勝ちヒロインにとって最高に都合のいい男子 作:愛甲ハマチ
前兆も無しに居酒屋で起きた衝撃のカミングアウト。
その衝撃は和やかな雰囲気を完全に吹き飛ばし、お通夜さながらの大寒波を呼び込んだ。
彼氏との惚気を言いに来た古都からすれば、この様な展開など微塵も想定しておらず、必死に千早と共に慰めたが時間制限が来てしまい解散することに。
三人でどこかへ行こうにも、今の華恋の悲しみをたった数時間で吹き飛ばせる心当たりもなく、慰めながら古都が悩んでいると千早が理知的な視線を向けた。
『華恋さんのことは私にお任せを。月之木先輩は玉木先輩と一緒にご帰宅して下さい。多分ですがあの車がそうですよね?月之木先輩は住んでいる場所も遠いのでこれで私達と別れた方が良いと思います』
『いや、でも……流石にこのまま放っておくなんてできないって。二人とも私の後輩なんだし』
『気持ちはお受け取りしますが、華恋さんは彼氏の袴田さんと軋轢が生まれてしまいました。そこに交際が順調な月之木先輩が近くに居ることは、華恋さんにとって心を痛くしてしまう可能性があります。私も二週間前に光希さんと別れたばかりですので、ここは私の方が適任かと』
『あっ、それもそうよね……ーーうん、分かった。ここは千早ちゃんに任せたわ。それじゃあ、二人ともまた今度ね』
『はい、今日はありがとうございました』
その様なやり取りを終えたあと、それから三十分ほど華恋を千早は慰め続け、華恋が哀しみから再び虚無感のようなものに襲われ始めた。
世界がまるで絶望で満たされてしまったかのような顔をする華恋に、千早は華恋の手を両手で優しく包み込み、まるで天使のような微笑みを向けてとある提案をした。
「華恋さん。気分転換の意味も込めて二次会に行きませんか?」
虚無感に襲われる華恋にそれを断る力などある筈もない。
今この場で唯一自分に寄り添ってくれている、友達からの甘い優しさを振り払うことなんて、そもそも華恋には想像することすらできなかった。
親友を除く、大学までの長い付き合いとなった信頼できる女友達からの誘いに、華恋はコクリッと頭を僅かに縦に揺らして了承する。
ーー力なく顔を俯かせていた華恋には、目の前で優しい気遣いをする友人の千早が、今どんな表情を自分に向けているのかなんて全く分からなかった。
【♀️&♀️+♂️】
「えっと、……何で俺の家に朝雲さんと姫宮さんが居るの?今までの話で俺、関係なくないか?」
「もう、そういうとこですよっ温水さん!こういうときは、男性は何も言わずに全てを受け止めるべきです!」
「え……いや、でも……俺の家で気分転換になるようなものなんて、漫画とか録画したアニメとかしかないんだけど……」
姫宮さんの気分転換会場に、何故か俺の家が選ばれてしまったこの状況。明らかな選択ミスとしか言えなくないか?
本当にこの人正気?八奈見担当が親友の姫宮さんなんだから、姫宮さんの担当も親友の八奈見がやるべきだと俺は思う。
……だって、明らかに姫宮さんに対して常日頃から迷惑を掛けているだろう八奈見は、こういうときぐらいその恩を返すべきなんじゃないだろうか?
本当に親友なんだよな?……なんか俺の中で死に設定になりつつあるんだけど。
「八奈見さんが袴田さんと喧嘩をしている今の状況で、今の華恋さんを見られると、さらに火に油を注ぐことになりかねないと華恋さんは危惧しているみたいです」
「……八奈見さんから一通りの事情は聞いてたし、あのピリピリした感じは始めて見るけど、……確かに今の姫宮さんを見たら大噴火しそうだね……」
姫宮さんは目元が赤くなっていて、流した涙のせいで化粧が少し落ちてしまっていた。
親友ならばこうなった原因を許してはおかないだろう。
うーん、でもなぁ。明らかに面倒そうな雰囲気なんだよなぁ……そもそも傷心の女の子を慰める高等技術なんて持ってないし、俺は相手として不適格じゃないか?
それにこの状態の姫宮さんを家に上げ続けたら、八奈見があとでうるさくなるのが目に見えてる。
「あの……温水君も迷惑だろうし……私、やっぱり……」
「あっ……いや、そういう意味じゃないんだよ姫宮さんっ。俺の家なんかでいいのかなって思ってさ……俺の家に居ることで少しでも心が安らげるならいつまでも居ていいから」
「……ありがとう……温水君」
思わず受け入れてしまった。
NOと言えずに流されてしまうのは悪い癖だ。そのせいで白玉さんの犯罪に巻き込まれたというのに、その反省をまるで活かせていなかった。
……それにあの天真爛漫で穏やかな姫宮さんが、まさかここまで憔悴している姿をするなんて、想像もしていなかった動揺もきっとある。
「(経緯を考えれば当然のことなんだろうけど、俺は八奈見とは違ってそう言った姿は一度も見る機会がなかったからな)」
袴田と正式に付き合うときには、八奈見も巻き込んだドラマさながらの展開が空港で生み出されていたらしい。
それこそ、袴田と付き合う前はメインヒロインブームで感情が上がったり下がったりと、常に荒ぶって乱高下していたようだ。
これは八奈見が言っていたので間違いない。
「(俺が姫宮さんと話すようになったのは、袴田と付き合いだしてイチャイチャしだしてからだから、常に幸せの絶頂期の姫宮さんしか知らないのは当たり前なんだけどな)」
それこそ二人の初対面のときに、袴田が事故で姫宮さんの巨乳を揉みしだいたようで、みんなの前で大声で文句を言ってる姫宮さんの姿も過去にはあったようだ。
それを外野から見たり聞いていた八奈見からすれば、俺が知っている姫宮さんの姿は彼女のほんの一部分でしかなかった。
「(鼻が伸びるほどに調子に乗って、得意気に姫宮さんの親友アピールしたあとに、その親友に長年恋する幼馴染みを綺麗に掠め取られた事実に打ちのめされた八奈見は、特に面倒臭かったなぁ)」
自分で自分のトラウマを抉るなんて、並の精神をする人間なら耐えられないだろう苦行だ。
「(だから、さっさと距離を取れば良かったのに……友達付き合いとは難しいものだ)」
「それこそ、温水さんは落ち込んだ女性に対する対応で言えば百戦錬磨の熟練です。きっと華恋さんの良い気分転換の相手となってくれるでしょう」
「朝雲さんは俺のこと、どんな目で見てるの?」
朝雲さんがなんかとんでもないことを、さらりと僕に押し付けてきた……何を言ってるんだこの人。
負けヒロインを慰めるプロとか何も嬉しくないぞ。
というか、他人事みたいに言ってるけど焼塩の件は朝雲さんも当事者だよね?
「……何ができたわけでもないよ。八奈見さんのときも焼塩のときも、小鞠のときだって、結局は側に居ることしかできなかったし。三人が立ち直ったのは自分で気持ちに区切りをつけて、前を向いたってだけだから、俺が居ても居なくても変わらなかったと思うよ」
「……ううん、それは違うと思う」
いつも八奈見が座っているクッションに座り、俯いていた姫宮さんは多分だけど部屋に入ってから、初めて俺と目を合わせた。
「温水君が居たから杏菜は草介に振られても、あんなに楽しそうにしていたんだと思うよ。私と話す内容も温水君のことばかりだったしね」
そう言う姫宮さんの顔には微かに笑みが浮かんでいる。
姫宮さんの言う通り八奈見から散々俺との話を聞かされていたのだろう……一体どんな話をされたのだろうか?
俺の愚痴とか?……ありえそうだな。
「流石は温水さんです!やっぱり傷心の女の子の相手をさせれば右に出る者はいませんね!」
「さっきから思ってたけど、その言い方って誤解が生まれない?なんか振られた女の子に付け入る男みたいじゃん」
「え?違いますか?」
「違うよッ!?」
なんてことを言うんだ。
何故かは知らないけど向こうからやって来るというのに。交通事故に何度も遭ってるのと違わない。
だいたい傷心の女の子に付け入るようなガツガツした男に見えるのだろうか?
一人が好きで高校まで友達0人でも全然問題ないと、心から思っていた奴なんだぞ。
……まあ、朝雲さんとの関係を言われると紳士な男とはもう言えないけど。
「そう言えば、温水さんはご飯は食べられましたか?」
「いや、まだだけど」
「だと思いました。流しに食器が無かったので多分まだなんじゃないかと。なら、私に作らせてもらえませんか?」
「それはいいけど……本当にいいの?」
「私と温水さんとの仲ではありませんか。今日も唐突に来てしまいましたのでそのお礼と謝罪も込めて何か作らせてください」
「……助かるよ、朝雲さん」
昼に袴田の件で起こっていた八奈見のストレス発散で、脂っこい料理巡りに付き合ったため、もう少し遅くでもいいかと思っていたけれど、作ってくれるなら朝雲さんに任せた方がいい筈だ。
「それなら、二人も一緒に食べない?明日の分も冷蔵庫に買い込んであるから二人の分くらいならあるよ……あー、でも、二人はもう食べてきたんだっけ?」
「う、うん。月之木先輩と三人で一緒に居酒屋で『ぐぅ~~』……~~っっ!?!?」
顔を赤くして先ほどとは別の意味で俯く姫宮さん。
八奈見で慣れているとはいえちょっと予想外だ。
「姫宮さんは感情が昂ってしまい、入店の制限時間の半分以上もの間、食べ物に箸を伸ばしてはいませんでした。お腹が空いていてもおかしくはありませんよ」
そういうことか。
てっきり姫宮さんが八奈見のような腹ペコキャラになってしまったかと思った。
ラッコは一匹で充分だ。
「ごめんね?あとでちゃんとご飯代は返すから」
「いいよ。今日はその……さ。姫宮さんも辛いだろうし俺にできることなんてないから。こんなことでいいのか分からないけど、今は姫宮さんのためになることを朝雲さんだけじゃなくて、俺もしたいんだ」
「温水君……」
高校のときなら会話をすることもない人だと思ってたけど、今は友達の一人だ。
だからこそ、少しでも友達の力になりたいと素直に思う。
「(というか、今日は元々三人での飲み会終わりに朝雲さんがウチに来る予定だったから、姫宮さんが追加で来ること自体は問題ない。今日は偶然八奈見に昼は連れ回されたけど、数日前から朝雲さんには今日の夜は自分が作るから、この日は食べないで欲しいとは言われてたんだよな)」
八奈見さんが来ない日は割りとガンガン家に来るようになった朝雲さん。
綾野の彼女でなくなったため、仮に八奈見に見られても浮気ではないからだと思う。
でも、どうやってかは知らないけど八奈見が来ない日を見極めているのか、一度もブッキングしていない。
ということは、八奈見の行動は筒抜けということだ……何故かその方法に心当たりがある……。
「(綾野と別れてから佳樹に料理の弟子入りまでしてるらしいから、料理の腕は段々と上がってるらしいんだよな。流石は勤勉な天才だ)」
住んでる場所が遠く離れているのに、どうやって弟子入りをするのかと思ったけど、どうやらテレビ通話で画面越しにやり取りをしていると聞いた。
真面目で学ぶことに余念がない朝雲さんは、『将来のために花嫁修業をしておきたいんです!料理上手な佳樹さんに教えて貰えれば間違いないと思いまして』と、言っていた。
妹の佳樹の料理の腕は十年以上積み重ねたもののため、すごく良い目の付け所だと思う。流石は朝雲さんだ。
このまま成長すれば、佳樹のようなどこに出しても恥ずかしくない、料理上手の素敵な奥さんになることだろう。
いや、佳樹にまだ結婚は早いけど。
トントンッと、食材を軽快に包丁で食材を切っていく朝雲の背中を少しだけ見たあと、俺は対面している姫宮さんと少しずつ話をしていくのだった。
【♀️】
「……少しもドキドキさせられないとなると、やはり私はそういう対象になりえないということでしょうね。ふむ、となると替え玉か、あるいは囲い込み逃げられないようにすべきでしょうか…………いえ、このまま堕落して貰い、温水さんが自ら私を求めるように依存をして貰うことが、一番効果的のような気がしますね」
綾野光希という恋人から解放された千早は、月之木古都から学んでいた恋愛戦略を活用して、温水を攻略していくための段取りを計算していく。
自分に好意を向けさせるために、周囲の人間から想い人を孤立させるあのやり方は千早にとって斬新な試みだった。
なまじ千早は天才であるがために、自分以外の周囲の人間の足を引っ張るという考えに結び付かなかったのだ。
温水の悪評を流すことはしないとしても、マインドコントロールで意識を変えていくあのやり方は、今の千早でもやれないことはない。
いや、心理学を学べば古都よりも効果的に行うことすらできるのではないかとも思っていた。
可能性は低いがそれで温水に千早のことを女性として好きになって貰えるならそれでいい。
抱いた気持ちを恋心だと錯k……自覚して貰えれば、それで全てが丸く収まるのだから。
「温水さんの世界を広げた女性が八奈見さんだとすれば、私はその世界を狭める悪い子です。でも、恋愛なんて最後にその人の隣に居た人の勝ちなんですから……仕方ありませんよね?」