※この作品はR-18です。

NIKKEオムニバス   作:リター

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※アンジェリーナはシングルマザーという事以外はっきりしていませんが本作では未亡人としています


NEVER MIRACLE

 

 雪が深々と降り積もる北部基地に、私の待ちわびていた三人の客人が訪れた。「娘」であるエヌと「お姉ちゃん」のルピー、そして「母親」のアンジェリーナだ。

 

「あの子たちがあなたのお客様かしら」

 

 隣から声をかけてきたルドミラは気品の良さを感じさせる落ち着いた表情を浮かべている。

そんな彼女の問いに私は遠慮がちに頷いた。

 

「気にする必要はないわ、女王はしもべの我儘くらい許すものよ……あの子が、そうなのね?」

 

 ルドミラの言う「あの子」とは記憶を持たなかった少女、エヌのことだ。

エヌの脳はNIMPHによる記憶の自動消去機能がなければ何れ大量の記憶に圧迫され壊れてしまう。

 昨年のクリスマス以降、エヌの記憶制御はいまだ不安定であり、一週間ごとに記憶調査を受ける必要がある。以前より記憶の維持期間が長くなったことは喜ばしいものの、反面として危険性も持ち合わせているのだ。

 

 ただ、自動消去が何度行われても昨年のクリスマスに関する記憶だけは消えることがなかった。

この誤作動に対し、ミシリスの研究員はエヌの脳に強く残る体験、心から忘れたくないと願ったものをNIMPHが識別しているのではないかと言っていたが、それに至った原因は判然としていない。

 

 ともかく、往復の移動時間も考慮するとエヌがここに留まれるのは長く見積もっても二日、安全マージンを取って今回は一泊の予定だ。

 それに一般市民であるアンジェリーナが地上に長期滞在することも、避けた方が良いことに間違いはない。

 

 だが、お互いの手をしっかりと握りあっている母娘を見て、私は──────

 

「……やはりしもべはお節介焼きね、でも、悪くないわ」

 

 ……ルドミラは私のことを手のかかる息子だとでも思っているのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 降る雪を少し肌寒く感じてきた頃、はしゃぐ娘の世話をしていたアンジェリーナが私に近寄り、

丁寧に頭を下げた。

 

「お久しぶりです、指揮官様。ご招待いただいてありがとうございます」

 

 アンジェリーナは長い銀髪を肩に流し、大きな三つ編みで束ねている落ち着いた風体の女性だ。まるで20代にしか見えない若々しさをしているが、46歳の未亡人というのだから初めは驚いた。

 夫を喪ってからの十数年間、一人で我が身を犠牲にエヌのために生きてきた薄幸の人であり、くたびれた様子と物憂げな雰囲気が相まって儚い色香を醸し出している。

 

 初めて彼女と出会ったのは去年の冬、指揮官に着任してから二月ほど経った頃だった。

当時の彼女は目の下に深い隈を作り、頬はこけ、生気を感じさせない印象があったが、一年ぶりに見た彼女は、雪原に咲く花のように美しい。

 

「わあ、先生! ここは何をするところですか?」

 

 アンジェリーナと手をつなぎニコニコと笑みを浮かべていたエヌは、初めて見る雪の国に目を見張り、甘えるように母親の袖をくいくいと引っ張っている。

 エヌの問いに答えようとした私を制し、一歩前へ出たルドミラがエヌと目線を合わせるように膝を曲げると優しい微笑みを向けた。

 

「ここは雪見温泉……疲れた体を癒し、休むための場所なの。私はオーナーのルドミラよ」

「ルドミラ、初めまして! こんなにきれいで素敵な場所には初めて来ました、とても白くて冷たいです!」

 

 そう話している間にもエヌは音と感触を楽しむかのように、両足でシャクシャクと雪を踏みつけている。そんな無邪気な少女に対し、ルドミラはいつも自分の傍にいる「|不思議の国の少女」と接するかのように、軽く頬に手を添えた。

 

「私もあなたみたいにかわいい子を見るのは初めてよ、エヌ」

「……あっ! ありがとうございます!」

 

 突然の褒め言葉に顔を赤くしたエヌは逃げるように母の背に隠れてしまう。

 もじもじと体を揺らしながら手を繋いだままの母の腕の陰からルドミラを覗く姿は年相応の子どものようだ。

 

「やば! チョー可愛いんですけど! 

 

 やけに大きな鞄を背負いながら、雪原を端末で撮影していたルピーが顔を赤くしているエヌに気付き、彼女を後ろから飛びつくように抱きしめた。

 

「じゃーお兄ちゃん! 荷ほどきしてくるね、行こっ! 二人とも!」

「はい! えへへ、すごく楽しみです!」

 

 ルピーが元気よくそう言うと、先ほどまで恥ずかしがっていたのが噓のようにコロッといつもの調子に戻ったエヌはルピーと手を繋ぎ、「家族」で三人仲良く手を取り合ったまま宿の方へと駆けて行く、その背中は楽しさと喜びに満ちているように見えた。

 

「……ねぇ、しもべ、家族とは何だと思う?」

 

 家族とは心で繋がった存在だ。

 

 そう答えた私に対してルドミラは何も返すことなく、積もった雪の上をゆらりと優雅に歩いていった。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────   

 

 

 

 

 

 人生で初めて見る地上の果ては、胸打つほど美しい白銀の世界でした。

 

「地上はこんなにも美しいのですね……」

 

 ここが人類の敵に支配されている地獄と呼ばれる場所とはとても思えません。ただそれは、指揮官様が手配して下さった護衛の方々のお陰で危険を避けながら来ることができたからこそ持てる感想なのかもしれません。

 

 指揮官様が私たちに気を向けてくださること、それ自体は嬉しいのですが、私たちにここまで過剰とも言えるほど手を焼いてもらっても良いものなのでしょうか? 

 ただそれは指揮官様からの招待を断ることもせず、ここに来てしまった私が考えても栓無い事なのかもしれません。

 

 私と指揮官様とは昨年出会ったばかりです。当時は「とてもお節介焼きで優しい方」という印象しかありませんでしたが、あの冬以降、地上に出れば多大な戦功を上げ、不可能とされていた地上の支配権を一部奪い返したそうです。

 今やアーク市民の間では人類の希望と英雄視されており、たった一年で雲の上の人のようになってしまいました。

 

 何故かこみ上げてくる胸の苦しさを振り払うように大きく深呼吸をしていたところ、雪の上を跳ねながら撮影をしていたルピーが興奮に赤らんだ顔でエヌに駆け寄り、抱きしめます。

 

「じゃーお兄ちゃん! 荷ほどきしてくるね、行こっ! 二人とも!」

「はい! えへへ、すごく楽しみです!」

 

 私とルピーに挟まれるようにエヌが手を繋ぐと、彼女たちが宿に駆け出すのに合わせて私も手を引かれていきます。宿へ向かう半ば、突然真剣な顔をしたルピーに「深刻そうな顔してたよ?」と言われてしまいました。

 

「少し考えていただけで……なんでもないのよ、なんでも」

「うーん、それならまあいいけど~?」

 

 私はうそを隠すことや、表情や態度に出さないということが苦手です。人の機微について鋭いルピーには考え込んでいたことが伝わってしまったのでしょう。

 気が向いたら話してほしいと暗に言ってくれたのでしょうか? ……いつも彼女の気づかいには助けられてばかりです。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ! お待ちしてました! ようこそ雪見温泉へ!」

 

 宿に入った私たちを出迎えてくれたのは、緑の割烹着に身を包んだ少女でした。おしとやかさを感じさせる服と彼女の明るい所作にギャップがあり、子どもが背伸びしているような可愛さがあります。

 ただ、彼女とはどこかで会ったような……

 

「そうだわ、あなたは確か……おもちゃ屋さんの」

「あ、お客さんだったんですね、ありがとうございます! 私のことはミカって呼んでください!」

 

 そう言って微笑む彼女はとても嬉しそうです、この仕事を楽しんでいるのでしょう。……娘から逃げる理由に仕事を使っていた私とは大違いです。

 荷物を置く為に私たちが泊まる客室に立ち寄ったあと、ミカは施設の案内してくれました。初めて見る木造の宿にエヌはキラキラと目を輝かせています。

 

 木床の軋みを感じながら廊下を歩いていると、前を歩いていたミカが突然振り返り、何かを思い出したような顔で人差し指を立てます。

 

「そうだ! ルドミラが食材は好きに使っていいって言ってましたよ!」

 

 いろんな食べ物がいっぱいあるんですとミカが自慢げに言います。料理を振る舞える折角の機会と思った私は、厨房まで案内してもらうことになりました。

 

 

 

 

 

 

 厨房に着いた私は驚きに目を丸くしてしまいました。そこには普段ならば絶対に見ることのない「本物の食べ物」がたくさん並んでいたのです。

 

 本物の、地上の食べ物はロイヤルの嗜好品であり、一般市民では手が届かない高級品というのが常識です。現に私は一度も食べたことがありません。

 ……ラプチャーは何も食べないそうなので、もしかすると地上にはかつての食料が残っているのでしょうか? 

 

「ちゃんと後でお礼をしなきゃ……ねぇエヌ、お腹減ったでしょ? お母さんがおいしいものを作ってあげる」

 

 私の言葉にエヌが「コロッケが食べたいです!」と弾けるように答えました。子どもの頃からエヌはコロッケが大好きです。

 遠い記憶にあるコロッケにかぶりつくエヌを思い出し、笑みがこぼれます。

 

 おいしいものを作るなんて娘には大きいことを言いましたが、人生で初めて触る地上の食べ物を私にちゃんと調理できるでしょうか? 

 ですが、この機会を逃せば地上の食材を食べることなど一生できないかもしれません。

 娘にだけでもおいしいものを食べてもらいたいというのは、娘を避け続けていた私に残った親心なのでしょう。私はエヌの笑顔が見られるならばそれで、それだけで幸せです。

 

「ところでルピーお姉ちゃんはどこですか?」

 

 一緒に案内に付いてきていたはずのルピーがいつの間にかいなくなっていることに気付き、エヌが遠くを探すような仕草でキョロキョロと周囲を見回します。

 ルピーは窓から見える外の景色をしきりに気にしていたので、撮影の為に抜けて行ってしまったのでしょうか? 

 

「ルピーは雪見温泉の撮影をしたがっていたから、あちこち歩きまわっているんじゃないかしら? ……エヌはルピーが一緒じゃなくて、寂しい?」

「後で一緒に温泉に入るって約束したから大丈夫です! それに……お母さんがいるから寂しくないです!」

 

 エヌの優しい言葉に心が温かくなります、気遣いができるという部分はルピーや指揮官様に似てきているのでしょうか? 

 

「ふふ……それじゃ、エヌの大好きなコロッケを作らないとね」

 

 よし、と袖をまくり上げると、私は蛇口から出る冷たい水に手を浸しました。

 

 

 

 

 

 

 日がすっかり落ちた頃、料理の下ごしらえを終えた私はエヌと一緒に温泉に向かいました。

 天井から垂れる赤い布を手で除けて脱衣所の中に入ると、中ではルピーは服を何着も抱えたまま携帯端末を弄っています。エヌが声を掛けると彼女はバッと顔を上げました。

 

「あ、来た来た! じゃあ早く入ろ!」

 

 抱えていた服を備え付けの木籠の中に置くと、ルピーがいそいそと服を脱ぎ始めたので私とエヌも倣います。

 ルピーが上着から腕を抜くと、白いレオタードのような少し刺激的な服のみを着た状態になりました。彼女は旅行の道中も「お兄ちゃんに褒めてもらいたい」としきりに言っていましたが、指揮官様はこういった服が好みなのでしょうか? 少し大胆過ぎて私には着れそうもありません。

 

「温泉に入るのは初めてです! こんなに寒いのに服を脱いで入るんですか?」

「もっちろん! きっと気持ちいいよ!」

 

 バスタオルだけを体に巻き付けた私たちがお風呂場の引き戸を開くと、吹き抜ける少しの熱気と共に温泉特有の香りが鼻をくすぐります。

 

「わぁ……!」

 

 石造りの露天風呂に感動するエヌの微笑ましい様に口元を緩めながら、私は体を流しました。

 

 少し濁った露天風呂に私が肩まで浸かると、寒さで凍えていた体が内側から温まりゆっくりと弛緩していきます。

 家で沸かしているお風呂よりも熱いですが、肌を刺すような寒さの中ではこの熱さが心地良いです。

 

「うぅ~ん……! はぁ、気持ちいい……」

 

 湯の中でぐっと伸びをすると、気の抜けた声を漏れてしまいました。

 

「あはは! アンジェリーナ! 今のすごくおばさんっぽかったよ!」

「ぽい、じゃなくて46歳のおばさんなんですよ、ほら、二人も早く入ってきて」

 

 恥ずかしい所をルピーに見られてしまいました、無意識の行動ですが誰かに見られるというのは…………少し。

 

「うあああ……あ、熱いです」

 

 私の隣でお湯に浸かったエヌは、熱さにまぶたをギュッと閉じています。

 

「最初は熱いけど、そのうち慣れるはずよ」

「うう、はい!」

 

 そうして温泉を楽しんでいると、肩が触れあうほど寄り添いながら二人の少女がじゃぶじゃぶと湯をかき分けて近づいてきました。

 私たちの前に腰を落ち着けたのは案内をしてくれたミカともう一人、ミカと一緒におもちゃ屋さんで働いている銀髪で活発そうな見た目の少女です。

 彼女は木桶にぎっしりと詰められたおもちゃを両腕で抱えています。

 

「あれ~♡おじさんのお客さんでしょ♡おじさんは一緒に入んないの? つまんな~い♡」

「お客さんをからかっちゃだめだよ! ベロータ!」

 

 銀髪の少女、ベロータの冗談をミカが咎めるように叱りますが、叱られた本人は悪びれることもなくいたずらっぽい笑みを浮かべています。

 彼女の言う「おじさん」とは指揮官様のことでしょう。もし指揮官様と一緒に温泉に入ったら……とあり得ない事を考えて、私の顔は少しだけ熱くなりました。

 

「ふ~ん……♡」

「ベロータ? どうし……」

「なんでもな~い……よっ!」

「わぷっ!」

 

 ベロータの手から噴出されたお湯がミカの顔に直撃し、悲鳴が上がります。彼女が手を開くと圧し潰されて変形したひよこのおもちゃがベコッと音を立てて膨らみました。

 

「もう! ベロータぁ!」

「えへへ~♡不意打ち成功♡」

 

 頬を膨らませたミカがベロータに湯を跳ねかけて仕返しをします。幼い子どものような仲の良い二人のやり取りはエヌの目にどう映るでしょうか。

 

「私お仕事するから先に上がるからね!」

 

 そういってミカは一足先に上がってしまいました。相棒がいなくなり、手持ち無沙汰になったベロータが私に躙り寄ってきます。

 

「ねぇ♡おじさんとアンジェリーナってどーゆー関係なの?」

 

 ベロータは探るような目でこちらを見てきます。私はその問いに対しうまく言葉を返すことができませんでした。

 

「でもさぁ、気になってないならわざわざこんな遠いとこに呼んだり来たりしないよね~♡」

 

 からかうようにベロータは続けます。

 

「ねぇ♡もしかしてアンジェリーナもおじさんのこと好きなんじゃないの~?」

 

 確かに私は指揮官様に好意をもっています、この気持ちは……娘に対して持っている愛情と同じものでしょうか? 私にはまだ上手く飲み込めないでいました。

 それに、彼はとても優しい人だから──────

 

 どうにも思い耽ってしまった私が正気に戻った時には、エヌは湯の中で顔を蕩けさせながらへにゃりと脱力していました。

 

 

 

 

 

 

「体がすごくホカホカになりました!」

 

 温泉から上がったエヌは頬を桃色に染め、体からふわりと湯の香りを纏わせています。

 エヌがはしゃぎながら全裸で脱衣所から出て行こうとするのをルピーが慌てて止め、バスタオルを体に巻いてあげます。

 私もエヌの濡れた髪をハンドタオルで包み込み、優しく揉むようにして拭いてあげました。

 私に付き合う形でずいぶんとお湯に長く浸かり、蕩けてしまっていましたが、今の元気な様を見るにのぼせたりはしていないようです。

 

 ……そもそもニケはのぼせることがあるのでしょうか? 

 

「はい。ミカから冷たい飲み物貰ったわ」

 

 熱くなった身体を冷やすために、エヌに冷えた牛乳を渡します。

 どうやら先に温泉から上がったミカは私たちの為にわざわざ飲み物を準備していてくれたようです。

 

 エヌは「いただきます」と嬉しそうに言いながら瓶の蓋を開けると、腰に手を当てて牛乳を一気飲みします。

 

「ぷはー……とっても冷たくておいしいです! こんなにおいしいのは初めてです!」

 

 どこで、誰と食べるかで味は変わるとよく言いますが、この牛乳はエヌにとって特別なものになったようです。

 私も瓶から直接、冷たい牛乳を口に含みます。……確かに美味しいですね。

 

「ここに来てほんとうによかったです、すっごく幸せです!」

「私もよエヌ。絶対、今日のことを忘れないわ」

「私も……ずっと忘れないよ!」

 

 この時が忘れられない一日になりますように。

 

「えへへ、はい! 私も忘れません!」

 

 今日という日が決して奇跡ではありませんように、私はそう願わずにはいられませんでした。

 

 

 

 

 

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 夜更け、屋外から響く花火の音を聞きながらエヌたちの泊まる客室に訪れた私を待っていたのは、とりどりの浴衣を着てくつろいでいる三人の姿だった。

 それぞれルピーは花の描かれたやけに丈の短い浴衣、エヌは子ども用であろう可愛い蝶柄のもの、アンジェリーナは落ち着いたチェック柄の浴衣を着ている。

 どの浴衣も白地に青で模様が描かれた落ち着いた色だが、よく三人の個性を表しているように見えた。

 

 にしても部屋の床に並んでいる畳まれた浴衣は全てルピーの私有物だろうか? 確かに一泊にしては大きい荷物を抱えていた覚えがある。

 当事者のルピーは満足いくまで浴衣でのファッションショーができたのか、ずいぶんとご機嫌だ。

 

「えへへ! こんな服初めてです!」

 

 腕を広げクルクルと回るエヌ。着慣れていない服で動き回るものだから、浴衣のスリット部が広がり鼠径部近くまで太ももが覗いてしまっているのが気がかりだ。

 

「や~ん! エヌ可愛いよ~! ルシェーでもこういう服、始めちゃおうかな!」

「お姉ちゃんもとっても可愛いです!」

 

 どうやら経営するファッションブランドの先の展開まで考えているようだ。ルピーは自身の楽しさを最優先に行動しがちだが、天性の抜け目のなさがある。

 

「ふふ、指揮官様、ありがとうございます。おかげさまで温泉を楽しめました」

 

 少し火照りの残る顔でアンジェリーナが話しかけてくる、湯上りの艶やかさを感じる髪はいつもの三つ編みではなく奇麗に下ろしていた。

 

「あの、指揮官様……お礼と言っては何ですが、料理を作ったので食べていただきたいです。本物の食材を使った料理は初めてなのでお口に合うか不安ですが」 

 

 不安そうにこちらを窺うアンジェリーナから差し出されたのは一人用の卓に乗せられたコロッケだ、エヌの好きなものを作ってあげたのだろうか? 

 礼を言って受け取るり、一口かじる。サクサクの衣と熱く甘さのある具材、軍の重役とも繋がりを持つ私はそれなりに豪奢な会食に付き合うことも多いが、こういった家庭的な手料理を食べるのはかなり久しぶりで、おいしい。

 

 私の反応を見て安心したのか、アンジェリーナからは緊張が解け、ほっと胸をなでおろしているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 食後。撮った写真を確認していたルピーが何かを思い出したかのように私の傍に寄り、携帯端末の画面を見せてきた。

 

「ねぇお兄ちゃん、外にこんなのがあったんだけど、これってなんなの?」

 

 ルピーの写真に写っていたのは短冊。これは地上にあった風習のようで、願い事を書いて吊るすものだとルドミラから教わった。

 

「ねぇエヌ! なにか願い事書いて吊るしてみようよ!」

「はい! ……えへへ、でも思いつきません」

 

 ルピーは私が一緒に考えてあげると言い、私が用意した余り紙を眺めながら始めは二人でしばらくうんうんと唸っていたが、一日はしゃぎ過ぎた影響か、夜が更けると共にだんだんと口数が減り、気が付けば二人仲良く船を漕ぎ出していた。

 

「エヌ、ルピー、眠いならもう寝なさい」

 

 アンジェリーナがそう促すとエヌは首を横に振って抵抗していたが、ルピーに引かれる形でもぞもぞと布団に潜り込み、やがて眠りに落ちる。

 

「……今日、ここに来れたことをエヌがとても喜んでいました、もちろん……私も」

 

 そう呟きながら、母は幸せそうな寝顔を浮かべる娘の髪を優しく撫でた。こうしていると、彼女たちは本当によく似ている。

 

 人間はニケとなった時に自身の「理想の姿」になると一般的に言われている。

 かつての記憶をすでに持たないエヌに確かめようもないが、エヌにとっての「理想の姿」はアンジェリーナの子どもである自分だったのだろう。

 あの子にとってどれほど母が大きな、大事な存在であったのか、彼女自身が体現しているように見えた。

 

「その……ありがとうございます」

 

 座りながら軽く頭を下げたアンジェリーナの襟元は少したわみ、白く透明感のある肌と豊かな胸の谷間が覗いてしまっている。

 吸い寄せられてしまった私の視線に気付いたアンジェリーナは顔を朱に染め、露出した胸元を守るように身を縮めた。

 

「あっ……も、申しわけ……ありません、お見苦しいものを……」

 

 アンジェリーナは少し声を上擦らせながら急いで立ち上がろうとするが、慣れない畳に長時間横座りをしていた彼女の足は本人も知らぬ痺れており、その場で足をもつれさせながらつんのめってしまう。

 私はこちらに倒れてくるアンジェリーナを抱き留め……

 

「あっ……」

 

 受け止めることこそできたが、腰紐が緩んでいた彼女の浴衣は大きく開き、白いレースの下着まで露になってしまった。

 いくらなんでも、一介の母親である彼女が普段使いするには煽情的過ぎる下着だ。

 

「……その、ルドミラさんに和服の下には下着を着ないと伺ったのですが、指揮官様と会うと思うと恥ずかしくて」

 

 アンジェリーナは照れ隠しか、ずいぶんと早口で不相応な釈明を始めた。彼女自身もパニックで状況を理解できていないのだろう。

 今、気にするのはべきなのはそこではない。

 

「いい歳をして、はしたないですよね……でも、浮かれてしまったんです」

 

 そう内心を吐露した彼女の指は私の胸に少し強く食い込んだ。

 

 彼女と今までにないほどの至近距離で見つめ合う。場の雰囲気に呑まれてしまっているのは私だけではないだろう。

 そして、お互いの顔がどちらからともなく近付き、寄せ合い……

 

「し、指揮官さま……私は……」

「おかあ……さん、むにゃ……」

 

 高揚感に犯された妖しい雰囲気は、エヌの不意の寝返り一つで消え去った。

 

「………………」

 

 正気に戻された互いの間に訪れるしばらくの静寂。先にその沈黙を破ったのはアンジェリーナの方だった。

 

「あの、もう……」

 

 アンジェリーナは力の入っていない両の手で私の胸を押し、離れようと抵抗する。だが、私は彼女の背に腕を回し抱きしめた。

 ……放すわけにはいかなかった。この先に進んでしまえばもう、引き返せなくなることを知っていても。

 

「……あの……私なんかで本当にいいんでしょうか……指揮官様の周りには私より美しい方も、素晴らしい方もいらっしゃるのでは」 

 

 彼女たちはあくまで仕事の仲間だ、命を預け合うことで人並み以上の相互信頼を築いてはいるが、そういった関係ではない。

 

「でも、指揮官様がそう思っていても──────」

 

 声は徐々に尻すぼみになっていき、最後まで聞き取ることはできなかった。この言い訳じみた問答が彼女からの最後の牽制だろう。

 それが判らないほど私は子どもではないつもりだ。

 

 私の胸を押していた彼女の手が緩む、もう抵抗はない。

 

「今日だけ……なら」

 

 アンジェリーナの言葉を最後まで聞くことなく、私は彼女を押し倒し、細い身体に強引に覆いかぶさる。

 

「指揮官様、優しく……してくださいね? ………………ごめんなさい」

 

 アンジェリーナの届く宛のない謝罪は、熱のこもり始めた部屋に仄かに響き、霧散した。

 

 もはや身を隠せていない浴衣の帯を解き、襟元から大きく開き浴衣をはだけさせる。

 下着以外隠すものがなくなってしまった肢体にしばし目を奪われていると、彼女は顔を赤らめながら目を閉じ、僅かに顔を背けた。

 

「あまり、見つめないでいただけますか……恥ずかしいです」

 

 恥じらいに足をきゅっと閉じたにも関わらず、胸元を隠すことはしないアンジェリーナの姿に一層の情欲が掻き立てられる。

 

「……お話をしている最中も、よく胸を見られていましたが……好きなんですか?」

 

 意識的に見ようとしていたわけではないのだが、視姦されていた彼女からすれば、気になるほどに見ていたようだ。

 今後は意識的に見ないよう注意しなければならない。

 

「その……胸、触ってもいいですよ」

 

 彼女のエヌに似た青い瞳が揺れる、私にはそれが羞恥を訴えながらも次を期待するような艶っぽい視線に見えた。

 

 白いレースのブラジャー越しに右手を添え、胸の感触を確かめるように揉み込む、手が沈み柔らかさと押し返すような弾力が男を誘惑する。

 我慢ができなくなった私は空いた左手をアンジェリーナの背に回し、ホックを手早く外した。

 ブラジャーによって形作られていた彼女の大きな胸は重力に負けるように先端から少し下垂する。

 

「……手馴れていますね」

 

 ブラジャーの外し方があまりにも上手だったせいで少し拗ねられたようだ。胸を見られる羞恥心よりも細かい部分でのムードを優先する女心は私には難しい。

 

 失態をごまかすように彼女の左手と五指を絡めあい、湯上りの化粧っけのない顔へと鼻先が触れ合うほど寄り、至近距離で瞳を見つめる。彼女の肌から熱を感じた。

 たまらず視線を逃したアンジェリーナの細い腰に手を回すと、彼女の唇に強く唇を押し当てた。

 

「んっ……ちゅっ……はぁ♡」

 

 開き切らない唇を舌でこじ開け、彼女の口内を私で犯す。卑猥な音を立てながら唾液を絡め合う深いキス。だがそれは、お互いの歯がぶつかる硬い音によって中断された。

 

「あっ……ごめんなさい。その、こういうこと、20年ぶり……なので」

 

 男を知った大人の色香の中に、純な少女のような反応が顔を出す。今の興奮した頭では、もはや煽られているとしか思えない。

 再び唇を触れ合わせながら手探りでお互いの服を、下着を脱ぎ捨てていく。隣ではエヌとルピーが寝息を立てているというのに、私は冷静ではない。

 

「ふぅ、熱い……♡」

 

 下着を脱がすと部屋に湿気を帯びた女の匂いがこもった。熱に充てられた彼女の体温は上がり、しっとりと全身に汗をかき始めている。 

 

「……その、挿入れても、良いですよ……でも、今夜だけですからね?」

 

 その一言に私のペニスはより硬く反り勃つ。確認を込めた視線を送ると、彼女は小さく頷いた。

 

「だってもう、我慢できないんですよね? 私の足に硬いものが……当たっていますし」

 

 自分でもいつからそうしていたのかはわからないが、気づけばペニスを彼女の太ももにこすり付けるように腰が動いていたらしい。

 アンジェリーナの柔らかい手がソレ優しく包むように掴むと入り口へと導き、先端が秘所に触れた。

 

「あっ……♡」

 

 クチュッという水音と共に大人の声が漏れる。その声に誘われるままに腰を沈み込ませた。

 ほぐす必要も無いほどに濡れた膣内は熱く狭く、そして心地よい締め付けで私を迎えてくれる。

 

「だっ♡だめっ♡ごめんなさい……」

 

 アンジェリーナの膣内は二十年ぶりの刺激に悦び、奥まで突かれると同時に痙攣を始めてしまう。

 ビクビクと波打つように膣壁がペニスを締め上げ、まるで一滴残らず精液を吸い出そうとしてくるような快楽に襲われる。

 

「あああ~~~ッ……♡♡♡くぅ……ッ……♡♡♡」

 

 少し気を抜けば射精してしまいかねない。私は奥歯を嚙み締めて快楽の波をなんとか耐え抜く。

 ただ、アンジェリーナは強すぎる快楽に溺れてしまったのか、淫靡な声で喘ぎ、足を限界までピンと伸ばし絶頂している。

 

「ほお゛っ! ♡あ゛ぁっ……♡♡」

 

 アンジェリーナは強い絶頂感からなかなか降りてこられない。

 体を震わせ、息を荒くし、目の端から涙まで零す彼女を波が引くまで抱きしめ続けた。

 

「っ……はぁ、もう、大丈夫っ……です。動いてもらっても……大丈夫です」

 

 促され、ゆっくりと腰を動かし始める。ペニスを出し入れする度に愛液が掻きだされ、淫らな水音がそう大きくはない部屋に響く。

 喘ぎ声を漏らしながらも彼女は私の頭を子あやすように撫でた。

 

 仕返しに彼女の舌をしゃぶり、優しく嚙み潰す。

 

「へふっ♡……ひききゃんはま、らにをっ……♡」

 

 徐々に艶のある声でアンジェリーナが喘ぎ始める、艶声の出口は既に互いの涎でベトベトだ。

 

「ううっ、ふっ♡♡♡」

 

 声を押し殺しながらも快楽に身をゆだねるその姿に私は欲を抑えきれなくなった。

 ピストンを始めると一度の絶頂を経てすでに濡れきっているそこが吸い込むように私のペニスを呑みこんだ。

 

「はあぁ~ッ♡♡んっ……♡」

 

 アンジェリーナの身体は膣内でペニスが擦れるたびに跳ね上がり、奥を突くと深い呼吸と嬌声をあげる。

 その艶姿に強い射精感を覚えた私の腰を振る速度は否応なしに上がった。

 

「指揮官様♡……だめ……あん♡中はだめです♡私には……あっ♡だめ……♡……妊娠してっ……しまいます……♡」

 

 アンジェリーナは私に抱き着き、股を大きく開いて男を迎え入れる淫らなポーズをとっている自覚がないのだろうか? 

 

「あ……♡ふっ……うぅっ♡はぁっ♡指揮官様……ダメです……困りますから♡はなして……♡」

 

 うわ言のようにダメと繰り返す彼女と裏腹に、脚は絡まり合い、指は私の背に強く食い込んで離そうとしない。

 私はアンジェリーナの懇願を無視するかのように更に腰を振る速度を上げていく。

 

「あっ♡あっ♡いぐっ♡♡♡あ゛っ! ♡だめです、指揮官さまぁッ! ♡♡もう、イっ……~~~ッ!! ♡♡♡♡♡」

 

 繋いだままの手にグッと力が入った。

 

「お゛♡イッ……♡♡♡あっ……♡♡!! ひっ……♡♡♡」

 

 ペニスを熱く締めつける膣内にドクドクと精液を注ぐ、長い余韻の間も彼女は私を逃がさないように強く抱きしめ続けた。

 

「はぁ……はぁ♡指揮官様……んっ♡」

 

 抱き着きながらの射精を終えた私がペニスをゆっくりと引き抜く。

 

「お゛っ? ♡♡♡んお゛っ!! ♡♡♡ほお゛っ♡♡……あ゛ぁっ!! ♡お゛っ……」

 

 絶頂を終えて油断した瞬間に訪れた快楽にアンジェリーナの口から彼女らしからぬ低く太い喘ぎ声が漏れ、

「ぶぶっ」っと下品な音を立てながら膣内から大量の白く濃い精が逆流し、彼女の内ももを伝い流れ落ちる。

 

「やだぁ……♡♡♡はっ……んっ♡ちゅ……♡」

 

 キスをすると彼女の体から力が抜け、そのままドサッと布団へと倒れこんだアンジェリーナは、こちらに笑顔を向けながら下腹部をさすった。

 その背に敷かれた布団は既に大きく乱れ、滴り落ちた汗のせいで室内にはムワっとした湿気と性臭が立ち込めていた。

 

「その……気持ち良かったですか?」

 

 彼女を優しく抱きしめることでその問いに答えた。アンジェリーナは私の胸に顔をうずめて暖かい吐息を吐く。

 

「一応……今日は大丈夫な日ではないんですよ? ただ私のような年増にそうそうできるとは思っていませんけど……」

 

 今日は大丈夫ではないらしいという言葉にペニスは再度隆起した。性を吐き出したが未だに興奮は収まっていない。

 

「あの……そういった意味で言ったわけではないのですが……」

 

 アンジェリーナは若干呆れた顔をしながら一つ小さくため息をつき、私の耳元に口を近づけ囁いた。

 

「もう……♡エヌがお姉ちゃんになってしまいますよ?」

 

 その一言で私の理性は吹き飛び、アンジェリーナに再び覆いかぶさった。ここから先、歯止めが利かなくなったとしても私は悪くない。

 私はここがどこかということもすっかり忘れ、彼女の身体に更に深く深く没頭していった。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────   

 

 

 

 

 

 暖かい日差しが差す正午過ぎ、私は娘と夫と一緒に公園のベンチに掛けていました。

 

 夫はラプチャーを殲滅し地上を無事奪還しました。アークの英雄となった今は指揮官としての仕事はお休みとなりました。

 ベンチに乗せられた夫の大きな手に手をそっと重ねた私は、今日の晩御飯は何が良いかと尋ねます。

 

「ねぇあなた、今日は何が食べたい?」

「……さ……」

 

 夫は空いている方の手で、陽気にウトウトしているエヌの髪を優しく撫でています。

 これと言って大きな出来事も騒動もない日常、手に入れたくても叶わなかった日々を送れることが素直に嬉しく、自然と笑みが零れてしまいました。

 」

「……さん!」

 

 それに今日は私たちにとって大事な記念日。これから四人で新たな家族として──────

 

「お母さん! 起きてください!」

 

 

 

 

 

 

「くぁ……!?」

 

 エヌの声に私は飛び起きました。ハッキリと覚えていませんが、変な夢を見ていた気がします。

 寝ぼけ眼であたりを見回すと、私の隣には指揮官様が裸で……徐々に昨夜の記憶が蘇ってきます。

 私はどうやらとんでもないことをしてしまったようです。顔が熱くなったり、血の気がサッと引いたりと感情を上手く制御できません。

 

「どうしてお母さんと先生が裸で一緒に寝てるんですか? それになんだか……お魚? みたいな匂いもします」

「アンジェリーナ……お兄ちゃん……」

 

 自業自得ながらルピーの刺すような視線が痛いです。

 

「エ、エヌ! これは……その、そう! なんでもないの! 仲良くしてただけなのよ」

「……? わかりました?」

 

 エヌはこういった事に関する知識を持ち合わせていないで、状況を呑みこんでいないのでしょう。

 何故私が言い訳しているかの理由すらわからずに、無理矢理納得させられたような怪訝な顔をしています。

 掛け布団で身体を隠しながら上半身だけ起こし、エヌの頭を撫でてあげました。

 

「えへへ! お母さんに撫でてもらいました! ……でも、私も先生と一緒に寝たかったです!」

「まぁ~お兄ちゃんとアンジェリーナが「仲良く」することには何も言わないけどさぁ、ここでするのはどうかと思うよ……」

 

 お母さんと先生の仲がいい方が嬉しいです! と無邪気に言うエヌにルピーは何も言えず、曖昧に笑っています。

 

 私は右手で自身の髪を弄りながら、座りの悪さを直すようなそわそわとした落ち着かない動きが止まりません。

 自分の態度がおかしいことを自覚しながらも、動揺と緊張は表に出てしまいます。

 

「お母さんがなにか変です……?」

 

 エヌの手前、母親としての態度を必死に取り繕ってはいますがボロが出ているのでしょう。

 私の動揺を見かねたルピーがエヌの手を引き、なにかと理由を付けて部屋の外へ連れだしてくれました。

 ……彼女の気づかいに助けられてばかりで、自分が情けなくなってきます。

 

 すると出て行こうとしていたエヌの足が途中で止まり、その場でくるりと身を翻します。

 彼女の手には短冊というものに使うために指揮官様が用意した紙が握られていました。

 

「短冊に書く願い事が決まりました!」

 

 そう元気よく言いながら、エヌは願いを私に向かって掲げます。

 

「お父さんが欲しいです!」

 

 予想だにしていなかった願いに私はビクンと両肩を大きく跳ねさせてしまいました。

エヌがルピーの元へ行ってしまった後でも、心が収まりそうもありません。

 ジクジクと湧いてくるこの偲いの意味を、私は知っていました。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────   

 

 

 

 

 

 あの旅行から一年が経ち、アークはまた雪の降る季節となった。

 

 結局のところエヌから雪見温泉での記憶が消えることはなく、最近では記憶調査の頻度も下がっており、記憶の不安定さは快方へと向かっている。

 

 相変わらず地上任務で忙しい私はアークに帰ることもままならない生活を送っていたが、あれ以降、折を見てはアンジェリーナの家へ訪れて逢瀬を重ねている。

 そんな私は今、中央政府直轄の軍艦であるアドマイアー号の一室にアンジェリーナたちと共にいた。

 

 私の前に腰かけているアンジェリーナは、彼女に似合う紅色の背中が大きく開いたドレスを身に纏っている。

 

 本日開かれるアドマイアー号の船上パーティで中央政府の重役たちに私たちの関係を紹介するため。と言っても既に関係については知られており、形式上の報告をするだけのことではあるが。

 

「でも、その……このドレスは、少し大胆すぎませんか? 少し露出が……多いような」

 

 とても似合っている、とアンジェリーナの耳元に囁く。その言葉を聞いて彼女は顔を真っ赤にしながら背筋を伸ばして固まった。

 

「わあ、お母さん真っ赤です」

 

 その時コンコンとノック音が響く。扉が開いて入ってきたのはアドマイヤー号の管理を行うイージス部隊の隊長、ヘルム。

 胸元がざっくりと開き、腰まであるスリットが煽情的で煌びやかな白いドレスをよく着こなしている。

 

「貴官、そろそろ用意はできたかしら? 主賓が不在ではパーティが始まらないわ」

 

 ヘルムの促しに対し、準備が整い次第すぐに赴くとを伝えると、彼女は一礼だけしてすぐに部屋から去って行った。どうやらかなり忙しいようだ。

 

 そろそろアンジェリーナも心を落ち着けた頃合いだろう。彼女へと一歩進むと、私は片膝をついた。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────   

 

 

 

 

 

 アドマイアー号の船上パーティに出席するため、私はエヌと一緒に船の控室にいました。

 

 私が着ているのは煌びやかな紅色のドレス。指揮官様が仕立てていただいたもののようですが、いったいどれだけお金を払えば、このようなドレスを購入することができるのでしょうか? 胸元に光る豪奢なカメオが眩しいです。

 

 私みたいな……という言い訳が口を突こうとして、止めました。

 

 そもそもここに至るまでの間に、私にもさまざまな選択肢がありました。私が彼を拒絶したとしても、誠実な指揮官様であれば変わらずエヌを守り続けてくれたでしょう。

 しかし、少ない時間を使ってまでも私の元に訪ねてくる彼を受け入れ、好意を抱き、逢瀬を重ねたのは私の意志です。

 ですが……

 

「でも、その……このドレスは、少し大胆すぎませんか? 少し露出が……多いような」

 

 カッチリした軍の礼装を着こみ、心なしかいつもより凛々しく見える指揮官様に対してそう呟きました。すると彼は私の耳に顔を寄せ…………

 私は顔を熱くしながらしながら固まってしまいました。

 

「わあ、お母さん真っ赤です」

 

 きっとしばらく間抜けな顔で呆けていたことでしょう。落ち着いた時には、指揮官様は青の長髪が美しい白いドレスを着た女性と何かお話をしています。

 気心の知れた仲なのか、急かすように話しかけている女性に対して指揮官様が気安く謝ると、彼女は衣装とは似合わない軍人のような礼をして部屋を出て行きました。

 

 バタンと扉の閉じる音が鳴ると、静まり返った部屋には私の胸の高鳴りだけが響きます。

 しかしそれも束の間、指揮官様は卓上に置かれていた黒い小箱から、指輪を取り出しました。

 そして私の前で片膝をついた彼は、左手を下からそっと掴み……

 

 主を失って久しい私の薬指に銀色の指輪が光りました。

 嵌められた青い宝石が室内のライトを反射して、まるでエヌの無垢な瞳のように輝いています。

 

 瞳からジワリと涙が溢れます。こうして泣いたのは二年前のあの日以来でしょうか? 

 

「あれ? お母さん、どうして泣いてるんですか? 大丈夫ですか?」

 

 まるで泣いている子どもをあやすように、エヌは優しく私の背を撫でます。

 

 母が娘にそうしてあげるように。

 

 私がエヌにそうしてあげたように。

 

 

 

『悲しみよ~、飛んでけ~』

 

 

 

「…………ふふっ、エヌはとっても優しいわね、きっと、私に似てるのね」

「はい! 私はお母さんに似てます!」

 

 私の心に降り積もっていた雪は解け、暖かい春が訪れました。

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