その夜、御子さんの引き継いだ仕事が一段落し、営業チームのみんなで飲みに行くことになった。店は賑やかな居酒屋で、テーブルを囲むのはほとんど女性の同僚たち。俺は唯一の男性として、どこか場違いな気分だった。
(まあ、これも仕事のうちだ。気張ってやるしかないか……。)
そう思いながら、俺はとりあえずビールを注文した。グラスが届き、泡を眺めていると、隣にドスンと誰かが座った。
「山口くん、なんか元気ないわね。」
声の主は、最近産休から復帰した東海係長だった。彼女はいつものハキハキした口調で、俺の顔を覗き込む。
「いや、ちょっと気疲れしてるだけです。」
俺は苦笑いしながら答えた。黒木さんとの一夜や、御子さんの仕事のプレッシャーが頭をよぎる。
「ふーん、ならいいけど。」
東海係長はウーロン茶を一口飲み、軽く肩をすくめた。
「ウーロン茶ですか? 係長、けっこうお酒強いイメージだったんですけど。」
俺は少し話題を変えようと、グラスを指差した。
「ほら、私、授乳中だからお酒はNGなの。赤ちゃんには影響出ちゃうからね。」
彼女はさらりと答えたが、どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
「あ、そっか……なんか、すみませんでした。」
俺は反射的に謝った。授乳中の制限なんて、考えもしなかった。
「ううん、気にしないで。まあ、慣れちゃえば平気よ。」
東海係長は笑って手を振ったが、すぐに真剣な表情になった。「でも、妊娠中は食事制限とかいろいろあるけど、産後も母乳のために気をつけること多いの。お酒とかカフェインは特にね。赤ちゃんのために我慢よ。」
「へえ……そんなに大変なんですね……。」
俺は思わず唸った。彼女の言葉には、母親としての責任感と愛情が滲んでいる。
「まあ、子供のためなら苦じゃないわ。見ず知らずの小さな命が、毎日少しずつ大きくなっていくのを見るのは、最高の幸せよ。」
東海係長はそう言って、ウーロン茶をぐいっと飲み干した。
その言葉が胸に刺さった。俺は黒木さんや御子さんとの子作りを思い出し、ふと罪悪感が湧いてきた。子供を作ることは、確かに彼女たちの願いを叶える手助けかもしれない。でも、産まれた後の苦労――東海係長がさらりと語るような、日常の小さな犠牲――を考えると、俺の協力が本当に正しいのか、頭がぐちゃぐちゃになった。シングルマザーを増やすことに手を貸す自分が、どこか無責任に思えてくる。
「山口くん、何か暗い顔してるね。」
ある日、上司の東海係長が俺のデスクに寄りかかり、軽く首を傾げて尋ねた。
「あの……子供を育てるって大変なんですね……。」
俺は書類から目を上げ、ため息混じりに答えた。
「うん、そうね。でも楽しいこともたくさんあるわよ。」
東海係長は笑顔で頷き、腕を組んで俺を見下ろした。
「そうなんですか? でも、色々と制約があって大変そうですが。」
俺は少し身を乗り出して問い返した。
「そりゃ、大変よ。でもだからこそ楽しいこともたくさんあるの。」
彼女は目を細め、まるで自分の子供を思い出すように柔らかく笑った。
「例えばどんなことですか?」
俺は興味を引かれ、椅子を少し彼女の方に寄せた。
「苦労した分、達成感があるわ。子供を育ててると愛情も深くなるのよ。」
東海係長はそう言って、コーヒーカップを手に取り、一口飲んだ。
「そういうものですかね……。あの……俺、ちょっと知り合いのシングルマザーの人がいるんですけど、その人はシングルマザーを経済的に支援するって政策で出産したんですが、俺は友人として彼女が心配なんです。」
俺は少し声を落とし、彼女の反応を窺った。
「へえ、……そんな友達がいるのね。」
彼女はカップを置き、興味深そうに目を光らせた。
「ええ、やっぱりこれから色々と大変になるんじゃないかと……。」
俺は眉を寄せ、机の上のペンを無意識に弄んだ。
「そうね……大変だと思うわ。でも、その人の決断だし、尊重してあげるべきじゃないかしら?」
東海係長は穏やかに、しかしきっぱりと言い切った。
「でも、シングルマザーという選択は父親がいなくてより大変になるんじゃないですか?」
俺は少し食い下がるように問いかけた。
「そうね、でも、いいところもたくさんあるわ。例えば、シングルマザーになったことで、今まで以上に子供のことを考えるようになったわ。育児を通じて、母親として成長できた気がするし、より子供を愛するようになったわ。」
彼女は遠くを見るような目で語り、ふっと微笑んだ。
「……うーん、東海係長もシングルマザー肯定派なんですね。」
俺は少し肩の力を抜き、苦笑いを浮かべた。
「そうね。私もその選択はいいと思うわ。今の時代は一番良い選択だと私は思うわ。」
東海係長は胸を張り、自信たっぷりに答えた。
「そうですか……。ありがとうございます。」
俺は彼女の言葉に少し救われた気分で、軽く頭を下げた。
「うん、どういたしまして。」
彼女はウインクして、書類を手にデスクに戻った。
俺は少し気が楽になった気がした。「じゃあ、俺そろそろ帰るので、失礼します。」
俺は立ち上がり、コートを手に取った。
「そうね、私も帰るわ。」
東海係長もバッグを肩にかけ、颯爽と歩き出した。
俺と東海係長は店を出て、タクシーを呼んだ。
「一緒に乗っていきましょう。節約にもなるし。」
彼女は笑いながら、タクシーのドアを開けた。
タクシーが来ると、二人で乗り込んだ。
「飲み会も疲れるわね。昔よりは頻度が減ったけど。」
東海係長は窓に寄りかかり、軽くため息をついた。
「まあ、あんまり頻繁に飲むと、肝臓とかに悪いですしね。」
俺はシートに沈み込み、冗談めかして答えた。
「そう言えば、山口くんはお酒飲まなかったわね。お酒弱いの?」
彼女は振り返り、からかうように目を細めた。
「いえ、弱くはないと思いますけど、まあ、今日は飲みたい気分じゃなかったというか……。」
俺は窓の外を見ながら、肩をすくめた。
それから、係長は外の景色を眺めていた。
「あっ、忘れてたわ。」
東海係長が突然身を起こし、俺の方を向いた。
「どうしたんですか?」
俺は少し驚いて聞き返した。
「山口くん、日曜空いてる?」
彼女は期待するような目で俺を見た。
「ええ、空いてますけど……。」
俺は少し戸惑いながら答えた。
「じゃあ、模様替え手伝ってよ。」
彼女は手を叩いて、楽しげに提案した。
「模様替えですか?」
俺は目を丸くして聞き返した。
「そう、家の部屋の家具とか変えようと思ってるんだけど、男手が欲しいの。お願いできない? お金も出すから。」
東海係長は真剣な顔で、でもどこかワクワクした様子で言った。
「まあ、別にいいですけど……。」
俺は少し照れながら頷いた。
「じゃあ、決まりね。日曜は10時に迎えに行くわ。」
彼女は満足げに笑い、タクシーのシートに背を預けた。
「はい、わかりました。」
俺は小さく笑って答えた。
そして、タクシーは駅に着き、俺と東海係長は別れてそれぞれの家路についた。
日曜の朝、俺は東海係長に教えてもらった住所へと向かった。閑静な住宅街に佇む、モダンな外観のマンションが目的地だった。エントランスに足を踏み入れると、涼やかな空調と清潔なタイルの床が迎えてくれる。インターフォンのパネルで彼女の部屋番号を押し、呼び鈴を鳴らした。
「はーい、どなた?」
インターフォンから、東海係長の明るく弾んだ声が響いた。
「山口です。」
俺はマイクに顔を近づけ、はっきり答えた。
「すぐ開けるわ!」
彼女の声が弾むと同時に、ガチャリとドアが解錠された。エレベーターで指定の階に上がり、ドアの前で軽く深呼吸。ノックすると、すぐにドアが開いた。
「いらっしゃい! 待ってたわよ。」
東海係長はカジュアルなTシャツとエプロン姿で、満面の笑みを浮かべて迎え入れてくれた。彼女の後ろから、柔らかいフローラル系のルームフレグランスが漂ってくる。
部屋に案内されると、そこは驚くほど整頓された空間だった。白を基調としたインテリアに、木製の家具が温かみを添えている。奥の窓際にはベビーベッドが置かれ、小さな赤ん坊がすやすやと眠っていた。ふわっとした毛布に包まれたその姿は、まるで絵本から抜け出したようだ。
「めっちゃ可愛いですね。」
俺は思わず口にした。普段こういう言葉は社交辞令になりがちだが、この子は本当に愛らしい赤ん坊だった。ふっくらした頬と小さな手が、なんとも言えない温かさを放っている。
「ありがとう! やっと寝てくれたのよ。」
東海係長はベビーベッドを覗き込み、優しい笑顔で囁いた。彼女の声には、母親としての愛情が滲んでいる。
「じゃあ、静かに作業しますね。」
俺は声を潜め、彼女に小さく頷いた。
「うん、お願いね。助かるわ。」
彼女は感謝の笑みを浮かべ、キッチンカウンターで作業リストを手に取った。
さっそく俺たちは模様替えに取り掛かった。
「寝室の荷物をリビングに移動したいの。そこのタンスとベッドから始めてくれる?」
東海係長はリストを指差し、テキパキと指示を出した。彼女のハキハキした口調に、いつもの上司らしい頼もしさが戻っている。
寝室を覗くと、大きなテレビや古風な箪笥がどっしりと構えていた。
「大きい物ばかりで悪いわね。」
東海係長は少し申し訳なさそうに笑い、髪を耳にかけた。
「いや、確かに物も多いですね。」
俺は部屋を見回し、軽く肩をすくめて答えた。
「子供が使うものをリビングにまとめようと思ってね。」
彼女はベビーベッドをチラリと見やり、母親らしい優しい目つきになった。
「なるほど、いいアイデアですね。」
俺は頷き、さっそく作業の準備を始めた。
俺たちは力を合わせて、箪笥やテレビを慎重にリビングへと運んだ。汗をかきながら家具を配置し終えると、部屋は驚くほど広々として見違えた。
「ありがとう! おかげで本当に助かったわ。」
東海係長は手を叩き、満足げに笑顔を弾けさせた。
「いえいえ、これくらいならいつでも呼んでください。」
俺は汗を拭いながら、気軽に答えた。
「じゃあ、お礼にお茶でもどう?」
彼女はキッチンに向かいながら、振り返って誘ってきた。
「ええ、喜んで。」
俺は笑って頷き、ソファに腰を下ろした。
リビングのソファに並んで座り、彼女が淹れてくれた温かい緑茶を飲み始めた。窓から差し込む日差しが、部屋を柔らかく照らしている。と、その時、ベビーベッドから小さな泣き声が響いた。
「あらあら、どうしたの?」
東海係長は慌てて立ち上がり、ベビーベッドに駆け寄った。「ミルクかしら? ごめんね、山口くん、ちょっと待ってて。」
彼女は赤ん坊を抱き上げ、服の裾をそっとめくった。そして、慣れた手つきで母乳を飲ませ始めた。俺は気まずさを感じ、視線を窓の外に逸らした。カップの湯気が揺れるのを見つめながら、できるだけ意識をそらす。
しばらくして、赤ん坊の泣き声がピタリと止んだ。
「ふう、もうお腹いっぱいみたいね。」
東海係長は赤ん坊を優しく揺らし、穏やかな声で言った。
「すみません、こんな場面で俺がいたら邪魔ですよね。」
俺は少しバツが悪そうに、頭をかいた。
「別に、気にしなくていいわよ。育児ってこういうものだし。」
彼女は軽く笑って、赤ん坊をベビーベッドに戻した。
そう言われたものの、部屋には微妙な気まずさが漂った。すると、東海係長の顔色が少し曇ったように見えた。
「あの、大丈夫ですか?」
俺は心配になって、思わず声をかけた。
「……ちょっと、母乳の出が悪くなったみたい……。」
彼女は胸元を軽く押さえ、苦笑いを浮かべた。
「それって、体調悪くなるんですか?」
俺は眉を寄せて尋ねた。
「ええ、母乳が溜まると、気分が悪くなったりするのよ。」
彼女は淡々と、しかし正直に答えた。
「なんとかならないんですか?」
俺は少し焦りながら聞き返した。
「そうね……搾乳機で母乳を搾る必要があるわ。」
彼女は冷静に答え、キッチンカウンターを指差した。
「搾乳機?」
俺は首を傾げ、彼女の指す方向を見た。
「ええ、そっちにあるから持ってきてくれる?」
「わかりました。」
俺は立ち上がり、リビングの奥に置かれた白い箱を見つけた。箱を開けると、透明なボトルとチューブが入っている。これが搾乳機か。ボトルの中には、すでに少し母乳が溜まっていて、ほのかに甘い匂いが漂ってきた。
「これですね?」
俺はボトルを手に、彼女に確認した。
「うん、ありがとう。それを持ってきて。」
東海係長は頷き、ソファに座り直した。
彼女はためらいなく服をめくり、胸元を露わにした。俺は慌てて目を逸らし、ボトルを渡すことに集中した。彼女は搾乳機を手に取り、慣れた手つきでセットし始めた。
「んん……。」
搾乳機が動き出すと、彼女は小さく息をついた。
正直、こんな場面を目の当たりにするのは気まずいを通り越して、どこか目を奪われそうだった。母乳を搾る姿は、育児の現実そのものなのに、なぜか心がざわついた。俺はカップを握りしめ、必死で視線を床に固定した。
「どうですか? 母乳、出そうですか?」
俺は気まずさを隠し、ソファの端でそわそわしながら尋ねた。
「んん……結構張ってるんだけど、なかなか出ないのよ……。」
東海係長は胸を軽く押さえ、苦しげに呟いた。彼女の顔には、疲れと焦りが混じっている。
「ねえ、……山口くん、手伝ってくれる?」
彼女は突然、俺を真剣な目で見つめた。
「えっ!? 何をですか?」
俺は思わず身を引いて聞き返した。
「乳首、吸って欲しいの……。」
彼女の声は小さく、しかし切実だった。
「いや、そんなことできませんよ!」
俺は慌てて手を振って拒んだ。頭の中では、御子さんとの過去がちらつく。
「でも、吸ってもらわないと搾乳できないの。お願い……。」
彼女はソファに身を乗り出し、懇願するように俺を見た。
「いや、でも……。」
俺は言葉に詰まり、視線を床に落とした。どうしていいかわからない。
すると、東海係長は俺の手をそっと取り、彼女の胸元に導いた。
温かく滑らかな感触に、俺は思わず声を上げた。
「ああ! すごいわ!」
東海係長は歓喜の声を上げ、腰をリズミカルに動かし始めた。
「どう? 気持ちいいでしょ?」
彼女は汗ばんだ顔で、俺を見下ろした。
「……はい。」
俺は小さく頷き、正直に答えた。
「ふふ、素直ね。」
彼女は満足げに笑い、動きを加速させた。
リビングに響く彼女の声と、肌がぶつかる音。俺は快感に流され、頭が真っ白になった。
「ああん! イク……!」
東海係長は身体を大きく仰け反らせ、痙攣した。俺も同時に絶頂を迎え、力尽きた。
「はあ……はぁ……。」
俺は荒い息を整え、ソファに沈み込んだ。
彼女は俺に身を寄せ、濃厚なキスを仕掛けてきた。舌が絡み合い、唾液が糸を引く。
「んちゅ……。」
彼女が唇を離すと、満足そうな笑みを浮かべた。
「はぁ……ありがとう。またムラムラしたら、お願いね。」
東海係長は髪をかき上げ、ソファに凭れかかった。
「……はい。」
俺は力なく頷き、放心したまま天井を見つめた。