※この作品はR-18です。

Holo Quest   作:轟th

19 / 43
・賢者。
 世界最高峰の知恵者のみが就くことを許された職業。
 様々な職業が存在するが、『剣聖』『英雄』『聖女』と同様に特殊な修練や天啓を経た誰でもなれない職業の一つである。その職業に就いた瞬間から、歴史に名を残すことが確約された存在。

作者の活動報告に、今作に関する質問受付を用意してあります。
詳細はそちらに明記しておりますが、何かありましたらご利用ください。


では、本編をどうぞ。


scene.19

「えっ、勇者を覚醒させる方法?」

 

 鸚鵡返しするように、おかゆは聞き返す。

 浴室での一戦を終えた後、本来の用途である汗を流すべく浴槽に仲良く漬かっていた。

 一般的に清潔を保つ手段として桶やタライに貯めた水、ないしお湯で湿らせた布で汚れやすい場所を部分的に洗浄している。家によって多少の差はあれ、自家製の質の悪い石鹸も用いたりもする。後は熱した石に水をかけて蒸気を発生させた部屋で汗を流す公衆浴場もあるが、沐浴も週に一回程度しか行わないことも珍しくはない。

 これが富裕層となればたっぷりのお湯に浸かるという贅沢もできるが、大量の水を程よい温度まで温めるというのは魔法でも使わない限り相当の労力を要する。王族ともなればお抱えの魔法使いや、湯あみの準備をする専属の担当者がいたぐらいだ。

 そんな風呂に、蛇口を捻るだけでお湯が出てきて数分足らずで入れるというは、まさに画期的と言わざるを得ない。

 滅多にない贅沢を満喫しながら、二人は話を続ける。

 

「ああ。何かいい方法はないだろうか?」

「ん~……流石に分からないよ。そもそもボクに聞くんじゃなくて、フブキちゃんの方が知ってるんじゃないの?」

 

 振り返りつつ、上へと視線を向けながらおかゆは訊ねる。

 二人の体勢は浴槽の縁に背中を預けるように足を延ばしながらデュラハンが先に入り、彼の胸板に背中を預けるように足の間におかゆが入る。その状態で彼が視線を下げれば見えるのは彼女の旋毛や真っ白な項、それからお湯に浮かぶ二つの大きなお餅。

 

「いや、彼女も知らなそうだった。大昔過ぎて、ろくに伝承も残ってないようなんだ」

「それもそうか……んっ」

 

 下から掬い上げるように、乳房を持ち上げる。

 そのままムニュムニュと柔らかさを堪能するように楽しみつつ、首筋に舌を這わせて皮膚に浮かぶ水滴を舐め上げる。与えられる刺激にピクピクと体を震わせ、それに連動するように波紋が広がっていく。

 

「で、でも……んぅっ! こ、こころあた、んっ、りはあるよ」

「と言うと?」

「賢者様」

 

 思わぬ言葉に、デュラハンも手を止める。

 賢者、言葉通りの意味なら歴史上最高の知識を持っている者のことを指す。

 勇者が運命に選ばれた者ならば、賢者は特殊な修練や天啓を経た誰でもなれない職業である。どちらも極めて稀有で伝説的な存在であることは変わりはないが、後者は特定の分野における到達困難な次元に到達した者に与えられる称号である。もっとも、人類の歴史を振り返っても本当に到達できた者は片手で足りる程度の人数しかいない。

 

「本当に、実在するのか? 賢者ともなれば、国が抱え込もうと考えるんじゃないのか?」

「元々は別の場所にいたらしいけど、嫌気がさして隠遁生活しているらしいって。真偽は定かじゃないけど、この大陸の何処かにいるって噂になってる。実際に会ったことがある人もいるけど、」

「その場所は分っているのか?」

「ううん、全く?」

「……」

「ひぅんっ!!」

 

 思いっきり、乳首を抓り上げる。

 硬く勃起した部位に容赦なく与えられた刺激に、おかゆはビクンッと大きく身体を跳ねさせる。急な刺激を与えられてジンジンと痛痒いような感覚に耐えながら、頬を膨らませながら恨めしそうな視線を肩越しに背後の男に向ける。

 

「もぅ、急に乳首を潰さないでよ」

「悪い悪い。それじゃあ、賢者なら何か知っているかもしれないが、その所在は誰も知らないと」

「うーん、それなんだけど、もしかしたらここのオーナーなら知ってるかもしれないよ?」

「……悩ましいな」

 

 出来るなら、もうカジノと関わるべきではない。

 今回の件は完全にフブキの迂闊さが原因ではあるが、これ以上関わるのは得策ではないと判断する。

 

「さてと、そろそろボクも行くね」

 

 バシャッと水音を立てながら、おかゆは立ち上がる。

 立ち上がった衝撃でお湯の波が揺れ、丸みを帯びた臀部は瑞々しくハリのある肌が目の前で揺れる。

 

「なんだ、もう行くのか?」

「これでもカジノで働く従業員だからね。あんまり戻るのが遅いと色々と言われちゃうから」

 

 そう言って壁に掛けてあったタオルで身体を拭くと、手早く着替えを済ませる。

 浴室から出て行こうとした矢先、何かを思い出したようにデュラハンの方を見やる。

 

「あっ、ヤリ足りないからって寝てる子に手を出しちゃだめだよ?」

「俺はそんな性欲魔人じゃない。流石に今日はもうしないさ」

 

 苦笑しながらも、心配性だと付け加える。

 その返事におかゆは安心したように微笑むと、軽い足取りで退出していく。

 

「しかし、賢者……か」

 

 湯に浸かりながら、独り語ちる。

 賢者の実力は定かではないが、本物であるならば直接会うのは避けるべきだろう。

 “どうして勇者一行に魔物が混じっているのか”、そう指摘されてしまえば終わりだ。これまでの苦労の全てが台無しにされてしまう危険性がある以上は、何らかの理由を付けて接触を回避するしかない。多少疑われることになったとしても、正体がバレるよりはマシな筈だ。

 

 

 

 

「……んっ…」

 

 微睡みの中、フブキの意識は徐々に覚醒していく。

 感じるのは全身の気だるさと、下腹部からの妙な鈍痛。

 

「……はえ?」

 

 目を開ければ見慣れない天井が広がっており、自分が今ベッドの上に居ることは理解する。ぼんやりとした意識の中、寝返りを打ってみれば、すぐ目の前には全裸のまま静かに寝息を立てるデュラハンの姿があった。

 

「――ッ!」

 

 思わず口から出そうになる悲鳴を、反射的に手で塞ぐ。

 どうして彼が自分と同じベッドで添い寝しているのか、理解できないまま混乱するばかり。しかし意識がはっきりしてくると徐々に昨夜のことが鮮明に蘇る情景に頬を赤く染める。

同時に初めて知った快楽に酔いしれながら、乱れた様を思い出すにつれて羞恥心が込み上げてくる。

 

(わ、私、しちゃったんだ……!)

 

 フブキは思わず両手で顔を覆ってしまうが、それでも耳まで真っ赤に染まった顔を隠すことはできない。

 穴があったら入ってしまいたいぐらい気恥ずかしいが、不思議と後悔の念は沸いてこなかった。

 

「………」

 

 チラッと、視線を眠りこけるデュラハンに向ける。

 規則正しいリズムで上下する胸板は程よく鍛えられており、引き締まった肉体をしていることが分かる。以前から僧侶にしては良い体格をしていると思っていが、改めてまじまじと観察してみると彫刻のように美しい体つきをしており、思わず見惚れてしまった。無意識のうちに手が伸び、その胸板に触れる。

 

「ん……んん……」

 

 小さく唸ったかと思えば、寝返りを打つ。

 今ので目を覚まさなかったことに安堵しつつ、ふとフブキの視界にある物が映る。

 

「……指輪」

 

 それはデュラハンが常に付けている指輪だった。

 ただの指輪なら気にも止めないが、彼女が気になったのは指輪の表面に施された装飾にあった。見たこともない形状の幾何学模様だったが、フブキにはそれに見覚えがあった。具体的に云えば、昨夜自分が身に着けていた脱力の腕輪と酷似していると。

 

『これは着用者の力を、五分の一にまで抑え込む脱力の腕輪といいます』

 

 あの時、因幡は確かにそう言っていた。

 もし目の前の指輪が腕輪と同じものであるなら、彼の強さは抑えられたものということになる。

 

(前にあのくさんは自身の戦闘力は五千に届かないぐらいだと自己申告していた)

 

 けれど、それが本来の彼の実力ではないのだとしたら――。

 歴史上、黄金クラスの冒険者たちは皆、戦闘力が一万を超えていたと記録されている。しかし現実にどれだけ鍛錬を積んでも人間には八千を超えるのがやっとであり、それもごく僅かな人間だけが到達できる高みである。かつて冒険者として名を馳せた英雄・ラインハルトですら全盛期の戦闘力は一万に届かないぐらいだったと聞いている。

 

(もし、この指輪があれと同質のものなら、あのくさんの強さはどれ程の物になるんだろう)

 

 恐らくは計り知れないのだろう。

 思い返してみれば、彼には不自然なところが幾つかあった。

 考えれば考えてしまう程に自分の考えた仮説が正しいように思えるが、それを確かめる術はない。

 そんな風に考え込んでいると。

 

「……んっ、朝か」

「あっ……」

 

 パチリと、デュラハンが目を開く。

 まだ寝ぼけ眼であるものの、流石に隣でフブキが見詰めていることには驚いたらしい。慌てて起き上がると、大きく背筋を伸ばす。

 

「ふぅ……おはよう、フブキさん」

「……お、おはようございます」

 

 とりあえず挨拶をするが、すぐに視線を逸らしてしまう。

 そんな彼女の行動を不思議に思ったが、直ぐに自分たちが裸だから気恥ずかしいのかと納得する。

 

「ああ、こんな格好で済まないな。フブキさんの着替えはそこにあるから、そこにある浴室で汗を流してくるといい」

「わ、分かりました」

 

 テーブルの上にある着替えを抱え、急ぎ足で浴室へと消えていく。

 デュラハンもその間にベッドから起きて着替えを済ませたところで、部屋の戸がノックされる。反応からしておかゆではないと思いつつ、返事をすれば入ってきたのは因幡だった。彼の腕には鞘に収まった見覚えのある剣が抱えられている。

 

「おはようございます。あのく様」

「因幡か。朝早くからご苦労なことだな」

「いえいえ、これも私の役目ですので」

 

 爽やかな笑顔で答えつつ、因幡はテーブルへと歩み寄る。

 そしてその上に抱えていた剣を置いた。

 

「こちら、お預かりしていた聖剣にございます」

「……確かに、本物のようだな」

「……お手に取り、確かめにならないのですか?」

 

 見ただけで本物と断じたデュラハンに、因幡は少なからず驚く。

 鞘や柄は本物だとしても、剣身は別物にすり替わっている可能性も否定できないというのにだ。

 

「これでも記憶力はいい。毎日のように見てきた物だからな、すり替えられてたら気付ける」

「左様にございますか」

 

 一応は納得した様子。

 無論、デュラハンにそのような鑑定眼は備わっていない。

 それでも手に取るという選択肢を取らなかったのは、魔に属する自分が対極に位置する聖剣に触れればどうなるか想像できなかったからだ。手の平を火傷する程度なら問題ないが、半覚醒の状態でも腕が消し飛ばされる可能性も捨てきれない。そんな危ない橋をわざわざ渡る危険を冒さずとも、剣から発せられる気配だけで本物と嫌でも理解が出来る。

 

「それで、そちらの要件はこれだけか?」

「いえ、当店の支配人が是非ともあのく様と勝負したいと申しておられます」

 

 一時間足らずでコインを集めたデュラハンに興味を抱いたのだろうか。

 賢者のことを聞き出すのに好都合であったが、今はそれよりも優先すべき事柄がある。

 

「……いや、一先ず仲間と合流してからにしよう。それでも構わないか?」

「いえ、何も問題はございません。支配人も、無理強いはしないと仰っておられましたので。それとコレを」

 

 そう言って懐から何かを取り出すと、因幡はそれをテーブルの上に置く。

 それは金色に輝く一枚の金属プレートであり、長方形の薄い板には黒字で「VIP ONLY」と文字が刻まれていた。

 

「それは?」

「これはVIPエリアに立ち入るのに必要な専用カードとなります。こちらをあのく様に贈呈いたします」

「随分と太っ腹だな」

「僅か一度の利用で発行に至ったのは、はっきり言って異例です。しかし、これを贈るのに相応しいと判断されました」

 

 因幡は恭しく頭を下げる。

 その表情からは感情を読み取れないが、少なくとも敵意のようなものは感じられない。

 

「そういうことなら素直に受け取ろう。ありがたく頂戴する」

「ありがとうございます。それでは私はこれにて」

 

 因幡が部屋を出て行ったのと入れ違いに、浴室から出てきたフブキが顔を出す。

 風呂上りとあって髪はしっとりと濡れており、肌艶はとても良くどこか色っぽさを感じさせる。

 

「あれ、誰か来ていたんですか?」

「因幡が聖剣を持ってきてくれたんだ」

「私の聖剣!!」

 

 飛びつく勢いでフブキはテーブルまで駆け寄ると、大事そうに抱え込んだ。

 自らの失態で一度は失ってしまったが、こうして再び手にできたのは喜ばしいことこの上ない。

 

「あのくさん、ありがとうございます!」

「まぁ、気にするな。俺も、その、役得ではあったから」

「あっ……」

 

 事情を思い出したのか、フブキは頬を赤らめる。

 

「あっ、あれは! その、薬のせいで……けして、私が、その……い、いやらしいと、そういうことではなく……!」

 

 必死に弁解する姿は、まるで浮気を誤魔化そうとしているようにも見える。

 そんな風に慌てる様を見ると、彼女もその辺りは普通の少女なのだと改めて実感する。

 

「大丈夫、分かっているから」

「……はい」

「それよりフブキさん、くれぐれも今回の件は内密に……特にミオさんや王国には伏せておくように」

 

 男女混合のパーティにおいて、恋愛関係は非常にデリケートな問題だ。

 それぞれがカップルとして成立しており、プライベートな部分は過干渉しないと予め取り決めているなら些末なことだろう。しかし、彼らのようにほぼ初対面同士の集まりが魔王討伐という一つの目的の為に旅を続けている勇者一行としてはチームが離散する危険性のある行為へと繋がる。

 例えばデュラハンとフブキが交際し、それに対して他二人が心から祝福するのなら兎も角、少しでも妬みや嫉みがあればそれは後に致命的な爆弾へと転ずる。魔物との戦闘時に生じた些細なミスが、事故ではなく意図的に仕掛けられたものであるなどと疑心暗鬼になり始める。そうして最初は小さな歪みは大きな不和へと成長し、やがて四人で旅を続けられなくなる恐れがある。いや、パーティが散り散りになるならまだしも、流血沙汰にならないとは誰にも分からない。

 フブキもそれを理解したのか、デュラハンの忠告に無言で頷く。

 

「じゃあ二人のいる宿屋に戻ろうか。あくまで、フブキさんがカジノに熱中するあまり聖剣を手放してしまい、それを俺が取り戻したという部分のみ二人には伝えれば納得するだろう」

「分かりました」

 

 そうして二人はカジノを後にした。

 

 

 

 

「二人が無事に戻ってきてくれて、本当に良かったよ~!」

 

 そう安堵したように漏らすのはミオ。

 宿屋に戻ってきた二人を出迎えた彼女は、一睡もしていなかったのか少しばかり疲労の色が見えた。

 

「小生は無事に戻ってくると信じていたのである!」

 

 ガハハハッ、と豪快に笑うバクニ。

 実際、全く心配していなかったのか彼は部屋で豪快に鼾をかいて寝ていた。

 

「ごめんねぇ? もうこんなことないよう気を付けるから」

「本当だよ。勇者様が聖剣を失いました、なんて皆の笑いものになるところだったよ!」

「アハハ~……」

 

 処女も喪失しました、なんて口が裂けても言えない。

 話題を切り替えるために、デュラハンはパンッと手を叩いた。

 

「そんなことより、これから皆で賢者についての情報収集をしよう」

「あのく君、本当に賢者って実在するの? ウチとしては、半信半疑なんだけど」

「俺としても怪しんでるけど、今は藁にも縋りたい状況だからな」

「それもそうだね」

 

 他に情報がない以上、四人は調査を開始することにした。

 商店街や冒険者ギルドを初め、広場や教会、更には港にまで足を運んで聞き込みを行った。

 

「ああ、賢者様ね。たまに商店街にも顔を出してくださるよ。年齢? さぁ、よくは知らないな。ただ、俺の爺さんがガキの頃から居たって話だぜ?」

「この間なんて家の野菜を沢山買ってくださってね! あんなに小さいのに野菜が好きなんて、偉いじゃないか」

「偶に素材なんか持ってくるけど、どれも綺麗な状態だから助かるよ。住処? この大陸の何処かの森って話だけど」

「あれほどの魔法の腕前を前にしちゃ、どんな魔法使いも形無しだよ」

「ちっこい姉ちゃん? お願いすると魔法を見せてくれるんだ!」

「背も低けりゃ、胸もねぇな! 流石にあれに欲情する奴は居ねえけど、前に酔っ払った奴が思いっきりぶっ飛ばされてたな!」

 

 様々な証言を得ることができた。

 それによれば、賢者と呼ばれる人物が実際にこの首都に出入りしているという話は真実のようだ。だが肝心の居場所に関しては、何処かの森の中に隠れ家があるという漠然とした情報しか掴めなかった。結局、欲しい情報は得られないまま調査一日目は終了し、二日目は冒険者ギルドにいる冒険者にも声を掛けてみたが、やはりやはり成果を得ることは出来なかった。

 

「まさか、居場所についは誰も知らないとは思わなかった」

「実在する、ってことが分かっただけでも良かったんじゃない?」

「不定期だけど、街にも買い出しに来るって話だから、待ってたら会えないかな?」

「しかし小生たちは旅を急ぐ身、あまり長居は出来ぬのでは?」

 

 酒場にて、四人は今後について改めて考えることとなった。

 勇者の成長を考えるなら賢者には会っておくべきだが、無作為に時間を浪費してしまえば魔王軍による被害が拡大してしまう。

 

「アンタ達、賢者様を探してるんだって?」

 

 そう言って話しかけてきたのは、酒場のマスターだった。

 彼は盗み聞ぎしていたのか、あるいは長年人を見てきた勘のおかげか勇者たちの目的を言い当ててきた。

 

「何故、そう思うんだ?」

「この街には賢者様のうわさを聞いて、一目見ようって輩は結構来るからな。アンタ達も、その手合いだろう?」

「……まぁ、当たらずも遠からずってところかな」

「けど残念だな。賢者様は不定期にしかやってこない。下手したら一ヵ月は間が空いたこともあるぞ」

「一ヵ月も!? 流石にそんなには待てないよぉ」

 

 流石に諦めるべきか、そう考えが過ると。

 何か思うところがあるのか、マスターは声を潜めながら四人に話をする。

 

「もし賢者様に会いたいなら、あそこにいるアイツに話しかけてみな」

 

 そう言って指さしたのは、店の片隅にいる一人の男だった。

 男は一人用のテーブル席で誰かを待つ訳でもなく、ただただ酒を呷っている様子だった。

 

「彼は?」

「アイツは十年位前にこの街に越してきたんだが、大して仕事をしている訳でもないのに生活に困っている様子もない。詳しくは知らないが大金は持っているらしく、偶にだが朝から来てはああして酒を飲んでいるのさ」

「そんな男が、今の話と何の関係が?」

「それがな、アイツは森の中で賢者様に会ったことがあるって前に話の席で聞いたんだ」

 

 酔っぱらいの戯言かもな、と最後に付け加える。

 それからマスターは厨房の方へと戻っていき、残された四人は顔を見合わせる。

 

「……どうする?」

「えぇ、ちょっと胡散臭くない?」

「ダメもとで聞くのもありだとは思うけど」

 

 そうして勇者一行は男から話を聞くこととなった。

 ただ四人で詰め寄っては相手に無駄な圧を与えてしまうので、バクニとミオが少し離れた場所で待機しつつ、デュラハンを連れたフブキが代表して男性に声を掛けた。

 

「すみません、ちょっと宜しいでしょうか?」

「あぁ? 何だよ、こっちは楽しく酒を飲んでるってのに」

 

 男は酔いが回っているのか顔は赤く、焦点も定まっていない様子。

 テーブルに視線を向ければ何本もの空瓶が転がり、その殆どが安酒ではあったが、上等なものも混じってはいた。

 

(店主の言うように、それなりに金は持っているようだ)

 

 そんなことを考えつつ、デュラハンは再び男へと視線を向ける。

 無精ひげは生えているし髪もぼさぼさなので、身だしなみに気を使っているようには見えない。実年齢より老けているかもしれないが、四十代後半から五十代前半ぐらいだろうか。服の上からでも鍛えていたと分かる体躯は、かつてはそれなりに腕の立ったのかもしれないが、今は見る影もなく落ちぶれている様子。

 

「えぇっと、その、私たちは賢者様を探していまして。貴方がかつてお会いしたことがあると耳にしたので」

「賢者ぁ? おおとも! 会ったことがあるぞ!」

「その話を是非、聞かせていただきたくて」

「あれはそうだな、かれこれ五年……いや、七年? 十年前だったか? まぁ、とにかくそれぐらい前のことだ。今でも昨日のことに思い出せる」

 

 それから男の語りが始まった。

 それは彼がこの街に越してきて間もなくの頃、冒険者として獲物を狩るべく森の中を歩いていた。その日はいつもよりも魔物との遭遇率が低く、手に入った素材も微々たるものだったが、正直に言えば男には金があったので無理に稼ぐ必要はなかった。狩りをしているのも身体が鈍らないように、という目的が大きかった。だが、その日に限って興が乗っていたというか、やる気のあった男は普段は入らない森の奥地へと足を運んだ。

 この島に出没する魔物の危険度はⅡが殆どであり、Ⅲの魔物に遭遇することも珍しくない。街道から少し外れた場所を歩いただけで魔物の襲撃を受けた、なんて話はここでは良くある話であった。男の実力なら男の実力ならⅢぐらい余裕、とはいかないまでも油断しなければ対処できた。だが、そうして森の奥へと踏み入った彼を出迎えたのは翼を持った獅子――グリフォンであった。

 

 種別:レイジング・グリフォン 種族:幻獣 危険度:Ⅲ

 体力:5985 魔力:2565 総合戦闘力:8550

 

 

 存在自体は彼も耳にしたことはあったが、まさか実物を目の当たりにするとは夢にも思っていなかった。

 咄嗟に腰に下げた剣を抜き放ち構えられたのは長年の経験故の反応だったが、そんなものでどうこう出来る次元は軽く超えていた。グリフォンが大きく両翼を羽ばたかせた、それだけで巻き起こった突風に男は踏み留まることすら出来ず吹き飛ばされ、更には吹き荒ぶ風はカマイタチとなって彼の全身を切り刻んだ。

 男が後方にあった大岩に叩きつけられた時には、既に満身創痍でとてもじゃないが動ける状態ではなくなっていた。

 そんな獲物に止めを刺さんとした瞬間――落雷がグリフォンの巨体に直撃した。

 雲一つない晴天から落とされた白銀の刃は容赦なく魔物の命を刈り取り、全身から黒煙を立ち昇らせながらグリフォンが地面に沈む。

 

『おじさん、生きてる?』

 

 呆然とする男に声を掛けたのは、十歳にも満たないように見える一人の少女だった。

 見た目は幼い少女だというのに纏う雰囲気は大人びており、それどころか強者が醸し出す風格すら感じられた。

 

『い、今のはアンタが……?』

『まぁね。それにしても……』

『?』

『おじさん、弱すぎじゃない? そんな腕で冒険者やってるの? 引退した方が良いんじゃない?』

 

 ケラケラと、愉快そうに少女は嗤う。

 少なくとも名前も知らない初対面の相手に、余りに辛辣で失礼な態度だった。

 

『なっ!?』

『それじゃあ、この獲物はシオンが貰っていくから』

 

 ひょいっ、と少女が軽く指を振るっただけで魔物の巨体が浮かび上がる。

 男が制止するよりも早く、少女はそれを連れて空へと飛び去っていった。

 残されたのは、地面に倒れたまま痛みに悶える彼のみ。

 

「それで、その後はどうなったんですか?」

「……幸い、回復薬は持っていたからな、命からがら帰ってきたのさ」

 

 一頻り話し終えた男は、そこでグビッとグラスを傾け酒を喉に流し込む。

 彼の話を聞く限り、どうやら賢者として知られる少女の実力はかなりの物のようだ。

 

「そ、それで、賢者様に会ったのは具体的にどの辺りなんですか?」

「……これ以上、タダで聞こうってのは虫が良すぎるんじゃないか?」

「あっ、す、すみません」

 

 身を乗り出すフブキに、男は胡乱な目を向ける。

 そrを受けて慌てて金銭を取り出そうとする彼女の腕を、男の手が無遠慮につかんだ。

 

「きゃっ! な、何をするんですか?!」

「……嬢ちゃん、良く見たら上玉じゃないか。どうだ、今夜俺と付き合ってくれねぇか?」

「ちょっ、ちょっと、離してください!」

「良いじゃねえか。別に生娘って訳じゃあるまいし、相手してくれたら嬢ちゃんの知りたいことは教えてやるぜ?」

「そこまでにしてもらおうか」

 

 デュラハンが介入し、男の腕を掴む。

 そこでようやく彼の存在に気付いたのか、男は睨むように視線を向けた。

 

「なんだ、テメェ?」

「酒や金を望むなら支払うが、それ以上は駄目だ。彼女の手を離せ」

「知ったことか! 文句あるなら行動してみたらどうだ?」

「……ジョン、それ以上の横暴は見過ごせない」

「はっ……何で、俺の名前を……っ!?」

 

 男は何か気付いたのか、目が零れ落ちそうな程に大きく見開く。

 酒と興奮により真っ赤になっていた顔が、まるで幽霊でも見たかのように蒼褪めていく。

 

「う、嘘だ……そんな筈がない」

「おい? 何を言って――」

「アイツが生きている筈がないっ!!」

 

 そう絶叫し、デュラハンの腕を振り払った男は背後にあった窓を突き破って酒場の外へと飛び出していった。

 慌ててフブキや、待機していたミオたちが駆け寄って窓の外を確認する。

 男は酔っぱらっていたと思えない程素早く、まさに死に物狂いで逃げるように走り去っていく。

 

「あの人、どうしたんだろう……?」

「酔っぱらいの世迷言であるな」

「あのくさん、どう思う……あれ?」

 

 意見を聞こうと振り返ったフブキは、思わず首を傾げる。

 先ほどまで直ぐ後ろにいたはずのデュラハンの姿が、何処にもなかった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……うっぷ」

 

 酒場から逃げ出したジョンは、人通りの少ない路地裏に入り込んだ所で吐瀉した。

 何度か嘔吐を繰り返すことで少しは楽になったのか、乱れた呼吸を整えると壁に凭れかかり、ズルズルと腰を落としていく。

 

「うぅ……何だってんだ、くそっ!」

 

 悪態を吐きながら、苛立たし気に拳を壁に叩きつける。

 思い出すのは先ほどの男――デュラハンの顔だった。

 

「そ、そうだ。あの傷で助かる訳がない……なに、ビビッてやがる」

「―――ほう、それは是非とも聞かせて貰いたいな」

「なっ!?」

 

 突如と、路地裏に声が響く。

 反射的に立ち上がったジョンは周囲を見回すが、周囲には誰一人おらず、自分の息遣いのみが聞こえてきた。

 

「……き、気のせいか」

 

 そう、肩の力を抜いた瞬間だった。

 突如と直ぐ脇にある暗闇から手が飛び出し、彼の首を鷲掴みにした。

 

「がっ、ぎぃ…!」

 

 ジョンの身体を片手で持ち上げながら、デュラハンは姿を現す。

 苦しそうに呻き声をあげながら何とか逃れようと藻掻くジョンだが、自分の首を掴む腕をどれだけ叩こうとまるでビクともしない。まるで巨大な丸太を殴りつけているような感触は、彼我の膂力の差が歴然であることを示していた。

 

「お、お前、どうやって……」

「それより俺の質問に答えてもらおうか? お前、何を知っている?」

「ぐっ……」

「……まぁ、答えてもらわずとも視るがな」

 

 そう言うや否や、デュラハンはジョンと視線を合わせる。

 すると断片的、途切れ途切れながら過去の記憶が流れ込んできた。

 

――人払いの行われた、薄暗い誰かの私室。

 

  誰かより何かを託され、それを受け取る騎士の後ろ姿。

 

  その裏で、誰かから金銭を受け取る自分の手。

 

  森の中を、何処かに向かって歩く光景。

 

  そして何か塊を大切そうなに抱える騎士の背中を斬り付ける瞬間。

 

  追い詰められた騎士が、川へと飛び込む様子。

 

 

「――っと、ここまでか」

 

 男から手を離し、デュラハンは手で顔を覆う。

 ごしゃっ、と音を立てながらジョンは地面へと落ちて動かない。

 今のは拷問官や諜報役などが情報を得るために用いる青魔法の一つであり、対象の記憶の中で最も印象に残ったものを覗き見るというものである。ただし全てを正確に見れる訳ではなく、今のように切り取られたフィルムのワンシーンのようにしか見ることが出来ない。そして体感的に一分程度で魔法は強制的に終わってしまい、同じ相手に二度と使えない。

 何故なら――。

 

「はへ……」

 

 魔法を受けた対象は、必ず精神が崩壊してしまうからだ。

 一説によると、この魔法を受けると自身の一生の記憶が瞬く間に脳裏に再生され、その情報量に脳が耐え切れずに廃人となってしまうらしい。

 なので禁じ手の一つとして秘匿されており、この魔法の存在を知る者はごく僅かである。

 

「さっきの騎士……俺か?」

 

 確証はない。

 映像的にはジョンともう一人の騎士は誰かから――おそらく、かなり高位の人間から何かを運ぶ依頼を受けた。だが、ジョンは金を積まれたことで裏切り、油断していた騎士を背中から斬り付けた。そして斬られた騎士は何かを抱えながら川へと落ちて行ったことだけが分かった。

 確かに、海底トンネルで見た夢……あの時も川を流れていた覚えがある。

 

「……はぁ、結局記憶は戻らず仕舞い………おまけに、情報源はガラクタ同然」

 

 二兎を追う者は一兎をも得ず、とはこのことか。

 路地裏に用済みとなった廃人を放置し、デュラハンは酒場への道を戻っていった。

 

 




◆ジョン
 年齢:45歳 性別:男性 身長:168㎝ 適正:剣
 装備:隼の剣、銀の胸当て、幸運の首飾り
 体力:4248 魔力:1062 総合戦闘力:5310

 元騎士くずれの冒険者。
 不当な手段で得た金で、現在はあぶく銭で日がな一日を過ごしている。

イメージキャラはありません。
酒におぼれているクズ人間、ぐらいにしか考えていません。出番? 以上です。


クリック? クラック! また今度。

フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)

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