DB Another Love Story 作:Roland
第1話
それはエイジ774の秋の午後のことだった。太陽が青空に明るかった。
各地に散らばる戦士たちに思いもかけぬ出来事が突発した。平和をとり戻しはじめていた地球の大気圏に今、得体の知れない〈気〉が進入したのである。
彼らはいっせいに空を見上げた。いやがおうでも脳裏に過去がよみがえる。この手の問題は悟空とベジータ、つまりサイヤ人どもがほとんど引き受けるだろうが、それでも彼らは安心しきるという気分にはなれなかった。なにしろ、あの魔人ブウが片づいたのはほんの半年前だ。
ヤシの木陰にじっと立つクリリンは返事もしない。あんた、と18号がふたたび呼んだ。緊張しきった背中に「敵の人数は?」と幼い娘を抱き上げながら彼女は聞いた。
「――1人だ。今のところは……」とクリリンはようやく答えるも、一心に気を探り続けていた。「……お、ベジータが動き出したな」
彼は戦闘服に着替えるなりカメハウスから駆け戻ってきて、妻と赤ん坊に見送られ、小さな孤島から空へと飛び立った。
遠く離れた山岳地帯では、釘づけにされでもしたかのように天空をあおぐ天津飯の姿があった。
「かなり邪悪な気だぞ……。修行は中断だ! 行くぞ!」
「ま、また敵かな……? っていうか天さん、山小屋の鍵どこ……?」と餃子が喋り終える頃には、彼は上空のはるか先へ遠のいていた。
都会の喧騒のなかでヤムチャは女に言った。
「また異星人が来たぜ、つぅことでデートは終わりだ! すまん!」
「死なないで、愛してる」と女は返した。
彼は宝石が入った紙袋を手渡すと、熱いキスを美しい相手の口にして、「次これつけてきてよ、また電話する!」と微笑んだあと、恋人の前から飛び去った。
二十四歳になる美形の異星人がひとり、琥珀色に輝く紅茶を飲みながら、三人乗りの宇宙船の操縦席に座っている。青みがかった大気の層を正面のフロントガラスごしに眺めていたが、やがて青に白い雲が混じりだすと、おもむろにポケットから父の手紙を取り出して、薄い青緑色の瞳でしばらくのあいだその文字を眺めた。そして片手でこぶしを振り上げ、きりりと顔を上げた異星人は、胸に秘めた強い決意を口にした。「必ず……父の使命を果たすぞ……!」
この異星人、アニス・モッコリオは宇宙防衛軍の元隊長で、ほどなく地球へ降り立つところだ。背は一七〇センチで、色白で、都会的なメンズファッションを身にまとい、筋肉質ながらどこか柔弱な体軀を、かっちりとした仕立てのテーラード・カラーのコートで包み隠している。えり元からのぞくのは夏向きのカジュアルな半袖Tシャツで、フォーマルなロングコートの中にあえてこれを着るのが「いかす」らしい。普段はジャージのズボン――「トラックパンツ」というものらしい――を履くところを、スタイリッシュな細畝のコーデュロイのスラックスにしたいきさつは、「地球に初訪問とあっては気合も入る」。足元はカジュアルなスニーカーで、本来エンジニアブーツを好むも――理由は「カッコイイから」――、激戦となった場合にそなえて動きやすい靴にしたのである。が、これも「ダッドスニーカー」とファッション界隈で呼ばれる流行り物で、ごついシルエットが男女問わず人気ではあるが、格好良さにこだわる本人が選んだのは、黒いシューズ全体にソールだけメタリックにきらめくたいした代物だ。そして、小さな黒い丸玉のピアスを片耳にだけつけている。白いTシャツ以外はすべて黒である。こういった身なりの〈女〉である。
アニスは女ながら男になりすまし、厳しい戦闘の日々を、人知れず孤独を抱えながら、男として生きてきた。ときには切ない片想いに、自らの真の願望と闘いもした。彫りの深い中性的な顔だちで、男に扮(ふん)しさえすれば、いともたやすく周囲をだませたし、現に宇宙防衛軍を見事あざむき隊長の座にまで登りつめたのだ――隊長職に任命されるのは例外なく男である――。昨年、一人の天才肌の男が、『男女いずれか不明なれども、女と見る』と、ひとまずの結論を伝えてきたときもアニスは相手を容赦なくぶっ飛ばし、再起不能にし、軍を追い出した。あの頃と彼女はなにも変わっていない。地球での使命を果たし終えれば、軍の隊長として復帰予定であるからこそ、この地でも「普通に」男として行動するだけだ。
地上から十数メートルのところで早くも宇宙船の入り口を開けたアニスは空へ飛びだして、舞空術の速度を抑えながら、ふわりと舞い降りた。着地するなり片ひざを地につけて、両腕をぴんと横に張り、したり顔で視線を正面に据え、その背後では宇宙船が砂塵を巻き上げながら着陸していく。彼女はポーズを取ったまま満足げに独り言を言った。
「――フッフッフッ。一度やってみたかったのだこれを。今のは相当……キマったな」
予言で告げられるまで知りもしなかった謎めいた地球の、風の吹きわたる地上をしっかりと踏みしめ、肩をいからせ腰に両手をあてて、アニスは闊歩した。地球の空気はやわらかだった。おそらく一生に一度きりとなるであろう〈自由〉をかけた戦いや、歩んできた人生の感慨や、故郷の占い師への感謝など、とりとめのない想念がアニスの頭に流れこんでくる。半年ものあいだ宇宙船にいやがおうでも缶詰にされていた彼女にとっては、頭上に照り輝く太陽のありがたさも。
平らな砂地が見渡すかぎり拡がり、地平線上で空にまじりあうこの広大な高原には、赤く色づいた木立ちが間遠に点々と散らばり、岩がまばらに高くそそり立ち、最も遠くにある岩の向こう側には、はるか天空まで伸びた柱が見える。カリン塔の柱である。
「……誰もいねーぞ」とアニスはつぶやいた。あたりを見渡したところで、人影ひとつない。
彼女は地球人の形態を知らないが、人間型がもっとも多く、つぎはモンスター型か動物型のいずれかだろうと予想していた。他は頭になかった。彼女の故郷では人間型とモンスター型が大半を占め、宇宙防衛軍で幅を利かせているのはモンスター型であり、雑用係はたいてい動物型だ。たとえば人間型であってもナメック星人――これを彼女は人間型と判断している――は特殊な能力をそなえ、サイヤ人にしても戦闘種族ゆえの特質を持つが、アニスは形態学的、生態学的に人間ベースの地球人とほとんど変わりない。
こと容姿に関すれば、地球においてもアニスは際立っているだろう。芸能人でも通用すると本人はうぬぼれている、ただし男として。女優は無理だ、女の魅力ゼロな上、私の顔は特殊すぎるとの自覚はあった。確かに彼女の目の印象はやや複雑であり、大きいのだが、いわゆるぱっちりとした目ではなく、やけに横に長い目だ。深く折り込まれたきわめて幅広い二重まぶたが瞳に被さっているせいで眠たげにも、あるいは悟りすましたようにも見える。目の上には凛々しい横一文字の眉と、その眉間から高く隆起した鼻すじは見事な曲線を描いて下り、女にしては薄い唇が無感情にひきしまった、静かでおごそかな顔つきである。蜂蜜色の髪はざんばらに、波うちながらあご先まで伸びて華奢な輪郭をとりかこみ、首より下はまばゆいほどの体つきのため、たいていロングコートで隠している。
アニスは風貌にそぐわず高い戦闘力を有するが、気を探れないのは大きな弱点といえよう。くわえて、気を抑える技も身につけていないため、自分の放つ気が地球の戦士たちを呼び寄せていることなど彼女は知るよしもない。今、岩陰からひとりの戦士に偵察されていることも――。
柱状の大きな岩のてっぺんに、アニスは舞空術から着地した。大自然が一望の下に見渡せた。私は遂に地球にやって来たのだ! と、感慨が煮えたぎるように湧いてきた。遠くに臨むは鮮やかな緑したたる山々、近くには陽を受けてきらきら光る海、それらが織りなす風景にアニスは息を呑み、地球が創造した「大自然のすんごいアート」を飽くなき好奇心をもって鑑賞した。薄い色素の瞳には煌々と輝く海面がかすんで映り、白い頬は感動でうっすら薔薇色に染まっていた。景観ばかりか彼女もまた一幅の絵のようであった。美しさの判断は個人的嗜好に左右されうるが、たとえば好みなどという次元を越え、さらには性別すら超越した〈絶対的な美〉の体現者がいるとすれば、アニスの風貌はそういう類のものだ。いうなれば天上界の美のイデアだ。俗世離れした神々しさに満ちあふれ、優美な神話図像的イメージを放つ彼女の顔つきは、さしずめ人間の姿で現れた天使か神といったところである。さっきみたいに空からふわりと舞い降りて、『どうも~、神で~す!』と戯言をぬかそうと、本気で信じてしまう地球人は相当数いるのではないだろうか?
岩を離れたアニスはコートのポケットに手を突っ込み小瓶を取りだして、広々とした平原を颯爽と歩きだす。途中スキップせんばかりの足取りで、「やっと開放されるぞー!」と声高々に叫び、しなやかな長身を包むロングコートは心地よい秋風に揺れた。
「これが済めば、やっと自分の人生が始まるんだ! 24歳からの人生をおもいっきり楽しんでやる!」
とアニスは歓喜の声を上げた。このとき彼女はまたおろかにも、軍に復帰するという自ら立てた予定をすっかり忘れ、心には、見えざる普遍的な人生があたかも艶めいた夢のように去来していた。むろん彼女の夢を誘ったのははじめて見る大自然のアートだろう。彼女はいたってシンプルな青年である。
そのうちアニスは適当なところで立ち止まると小瓶の蓋を開け、地に片ひざをついてかがみ込み、小石混じりの砂を中に詰めはじめた――。
ずっと岩陰から偵察している戦士が、フッ……、と満足げな吐息を漏らすや、笑みを含んだ声で、「実に男だな……俺は」そう口の中で自分自身につぶやいた。敵の〈気〉が降下する地点を予測した彼は、迎え撃つため事前にこの場所で待機していたのだ。そうして現れたアニスのこれまでの一挙一動を、ほとんど十分ものあいだ、身動きもせず、目を異様に輝かせながら眺め続けた。
男はいよいよ心の準備を整えたらしい。体を起こして岩陰から出ると、一歩一歩、距離を縮めていった。うずくまり丸くなった相手の背中に向けて、努めて平静を装いながら呼びかけた。
「……おい。貴様」
突然の声にびくっと肩を揺らし、わっ、と驚いたアニスは砂から顔をあげ、振り向きざま言った。「な……なんだよいきなり、おどかすなよ……」
「……聞きたい事がある」
アニスはまたすぐ地面に視線を戻して答える。「いま、砂を集めてる最中なのだ、しばし待て」
「……。いったい何なのだ、貴様は」
「何なのだと言われてもな。おまえこそ何なんだよ」
「地球人でないとしたら、何か狙いを定めて地球に来たのか」
「質問はあとって言っただろ、変な虫混じった砂詰めちゃったら、どうしてくれるんだ」
「……チッ、なんか知らんが早く済ませろ」
「なんだおまえ、偉そうに。しかもワケわからん質問しやがって」
立てた片ひざにあごを乗せて、砂をかき集め、やがて砂でいっぱいになった小瓶の底をとんとんと叩いて中身をゆすりつつ、アニスは背中で言った。
「聞きたい事って何。面倒だから分かりやすく言えや」
「貴様、異星人か? どこから、来たのだ」
「そういう類の質問は断る。明日の天気ぐらいは答えてやるがな」
「なに……天気だと?」と男はやや驚いたように言った。
「知りたいか?」とアニスはしゃがんだまま言った。
男は仁王立ちに立って後ろ髪を見下ろしながら、敵の素性を探るごとく質問を続ける。
「……未来予知の能力を、持っているのか?」
「さっき天気予報を見たんだ」
「チッ……くだらん事を言う奴め」そう吐いた男の視線は、柔らかそうな毛束からのぞく首筋へ下りた。「単に宇宙の旅から戻ってきただけの地球人か、それとも異星人か、どっちだ」
アニスは立ち上がった。小瓶の蓋を閉じて、それをポケットに仕舞いながら小さく答えた。「地球人だ……」
「嘘をつくな。地球にそれほど大きな気を持つ者が、仲間以外にいるとは思えん。しかも邪悪な気を放っていた」
「異星人だ」アニスは言いなおした。そして相手の顔をはじめてじっくりと見た。なんだこいつ。結構な……イケメンじゃないか。しかし同時に思った、どこか、ただ者ではない雰囲気だとも。アニスは完全に圧倒された。
「お……おまえこそ、何者だっ」と、彼女はやや後ずさって威勢よく叫んだ。
「異星人が地球にやってくるとは、穏やかではないな。……だがしかし」
「おい! 何者か言え……誰なんだっ」おもわずアニスは自分の頬へ手を当てた、赤くなっていたらマズイ、と思った。
「誰とは……俺の名前を、聞いているのか」
「ま……まぁ……」
アニスはすぐに、あっ、と声を上げ、「……か、勘違いするんじゃないぞ!」と叫ぶ。「礼儀として名前くらい言え、ということだっ、そ…それ以上の意味は……ないからなっ!」
突然あたふたしだした彼女に、相手は鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。
「なんだそれは……。それ以上の意味とは、どういうことだ……」
そう低くつぶやいたきり男が沈黙したせいで、アニスの心に恥ずかしさが込み上げてくる。顔から火が出るほどだ。完全に失態をおかしてしまったと、うぶな少女みたいに縮こまった。この男は私にとって弱点だ、とも考えはじめた。自分がどれほど独立心に富んだ人間かはよく承知しているし、私自身の主人は常に私だ。けれども今、目前にいる男の魅力はあまりに強烈で、こちらの身も心も吸いつくされる運命にあるのではないか、そんな不思議な予感が二十四歳の生身の身体を駆け抜けた。
男は無言を続けながら、アニスの様子を穴のあくほど観察していた。やがて、冷静に戻った彼女の胸中は一段落ついたかと見えたところで、ようやく彼は答えた。
「俺の名を聞いたのなら……マジュニアだ」
その顔は自己満足にあふれ、鋭い目を意味ありげに光らせて、唇には薄ら笑みを浮かべ、胸の前でゆったりと腕を組んで相手の顔を眺めまわし、事もなげな様子だった。これがピッコロである。
ピッコロはここからほど近い岩山を修行場所としていた。生きる目的は地球を守ることに他ならず、それゆえ戦闘態勢を万全に整えこの地に馳せ参じたのだ。しかし宇宙船から現れた敵の姿と言動が敵らしからぬせいか、どう対処すべきか迷走しているらしく、今、ピッコロの眼差しは敵の胸あたりに向けられている。
この勢いで年齢も聞いてやろう、とアニスは破れかぶれな気持ちで口を開きかけたが、ふと眉を上げて――「あれ……もしかして、ナメック星人か?」
「そうだ。ナメック星人を知ってるのか」
「知り合いがいるからな」
「……ほお」
「でもおまえターバンしてるし雰囲気がどこか違う……だから、すぐには分からなかった」
とアニスは見上げるほど背の高い相手に青緑色の目を注ぎながら言った。この男のすべてを、記憶力の可能性を最大限に引きだし記憶しようと試みた。自分の知るナメック星人の姿と脳裏で照らしあわせもした。マジュニアの眼光は獲物を狙う鷹かと思われた。曲線状の端正な筋肉だけでできたみたいな腕や、堂々たるたたずまいや、白いマントが風で揺れているさまなど見るにつれ、彼女の眼差しは熱っぽくなっていく。なんだこいつ。顔のみならず、全身までなんとなくキマッているじゃないか。
「お……おまえの歳は……?」アニスはどきどきしながら聞いた、頬はかすかに赤らんでいた。
「……歳だと?」とピッコロの上唇の端がかすかに上がった。彼は即座に問い返す。「なぜそんな事を聞く」
予期せぬ報復にアニスは頭を悩ませた。素直に答えればいいものを……反抗期かこいつは。
「おい。答えろ」とピッコロがせきたてる。「なぜ、俺の歳など知りたい」
アニスはたじろぐあまり、「知りたくねーよ!」と、ずさんな言葉が口から出るとともに、無意識に両手を腰にあてるポーズをつくっていた。だが相手は、いかにも逃すまいとする執拗さだ。「貴様は、俺の歳が気になるのだろう。その理由を言え」
ピッコロは当初の目的からそれた問いを重ね、アニスは彼の威圧的な物言いに反発の気持ちが沸き起こってきた。彼女は、チッ、と舌打ちで応えた。
「……私の質問に、逆に聞き返しやがって、生意気なやつだ」
ピッコロは本来の質問を思い出したかのように――「なぜ、地球に来たのだ。理由はなんだ」
「どうでもいいだろ。急いでいるのだ私は。じゃあな」
踝を返したアニスの背中に向けてピッコロがねばる――「何か意図があるのか」
意図などないぞ、と遠ざかる相手に、「どこへ行く」と彼はたずねる。
アニスは一瞬考えてから、「……街を散歩しに行くのだ」
「見えすいた嘘をつくな。急いでいると、貴様さっき言っただろうが」
「い、急いで散歩したいのだ……」とアニスは歯切れの悪い言い方で返し、「なぜなぜ攻撃はやめろ、好奇心旺盛なガキかよ!」そう捨て台詞を残し風のごとく走り去っていく。
「待て!」あとを追うピッコロがアニスの腕をつかんだ。
「は……離せや!」と叫んだものの、つかまれた腕に胸が高鳴るあまり、アニスは少女のようにあどけなく全身を震わせた。ピッコロは身を乗りだして言った。
「本当の事を喋るまで、お前を離さんぞ……?」と、つかんでいる手に力をこめ、まじめな顔で。
「な、なんでだよ!」とアニスは叫びながら腕を振り、ピッコロの手を払いのけたあと、ぱっと思いついたことを吐いた。「暇人かよっおまえは!」
「暇で来た訳ではない。お前が地球に近づく時、確かに邪悪な気を感じたからな」
アニスは呆気にとられた。「……は? 邪悪な気?」
「しかし今は、邪悪さは消えている。地球を攻めに来たにしては、他の仲間もいないようだしな。あとで、やって来るのか?」
「やって来ねえよ、私ひとりだ。邪悪とか失礼なやつだな!」と返すなりアニスは急いで空に飛び立った。
「あ、貴様!」カッと目を見開いたピッコロが追いかけながら、「何しに来たのか教えろっ」
「しつこいぞっ、地球に異星人くるのがそんな珍しいのかよ! 田舎者だなあ!」
「フンッ、過去にきた異星人たちは地球に災いをもたらす存在だったんでな、奴らと同様の邪悪さを持ったお前を、このまま放っておく訳にはいかんぞ」
「でも今は邪悪さ消えたんだろ? 別に地球滅ぼしたりしない、安心しろ」アニスはあえてしれっとした顔で続ける。「……単なる観光だ」
「ほお、観光とはなぁー」ピッコロは台詞を読むみたいにわざとらしく返したあと、「ならば俺もつきあうぞ、いいな?」
「え! 一緒に観光!?」と彼女のハスキーボイスは、うかつにも二段階ほど高くなり、いかにも歓喜が混ざったような声である。一方で、思考はいつも同じところに帰結するのだ。こんなイケメン相手じゃ緊張で疲労してしまう、なんとしても回避だ!
「……どこか、観光したい場所はあるか。俺が案内してやろう」
ピッコロはそう持ち掛けたが、彼女はなにも答えずうつむいて、しきりに恥ずかしがっている。
「お前、名は何という……?」とピッコロは続けて聞いた。彼にすれば珍しいほど優しい口調である。
アニスはパッと顔を上げた。「そ……そんなものおまえに教える義理はないっ」
ピッコロは眉を一瞬上げて、『意外』といった表情だ。痛恨をこめた声で彼は言った。
「俺も教えただろうが……。チッ、勝手な奴だな。俺にだけ言わせやがって」
「それは、言ってしまったおまえが悪いんだろ。私は絶対言わないからな! 絶対にな!」
「……。……よく分からん奴め。ところで、宇宙船はあのままで行くのか。扉が開きっぱなしだぞ。誰かに乗り去られたらどうするんだ」
「あっ、宇宙船のことすっかり忘れてたぞ!」