※この作品はR-18です。

悠里ちゃんは〇〇なんてみとめない!【更新はしばらく停止】   作:八束祐

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◆1章ー3 悠里ちゃんは幼馴染が変わっているなんてみとめない!

 ―ルーデル女学院―

 

 大正15年の創立以来、激動の昭和、平成、そして令和の時代までを駆け抜けてきた名門のお嬢様校。

 良家の子女が通う格式高い学園だ。

 

 そんな学園のモットーは、少し変わっている。

 

 『わたしには、これという秘訣はなかったのだが?』

 

 これは初代学長が苦労して学園を創設した後に、新聞記者に成功の秘訣を尋ねられた際の言葉だという。

 よほどその質問が気に入らなかったのだろうと、その一言からよくわかる。

 

 このモットーには「自らの努力を軽々しく語るな、常に謙虚であれ」という教えが込められており、生徒たちはみな、その精神を胸に学園生活を送っている。

 

 お嬢様と聞けば、多くの人間はこう思うだろう。

 皆が皆、紅茶を片手に優雅に談笑し、微笑ましい学園生活を送っている、と。

 

 このルーデル女学院においても、九割の生徒はまさにその通りの生活を送っている。

 だから、そのイメージはあながち間違ってはいない。

 

 だが、どんな世界にも例外は存在する。

 どんなに完璧に見える場所にも、アウトサイダーは生まれ、ドロップアウトする人間は必ず現れる。

 

 そう、お嬢様という人種も、例外なく――

 

 そのままホームルームが始まり、私と来夏のためのクラスの委員長や係が誰であるかなどの説明が淡々と進められていく。

 私はその間、後ろの席の博士や来夏に話しかけるわけにもいかず、ただぼんやりと黒板を眺めていた。

 

 そして、ようやく待望のチャイムが鳴り響き、最初の休み時間が訪れた。

 

 教室は、それまでの静けさが嘘のように、一気に賑やかになる。

 ホッと息をついたのも束の間だった。

 

「ねぇ、春日さんって病気で入院なさっていたのでございますか?」

「転校してきた来夏さんってどういったご関係なのかしら? もしかして……春日さんの恋人?」

「まぁ、それにしても、あんなに可愛らしい方がいらっしゃるなんて、驚きですわよね!」

 

(いや、お嬢様たちの質問、めっちゃ遠慮ないな!?)

 

 超がつくほどのお嬢様たちが通うこの学園では、微笑ましい学園生活の裏で、刺激に飢えた好奇心が渦巻いていたのだ。

 

(質問攻めどころか、ほぼ尋問だよこれ!)

 

 悠里と来夏の席の周りには、あっという間に人だかりができた。

 皆、丁寧な口調ではあるが、質問の鋭さはまるで記者会見だ。

 悠里はたじたじになる。

 どう答えていいか分からず来夏を見ると、彼はただ笑顔で「えへへ」と笑っているだけだった。

 

(助けてよこの状況! ていうか、「恋人」って、お嬢様口調だと余計に響くんですが!?)

 

 悠里が内心で悲鳴を上げた、その時だった。

 

「ちょっと、どいてくれないかしら?」

 

 人垣をかき分けるように、一人の女子生徒が割って入ってきた。

 その声は、周りの喧騒を切り裂くような、芯のある声だった。

 

 彼女は、まるで創作の悪役令嬢が実体化したかのような、堂々とした態度で悠里の前に立つ。

 

「紅葉さん、今、わたくしたちが春日さんとお話中なんですけれど?」

 

 一人の生徒が抗議の声を上げると、周りからも「そうですわ」「そうですわ」と非難の声が上がる。

 

「あら、ごめんあそばせ。 でもね、わたくしが頼んでいるのですから、少しお譲り頂けても、よろしくって?」

 

 そう言って、彼女は微動だにしない。

 周りの生徒たちも、紅葉の迫力に押されたのか、それ以上は何も言えないでいる。

 私はただ、その場の空気に気圧されるばかりだった。

 

 彼女は私を一瞥すると、周りの生徒たちなど眼中にないとばかりに、私の腕を再び掴んだ。

 

「悠里さん、少しお顔を拝借してもよろしくって?」

 

 その声は丁寧な響きだが、有無を言わせぬ命令に他ならなかった。

 私は抵抗することもできず、周りの視線の中、彼女に連れられて教室を出た。

 

 どこへ連れて行かれるのだろうかと思っていると、私と彼女に並走している存在に気づく。

 

 ――来夏だった。

 

 まるでついてくるのが当然とでも言うように、当たり前のように隣を走っている。

 一応二人の有効範囲内ではあると博士に計算はして貰ってはいるがいつどうなるかわからないもんね。

 

 その唐突な銀髪美人の出現に、彼女は足を止め、驚きに目を見開いていた。

 

「お前、悠里連れてどこに行く?」

 

 来夏が指差しながら、まっすぐに問いかける。

 その言葉に、彼女はハッと我に返ったように私を振り返った。

 顔には、驚きと、どこか困惑したような表情が浮かんでいた。

 

「……悠里! やっぱりあんた悠里なのね!」

 

「もしかしたらとは思ってはいたけど、紅葉ちゃん?」

 

 彼女の口から私の名前が出た瞬間、私もようやく彼女の正体に確信が持てた。

 顔立ちこそ幼い頃と変わらないが、切れ長の瞳とどこか冷たい雰囲気から、全く別人だと思い込んでいたのだ。

 

「紅葉ちゃん! なんでここにいるの!」

 

 私が思わず叫ぶと、紅葉ちゃんも一気に素の表情に戻り、呆れたようにため息をついた。

 

「それはこっちのセリフよ。 あんたこそ、いきなり引っ越して連絡もよこさないで、何でこんな変な子と一緒に行動してるのよ」

 

(いや、そっちこそ何で悪役令嬢みたいな登場したのよ! ていうか、「変な子」って、来夏のことか!)

 

 互いにツッコミを入れ合うように言い合いを始める私たちを、来夏はただポカンと見つめていた。

 

「悠里、その子、知り合いなのか?」

 

 来夏の問いかけに、私は大きく頷いた。

 

「知り合いどころじゃないよ、来夏。 この人は私の幼馴染で……」

 

 そこまで言って、私はハッとした。

 来夏にとって、私が誰かと仲良くしているのは、あまり見慣れない光景なのだろう。

 彼の表情には、羨望のような、少し寂しそうな色が浮かんでいた。

 

(あ、しまった)

 

 来夏は、私と紅葉を交互に見ながら、どこか寂しそうな声で呟いた。

 

「悠里に、そんなに仲の良い子がいるなんて知らなかったー……」

 

 その言葉に、胸がチクリと痛む。

 私は慌てて、来夏に言い訳をするように口を開いた。

 

「い、いや、紅葉ちゃんとは幼馴染なだけで……!」

 

「あら~? 悠里さんは初めてのキスの相手の事も忘れちゃったのかな~?」

 

 そう言いながら、紅葉ちゃんは私の後ろから腕を回し、抱きしめるようにして呟いた。

 耳元で囁かれたその言葉に、私の思考回路は完全にショートする。

 

「ちょ、ちょっと待って! あれは紅葉ちゃんが『いいこと教えてあげる』って言って、無理矢理……!」

 

 私は必死に反論しようとするが、言葉が上手く続かない。

 今の紅葉ちゃんは、クラスメイトに見せていた「悪役令嬢」の姿ではなく、私だけが知る、意地悪でタチの悪い幼馴染の顔をしていた。

 

「……………」

 

 ふと、隣にいる来夏の気配が消えたことに気づく。

 恐る恐る来夏の方を見ると、彼は顔面を蒼白にさせ、固まって動かなくなっていた。

 

「来夏?」

 

 私の呼びかけにも、彼は反応しない。

 まるで、時間が止まってしまったかのように、その場に立ち尽くしている。

 

 静寂を破ったのは、来夏から発せられた、蚊の鳴くような声だった。

 

「……らい」 

 

 え?

 

「お前嫌い!」

 

 その言葉は、紅葉に向けられていた。

 

「来夏の敵!」

 

 そう言うと、来夏はまるで紅葉に背を向けるかのように、私の背後に隠れた。

 その表情には、幼い子供が嫌いなものを見たときのような、純粋な嫌悪感が浮かんでいた。

 

(え、来夏の敵!? なにそれ!?)

 

 私は来夏のあまりに突拍子もないセリフと行動に、再び思考が停止する。

 紅葉ちゃんは、来夏のまさかの反応に、驚きと呆れが混ざったような顔で固まっていた。

 

「……は? なによ、その反応。 だいたいアンタ、悠里の何なのさ」

 

紅葉ちゃんが不機嫌そうに言い返すが、来夏は私の背後から一歩も動こうとしない。

 

(いや、来夏! そこは冷静に「キスの相手ってどういうこと!?」ってツッコむところでしょうが! なんでいきなり敵認定してるのよ! しかも「嫌い」って、子供か!)

 

 私は、二人の間で板挟みになりながら、このカオスな状況をどう収拾すればいいのか、頭を抱えるしかなかった。

 

「来夏こいつ嫌い! 悠里と仲いいから嫌い!」

 

 来夏は私の背後から顔をひょっこり出し、紅葉ちゃんに向かって、わざとらしいほど大げさに「あっかんべー」をしてみせた。

 そして、ふん、と明後日の方向を向く。

 

(……はい、子供でしたー!)

 

 私は、二人の間で板挟みになりながら、このカオスな状況をどう収拾すればいいのか、頭を抱えるしかなかった。

 すると、紅葉ちゃんは怒るどころか、フッと小さく笑みをこぼした。

 

「ふふ……、面白れー娘」

 

 紅葉ちゃんの表情には、先ほどの冷たい表情はどこにもなく、まるで珍しいおもちゃを見つけた子供のような、無邪気な好奇心が浮かんでいた。

 

「なによ、その反応。 アンタ、悠里の何なのよ、ほんと」

 

 紅葉ちゃんは、来夏を警戒する様子もなく、むしろ目を細めて面白そうに眺めている。

 

(いや、来夏が「嫌い」って言ってるんですけど!?)

 

 悠里が内心で叫んだ、その時だった。

 

「来夏は、悠里の……仲間!」

 

 来夏は私の背後から一歩前に出ると、紅葉ちゃんを指差しながら、得意げにそう言い放った。

 そして、私を庇うように胸を張って立つ。

 その姿は、まるで絵本の主人公のようだった。

 

(な、何を言い出すの、この子は……!)

 

 あまりの展開に、私はもうツッコむ気力すら失っていた。

 紅葉ちゃんは、来夏のその言葉に、今度は堪えきれないといったように声を出して笑った。

 

「くくく……、くふふふふ!  仲間、ですって! 面白いわ、面白すぎる!」

 

 紅葉ちゃんの笑い声が、静かな廊下に響き渡る。

 彼女の笑う姿を見たのは、本当に久しぶりだった。

 来夏は、紅葉ちゃんの反応に満足したのか、得意げな表情で胸を張っている。

 

 紅葉ちゃんは、笑いながら両手を上げて、降参のポーズをとった。

 

「おーけーおーけー。 降参! あんたに敵意を向けるつもりはないから、安心しな」

 

 そう言って、紅葉ちゃんは来夏に目を向けたまま、私に話しかけた。

 その口調は、完全にいつもの「あたし」に戻っていた。

 

「あたしは別に、悠里に何か悪さしようってわけじゃないから。 ただ、久しぶりに会ったあんたが、あたしの記憶の中の悠里と一緒か、ちょっと確かめたかっただけよ」

 

 紅葉ちゃんの言葉に、私は呆然とする。

 呼び出した理由が、そんなに平和なものだったとは。

 

(なんだ、それだけ!? なんか知らんけど、とんでもない茶番に付き合わされただけだったのか!)

 

 私は思わず、ドッと疲労感が押し寄せるのを感じた。

 来夏は、紅葉ちゃんの言葉を聞いて、まだ不審そうな顔をしながらも、警戒を解いたようだ。

 

「そうなのか? じゃあ、悠里をいじめないか?」

 

 来夏が尋ねると、紅葉ちゃんはフンと鼻を鳴らした。

 

「いじめないわよ。 ただの確認。 まさか、子供の時の記憶以上に面白いことになってるとは思わなかったけどね」

 

 そう言って、紅葉ちゃんは来夏と私を交互に見て、満足そうに微笑んだ。

 

 「なんだ、良かった……。 なら、来夏の敵じゃないな!」

 

 満面の笑みでそう言う来夏に、紅葉ちゃんは呆れたような、でも少し楽しそうな表情を浮かべている。

 

 その紅葉ちゃんの顔を見て、私はふと、昔の彼女を思い出した。

 

 幼い頃の紅葉ちゃんは、今の彼女からは想像もつかないほど、可憐な少女だった。

 物静かで、いつも私の後ろを金魚の糞のようについて回っていた。

 それが、いつからこんなに強気で、人を試すような子になってしまったのだろうか。

 私はそれが悲しいよ……

 

 私が昔の記憶に浸っていると、紅葉ちゃんが軽く「コホン」と咳払いをした。

 

「それで、確認は済んだから、もういいわよね?」

 

 その言葉に、私は我に返る。 そして、紅葉ちゃんの小さな咳に、さっきから感じていた違和感が蘇った。

 

「ねぇ、紅葉ちゃん。 ……病気は大丈夫なの?」

 

 私の問いに、紅葉ちゃんの表情が一瞬だけ固まった。

 

 「ん、病気はとっくの昔に完治してるわよ。 ……心配してくれてるなら、ありがとね。」

 

 そう言って、紅葉ちゃんは安心させるように小さく微笑んだ。

 

「なら、いいんだけど」

 

 私はホッと息をつく。

 来夏は紅葉ちゃんの言葉を聞いて、再び警戒を解いたようだ。

 

「そういえば、紅葉ちゃんと私がどうして幼馴染なのか、来夏は知らないよね」

 

 私は来夏と紅葉ちゃんを交互に見ながら、語り始めた。

 

「紅葉ちゃん、子供の頃に大きな病気をしてたの。 それで、治療のためにこの学校の大学病院によく来てたのよ。 私の父さん、医者さんだったから」

 

 私たちは、私が通っていた公園でも、幼稚園でもなく、父が勤めていた病院で出会った。

 紅葉ちゃんは、いつも白衣の父に連れられて、病院の待合室で静かに絵本を読んでいた。

 可憐で、まるでガラス細工のような女の子だった。

 

「その時に、仲良くなったの。 だから、紅葉ちゃんは幼馴染っていうか家族みたいなものよ」

 

 私はそう言って、来夏に笑顔を向けた。

 来夏は、私の言葉を聞いて、目をキラキラさせて頷いた。

 

「へぇー! じゃあ、来夏が悠里の仲間になったみたいに紅葉も悠里の仲間なんだな!」

 

 来夏の言葉に、紅葉ちゃんは呆れたように肩をすくめた。

 

「ちょっと、あんたとは違うんだけど……。 まあ、悠里がそう言うなら、あたしは別にいいわよ」

 

 そう言って、紅葉ちゃんはもう一度満足そうに微笑んだ。

 

 その様子を見た来夏は、すっかり安心したように笑っていたが、私は一つの疑問が頭から離れなかった。

 

「ていうか、紅葉ちゃん。 なんでルーデル女学院にいるの?」

 

 私の問いに、紅葉ちゃんは少しだけ気まずそうに目を逸らした。

 

「……別に、あんたに言う必要ないでしょ」

 

「それなら別にいいんだけど……紅葉ちゃんならもっとすごいとこに行くもんだと思ってたからなぁ」

 

 紅葉ちゃんの家がこの辺りじゃ一、二を争うでっかいグループ会社をいくつも持ってるお金持ちだということを知っていた。

 だから、彼女がルーデル女学院にいることは理解できる。

 でも、紅葉ちゃんの性格なら、もっと別の世界的に有名な超名門校にいると思っていたのだ。

 

 そんな私の内心を知ってか知らずか、紅葉ちゃんは急に明るい声を出した。

 

「まぁ、細かいことは気にすんな! それより、久々の再会を祝おうじゃないの!」

 

 そう言って、紅葉ちゃんは私の腕を引っ張ろうとする……と思いきや、私の背後から回り込むようにして、ギュッと抱き着いてきた。

 

「紅葉ちゃん!?」

 

 驚いて声を出す私に、紅葉ちゃんは耳元で囁く。

 

「……あたし、あんたに会いたかったんだから。 早く、ちゃんと話しましょ」

 

 その声は、悪役令嬢でもなく、意地悪な幼馴染でもなく、ただ私に再会できたことを喜んでいる、昔の紅葉ちゃんの声だった。

 紅葉ちゃんの少し大人っぽいようなセリフと声を耳元で囁かれている。

 

 そう思った瞬間、私の体の中を、何かが駆け巡るような感覚に襲われた。

 

 体温が、急激に上昇していく。

 心臓が、ドクドクと不気味な音を立て始める。

 全身の血が沸騰したかのように熱くなり、頭がクラクラとして、視界がぐにゃりと歪んでいく。

 

(な、に……これ……?)

 

 あまりの熱さに、紅葉ちゃんの腕を振り解こうとするが、体に力が入らない。

 まるで、高熱を出したときのように、体が鉛のように重い。

 

「悠里!?」

 

 来夏の焦った声が聞こえた。

 その声に、紅葉ちゃんが慌てて私を解放する。

 

 紅葉ちゃんの腕から解放された私の体は、支えを失って、前のめりに倒れそうになる。

 

 そして感覚で理解した。

 自分がホムンクルスであるという事を……

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