折角休みなんだから偶には一緒にお出かけに……いや、付き合う前から買い出しに行くときは休日どころか、平日学校帰りでも一緒だったような……。

と、そこまで考えてふと気づく。

あれ、もしかしてあかり姉と付き合って以来全然恋人らしい行為を出来ていないのでは? と。

ざっと思い返してみても、付き合う前後で変化したことと言えば、あかり姉と約束した外での呼び方と、一緒にお昼を食べるようになったことくらいである。元々仲が悪かったわけでは無いから、家での過ごし方が劇的に変わった訳でも無ければ、学校でも人目があるし学年は違うしで、大して変化はない。

そう気づいてしまうと、この不安の原因が、そのせいではないかという確信めいた思いが湧いてくる。

ならば、解決法は一つ――

(――明日は、徹底的に恋人らしい過ごし方をしてやる!)

幸いにも今はクリスマスシーズンだ、お洒落にライトアップされた所も沢山ある。恋人のお出かけとは、夕食の材料の買い出しなどではなく、そういう所に行ってこそではないだろうか。

そんな決意にぐっ、と拳を握り締めたところで、扉が開いた。

「あっ……いたんだ、ひーくん。もしかして聞いてた?」

あかり姉は少し気まずそうだが、そんなことはどうだっていい、重要な問題じゃない。

ぎゅっとあかり姉の手を握り締めて、その目を見つめる。

「っ!? き、急にどどうしたのひーくん?!」

突然の行動に目を白黒させるあかり姉に向かって俺は宣言した。

「あかり姉、明日は二人で一緒に過ごそうな」

「?? う、うん?」

多少戸惑ってはいるようであったが、これで同意は取れた。後は今日一日を最大限使って、完璧な明日の予定を立てるだけだ。そう考えると思わず清々しい笑みも零れる。

「ふふ、ふふふふ」

「何その怪しい笑い方!? 何か今日は朝から全体的におかしいよ? ひーくん、ひーくーん!」

[newpage]

――その翌朝、休みの初日。俺の気分は最悪であった。

「あー……しまった……」

自室の机の上に上半身を投げ出したままの体勢で、これが寝ぼけた故の見間違いであることを改めて願いながら、スマホの画面の右上、時間の部分を確認する。

……やはり表示されている時刻は午前十ニ時。もう昼だ。

「はぁ~……バカだ、バカすぎる」

残酷な現実に、自分に対する愚痴を口にしながら机から起き上がると、固まっていた背筋がボキボキとほぐれる音がする。

机の上に広げられたいくつもの付箋が付いたタウン誌は、開かれたページが涎のせいか少し滲んでいて、もしかしなくてもインクが頬についているのは間違いない。

「……予定を立てるのに全力投入しすぎて当日寝坊するアホとかそうそういないだろ」

自嘲気味に現状を表現してみるが、余計に虚しくなるだけである。

そう、昨日はあの後あかり姉のお弁当を頂いてからというもの、ずっと部屋にこもって明日の計画を練っていた。ご飯の美味しいレストランから、人気のウィンドウショッピングスポットから、クリスマスのイベントをやっている場所から、イルミネーションが綺麗に見える所まで。

あまり多くはない予算と相談しながら、その中で如何に最良のプランを作れるか。ドタバタしなければいけないような過密スケジュールでも、退屈な時間ばかりのスカスカな計画でもない、ちょうどいい予定の塩梅はどれくらいか。

昨日の午後はそれらを徹底的に追求し、探求し、希求した。それこそ夕食すら抜いて、夜遅くまで最大限に時間を使って――

「――その結果がこれですよ……」

何度見ても時刻は十ニ時、予定では二時間半前に家を出ていなければいけない。

……いや、今からでも家を出れば、午前の予定は無理だが、少し時間を押してランチ以降の午後の予定は――。

ぐぎゅるるるるるぅ。

かすかな希望を頼りに立ち上がったところで、あまりの空腹にくらりと立ち眩みを覚える。

そうだ、そういえば昨日は昼しか食べてなかったし、今日は既に朝ごはんを食べ逃していたんだった。

昨日の夜は平気だと思っていたが、どうやらテンションの上昇による一時的な思い込みだったらしい。くそぅ、寝坊したのもこれが原因な気がする。

あーもう、こうなったら昼前にどうかとは思うが、軽く何かつまんでからあかり姉を誘って出かけるしかないか。

そう考え部屋のドアを開けたところで、ふわりといい匂いが鼻腔をくすぐる。

こんがりと肉の焼けるいい匂いと、甘いデザートの香り、その両者がいい具合に交じった美味しそうな香気に誘われて、大輪の花を目の前にした蜂のようにふらふらと一階へと降りていくと、いい香りの発生源は我が家のキッチンであった。

「おぉ……」

扉を開けた瞬間、目に映るのはテーブルの上に並んだごちそう達。

塊のままのローストビーフ、ほっくほくのポテトサラダや、白いクリームソースのかかったミートローフ、美しく咲き誇るスモークサーモンの薔薇に、こんがり焼かれたラザニア、そして切らずともたっぷりドライフルーツが入っているのが分かるマフィンサイズのパネトーネ。

何だここは、天国か?

圧巻の光景にしばし言葉を失い立ち尽くしていると、ぽんっと肩を叩かれて、振り向こうとした頬にぷにっと指が刺さった。

「ふふ、おはよー、ひーくん」

悪戯っぽい笑みを浮かべるあかり姉は、エプロンに三角巾といういつもの料理姿である。

余りに古典的ないたずらに引っかかってしまったのが悔しくて、お返しにほっぺたをつつき返すが、あかり姉はえへへと緩い表情を浮かべるだけで、全然反撃になっていない気がして、話題を目の前の光景へと戻す。

「で、何でこんな大量の料理を?」

「え、だって――」

驚いたようなあかり姉が答えようとしたちょうどその時。

ごぎゅるるるるぅ。

「――っ。いや、これは、その……」

慌てて思いっきり鳴り響いた自分のお腹を押さえるが、今更だ。

だが、あかり姉はその音を聞いてむしろ嬉しそうな笑みを浮かべて、俺の手を取ってテーブルの方へと誘導する。

「やっぱり。ひーくんは昨日の夜も今日の朝も食べてないからお腹空いてると思って、少し多めに作ってたんだ。味見、してくれるよね?」

空腹とあかり姉の手に引かれるまま椅子へ座ると、まるで画家がキャンバスに絵を描くように手際よく、白いお皿の上へと料理が盛り付けられていく。

「はい、どうぞ」

「……おぉ」

思わず感嘆の声をあげてしまうほどに美味しそうな一皿が目の前へと置かれた。

「いただきます」

手を合わせ、先ずは厚切りのローストビーフを一切れ、ナイフも入れず一枚そのまま贅沢に頂く。

一口噛んだ瞬間、しっとりとうまみの詰まった肉汁が飢えに乾いた口腔内を満たして、思わず空を仰いだ。

「~~っ、美味しい。すごく美味しい!」

語彙力も何もないシンプルな感想だったが、それを聞いたあかり姉は手をパンと叩いて笑みを浮かべる。

「本当? 良かった!」

「あかり姉の料理はいつも美味しいけど……今日は特に美味しい」

「そんな事は……た、ただひーくんがお腹空いてるだけなんじゃないかな?」

「そんな事は――無いッ!」

ぐうぅぅぅっ!

「説得力全然ないよっ!?」

そう突っ込みながらも心底可笑しそうに笑うあかり姉。だが、実際美味しいものは美味しいので仕方がない。

そのままの勢いでもう一枚頬張ろうとしたところで、あかり姉からの待ったがかかる。

「ちょっとカトラリー貸してもらっていい? お肉はお肉のままでも美味しいけど、実際はこう組み合わせて皆に食べて貰おうと思ってるんだけど」

そういうと、薄めのローストビーフにポテトサラダを一切れ入れてくるくると巻き、フォークにさしてこちらに差し出してくる。

「はい、あーん」

「っ……あーん」

多少気恥ずかしさが湧いたが、それ以上に空腹が抑えきれなかった。

「どうかな?」

「?  おー、これは……」

まったりとしたポテトサラダとお肉は合うだろうが、重くないか? という心配は杞憂だった。噛むとほどける柔らかなお肉からでてきたのは、スパイシーでさっぱりとしたポテトサラダ。

ガツンとくる肉のおいしさを、粗びき胡椒のスパイシーさが引き立てながら、柑橘系爽やかさが後味をすぅっ、と軽くしてくれている。

「胡椒を多めで、マヨネーズの代わりにレモン果汁で粘りを出してるのか」

「そうなの! これならいくらでも食べれる気がしない?」

確かにこれなら何枚でもいける気がする。ただ、取り分けられた皿にはもうローストビーフが残っていない。

じーっ。

試しにあかり姉を見つめてみると、暫くどうしようか包丁を持った手を彷徨わせていたあかり姉だったが、最終的には「やっぱりダメ!」とローストビーフはアルミホイルにくるまれタッパーにいれられてしまった。

「くっ、ダメか」

「ダメです、皆の分が無くなっちゃうので」

どうやら捨てられた子犬の瞳作戦は失敗らしい。とはいえまだお皿には他の美味しそうな料理もあるのだし、気持ちを切り替えて――

「――皆の分?」

その言葉に、そもそもなぜこんな量の料理を、しかもタッパーにいれて用意しているのか、という空腹のせいで忘れていたが根本的な疑問を思い出す。

だが、あかり姉はだって、と当たり前の事のように、いそいそと他の料理もタッパーに入れながら言った。

「毎年冬休みの一日目は、恒例のみんなで集まってやるクリスマスパーティーがあるじゃん。もしかして、忘れてた?」

「…………あっ」

「あれ? でも、ゆかりちゃんはひーくんにも連絡したって言ってたような……?」

嫌な予感を感じつつ、慌てて昨日結月姉から来ていたメッセージを開くと案の定。

『忘れてないと思うけど、明日はいつも通りクリスマスパーティーをしまーす。なんと、今年は例年と違ってゆかりさん宅での開催ではなく、新たな部活メンバーであるきりちゃんのおうちが凄い、とのことなので、そこでパーティーを出来るようお願いしてきました! なんでも美人のお姉さんがいるらしいですよ、それも二人も! それ以外は去年と同じく、いい感じにみんなで食べ物や飲み物を持って集合って感じで! 明日の一時半からスタートなので、遅刻厳禁!』

どうでもいい連絡だと思って昨日は完全に見るのを忘れていたメールの内容が、まさかちゃんとした用事だったとは。

待てよ、ということは昨日せっせと予定を立ててたのって、完全に無駄足では……?

今更不参加なんてのは、あかり姉がこんなにおいしい持ち寄る料理を作ってるのに勿体なさ過ぎるし、それに二人そろってドタキャンなんて、後で付き合っている事を知っている結月姉と東北のに何と言われてからかわれるか分かったものじゃない。

「――くそう、結月姉め……」

今回に限っては完全にメッセージを確認せず、毎年のイベントを忘れて一人で先走っていた自分のせいだとは思うのだが、それでも元がトラブルメーカーだからか、つい結月姉に対して愚痴ってしまう。

……それになにより、楽しそうに料理の用意をするあかり姉を見ていると、パーティーに参加せず二人だけでどこか出かけようなんて言う気にはならなかった。

いやそれより、一番の問題はこの目の前の料理をあかり姉一人にさせてしまったことだ。例年なら、二人で協力して色々持っていく料理を作るのに、何もしていないばかりか眠りこけて、挙句試食だけさせてもらうなんて。

「ごめん、あかり姉っ。何にもやってなくて」

両手を合わせ、頭を深く下げる。だがあかり姉は、ひらひらと手を振って大丈夫と優しく微笑んだ。

「別にいいよ、ひーくん昨日は何か忙しそうだったし、今朝はそれで疲れてたみたいだったから」

「いやでも……」

反論する前に、あかり姉はぴっ、と俺の口を人差し指で制してすこし頬を赤らめた。

「忙しい時は頼ってくれた方がいいから。私はひーくんのお姉ちゃんで、彼女さんなんだから」

「っ――」

どうしよう、本当なら照れたり感動したりするところなんだろうけど、ただただ胸が痛い。

本当にのっぴきならない用事で忙しかったなら、ここまで罪悪感を感じることは無いのだろうが、自分が勝手に焦って、無駄なことやって忙しかっただけなので、ただただ申し訳ないだけである。

背中にだくだくと気まずい汗をかきながら良心の痛みに悶えていると、あかり姉は仕方がないなぁという感じに息を吐いてから、わざとらしく目を逸らして言う。

「あー、張り切っていっぱい作っちゃったのはいいけど、このままじゃ重くて持ってけないなー、だれか力がある人いないかなー」

なんて棒読みなんだ、と思わず笑ってしまいそうになりながら、こちらもわざとらしく大仰にお辞儀をしながら返事を返す。

「それであれば、この紲星ひかり、手すきにございます故、どうぞお任せいただけないでしょうか、あかりお姉様」

「あかりお姉様って……うん、じゃあお願いするね」

「こっちこそありがと、気を使わせてしまってさ」

普段まずしないような冗談めかした呼び方に、ちょっと照れたようなあかり姉と顔を見合わせて笑いあう。

「別にそれくらいお礼を言われるような事じゃないよ。……とと、それより今日はゆかりちゃんのお家じゃなくて東北さんのお家に集合だから、一時間くらいかかるからね? ひーくんも早く食べて、出掛ける準備しなきゃだよ」

「へぇ結構遠いんだな――って、一時半集合で一時間かかるとかもう用意する時間ほとんどないじゃん!」

折角の美味しい料理なんだからゆっくり食べたいが、どうやらそうも言ってはいられないらしい。

時間を確認したスマホの中に眠っている今日の予定を思い出して、一瞬喉に小骨が刺さったような感覚を覚えたが、時間がないからとそれを飲み込んでご飯を頬張った。

[newpage]

 

カタタン、カタタン。

「いやー、本当に今日はすっごく楽しかったねー」

「だな、毎年の事なんだけど飽きないっていうか、むしろこれが無いと冬休みが始まらないっていうか」

「分かる分かる! 冬休みと言えばもうこれ、って感じだよね」

帰りの電車内で隣に座っているあかり姉は、先ほどまでのクリスマスパーティーの余韻に浸っているのか、いつもより少しテンション高めにはしゃいでいる。

幸いにも休日の時間も遅く、中心部側に向かう電車だからだろうか、夜の帳の下規則正しく揺れる電車内はがらんと空いていて、うるさく言われる心配はない。

本来なら家が隣の結月姉弟も隣に座っていたのかもしれないが、あの結月姉、他の参加者には何か持ち寄るよう言っておきながら、自分の分は忘れていたらしい。いつもなら場所の提供ということで許されたのかもしれないけれど、今回の開催は東北家だしそれも出来ず、暫く「ゆ、ゆかりさんは企画者だから!」と抵抗していたものの、結局、優理に頭を下げさせられて片づけを手伝うことになったせいで、今はあかり姉とふたりだけだ。

「思ってたより東北さんのお家がおっきくてびっくりしたねー」

隣に座るあかり姉は、楽しそうにさっきまでのパーティーについて語る。と言っても話題はもっぱら、今回初めてお邪魔させてもらった東北家の話が中心だが。

「確かにでかかった。というか、今どきあんな広い和室がある家……というかもう屋敷だろあれ? あんな立派な建物があるなんてな」

「本当だよ、しかも我が家から電車一本の距離の所にあるなんてね」

東北家の家はまるで漫画で名家が住んでる屋敷か、あるいは料亭でも出来るのではないかという位に立派なものだった。あまりに立派過ぎて、最初俺やあかり姉、マキさんとかは敷居を超えるのすら躊躇したほどだ。あの中にあっていつも通り振舞える結月姉はもしかしたら大物なのかもしれない。お陰で緊張はほぐれたけど。

「姉妹揃って和服着てても全然違和感ないくらいに和風ーって感じの家だったよな」

「いや、あれは本人たちが着慣れてるっていうのが大きいんじゃないかな。ほら、制服とかと同じように毎日着てると服がなじんでくるみたいに」

「え、じゃあ今日特別に着てる訳じゃなくて、あれが普段着か。すごいな」

しっかりした知識がある訳ではないが、和服って着るの結構手間なんじゃないだろうか。

「きりたんちゃんとか普段制服姿しか見ないけど、似合ってたよね」

「確かにきりたんは制服のイメージしかなかったからな、すごく意外だった。でもあれ、下がスカートみたいになってたけど和服なのか?」

「あー、きりたんちゃんのはセパレート着物の上にスカートを合わせてるんだって、動きやすいように」

「はえー、そういう着方もあるんだな。でもやっぱイタコさんみたいに、丈は長い方が和服って感じがするけどな」

と、何の気なしにそう言った途端、あかり姉の表情が少し不貞腐れたようなものになる。

「そうだねー、そうですねー……ひーくんはああいう、着物が似合う大人の女性が好みなんだよねー」

「え? いや別にそういう訳じゃ……」

「ふーん? そう言う割には随分イタコさんに好かれてたみたいだけど? 『いつでも遊びに来てくださいな』なんて言われて鼻の下伸ばしてたし」

途中イタコさんと話している時、何だかむすっとした視線を向けられてたと思ったが、そう言う事か。

「いや、いつでも遊びに来てくださいとは皆に言ってたじゃんか。それに鼻の下伸ばしたりはしてないし」

「……嘘だっ」

「いや本当だから……痛い痛い」

ブームなのか知らないが、朝に続いてあかり姉は頬をツンツンつついてくる。

一応冗談交じりのじゃれ合いみたいなものだとは思うのだが、にしては時折結構痛い一撃が混じっている気がしないでもない。

「あかり姉、そんな心配しなくても……その、俺はあかり姉一筋だから」

その一言にあかり姉は漸くつつくのを止めてくれるが、釈然としないような顔はそのままで、

「うん、ひーくんはそう言うと思ってたし、信じてる……だけど」

「だけど?」

「不安なんだ、私なんかでひーくんと釣り合ってるのかなって」

「何だよ、何でそんな事――」

もしかして拗ねて構ってほしいのかな、と軽く笑って返そうとして、あかり姉の目にうっすらと不安の色が浮かんでいるのに気づく。

「――何か、心配な事でもあるのか?」

「……ひかりってさ、自分がモテてるって自覚、ある?」

唐突な話題転換で出てきた意外な言葉に、一瞬面食らう。

「は? 俺が? あかり姉じゃなくて?」

「うん、ひかりが」

そう言ってあかり姉はぽん、と俺の肩に頭を預けた。さらりとした髪の毛が頬にこすれて少しくすぐったい。

「最近学校とかでそれとなく聞かれるんだ、ひかり君ってフリーなのかって」

言いながら、拗ねたように頭をぐりぐりと押し付けられる。

「いやいや……冗談だろ?」

「……本当だもん。ひかりと付き合ってることは秘密にしないとだから、相手がいるとも言えないし」

まさか、あかり姉が自分と同じような事で悩んでたなんて。

意外な事実に少し困惑させられたものの、あかり姉が真剣に悩んでいるらしいことは分かった。自分たち以外の乗客には学生らしき年齢の人がおらず、視線もこちらに向いていないことを確認し、あかり姉の肩を抱き寄せる。

「例え他の人に好かれようと、俺が好きなのはあかり姉だけだから安心して欲しい」

だがあかり姉は尚も不服そうに口をもごもごと動かしており、納得はしていないようだった。

「むー……でもそんなこと言って、ひかりは全然付き合う前と変わらないし、それで平気そうだし」

「いやそれは――」

――そこまで姉弟で一緒だったなんて、と一周回って可笑しくなり、思わずニヤけそうになってしまう。

「むー……!」

と、今度は強めに頭をぐりぐりと押し付けられた。

「そりゃあひかりは、モテて嬉しいかもしれないけど!」

「いや、そうじゃないんだが……」

とはいえ確かにこの状況で笑いそうになったのは不味かったよなぁ、どうすれば……と、電車が丁度駅へと停車した。

この駅は……確か見に行こうと思ってたイルミネーション候補の一つが近かったはずだ。

「……じゃああかり姉、今から少しだけ付き合ってもらっていいかな?」

「えっ?」

突然の提案に驚いたようなあかり姉だが、もう既にまもなく発車とアナウンスが流れているし、説明する時間はない。

幸いにも、行きの時両手を塞いでいたタッパーのタワーは、東北家の次女である純子さんのご厚意により向こうで洗って返してくれるらしく、両手は空いている。まだ目を丸くしたままなあかり姉の手を握って電車から降りると同時に、ドアが閉まった。

「ちょ、ちょっといきなりどうしたの?」

「まぁまぁ、そこはついてのお楽しみってヤツで」

まだ事情を把握できていないあかり姉を動かすため、手は握ったまま改札へと向かう。

そう言えば、外でこうやって彼女の手を握るのは初めてかもしれない。そう思うと、少し頬が熱くなったような気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。