聖都において、聖女セレスティアは教皇に次いでアエテルヌスの最も近くに仕える存在である。
歳の頃は10代後半に見えたが、若さに似合わない洗練された立ち居振る舞いで、その姿はまるで天上の絵画から抜け出してきたかのように清らかで美しかった。
純白の法衣に包まれた身体は大地の恵みを顕すかのように純白の法衣を二つの膨らみが内側から持ち上げるほどで、一方で腰はどこまでも細く華奢であったが臀部は大きく張り出しその美しい形に目を奪われる男性信徒も多かった。だが全体としてその佇まいは神聖な威厳が漂い、陽光を浴びて輝く柔らかな金色の髪、そして深く澄んだ
「大丈夫ですよ。アエテルヌスはいつもあなたを見守ってくださいます。心を強く持ってください」
神殿を訪れる悩める信徒に、セレスティアは優しく語りかける。
彼女の声は祈りのように心に沁み、その微笑みは病める者の痛みを和らげ、罪人の心にも悔い改めを促すと言われている。
彼女は数々の聖魔法を自在に操り、癒やしの奇跡をもって多くの人々を救ってきた。
日中は神殿で祈りを捧げ、訪れる信徒たちの相談に乗り、時には貧しい地区へ赴いて施しを行うなど、その活動はまさに聖女の名にふさわしいものであった。
昼下がり、アエテルヌスを祀る大聖堂の広大な礼拝室は、聖女の祝福を求めて集まった多くの信徒たちで埋め尽くされていた。これは聖女にとって日課の祝福の儀式なのだ。
荘厳なパイプオルガンの音色が響き渡る中、純白の法衣を纏ったセレスティアがゆっくりと祭壇へ歩いていく。
その斜め後ろには聖騎士長の任として、白銀の鎧に身を固めたアルドリックが付き従っていた。彼の横顔には聖女を守護する誇りと、彼女への深い敬意が滲んでいた。
「皆さん。共に祈りましょう」
祭壇の中央に立ったセレスティアは、集まった信徒たちに向かって慈愛に満ちた微笑みを向け、静かに祈りを捧げ始めた。やがて彼女が両手を広げると、その身体から眩いばかりの祝福の光が放たれ、礼拝室全体を柔らかな輝きで満たしていく。信徒たちからは感嘆のため息が漏れた。
一通りの祝福の儀式を終えた後、セレスティアはふと、傍らに控えるアルドリックへと視線を向けた。そして穏やかな声で呼びかける。
「聖騎士長アルドリック。日々、聖都と私たちをお守りくださり、ありがとうございます。あなたにも、アエテルヌスの祝福がありますように」
そう言うとセレスティアはアルドリックに向かって右手を差し伸べた。
アルドリックは恭しく片膝をつき、その祝福を受けようと
セレスティアの白い手のひらから、再び光が溢れ出した。しかし、今度の光は先ほどの信徒たちを祝福した光とはまた違って見えた。三つの光が聖女の聖印の刻まれた手から流れ出したのだ。一つは凝縮されたような純粋な白銀の光。それは渦を巻き、セレスティアとアルドリックの身体を包み込むと光の粒となって消えうせ、残った二つのうち、青い光はセレスティアへ、紫の光は跪くアルドリックの頭上から、彼の身体全体へと静かに降り注いでいったのだ。
三種類の光の渦が奏でるハーモニーに周囲の信徒たちは、聖女から聖騎士長へ特別な祝福の光が送られたのだと理解した。
アルドリック自身もこの特別な祝福を何度も経験している。どのような祝福なのか教えてくださったことなどなかったがそれで問題など無かった。頭上から注がれた温かな光に、ただ感謝と忠誠の念を新たにするばかりだった。
「聖女様、ありがたき幸せにございます」
立ち上がり、アルドリックは深く一礼した。
セレスティアは一瞬だけ彼だけに向けて意味深な微笑みを唇に浮かべたが、すぐにいつもの慈愛に満ちた表情に戻り、集まった全ての人々に向かって告げた。
「アエテルヌスの御加護が、常に皆さんと共にありますように」
儀式を終え、祭壇を後にするセレスティアはぽつりと呟いた。
「……これで今日も問題はないでしょう」
声には安堵の響きがあった。
アエテルヌスにその身を捧げた聖女は一点の曇りもない清らかさが求められる。セレスティアはその聖性と純潔性において、歴代の聖女の中でも特に際立っていると人々は信じて疑わなかった。
「この身はアエテルヌスに捧げた純潔で無垢な器……そう、穢れなどあってはならないのです」
彼女は時折、自らに言い聞かせるように心の中で呟くことがあった。
その穢れを知らぬ身体と、アエテルヌスへの絶対的な信仰こそが聖女を形作る全てであった……少なくとも、表面上は。
彼女はまた、聖騎士団長アルドリックに対して深い敬意と信頼を寄せていた。彼の厳格さ、揺るぎない信仰心、そして聖都を守護するその力強い姿は、セレスティアにとって理想の騎士そのものであり、頼もしい守護者であった。
「今日も祝福の儀式の警護、ありがとうございます。あなたの剣がある限り、私と民たちは安らかでいられます。あなたのように強く、正しい方がいてくださるからこそ、私の務めも果たせるのです」
祝福の儀式の警護が終わり、聖女の労いの言葉に聖騎士アルドリックが恭しく礼をしてから去っていく。
その後ろ姿を見つめる聖女。
「アルドリック様……」
去っていく彼の背中を見送りながら彼女は小さく呟く。
「この身はアエテルヌスに捧げた純潔で無垢な器……そう、穢れなどあってはならないのです」
いつも口にする言葉を自分に言い聞かせるように、聖女セレスティアは何度も繰り返した。
◇◇◇◇◇◇
──しかし、そんな神聖で穢れなき聖女セレスティアにも、けっして余人には知られてはならぬ秘密があった。
それは夜ごと繰り返される彼女の秘密の行為である。
月が中天にかかり、聖堂から人の気配が完全に消え去った深夜。セレスティアは自室をそっと抜け出し、音を立てぬよう、人目を憚るように細心の注意を払いながら聖堂の奥深くへと足を運ぶのだ。
彼女が向かうのはある古びた懺悔室だった。
だが、彼女は告解をするためにそこへ行くのではない。
懺悔室の通常は司祭が座る側の小さな空間。その簡素な木の扉を静かに開け、中に滑り込むと彼女は背後の扉をそっと音を立てずに閉めた。
そして目を閉じ、細く息を吐くと短い聖魔法を唱える。
すると両手の聖印が僅かに光を放ち、彼女の身体から淡い影のように揺らめく光が立ち上った。それは昼間の祝福で放った神々しい白銀の光とは全く違う、周囲の闇に溶け込むような静かな輝きだった。
光が彼女の全身を覆い、その輪郭と背丈が曖昧に揺らいでいく。やがて光が収まると、そこに立っているのは清らかな聖女ではなく、深いフードを目深にかぶり、背を丸めた小柄な老司祭の姿だった。
彼女はそっと自身の喉に手を当て低く咳払いをする。
乾いた老人の声が懺悔室の小部屋の中に響く。
これで声も気配も、この懺悔室を訪れる者がいつも目にしている司祭のものとなった。
これが聖女セレスティアの誰にも言えない秘密である。
この秘密が生まれる前、聖女の耳に気になる噂が舞い込んだのだ。
いてもたってもいられなかった聖女はすぐに行動を起こした。
聖女にあるまじき行動だったが、裏から手をまわしてこの深夜の懺悔室の当番をこっそり架空の老司祭のものにすり替えたのだ。
そして…………密かに自分自身がその架空の司祭に成り代わる。
「はぁ……」
静かに吐いた息に熱いものが混じる。
幻影によって完璧な老司祭の姿となったセレスティアは懺悔室の椅子に腰掛け息を潜め、待ち焦がれて格子の向こう側へと意識を伸ばした。
彼はまだ来ない。
大丈夫。
準備は万全だ。
彼が来るのを待つだけ。
「……今夜も、あの方の声が聞ける」
老司祭の幻影の裏側で、彼女の心臓がトクンと高鳴った。
「いけない。こんな気持ち。聖女にあるまじきこと……でも……」
相反する感情が胸の中で渦巻いていた。
聖女としての罪悪感と、一人の女性としての抗い難い想い。
──カタリ。
遠くで微かな物音が聞こえ、次いで重い扉の蝶番が軋む音。
セレスティアの心臓が跳ねた。
「──ッ! あの方がいらっしゃった」
彼女は小さく息を吸い、ローブの下の己の豊かな胸の前でそっと両手を握りしめる。
「どうか、今夜も……あなたの心の奥を私だけに聞かせてください、アルドリック様……」
これから始まる彼の罪の告白。
格子の向こう側からの彼の本当の心の声。
それを聞くために彼女はここにいる。
来る日も来る日も、この秘密の場所であの厳格な聖騎士長が苦し気に打ち明ける、誰にも聞かれてはならないはずの告白を他ならぬ聖女が深夜聞き入るのだ。
聖女の表情はフードの影に隠されて今は見えない。
見えたとしてもそれは老司祭の顔だ。
だがその幻影の下をもし覗けるのであれば普段の慈愛に満ちた聖女のそれとは全く異なる表情を浮かべてる聖女の顔が見えるはずだ。
頬は上気し、瞳はどこか熱を帯び、吐く息には甘いものが混じっている。
アルドリックがこれまで懺悔室の扉を開ける音を聞く回数が増える度に、待ち受けている彼女の頬の赤みは増し、身体は昂り、胸の鼓動は期待で早鐘のように打ち始めるのだった。
「あぁアルドリック様……あなたの告解を聞く度になぜこんなにも胸が高鳴るのでしょうか。穢れを知らぬ聖女のこの身に……このような……あ……また……んっ……」
腹の奥に炎が灯った。
最近あの方の告白を聞くといつもこうなるのだ。
炎が彼女の裡をちろちろ炙り、純潔で無垢なはずの聖女が懺悔室の狭い小部屋の中で太腿を擦り合わせ……耐えかねたようにゆっくりと腰を
腹の裡で燃える炎の生み出す熱に悶えながら、聖女は格子の向こう側の気配に全神経を集中させるのだった。