DB Another Love Story 作:Roland
鉛色の雲がたれこめはじめた空の下、ところどころ岩が隆起した平原の一端にぽつんと宇宙船は置かれていた。シルバーのくすんだ光沢を放つカプセル型の機体はチタン合金さながらだが、実体は地球に存在しない先進的な素材で組み立ててある。唯一の窓といえば、強風に巻き上げられた砂塵やら朽ち葉やらが貼りついたフロントガラスだけだ。薄暗い船内のなか、壁にそって適当に並べられた段ボール箱の中身を、アニスは首を伸ばして順番に確認していく。そんな彼女の姿を、開け放たれた宇宙船の入口からピッコロが仁王立ちで眺めている。入ってくるなよ入ってくるなよ、とアニスは強く念じた。ドアを閉めればいい話だが、閉めてしまうと、そこで永遠のお別れとなってしまうかも知れないんだ。再会の見込みもなく。
「探しものか」とピッコロがたずねたので、「まあな」と言ってからアニスは切り出した。
「おまえ、地球防衛軍といったところか。だがな、私は地球に何もしない。心配無用だ。ということで、おまえの役目は終了だ。もう帰っていいぞ、元いた場所にな」
いったい自分が何を望んでいるのか自分でもよく分からなかった。アニスは考えた。少なくとも、今日この日のことは、私の心に大切な思い出として残るだろう。それを糧に生きていくのもいいだろう。今、何か聞いておくことはないか。そうだ、年齢を知りたいのだ、私は……!
「――お前、どの星から来たのだ」とピッコロが聞いてきた。
「私は一切答えないぞ」アニスは背を向けたまま即座に返す。
「……秘密主義者か、お前は」とピッコロはため息まじりに言い、入口のドアにどさっともたれて腕を組んだ。
アニスは狭い宇宙船の室内を往ったり来たりしてから三人掛けの操縦席の真ん中に腰かけて、男のように大きく開いた両足の間に段ボール箱を置くと、その中を豪快な手つきで探りはじめた。その姿を眺めながらピッコロがまた聞いた。
「普段、何をしている。それくらいは答えろ」
「答えるほどの事でもない。あのな、質問するなら帰れや。私は何も答えんと言っただろ?」
「帰れと言われてもな。俺はこの地で修行してるんでな。お前が勝手に侵入して来たんだぞ」
「なるほど、失礼した。では、宇宙船ごと引っ越してやろう。だが鍵がないんだ。しばし待て」
鍵をかけずに放置すると誰かが盗んでいくだろう、しかし私は探し物が苦手だ。アニスは座席から立ち上がった。入口のほうに顔を向けると、ピッコロの姿がくっきりと浮かびあがって見えた。不幸中の幸いとはまさにこの事だ。ここに勘が良さそうな男がいるじゃないか、華麗に鍵を発見するであろう。
「鍵を、見つけてくれ」とアニスは両手を腰にあてて悠然と言った。
「俺に手伝えということか」ドアにもたれているピッコロが腕組みしたまま返す。
「おまえが探すのだ、私は探さない」
そのあと二人の意見は平行線をたどった。なぜ俺だけが探すのだとピッコロは文句を言い、アニスは、私が探しても意味をなさないの一点張りだったが、やがて折れた。
「ったく。仕方ねぇ奴だな……。一緒に探してやるか」
「おいコラ、それは完全に俺のセリフだぞっ」
「おまえに期待しているんだぞ……フッ」
「……チッ、世話焼かせやがって」
と舌打ちとともに返したピッコロは、組んだ腕を解いて、頭をかがめてドアをくぐると、短い通路を通り、メインデッキに足を踏みいれた。アニスは突然胸がときめいて、気が気でなかった。ここは自分の家も同然なのだ。もっとも、視線が合った今、口から出るのは別の言葉だった。
ケ、とアニスは吐き捨てて憎らしく言った。「せ…狭いぞ、おまえが入るとよお!」
「馬鹿野郎か貴様は。手伝えと言ったのは貴様だろうが」ピッコロの声はいらだたしげだ。
「ちっ。わ、私はあっちを探してくるぞ……」
アニスはバスルームに逃げると、やけくそみたいに全部の棚に手を伸ばした。くそっ。家でイケメンと2人というのは、ドキドキするもんだな……。か、体が触れてしまうかも知れない……。
すぐ探し終えてしまったバスルームから観念して出るアニスに、ピッコロは開口一番言った。
「おい、ここの明かりをつけろ。暗いと探しにくいぞ」と、いらだたしい口調にとげとげしさも加わった。
「暗いまま探せ。これ自動消灯だからよ、扉開いてる間は勝手に消えんだよ、節電でな」
「じゃあ扉を閉めればいい話だろ」
そう言ってピッコロが入口のドアに手をかけるや慌ててアニスは声を上げた。
「閉めるなあぁ――ッ! ヤ、ヤバイだろっ!」
ドアの取っ手をつかんだままピッコロが怪訝な顔で振り返る。
「――どうした。なぜ閉めるとやばいんだ」
「とにかく閉めるなあっ!」と叫んでアニスは相手の腕をすばやい手刀で叩き、下へおろさせた。
「……あっ、何しやがる!」
「おまえが閉めようとするからだろ! と……ところで茶飲むか茶。いれてやるからちょっと操縦席に座れや……」とアニスは相手をドアから離すべく、マントをつかんで引き寄せる。
「マントを引っ張るな、茶などいらん」
「美味しい茶だぞ?」
「扉を閉めると、宇宙船に何かやばい事でも起こるのか?」
「べ……別に起こらないが、とにかくダメなんだよっ……」
アニスは自分の本音をおし隠した。狭い上に更に密室なんてドキドキして探すどころではない、など言えるはずもなかった。
「いったい何だというのだ……。どうなるか気になるから閉めるぞっ」
「あ! コ、コラァッ――!」
とアニスが叫び終わらないうちに船内の照明がパッと二人を照らした。ピッコロは眉間に皺を寄せ、天井まで届く頭を上下左右に動かし周囲を確認したあと、そのままアニスのほうを見下ろした。
「別に変わった事は起こらんではないか……」
「……だ、だから、な……なにも起こらないって、いい言っただろっ……くそっ」
アニスはドアに飛びついた。ふたたび開けようとする彼女の腕を、「待て」とピッコロがつかんで止めた。
「なぜ開けようとする、何も起こらんなら問題ないはずだろう」
答える暇がなかった。つかまれた腕を急いで振りほどいて気づくと、正面に大きな体があった。ドアに身をもたせ相手を高く見上げるやいなや、いつも眠そうなアニスの目は炎のように一瞬輝いた。精悍な顔したピッコロの、心を貫かれそうな眼光におもわず惹き込まれたのだ。
「し…閉めるなと言っただろっ……」と、ようやくアニスは唇を震わせながら喋った。視線をそらしたものの、体の距離が近くてどこを見ていいかわからず何度もまばたきをした。
ピッコロは無言になった。そうして彼が鋭い眼差しでアニスの様子を眺め回すのは、これで何度目だろうか? やがて沈黙は終わり、とりあえずといった風にピッコロは口を開いた。
「フンッ。わけの分からん奴め」
アニスにしてみれば、部屋が明るくなるよりも閉ざされた密閉空間のほうが『ヤバイ』のである。密室にイケメンと2人きり、頭はそれでいっぱいだ。こうなれば鍵探しに全神経集中すべし、と心に決め、……マジュニアを視界から消してやる! と考えながらアニスは壁伝いにしずしずとピッコロの横を通り過ぎ、船内の後ろ側の隅へ駆けていき、そこからぶっきらぼうに言った。
「おいっ! おまえは前方の棚を探せ、早く鍵見つけろ!」
三人掛けのソファのような操縦席にどさっと腰掛けたピッコロが、「おい、俺に茶を入れろ」と言い返してきた。
「……チッ、なんでそんな偉そうなんだよ」
「その言葉をそのままお前に返してやる」
「おまえ、茶などいらんって言ったよな?」
「気が変わったんでなぁー」とピッコロは偉そうに言った。
「茶は自分で入れろや。私は鍵探すんだからよ」とアニスも偉そうに両手を腰に当てて言った。
「お前も休憩しろ。こっち座れ」とピッコロはすぐ横のシートを指さして、その背もたれに腕をかけた。そのまま指を上に向けて手まねきし、「俺の隣にな……くくッ」とつけ加えて不敵な笑みを浮かべる。
壁ぎわに突っ立ったアニスは指し示された場所を凝視した。あんなところ座ると近すぎる、と思った。しかも背もたれにはピッコロが腕が乗せている状態だ。
「……ま……まだ探してねーだろっ……」
それだけ言うのがやっとだ。大慌てで壁を向き、アニスの内気におののく手は棚を求めてあてどもなく伸びる。ピッコロはアニスを見やって、勝ちほこったような笑いを漏らしながら、また言った。
「くっくっく……いいから、まぁ俺の隣に来い。探すのはあとだ」
アニスは緊張に全身をこわばらせ、がむしゃらに棚をあさり、ピッコロは立ち上がって彼女のほうへ歩きだした。と、そこへ誰かが、一瞬にして姿を現し頓狂な声を上げた。
「――あり? なんだぁここ?」
それは悟空であった。〈気〉を探知した彼は瞬間移動でやって来たのだ。きょとんとした顔で立つ悟空にピッコロは言った。
「昼寝でもしていたのか」
確かに悟空は昼飯を食ったあと昼寝をし、起きたところで「わりとでけえ気」を感じて、しかもピッコロと一緒にいるようだから来てみた。それだけらしかった。
悟空は見知らぬ後ろ姿のウェーブがかった髪を眺めながら、「……で、誰だそいつ?」
「20分ほど前か……地球に到着した異星人だ。こちらの質問に答えんから、俺はまだ何も分からんがな」
「そうなんか? まぁ別に邪悪な気じゃねえし、心配なさそうだな」
「今のところはな」
「ここスゲェいいニオイすんなぁ……。おめーら、こんな狭ぇとこでなにしてんだ?」
「ここは宇宙船の中だ。扉の鍵を探すのを手伝っている」
「失くしちまったのか。オラも探すの手伝ったほうがいいんかなぁ……」
アニスは彼らのほうを振り向きもせず、「おまえも手伝ってくれ」と言った後、ほっと安堵の胸をなでおろす。あいつが来てくれて助かった……プレーボーイと2人きりの刑はまぬがれたぞ。
「どこ探せばいんだオラ?」
近くの段ボール箱を手にとったアニスは、それを持って悟空の前まで歩いていった。
「この箱の中だ」
「……えぇ!?」と悟空が目を丸くし上半身をのりだして、「お…おめえ……」とつぶやいた。
「あ? なんだよ? この箱じゃ不満かよ?」とアニスは途端に喧嘩腰である。
「キッレーな顔してんなあーっ!」と悟空は叫んで、どっひゃー、のような言葉を吐いた。
「フッ。それほどでもねーよ」アニスの薄い唇の端がわずかに上がった。
悟空は一気に吐きだした。「……ひょえ~、おったまげたぞお! オラすんげぇもん見ちまったぞお! 驚きのキレーさだなおめぇっ!」
アニスは段ボール箱をいったん床に置いたあと、「あのな。いくらなんでも大げさだぞ」と両手を腰にあてて言った。
「……つーかよお、なんでだぁ? んなキッレーな顔してるのなんでだ?」
「ん? 整形してるとでも言いたいか? ……ったく。芸能人扱いはやめてくれよな」
「おめえさぁ……もしかして絶世の美女ちゅうヤツかあ? オラも話には聞ぃたことあんだけどよぉ」
「は?」とアニスは眉をひそめた。「男に美女とか失礼だろ?」
「へ?」と悟空がぼんやり言った。「なにがだ?」
アニスは十四歳の頃から、十年にわたって女であることを隠蔽し男としてふるまう日々を過ごしてきた。数人、見抜く者はいたが、たいていみんな信じた。二十歳を越すといっぱしの男気どりとなり、彼女はたえず軍の陣頭で走りまわった。その姿に首ったけになった女すらいたのだ! 私は普通に男で通るはずだ、この自慢のハスキーボイスにしても特に女っぽくはない。
アニスは声に怒りをこめて、「この私を女と疑うのか。マヌケかおまえ」と相手に言い放った。
「へ? んなこと言ったっておめえ女だろぉ~!」と返ってきた。
「あのな。そもそもおめーらには関係ねーだろ? ほっとけや!」
アニスは本心からそう言った。だが二人の男はアニスをじっと見ていたし、ともに目には隠しきれない好奇の色がほとばしっている。ピッコロにいたっては口元に意味ありげな笑みをはみ出させ、彼女の斜め向かいに厳然とかまえているのだ。アニスは目をそらせた。こいつも、たぶん疑ってやがる。おもえばソファへ手まねきする行為など、乙女の清純さでかんがみればプレーボーイ以外の何者でもないのだった――アニスはなにしろまだ処女の身である――。女と発覚すれば軍に復帰できない、疑われては困る、どこからバレるかわからない。アニスにはバレた理由がさっぱりわからなかった。もしかして地球には綺麗系の男など存在しないのかと案じもした。そこは野生の本能とでも考えたほうがマシだろうが、おろかな彼女が思い至るはずもない。