※この作品はR-18です。

Holo Quest   作:轟th

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・アロス共和国
 南東に位置する離島、ほかの大陸から隔絶された黄の領土。
 島の南東部には円錐形をした標高の高い成層火山があり、その山腹には何本もの溶岩流の跡が刻まれ、その活発な歴史を物語っている。山頂からは常に白い噴煙がたなびき、夜には火口が赤く輝くのを海の上からでも見えることも珍しくない。
 そんな火山の麓にあるのが共和国の首都であり、火山からの距離が保たれつつも肥沃な大地や水利といった恩恵を受けやすい場所に位置している。また山中では希少な鉱石を採掘できるので一部の宝石は非常に価値のあるものとして取引され、更には山腹からは温泉もわき出ていて観光客で賑わっている。

作者の活動報告に、今作に関する質問受付を用意してあります。
詳細はそちらに明記しておりますが、何かありましたらご利用ください。


では、本編をどうぞ。


黄の領土:アロス共和国
scene.17


「――わぁ…! 凄い数の人たち!」

 

 ミオは目を輝かせながら街を見回した。

 公都も人で賑わっていたが、こちらの市場はそれを上回る活気に満ち溢れていた。通りには何店舗もの屋台が立ち並び、露天商は装飾品から簡単な軽食と様々な品物が取り扱っていた。特に見たこともない調理中の食材や、単純に串で刺された一口サイズの肉を焼いた香ばしい匂いが漂ってくる。その香りは思わず生唾を飲み込んでしまうほどで、串料理を片手に昼間からお酒を呷る人もいる程だった。

 まるで別世界に迷い込んだかのと錯覚するほど、その喧騒は活気に溢れていた。

 

「あーっ! あのお店から良い匂いがするよ!」

「むっ! あの料理は何であるか!?」

「二人とも、落ち着いてよ。あのく君も止めるの手伝ってくれる?」

「…………」

「あのく君?」

 

 ミオが振り返れば、そこにデュラハンはいた。

 ただ、普段の彼とは様子が異なり、何処か遠くを見埋めているようであった。

 常に落ち着きを払っている彼にしては珍しい様に、ミオは訝しげに訊ねる。

 

「大丈夫? 何か心配事でもあるの?」

「あ? ああ……いや、何でもないんだ」

「そうは言っても、ここ数日はそんな調子だよね?」

「戦闘中はそうでもないけど、何もない時なんかはぼーっとしてるよ」

「であるな!」

 

 ここ一ヵ月、共に旅を続けてきた三人には気付いていた。

 あの海底トンネルを抜けて以降、明らかにデュラハンの様子がおかしいことに。

 

(何と言ったものか)

 

 デュラハンからすれば、本当に何でもないのだ。

 ただ、自分に起こったある変化に対して多少戸惑っているのと理由を考えているだけだった。

 あの後、海底トンネルを抜けた勇者一行はそこより洞窟の周囲を覆う森を抜け、近くを通りかかった商人から話を聞いて最寄りの町で休息を取ることにした。港町アミロースでは確りと体調を整えることになったのだが、その日の夜にデュラハンは異変に気が付いた。

 睡眠、それは生物なら誰しもが持つ生理的欲求の一つであり、それに抗い無理に起き続ければ様々な弊害を生む。肉体であれば身体機能や免疫機能は低下し、精神であれば感情の不安定化や認知機能の低下を招く。

 亡者に類する者として本来なら永劫の時を眠らずに過ごせるデュラハンには無縁な話であり、これまでの旅の中でも寝たふりをしながらずっと起きていた。それがここにきて夜になると眠気を覚えるようになり、今までのように不眠を続けようとすれば精神面で支障が出る様になったのだ。

 これではまるで、本当に生者であるかのようではないか。

 

(あの夢が影響しているのか)

 

 トンネルの中で見た夢。

 あの時は深く考えなかったが、あれは本当に何だったのか。

 少なくとも彼が悪魔の騎士として自我を獲得して十数年、あんな体験をした覚えはなかった。であれば覚えていない自身の生前と何か関係があるのかもしれないが、それは幾ら考えたところで答えは見付からない。

 

「単に気疲れしただけだから。ほら、宿屋に行こう」

「……ならいいけど。何かあったら言ってね?」

「そうですよ。私たちは仲間なんですから」

「……ああ、ありがとう」

「では行くぞ皆の者! 小生は腹が減ったのである!」

 

 食欲に忠実なバクニが先頭を進む。

 彼の後にフブキとミオが続き、デュラハンも仕方がないとばかりに歩き始める。

 

 

 

 

「それで、私たちはこれからどうしたら良いのかな?」

 

 夜、酒場にて一行は今後について話していた。

 魔王討伐の道筋としてはこの首都から見て西の方向にある大きな港町から出る船に乗り、セーグル帝国のある黒の領土に渡ることは四人ともが分かっている。単純な距離な話で云えば後一ヵ月もかからずに魔王城まで到着できるが、フブキが聞きたいのは暗にこのまま進んで良いのか、ということだった。

 

「俺たちは幾つかの問題を抱えている。先ず第一に、装備を新調しなければならない」

 

 デュラハンは指を一本立て、話を続ける。

 フブキの持つ聖剣を例外とし、全員の装備が一ヶ月余りの旅で少なからず損耗が生じていた。特に装備に関してはバクニの鋼鉄の斧は刃毀れが酷く、盾に至ってはドラゴンの猛攻を受けたことで拉げて使い物にならない状態にあった。他の三人に至っても、それぞれが身に纏っている衣類は雨風に晒されて痛み、裾などは擦り切れていた。

 

「確かに。フブキの一張羅も綺麗にした方がいいね」

「小生も鎧を新しくすべきであるか?」

「勇者一行だからね、身嗜みも気を配るべきだよ」

「なるほど」

 

 ミオの説明に、素直に納得するバクニ。

 続いてデュラハンは二本目の指を立て、更に続ける。

 

「第二に、練度を上げるべきだ。確かにドラゴンとの戦闘を経て成長しているが、それでも黒の領土に渡るには不十分過ぎる」

 

 それは全員が頭の何処かで察していたことであった。

 海底トンネルの内部で遭遇したドラゴン、戦闘力の劣る勇者たちが打倒できたのは奇跡に等しかった。デュラハンがドラゴンの最初の一撃を防いでいなければ反撃する暇すら与えられず焼かれていたし、何らかの手段でブレスを封じたとしても堅牢な鱗を突破できずに相当苦労していたことだろう。

 特にフブキの持つ聖剣は未だ覚醒には至っておらず、今後の戦いでどこまで通用するのか不安は拭えない。

 

「でも練度を上げると言っても、どうしたらいいのかな?」

「その辺りも情報収集して、多少遠回りしても強くなるべきだ」

「鍛錬するのは賛成である!」

 

 全員が強くなることに賛成な様子だった。

 そしてデュラハンは三本目の指を立てる。

 

「最後に情報収集だ。これは先にこの街に来ているであろう、おかゆさんと合流することだな」

「でも、彼女が何処にいるのかウチたち知らないよ?」

「厳密な集合地点を話し合わなかったからな、地道に探すしかない」

「方針も決まったので食事にするのである!」

 

 そう言うや、バクニは次々と料理を注文していく。

 まだ話すことはあったが、仕方ないと諦めて大人しく料理が届くまでの間、暇つぶしとして杯に入った酒を傾けた。

 やがてテーブルに並べられた料理は、これまで北方大陸で見たこともない種類が多くあった。

 

「どれも美味しそうですね!」

「この白いの、何だろう。独特な触感があるね?」

「こっちの料理は何であるか? この押し固められた白い粒々、その上に置かれたのは肉……いや、魚であるな!」

 

 初めて食べる料理に、三人は目を輝かせながら舌鼓を打つ。

 その一方でそれらが何か知っているデュラハンは、マイペースに食事を続ける。やがてテーブルに並べられた料理が平らげられたタイミングを見計らったように、仕立ての良い服を着た男性が近づいてきた。

 

「お食事中、失礼いたします。皆様は勇者様とその御一行様でいらっしゃいますでしょうか?」

「そうだが……そちら様は?」

「お初にお目にかかります。私、イースター遊技場の主任を務める因幡と申します」

「遊技場? そんな偉い人が、俺たちにどんな用件で?」

「この度は我が主より、皆様に招待状を預かっております」

 

 懐からカードを取り出し、それを差し出してくる。

 黒塗りに光沢のある金色で文字が描かれており、特別なものと一目でわかる代物だった。

 

「勇者一行の皆様には是非、我がイースター遊技場を楽しんで欲しいと主が仰せでございまして」

「そ、そそ、それってカジノってことですか!?」

 

 ぐいっと身を乗り出したのは意外にもフブキだった。

 本来なら遊びに興じている暇はないと断りたいところだったが、勇者がこの様子ではそれも難しいだろう。

 

「えぇ~、でも賭け事はあんまりよくないよ?」

「ご安心ください。当店では健全なレートでのみゲームが行われております。更には劇場やラウンジ・バーだけでなく簡易的ながら闘技場も併設しており、どなた様でも楽しめる施設となっております」

「んー、それならウチは行ってもいいけど、どうする?」

「小生も興味はあるのである」

 

 どうやら他三人も興味津々のようだ。

 こうなっては断る理由もないので、一行はイースター遊技場に赴くこととなった。

 

 

 

 

 それは正しく宮殿のようであった。

 酒場を後にした一行は因幡に案内されて辿り着いたのは、巨大なドームを戴いた宮殿を模したような荘厳で巨大な石造りの建物だった。時刻は夕方過ぎにも関わらず建物の周囲はまるで真昼のように光に照らされており、階級を問わず大勢の客が入っていくのが見て取れた。

 

「こ、これが本物のカジノ!?」

「ささ、皆様もどうぞお進みくださいませ」

 

 因幡に促されて入口を通る。

 正面玄関の脇には威圧感のある衛兵が立っていたが、彼らは因幡の存在に気が付くと恭しく頭を下げる。

 

「本来であれば、ここで簡単な身元の確認が行われます。今回は私も同行しております故、顔パスとなります」

 

 そのまま豪華な彫像の並ぶ廊下を進めば、やがて五人は扉を抜けてホールへと出る。

 その一歩を踏み出した瞬間、直前までの廊下を満たす冷たい空気と静寂が嘘だったかのように視界と聴覚を一瞬にして圧倒する熱狂に包まれる。

 頭上には輝光石を加工して作られたと思われる巨大なシャンデリアが煌々と光を放ち、ホール全体が眩い光に満たされている。磨き上げられた大理石の柱や壁に反射し、金銀の意図が織り込まれた深いワインレッドの絨毯と相まって豪華絢爛な空間となっていた。まるで神殿の内部を思わせる作りだが、ここは神聖さとは無縁な人間の欲望が凝縮された空間となっていた。

 シルクハットを被った紳士、華やかなドレスを身に纏った淑女、果ては派手な服飾を纏った胡散臭い商人といった多種多様な人々が獲物を狙うかのような鋭い眼差しでテーブルのカードやルーレットに注いでいた。スロットのコインが回転する音、甲高い歓喜と絶望が複雑に混ざり合った歓声といった音の波が絶え間なく響いてくる。

 

「す、凄いですね」

「うぅむ、これが噂に聞く賭博場であるか」

「では僭越ながら、私から説明をさせていただきます」

 

 因幡がそう提案する。

 それから彼が合図すると、予め準備したであろうカートワゴンを押した従業員が近付いてくる。そこには硬貨より一回り大きな見たこともない何種類かのコインや、おそらくゲームに使われるカードやダイスなどが置かれていた。因幡はその中からコインを手に取ると、四人に真っ白いコインを手渡してくれる。

 

「こちらのコインはチップと呼ばれ、カジノ専用のメダルになります。皆様が今手にしているのは無星と呼ばれ、初めて当店をご利用されるお客様の殆どが最初に手にするものになります。こちらは一言でいえば練習用、銅貨一枚で無星百枚と交換いたします」

「そんなに気前が良くていいんですか?」

「こちらを使用してゲームに勝てても、倍率は一倍になります」

「えっと、どういうことですか?」

「この無星ではどれだけゲームに勝てても、賭けた分がそのまま戻ってくるだけなのです。ゲームの種類にもよりますが、一枚から十枚までベット……つまり賭けることが出来ます。無星を十枚賭けて勝っても、手に入るのは使った十枚のみ。これが他のチップになりますと報酬として得られるチップは跳ね上がります」

「成程。ゲームに慣れるまで無星で練習し、自信が付いて他のチップからが本番となる訳か」

「左様でございます」

 

 それから因幡は簡潔に、残りの説明を行う。

 チップは一倍を表す白色の無星、二倍を表す錫色の一ツ星、五倍を表す錆色の二ツ星、十倍と表す黒色の三ツ星の四種類。無星は銅貨一枚で百枚と、一ツ星は銅貨十枚で一枚と交換ができる、二ツ星と三ツ星はそれぞれ銀貨金貨一枚につき一枚と交換というレートになっている。

 

「なお、お集めになったチップはあちらにある換金所にお持ちいただければ、景品か現金に交換できます。ただし無星につきましてはお持ちいただいても、換金は出来かねますので予めご容赦ください。また換金所の隣にある質屋では、お持ちいただいたアイテムをチップに交換することも可能です」

「質問いいかな? この景品には何があるの?」

「品目は実際にリストを見ていただいた方が早いと思いますが、幾つか上げるなら風の刃を放てる真空の斧や水鏡の盾、果ては危ない水着などがございます。必要なチップの枚数につきましては割愛させていただきます」

 

 それから因幡はテーブルゲームの種類を簡単に教えてくれた。

 定番のカードゲームから始まりルーレットやスロットマシーン、後はあまり知られていないサイコロのゲームと多数用意されているとのこと。また隣接している劇場や闘技場には、館内から自由に行き来できるのでカジノに飽きた際には、そちらを利用することも可能とのことだった。

 

「では、以上で説明は終わります。もし何か気になることがございましたら、スタッフにお声がけください。では、楽しい時間をお過ごしください」

 

 最後まで紳士的な態度を崩さぬまま、因幡は一礼して去っていく。

 残された四人はそれぞれやりたいことが別だったので、一刻後に入り口に再集合することにして思い思いに過ごすこととなった。

 

「……さて、どうしたものか」

 

 一人残ったデュラハンは、独り言ちる。

 フブキは言わずもがな、少ないながらも軍資金を手にしてカジノへと颯爽と駆けて行った。

 バクニは闘技場へと足を運び、可能なら一勝負してくるとのことだった。

 ミオは劇場に向かい、何か気になる演目はやってないかの確認しに行った。

 

「しかし賭博とは……人間はおかしなことをする」

 

 金を払ってまで偶発性のギャンブルに身を委ねるのが、彼には理解できないことだった。

 確かに少ない掛け金で大金が手に入るのなら利になるかもしれないが、それはあくまで理論上の話でしかない。結局のところは胴元が一番得するようになっているのだから、わざわざ損をするリスクを負ってまで何が楽しいのやら。

 

「まぁ、適当にぶらつくか」

 

 そう呟き、デュラハンは店内を当てもなく歩き始めた。

 

 

 

 

 それから暫くして。

 集合地点で先に待っていたデュラハンの元に、最初に戻ってきたのはミオだった。

 

「遅くなってごめんね! 何気なく見始めた演目が、思ったよりも面白くて」

「大丈夫だよ。約束の時間も過ぎてないし、ミオさんが一番最初だから」

「そっかぁ。なら良かったよ」

 

 それからミオから演目の話を聞いていると、次に来たのはバクニだった。

 彼の腰には、行く前にはなかった筈の見慣れない大型の戦斧が吊るされていた。

 

「遅くなったのである!」

「問題ないが……バクニ、その腰の斧は?」

「むっ、これであるか! これは報酬として手に入れた、新しい小生の得物である! 銘を、『真空の斧』と言う!」

「えっ、それって……」

 

 それは最初に因幡が話していた、換金所で交換できる商品の一つだ。

 どうやら闘技場でも勝てば、報酬としてそちらのアイテムを手に入れることが出来るようだ。

 

「小生としては、早くこれを試してみたいのである!」

「まぁ、落ち着け。今日はもう遅いから明日にするとして……来ないな」

「そうだね。約束の時間を過ぎてるのに、フブキったらどうしたのかな?」

 

 どういう訳か、フブキが一向に姿を現さない。

 もしかしたらゲームに熱中するあまり、約束の時間が過ぎていることに気付いていないのかもしれない。

 

「仕方がない。賭博場まで探しに行くか」

「私はここで待ってるよ」

「ならば小生も一緒に探してくるのである!」

 

 そうしてカジノの中を探し始めること十分あまり。

 しかし未だフブキの姿は見つけられずにいた二人の前に、丁度よく館内を歩く因幡を見付けた。

 彼はこちらを見ると、柔和な笑みを浮かべる。

 

「おや、お二人ともこちらにおいででしたか」

「忙しいのに呼び止めてすまないな。聞きたいんだが、勇者様を見かけなかったか?」

「ええ、そのことで私も皆様にお伝えしたいことがありまして」

「伝えたいこと?」

「はい、勇者様より言伝を預かっております。勇者様はもう少し遊戯に興じたいらしく、皆様には先に宿に帰って休んで欲しいとのことでした」

「むっ、そうなのであるか?」

「珍しくはないのですが、初めてでカジノに嵌まるお客様も一定数は居られるのです。勇者様は元から興味があったご様子でしたので」

 

 それだけ言って、因幡は去って行ってしまった。

 残された二人はこうなっては引き下がるしかなく、入り口のところで待っていたミオと合流して宿へと戻ることにした。

 ただ、それから時間を置かず、デュラハンはイースター遊技場を訪れていた。

 

 わざわざ戻ってきた目的はただ一つ、フブキの安否を確認する為である。

 デュラハンは因幡から彼女からの伝言を聞いた際、彼が嘘をついていると直感的に理解したからだ。だがあの場では幾ら口にしたところで証明する術はなく、下手に騒げば出禁になる恐れすらあった。なので一度は大人しく引き下がり、何かあっても対応できるようにミオとバクニを残して単独で敵地に踏み入れることにしたのだ。因みに二人にはもしデュラハンも明日の朝になっても戻らなければ行動を起こし、自分たち以外が訊ねてきても信用しないようにと言い聞かせてきた。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……最悪、この店が消滅するだけか」

 

 しれっと恐ろしいことを口にしながら、デュラハンは改めて遊技場に足を踏み入れる。

 カジノエリアを端から端まで注意深く観察しながら進むが、やはりフブキの姿は何処にも見当たらない。

 

(これだけ歩いて見付からないということは、フブキはこのエリアにはいないことになる)

 

 ならば一体、彼女は何処にいるのか。

 最初に中を見て回った際に気が付いたことだが、店内でゲームに興じているのは精々中流階級の人間まで。確かに一見すれば富裕層らしき人間も身分に関係なく楽しんでいるように見えるが、本当の意味で富のある人間は一人として居なかった。子供だましの遊び場なら上流階級の人間が居なくとも不思議ではないが、ここまで確りとした施設でそれは考えられない。ならば考えられるのは、特定の人間のみが立ち入りを許された部屋がある。

 

「……あそこだな」

 

 そう考えれば、おのずと答えは出てくる。

 客からは死角になる場所にある壁、普通なら誰も気にしない場所にも関わらずカジノスタッフが二人も脇についている。何も疑いを持たなければ変な客やトラブルが発生しないか見張っているようにしか見えないが、もし本当に監視をしているのなら客を装って店内を練り歩いた方がよく見えるし素早く対応できる。にも関わらず、あんな離れた場所に立っているのはそこに一般人に触れられたくない何かがあるからだ。

 

(さて、どうやって侵入したものか)

 

 正面突破するには、まだ時期尚早である。

 なら獲物が掛かるのをジッと待つことにするかと考えた矢先。

 

「おやおや、これは僧侶殿ではありませんか。如何なさいましたか?」

 

 早速、獲物が掛かった。

 デュラハンは平静を装いながら振り返って声を掛けてきた人物、因幡へと向き直る。

 

「ああ、さっき振りだな。いや、少しばかり勇者殿に用があってな」

「と言いますと?」

「宿に戻ったところ冒険者ギルドを経由して、この封書が届いたんだ」

 

 そう言いながら、懐から封筒を取り出して見せる。

 すると、分かりづらいが因幡の目が僅かに細くなったのをデュラハンは見逃さなかった。

 

「王国からの手紙、早急に渡すべくこうして足を運んだんだ」

「……左様ですか。であれば私から勇者様に直接お届けいたしましょうか?」

「いやいや、職員からは直接手渡すよう言い付けられていてな……それで、彼女は何処だ?」

「……こちらへどうぞ」

 

 一拍おいて、因幡は歩き始める。

 彼の後について行くと、向かったのは先ほど目を付けていた怪しい壁だった。

 隠し扉にでもなっているのかと思っていると、因幡は歩を緩めずにそのまま壁に衝突―――することなく向こう側へと消えて行ってしまう。同じようにデュラハンも続いてみれば彼の身体は壁に触れることなく、するりと向こう側へと行けてしまう。どうやら魔法で壁があるように見せかけているだけで、実際には通路が隠されていたようだ。

 

「成程、これがVIPエリアに通じる道か」

「ええ。会員証を持っているお客様のみが通行を許され、もし万が一に一般のお客様が通る瞬間を目撃したとしても控えていた二人が何人も通しません。もっとも、場合によってはVIPのお客様以外にもここを通られる者もおられますが」

「それは、どういう……」

 

 言葉の真意を訊ねようとしたところで、通路の終わりに辿り着く。

 こちらは先ほどの壁とは異なり、荘厳な作りの観音開きの大きな扉が存在していた。

 因幡がそれに手を掛けると、ゆっくりと重々しい音と共に扉が開いていく。

 

「さぁ、参りましょうか」

 

 扉を通り抜けた先に広がっていたのは――。

 

「ゴボッ…!」

 

 口から血を噴き出す男の姿だった。

 ドサッと音を立てながら前のめりに倒れ、そのまま動かなくなる。

 

「ああ、これは申し訳ございません。初見のお客様には刺激が強すぎましたね」

「……毒か」

「ご明察、その通りでございます」

 

 デュラハンの判断に、因幡は淡々とした様子で答える。

 男の死体には外傷もなければ衣服の乱れもなく、そも口から血を噴き出したことから内臓にダメージを負ったことが分かる。考えられるとすれば何か毒物を摂取したことにより死んだと見るのが自然だ。問題はどのように毒を体内に入れられたかだが。

 

「ご安心ください。お客様にそのような無作法な真似はいたしません。この男は自らの石でゲームに参加し、その果てに敗れたのです」

「ゲーム、だと?」

「はい。このVIP専用エリアでも同様にチップを掛けていただきますが、やるのは命を懸けたギャンブルにございます」

「幾ら金持ちの道楽とはいえ、進んで自分の命を投げ出す奴が何処にいる?」

「いえいえ、お客様はあくまで安全な場所で観戦しながらベットするのみ。実際にゲームの参加者として動くのは彼らです」

 

 そう言って、因幡はホール内を指さした。

 ある場所では、複数の人間が広い檻の中に魔物と一緒に閉じ込められ、必死に逃げまどう姿が見える。また別の場所では、一見すれば普通にカードゲームに興じるだけだが、敗者は戦々恐々とした様子で皿に盛られたものを口にしている。

 

「彼らはこのカジノで多額の借金を踏み倒した者、破産者なのです」

「成程。生き残れば借金はチャラってことか」

「一攫千金による借金返済を条件に、自らの意思でゲームに志願したのです。最も、殆どの者はこの建物から出ることも叶いませんが」

 

 どうやら、これがこのカジノの本当の素顔のようだ。

 ただ、問題なのは非人道的なゲームをする場所にフブキがいるという点だ。

 

「それで、勇者様は何処にいるんだ?」

「今、他の者が呼びに行っております故、少々お待ちください」

 

 そうして因幡は近くにいた従業員に何かを伝える。

 その様子を窺っていると、そこへ脇からステムグラスの載ったトレンチが差し出される。

 

「いらっしゃいませ、こちらウェルカムドリンクにございます」

 

 デュラハンには毒も効かないので警戒することもなく、視線をそちらへと向ける。

 肩出しのボディスーツにストッキング、ウサギの耳をかたどったヘアバンドや蝶ネクタイのついた付け襟といった装いに身を包んだ見覚えのある紫髪の猫獣人の女性がが恭しくドリンクを手渡してくれる。

 

「あ、ああ……すまないな」

「では、ごゆっくりお楽しみください」

 

 そう言い残し、彼女は背を向けて去っていく。

 その際、まるで誘うように臀部の丸い尻尾の飾りを揺らして見えたのは、彼が欲求不満だからだろうか。

 

「……あの女性も負債を抱えているのか?」

「女性? ああ、彼女は当店の従業員にございます。もっとも、中にはそういった者もいますが」

「……あの、恰好は?」

「それは支配人の趣味にございます」

「……」

 

 追求しない方が良さそうである。

 渡されたグラスを傾け、チビチビと中の酒を飲んでおく。

 

「遅くなって申し訳ありません、彼女をお連れ致しました」

「お、遅くなり、申し訳ありません」

「ああ、フブキさん。無事でよか……」

 

 良かったと言いかけたところで、言葉が途切れる。

 現れたフブキは普段通りの姿をしておらず、先程の女性と同じようなバニーガールの恰好をして目の前に立っていた。流石に恥ずかしいのか頬を赤らめながら、もじもじと落ち着きなく身体を動かしている。

 

「これは、どういう……」

「じ、実は……」

 

 そこから経緯をぽつりぽつりと話し始めた。

 あれから皆と別れてカジノでゲームに興じていたフブキだったが、最初は幾つかのゲームで勝ったことで手持ちの一ツ星コインの枚数も三倍近くまで増やすことが出来た。それで月があると思い込んでしまったことで、更にこのコインを増やしたいと欲張ってしまったのが間違いだった。

 

『勇者様、特別な方のみが立ち入れるVIP専用ルームは如何ですか?』

 

 突然、因幡からそう誘いを受けた。

 普通なら警戒するなり、躊躇するところだが、調子に乗っていたことで判断力が落ちていたのか特に考えることなく招待に応じてしまった。

 他人の命を賭けたゲームであればフブキも躊躇していたが、彼女が案内されたのは普通な半円形のテーブルだった。

 

『ゲームは至ってシンプル、ブラックジャックにございます。ただし、掛け金と報酬は先ほどまでの十倍となります』

『でも、私の手持ちはそんなにおおくないですよ?』

『それでしたら、そちらの剣を担保にするのは如何でしょう?』

『えっ、それは流石に……』

『大丈夫。完全に売買する訳ではなく、一時的に抵当としてお預かりするだけです。後に同等のチップを渡して頂ければ問題はありません』

『……利息はないと?』

『はい。後で値を上げるなどといった行為は一切行いません』

『……分かりました』

 

 そうしてフブキは聖剣を預け、代わりに一ツ星コインを十枚手に入れた。

 一瞬、拙いことをしたかとも考えたが、ハイリスクハイリターンのゲームに彼女は興じる選択を選んだ。

 そしてゲームが始まれば多少の減はありつつも、相変わらず幸運の女神に愛された彼女はコインの山は形成できていた。ここで預けていた聖剣を取り戻してもゲームを続けられたが、まだ余裕があるからと彼女は更にゲームを続行してしまった。

 ところが先ほどまでの強運が嘘だったかのように負けが続き、潤沢にあった筈のコインは目に見えて減り続ける。遂にはボーダーラインを切ってしまい、気が付けば後戻りできない状況に陥っていた。流石に聖剣を失のは拙いと足掻こうとしたが、その努力も虚しく最後のチップを没収されたことでゲームは終わった。

 彼女の手元に残ったのは、聖剣の分の負債だけであった。

 

「一ツ星コイン十枚……つまり、金貨十枚か」

「左様にございます。彼女はその負債を返すために、こうして当店で働いているのです」

「それは……返済が完了するのに、どれくらいかかる?」

「熱心に働けば一月といったところでしょうが、彼女の場合は一晩で済みます」

「それは、どういう……」

 

 言葉の真意を訊ねようとした矢先。

 一団の元へ、恰幅の良い中年男性が下卑た笑みを浮かべながら近付いてくる。

 

「ほっほほ、ここに居たのかね」

「これはこれは、プライマル様。平素より懇意にありがとうございます」

「いやいや、わしの方こそ楽しませてもらってるよ。さて、そろそろ良いかね?」

 

 そう言いながら、プライマルはフブキの方へと視線を向ける。

 いやらしく目を細め、上から下まで品定めするように見つめていた。

 

「因幡さん、これはどういうことですか」

「お話の途中でございましたね。こちらのプライマル様が、フブキ様の負債を肩代わりしてくださると申し出てくださったのです」

「……一晩の情婦ということか」

「たった一夜で金貨十枚もお出してくれるのです。破格の対応だと思いますよ」

 

 勇者が娼婦の真似事など、前代未聞である。

 かといって現状、彼女の負債を返せるだけの金は持ってはいない。

 

「では、私はこれにて。お部屋の方を準備させてありますので、どうぞ御ゆるりと」

「うむ、感謝するよ。ほら、君も付いてきなさい」

「……は、はい」

 

 そう言って、プライマルはフブキを連れて行こうとする。

 その際、彼女の瞳が助けを求めるようにデュラハンの方に向けられていたのを見逃さなかった。

 

「全員、その場から動くな」

 

 デュラハンの静かな、それでいて有無を言わせぬ声に全員が動きを止める。

 彼に応えるべく口を開いたのは、因幡だった。

 

「あのく様、如何なさいましたか? よもや、貴方様が負債の補填をなさると?」

「ああ、払ってやるよ」

「失礼ながら、お手持ちのチップの枚数は?」

「二ツ星が五枚だけだ」

 

 デュラハンの発言に、場が一瞬静まり返る。

 二ツ星コインが五枚、フブキの補填を補うには後九百九十五枚も足らない。

 

「失礼ながら、それでは足りません。先程のお話のように、負債は金貨十枚ですから」

「そうだな。だが、ここは何処だ?」

「……カジノ店にございます」

「一時間だ。一時間で必要な枚数を稼いでやる」

 

 それはあまりに無謀な発言であった。

 確かにVIPエリアでならコインを大量に稼ぐことも可能だが、それでも短時間で必要枚数を揃えるなど不可能に近い。

 

「ひゃっはっは! 小僧、随分と大きく出たものだな」

「何なら利子も付けて、あんたに返済してやるよ」

「いいだろう。一時間待ってやろうではないか」

「プライマル様、本当に宜しいのですか?」

「女を助けんと足掻こうとするんだ、一時間ぐらい待ってやっても良かろうて」

「お客様同士の取り決めであれば、当店としては口を挟む真似はいたしません」

 

 因幡はそう言って頭を下げる。

 正式な取り決めは交わしていないが、これで第三者という証人も用意が出来た。

 

「では控室で一時間、待つとするか。嬢ちゃん、その間は確り酒の相手を頼んだぞ」

「は、はい」

「小僧、きっかり一時間だぞ。一秒でも遅れれば、約束はなしだ」

「ああ、わかってる」

 

 それからデュラハンはフブキの方へと向き直る。

 彼女の表情には不安と焦燥の色がありありと浮かんでおり、これからのことを憂慮しているように見えた。

 

「大丈夫だ。俺を信じろ」

「あのくさん……お願いします」

 

 そうしてフブキを連れ、プライマルは去っていく。

 残されたデュラハンは軽く肩を回しながら歩き始める。

 

「さてと、勇者のためにひと肌脱ぐとするか」

 

 




◆因幡
 年齢:23歳 性別:男性 身長:171㎝ 適正:-
 装備:トランプ、耐炎のジャケット、真実の指輪
 体力:394 魔力:98 総合戦闘力:492

 イースター遊技場の主任。
 基本的に誰に対しても礼儀正しく、お金があれば誰だろうと客として扱う。
 総支配人に対して強い恩義があり、彼女のためなら犯罪も厭わない。

イメージキャラはありません。
ギャンブラーな人物は多いけど、ディーラーはそんなに多くないようです。


クリック? クラック! また今度。

フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)

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