リスタート:過去へ戻って孤高な女達を手駒にして現在の危機を打破する 作:霧江
次の日、俺は小鳥の囀りで意識が戻った。
俺の地獄のような現実とは裏腹に、世界は変わらず平和だ。
今日も地獄の様な、悪夢のような、取り調べが続くことを想像に難くない。
目を開きたくないなと思ったが、現実逃避していても意味がない。
いや、これまでの人生が盛大な現実逃避行みたいなものだったか、苦笑しか出ない。
「ああ、起きたくねぇ。」
自然と口から漏れ出す本音。
少なくとも誰かが呼びに来るまではこのまま動かないと決心した。
少しでも、この安楽を感じ取るために…
そうやってぐずぐずとしているところで、俺は可笑しな点がに気づいた。
まず、ベッドがフカフカ過ぎる。
確か昨日は寝心地最悪の留置所の硬いベッドで寝ていたはずだ。
だけど、今、俺が横になっているベッドはあまりにもフカフカすぎる。
次に何かしらの物音が聞こえない。
ここ3日の間、留置所で生活した感じでいうと、常に何かしらの音は聞こえていた。
隣の部屋の人間の音とか、警察が出している生活音?とか、そういった音がこの空間には欠如している。
俺としては知らず知らずのうち、それらがストレスになっていたため、これが消えていることが一番気になった。
そう、現実逃避をやめるくらいには気になった。
一体、何が起こっているか理解ができなかった。
俺は好奇心に負けた。
そして、ここでやっと閉じていた目を開いた。
「ここはどこだ?」
見慣れてないようで、見たことがありそうな天井が見えた。
少なくとも、ここ数日間見てきた留置所の天井ではなかった。
一瞬、夜の間に俺が発作を起こして、病院に移送されたかと思っても見たけど、どうも違う感じだ。
これはどちらかという一般の家の一室の天井。
俺はどうも何が起きているかわからなくなった。
そして、現状把握のために周りを見渡した。
「!!」
俺は驚愕した.
俺が今いる場所は今はなき実家の自分の部屋だった。
昨日までは殺人犯として逮捕されて、留置所で寝ていた俺が、物理的にきえた場所である俺の部屋で寝ていた。
俺の実家は色々あって、親から勘当されたあの日に取り壊された。
つまり、存在し得ないものであった。
「これはあり得ない。一体何が起きている?」
俺は混乱するしかなかった。
ここが自分の部屋だなんてありえない。
だけど、俺の理性とは別に心はここが自分の部屋であることを認めている。
俺は部屋を見渡した。
見覚えのある家具、見覚えのある小物、そして、布団で隠された鏡。
俺はここが実家の自室だということを認めざるを得なくなった。
子供のころの俺は異様に鏡を怖がっていた。
きっかけは何かの怪談話を聞いてから、夜に鏡をみることが怖かったからだ。
俺は誰にもこのことを言ったことはなかった。
俺のこの癖は親さえもわかってない。
男の子として幽霊が怖いというのを誰かに知られるのは恥ずかしいことだという認識があったのだ。
本当に誰にも言ってないどころか、親にバレないように早起きして、布団を退かすのが俺の日課でさえあったのだ。
つまり、この細工は俺以外誰にもできない。
ドッキリとして仕掛けられたとしても、この鏡だけは細工が不可能である。
俺はしばらくの間、呆然と鏡の前に立っていた。
そして、何かに惹かれたかのように、鏡にかかっている布団をどかした。
すると、そこにはあり得ないものが写っていた。
「子供の頃の俺?」
そこには子供のころの俺の姿が写っていた。
俺は机に置かれたカレンダーを確認した。
「2015年4月…」
ここは20年前の世界だった。
俺は呆然とするしかなかった。
現実があまりにもあり得なかったからだ。
しかし、現実はそんな俺を待ってはくれなかった。
トントン
ノックの音が聞こえた。
「エイちゃん、起きてるの?」
母親の声だった。
それも若い頃の母親。
俺は慌てながらも何とか返事する。
「あ、うん、起きているよ。」
「じゃあ、早く降りてきなさい。ご飯冷めちゃうわよ。」
そう一言言い母親?は階段を降りて行った。
俺も言われたとおり、服を着替えて下へ降りていく準備をした。
自室のドアを開くとそこには過去の自分の家がいた。
記憶の中でそのまま出てきたかのような情景に、何だか目頭が熱くなる。
この家は俺が生まれてきた年に建てられた。
いわば、俺の兄弟みたいな家だった。
両親もあの頃はこの家を大事にしていた。
しかし、それを俺が壊させてしまった。
いや、俺がこの手で自分で壊したものだ。
俺が書いた猫の落書き。
いたずらで壊した壁。
部屋の横の柱に刻まれた俺の身長。
ここには思い出が詰まっている。
何ともないふりをして生きてきたけど、こうして無くしてしまったものを目の当たりにすると、余計にその現実が心に沁みてくる。
今にでも泣いてしまいそうな気持ちだった。
「エイちゃん、まだかかりそうなの?」
母親の催促の声に俺は気を取り戻した。
「今、いくよ。」
そう返事して俺は階段を降りることにした。
階段を降りると記憶の中でしか見れないだろう風景が広がっていた。
忙しなく朝の支度をする母と、食事の前に新聞を読んでいる父。
二度とみれないだろうと思っていた風景に俺は何も言えなくなっていた。
目の前が滲んで喉の奥が枯れていく感覚。
ここで初めて、俺は両親を恋しく思っていたことを自覚した。
「どうした。瑛二。朝ごはんたべるぞ。」
父はそんな俺をみて、ぶっきらぼうだけどどこか優しい声音で催促した。
俺は泣きそうになったけど、すぐに食卓に座った。
母も支度を終えて、食卓に座る。
美味しそうな焼き魚に、湯気立つ味噌汁、卵焼きに白米。
俺は手を合わせた。
「「「いただきます。」」」
皆んなの声が揃う。
黙々と箸を進めていく。
もともと、朝は黙々とご飯を食べるのが我が家の掟だった。
特に仲が悪いというわけではない。
どちらかというと、この時代は家族皆仲良しだった。
黙々とご飯を食べるのは朝ごはんの味に集中するため。
父親はなかなかの変人で、いくつも変なポリシーを持っていた。
そのうち一つがこの朝の沈黙だった。
父曰く、朝ごはんは命の源で1日を始める大事な儀式とのこと。
だから、朝ごはんは最大限味に集中して、よく噛んで食べる様にとのことだった。
しばらくして、食事が終わった。
いつの間にか俺は涙を流していた。
ご飯を味わって、これが夢ではない現実であることを認めた。
目の前の若い二人も現実であった。
「瑛二、どうした?何かあったのか?」
父親は驚いていた。
俺の涙をみて動揺していた。
そんな父親を見ることは初めてかもしれない。
子供の頃の俺は中々の強がりの意地っ張りで、涙を見せることは少なかった。
父を心配させるようなことは中々しない子供だった。
悪く言えば、可愛げのない子供だったのかも知れない。
そんな子供が涙を見せていたからか、父は本気で驚いたみたいだった。
父の心配そうな表情をみた俺は、何か見てはいけないものを見てしまった気分になった。
「ううん、何かご飯が美味しすぎて。涙が出る味って感じかな。」
俺は無理に誤魔化した。
しかも、本当のことを言えるわけがない。
言っても意味がないから、ニカっと笑って誤魔化した。
「そうか?確かにお母さんのご飯はうまいけど、泣くほどか?」
父は怪訝そうにしていたが、屈託のない笑顔を見て俺に何かあるわけではないことをわかってくれた。
「わかった。でも、何かあったらしっかり言うんだぞ。」
そう言い残して、父は安心した表情で支度を初めた
「変なエイちゃんね。でも、ありがとうね。」
母も少し怪訝そうにしていたけど、料理の味を褒められてご機嫌に見えた。
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朝ごはんを食べ終わり、俺は学校に行くために家を出る。
父はひと足さきに出勤した。
そんな父の後ろ姿を見ていると変な気分だった。
何ともこう形容し難い感覚があった。
「行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
懐かしいやり取りにまだ夢見心地なところはあったけど、それでも学校に行かないわけには行かなかった。
俺は靴を履いて、ランドセルを背負ったまま家を出ようとした。
そんな俺を見て母は何か思い出したかのように言った。
「そうだわ。今日ね、お母さんもお父さんも用事があるわ。だからね、今日は岬ちゃんのお宅でお泊まり会よ。」
岬?、俺はその名前を聞いて、やっとのこと記憶が蘇った。
上原岬、俺と同じ年の女の子。
世間で言うところの幼馴染という存在だった.
昨日のあの国選弁護は俺の幼馴染だったのである。
確か、小学校の時は仲良しだったが、中学校から別のところに通うことになって疎遠になった。
だから、名前に聞き覚えがあったのか。
「わかった。学校終わったら岬、ちゃんの家にいけばいいの?」
俺は岬ちゃんという、今では馴れない呼称を何とか言い切った。
大人になってから誰かをちゃん付で呼べる程、親しい間柄の人間はいなかったのだ。
「そうよ。上原さんにはもう話しているからね。あと、これも持っていきなさい。岬ちゃんのお母さんに渡すのよ。」
そう言って母は保存性のありそうな菓子折りをランドセルにいれてくれた。
壊れないようにとランドセルを投げたりしないことと、念入りに注意する母。
そんな母を落ち着かせて、今度こそ本当に出発する。
「うん。もう遅くなるから。行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃゃい。」
母は手を振りながら俺を見送った。
玄関を開くとそこには一人の女の子がいた。
「もう、おそい。」
頬をふっくらとしている女の子
意欲のない美人国選弁護士の上原岬だった。