※この作品はR-18です。

天竜人と奴隷の少女   作:ましろ

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ONE PIECE FILM GOLD編 (後編)

 

闇夜の中、テゾーロの体が放物線を描いて落下していく。

 

吹き飛んだ衝撃で彼のピンクのスーツは千切れ、無数の金箔が煌めきながら夜空を舞っていた。ルフィはギア4の腕で額を覆い、視線でその軌道を追っていた。

 

「おれの勝ちだ…!」

 

その瞬間──

 

「……!」

 

風を切る鋭い音。白い蝙蝠のような影がテゾーロの落下点へ滑空する。純白のスーツに身を包んだ長身の男が、あたかも舞を舞うように空中で体勢を整え、片手でテゾーロの首筋を鷲掴みにした。

 

「なっ…!?」

 

ルフィの目が見開かれる。エニエス・ロビーで死闘を繰り広げたあの男の姿だ。仮面から覗く冷たい双眸、無駄のない動き。

 

「あいつは…ハトの奴!?」

 

ロブルッチは無言のまま、テゾーロを小脇に抱えるようにして空中で回転。まるで重力を無視したような優雅な動きで、ザ・レオーロの巨大な塔へと向かい始めた。白いマントが風にはためき、暗闇に浮かぶ蒼白い月輪を背景に、二人の影が大きく映し出される。

 

「どうしてこんなところに。くそっ!どこへ…!」

 

ルフィは慌てて自分の体勢を整える。ギア4の巨体から強烈な蒸気が噴き出し、ゴムの筋肉が膨張する。近くの屋根を蹴って空中へ飛び上がり、脇腹から噴射する覇気の勢いで急加速する。

 

「待てェ──!おい、ハトぉっ!!」

 

彼の叫び声に、街中の人々が窓を開けて顔を出す。

 

「あれは…あの麦わらのルフィじゃないか!?」

 

「て、テゾーロ様がやられた、のか…!?」

 

カジノのテラスではシャンパングラスを落とす音が響き、路地裏では浮浪者たちが飢えた目で空を見上げた。観覧車のゴンドラでは抱き合ったカップルが度肝を抜かれ、ホテルのバルコニーでは貴婦人が扇子を床に落とした。

 

ルフィは空中散歩のように建物の壁を蹴りながら高く高く登っていく。足元ではガラスの破片が降り注ぎ、通りを埋める群衆が小さな黒点のようになっていった。視線の先ではロブルッチの白い影が、まるで悪夢のようにスカイ・テゾーロ・アリーナへ吸い込まれていくのが見えた。

 

ルフィは全身のエネルギーを振り絞って跳躍した。ギアフォースの巨体が夜空を駆け上がり、まさにロブルッチを追い詰めようとした瞬間──

 

"シューッ!"

 

風船から空気が抜けるような音が響いた。

 

「あ、あれ!?」

 

ルフィ自身が驚いたように叫ぶ。体が急激にしぼみ始め、膨張していた筋肉が元の大きさに戻っていく。限界だった。まさにゴム風船が萎むように、彼の体はふわりと制御を失った。

 

「おあああああっっ……!!?」

 

叫び声を振り絕いながらも、ルフィの身体は重力に逆らえず、アリーナの中央まで落下していく。「ぶへっ」と情けない声をあげて、全身を投げ出した。

 

「ちょ、ルフィ!?」

 

最初に聞こえたのはナミの声だった。回り階段を突破した仲間たち──ナミ、サンジ、ウソップ、チョッパー、ロビン、ブルック、そしてカリーナがそこにいた。しかし彼らの表情は困惑しきっている。

 

「ふへぇ……なんでこんなところに……」

 

「ルフィ! 金庫の扉はここに繋がってた! 何もなかったんだ!」ウソップが頭を抱えている。

 

情報の通りなら、ここに5000億ベリーがあるはず──いや。実はそうではないことを彼らは知っていたが、その情報さえも正しくなかったことに動揺していた。本来はここでテゾーロを追い詰めるはずだったのに、その敵は倒れ、新たな問題が起きている。

 

ルフィは必死に体勢を立て直し、膝をついた。反対側を見ると、彼の目の前には衝撃的な光景が広がっていた。

 

ロブルッチがテゾーロを地面に投げ捨てた。『怪物』と呼ばれた男はもはや王者の面影もなく、打ちのめされた野獣のように仰向けに倒れている。その周囲には、

 

「幹部に続いて、テゾーロ様まで、やられた……?」

 

「信…信じられねえ……」

 

ダイスをはじめとするテゾーロ一味の部下たちが、茫然自失の表情で敗れたボスを見つめていた。残ったのは僅かな部下と幹部のダイス。しかし彼は、契約によって動くことができないため、テゾーロ一味は全滅したも同然だった。

 

「ゾロッ!!!」

 

ルフィの表情が大きく歪む。視線の先、舞台上でゾロが黄金に磔にされていた。刀もろとも黄金化され、頭部だけが表に出ている。僅かに目を開いたが、この場の重々しい空気に同調するかのように、ルフィの叫びにほぼ反応しなかった。

 

この戦いは、麦わらの一味の完全勝利のはずだった。

 

幹部のバカラ・タナカさんは螺旋階段で打ち倒され、今は白目を剥いて気絶している。ラキラキの実、ヌケヌケの実という強力な能力の持ち主。しかし弱点を突かれて敗北。幹部が打ち倒されたあとは、士気が落ちた雑兵のみ。一味を止める術はなかった。

 

そして彼らの主である黄金帝ギルド・テゾーロも、麦わらのルフィとの一騎打ちに敗れた。その光景は、この場の映像電伝虫が余す所なく映し出していた。

 

だが勝利条件は満たされていない。

 

状況はすでに、理解不能なレベルで変貌していた。

 

 

 

 

 

──天竜人ホルマス聖の存在があった。

 

シャボンヘルメットのガラス面が月明かりに反射し、神秘的な光を放つ。白い絹のローブが大袈裟なくらいの重臣たちを従え、ゆっくりとテゾーロに近づいていく姿は、まさに神が人間界に降り立つような威厳に満ちていた。

 

アリーナ最奥で静かに立ち尽くす白い人影の背後では、仮面をつけた金髪の女性──賭けの商品であるヨルが、無表情で立っていた。

 

爛れた顔を隠す黄金の仮面の隙間から覗く、記憶を失った瞳には、何の感情も映っていない。

 

ルフィでさえも、その場の空気に呑まれるように声を潜めた。天竜人の歩みに合わせて、まるで時間の流れが遅くなったかのような錯覚を覚える。

 

「天竜…人…?」

 

「どうしてこんなところに…」

 

ウソップが喉を詰まらせ、彼らの悪行を知るチョッパーの毛が逆立った。アリーナの最奥に佇む、不自然なまでに神々しい人影。白いローブに身を包み、シャボンヘルメットで顔を隠したあの存在。「何よこれ。テゾーロはやられちゃってるし、どうして天竜人が…」と。カリーナも顔から血の気が引いていた。

 

ナミとロビンが瞬時に距離を取り、庇うように前に出たサンジはタバコに火をつけ、ブルックの指が剣の柄に滑る。

 

麦わらの一味を無視するように、政府の護衛たちが倒れたテゾーロを強引に引き起こした。黄金帝テゾーロは、朦朧とした意識の中で喉を鳴らし、ゆっくりと目を開いた。その視界には、ひときわ神々しく輝くホルマス聖の姿が映っている。

 

「ギルド・テゾーロ」

 

ホルマス聖の声は無機質で冷徹だった。契約書を広げた護衛が脇に控え、もう一人が金の筆を差し出す。

 

「条件は達成された。船長を含む一味が金庫扉の最奥……つまりこの地へ到達」

 

鈍い痛みと共に記憶が戻るテゾーロの目がかすかに光る。その視線の先で、ホルマス聖が淡々と続ける。

 

「賭けは我が勝利。即時、貴様のグラン・テゾーロの権利を譲渡すると共に、不敬の罪を償ってもらう」

 

砂埃の中、テゾーロの唇が震える。全身に走る痛みも、目の前の現実に比べれば些細なことだ。25年かけて築き上げた全てが、この一言で消えていく。

 

「……クク……ククク……」

 

天竜人の前で俯くテゾーロが、一瞬ヨルの方をちらりと見る。しかし仮面の女性は微動だにせず、テゾーロの存在すら認識していないように見えた。やはり記憶は残っていないのだろう。僅かな面影を残すのみで、出会った頃とはすっかり変わってしまった。

 

「…クク…敗北の代償は、…当然…払う…」

 

「だが…頼む。俺はどうなってもいい。ステラだけは…!」

 

突然、額を床に擦りつける。

 

逃げるわけにはいかない。それでは、ステラを本当の意味で救えないと、今のテゾーロには分かっていた。ヨルの反応はない。彼女は天竜人の影のように、ただ静かに立っているだけだった。それでも。

 

「解放…して…くれ…!!!」

 

敗北した直後とは思えない強い眼光に、空気が張り詰める。しかし政府の兵士たちが素早く反応し、さらに強くテゾーロを地面に押し付け、頬を砂利に擦りつけた。

 

「まだ言うか!」兵士の一人がテゾーロの後頭部を蹴りつける。砂埃が舞い上がる。

 

舞台袖ではソラが思わず身を乗り出した。しかしホルマス聖がさりげなく右手を上げ、彼女の動きを静止する。シャボンヘルメットの奥から、冷徹な声が響く。

 

「断る」

 

たった一言に、テゾーロの体が震える。

 

「お前は何も持っていない」

 

ホルマス聖がかつてのテゾーロ自身の言葉をなぞるように続ける。

 

「この船も、有り余る黄金も、もはやお前のものではない。持たざる者は何も手に入らない…全ては、お前自身の言葉だ」

 

チョッパーが「お前っ…!」と叫びかける。しかしナミの手が瞬時に彼を遮るように塞いだ。他の仲間は状況に戸惑いつつも、黙って見つめている。天竜人への余計な介入は、あのシャボンディ諸島の惨劇を再現しかねない。テゾーロ一味の造兵も、怒りを買わないよう、必死に視線を逸らしている。

 

「いや。物なら…ある…!」

 

テゾーロの緑色の瞳だけが、天竜人を真っ向から射抜いていた。

 

「この俺が、ここにいる」

 

「…………」

 

地上に押しつけられたテゾーロの指先が砂利の中を掻いた。政府兵の鍔迫り合いの中で、彼はゆっくりと顔を上げ、額に擦り傷を負いながらも、自らの言葉を選び直した。

 

「この身が奴隷となっても…構わない。差し出せるものは、これしかない。だが、俺自身の権利は、今はまだあるはずだ…」

 

その声には、かつて歌を歌う少年の面影があった。地面に涙が落ちる。25年間かけて築き上げた冷徹な黄金帝の仮面が剥がれ落ちる。

 

「あなたのために働く。だから頼む。どうか、ステラだけは……解放して、ください」

 

頭を地面に擦りつける音が、静かなアリーナに響いた。ホルマス聖の影法師の中、かつてないほどの敬語で懇願するその姿に、政府兵さえ一瞬手の力を緩めた。

 

「馬鹿が!!」

 

不意に響き渡ったのはスパンダムの甲高い笑い声だった。あざけるように前に出て、テゾーロを指差す。

 

「ふん!ふんっふんっ!天竜人様にお願いする立場で、まだこんな要求か!? 奴隷になるからって? お前はもう何の権利もないんだぞっ!」

 

貴族のような長い鼻をしゃくり上げ、嘲笑を浴びせる。しかしその瞬間、

 

「ご主人様の邪魔をしないでください」

 

ソラの落ち着いた、しかし鋭い声が会場を切り裂いた。従来なら天竜人の前で声をあげるべきではない状況だが、彼女の青い瞳には揺るぎない決意があった。

 

「なんだと!? 奴隷風情が、この俺様に…!」

 

スパンダムが怒りに顔を歪ませる。

 

刹那、その言葉を遮るように、静かな重圧が走った。

 

それはホルマス聖のシャボンヘルメットの奥から漏れた微かな空気の震えだった。

 

「ひっ……」

 

無言の視線だけで、スパンダムは言い終わる前に干からびたように萎んだ。ロブルッチは、呆れた視線を彼に向けるだけで、動かない。あまりの静寂に気まずささえ漂う中、ホルマス聖は再びテゾーロの方へと視線を戻す。

 

「何故願う?」

 

その問いかけの中に、まるで試すような響きがあった。

 

俯いたテゾーロの緑色の瞳。それを通して見る世界が歪む。あの日、ヒューマンショップの檻の向こうで出会った少女の笑顔が脳裏に浮かんだ。

 

「俺は、この世は金が全てだ、と…信じて、いた」

 

汗と血で濡れた前髪が目にかかり、少年時代の記憶がよみがえる。父親の死、貧困、孤独。ステラとの出会いと別れ。マリージョアの地獄。全てが金という軸で回っていたと思い込んでいた。

 

「間違えていました。俺は、間違え、続け…ました……」

 

ドンキホーテファミリーと手を組んでからの成功。バカラを部下にした後の繁栄。全ての裏で、自分と同じように苦しむ者たちを見下し、踏みつけにしてきた。

 

かつては想像できないほどの巨万の富を得た。自分自身が『神』になったとさえ思った。だが、得たものは全て、この手からこぼれ落ちた……いや。最初から何も得ていなかった。欲しいものなど一つもなかった。濯ぎたかった後悔の念が、この胸から剥がれたことは一度もない。

 

「だが、これだけは、間違えるわけにはいかない…ッ」

 

喉が震えた。天竜人に連れ去られたあの日、ステラが最後に投げかけてくれた「ありがとう」の言葉。

 

クズみたいな人生でたった一つ、あの瞬間だけは本物だった。

 

「もう二度と、ステラを苦しませたくない」

 

息が荒くなる。体の奥から沸き上がる感情が、長年築いた冷徹さを溶かしていく。

 

「この願いのためなら、金も。力も…俺の命さえも、いらない……」

 

雲間が開けた。金貨のように冷たい月光が、彼の潰れたピンクのスーツに反射する。一瞬前まで豪語していた黄金帝の、見る影もない姿。天竜人に頭を下げるテゾーロの姿を見て、しかし誰もが心の中で同じ答えを知っていた。

 

天竜人が奴隷を解放するのは、主に尽くして死んだ時だけという不文律。テゾーロ一味の部下たちは無言で顔を伏せる。ダイスも圧倒的な現実に沈黙するしかなかった。奴隷を開放させることなど、この世の如何なる金でも不可能だ。大富豪として、彼らはそれを知りすぎていた。

 

この賭けに直接関わりのない麦わらの一味さえ、息を詰めて見守っていた。ウソップがこっそり汗を拭い、ナミはロビンの袖を無意識に掴んでいた。この場はシャボンディ諸島ではない。だが、介入すれば同様の惨劇が起きる可能性を、全員が肌で感じていた。

 

「どうか……」

 

テゾーロの砂を噛むような声が、黄金製の床に吸い込まれていく。過去に何千もの人の願いを無惨に切り捨ててきたその唇から、今度は自ら願いの言葉が零れ落ちる。

 

 

 

「買えるさ!おれがお前を買ってやる!!」

 

 

 

 

幻聴のように、遠い記憶の声が響いた。

 

かつてヒューマンショップの檻の中で、少年期のテゾーロが聞いたあの声。ギャンブル狂いの父親に売られた少女に、悪評高い彼が向けた、笑顔の奥にある決意の言葉。変化が起きたのは、ヨルの口元だ。

 

「……あ」

 

微かな息づかい。今まで静かに佇んでいた仮面の女性が、一歩、また一歩と前に出る。側にいたソラの目が大きく見開かれた。もはや何も感じないと思っていたヨルが、自発的に動くなど──

 

"ガチャ"。黄金の仮面が地面に落ちる音。場が凍りついた。

 

ヨルの瞳が、初めて焦点を合わせている。顔には深い瘢痕があったが、その目は驚くほど澄んでいた。長年見せなかった感情の光が、ゆっくりと灯り始める。

 

言葉は出てこない。

 

名前も、記憶も、何もない。

 

ただ、胸が熱くなる。

 

まるで長い眠りから覚めた時のような、くらくらする感覚。仮面の下から現れたその顔は、テゾーロが知るべき誰かのそれだった。あまりにも大きすぎる時間の隔たりと変わり果てた姿のせいで、彼女が気づかなかっただけで。

 

「……テゾーロ……」

 

地に伏す黄金帝と、傷だらけの奴隷。二人の視線が交わる。

 

これまで無表情で震えていた仮面の女性から、初めて声が漏れた。それは傷だらけの喉から絞り出されたようなかすれた声だったが、確かに彼の名前を呼んでいた。

 

「ステラ…?」

 

恍惚と呟く彼の目に大粒の涙が浮かぶ。

 

ヨルは静かに、しかし確かな足取りでテゾーロに近づいていく。奴隷の首輪がないことに、ほんの少し戸惑ったようだ。テゾーロも這うようにして彼女に向かい、膝をついたまま震える手を伸ばす。

 

彼女はテゾーロの背中に両手を置く。かつて少年だった彼を勇気づけたあの手が、今は傷だらけで乾燥していたが、温もりは変わっていない。

 

「ああ…」

 

テゾーロの喉が噎びれた。国王の威厳も、黄金帝の冷徹さも、もうここにはない。ただボロボロと泣く大男がいるだけだった。

 

だが、この感動的な再会もつかの間。背後で銃器の金属音が響いた。

 

「不敬者め!」

 

政府の兵士たちがステラとテゾーロに大槍を向けている。「天竜人様の前で勝手に動くとは!」

 

だが、ホルマス聖は静かに手を上げ、兵士たちを制止した。シャボンヘルメットの奥から、冷たい声が響く。

 

「ギルド・テゾーロ」

 

一瞬で緊張が戻る。テゾーロは本能でステラをかばうように体を動かした。

 

「賭けは終わった。この船は我が物とする」

 

雑音一つない静寂の中、ホルマス聖の言葉だけが響く。

 

「そして、その望みを叶えよう。お前を我が奴隷とし、清算する」

 

兵士たちがどよめく。テゾーロの表情が大きく変化する。なぜなら、この宣告は即ち──ステラを解放するという交渉成立を意味していた。

 

天竜人が自ら首を縦に振るなど、前代未聞のことだ。

 

テゾーロは深々と頭を下げ、命がけの交渉が成立したことに感謝するように全身で震えた。もう、これ以上の望みはない。しかし──

 

「待って…ください!」

 

かすれた女性の声が、アリーナに響き渡る。

 

長い間沈黙を守っていたヨルが、今度は自ら進み出た。「ステラ」の名を取り戻した彼女は、顎を上げると、涙ぐみながらも毅然とした態度でホルマス聖に向き直った。

 

「どうか…それだけは…」

 

そして、死さえ垣間見た苦痛の記憶をはねのけるように、彼女は天竜人の前に膝をつき、土下座した。「奴隷の分際でなにを!」スパンダムが怒鳴り立てた。

 

願いを叶えたにも関わらず、奴隷が異議を唱えるというのか。政府兵の銃が一斉に彼女に向けられ、一触即発の空気が漂う。「おい…!」サンジの声。麦わらの一味も剣呑な表情で状況を見守る。

 

「ヨルさん」

 

しかし誰よりも早く動いたのは、ステラの隣にいた、天竜人の妻であるソラだった。

 

「…いいえ。ステラさん。早まらないでください」

 

「あなたは……」

 

「記憶を取り戻したのですね。でも、あなたはご主人様を知っているはずです」

 

ステラが小さく息を吐く。全員の視線がソラに注がれた。冷静に、しかし毅然と、ソラは夫であるホルマス聖に問うた。

 

「ご主人様。今後、彼をどうなさるおつもりですか?」

 

ホルマス聖は静かに答えを返す。

 

我が(・・)グランテゾーロに生涯を捧げさせる」

 

「この街を知る者が必要。そういうことですね」

 

ホルマス聖は微かに視線を伏せたが、否定はしない。ソラの目は一瞬だけ、まるで彼の真意を探るように輝いた。

 

「もし彼がこの街でご主人様のために尽くせば…私たちにそうしてくださったように、彼を扱ってくださいますか?」

 

「わざわざ道具の扱いを変える理由はない」

 

ホルマス聖の答えは簡潔だった。テゾーロには意味が分からなかった。しかし、全てを悟ったステラの目に、涙が浮かんだ。彼は他の天竜人のような嗜虐的な支配を行わない。経験してきたような奴隷とは違う。一定の自由さえ許される環境。

 

彼は今後、今までのような自由を手にすることは叶わない。

 

王の立場から降ろされ、自分が作り上げた街で、奴隷として生きることになる。これは数々の不幸を産み、罪を犯した彼への罰。

 

それでも、ただ一つ確かなことに、テゾーロの呼吸が震えた。

 

二人でいられる……。

 

誰も言葉で説明しない。政府の人間は剣幕で黙り込み、麦わらの一味は、かつての天竜人に纏わりつく空気とは明らかに違う何かを目の当たりにして、戸惑う表情を浮かべる。

 

「大丈夫、テゾーロ」

 

静かに頷くステラの表情を見て、テゾーロは理解した。再会しただけでなく、彼女と生きる場所を与えられたのだ。

 

逃げなくていい。置いてかれたと思うこともない。

 

「…………」

 

一声、嗚咽が漏れて、テゾーロは涙声で絞り出した。

 

「あ……ああ、ああ……」

 

血と砂で汚れた顔をむしろに擦りつけ、かつての黄金帝に由来のない、ただの一人の男が泣き崩れた。ステラも俯き、黙って彼の肩に両手を乗せた。もう引き離されることはない。両手に触れた温もりが、言葉よりも強く伝わってくる。天竜人の前でさえ、誰もそれを咎めなかった。

 

それは、かつて叶わないと願っていた、変わり果てた二人の再会だった。弱い者たちの祈りを虐げ続けてきた報いが、突然降って湧く救いになったような現実。

 

(ヨルさんを、この人には渡せないと思った。でも…)

 

初対面のテゾーロは、表層の欲望しか見ていなかった。金こそが無くしたものを埋められると信じて、憎しみに震えていた。だから麦わらの一味を誘導してでも、彼が勝つのを止めようとした。

 

だが今の目は──純粋さに希望がある。

 

この街で、テゾーロと共に生きる場所で、彼女はもう暗闇にはいない。ソラは目を閉じた。静かに、一つだけ涙が頬を伝う。

 

 

しかし、その瞬間──

 

 

「待て」

 

ホルマス聖の冷たい声が儀式堂に響き渡っった。

 

場が凍りつく。彼らの背後で、麦わらの一味全員が凍りつくように止まった。シャボンヘルメットがゆっくりと彼らの方へ向き、中の目がじっと見つめてくる。

 

豪華なグラン・テゾーロの舞台で、ゆっくりと忍び足で移動し始めた者達。テゾーロとステラが肩を寄せ合う姿を見て、「おい…今のうちにゾロを助けよう」。他の一味もこっそりと首を縦に振り、一行は舞台の隅で黄金に固められたゾロに向かって、ゆっくりと近付こうとしたところだった。

 

「まずい…バレちまった」

 

ウソップの足が震える。サンジがタバコをくわえたまま静かに息を吐き、中でも特にロビンとブルックが強く警戒する。

 

「おい、テゾーロ!!」

 

ただ一人、隠れる事なく堂々とそこにいたルフィ。座り込んだテゾーロに真っ向から声を張り上げる。「約束だ!ゾロを返せ! この勝負は俺の勝ちだ!!」

 

だが、ステラに支えられたテゾーロが口を開く前に、ホルマス聖が淡々と発言した。

 

「無駄だ。奴の持つ資産は、全て我が物となっている」

 

「…何ィ!!?」

 

重い沈黙。ホルマス聖の手が静かに示す先には、黄金に固められた剣士の姿があった。ナミの顔から血の気が引く。

 

「まさか…ゾロが、天竜人の奴隷に……!?」

 

「お前!! ゾロはおれたちの仲間だ!奴隷じゃない!」

 

チョッパーが叫んだ瞬間。舞台には緊張が走った。明確に天竜人に逆らう言葉を発した──それはカリーナの顔を一瞬にしてこわばらせ、スパンダムは口実を得た選喜で身を震わせた。政府の兵士たちは銃を構え、動揺していたダイスでさえ身を引いた。

 

だが麦わらの一味は対照的に全員が冷静だった。僅かに恐怖に震えている者も、武器を手に持ち、いつでも戦闘を始められるように身構えている。反逆する彼らの心は一つだった。

 

「こいつら正気か!?」と。スパンダムが引きつった表情で両手を頬に当て、腰が抜けたような顔をしながら言った。

 

「お前ら…また世界貴族に逆らう気なのかコノヤロウァァ!?」

 

政府兵たちの銃が一斉にコックされ、ダイスも思わず後ずさり。元テゾーロ一味は悲鳴を上げて逃げ惑った。国王だったテゾーロとステラも目を見開いて固まり、ソラは無意識にホルマス聖の前に半歩踏み出した。その白いドレスの袖が微かに震えている。

 

しかし、シャボンヘルメットの中の目だけは変わらぬ冷静さを保っていた。ホルマス聖はゆっくりと手を上げ、場を制した。

 

「お前たちは自らギャンブルに身を投じた。身の丈を超えた金を賭け、この男に敗北した。その事実は変わらぬ」

 

「……っ」

 

「海賊らしく、自らの行いを暴力で覆そうというわけか」

 

ハンマーのような言葉に、麦わら一味は一瞬息を呑んだ。ウソップの膝がカタカタ震え、ロビンも冷や汗を流す。

 

彼らはテゾーロに騙され、敗北した。だがその借金の権利はホルマス聖に引き継がれたというのなら、金を返さない限り、天竜人にゾロを解放する筋合いはない。さらに険しくなった、ホルマス聖の目が光る。

 

「お前たちは我が同胞、ロズワードとチャルロスを害していたな」

 

「我ら『世界』に逆らった罪、償ってゆけ」

 

その言葉に、かつてシャボンディ諸島で出会った欲望塗れの天竜人とは違う、真の権威を感じた。背筋の通った、揺るぎない威厳があった。

 

十数名の政府エージェントが降臨するように舞台袖や客席から降り立ち、天竜人を守るように円陣を組んだ。護衛たちが、麦わら一味を完全に包囲する。だが、そのとき──

 

 

「いやだ!!」

 

 

ルフィの声が場内に轟いた。

 

ただただ真っすぐな決意に満ちている。大技の反動でまだ痺れる脚に敢えて身を乗り出し、天竜人を正面から見据える。

 

「お前の仲間を殴ったのはごめん! だけど──」

 

空気が引き裂かれる。シャボンヘルメットの奥から、ホルマス聖の細い目が一瞬見開かれた。

 

「大切な俺の仲間なんだ! 返してくれ、シャボンのおっさん!!」

 

爆発的な静寂。その不敬な呼び方に、周囲の群衆が総崩れになる。

 

「えぇ!?」

 

「まったく、うちの船長は…!」

 

「ルフィ、世界貴族を、『おっさん』って…!」

 

「いやウソップ、あんたも前に言ってたでしょ」

 

サンジが閉眼で震え、ウソップがぎゃぁっと泣き叫ぶ。政府護衛たちの顔が引きつり、ロブルッチでさえ眉を僅かに動かし、スパンダムはとうとう卒倒した。

 

「……貴様。神である我に逆らうのか?」

 

「ああ、譲れねェ!!」

 

ルフィの声に、ホルマス聖のガラス面が月明かりに冷たく反射する。その反逆に、あらゆる武器が再びコックされ、天竜人を守る純白の円陣が狭まる。しかし、ホルマス聖は何事もなかったように言う。

 

「返すわけにはいかぬ」

 

宣告の声が聞こえた直後、麦わらの一味が構え直した瞬間であった。

 

「だが──ここは賭博の国、グラン・テゾーロ」

 

しかし返した言葉は、否定ではなかった。立ち上がり、半獣形態に変身しかけたロブルッチが、水を差されたように思わず眉を寄せる。ルフィ達とホルマス聖は、真っ向から睨み合っている。

 

「納得がいかぬとあらば、相応のものを賭けて奪う。それが、この街のルールだ」

 

「賭けだと? 俺たちとギャンブルをしようってのか」

 

「そうだ」

 

そしてホルマス聖は、一味全員に指を刺す。

 

「私が要求するのは、お前たち全員の身柄。我らが勝てば、マリージョアで、ロズワードとチャルロスに謝罪をしてもらう」

 

「――!」

 

菫色(すみれいろ)の恐怖が麦わらの一味を覆った。マリージョア――天竜人の聖地。海賊が一度足を踏み入れれば、その時が一味の旅の終わりとなるだろう。

 

だがしかし。

 

「お前たちが勝てば、全員、我が目の前から立ち去ることを許そう」

 

天竜人の視線が、黄金の檻に縛られたゾロに向かう。凌ぎの効いた顔で凝視する筋肉質の剣士に対し、ホルマス聖は淡々と条件を追加した。

 

「望み通りこの男は自由だ。この国を離れるまで、追手は差し向けぬ」

 

条件だけ見れば単純だった……はずだった。しかし、ルフィ以外の一味はその場で固まる。しかし、ナミが額に汗を浮かべて言い放った。

 

「素直に信じていいわけない! 勝ったとしても、約束を守ってくれるかどうか……!」

 

「そもそもマリージョア行きって時点でヤバすぎんだろ――!?」

 

ウソップが呻くように口走り、ブルックも眉を険しくした。彼らは道中で一度ならず、その目で確かめている。世界政府のやり方を。約束を盾に罠を仕掛けられようとも、それは敵にとっては正義の履行でしかない。

 

……にもかかわらず――

 

「わかった! なにで勝負すりゃいいんだ!?」

 

ルフィが、二つ返事で飛び込んだ。

 

「「「「えええええ!?」」」」

 

一同の悲鳴がアリーナに響く。ウソップが今にも崩れ落ちそうになり、「ちょ――冷静になれルフィ!!」と叫ぶが、時すでに遅しだった。

 

「……用意させよ」

 

ホルマス聖が簡潔に命じると、ステラに支えられたテゾーロは一瞬戸惑った表情を浮かべたが、頷いた。今はもう国王ではなくなったが、この街の構造を誰よりも知る男は、瞬時に求められていることを理解する。

 

「わ…わかった…ダイス! お前が担当だ…!」

 

「っ……テゾーロ様。承知しました…!」

 

ダイスが大柄な体を起し、複雑な表情で首を縦に振ると、テゾーロ一味の部下たちが一斉に動き出す。指示を待つ間もなく、各々が準備を始めた。主君が変わろうとも、グランテゾーロのシステムは動き続ける。

 

五分もしないうちに、設営の音と共に、巨大なダイスポッドがアリーナ中央に運び込まれる。ダイスは観客席で待機していた部下から大斧を受け取り、戦闘で乱れた礼服を脱ぎ捨てると、元の無骨な格好に着替えていた。

 

「おいおい、こりゃあ……」

 

「あの時と一緒か…!」

 

「THE REORO」VIPルーム最高責任者兼ディーラーのダイスが、巨大なダイスポッドの前に立つ。それはゾロが金を奪われた時と全く同じギャンブル。因縁深い再現であった。

 

丁半――賭けるのはシンプルな勝負だ。ダイスが二つのサイコロが振られた巨大ポッドを割り、出た目が奇数か偶数かを当てる。ただそれだけ。

 

「勝負は一度きりでよいな?」

 

「ああ、それで充分だ!」

 

二人が簡潔に確認し合う。一度の勝負で全てが決まる。チップのやりとりも、積み重ねもない。運命は一瞬で決する。これは極めて単純な賭けであった。

 

アリーナには不自然な緊張感が漂い始めた。ソラやテゾーロ、ステラは緊張した表情で天竜人の背中を見守り、ルフィの仲間達も険しい表情で行末を見守っている。

 

「下々民よ。仲間を賭けることに、躊躇はないのか」

 

ホルマス聖は、シャボンヘルメットの奥から麦わらのルフィを冷静に見つめた。その問いに、ルフィは答えなかった。代わりに、後ろからナミの声が響く。

 

「…いいわ。私たちはルフィを信じる!」

 

「船長の直感なら、仕方ねえ」

 

「…ふふ」

 

一瞬、サンジがタバコの煙をふっと吹き、ロビンだけが微笑みを浮かべる。他の仲間も一緒だ。麦わらの一味は全員が迷っていなかった。海賊としての矜持と、船長への信頼が見える、一点の曇りもない姿勢だった。

 

「竜の誇りを背負う我に、勝てるというのか」

 

「俺は絶対に負けねえ!」

 

ルフィが拳を握りしめて宣言する。

 

無根拠ではない。他の下々民とは何かが違う。強い結束を感じて表情が僅かに変わる。

 

「いいだろう」

 

ダイスは両手で重厚なサイコロを掴み、その重量をじっくりと体感しながら息を吸い込んだ。指先に伝わる冷たい感触、細かな装飾が刻まれた角の質感。これまで何万回と振ってきたサイコロだが、今日ばかりは特別な重みがあった。

 

"グッ"と力が入り、ダイスの筋肉が鎧のように盛り上がる。振り上げた腕に無数の傷痕が浮かび上がり、それは彼の戦歴を物語っていた。

 

サイコロが月明かりの中を舞う。ゆっくりと、あまりにもゆっくりと回転しながら、まるで運命そのものが形となったかのように落下していく。アリーナ全体が息をのんでその軌道を見守った。

 

心臓の鼓動、サイコロがぶつかり合うかすかな音。全てが不自然なまでに鮮明に聞こえる。

 

鈍い音と共に巨大ポッドが揺れる。ダイスはうなじに汗を感じながら、豪快にポッドを伏せる。

 

「俺は丁だ!」

 

ルフィの声だけが鮮やかに響き渡る。自信に満ちたその言葉は、運命を切り裂く刀のようだった。

 

「ならば我は半を」

 

ホルマス聖の冷たい声が重なる。まるで氷の刃のようなそのトーンは、アリーナの気温を急激に下げた。ナミが無意識に自分の腕を掴んでいた。爪が皮膚に食い込みかけるほどに。

 

ダイスが斧を握りしめ、革靴で地面を蹴る。

 

その瞬間、床から飛び散る砂利一つ一つが、まるで空中で静止しているように見えた。彼の巨大な体がゆっくりと宙へと浮かび上がり、回転を始める。筋肉の動き一つ一つが、神々しいまでに見事なフォームで──

 

「勝負!」

 

斧が漆黒に染まり、不吉な光を放つ。それを浴びたダイスの顔は、まるで神に祈りを捧げる祭司のようだった。全ての重力と運命を一身に引き受ける。

 

斧が落下する――と思いきや。

 

ダイスは突然体勢を変え、鮮やかに斧を背後に回す。代わりに、鋼のような額を巨大ポッドの中央へ思い切り叩きつけた。

 

鈍く重厚な音がアリーナに響き渡った。

 

筋肉の塊のようなダイスの頭蓋骨が、真っ向からポッドにぶつかり、完璧に破壊したのだ。大斧はただ手に握られたまま、一切使われることなく宙に舞っていた。

 

「斧意味ねえーーッ!!!?」

 

スパンダムの下品な叫びが空虚に響く。

 

ロブルッチは相変わらず無表情で、白い仮面の奥で微動だにしない。ダイスの狙いは最初から違ったのだ。

 

「ふぅぅぅっ……」

 

破壊されたポッドの破片が舞い散る中、ダイスは地に膝をついた。鎧のような胸板が激しく上下し、額から伝う血の感触に堪え切れない様子だ。

 

「きもてぃぃいぃ〜〜〜!!」

 

満面の恍惚を浮かべて、彼は震える声を漏らした。これまでの戦いでほとんど戦えなかった苛立ち、悶々とした抑圧が一気に解放された快感。満足感に震える太腿、痛みで痺れる頭皮。まさに彼が求めていた感覚だった。

 

破壊されたポッドの破片が舞い散り、飛び散った木屑が空中をゆっくりと舞う。

 

サイコロは粉々になったポッドの残骸の中で、不規則に転がっていた。一つは「3」の面を上にして止まり、もう一つは、なんとまだ転がり続けていた。ナミが目を凝らし、チョッパーが息を飲む。

 

「どっち…どっちの目だ!?」ウソップの声が震えていた。

 

ささやな風が吹き、残りの一つが最後の回転を終える。転がる音が砂利の上で不気味に響き、麦わらの一味全員が固唾を飲んで見守る。

 

「あっ……!」

 

サイコロが停止した瞬間、サンジのタバコが地面に落ちた。わずかに揺れる煙の向こうに、「3」と「5」の目が見えた。

 

「合計……8……」

ブルックが骨の指で数えるように言う。

 

「丁。つまり……!」

 

ロビンが静かに、しかし確信を持って宣言した。

 

刹那、その言葉がアリーナ全体を震わせたように感じられた。政府の兵士たちが一斉に後ずさりし、スパンダムの目が飛び出そうになる。ロブルッチの仮面の奥で、まつげが微かに震えた。

 

「勝った……?」

 

ナミが夢見るように呟く。

 

「よーーーし!! 俺の勝ちだっ!!」

 

ルフィが両手を振り上げて叫んだ。

 

その声と共に、麦わらの一味全員から緊張の糸が切れた。ウソップが泣きそうな顔で膝をつき、チョッパーが小さくジャンプする。黄金に囚われたゾロでさえ、目を細めて小さく笑みを浮かべている。

 

 

 

だが、ルフィの叫びがアリーナに響き渡った瞬間。

 

政府の兵士たちは一斉に銃を構え、円陣をさらに狭めた。逃がさない──そう告げているかのような、殺気だった気配が取り囲む。

 

「って、なんだよこいつら!?」

 

「おいおい、俺たちが勝っただろう」

 

サンジが政府の兵士たちを睨みつける。数十名もの護衛が、未だに銃を構えて麦わら一味を取り囲んでいた。

 

「バカが!勝ち負けなど関係ない!」

 

「世界貴族に逆らった罪は生涯消えないんだよ! この愚か者共が!!」

 

スパンダムが跳ねるように立ち上がり、興奮した様子で叫んだ。ルッチも、静かに適度を踏み出す。武装色の覇気が指先に集まり始めるのが見えた。

 

まさに一触即発。

 

しかし。

 

 

「止めろ」

 

 

俯いたホルマス聖の声が冷たく響いた。

 

突然の指示に、周囲の政府職員が動揺を見せる。

 

「しかしホルマス聖!こいつらは──」

 

「私に恥をかかせるつもりか」

 

瞬時に凍りつくような視線が走り、反論した職員はその場に尻餅をついた。顔から一気に血の気が引き、恐怖で震える手で口を押さえる。

 

静寂が支配する中、ホルマス聖はそっとソラの方へ視線を送った。わずか一瞬のまなざしだったが、ソラはすぐに意を汲んだように頷く。

 

「テゾーロ様」

 

ソラが静かに呼びかける。ステラに支えられていたテゾーロがゆっくりと顔を上げた。

 

「あの方を解放してください」

 

テゾーロの眉間に皺が寄る。指先が微妙に震え、葛藤が見て取れた。長年築き上げたプライドと、今や変わった信念の間で揺れる心。

 

「……クク……」

 

背中を見せたホルマス聖を見て、短く笑って頷くと、右手をゆっくりと上げた。「ゴルゴルの実」の能力が発動し、ゾロを拘束していた黄金が液体のように解けていった。剣士の体が、ゆっくりと地面に下ろされる。

 

ホルマス聖は完全に背を向けたまま、冷たい声で命じる。

 

「我の気が変わらぬうちに、この国から立ち去れ」

 

その言葉と共に、アリーナの空気の緊張が少しずつ解けていく。ゾロは地面に落ちた愛刀を拾い上げ、慎重に鞘に納める。

 

「…礼は言わねえ」

 

ゾロはテゾーロとステラを一瞥し、ホルマス聖の横をすり抜ける。彼の横でそう呟くと、仲間のもとへと戻っていく。黄金の拘束が続いた体ながら、背筋はびくともしない。

 

「聖」

 

ルッチが低い声で問いかける。仮面の奥で目を細め、常に戦う機会を窺っていた。

 

「奴らは神に叛逆した海賊。ご命令頂ければ、御身の願いを叶えてお見せしましょう」

 

「二度言わせるな。奴らを追うことは許さぬ」

 

だが、ホルマス聖の答えは変わらない。

 

シャボンヘルメットを被ったまま、決して表情を見せようとしない姿勢に、ロブ・ルッチは忌々しさを表に出すのを抑えながら、深く頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海へと続く港。黄金の像が立ち並びそこには、麦わらの一味と、大勢の人々が集まっていた。

 

「よおーし!全員集合したぞ!」

 

「おいフランキー、大丈夫だったのか!?」

 

「スーパーに大丈夫だぜ!」

 

フランキーはボロボロになりながらもスーパーポーズを決める。地下に取り残されていた彼は、一味とは別に黄金牢獄で独自に動いていたのだ。

 

その目的は、別な船に乗船した「負け組」たちだ。借金を背負い、この街の闇に飲まれた者たちが、今は地下から這い上がったフランキーの活躍によって救い出され、笑顔で新たな航海に臨もうとしている。

 

「おーーーーい!! ありがとな、変態のおっさん!!」

 

「マジで助かったぜ…!」

 

「5年ぶりに外の海を見るなんて…」

 

「オウ! お前ら、これからは真っ当に生きろよ!」

 

グラン・テゾーロから出航したサニー号から手を振る麦わらの一味に、負け組たちも笑顔で応える。別れの挨拶を交わし、それぞれの船が異なる航路へと進んでいく。

 

やがてサニー号の甲板で、ようやく一息ついた麦わらの一味。夜は明けて、太陽の朝日が眩しい。潮風が吹き抜ける中、フランキーが首を傾げながら仲間に聞いた。

 

「で、おめーら。結局どうやってゾロを取り戻したんだ? 俺が地下で暴れてる間、ずいぶん派手なことになってたみたいだが」

 

「ルフィがまた無茶したんだよ」ウソップが大きくため息をつきながら答える。「一歩間違ったら、俺たち奴隷になるところだった」

 

「なんだそりゃ。まあいいか、みんな無事で何よりだ!」

 

フランキーが気さくに笑うと、いきなりカリーナが甲板をバーンと叩いて立ち上がった。

 

「よくないわよ!」

 

その叫びに、一同がびっくりして振り返る。カリーナの紫色の髪が海風になびき、表情は真剣そのもの。

 

「元々の計画では、私はテゾーロの手下を装って、船底の海水分離システムのパイプを繋ぎ変えて…」

 

彼女は興奮したように身振り手振りで説明し始めた。本来ならグラン・テゾーロ最大の噴水システムを、金粉入りの淡水から海水パイプに繋ぎかえる予定だった。ゴルゴルの実の支配である黄金の呪いを解く。狙いは金庫の5000億ベリーではなく、ギルド・テゾーロそのものを倒すことだった。

 

「けど何もかもうまくいかなかった! 結局天竜人に全て持って行かれるし、もう散々よ!!」

 

カリーナが頭を抱えてうなだれると、ナミがそっと近づき、意味深な笑みを浮かべた。

 

「ところでカリーナ。分け前は半々だったわよね?」

 

「はあ!?これは私が、計画と関係なく自分で盗んできたものなんですけど!」

 

カリーナが一瞬で取り乱しながら反論する。彼女の持つ小さな鞄には、宝石や黄金が詰め込まれていた。しばらく二人がヒステリックに言い争うのを、他の一味はまた始まったかと和やかに見守っていた。

 

「この女狐!」

 

「泥棒猫!」

 

だがしばらく罵り合った後。突然、ナミの表情が和らぐ。

 

「…分け前はいいわ。ついでに、次の島まで乗せてってあげる」

 

その意外な言葉に、カリーナも目を丸くした。

 

「お宝を諦めるなんて。どういう風の吹き回し…?」

 

「あんたには助けられた恩があるから」ナミがそっと目を逸らす。「…東の海の件。私を逃がしてくれたでしょ。これで、その借りはチャラよ」

 

一瞬の沈黙の後、カリーナの表情も緩んだ。

 

「へへ、仲直りしたのか」サンジが酒の乗ったお盆を手に微笑む。チョッパーが「やったー!」と跳び上がり、ブルックは「ヨホホホ」と笑った。解放されたゾロも、目を細めながら穏やかに笑っていた。

 

「よーし、よく聞け野郎ども!」

 

ルフィが突然船首に飛び乗り、木樽のコップを手に大声で叫んだ。

 

 

「今回は、俺たちの勝ちだーーーっ!!!」

 

「「「「「乾杯ーーーーっ!!!」」」」」

 

 

サニー号の帆が風をはらみ、青い海を切り裂いていく。後方では、グランテゾーロの黄金の塔が次第に小さくなっていった。新たな冒険の幕開けだった。





FILM GOLD 映画本編終了。
次回、テゾーロ&ステラ、ホルマス聖&ソラのアフターストーリーです。


【その他アフターストーリー】

・麦わらの一味
原作と同じく、全員揃って脱出することができた。
ルフィはテゾーロをぶっ飛ばしたが、理不尽な仕打ちを受けたのがゾロのみで、彼の星であるステラのために戦っていたことを知ったこと、戦闘でも卑怯な手段を使わなかったことから、好感度は高め。
ホルマス聖の存在は、天竜人の中にもいい人もいるんだなという認識を彼らに持たせた。ミョズガルド聖がいるので、全くの間違いではない。


・歌姫カリーナ
原作のようにグラン・テゾーロ自体を盗むことができなかった。
天竜人の所有物を盗むのはリスクが大きすぎるため、ちっぽけな勝利で引き下がることを決断。さすがに天竜人相手に泥棒はできなかった...
テゾーロマネーのために投資した時間を考えるとマイナス。しかし彼女はめげることなく、ナミ達と別れたあとも【女狐】として、ロマン目指して次の泥棒の旅に出る。


・世界政府組
天竜人の命令に逆らえず、麦わらの一味をみすみす逃してしまう。
特にロブ・ルッチはルフィを目前にしながら再戦できず、不完全燃焼で苛立つ。スパンダムは陰で天竜人の決断に対して文句を口にし、殺気立っていたルッチに顔面を殴られた。
政府・海軍の偉い人達は、揃ってホルマス聖の行動と結果に頭を痛めた。
不正の証拠をテゾーロに握られていたお偉いさん達は、テゾーロを始末できなくなり、ますます胃を痛めることになる。


・借金持ち&街でルール破りをした負け組
テゾーロの支配の及ばない海へと逃げ出した。
地下牢獄に閉じ込められていた者だけでなく、街で奴隷労働を強いられていた者。特に、親の借金を理不尽に押し付けられた子供達は、海に出て初めての『自由』に喜んだ。
新天地でゼロからやり直すか、再びギャンブルや犯罪の沼に沈んでしまうのか。次の未来は、彼らのみぞ知る。


・革命軍
本作では出番なし。
地下に閉じ込められた仲間の救出と、グラン・テゾーロの実態調査に来ていたところ、唐突に国王のテゾーロが失脚し、天竜人にカジノが丸ごとが乗っ取られて困惑した。
さらに天竜人による乗っ取り後も、グラン・テゾーロが平時と変わらず運営され、さらに困惑。




そろそろエッチなシーン描きたい(小声)
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