勝ちヒロインにとって最高に都合のいい男子 作:愛甲ハマチ
まだ朝日が差さない空の下で、千早は再び自転車を漕いで温水の家に向かう。
今の時間はおそらく繋がり合って8回目くらいだろうか?
もしそうだとするなら、自分の計算通りだと思いながら千早はペダルを回す。
その最中、千早は暇になったのかはたまた単純に気分が良いのか、行きと同じく独り言を話し始めた。
「恋愛とは何でしょうか?人は想いを通じ合わせた恋人のことだと言います。では、肉体的に異性に惹かれることは恋愛ではないのでしょうか?いいえ、それは違います。何故なら、私達人類はその恋人と生殖行為を行い続けて、何十万年も繁殖してきたのですから」
人類の歴史がそれを裏付けていた。
性行為を禁ずる宗教は存在したがその多くが根絶してしまった歴史を知れば、どれだけ人が清らかに生きようとしても、人間というよく深い生き物は結局のところ、性欲に勝つことはできないことは明らかだ。
「恋心と下心の境目はどこでしょうか?肉体の繋がりの無いプラトニックの恋愛が人は美しいと言いますが、隠さなければならない恥部を見せることや、取り繕わない自らの痴態も見せることができない関係性は、本当に素晴らしいものなのでしょうか?身体の相性が良いからと理由で付き合った後に結婚をし、最期の時まで連れ添った男女は下品で醜い関係性と言えるのでしょうか?」
世の中の美しいや下品という社会通念は、全てが全て正しいという訳ではないと千早は考える。
要するに、世の多くの人が下品だと思っていても自分が美しく正しいものだと思えば、それこそが何よりも美しく正しい。
結局はそれが全てなのだ。
「だからこそ、私は温水さんとの関係を肯定します。美しく正しいものだと断言します。周囲の声などどうでもいいのです」
だから、止まらない。
これはそれだけの話だ。
そんな千早だからこそ求める関係があった。
千早が欲しくなってしまったもの。
千早はそれについて話し出す。
「
千早は周囲に人がいないためか、背徳的な関係の妄想を饒舌に楽しそうに口ずさんだ。
……いや、これこそ彼女の認識として温水に抱く、そのままの感情と意識なのかもしれない。
「男性としての魅力を汗を流しながら分かって貰おうと、必死に頑張って姉である私に、自分の成長を見せようとするカズ君……ああっ、ゾクゾクしちゃいます♥️」
身悶えながら堪えきれないとばかり笑みを浮かべるその顔は、普段の清楚然とした印象からかけ離れた悪女の笑みだった。
「……ふふっ、今までは皆さんの前でうっかり言い間違いをしないよう、『温水さん』呼びを徹底していましたが、これからは『カズ君』の呼び方をして、姉弟プレイで抱いて貰いましょうか?」
肉欲から生まれた欲求は八奈見の恋心と比べて穢れているかもしれない。
だが、朝雲が温水に向ける感情は性欲だけしかないわけではないのだ。
変態チックな姉弟プレイによって生まれた、異質な絆がそこには確かに存在していた。
「キスもセックスも全ては弟であるカズ君を、姉である私が優しく受け止め甘やかすためにしているんです。私の唇も胸も膣も、熱く深く気持ち良く丁寧に、カズ君を甘やかすために使うんです♥️」
温水を甘やかしたいから女の部分を存分に利用する。
千早は弟のような温水を甘やかす行為に幸せを感じていた。
彼女の隠された性癖が開花してしまったのだ。
「これが間違った感情だというのには分かっています。何故なら、他でもない私が
千早は馬鹿ではない。
その頭脳は極めて優秀であり天才の名を欲しいままにしてきた。
だからこそ、その優秀な思考回路で導き出した答えは何度計算しても同じ結論になる。
「ーー私は温水さんに親愛以上の感情を抱けませんでした」
それが全ての始まり。
もし、『男性』として温水を好きになっていたのだとすれば全ては変わっていた。
しかし、そうはならなかった。
「誰よりも男らしく私を満たしてくれる逞しく優秀な雄なのだと、頭と身体で理解していても、温水さんに対して『カズ君』という弟以上の想いは抱けずにいたんです。……だから、光希さんとの関係をズルズルとついこの間まで続けてしまいました。恋人としての時間として見たときに、光希さんの方が刺激的だったのは間違いありませんでしたから」
それこそ綾野光希と居たときの方が感情が高ぶっていたし、独占欲で嫉妬に駆られ自分を見失うことが数多くあったが、温水に対してはそんな衝動に駆られたことはない。
そのため、これはただ身体が求めているだけでしかなく、心は関係のないものだと千早は判断してきたのだが……、
「『本命』と『遊び』を比較して、『遊び』を選んだのが私です。光希さんの恋心よりもカズ君の愛おしさが上回ってしまったんです。本物の感情が偽物の関係に負けてしまいました」
それはセックスの上手さによる違いだけではなく、なんてことのない会話を温水と行い続ける毎日を続ける内に、あれほど誰にも譲りたくないと思っていた光希との毎日が、少しずつ色褪せていくことを自覚してしまったからだ。
そして、最後には光希との時間が無駄だと思ってしまった。
「ーーなら、この偽物はどんな本物の恋にも負けるわけにはいかないんです。例え、八奈見さんからすれば泥棒猫や売女としか思われなくても」
光希と恋人となったあとも犯罪を犯していた千早だ。
正攻法も純真な感情も不必要だと思えば、倫理観はもちろん何もかも捨て去る覚悟がある女なのは言われるまでもない。
「とはいえ、温水さんの中で八奈見さんの存在は余りにも大きい。それこそ妹の佳樹さんと同じくらいの比重があるのではないでしょうか?ならば、普通のやり方ではどうしようもありません」
所詮は恋愛感情というから逸脱し歪んだ感情を抱いている千早だ。
正真正銘の恋心を抱いている八奈見には敵わないと戦力分析ができた。
「ですが、温水さんの隣に居られるなら、私はもう勝ち方にだって拘りませんよ?八奈見さん?」
誰かと添い遂げるまで一緒にいたいと考えれば、それは『恋人』となり『夫婦』となるのが正道だ。
だが、千早は結果を求めるを優先すると決めた。
もう、過程も形も気にするつもりはない。
ーーそう、要するに、千早は温水の『恋人』にならなくてもいいと考えている。
「
立派になった弟を自慢したい心境に近く、『私のカズ君の凄さをよく知って欲しい!』と言う感情が生まれた。
「女性に向ける愛を自分に注いでくれるなら、それはそれで喜んで受け止めますが、別にそれは絶対ではありません。私が姉として温水さんを甘やかしても許される環境さえあれば、それでいいんです」
この事実を知り、朝雲のこれは『恋愛』ではないという人も居ることだろう。
しかし、驚愕することに朝雲は温水の子供をお腹に宿してもいいと本気で考えている。
『恋』でも『愛』でも無いにも拘わらず、していることは『恋愛』そのものであり、その極致である愛の結晶である子供の『妊娠』まで受け入れている。
それを損得勘定でもなく、一時の迷いでもなく、情念からでもない。
数多の言葉がある日本語でも、言い表すことができない想いと感情がそこにはあった。
「『恋人が温水さん』と添い遂げられるわけではありません。『温水さんを幸せにできる人』が温水さんと添い遂げられるんです。ならば、私が全てを用意しましょう。温水さんがもの足りないと思う全てのものをっ!」
温水を甘やかせるなら、ちょうどいい女を『恋人役』として彼に
心を折って支配することは千早としても、なかなか難しいと判断するしかなかったがーー千早の能力を持ってすれば不可能ではない。
今回のこれが試金石となると同時に、攻略への一手にもなりえるからだ。
既に『恋人役候補』も何人か目処は立っている。
「温水さんが私の隣に居てくださるならば、そのポジションの名前は『彼女』でも『恋人』ではなくても構いません。あるものを全ての使いお姉ちゃんがカズ君を幸せにしてみせます」
『恋人役』も。
『妻役』も。
『浮気相手役』も。
『愛人役』も。
『遊び相手役』も。
『母親役』も。
『妹役』も。
『ペット役』も。
その全てを用意してみせると、千早は断言する。
「温水さんが求めるのなら全てを取り揃えましょう。でも『姉役』だけは絶対に誰にも譲りませんからね?」
千早の中で最優先にしなくてもはならないのは、温水を弟として全力で甘やかすこと。
既に彼女の中で『恋』の勝ち負けなど二の次三の次である。
最重要なのは『姉』としてこの先も温水の隣に居続けることにあった。
「私達には『絆』があります。それは酷く歪んでいるのでしょうが確かに『恋人』以上のものが」
千早がここまで温水を甘やかすのも理由がある。
【♀️】
ある時思い至ってしまった。
千早にとって都合のいい浮気相手のような扱いをされている温水が、自らの性欲解消という理由があるとはいえ、今の状況を受け入れることができているのは何故なのか?と。
当初は見た目がそれなりに優れている自覚があったため、温水が性欲をぶつける相手として千早は最適な人材だと思っていた。
「(だから私を重宝しているのだと私は思っていたんです。ですが、温水さんの性格をだんだんと理解できるようになっていくと、『朝雲千早の事を浮気をする淫乱な女だと思って軽蔑する』くらいの倫理観が、彼にはあることが分かりました)」
それでも自分にそういった軽蔑の目を向けて来ないのは、温水が自分と同様に、どこか『姉弟』としてこの関係性を見ているのだと悟ったからだ。
「彼氏がいるにも拘わらず、自分の人並み以上の性器と性欲を受け入れて発散をさせてくれる私という存在は、温水さんにとって恩人という立場だったようですね。それこそ檸檬さんと光希さんと私、その三人によるドロドロとした恋愛のやり取りを間近で見ていた温水さんです。恋人でもない自分の性処理に付き合い続ける私が、温水さんから見ると使命感や純粋な優しさで付き合ってくれていたと、そう誤解してしまってもおかしくはありません」
負けヒロインとなってしまった彼女達の熱量を知っている温水からすれば、綾野より自分を優先する意味はないと確信していた。
そしてツワブキ高校文芸部の部員は、温水以外が全員女子だったことが温水には悩みの種だった。
ーーいつか本能に任せて、魅力的な彼女達に手を出してしまうかもしれない、と。
その全ての問題を解決してくれる千早という存在は、千早が考えている以上に、温水からすれば救世主だったのだろう。
「まさかそこまで、温水さんにとって死活問題だったとは思っていませんでした。だからこそ、温水さんの中で私の存在は替えの利かない存在となれなれたんですけどね」
それこそ、千早が週2の頻度で温水の性処理に付き合ってくれなければ、温水は文芸部の誰かを性欲に流されて襲っていたかもしれない。
それを誰よりも理解している温水だからこそ感謝の思いは強かった。
「そして私が始めた姉弟プレイで、それが偽りだとしても姉弟愛というものを理解してしまった温水さんは、無意識下なのかどうかは分かりませんが、私を『恩人』から『姉』という存在にすり替えてしまいました」
獣欲をぶつけても構わない安心できる身近な相手。
それが依存性を孕んでいたことに気付けたのは、もう手遅れになったあとだった。
「肉体関係を持つことで心の距離が自然と近くなったことと、ずっと自分を甘やかしてくれる存在を、恩人なんて他人行儀に見続けることは難しいですからね。ふふふっ、温水さんもいつの間にか私の言葉に毒されていたようです」
そんな口振りだが、千早は何よりも嬉しそうに語る。
それこそ、千早も光希との『恋人関係』という本物の恋愛よりも、温水との『姉弟プレイ』という快楽の遊びを選んだのだから。
その相手である温水と共感ができて嬉しいのだ。
だからこそ、一切の妥協はしない。
「華恋さんは男性の誰もが劣情を抱く魅力的な身体の持ち主です。そして性格も良く人当たりも男性の理想像のようなお方。温水さんでもそんな華恋さんに甘え続けられれば、あの八奈見さんよりも心を許す可能性は、充分高くなるのではないでしょうか?」
単純な比較によって心移りをする可能性は低くても、心を惑わす一手にはなる。
「ふふふっ、期待をしていますよ華恋さん。どうか八奈見さんよりも愛されるようになって下さいね?ーー飼い主になる私がそんなあなたを管理しますので」
千早は思う。
『高校生のときのようなトキメキはいらない。雄と雌が生み出す至高の悦楽と、魂が痺れるような背徳感による退廃的な堕落で、カズ君を幸せにしたい』、と。
彼氏彼女ではなく、姉弟に近しい関係性だからこその歪んだ溺愛振りだった。
「……以前の私ならば、考えるまでもなく決して選ぶこと無い選択です」
檸檬を追い掛けるために駆け出そうとする光希を、必死になって引き止めていた千早はもうそこにはいない。
周囲を自分の感情で振り回すのではなく、周囲を策略によって振り回す怪物へと変貌していた。
「大丈夫です。私の計画立案能力と調査力ならどんな人も簡単に追い込めます。あとは温水さんの包容力と女殺しのおチンポで、狙ったターゲットを抱き潰してしまえば、都合のいい女性は幾らでも作れますよ♪」
それは絶対的な確信だった。
焼塩は一番になれないのなら、何をしても最後には去っていきそうだが、小鞠辺りは元から温水に依存気味のため、快楽と損得勘定で揺さぶりを掛けて、さらに依存させてしまえばどうとでもなるだろう。
「……とはいえ、温水さんのテクニックと人柄なら檸檬さんでも拒めないかもしれません。まあ、リスクが高いので関係がバレたときに誘う程度が良いでしょうか?温水さんの欲求を叶えつつも、優先順位としては今の関係性を保つこと。自らの能力を過信して不用意に欲張るのはやめなくては」
自らの弱点も把握し、暴走することもない千早に付け入る隙はない。八奈見が知るときは全てが終わったあとになるだろう。
リスクヘッジを忘れずに有用な駒を手に入れていくそのやり方は、まるで将棋の棋士の様だ。
「八奈見さん一人と、私達複数の温水さんにとって都合のいい女の子達。最後に温水さんはどちらを選びますかね?」
自分が認めない女は排除する。認めた女も支配しコントロールを行いその行動を操り、心を支配する。
そうすれば温水の中で自分が『彼女』や『恋人』になれなくても共に居ることができる。
ーー
「私が選出し、都合良く操ることができる方なら充分許容範囲内。あの八奈見さんと戦うのなら、囲える人材は多い方がいいですからね」
高校生のときの恋に恋する朝雲千早は、『本物の恋愛』が『偽物の姉弟愛』に負けた時点で死んだ。
だからこそ、これから先は姉として温水和彦の幸せを、隣で誰よりも近くで眺めながら生きていくのだと既にそう決めている。
温水が住んでいる防音マンション着くと、自転車を降りて駐輪場からエレベーターに乗り目的の階に向かう。
チンッと音が鳴ると扉が開き、千早はエレベーターを降りて軽快な足取りで一歩一歩進む千早は、夢物語を語るように
「誰も損をせず、自ら進んで私の支配を望み、快楽で頭も心も焼かれる酒池肉林に倫理観を犯されていく……私がそんな桃源郷をーー大奥を現代に作ってみせましょうっ!動物的な交尾から生み出される快楽を、存分に享受する関係性を構築して、温水さんを中心に抱かれる女性全ての人が幸せになる、そんな私にとって都合のいい、閉じた世界をっ!!」
八奈見が進んでいる道は心踊る正道であり、朝雲が進んでいるのは
「ですが、あなたは入れてあげませんよ八奈見さん。温水さんが向ける感情も、温水さんにあなたに向ける感情も私には支配できませんから。ですので、あなた個人と私が揃えて支配する大奥の総力戦で戦いましょう?」
相手の隣に居られる特別な存在になってしまえば、その時点で恋愛では勝者だ。
それが、どれだけ歪みきった異常な関係性になったとしても、勝てればそれでいい。
「例え、一対一の勝者はそちらでも、一対多の勝負ならまだ分かりません。これからも、カズ君はお姉ちゃんのものですよ♥️」
くるくると、その場で回る千早は可憐なアイドルがダンスをしているようでもあり、壊れたブリキ人形が狂ったように動き続けているかのようでもあった。
「淡い恋心よりも本能に任せた淫楽が上回ることを、私が証明してみせますよ、八奈見さん?ーーふふっ、ふふふふっ!……あはははははははははははっ☆」
狂ったように笑いながら美しい人形は笑う。
彼女の視界に映る世界はどこまでも広がっている。
それを実現するだけの頭脳も人材も手段も全て揃っている。
あとはもう実現してしまえばいいだけ。
お誂え向きに丁度いい障害やライバルまである。
光希の時とは何もかもまるで違い。
そして比べられないほどのやり甲斐があるこの『恋愛』に、千早は人生最大の充実感で満たされていた。
「楽しくて楽しくて堪らない……っ!ああ、なんて人生は素晴らしいのでしょうかっ!?」
くるくる、くるくると回り続けて進む可憐な怪物が、突然ピタリッと静止する。目の前には既に見慣れた扉があった。
この先で行われていることなど、天才の千早ならばわざわざ考えるまでもなく理解できる。
妖しく瞳を光らせると唇を舌で一舐めし、無骨なドアノブに手を掛けた。
彼女は笑みを浮かべながらガチャリっとドアノブを捻り、躊躇なく獣達が織り成す肉欲の饗宴へ赴く。
「ーーおや、ちょうどいい時間でしたね」
本物が勝たなくちゃいけないときもきっとある。
本物=恋愛感情
偽物=姉弟プレイ
……爆速で書き上げられるとか、今までの苦労は一体……