※この作品はR-18です。

リスタート:過去へ戻って孤高な女達を手駒にして現在の危機を打破する   作:霧江

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出勤

時間は矢の如しとはよく言ったものだ。

俺が釈放されてから色々とやっている間にも、時間は正しく矢のごとく、留まることを知らずに流れていった。

それで気がつくと、あっという間の一週間が過ぎている。

俺はその事実に困惑した。

 

「本当にこの日が来てしまったよ。」

 

本当に永遠に終わりそうになかったこの一週間が終わるとは。

ということは、俺が岬と話していた休暇が終わったっということを意味する。

 

「ふうう、出勤かあ。」

 

俺は鏡の前でスーツの着付けをしながら溜め息を吐いた。

まさか、まさか、本当にこの日が来るとはな。

何だか胸がドキドキして、ソワソワが止まらない。

俺としては前もって覚悟をしたつもりだったけど、本当は全く心の準備なんて出来ていなかったようだ。

くっ、自分ながらもこれは情けがないと思う一方で、ある意味は仕方ないという気持ちも混在する。

だって、世界Aの俺は定職に就かずに、日雇いの仕事ばかりを転々していたからな。

そんな俺がいざ働くとして、こういうまともな定職。

しかも、定職の中でもトップレベルに定職(?)である弁護士で仕事を始めることになったのである。

 

「こんなの緊張しない方が無理だよ......」

 

気持ちとしては今日も休みたいな。

岬に言ったら、普通にOKはしてくれるだろうけど......

でも、今日休んだところで、いつかは仕事に出ないといけない。

だから、今日休むというのも無しだよな。

 

「だけど、このまま仕事が出来るとも......」

 

そんな風に俺が少し現実逃避をしているたところで、外から岬の声がした。

 

「英二、まだなの?」

 

俺のことを急かす岬の声。

岬は既に準備が終わっているらしい。

その声を聞いてやっと俺は少し落ち着きを取り戻した。

 

「もう少しだけ待ってくれ。直ぐに出るから。」

 

俺は一旦岬に一言返事をしてから、静かに呼吸を整えた。

流石に岬にこんな俺の情けない姿を見せられないからな。

そこはちゃんとしておかないと。

しばらく、深呼吸をすると不思議と、俺の心が落ち着きを取り戻した。

ということで、俺は黙々とスーツの着付けを再開した。

 

「ふむ、こんなものか」

 

一通り、スーツを着てからのこと。

俺は鏡の中の自身をみた。

そこにはビジネススーツを着込んだ男の姿が移っている。

何と言うか、自分で言うのもなんだけど、そこそこ様になっているんじゃないかと思った。

 

「俺の主観としてはこれが実質始めてスーツだけど、ぎこちないって感じは特にしないな。」

 

スーツをあまり着ない人は一目に分かると聞いていたけど、そんな感じも特にしなかった。

世界Aでは一回も着たことがなかった俺だから、ちゃんスーツの着付けが出来るか不安だったけど、そこは特に問題がなかったようである。

まあ、世界C、D、Eでは何千何万回と着てきたからな。

感覚としては、まるで自転車にでも載るような感覚だった。

 

「後はネクタイだけど......」

 

でも、俺は別のところで躓くことになった。

ネクタイをつかんでみたものの、これについてはスーツのようには行かなかった。

俺って何千何万回とスーツを着ていたはずなのに、何故かネクタイの締め方は分からないらしい。

そこから色々とネクタイを締め方を試してみたけど、どうも上手く行かなかった。

俺の手ではどうしても不格好にしかならない。

結局、これ以上岬を待たせると怪しまれそうになると思ったから、俺はネクタイを締めるのを諦めて部屋を出た。

 

「やっと出た!英二遅いの!」

 

すると、そこには俺と同じくスーツ姿の岬が俺のことを待っていた。

岬は俺を見ると、ぷんすかと不満を表してくる。

中々可愛らしい怒り方だった。

雰囲気からすると、岬はそこまで怒っていたりはしないようだ。

 

「ごめんごめん。」

 

俺は岬に一言謝る。

 

 

「もう、早くこっちにきてなの。」

 

すると、岬は俺のことを手招きしてきた。

俺はいわれた通りに、岬に近づく。

俺が岬の側に行くと、岬は唐突に俺に手の平を見せてきた。

何か渡せという意味だろうけど、どういうことだろうか。

 

「?」

 

俺は岬の行動の意図が何か分からずに少し放心状態になる。

いったい何を差し出せばいいのだと悩んでいると、岬は耐えかねたのか、俺に一言申してきた。

 

「ネクタイ。」

 

どうやら、岬の手はネクタイを渡してという意味だったらしい。

俺は岬に言われるがまま、ネクタイを渡した。

そこでやっと俺は自分がネクタイを結べなかった理由に気付いた。

世界C、D、Eの俺は皆、岬にネクタイを結んでもらっていたのである。

全く俺だけど横着なやつらだと思った。

 

「英二、じっとしてて。」

 

俺は岬にいわれるがままに、動かずにそのまま立ちっぱなしの状態で待機する。

岬はそんな俺に近づいて、慣れた手付きでネクタイを結び始めた。

そして、その姿を観察して感じたことだけど。

 

「......」

 

とても形容しがたいけど、これは凄く良かった。

世の中の男がこれをロマンにしている理由が分かった気がする。

岬は俺より背が低いのがけど、それのせいで上目使いで俺のことを見上げながらネクタイを結ぶ岬の姿はとても魅力的だった。

これは本当に我慢ならない。

俺は思わず岬のことを凝視してしまった。

岬はそんな俺の視線に気付いたように俺のことを見つめてくる。

 

「何?どうしたの?」

 

「やっぱり、岬は綺麗だなと思って......」

 

「ふふっ、ありがとう。」

 

俺の言葉に岬は満更でもなさそうに軽く笑って見せた。

そして、その笑みがまた俺の心は撃ち抜く。

俺は今の感情に導かれて、そのまま岬に軽く口づけをする。

岬は唐突な口づけだったにも関わらず、避けることなく俺のキスに答えてくれた。

そこで俺は即座に世界C、D、Eの俺の気持ちを理解した。

これは毎日でもやってもらいたいかもな。

俺はそういう気持ちを込めて、再び岬にキスをしようとした。

しかし、その時。

 

「二人ともいちゃいちゃは後にしてくれる?遅刻しちゃうから。早く朝ごはん食べなさい。」

 

急に美鈴の声が聞こえた。

美鈴は呆れたような目で俺たちのことを見ている。

まあ、先ほどまで遅刻とか何とか言っていたのに、二人でいちゃいちゃしだしたのだから、そんな目になることも分かる。

 

「はあい」

 

「はい」

 

俺たちは美鈴が用意してくれた食事を食べ始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

朝食を食べてからのこと。

俺たちはそのまま職場へと向かった。

俺の事務所は徒歩で10分距離ということもあり、基本的には徒歩移動とのこと。

それで事務所までの道のりは、始終二人で手を繋いで事務室へと向かうことになった。

 

「えへへへ、久しぶりの英二と出勤楽しいの。」

 

何故か妙にるんるんとした岬。

岬は朝からずっと気分が良さそうに見えている。

そんなに俺と出勤することが楽しいのだろうか?

いくらそうなんだとしても、仕事しにいくだけだけど......

そこまで楽しくなる要素があるのだろうか?

 

「そうなの?」

 

俺はそんな気持ちを込めて、岬に質問した。

 

「うん!」

 

そんな俺の問いに岬は力強く即答した。

そこまで楽しみにしているのか......

俺と一緒に行動するとは言え、普通に仕事をだぞ?

そんな楽しいものでもないだろうに。

俺は色々と言いたいことがあったものの、岬の笑顔を見た瞬間言葉を失った。

まあ、岬が楽しいそうだし、良いかという気持ちになったのである。

 

「到着!」

 

それから5分後、俺たちはあるビルの前に着いた。

そのビルはかなり小綺麗な感じのところだった。

立地も住宅街近くで静かで良さそうって感じのビル。

言わば、何の変哲もないビルだったけど、一つ独特なところがあった。

それは俺の事務所の看板がないという点だった。

世界Eの俺は全く広告をしてないとは聞いたがここまで徹底しているとは驚きである。

 

「じゃあ、入るか。」

 

「うん!」

 

相変わらず謎にハイテンションな岬。

俺は岬の後について、ビルの中へと入った。

ビルのなかに入るや否や岬は郵便箱をチェックした。

当たり前だけど、事務所の郵便箱自体ははあるらしい。

 

「郵便物なし!」

 

「OK」

 

でも、郵便物はなかったとのこと。

というと、今日は郵便での依頼はないみたいだ。

郵便を確認してから、俺たちはエレベーターに乗り、事務所へと上がっていく。

俺はエレベーターのテナント名をチラッと確認してみたけど、そこでも俺の事務所のテナント名はなかった。

世界Eの俺は本当に秘密主義のようだ。

俺がそんなことを考えていると、岬が扉の前に向かった。

 

「えと、鍵が......」

 

どうやら鍵を探しているらしい。

岬はしばらくパウチの中を探してからカードを一枚取り出した。

そして、その鍵を扉の横の端末にかざした。

ピッという音と共にロックが解除されて、俺はそのまま扉を開けた。

そして、事務室の全貌を確認したときだった。

 

「うっ。」

 

俺は微弱な頭痛を覚えた。

そして、その原因は記憶だった。

事務所を見たことで記憶が蘇って行く。

何千回も来た部屋を見たことをトリガーとして、仕事に関する記憶がよみがえったのである。

 

「英二?どこか痛いの?」

 

岬は急に硬直した俺を心配そうに見ていた。

 

「いや、大丈夫、部屋の熱気当てられて少しぼうっとしただけだよ。」

 

「そう?そんなに暑くないと思うけど?」

 

岬は俺の言い訳に少し変な目を向けて来たけど、何とか納得し手もらえた。

しかし、こんなことが起こるとはな......夢にも思わなかったな。

どうやら、仕事の記憶というものは、日常の記憶よりはっきりと残るものらしい。

でも、これは好都合だ。

これなら俺にも普通に仕事が出来るという訳だ!

そう思った俺は、俄然仕事に関する意欲が湧いてくることを感じた。

よし、やってやるぞという気持ちになった俺はそのまま仕事を開始する前のルーチンワークを開始した。

まずは事務室の電気をつけて、エアコンをつけて、コーヒーのためのお湯を沸かしてと。

そこまでした後に俺は自分の席へと着いた。

そして、自分のデスクトップを立ち上げる。

世界Eの俺の記憶によると、朝はメールをチェックすることが大事らしい。

基本的に外部の仕事はメール依頼が多いみたいだ。

俺は記憶のなかにいるパスワードを打ち込んで、自身宛に来たメールを確認した。

 

「......」

 

一通もないのか!

折角意欲的になったというのに......

でも、まだ次もある。

俺は次の順番である電話のチェックをした。

だが、電話をチェックしたところで、そこでも何もなかった。

でも、でも、俺たちの事務所の窓口はこれだけではない。

まだ次の次がある!

 

「岬、美鈴から何かなかったの?」

 

俺は岬に美鈴からの依頼がなかったのかを確認を取った。

基本的に俺たちの事務所は美鈴の個人弁護士みたいなことになっているらしく、これが主な業務とのことらしい。

投資家である美鈴の法的問題の解決。

いかにも弁護士らしい仕事ではないか。

ドンと来い!

 

「お母さん、今日は特に何も無いって。」

 

これで俺の弁護士としての初戦とすると、意気込んでいた俺の心は、岬の言葉に撃墜された。

俺の意欲はそこで消えたのであった。




この夏、アホな私は2度目の食中毒にかかりました。
辛い、本当に死んじゃうぅううう。
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