迷いの森の何処かにある隠れ家。
見た目こそ湖のほとりに建つ二階建ての山荘然とした外観だが、中は現実よりも遥かに広くなっている。それは屋敷の内部は魔力によって構築された特殊空間となっており、賢者の意志によって内部構造は自由に変えられる。
一階部分は玄関やリビングに浴室といった居住空間となっており、二階は居住区画として客間や賢者の寝室が設けられている。三階には研究用の工房や様々な用途に用いられる部屋があり、賢者以外は何人も立ち入ることは出来ない。なお、地下には賢者の従魔が生活しているらしい。
では、本編をどうぞ。
「お疲れ~、終わっ――くっさ!!」
扉を開けながら部屋に入ったシオンは、思わず鼻を摘まむ。
つい三分前――彼女が部屋を出てから再度入室するまでの現実の時間――までは乾燥した木材と樹脂の香りで満たされた筈の部屋が、今やは強烈な獣臭さと逃げ場のない熱気に包まれていた。これは時間の流れを緩やかにする都合上、密閉しなければならない為に起こった弊害であった。
「紫咲? ああ、何だ……もう三時間経ったのか」
「…………」
シオンに気が付いたデュラハンが、そちらを見やる。
まるで喫茶店で友達と待ち合わせをしていたかのようなテンションだったが、その下腹部では未だにあくあと繋がっており、シオンが入ってきたにも関わらず腰を動かしていた。そのテンポは決して激しいものではなかったが、結合部からはグチャグチャと卑猥な音が響いていた。
「まだやってんの? よくまぁ、飽きもせず……まるで猿みたいね」
「おいおい、酷いな。こっちは契約を破らない為にも頑張ってるっていうのに」
「物事には限度ってものがあるってのに……どんだけ出してんのよ」
チラッと、自分が用意した丸形フラスコを見やる。
成人男性の射精量を聞いたので彼女の目測では半分も溜まっていれば上々と考えていたのだが、視線の先ではフラスコの八割ほどの体積を精液で満たされており、それもまた室内の異様な臭さの一因ともなっていた。
「最後に景気良いのを出すから」
「それは良いけど……あくあちゃん、さっきから反応ないんだけど」
「………」
シオンの言う通り、あくあは先ほどから反応はない。
先ほどまではいやらしく乱れ、蕩けきった笑みを浮かべながら甘い嬌声を上げていたのだが、今は口を半開きにしながらぼんやりとした瞳で天井を眺めている。どうやらあまりに絶頂しすぎたことで意識を保てなくなり、為すがままの肉オ〇ホ状態と化していた。
「少し前までアンアン喘いでいたんだが、流石に飛ばしすぎた」
「うわぁ、ドン引きなんですけど。これアンタの仲間とかに見せたらどんな反応するかな?」
「止めてくれ……っ、出る!」
びゅるるっ、と最後の一発が放たれる。
どうやら今のでフラスコが満杯になったらしく、ちゃぷちゃぷと表面張力が働いて波打っている。
「これで契約は完了だな」
「……まぁ、問題ないみたいね」
シオンが指を振れば、フラスコが独りでに浮かび上がる。
無造作に持ち上げられたにも関わらず中身が零れないことから、おそらく魔法で保護されたのだろう。
「ふーん……亡者なのに何を射精しているのかと思ったけど、魔力を変換して疑似的に精液を再現してるんだ」
「そうなのか? 特に意識もせず、普通に出せてたからな」
「無意識でやってるんだ? にしても、この魔力量……アンタ、これまで何人も女を虜にしたでしょ?」
あくあの膣内から肉棒を引き抜き、魔法で互いの身体を清める。
着替えようと脱いだ衣服に手を伸ばした所でシオンにそう言われ、思わず手が止まる。
「………それが、何か関係あるのか?」
「こんな高密度の魔力の塊にあてられたら、もう普通の男じゃ満足できないでしょうね」
そう言われると、デュラハンにも思い当たる節は合った。
魔王城を出てから幾人もの女性と肉体関係を持ったが、確かにたった一晩だったにも関わらず自分の虜になっていた気がした。何しろ傲岸不遜な魔王ですらどれだけ機嫌が悪かったとしても、夜伽に自分以外の者を誘うことは一度としてなかった。魔族の中には眉目秀麗な者は男女問わず大勢いたにも関わらず、である。
「つまりマジカルチ〇ポならぬ、マジカル精液ってところね」
「……なんだ、その頭の悪そうな名前は」
「今回は魔法で精液は全部、ここに転移させてるけど……今後は調子に乗って中出しし過ぎないことね」
「何故だ?」
「アンタ、自覚ないかもしれないけど只の亡者じゃない。突然変異の個体、それも今も尚変化し続けている」
「変化?」
着替えを済ませ、シオンの方へと向き直る。
「自分自身、気付ているんじゃないの? 今までと何かが変わってきたことに」
「それは……だとして、何が関係するんだ?」
「多分だけど、アンタはそう遠からず亡者……魔物とも違う何か別の存在になる。それが何なのか現状はまだ未知数だけど、子供だって作れるようになるんじゃない?」
「俺が……子供を?」
シオンの言葉に、デュラハンは目を丸くする。
魔物の中にも生殖能力を持つ個体は数多くいるが、亡者である彼にはそんな機能は備わっていない。それが出来るようになるということは確かに、彼は亡者とはもはや別格の存在に成り代わることを意味する。それが果たして何なのか、賢者であるシオンが知らない以上、もはや誰にも分かりはしないだろう。
「そういうことだから、亡者だからってやり過ぎないことね」
「あ、ああ……」
「そろそろ下にいるアンタの仲間も目を覚ますから、一緒に街に帰りなさいな」
「えっ、何もまだ話してないが?」
「そっちは夢の中でそれぞれ済ませてるわ。扉をくぐれば、街の前に着くようサービスしておくわ」
「色々と世話になった。ありがとう」
「気にしないで。さて、あくあちゃんはこっちで責任を持って引き取るから」
指をパチンッと弾けば、あくあの姿とフラスコが一瞬で消え失せる。
それからシオンは部屋の窓を開け放つと、風が部屋の中に流れ込むのと同時に臭いも流れ出ていく。それでも完全には消えておらず、部屋の空気を入れ替えるまで暫く時間がかかりそうだった。そうして部屋から出て行こうとするシオンの背中に、デュラハンは気になっていたことを訊ねる。
「そうだ、一つ聞きたいことがある」
「なぁに?」
「賢者殿は俺の過去を、正体を知っているのか?」
「……どうかしらね? シオンちゃんから言えるのは、そう遠からず嫌でも思い出すことになるわ」
「それは、どういう……」
「その時、どんな選択をするのか……自分の心に正直に従うことね」
デュラハンの質問に対して明確な答えは出さず、シオンは部屋から出て行く。
一人残された彼は暫く言の葉の意味を考えたが結局は答えは出ず、仲間の元へ合流するべく部屋を後にする。
◆
「えっ、火山に向かう?」
次の目的地に、思わずデュラハンは鸚鵡返しに訊ねる。
シオンと別れてリビングへと降りてみれば、夢の中にいた三人とも目を覚ましていた。そして彼女に言われた通りに玄関の扉を潜れば、そこは都市の直ぐ側の場所に立っていた。転移魔法の存在自体は耳にしたことはあっても、実際に体験したことのある者はごく少数であったためにデュラハンを除く三人は感心していた。
それから酒場へと移動し、それぞれ夢の内容を話すこととなった。
とは言っても殆ど共通しており、「どうしたいのか」と訊ねられたらしい。
「小生の場合、強くなりたいと願ったのである」
バクニは胸を張り、答える。
どうやら夢の中でシオンが用意したのは核を潰さない限り無限に再生するゴーレムだったらしく、本来なら頭を使うのが苦手なバクニが的確に弱点を見つけ出すことで勝利を手にすることを想定していたようだ。ただ、彼の脳筋っぷりは想像を上回っており、あろうことか再生を上回る重さと速度でもってゴーレムを打ち倒したらしい。
「……バクニ」
「何であるか?」
「いや……何でもない。お前はそのままでいてくれ」
「うむ!」
呆れたように、デュラハンは肩を竦める。
バクニの脳筋っぷりには驚きはするが、今更と言えばその通りだった。彼はきっとこれからも、自分の信念に従って突き進んでいくだろう。
「ウチは魔法の指南を受けたよ」
続いてはミオの番だ。
彼女の場合は賢者として数多の知識を有するシオンから魔法理論の講義と、実戦さながらの訓練を受けたらしい。おかげで攻撃特化ではあるが、より高度な魔法を修得できるようになったそうだ。更に自分の指南を受けたオマケとして、ミオはシオンから何かを渡されたらしい。
「それが、これなんだよね」
「……卵、か?」
そう言って彼女が取り出したのは、一つの卵だった。
一般的な食用卵よりも圧倒的な大きさを誇り、とても片手では持ち上げられないサイズ感となっていた。外殻は青みがかった鋼鉄のような色味をしており、賢者からの贈り物だけあって普通でないことは間違いないだろう。
「なんの卵かは教えてくれなかったんだけどね。賢者様曰く、大事に育てれば凄いことになるかも、だって」
「何だそれ。そもそも育てろと言われても、どうすればいいんだ?」
「えっと、魔力を朝晩に適当に流していたらいずれ孵るって。後は常に持ち歩かなくとも大丈夫みたい」
「……蛇が出るか邪が出るか、賢者からなら危険であることはないか」
一抹の不安はあるが、今更捨てる訳にもいかないので保留することとなった。
そして次はフブキの番となったところで、冒頭に戻るのである。
「火山って、この都市から見えるあの山のことか?」
「勇者として覚醒したいのなら、オリュザ火山にいる大精霊に会えって」
「大精霊? あのく君は知ってる?」
「いや、俺も聞いたことはない」
それは事実であった。
魔王城で働く長い年月の中で、そういった類の話を耳にしたことは一切なかった。
「その大精霊とやらに会うのは問題はないが、流石に情報を軽く集めてからだな。それから山を登るとなれば、それなりの準備も必要だろうし」
「うん、そうだよね」
「何だかんだ言っても、やることは一緒だね」
「小生は皆について行くだけである!」
改めて、明日から行動することとなった一行はその日は宿で早めに眠りについた。
因みにデュラハンは夢の中の内容を、適回避訓練をさせられたと伝えていた。
◆
そして翌日のこと。
情報収集の班と買い出し班に分かれて行動し、それから正午に再集合した一行は収穫した成果を共有することとなった。
「それで、何か分かったの?」
「端的に言えば、オリュザ山を登ることは可能だ。何でも温泉で栄えた村があるらしくてな、療養地として知られてるらしい。残念ながら大精霊の情報は手に入らなかったが、料理なんかも旨いって話だ。名物は激辛の料理ってことだ」
「温泉!?」
「激辛!?」
デュラハンの言葉に、女性陣二人が食いつく。
情報によればオリュザ山は標高二千メートルを優に超える高山ながら山道は開拓されており、麓から温泉村までは冒険者なら何時間か歩けば辿り着けるくらいの距離らしい。更には日に数本ではあるが、麓からの往復便も出ているので体力のない者でも気軽に訪れることが出来るようになっている。途中から登山道は険しくなるが、それでもガチガチに装備を整える必要はないそうだ。
「それなら早速行きましょう!」
「できれば温泉でゆっくりしたいけどね~」
「……二人とも、分かっていると思うが目的は大精霊だからな?」
「分かってますよ~。激辛、激辛♪」
「温泉♪ 温泉♪」
フブキとミオが調子外れの鼻歌を奏でながら、デュラハンは肩を竦めて苦笑いを浮かべる。何は兎も角、オリュザ山への入山することが決定し、一同はその日の内に山の麓にある村へと到着した。
そこは小さな宿場町であり、定期便の待ち時間を利用した宿泊や登山前の最終準備などを行うための場所となっていた。やはり温泉目当ての利用客が多いからか宿場町には何軒もの宿屋や酒場などがあったが、四人が訪れた時には妙に寂れているような、閑散とした雰囲気が漂っていた。
そのことを不思議に思いながら一行は宿で一泊し、朝一で馬車の発着場へと向かう。
そして馭者に温泉村まで行けるかと訊ねると。
「お客さん、本当にあの村に行きたいのか?」
と難色を示された。
彼の反応からして馬車を出したくないというより、村に向かおうとする四人を心配しているといった様子だった。どうやら何かしらの事情がある様子なので、一先ず話を聞こうとすると馭者はぽつりぽつりと事情を話し始めた。
「今から半年ほど前のことだ。村で神隠し事件が起きた」
「か、神隠しっ!?」
「……村人が行方不明なったのか?」
「いや、消えたのは村に来ていた客だったらしい。その客は一人で来ていたから発覚まで遅れたらしいが、部屋に荷物を残したまま忽然と姿を消したらしい。その後に村人たちで捜索したものの何の手掛かりも見付からず、捜索は早々に打ち切られたそうだ。その事件を境に、村では定期的に人が失踪するようになっちまった。事件の話は直ぐに広がり、客足はすっかり遠のいて、この村も今ではこんな有様だ」
「その行方不明になった人たちに共通点とかはないのか?」
「……現状、分かっているのは消えたのは村の外からきた人間だけ。種族、年齢、性別といったものは全てバラバラだ。しかも消えるのは単身者だけでなく、アンタらみたいにパーティで訪れた奴らからも失踪者が出てるみたいだ。ただ共通しているのは消えるのは必ず深夜だが、その消える所を村人を含めて誰も見たことがないらしい」
「確認だが、見回りとかしてないのか?」
「一応、村の住人で深夜にパトロールもするらしいが、誰も夜中に動く人影は見ていないそうだ。例え同じ部屋で寝泊まりしていた奴がいたとしても、目が覚めた時には消えちまうって話だ。そもそも共通点がないから、誰を警戒すればいいのかさえ分からんと来た」
「……村人には被害は出ていないのか?」
「そこなんだよ! 方法は分からないが、噂じゃ村人が犯人なんじゃないかって話だ。おまけに観光客が減ったら収入が減るってのに、どういう訳か村人の羽振りがやたらと良いってのも噂に拍車をかけてるんだ。まぁ、実際のところは分んねぇんだけどな」
そこで馭者の話は終わった。
彼は四人が望むなら馬車自体は出すということだったので、一先ず相談するという体で馬車から離れる。
「で、どう思う?」
「本当に村人が人を攫ってるのかな? 何のために?」
「それは……奴隷商に売るため?」
「いや、一人や二人なら兎も角、半年前からならそれなりの人数は消えている筈だ。それも夜中とはいえ、仲間の誰も気付かないってのはいくら何でも不自然だろう。これだけの期間があるのなら怪しい人影を見たって目撃が一つくらいあっても普通だ」
「もしかして、魔物が関係しているとか?」
「可能性としてはあるが、それにしても村が無事ってのもおかしな話だ」
そうして暫く話し込むが、一向に答えは出てこない。
流石にこれ以上話していても結論が出る訳でもなく、元より向かうことは決定事項だったので一先ず馬車に乗ることを馭者に伝える。どうやら噂の影響は相当なのか馬車の利用者は四人だけらしく、おかげで体格のいいバクニが乗っていても狭い思いをせずに各々がゆったりとすることが出来た。
「時に御者の旦那、その村まではどれくらい掛かるんだ?」
「そうさなぁ……大体、昼過ぎには村に着けるぞ」
「思ったより遠いんだな」
「お前さんらみたいな冒険者なら歩きで二時間ぐらいってところだが、馬車ってなるとこれぐらいが妥当だ。あれを見な」
そう言って、御者は進行方向を指さした。
見れば麓の村から続く荒いながら整備された道が山へと続いていたが、その道は真っ直ぐではなく、山の斜面に対して這うようなつづら折りとなっており、どうやら村まで向かうには幾つもの曲がり角を通らなければならないようだ。
「御者さん、どうしてあんなに道がクネクネしているんですか?」
「それは真っ直ぐな道にすると、あまりの急勾配で流石の岩蹄馬でも参っちまうんだ」
「がんて…?」
「岩蹄馬。確か蹄が灼熱の大地でも焼けず、軍馬五頭分に相当する馬力を持った魔物じゃないか?」
「ま、魔物なの!?」
デュラハンの言葉に、フブキは驚きの声を上げる。
確かに言われて良く見れば、自分が知っている馬よりも一回り以上は大きいことが分かる。更には一般的とはいえ荷馬車一台に男女数人となれば、けん引するのに四頭はいなければ山を登ることは出来ないのをたった一頭で平然と牽いていることからも普通でないことが察せられる。
「そっちの僧侶は随分と物知りだな。大抵の奴は岩蹄馬が魔物って聞いて驚くってのに」
「魔物なのに、危なくないんですか?」
「ガキの頃から居るからな、怖いなんてこれっぽっちも思ったことはないな。それにこいつ等は賢い上に穏やかだからな、ちゃんと礼儀を弁えてさえいれば襲われることなんてねぇよ。まぁ、過去には岩蹄馬を汚いって罵った奴が蹴り飛ばされて、二度と立ち上がれなくなったこともあったけどな」
「人と魔物が……」
あっけらかんと、御者は話す。
人類にとって魔物とは天敵のような存在であり、自分たちの平穏を脅かす忌むべき敵だとフブキはこれまで思ってきた。実際、故郷を出てからこれまでの道中、幾度となく魔物の襲撃を受けてきた。それなのに山の麓に暮らすこの人は、平気で魔物を使役するどころか心から信頼している。こんな現実を受け入れるのは、とてもじゃないが直ぐには無理そうであった。
「そういえば閑古鳥が鳴いているとか言ったが、なら村に行っても利用者は俺たちぐらいか?」
「いや、物好きや噂を信じてない奴らもいるよ。最近だと一ヶ月ぐらい前に一人、三日ほど前に三人、後は昨日一人を馬車で連れて行ってるな」
「なんだ、思ったより利用客がいるんだな」
「繁忙期と比べれば十分の一以下だな。噂が広がる前は、この馬車一杯に客を乗せても乗り切らず、他に三台ぐらい一度に出さないと人員輸送が間に合わないくらいだったんだ。それが……俺がこの仕事を初めて十年以上経つけど、ここまで客足が途絶えるのは初めてだな」
御者がしみじみと告げる。
何処か雰囲気が悪くなったのを感じ、フブキが慌てて話題を変える。
「そ、そう言えば! この辺りって魔物は出ないんですか? 遠目にも見かけないんですけど」
「ん? ああ、そうなんだよ。徒歩でも同じなんだが、温泉街までの道中で遭遇したことは一度もないんだ」
「どうしてですか? この馬車もそうですけど、そういった類の防護作が設けられてるように見えませんけど…?」
「昔からそうなんだが、年寄りの話によると精霊様の加護を受けているからだって聞いたな」
「精霊……!?」
まさか目当ての精霊の話が聞けると思わず、ずいっと身を乗り出す。
ただ前を向いている上、勇者側の事情を知らない御者はそのまま話を続ける。
「アンタらみたいな余所者からしたら信じられないかもしれないが、この山には古くから精霊様住んでいて守ってくださっていると云われているんだ。それが真実かは分からないが、あの村にいる連中は子供から年寄りまで魔物を一度も見たことがないって奴も実際にいる。だからか、行方不明になった連中は精霊様に対して何か粗相をしたんじゃないかって思ってる村人もいるくらいだ」
「そうなんだ……因みに、その精霊様にお会いすることって」
「昔には実際に会ったこともあるって聞くが、現在はどうかは知らないな」
「そうですよね」
仮にも賢者が出した試練、そう簡単にはクリアできる筈がなかった。
そうして話している間に景色は移り変わっていき、カーブを曲がる度に馬車から見下ろせていた麓の町は小さくなっていく。高度が上がるにつれて気温も下がったからか肌寒くあるが、時折山肌から噴き出す熱い蒸気が馬車を包み込めば湿った熱風と腐った卵のような臭いが鼻を衝く。そのあまりの臭いに嗅覚の利く獣人のフブキとミオは思わず顔をしかめる程であった。
途中、休憩を何度か挟みながらも登山は恙なく進み、麓の村を出てから三時間を超えた頃、上り坂から平坦な道へと変わっていた。それだけでなく道の両側は巨大な壁に挟まれており、それが壁を削って作られたトンネルであることが馬車が差し掛かった所で理解できた。そんな少し長めのトンネルを抜けると、目の前に広がったのは至る所から蒸気の立ち昇る巨大な盆地だった。
まるですり鉢のような独特な地形の中央には川が流れており、それにより陸地は左右に分断されているが、一定間隔で設置された橋により行き来すること自体は可能となっているのが見て取れる。そんな川の両側には競り出すように建つ多層旅館があり、その殆どが三階か四階建てとなっているようであった。
そして馬車はトンネルから最寄りにある大きな建物の前で停車し、四人は馬車から降りる。
「ほいっ、到着だ」
「ありがとうございます」
「この建物が村の集会場になっていてな、観光や宿泊する場所を探すなら先ずはここが一番だ。それと下山の時もまた馬車を使いたいってときは、ここから連絡が出来るから頼むといい」
「ご親切にありがとうございました。お代はどうすれば?」
「じゃあな。次に会うときにも、四人が揃っていることを願うぜ」
そう言い残し、御者は再び馬車を動かす。
残された四人は目の前の建物へと入って見れば、どうやら一階は案内所兼待合室になっているらしく、そこそこ広い部屋には何台もの長椅子が用意されている。ただやはり利用客は少ないためにか座っている人は誰もおらず、一行はそれを尻目に受付窓口へと向かっていく。近付いていくと分かるが、何やら窓口のところでもめている二人組の男女の姿を見かける。
「だから! 居なくなっちまったんだよ!!」
「はいはい、分かりましたから。落ち着いてください」
「落ち着けるかよ! 昨日の夜までは確かに居たのに、起きたら居なくなってたんだ!」
「では朝の散歩か、別の立ち寄り湯にでも行かれたのではありませんか?」
「それで数時間も帰ってこないって有り得ないだろう! こっちは村中を駆け回ったんだぞ!?」
どうやら男性の方は感情的に怒鳴り散らしているようだが、窓口に座る女性は何処吹く風といった様子だ。
行方不明になる者が多いせいで落ち着いているようにも思えるが、それにしては心配している様子もなく冷めているようにも見える。
「あれ、あの人……」
とそこで、フブキが何かに気が付く。
他に受付に人がいないので、どう声を掛けたものかと考えていた全員の視線が彼女に向く。
「あの怒鳴ってる人……もしかして、偽勇者の」
「……あっ」
「本当だな」
確かに、言われて良く見ればその通りだった。
受付にいる男性は間違いなく勇者を自称していた剣士のリバティ、その側にいるのは女僧侶のタコマであった。ただ、あの遺跡で出会った時は魔法使いのコメットという老人がいた筈だが、どういう訳か二人の側にはいない。仲間の不在を訴えている様子から、どうやらあの老人は既に行方不明となっていることが察せられた。
「もういい!! お前らなんか頼るか、自分たちで探しに行く!!」
「あっ、待ちなさいよ!」
ガンッと台を叩き、リバティは窓口に背を向けて歩き出す。
どうやら頭に相当血が上っているのかフブキたちの存在に気付く様子もなく横を素通りすると、そのまま建物から出て行ってしまう。その後を追ってタコマも出て行ったことで、室内は一気に静けさを取り戻す。
何とも言えない空気ではあったが、四人は一先ずは窓口へと歩み寄る。
「お騒がせして申し訳ありません」
「いえ、あの……」
「ああ、さっきのお二人ですか? 良くあるんですよね、仲間や家族が行方不明になったって方が怒鳴り込んでくるのは」
「そ、それは随分と大変で……その、見付かったんですか?」
「こちらとしても尽力しているんですが、手掛かり一つなくてお手上げなんですよ。皆さんも通ったであろうトンネルは村で唯一の出入り口でして、そこには夜には必ず見張りを立てているので村を出てないとは思いますが……っと、いけない。話が脱線してしまいましたね」
やはり、何処か他人事のような態度に見える。
受付の女性は何とも言えない微妙な表情を浮かべるが、それも束の間のことですぐに営業スマイルを浮かべた。そのまま手慣れた仕草で手元の羊皮紙を広げ、そこに必要事項を書き込む準備を整える。
「お客様は何名様でしょうか?」
「四人です」
「四名様ですね。ご宿泊をご希望ですか?」
「はい」
「承りました。それでは宿泊予定日数と希望条件を教えていただけますか?」
「日数は……一週間くらいを考えていますので、出来るだけ、その……安い宿でお願いします。部屋数は男女用に二部屋、ゆったりと入れる大浴場なんかがあると嬉しいです」
「一週間程で安めの宿、大浴場付きですね。承知しました」
淡々と、受付の女性はメモを取っていく。
実はイースター遊技場にてバクニが闘技場にて裏で稼いでくれていたおかげで、勇者一行の懐事情はかなり余裕がある状況であった。とはいっても贅沢に湯水の如く使えばあっという間に底をついてしまう上、ここでの滞在日数も大精霊に会えなければ必然的に伸びることになってしまうので、何だかんだ倹約生活を送らなくてはならないのだ。
そんな中、受付は手元の書類を机の上で整理した後、フブキの方へと向き直った。
「それでしたら、こちらの宿はいかがでしょう?」
「ここですか?」
「はい、大浴場付きで料金も比較的抑えめですし、食事も美味しいですよ」
「ありがとうございます」
フブキはメモを受け取ると、内容を他の三人へと共有する。
提示されたのは一泊二食付きの宿泊、それが七日間で銀貨一枚とは下手に高い宿に泊まるよりはるかに懐に優しい。下界の大都市や村と比べたら十分に高いと言わざるを得ないが、こういった観光地ということを考えれば十分に良心的な価格設定と言えるだろう。
「こちらでお世話になろうと思います」
「ありがとうございます。ではこちらの書類を受付にてご提出いただければ手続きが終了となりますので、ご確認の上、ご署名をお願いいたします」
フブキは羊皮紙を受け取り、ペンでサインをする。
それを提出すれば、受付の女性からは代わりに何か木札と地図のような物が渡される。
「これは?」
「それはいわゆる通行手形になります。そちらを地図に示した宿屋でご提示して頂ければ、皆様がきちんと手続きを済まされた正式のお客様と証明する物になります。ご提示は入館時の一度だけで問題ありませんが、この村から出る際にこちらへの返却をお願いします。ご精算も、その際に行われますので」
「あ、はい」
「では、よい温泉ライフを」
営業スマイルを浮かべ、受付はぺこりと一礼する。
そのまま踵を返して建物の外へと出た四人は、地図を片手に示された宿を探し始めた。
◆白上フブキ 体力:3563 魔力:1527 総合戦闘力:5090
◆大神ミオ 体力:1041 魔力:4164 総合戦闘力:5205
◆金華バクニ 体力:4287 魔力:1072 総合戦闘力:5359
◆牧氏あのく 体力:4246 魔力:1061 総合戦闘力:5307
温泉村到着時における四人のステータスです。
フブキの戦闘力が他の仲間に追い付いているは、単純に勇者の成長率が他の職業に比べて高い為です。その時により数値は変動しますが、分かり易く言うと一般は1.3倍に対し、勇者は1.5倍で上昇していく感じです。
クリック? クラック! また今度。
フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)
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Bの画像