※この作品はR-18です。

Holo Quest   作:轟th

16 / 43
・ドラゴン
 魔物の中でも上位に位置する生物。
 コウモリのような翼を持ち空を翔ける個体もいれば、トカゲのように翼を持たず地を這う個体もいる。ただ全ての種に共通するのは鋭利な爪と強靭な牙を持ち、口から炎や毒といった異なる息を吐いてくる。強さもさることながら凶暴性も随一であり、先ず出遭ったら生き残ることは出来ないとされている。
 戦闘力は低くても五千を越え、最大でも九千の個体もいるとされており、白銀級の冒険者であっても油断すれば命を落としかねない。
 その強さ故に古くより血を啜れば致命的な傷や不治の病を治癒し、肉を食らえば生物の限界を超えた強さを与え、心臓を食らえば無尽蔵の魔力が得られるといった嘘か真かも分からぬ言い伝えが残されているが、その真相は未だに謎に包まれている。


では、本編をどうぞ。


scene.16

 例え手傷を負っていても、ドラゴンの猛攻は凄まじかった。

 その巨体故に勘違いされるが、全身筋肉だけあって高い瞬発力を有しており、数メートルの距離を一瞬にして詰めると鋭い爪牙を駆使して襲い掛かってくる。振るわれる爪は硬い岩盤を深く抉って数メートルにわたる溝を刻み、嚙み合わされる顎は岩盤すら容易く砕くほどの威力を有している。更には尻尾による薙ぎ払いも、まともに受ければ骨折は免れらないため一瞬たりとも油断がならない。

 基本的に戦いの主軸となるのはフブキとバクニの二人であり、ドラゴンの注意を引きつけながらダメージを与えんとする。ただ内臓が傷付いていても外皮の堅牢さは健在であり、生半可な武器では致命傷を与えることは叶わない。そんな二人を援護するようにミオとデュラハンがそれぞれ氷と風の魔法で援護をするが、こちらも鱗に弾かれて目に見えるほどの成果はなかった。

 

「ぬぅっ! 小生たちの攻撃が通じないのである!」

「こっちもあんまり効果がないよ!」

 

 ブレスという厄介な武器を失ってなお、ドラゴンの戦闘力は微塵も衰えていなかった。

 そもそもブレスだけがドラゴンの強みだったのなら、脅威度Ⅲとして分類されることはないだろう。青銅級の冒険者が複数人で挑めば十分に対応できるが、それでも油断すれば命を落としかねない危険性を孕んでいる。今の勇者一行の実力では油断する余裕すらなく、全力で挑まなければ勝ち目がない相手だ。いや、このままいけばジリ貧になって負けてしまう可能性の方が高いだろう。

 

(さて、どうアドバイスすべきか……)

 

 僧侶という立場から、怪しまれない程度の助言をしなければ。

 そう考えながら、チラッとミオの方へと視線を向ける。前衛職の二人と違って動き回っている訳ではないが、それでも疲労の色は浮かんでおり、何時までも魔法を連発できるだけの余力はありそうになかった。

 

「ミオさん、後何回くらい魔法を使えそう?」

「え? あーっ……多分、二回か三回くらい?」

「ならミオさん、俺が合図したら高威力の炎の魔法を撃ってくれ」

「えっ、でも撃ってもまた鱗に防がれちゃうよ?」

「それは想定の内だ。ただし、俺が定めた場所を一点集中で攻撃してくれ」

「よくわかんないけど、分かった!」

 

 ミオは杖を構えながら、魔力を練っていく。

 その間に、デュラハンは彼女が攻撃するポイントを準備する。

 

「水よ、塊となりて敵に貼り付け!」

 

 放たれたのは、拳大ほどの水の塊。それはドラゴンの鱗に覆われた背中、上背部の辺りに命中すると弾かれることなく、そのまま貼り付いた。

 これで目標地点は定まった。

 

「ミオさん! あのポイントを狙ってくれ!」

「火よ、焔の一矢となりて我が敵を穿て!」

 

 ミオの詠唱に続き、杖の先から一条の火炎が放たれた。それは一般的な魔力によって発生させた火の玉を相手にぶつけるものとはことなり、まるで光線のように真っすぐにドラゴンに向かって一直線に伸びる。

 迫りくる魔法に、ドラゴンは今までと同じように背中の鱗で受け止める。しかし先ほどまでは当たっても効果のなかった魔法は、弾かれてもなお一点を炙り続ける。それはまるで鋼鉄が高温の炎に充てられたかのように赤熱していくが、やはりドラゴンだけあってこの程度の火力では溶かすには至らない。

 一見すれば無意味な行為にも思えるが、これで問題ないのだ。

 

「ミオさん! 炎を止めて、水の魔法を! 今度は一点集中じゃなく、大量の水を同じ場所に!」

「わ、わかったよ!」

 

 ミオは即座に炎を止め、次の魔法の準備に取り掛かる。

 流石に同じ赤魔法でも性質の異なる二つを連続使用するのは負担が大きいのか、額に汗を滲ませながらドラゴンに向けて魔法を放つ。

 

「水よ! 水塊となりて我が敵を押し流せ!」

 

 ミオの魔法により出現した水の巨球が、ドラゴンに向けて押し寄せる。

 ドパンッと音を立てながらドラゴンの巨躯を濡らし、熱せられた水が蒸発して一帯に蒸気が広がる。少しばかり視界が悪くなるが、互いに相手を見失う程の濃さはない。そんな中で――バキッと音が辺りに響き渡る。

 

「今の音は何であるか?」

「あっ! 見て、鱗のところに罅が!」

 

 フブキが指さした場所、ドラゴンの背中の辺りにある鱗に亀裂が入っていた。

 確かに鱗はミオの魔法を受け止める程の防御力を誇っていたが、どんな物質にも弱点は存在している。物質は急激な加熱または冷却によって物体内に急激な温度変化が生じた際、それに伴う衝撃的な熱応力により損傷するのだ。

 これをデュラハンは、ドラゴンの鱗に起こさせたのだ。

 

「全員、あの一点を集中攻撃!」

「承知!」

 

 デュラハンの言葉に、バクニが駆け出す。

 そんな中、ドラゴンは困惑していた。

 

「―――!」

 

 この海底トンネルの絶対的な捕食者としてピラミッドの頂点に君臨していたドラゴンにとって、鱗に亀裂を入れられるというのは生まれて初めての衝撃だった。これまで様々な魔物に挑まれたことがあるが、その悉くを食らい腹に収めてきた。過去にはトンネルに迷い込んできた人間と相対したこともあるが、自分に傷一つ付けられず無様に逃げまどい、そして他の魔物と同じ末路を辿らせてきた。

 これまで幾度となく我が身を守ってくれて来た鱗に皹が入ったことに、言いようのない感覚に襲われた。それは生物にとって本能的な恐怖であったが、これまで積み上げてきた自尊心が逃走を止めさせた。ここで逃げてしまえば、根本的な何かを失うことになると直感的に理解できたからだ。

 故に、無謀なサルを返り討ちにせんと声にならない咆哮を上げながら敵を遠ざけんと丸太のように太い尻尾を振るう。

 

「ぐっ……!」

 

 咄嗟にバクニが盾を掲げて直撃を避けるも、衝撃に押されてたたらを踏む。だが、彼とて只でやられる訳ではなく、振りかぶっていた戦斧をドラゴンに向けて思いっきりぶん投げる。放たれた戦斧は正確に罅の入った鱗に命中し、先程よりも更に亀裂は大きくする。

 そして尻尾の範囲外にいたフブキの目の前に迫るのは下がってくるバクニの背中だが、彼女は避けることなくその場で跳び上がり、更にはバクニの肩を踏み台にして高らかに跳ぶ。そして剣先を下に向けながら柄を両手で持ち、亀裂に向けて思いっきり突き刺した。

 

「はぁぁっ!!」

「―――っ!」

 

 その一撃は鱗に弾かれることなく、亀裂を通って内部にまで到達する。

 鱗を壊された時よりも更に上回る衝撃と、肉を切り裂かれる痛みに痛みにもんどりをうつドラゴンは声なき悲鳴を上げながら暴れ始める。そのまましがみ付けば押しつぶされる危険性から、フブキは素早く剣を引き抜くとドラゴンの背中を蹴って空中で一回転しながら着地する。

 じたばたと暴れるドラゴンの尻尾が壁や床へと叩きつけられ、その衝撃により天井からはパラパラと砂ぼこりや小石が落ちてくる。

 

「くっ、近付けないのである!」

「あそこまで暴れられたら無理だよ!」

 

 遠巻きに様子を窺う一行。

 デュラハンが狙いを定めて亀裂を入れさせた地点、それは背中から見てドラゴンの心臓がある場所だった。そこへフブキが深々と剣を突き立てたのだから、定命の者にとっての致命の一撃へと繋がった。

 おそらく、あのドラゴンの命はそう長くはないだろう。

 だが、このまま朽ちるなどドラゴンの矜持が許さなかった。

 ドラゴンは体勢を立て直すと、近くにいたフブキ目掛けて巨大な頭部を低くしながら一直線に突っ込んでいく。

 

「危ない、フブキ!」

 

 ミオが思わず叫ぶ。

 バクニの立ち位置からでは今からフブキを助けるには距離があり、ミオが魔法を放とうにもフブキが巻き込まれる危険性が高かった。デュラハンは疑われるのを覚悟で彼女を救えるように準備をしておく。

 距離的に左右へ飛んだところで巻き込まれる可能性は高く、ならば上へとジャンプすればドラゴンもそれに合わせて跳んでくることも考えられた。かといって真正面から受け止めるなど、小柄な上に非力な彼女では踏みとどまることも出来ず壁に叩きつけられてミンチにされることは明白だった。

 

(回避も防御も無理……なら!)

 

 フブキは腹を決め、聖剣の剣先を地面に向け、両手で腰のあたりに剣を構える。

 そして自らが為さんととする行いを前に、一度深呼吸をする。

 

「――っ」

 

 覚悟を決め、フブキは駆ける。

 近付けば自身の胴体など一噛みで真っ二つにできる凶悪な牙が迫るが、彼女は決して臆することなく更に前へと踏み込んだ。そしてドラゴンが大きく口を開けて噛みついてくる寸前、フブキは前転するように地を蹴った。

 ガチンッと牙と牙が激しくぶつかる音を背後で聞きながら、その巨体の下へと滑り込むように身体を飛び込ませる。その動きに合わせながら聖剣を振るえば、鱗に覆われていない地面と接する腹側はナイフで紙を切るかの如く滑らかに刃が入り込む。

 そして剣身が振り抜かれ、竜の鮮血が軌跡に合わせて飛び散る。

 

「―――」

 

 喉元から腹を切り裂かれたドラゴンは勢いをそのままに、トンネルの壁に激しく衝突する。

 ズルズルと壁に頭をこすり付けるようにしながら滑り落ち、やがて重々しい音と共にドラゴンは地に伏した。ビクビクと痙攣を繰り返しながらも傷口からは絶えず血を流し続け、やがて完全に生命活動が停止すれば二度と動くことはなかった。少ししてドラゴンの遺体は消失し、フブキの足元にドロップ品である牙が転がってくる。

 

「……っぁ! はぁ、はぁ」

 

 その場に膝をつき、荒々しく肩で呼吸をする。

 ドラゴンを仕留めたフブキの元にミオが真っ先に駆け寄り、遅れてバクニが続き、デュラハンがゆっくりと歩み寄る。

 

「大丈夫、フブキ!?」

「はぁ……うん、大丈夫だよ」

「でも、こんなに血だらけだよ!?」

「えっ……あー、多分返り血だと思う」

「もうっ! 本当に心配したんだからね!!」

 

 甲斐甲斐しく、フブキの髪や顔に付着した血を拭うミオ。

 大金星を挙げた彼女に、バクニも称賛の声を上げる。

 

「流石は勇者であるな! あの最後の一閃、見事であった!!」

「えへへ~、そうかなぁ~?」

 

 自分を褒め称えるバクニに、フブキは照れ臭そうに頭をかく。

 実際、仲間の手助けがあり、ドラゴンが手負いの状態だったとはいえ、彼女が止めを刺したのは紛れもない事実だ。

 凶悪さを理解したドラゴンの突進を前にしても怯まずに立ち向かい、そして打ち倒すことを為せる胆力と技術は称賛に値する。もし潜り込む直前、毛ほどでも恐怖心が勝っていたのなら結果は逆になっていたことだろう。いや、そんじょそこらの冒険者では、為す術もなく牙の餌食になっていたに違いなかった。

 

(ドラゴンとの遭遇は予定外だったが、彼女にとってはかなりの経験となったことだろう)

 

 これなら魔王の望むような成長を遂げてくれることだろう。

 それでも挑むにはまだ実力不足だが、魔王城に到着する頃には十分すぎる程の戦闘力となっているだろうと考えながらデュラハンは口を開く。

 

「それじゃあ休息でも挟んで――」

 

 そう提案しようとした矢先。

 

 

 

 

 

―――ピシッ!

 

 何処からか、そんな音が響いてきた。

 それは普段であれば気にも止めない小さな音だったが、トンネルという閉鎖的な空間では不吉な兆候のように感じられた。

 

「い、今のって……」

 

 全員の視線が、音のした方へと向けられる。

 見れば先ほどドラゴンが激突した壁に、一本の細い線が走っているのが見えた。最初はただの傷かと思われたその線は、目に見える速さで左右に、上下にと広がり、乾いた岩盤の表面を剥ぎ取っていく。

 

「……ね、ねぇ、これって拙いんじゃ」

「う、うむ…」

「全員、今すぐにトンネルの出口に向かって走れ!」

 

 デュラハンが叫べば、三人は咄嗟に駆け出す。

 その間も罅は広がっていき亀裂の中央、数ミリにも満たない小さな孔が開いた瞬間――そこから白い霧のようなものが噴き出した。だが、その正体は決して霧ではなく、高圧で噴き出した海水であった。水流は直ぐに細い針のようなウォータージェットへと変わり、その勢いで目の前にある地面を削っていく。それだけに留まらず流れ込む水は小さな亀裂を全力で押し広げていき、水圧に耐え切れなくなった岩盤の壁がミシミシという不気味な音を立てる。

 そして最初は小さな孔は大人の腕程の太さまで拡大し、海水が塊となってトンネル内へ爆発的な勢いで噴き出した。それはもはや水流ではなく、岩盤を穿つ高圧の弾丸であり、周囲の空気を押しつぶす衝撃波を伴っていた。

 

「決壊しちゃったよ!!」

「叫ぶ余裕があったら走れ!」

「ひぃ、ひぃ……っ」

「大神殿、失礼いたす!」

「わあっ!」

 

 息を切らすミオを見かね、バクニが彼女を抱きかかえる。女性を抱えたことで彼の負担は大きくなったが、それでもミオが走るよりも早く進むことが出来ていた。

 全員がその致命的なジェット水流から逃れるべく荒々しく呼吸しながら駆けていたが、どれだけ全力で走ったところでトンネル内に流れ込む海水の方が圧倒的に速い。走り出してから十秒ほどで四人の背後まで迫っており、元より逃げることなど不可能だったのだ。

 それでも諦めるのではなく、生き残るためにミオは行動する。

 

「風よ、集いて濁流より守りたまへ!」

 

 ミオと近くにいたバクニを囲うように空気の膜が形成される。

 それに続くようにデュラハンも魔法を行使す―――強い衝撃が彼の頭部を襲った。

 

「―――っ!」

 

 背後から、水流に混じって飛来した枕木の欠片が命中したのだ。

 人間なら即死するレベルの凶器であったが、この程度では彼の肌に傷すらつけることは叶わない。だが、詠唱と集中を途切れさせるという一点においては功を奏した。中断させられたのは本の一時であったが、濁流が全員を飲み込むには十分すぎる時間だった。

 

「あのくさん!」

 

 フブキはデュラハンの手を掴み、デュラハンは咄嗟に彼女を守るように抱きかかえる。

 

「フブキッ、ふぶきぃぃぃっっ!!!」

 

 ミオが叫び、必死に手を伸ばすが届かない。

 そして押し寄せる海水と共に彼らの身体はトンネル内の奥へと押し流されていった。

 

 

 

 

 視界に映るのは、左右に激しく流れ去る形のない黒い壁、飛散する水飛沫。

 

 聴覚に届くのは、激しい水音と荒々しい呼吸音、それから断続的な声。

 

 感覚に伝わるのは、徐々に麻痺する肢体、持続的に続く背中の痛み。

 

 

(このまま、私は死ぬのか――)

 

 誰かに言われずとも、自分の死が眼前に迫っていることが察せられる。

 例え冷水による体温低下がなくとも、傷口から今も流れ出る血液を考えれば想像に難くない。

 本当は今すぐにでも抗うことを止め、川の流れに身を委ねたいという誘惑に駆られている。

 

(まだだ、まだ私は死ねない――!)

 

 そう、まだ死を受け入れる訳にはいかない。

 疲弊しながらも決して水面に触れさせまいと掲げた両腕、そこに存在しているもの。

 

「■■■■■――!!」

 

 聞こえてくるは、魂の震え。

 そうだ、この方の命運を握っているのは自分なのだ。

 故に自分がここで終わる訳にはいかない。

 例えこの命が尽きようとも――この方だけは守り抜かなければならない。

 

(ご尊顔を拝したあの日、あの瞬間に誓ったのです)

 

 例え世界中の全てが敵に回ろうと、自分だけは貴方の味方であり続けると。

 それが悪魔に魂を売り渡す、背信行為だったとしても。

 だからどうか――

 

(泣かないで――)

 

 

 

 

――ピチョン、ピチョン。

 

 水滴が滴り落ちる音が暗闇の中で反響し、まるで耳のすぐ傍で囁かれているような錯覚を抱かせる。

身体に触れるひんやりとした感触に意識を引き寄せられれば、そこは石造りの冷たい床の上で仰向けに寝ていたことに気付く。固い床は寝心地が悪いが、目を開けるのすら億劫になるのは先ほど見た奇妙な夢が原因だろうか。そんなことを考えながらも、何とか瞼を持ち上げる。

 

「ぅ……はぁ」

 

 小さく呻きながら、デュラハンは意識を覚醒させる。

 頭上からは淡い灯りが細かな光の破片に分断されて水流の動きに合わせて揺らめき、周辺を先ほどまでよりも薄暗く照らし出している。詳しくは分からないが、薄い膜のようなものが水を遮っていることが見て取れる。更に状況を確認しようと身体を起こそうとして、自分の上に何かがあることに気が付く。視線を動かせば、それは意識を失っているフブキだった。

 

「フブキさん、フブキさん!」

「――……んっ、なぁに?」

 

 起こされ、気だるげにフブキは顔を上げる。

 何度か目をぱちぱちとさせた彼女は、やがて眼前にデュラハンの顔があることに気が付いた。

 

「うぇっ!?」

 

 バッ、と勢いよくデュラハンの上から飛び退く。

 その頬は朱色に染まっているが、一先ずは元気そうなことをデュラハンは理解した。

 

「どうやら、お互いに怪我はないようだな」

「えっ……あ、あれ? 私たち、どうして?」

 

 フブキは困惑したように周囲を見回す。

 それを尻目に立ち上がったデュラハンは、改めて状況を確認する。

 二人がいるのは変わらず海底トンネルの中だが、周囲は流れ込んだ海水により完全に満たされた状態にあった。普通なら水圧に圧し潰されているか、極低温の海水により意識を失って溺れているか……どちらにせよ助かる見込みは万一にもないはずだった。しかし、どういう訳か海水から守るように張られた膜が二人を包んでおり、おかげでこうして無事に生存しているのだ。

 高さは優に三メートルはあり、二人が立って動いても問題ない広さがあった。

 

「これは……あのくさんが張ったものですか?」

「いいや、俺じゃない」

「じゃあ一体……?」

 

 フブキに聞かれ、デュラハンは首を横に振る。

 それから正体を探るべく、彼女に背を向けるようにして膜に触れてみる。

 

「っ!」

 

 バチッと小さな音を立てながら、触れた手が弾かれた。

 見れば膜に接触した指先からは蒸気が立ち昇っており、少し火傷しているのが分かる。

 

「だ、大丈夫ですか? 何か聞こえた気がしますけど……」

「……いや、この通り問題ない」

 

 心配そうに覗き込もうとするフブキに、直ぐに元に戻った手の平を見せる。

 何ともないことを確認して安心したようで、彼女もホッと胸を撫で下ろす。

 

(これは……聖なる結界か)

 

 それも悪魔の騎士である自分を弾くほどの強力なもの。

 これ程までに強い結界をこの場で張れる存在となれば導き出される答えは、自然と限られてくるというものだ。

 

「……」

「あのくさん?」

 

 フブキが反射的に、身を守ろうとして張ったのか。

 いや、それにしては彼女からは毛ほども魔力の流れは感じられない。

 

「おそらくだが……これは聖剣によるものじゃないか?」

「えっ、聖剣ですか?」

「確証はないがな。聖剣には魔を滅するだけでなく、担い手を守る力もあると聞く」

「へぇ、そんなことも出来るんですね」

 

 フブキは感心したように、腰に差した聖剣を見つめる。

 そんな彼女に反し、デュラハンは安堵を覚えていた。

 

(張られ方次第では、危うかったな)

 

 おそらく聖なるの守りは彼女、厳密には聖剣から一定の範囲部分に展開し、その後広がったのだろう。これがもし聖剣を中心に徐々に広がるタイプだったのなら、フブキは問題なく結界の中に入れてもデュラハンは弾かれていたはずだ。

 

「それでこれからどうしましょうか?」

「……何とか地上に脱出したいところだが」

「でも外は海水で満たされてるし……」

 

 うーむ、と考え込むフブキ。

 正直に言えば海底に放り出されたところでデュラハンは低体温症にもならず、そもそも生物ですらないのだから酸欠になる恐れもないので地上へ脱出するだけなら問題なく出来る。ただし僧侶の牧氏あのくとしては不可能であり、しかもフブキもいる以上は安易な行動が出来ない。

 

(さて、どうしたものか……ん?)

 

 仁王立ちしていたデュラハンは、あることに気付く。

 先ほどからフブキは脱出する手段は何かないかと考えながら、こう右から左へと歩いていた。それ自体は何ら問題ないのだが、彼女の動きに合わせて僅かにだが結界の位置が移動しているように見える。

 

「フブキさん、ちょっとストップ」

「はい? 何かありましたか?」

「一つ、試してみたいことがあるのだが協力してくれるか?」

「もちろんですよ!」

 

 快く引き受けてくれるフブキ。

 内容は単純、デュラハンと一緒に結界の縁に触れるまで歩くというものだ。

 どんな意図があるのか分からないフブキは首を傾げながらも、言われたように歩いていくと。

 

「あ、あれ? ぶつからない?」

「どうやらこの結界はこの地点に張られているのではなく、聖剣の周囲に張られているようだ」

「……え?」

 

 ポカンと呆気に取られるフブキに構わず、続けて言う。

 

「つまり、聖剣を持つフブキさんも動けば、この結界も合わせて動くってことだ」

「そ、そんな事有り得るんですか!?」

 

 通常、結界はその場に固定されている。

 それは世界にとっての常識であり、デュラハンとてフブキが歩き回っているのを見て気が付かなければ考えもつかなかっただろう。

 

「じゃ、じゃあ、このまま歩いていけば」

「いずれは脱出できるだろうな」

「やったー!」

 

 喜んで飛び跳ねるフブキ。

 念のために簡単に包囲を確認してから、二人は並んで歩き始めた。

 

 

 

 

「うぅぅっ」

 

 その頃、地上。

 黄の領土側にある海底トンネルへと通じる入り口である洞窟から少し離れた地点。

 ミオはずぶ濡れなのも構わず、地面に座りこみながら憂いに満ちた表情を浮かべていた。

 彼女の傍らには気まずそうに頬を掻きながら佇むバクニもおり、二人は仲間の安否を心配しながらその場にとどまっていた。

 

「ふぶきぃ……」

「………むぅ」

 

 涙するミオに、何と言葉を掛けたらよいのか分からず呻くバクニ。

 あの時、魔法で出来た空気の膜により包まれた二人は地下トンネルに流れ込んだ海流に飲まれ、その勢いのまま数十キロを流されていた。そして青の領土側にあった線路の起点となる大広間に到着したところで放り出され、そこでミオの魔法も解けて投げ出される。本当なら今すぐにでも取り残されたフブキたちの救出に戻りたかったが、二人ともドラゴンとの激闘で体力も魔力もそう残ってはいなかった。おまけに絶えず流れ込んでくる海水は増加の一途をたどっており、とてもじゃないが引き返すことなど不可能だった。

 それでも戻らんとするミオを抱え、バクニは近くにあった階段を上って地上へと脱出したのだ。

 ただ、そこで二人も限界を迎えて気絶するように意識を失った。

 暫くして目が覚めたものの、やはり疲れは抜け切っておらず、一度きちんと休息を取るべく二人は海底トンネルへと繋がる洞窟を抜けて少し離れた場所にて簡易的な野営地を作った。

 そして現在に至る。

 

「……」

 

 やがて泣きはらしたミオは、自責の念に駆られていた。

 あの時、自身が地下トンネルの話をみんなにしなければ、こうして仲間を……大切な幼馴染を死地に追い込まずに済んだのではないのか。大人しく船がまた出航できるようになるのを待たず、安易な考えを口にしてしまったのは自分のせいで。

 悔恨の念と喪失感に苛まれている彼女は、未だ顔を俯けたままだ。 

 

「その……大神殿」

 

 バクニは気遣うように、ミオに声を掛ける。

 

「……んっ、どうしたの?」

「そろそろ昼餉の支度を整えようと存ずるが、如何でしょうや?」

「……ウチは、要らないかな。バクニくんだけ済ませて」

「し、しかしだな、小生たちはこの後に救助を行うためにも英気を養っておく必要がある」

 

 言いつつも、バクニは内心でため息を吐く。

 口では助けに行くためにも、と口にしながらもフブキたちの生存が絶望的であることは脳筋と言われる彼でも理解できていた。冷たい海水に晒されればあっという間に人間は低体温症になって倒れてしまうことは知っていたが、口が裂けても仲間が死んだとは言うことは出来なかった。そんな残酷な真実を突き付けてしまえば、ミオの心が本当に壊れてしまう恐れがあったからだ。

 

(むぅ、あのく殿であれば、こんな場で何と申すのやら)

 

 どうしたものかと、腕を組む。

 そして何気なしに洞窟の方へと視線をやった彼は、そこでありえないものを目にする。

 

「……お、大神殿」

「言っておくけど、ウチは梃子でも此処を動かないよ」

「い、いや、そうではなく……ま、前!」

「まえ?」

 

 一体何が、と思いながらミオも洞窟を見やる。

 そうして振り返った先、洞窟の入り口からは一組の男女が姿を現していた。二人は海水を吸って重くなった衣服を煩わしそうにしながら歩き、少ししてミオたちの存在に気付くと女性の方は大きく手を振りながら叫ぶ。

 

「ミオ~!!」

「―――ふぶきぃぃっ!!」

 

 反射的に、ミオは走り出す。

 足をもつれさせながら必死に前へと駆け、それに応えるようにフブキも前へと飛び出す。

 

「ミオォ~!」

「良かった~! 心配したんだよぉ~!」

「ごめんね、心配かけさせちゃって」

「ううんっ! ウチの方こそごめんねぇ~!」

 

 号泣しながら熱い抱擁を交わすミオ。

 フブキは苦笑いを浮かべながらも、決して突き放すことなく子をあやすように頭をなでる。

 

「よしよし、大丈夫だから」

「うぅっ……ふぶきぃ……!」

 

 美しき少女たちの仲睦まじい様子。

 それを尻目に腕を組むデュラハンの側に、遅れながら来たバクニが並び立つ。

 

「あのく殿もご無事であったか!」

「ああ、フブキさんのおかげでな」

「全員が無事に生還できたのは何よりである!」

「本当にな。奇跡みたいなものだ」

 

 安堵を浮かべるバクニと対照的に、デュラハンは両の肩を軽く持ち上げる。

 こうして四人は無事に海底トンネルを越え、遂に目的地である黄の領土へと足を踏み入れたのだった。

 

 




◆コメット・ツェッペリン
 年齢:64歳 性別:男性 身長:167㎝ 適正:杖、魔法(赤)
 装備:光彩の杖、魔導士の法衣、気力の腕輪
 体力:1062 魔力:4250 総合戦闘力:5312

 偽勇者の仲間である老魔法使い。
 魔法使いとしての実力もあるが、決して本気を出さず手を抜いている。
 かつては名を馳せる程の魔法使いだったとか。

こちら、特にイメージのキャラクターはいません。
強いて上げるのなら、某小説に登場する灰色の放浪者でしょうかね?


クリック? クラック! また今度。

フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)

  • Aの画像
  • Bの画像
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。