DB Another Love Story 作:Roland
第8話
宇宙船は瓦礫の山と化していた。そのまわりを、何かを探すようにアニスがぐるぐると歩き回っているころ、空からようやくサイヤ人たちが降りてきた。
「おめぇも、つれぇよなぁ」悟空はベジータに目をやった。
「ふんっ、サイヤ人は戦闘民族なんだ」とベジータは返した。「戦士として働くならともかく、地球で普通の仕事などやってられるか」
「おまえら、ずっと空で何してたんだ?」クリリンは手元から顔を上げた。
「ベジータがさぁ、無職つってブルマにからかわれるって愚痴んだよ~」
「べつに無職でいいじゃねーか、ベジータは」クリリンの視線は、また手元の知恵の輪へ戻った。
「オラもさ、農業やれってチチに言われてんだよ、まいったなあ」
「つってもブルマさんもミスターサタンも金持ちじゃねぇか。オレも持ち家くらい欲しいぜ……いつまでも武天老師様んとこで世話になってる訳にもいかねーし」
「家買う金ぐらい、すぐ貯まるじゃないか」ヤムチャは暇そうに言った。ときおり、遠くのアニスに眼をやりながら。「ほら、『俺と勝負して勝ったら賞金10万ゼニー』っていう、西の都のな」
「でもああいうの一般人っすからね~」
「だから本気で戦うんじゃなくって、軽くチョン!ってやるだけでいいんだよ、重症負わせない程度に。ラクして大金稼げるぜ。まあ、稼ぎはプロ野球の助っ人やるのが一番いいんだけどさ」
「野球の助っ人のがいっかなオレ。一般人相手って、なんか気が引けるんすよねぇ」
「そういえば……俺のオセロどこいったかな」ヤムチャは砂地の広がる地面を見渡した。
「飛んでっちゃったかも。気弾打ちまくってましたからね」クリリンもつられるように辺りを見回した。
距離にして数メートルほど――瓦礫の合間から、拾った部品を手に握ったままアニスは駆け戻った。そして、ベジータの向かいでぴたっと止まった。
「すまないが中断してくれ」アニスは正直に言った。
ああ。とベジータは腕を組んだまま、抑揚のない声で返した。
それでいいのか? とアニスは薄い色の瞳をいぶかしげに大きく見開いた。
悟空が答えた。「ああ、大丈夫だ」と、落ち着き払ったはっきりした声で。
ベジータの隣でピッコロが、「本当に大丈夫なんだな」と厳粛な口調で、サイヤ人たちの表情に視線を行きつ戻りつさせながら聞いた。
「大丈夫だ、ベジータはバカじゃねぇ」悟空は大まじめに言った。
アニスはひとりごとみたいに、「――あのピカピカはもはや照明器具だろ、目しんどいわ。しかし絶対今より強くなってやる。決して使命を放棄したわけじゃないからな」とベジータの向かいで、相手と目を合わさず威勢よく喋った。
悟空が、「ああ、わかった」と素直にうなずいてみせた。
区切りがついたところで、ピッコロはズボンのポケットから小さな鍵を取り出し、手のひらに乗せてアニスに差し出した――「もう不要だろうがな」
「…あ! 見つけたのかっ! どこにあった!?」
「おまえが景色を眺める為に立った岩の下だ」
「……。マジで全部見られてたとはな……。だがサンキュ。これは今日の思い出として、持っておこう」
アニスの少し斜め前、数歩離れた位置から、ヤムチャが興味津々に問いかけた。
「――キミ、ちょっと女っぽい顔してるよね? 何歳なんだ? 男なのか?」
アニスは一瞬ヤムチャに目を向け、それから視線を落として答えた。
「そんな事よりも、私はサイヤ人を殺すために地球に来たのだ。とりあえず、ベジータが宇宙旅行へ旅立ってしまわないよう、見張っておいてくれないか」
「宇宙旅行なんか行かないぜ? キミ名前は?」
「そんな事よりも、無事な荷物も残っているようだ……」
そう言うなりアニスはその場を離れるように身をひるがえし、走った。
クリリンが、あっ、おいおい、とあとを追いかけ、知恵の輪をアニスに渡しながら言った。
「ほらよ。――他の暇つぶしグッズは、どっか飛んでっちまったな」
「なぜ知恵の輪だけ無事なんだ?」
「……い、いやさ、ポケットに入ってたんだよなぜか。ア…ハハ!」
「なるほど、鍵も探さずに知恵の輪で遊んでいたわけか」
「いや鍵はさあ、結局外に落ちてたんだしよ、まあいーじゃねぇか」
「結果論じゃないか。おまえにやるよ、それ。いらねーならいいけど」
「あ、くれるんなら貰っとくぜ! サンキュー!」
「ところで、全員をここへ呼んできてくれ」
「なんでだよ? またスカウターのテストでもするのか?」
「まあ、そんなようなもんだ」
「……まあ、ないとは思うけどよ、オレらをまとめて攻撃とか、ンな考えはねえよな?」
「あのな、私がサイヤ人以外にンな事する人間かどうか判断もできないようじゃ、現場じゃ通用しねーぞ」
「ないとは思うつっただろ一応……で、全員ってサイヤ人もか? またスカウター壊れても文句言うなよ?」
「スカウターは関係ない、ちょっと頼みごとだ。サイヤ人も含め全員だ」
広大な高原の片隅に、宇宙船の残骸が瓦礫となって散乱し、その間をアニスは黙々と歩いている。
風が砂埃を巻き上げる中、最初に姿を現したのはヤムチャだった。遠くから軽やかな足取りでやって来て、アニスの背後から声をかけた。
「――キミ、自分のこと、あまり言いたくないのか?」
その声を耳にしただけでアニスの胸は高鳴った。
ヤムチャはアニスの前に回り込んだ。彼の口が開く前にアニスは言った。
「……た、待機しておいてくれ!」うつむいたままの顔とは裏腹に、声だけが勢いをもって飛び出した。頬が赤くなってないか、と手を当てそうになるところをぐっとこらえた。相手に悟られるわけにはいかないし、マジュニアの時と同じ過ちはおかさぬつもりだ。
天津飯が来た、ヤムチャから少し距離を置いた隣に立ちながら、なにも言わず、細めた眼をじっとアニスに注いだ。アニスは顔をあげた。ヤムチャの姿が視界の端に入ったまま、冷静に天津飯を観察した。アニスはふと思った――こいつすら、どことなくカッコイイんじゃないか? 背の高さがそう感じさせるのか、どちらもこの私よりずっと高いぞ。それに顔の造りだって、特に問題はないではないか。天さんのが圧は強いが――。アニスは、男として振る舞うことに慣れ切っている。もはや無意識の領域である。男としての自分にはもう何の疑問もなかった。しかしときおり、本物の男の格好良さを前にすると、わずかにその確固たる自信が揺らぐ瞬間があった。
男性性を誇示するかのように筋肉隆々で、180センチ超えの背で、そのうえ『顔も悪くない』二人の男が向かいに立ち、ともに好奇の熱がにじんだ目でアニスを見ている。その視線の波にアニスの胸は震えた。数分が経過していた。早く逃げ出したかった。静かだ――。
ピッコロが静かに、威風堂々とやってきた。その瞬間アニスは思った、一番圧が強いのはまぎれもなくこいつだ!
「俺らに何を頼みたいのだ」ピッコロはアニスの右手にある部品に目をやりながら言った。
「まずは全員揃ってからだ」アニスはそう答えつつピッコロの視線を追って、自分の右手に握ったままの部品を見下ろした。それが何だったか思い出すのに手間どった。
「サイヤ人どもは来ないぞ。遠くに行ったようだ」ピッコロは遠くを見ながら言った。
「帰ったのか?」アニスは聞いた。
「いや。また戻ってくるだろう」ピッコロはアニスに視線を戻して言った。
「じゃあその時でいいよ。あいつらは絶対に必要なのだ」
「餃子も来ないぞ。寝ている」ピッコロの視線は別の遠くへ向けられた。
天津飯がようやく口を開いた。「起こしても起きんしな」
「あの子はいいよ」アニスは後ろを振り返ってピッコロと同じ方向を見た。「念力使いすぎて疲れたんだろう。休ませてやれ」と言いながら、彼女の目はクリリンが走ってくる姿をとらえた。その右手にある知恵の輪を見ながらアニスは叱責を込めて叫んだ。「――それをポケットにしまえ! 遊んでる場合じゃないぞ!」
日が西に傾き、砂地に落ちた長い影が穏やかに伸びているなか、高原の端にアニスと男たちは立っている。西日の逆光に赤く照らされたアニスの輝く顔貌は今、日常性を完全に超えていた。彼女自身が持て余すほどの絶世の美である。ほとんど全員がアニスを見ていた。クリリンだけは、手の中の知恵の輪に眉間の皺を深めていた。
「――さて、おまえたち」とアニスは話を切り出した。「まだやることは終わっていないぞ」
両手を腰に当ててアニスは続けた。
「この瓦礫の山から、壊れてない荷物を探して集めてくれ。無事そうなやつ、すべてだ。小さい物もだ。1つ残らず見逃すんじゃないぞ」
爆散した宇宙船の残骸は、まるで空から撒かれたジャンクの雨だった。ねじれた金属、焦げた布、機器の欠片、それらが地面を無秩序に覆い尽くしている。そんな中から無事な荷物を見つけるには、相当な根気と目の良さが要るだろう。
「マジかよ……」クリリンは呟いた。今まで気にもとめなかった瓦礫を、はじめてまともに見たらしい。
「『無事そうなやつ』の判断は、俺らの主観に任せていいのか」ピッコロは冷静に訊ねた。
「ああ、それでいい」
「もう発掘作業じゃねえかよ……」とクリリンがぼやく隣で、「まあベジータが壊したんだしな、俺らの責任だよ……」とヤムチャは力弱く呟くように言った。
「んじゃベジータにやらせろよなぁ……なんで俺らが……ったくよー」
クリリンの言葉を聞き流し、アニスは一瞥もくれずに話を続けた。
「あと、衣類は破れがひどくなければすべて回収対象だ。大量に持ってきた。しっかりすべて調べてくれ」
「……いやさあ、服はあきらめろよ……。いくらでも売ってるだろ……」クリリンはため息まじりに言った。
「服をナメるなよ? おまえ、どうせコンビニで買ってんだろ服。私のは全てブランド物だ、ナメるなよ。雑に扱うのは禁物だぞ」
「誰がコンビニで服買うんだよ、そもそもコンビニに売ってるかよ」
「Tシャツはあるよな」とヤムチャが言った。「大きいとこならワイシャツとかトラックパンツまで売ってるぜ」
「トラックパンツってなんすか」
「まあジャージみたいなやつだ」
「ならジャージでいんじゃないっすか。わざわざ難しい呼び方しなくても」
「あのなおまえ、分かってねーな」アニスが口をはさんだ。「ジャージって本来は生地名なんだよ。あとデニムもな。ジーパンをデニムなどと素材を服の名前みたいに使うのは正直全身に悪寒が走るんだよ」
「あとジャージって呼んじゃうとさ、生地がレザーのときに違和感だよなあ」ヤムチャは言った。
「そうなんだよ、レザー製もジャージって呼んじゃうバカ多くて困るよな」アニスは早口で喋った。
「そもそもレザーのジャージなんてレアだろ……いつどこではくんだ。ジャージの意味あるのかソレ」
「俺、この前はいてたじゃねえか。ほら、スーパー銭湯行ったとき」
「…え、スーパー銭湯ではくんすか? いつの時だろ…愛蘭ちゃんの時ですか? あ、華恋ちゃんの時?」
「いっや、そこまで言わなくていいけど……ナハハ!」
「あのなハゲ、意味とか言い出したらファッション全部オワるぞ? かっこよさに理由とか求めんな。動きやすさは捨ててスタイル優先、そういう遊びが分からねーなら黙ってウニクロでも着とけ、つー話なんだわ」
「ウニクロ? ……つーかおまえってさあ、合コンでモテなさそうだよなあー!」
「こらこら、しょーもない反撃するな。合コンなど私は行かないぞ。おまえと一緒にするな。絶対反撃しなきゃ気が済まんタイプかおまえは」
ピッコロと天津飯は黙したまま、律儀に彼らの会話に耳を傾けている。斜めから差す夕陽が瓦礫に長い影を落としている。風が小さな金属片をカラカラと鳴らした。アニスはクリリンを叱るように言った。
「いいから早く作業はじめろ。服は特に丁寧に扱うんだぞ、わかったな」
ヤムチャが腕を組みながら、遠慮がちに訊ねた。「……あのさ、俺らに見られたくないものは、一切ないって事でいいんだよな? ……下着とかさ」
「男同士でそんなの気にするかよ。さあ、早く取り掛かってくれ。夜になってしまうぞ」アニスはきっぱりと言い放った。
瓦礫の山に踏み込む一同。腰に両手を当てて仁王立ちのアニス。クリリンが振り返って言った。
「――あれ。おまえ探さなくていいのか?」
「探すのはおまえらだ」
「……俺らに丸投げかよ」
天津飯は遠くに立つアニスを一瞥し、ヤムチャに尋ねた。
「――奴は、男なのか?」
「そこなんだよなあ…」ヤムチャは困り顔で言葉を続けた。「おまえはどう思う?」
「いや、俺はあまり目が良くなくてな」
「視力落ちたのか? 昔は目よかったじゃないか」
「ここ数年でな。近くで見ると女の気がしたんだがな……気のせいだったか」
「どうだろうなぁ……よお分からんわ俺も」
クリリンが二人のもとへ駆け寄るなり言った。
「――天津飯、山小屋は大丈夫なのか? 鍵かけてねんだよな?」
「餃子に見に行かせるよ」
「おまえも心配なら帰っていいぞ?」
「しかし1人でも多い方がいいんじゃないか? 奴の荷物大量にありそうだぜ」天津飯は辺りの瓦礫を眺めて言った。
「まあそうだけどな……」クリリンも周囲を見渡してつぶやいた。「餃子ひとり戻ればいっか……」
「ああ」天津飯は立ち上がり、「ベジータの尻拭いだしな。俺は残る」と言って餃子のほうへ向かった。
ヤムチャが疲れた様子で言った。「……良かったぜ、天津飯残ってくれて」
「ヤムチャさん、まだ始まったばっかですよ」クリリンは焦げた金属板を持ち上げながら言った。
瓦礫の山の中、ヤムチャは焦げ跡のない布地をそっと引き出していた。わずかに皺が寄ったものの、生地は破れていない。「こりゃ高そうだな……」と小声でつぶやき、丁寧にたたんで脇へ置く。その横で、クリリンは金属の塊をひっくり返しては、「くそ、何も出ねえ」とぼやき、手ぶらのまま早くも次の瓦礫へと移った――その瞬間、背後からアニスの声が飛んできた。
「――おい。今、そこに1コ落ちてるボタンをシカトしたなおまえ?」
クリリンは振り返る。「――いつから居たんだオマエ……」
アニスは冷ややかに言った。「様子を見に来てみれば、案の定だな、おまえは。そのボタンが見えてないのか?」
「…へ? どこだ?」
「おまえの右目の前らへんにある小さいボタンだ。よく見てみろ」
「これ? いやさ、ボタンは除外でよくねえか? あんま破れてねえ着れる服を探したいんだろ?」
「ボタンは他の服で使えるだろ。再利用できるなら着れる扱いにしろ。ブランド服はボタンひとつにも美学があるんだよ」
「……次は糸くず拾えとか言い出しそうだな」
「私は何と言った? 小さい物も1つ残らず見逃すな。そう言ったはずだ。ボタンを完全シカトで手にも取らなかっただろ、おまえ」
「え、マジで1つも見逃しちゃダメなやつ……?」
「当たり前だ。ちゃちゃっと終わらせようって魂胆バレバレだぞ。いい加減で乗り切れるほど甘くないと思え」
「……はぁ……勘弁してくれよなぁ、ベジータのくそがよぉおー」
アニスは周囲に目を走らせ、天津飯の不在に気づいた。視界を拡げると遠方に彼のシルエットをとらえた。……ったく、サボりやがって。と、かすかな声で呟いて、そのまま天津飯のほうへ足を向けた。
ヤムチャはアニスの背中を見送ったあと、苦笑い混じりに漏らした。
「――いっやあ、大変な作業だぜコレ……」
クリリンは瓦礫をかき分けながら、ひとりでぶつくさ言っている。
「そもそもアイツから仕掛けた戦いじゃねーかよ、宇宙船ぶっ壊されたって自業自得じゃねーかよ」
「……まあ、お宝探しだと思って、楽しもうぜ!」
「ヤムチャさん心広いっすね。無理っすわオレ……」
「女の子の可能性も、まだ残っとるしな」
「その命綱1本で乗り切ろうとしてんですか……。タフっすねヤムチャさん」
「まぁーな。それ1本で、ここまで来たんだしな」
「しかしアイツ、俺らの主観にまかせるって言ってよなあ確か……」
「服は別だって。しかしあの子、ホモの可能性もあるよなあ……」
「えっホモ? それはまたどういう事で?」
「い、いやなんとなくだよ、なんとなく! ナハ!」
「女の次はホモ……なにげに進化してるんですねヤムチャさん」
「まあ、その手もありっちゃありじゃねえの?」
「その手もアリって発想は末期ですよそれ。確かにホモに見えなくもないですけどね。本人に聞いてみればいいんじゃないですか? ホモって言うとアレだから、ゲイって言葉使って……まぁゲイっぽい雰囲気あるよなぁ確かにアイツ」
「聞いても、たぶん教えてくれないぜ。『そんな事よりも』つって、話そらされるんだよ」
「そういえば名前知らないですね、まだオレたち」
「ああ。不思議な子だよなあ……すんごい高貴な人かもしれんしな」
「地位の高い仕事してるかもですよ、なんかそんな気しますオレ。だから自分のこと秘密にしたいとか。サイヤ人を殺しに地球来たわけだし。それバレるとマズイんじゃないですかね」
「地球に知り合いがいるのかな」
「まあ、いなくても一応秘密で通すって感じなのかも。それが奴のポリシーなのかもしれませんよ?」
「じゃあ、今後もずっと教えてくれない可能性もあるなあ……」
「ええ。ありますね」