悠里ちゃんは〇〇なんてみとめない!【更新はしばらく停止】 作:八束祐
「はいは~い、みんなお静かに~! 入学式前にまさかの緊急入院で遅れちゃった子と、このタイミングで来てくれた転校生二人~! さあ、みんなに挨拶してください~!」
間延びした声の担任の挨拶に促され一歩前に出る。
(皆さんおはようございます……春日悠里です)
私は今、学園ものには欠かせない一大イベント、入学式の挨拶の真っ最中となっており。
教壇からクラスメイトを見渡す、緊張と期待に満ちたこの瞬間。
……の、はずなのですが。
「やぁ! オラ、来夏! いっちょヨロシクやってみっかー!」
教壇の上、私の隣にいるのは、まさに某野菜人のようなテンションで自己紹介をする来夏。
……しかも、なんでか知らないけど、とびっきり可愛い女の子の姿で。
(もう、なんでもありかよ)
「はぁ……」
私は、これから始まる学園生活が、二度と平穏なものにはならないだろうと、深いため息と共に確信した。
あれは今から36万……いや、1万4000年前だったか。
まぁいい。
私にとってはつい昨日の出来事だが…君達にとっては多分随分前の出来事だ。
我らが博士こと冬坂翔子は、あっさりと言い放った。
「とはいっても悠里。 お前の身体には来夏と同じモノを埋め込んでいるからな。 そいつがある以上、来夏と一緒に行動せねばならん」
「モノ?」
思わず聞き返した。
なんか、とんでもないものを身体に埋め込まれてるって、今さらっと言われた気がするんだけど。
「ホムンクルスの核ともいえる、賢者の石さ。」
またゲームでよく聞くようなワードが出てきた。
賢者の石、ホムンクルス、性痕……こうも立て続けに常識を揺さぶられると、もはや笑えてくる。
「私の存在自体が複雑怪奇なものになってるんですから、今さら驚きませんけどね!」
私の皮肉に気づかず、博士は淡々と説明を続ける。
「お前を作る際に来夏の賢者の石を少し使っていてな。 互いが離れると、とんでもないことになるのだ」
「はいはい、どうせまた辺り一面が焦土になるんでしょ? もう何度目ですか」
私はもう半分投げやりになりながら、そう答えた。
だって、前回で嫌というほど理解させられたのだから。
「ふむ……」
再び起こる私の皮肉に、今度は博士が不満そうに鼻を鳴らした。
そして、ポケットから電卓を取り出し、まるで魔法の呪文でも唱えるようにブツブツと計算を始める。
「あーでもない、こーでもない――」
そうして、お楽しみの答え合わせとばかりに、彼女は目を輝かせて発表した。
「うん! 爆発と同時に、数百万度の高温の火球が発生し、強烈な熱線と爆風、放射線が放出されるな!」
(何が「うん!」だよ。 笑顔でとんでもないこと言ってるんじゃないよ!)
もう、頭の中はツッコミの嵐だ。
その威力、聞かなくてもわかる。 いや、あえて言わないでおこう。
口に出したら、本当に現実になりそうだ。
「……いわゆる、リトルなボーイの威力と同程度というわけだ!」
ほら、言わんこっちゃない。
「持たず、作らず、持ち込ませず、だよ! このマッドサイエンティスト!」
私の叫びに、博士はむっとした顔で言い返してきた。
「なんだと? 爆発こそあれど、理論上では冬の時代は起きないクリーンな爆発にはなるんだぞ!」
「いや、初めからその爆発自体がNGなんだよ! それは!」
肩で息を整え、ツッコミを連打する。
もう、私のツッコミメーターは振り切れている。
今日だけで、普通の人が半年で入れるツッコミの総量を超えた気がするよ。
そんな私をよそに、博士はあっけらかんと言い放った。
「まぁ、すべては来夏と悠里が一緒にいれば問題ないわけだ」
「それはそうだけど……」
隣でポカンとしている来夏を横目で睨む。
話についていけていないのは明らかだ。
「でも、わかってるんですか? 私が通うのは女子高なんですよ?」
「むろん、だからこそだ」
博士は悪魔のような笑顔でそう言ったのだ。
そうして、話は冒頭に戻り我々の奇妙な同伴登校が決まった。
ちなみに、来夏は女装をノリノリで承諾したというから恐ろしい。
「そりゃあ、あんな可愛い顔してりゃ、女装しても普通に美人で通るよね……クソっ、妬ましい!」
私は内心で舌打ちをしながら、隣で呑気に笑って挨拶をしている来夏を睨んだが、彼は全く気づく気配がない。
「は~い、随分と個性的な自己紹介をしてくれた来夏さんには~、皆さんは拍手を~お願いしますね~」
(「個性的」で済ませるんだ、この先生は……!)
来夏は拍手を受けてドヤ顔でニコニコしている。 どうやら、彼のターンは終わったらしい。
「それでは~次は悠里さん。 お願いします~」
先生の声で我に返る。 そうか、私の番だ。
入学が遅れたとはいえ、クラスメイトは皆、同じ年頃の娘っ子ばかり。
ここで変な印象を与えては、この先の学園生活に響いてしまう。
気合、入れ直さなきゃ。
深呼吸を一つすると、教壇の前に立った。
緊張で、喉がカラカラだ。
「お、おはようございます! 春日、ええと……春日悠里です!」
声が上ずってしまった。 何やってんだ私!
クラス中から、くすくすと笑い声が聞こえるような気がして、顔が熱くなる。
「えーと、入学、遅れちゃいましたけど……ええと、色々、ありまして……!」
(いや、色々ってなんだよ! 脳内でツッコミ入れてる場合か! ちゃんと説明しろ私! 入院してたって言おうよ、入院してたって!)
自己紹介のテンプレを思い出しながら、必死に言葉を紡ぐ。
だが、肝心な言葉が出てこない。
その時、視界の隅に、ドヤ顔で親指を立てている来夏の姿が映った。
「いけるぞ! 頑張れ!」とでも言いたげな、満面の笑み。
(いや、今必要なのは励ましじゃないよ! まずは君の自己紹介でハードルが上がりすぎなんだよ!)
心の中でツッコミの嵐を巻き起こしながら、私は何とか言葉を絞り出した。
「至らない点も多いと思いますが、どうぞ……どうぞよろしくお願いします!」
そう言って、私は頭を深々と下げた。
顔を上げると、クラスメイトたちはまだざわついている。
「はいは~い、みんな静かに~」
そのざわめきを止めたのは、我らが担任の先生だった。
先生は、私と来夏、そしてクラスメイトを交互に眺めると、のんびりとした口調で、ゆるく場をまとめた。
「来夏さんは~、ちょっと個性的だけどとっても元気な子ってことで~。 悠里さんは~、ちょっと恥ずかしがり屋さんなだけで、仲良くなったらきっと面白い子ですね~」
(いや、勝手にキャラ付けしないでください! そもそも私の自己紹介は半分事故みたいなものなんですけど!)
先生はそんな悠里の内心を知る由もなく、にこにこと笑っている。
そして、ポンと手を叩いた。
「じゃあ~、二人は空いている席についてね~。 クラスのみんな、改めてよろしくね~」
私と来夏は、先生に言われるままに、後ろの空いている席へと向かった。
教室のざわめきはまだ完全に収まっていないが、先生のゆるいフォローのおかげで、ひとまず自己紹介の地獄からは解放されたようだ。
先生に促され、私は来夏と一緒に、教室の一番後ろの空席へと向かった。
窓際の席、窓から差し込む光が眩しい。
ああ、やっと地獄の壇上……いや、教壇から解放された。
席に座ると、どっと疲労感が押し寄せてくる。
「悠里! 今の自己紹介、面白かったぞ! 変な言葉、いっぱい出てた!」
隣に座った来夏が、さっそくキラキラした笑顔で話しかけてくる。
(いや、褒めてないだろ! どんだけポジティブなんだよこいつは!)
心の中で即座にツッコミを入れたが、来夏の能天気な笑顔を見ていると、なんだか力が抜けていく。
……まあ、これも、この子と一緒にいなければならないという運命の一部、なのだろう。
少しだけ落ち着きを取り戻し、私は軽く来夏に返事をした。
「……ありがと。 ねぇ、これからよろしくね」
そう言って、私は後ろの席に座っているであろうクラスメイトにも挨拶をしようと、振り返った。
その瞬間、私の動きが固まる。
そりゃそうだ。
そこに座っていたのは、見慣れた白衣だった。
いや、白衣だけじゃない。
そこには、にこやかに微笑む、我らが博士、冬坂翔子の姿があったのだ。
「なんで、ここにいるの!?」
脳内ツッコミが、この日何度目かの絶叫をあげる。
博士は、悠里の驚きに気づいているのかいないのか、涼しい顔で答えた。
「何を驚いている、悠里。 私もお前たちと同い年なんだから、ここにいるのは当然だろう?」
その言葉に、隣の来夏は目を輝かせて歓声をあげた。
「やったー! 博士も同じクラス! これでいつでも一緒にいられる!」
「いや、よくないだろ!」
悠里の心の声とは裏腹に、口から出たのはか細い悲鳴だった。
頭の中が真っ白になる。
博士は年上のお姉さん的な存在だと思っていたのに、まさかの同級生。
来夏は喜んでいるが、私にとっては地獄でしかない。
「なぁ、悠里よ。」
いつになく真面目な顔をした博士が、真剣な口調で問いかけてきた。
「なんですか、急に」
「転校生とかが来るイベントで、よく『そこの席に座って』って、空いてる席を指定されるだろう? ……あれって普通に考えて、席がいきなり空くことはないよな?」
「……は?」
「私もびっくりだったよ。 普通に朝登校したら、目の前の席が空いていたんだからな。」
その大真面目な顔を見て、頭を抱えたくなった。
「どこに行ったんだ、藤林さんと猿渡さん……」
(いや、そういうことを大真面目に考察するな! 確かにホラーだけど!)
確かに怖いけど、今ツッコむべきはそこじゃない!
私の様子に気づいた担任の先生が、教卓からゆるい声で注意を促した。
「は~い、来夏さんも悠里さんも、お席についたらおとなしくしましょうね~。 もうすぐホームルームが始まりますよ~」
その一言で、悠里のパニックは強制終了させられた。
先生に言われるがまま、私は改めて席に座り直す。
来夏はまだ嬉しそうにしているし、後ろからは博士の『そうか宇宙のすべてが、うん、分かって……来たぞ……』という不穏な声が聴こえてくる。
(私の学園生活、本当にどうなるのよ)
改めて、平和な学園生活が夢物語であることを痛感したのであった。