カルデラを伴う大型の活火山。
標高は約二千五百メートル、その千メートル地点にある巨大なカルデラの中には温泉で栄える村が存在する。村は周囲を高い外輪山に囲われており、その一角に空いたトンネルが唯一の出入り口である。
火山の何処かには今も精霊が御座しているとされ、その恩寵により温泉村は古くから魔物から遠ざけられてきたとされる。ただ、その存在を目にした者は村の中にもいない為、一部の外部の人間は眉唾と考えている。
では、本編をどうぞ。
地図を片手に、勇者一行は温泉村を歩く。
村の様子はやはり噂が影響しているからか観光客の姿は多くはなかったが、それでも全くないというわけではない。純粋に温泉を楽しみに来たもの、怪我や病気の治療のために訪れたものがちらほらといるようだった。また宿泊施設だけでなく立ち並ぶ商店もまた、それなりに賑わっていることが遠目からでも分かる程だった。ここだけを見れば、とても旅行客が失踪しているとは思えない程に平和だ。
「こうしてると、噂が間違いなんじゃないかと思えるね」
「安心するのは早い。俺たちが目撃していないだけで、確かに失踪者は出てるんだ」
「そうだね。それにしても……うぅっ、この臭い……何とかならないのかな?」
「村人は平然としてる様子からして、これが普通なんだろうな。だとすると慣れるしかあるまい」
「あっ! 宿屋はそこの橋を渡った先にあるみたい」
鼻をつまみながら顔をしかめるミオに、デュラハンはそう言葉をかける。
そして同じように臭いに閉口した様子で地図を眺めていたフブキが、少し先のところにある橋を指さした。そうして四人が橋のたもとへと差し掛かった所で、誰かが橋の上で仁王立ちしていることに気が付く。
それは黒のチューブトップに裾が擦り切れたような灰色のジレ、裾が大きく破れたようなアシンメトリーな黒のミニスカートを履いた茶色の髪と瞳を持つ犬獣人の少女であった。武器こそ所持していないが、雰囲気からして只者でないことは確かであった。
「えっと、あの、すみません?」
「―――」
「今なんて?」
「……オマエかぁぁぁっ!!」
絶叫、それと同時に少女は地を蹴った。
そして最短距離で正拳を、デュラハンの鳩尾目掛けて突き出した。
「死ねぇぇぇっ!!」
「っ!」
咄嗟に腹を引いて避ける。
ただ、回避した後になって普通の僧侶なら避けたのはまずかったと悟る。死ぬことは先ずないのだから、大人しく殴り飛ばされておけば彼女も気が済んだ可能性はあった。なまじ避けてしまった為に、次弾が飛んでくることは明らかであり、彼の思考がそう導き出すのに時間は要さなかった。
彼の勘は当たる。
自らの拳面に衣服の布擦れの感触だけだったことを理解すると即座に引き手と入れ替え、至近距離から顎を狙った左の下突きを放つ。しかし如何に鋭い一撃だとしても、デュラハンの前では彼女の攻撃は再び虚しく空を切ってしまう。
「ちょっと、落ち着け!」
「避けるなっ!!」
激昂した様子の少女は、止まることなく攻め続ける。
フブキたちも突然のことに驚きと戸惑いにより反応が遅れ、どうしたものかと思案に余る。
デュラハンとしても組み伏せることは簡単だが、行う訳にもいかないので回避のみに徹していると――。
「わあああっ!! ころさん、待ってぇぇぇっ!!」
突然、少女の背後から誰かが抱き着く。
それはデュラハンたちも良く知る人物、勇者一行の協力者たる盗賊のおかゆだった。
感情は高ぶっていても冷静さは失っていないのか自分に抱き着いているのが誰かは分っているのか、拘束から逃れようとしても力尽くで引き剝がそうとしたりはしなかった。
「おがゆっ!? 離して!!」
「ダメ! 僕が手を離したら、また殴り掛かるでしょ?」
「だって! コイツが!!」
「違うの! ころさんの誤解なんだってば!!」
何としてもデュラハンを殴りたい少女と、何としてもそれを止めたいおかゆ。
その後も二人のやり取りは続くが、通りで騒いでいたので少なからず周りの注目を集め始めており、流石にこれ以上騒ぐのは拙いと感じたのか少女は抵抗を止めて両手を上げた。
「わがった。ここは引くから、離して」
「……うん」
少女の降参に、おかゆは素直に拘束を解く。
解放されたことで大きく深呼吸をしてから、少女は暴力に訴える代わりにデュラハンを睨みつけた。
「ここだと何だし、場所変えようか」
「そうだね、その方がいいと思う」
おかゆの提案に、ミオが同意を示す。
一行はそこから少し離れた場所にあった酒屋へと移動し、六人掛けのテーブルに着く。店内はやはり閑散としており、店主も六人の雰囲気を察してか注文を聞くとそそくさと厨房の奥へと引っ込んでくれた。おかげで多少騒いでも、他人の目を気にしないで済みそうであった。
そしてフブキが代表し、少女が誰なのかおかゆに尋ねる。
「おかゆさん、この方は?」
「えっと、彼女は戌神ころね。僕の幼馴染で、公都で冒険者として生計を立ててたんだけど、一年位前に武者修行の旅に出てたの」
「おかゆさんは、戌神さんに会うためにこの村に?」
「僕が公都を出る前にこの温泉村に向かうって連絡は貰っていたから、近くに寄ったから会おうと思ったの。それに奇妙な失踪事件が起こっているって話も聞いたから、この村で待ってれば皆も来ると思ったんだけど……違った?」
「実は私たちが来たのは、それとは別件でして」
「そうなんだ?」
「それで……戌神さんは、どうしてあのくさんに攻撃を?」
フブキがそう訊ねると、おかゆが気まずそうに頬を掻いた。
「ころさんにも事件解決に協力してもらおうと、みんなのことを話したんだけど……あのく君のことを僕の恋人って思ちゃったみたいなんだよね」
「あのくさんっ! おかゆさんと付き合ってるんですか!?」
「……ちょっと待ってくれ。彼女と恋仲になった覚えはないが?」
「僕の言い方が悪かったみたいで、ころさんも勘違いしちゃったの。それで許さないって言って飛び出しちゃって……」
「……おかゆを騙して、手籠めにしてると思って……」
勘違いだと言われ、ころねはぼそぼそと弁明する。
子供の頃から一緒にいた大切な親友の側に、自分が少し目を離している間に男が手を出したと思って頭に血が上ってしまったらしい。しかし、当の本人からこうして否定されたことで冷静になり、自分が完全に悪かったと納得したのか頭を下げて謝罪する。
「ごめんなさい、誤解でした」
「まぁ、俺としては納得してもらえれば良かったよ」
「私もその気持ち、わかります。もしミオに男が近付いたら、多分先走ったと思いますし」
意外にも、ころねにフブキが同調する。
確かに考えてみれば、彼女とミオも幼馴染の関係なのだから気持ちは分かるようだ。
「それで、みんなはどうしてこの村に? もしかして単純に観光?」
「いえ、ここに来たのは大精霊に会いたくて」
「大精霊?」
首を傾げるおかゆに、フブキがこれまでの経緯を説明する。
一通りの話を聞いてから、おかゆはころねの方を見る。
「んー、僕は知らないけど、ころさんは知ってる?」
「……知らない」
「そう簡単に分かるとは思ってないからな、これから調べるしかあるまい」
「はーい、ご注文の品をお持ちしましたー」
そこへ、店主が頼んでいた飲み物を持ってくる。
テーブルにゴトッと音を立てながら、飲み物の入った器を置いていく。
「店主、この村には昔の資料や文献に触れる事が出来る場所はないか?」
「えっ? あー、そうですね……確か村長の家にそういった物が残ってるとか聞いたことがありますね」
「それは俺たちが見ることは可能か?」
「村長に言えば出来ると思いますよ。あんな古い物に興味があるなんて、お客さん変わってますね?」
「まぁ、少し気になってな」
そう話を切り、頼んでいたエールに口を付ける。
と、嚥下したところでデュラハンは眉をひそめながら顔をしかめた。
「あのく君、どうかしたの?」
「いや……このエール、少し味が変な気がする」
「えっ、本当?」
話を聞き、同じくエールを頼んだミオも口する。
他の面々はワインやミードといった飲み物を頼んでいたので気付いてはいないようだったが、ミオも不思議そうに首を傾げた。
「本当だ。何か普通のと違うような、とにかく変な味がする」
「ああ、この店のエールは少し変わってるってよく言われるよ。けど、腐ってるって訳じゃないから安心してくれ」
そう言って、店主は奥へと引っ込んでいく。
確かに普段飲んでいるエールに比べたら変わっている気がするが、別段不味い訳ではないのでそのまま喉へと流し込む。
それから今後の予定を決めるにせよ、先に宿泊することになる宿の受付を済ませようということになり、一度おかゆたちと別れて勇者一行は当初の目的である宿屋へと向かった。
◆
その宿屋は質素ながらも、趣のある木造の建物であった。
建物そのものは年季を感じさせるが、柱や梁などの建築材にはしっかりと手入れがされており、古さゆえの陰鬱さはない。入り口の上には「水禽の宿」という大きな看板が掛けられており、それを一瞥してから引き戸を開ければ広い玄関がそこにあった。
「こんちわーっす! 宿屋『水禽の宿』へようこそ!!」
受付の奥から元気よく出迎えてくれたのは、年若い少女だった。
年齢は十代後半から二十代前半くらいか、フブキやミオと同い年にも見えなくもない。他ではあまり見かけない幾何学的な鱗文様が特徴的な着物に紺色の袴という服装をしており、出迎えたということから彼女はこの宿の従業員なのだろうと察せられた。
「お泊りですか?」
「はい、そうです。えっと、案内所でこれを渡されました」
「はいはーい。おじさーん! お客さーんっ!!」
フブキが木札を手渡すと、少女は奥の方に向かって叫ぶ。
少しして奥から宿屋の亭主とらしき中年の男性が姿を現し、少女から木札を受け取る。彼はそれをカウンターにある水晶玉にかざすと、水晶玉は透明な状態から緑色に光り、それから黄色へと変化する。どういった意味かは分からないが、おそらくは水晶玉で正規の客か確認しているのだろう。
「おっ、久しぶりの宿泊客か。嬉しいねぇ。しかも、こんな別嬪さんが二人も来てくれるなんて」
「おじさん、そんなこと言ってないで仕事してよ。部屋は葦と蓮でいい?」
「……いいや、葦は確か立て付けが悪かった筈だからな。蓮と菖蒲がいいだろう」
「そうだっけ? まぁ、いいや。じゃあ案内するから、着いてきて」
カウンターの裏から部屋の鍵を手に取り、少女は通路を歩いていく。
その後を追って四人も歩いて行けば、少女は前を歩きながら宿について説明を始める。
「この先の突き当りの左手に大浴場があって、青色の暖簾が垂れ下がっているのが男湯、赤色の暖簾の方が女湯になっています。もし間違った方に入ろうとすると警報が鳴る仕組みになっていますので、くれぐれも注意してください。それぞれの扉を通った先に脱衣所になっているので、そちらで衣服を脱いで頂くので貴重品などを持ち込まないようにしてください。部屋以外の場所で紛失しても、当宿は一切の責任を負いかねませんので」
「まぁ、貴重品は鍵をかけた部屋に置くか、肌身離さず持ち歩けってことだな」
「そうなります。あと、大浴場は夜の十一時から清掃と、湯の入れ替えがされますので注意してください」
「分かりました」
廊下を暫く歩けば、彼女の言う通り突き当りに行き当たる。突き当りは左右に伸びる通路と、それから二階へと上がるための階段が設けられていた。階段脇にある壁を見れば、そこには「←大浴場 食堂→」と書かれた立札が吊るされていて間違わずに済むようになっていた。
少女は左右の廊下には進まず、そのまま二階への階段を上がり始める。
「さっきの廊下を右に行くと、食堂に行き当たります。食堂の利用時間は夜は夕方十六時から十八時、朝は六時から八時までになるので時間を過ぎて戻ると食事にありつけないので注意してください。予め教えていただければ簡単な弁当などを用意することは出来ますが、基本的に追加料金に関してはその都度相談でお願いします」
階段を上がり切った所で、少女は一行を振り返る。
「ここまでで、何か聞きたいことはありますか?」
「そうだな。えっと……」
「? ああっ! そう言えば、まだ名乗ってませんでしたね。あたしはこの宿で仲居させてもらってる大空スバルって言います。さっき受付をしてたのがあたしの父ちゃんの弟で、この宿の亭主です!」
「これはご丁寧にどうも。それで大空さん……その、不躾で申し訳ないが、この宿屋では例の失踪事件は起こってないのか?」
「あーっ、そうですよね。そりゃ、あたしもお客さんの立場だったら気になると思いますよ? それで事件なんですけど、実はあたしも二か月前から仕事を始めたばっかりだから、直接は見てないんだけど、この宿でも一度だけ失踪が起こってるって聞いてます」
スバルは気まずそうに、そう答える。
まだ出会って間もないが、彼女の反応から嘘はついてはいないのは何となく察せられた。
「あっ、で、でも心配しないで下さい! 失踪が起こったのは三か月以上も前のことだし、その後に宿泊に来たお客さんは居なくなっていないので!」
久しぶりの宿泊客が居なくなるのを恐れたのか、スバルは焦った様子で弁明する。
情報として聞きたかっただけなので、デュラハンを含めて全員が別の宿に移ることは考えていなかった。正直、宿を変えたところで同じように失踪事件が起こっている可能性はあるのだから移っても意味はないだろう。
「落ち着いてくれ、別に出て行くつもりはない」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。だから部屋まで案内してくれ」
「了解しました!!」
安心したのか、スバルは元気よく返事をする。
それから彼女は「蓮」という表札が掛けられた部屋の鍵を開け、全員を中へと通してくれる。
「あっ、当宿は客室は土禁となってますので、踏込で靴を脱いでください」
スバルは板敷きの小さなスペースで履いていた草履を脱ぎ、足袋で室内に上がる。
四人からすれば安全な場所で寝る時か、身体を洗う時以外は屋内でも脱ぐことが殆どないので困惑するが、この村ではそれが仕来りであるならば従わなければならないのは彼らの方になる。ここで下手に反発して揉めても面倒なので、四人は戸惑いながらも従う。
それぞれブーツを脱いだ四人はスバルの後に続き、襖で仕切られていた部屋へと入った。
案内された部屋は質素ながらも、静謐に満ちていた。壁は窓から入る温泉の湯気を長年浴び続けたからか渋い飴色に沈んでいるが、決して汚れている訳ではなく落ち着いた雰囲気を醸し出している。床は一般的な宿と同じように板張りとなっていたが、おそらくは寝台となる場所にのみ粗末な薄畳が何枚か敷かれていた。通常なら足裏に木材の冷たさが伝わってくるはずだが、どういう訳か冷たさは感じず、寧ろほんのりと温かみさえ感じられる。木製の窓枠は立て付けの悪さ故か隙間風を招き入れるが、こちらも温泉の湯気の熱が常に含まれているからか肌寒くはない。
「紹介を省かさせて頂きますが、『菖蒲』の間も同じ内装になっています。今は押し入れに片付けておりますが、皆様が食堂へ出られている間に寝具を部屋へと設置しておくので、安心して就寝して下さい。寝具に不備があれば、亭主かあたしに声をかけて下さいね」
「出かける際は宿の鍵はどうしたらいい?」
「紛失を回避するため、受付で預けてください」
その後、特に聞きたいこともなかったため、スバルは退出していった。
部屋にはテーブルも椅子もなかったので、四人はそれぞれ適当に腰を落ち着かせてから互いの顔を見合わせる。
「こういった宿には初めて泊まりますけど、何というか……変わってますね?」
「世界は広いからな、こういった風習や文化の違いがあっても不思議ではない」
「そうだね。取り敢えず、一息ついてから村の探索に行く?」
「……そうだな」
ミオの言葉に、デュラハンも肯定的に頷く。
大精霊の情報を手に入れる為にも、村長の家とやらに行って資料を見せてもらうよう頼まなければならない。それから関係ないかもしれないが、失踪事件についても情報収集はしておくべきだろう。村長宅へ向かうついでに、少し観光気分を楽しむのも吝かではない。
勇者一行は暫しの休息後、行動を開始するために部屋から出るのであった。
◆戌神ころね
年齢:18歳 性別:女性 身長:156㎝(88F) 適正:拳
装備:禁牢の拳帯、獣皮の胴着、収斂の数珠
体力:5505 魔力:1376 総合戦闘力:6881
武者修行の旅に出ていたおかゆの幼馴染。
何よりも大切なおかゆのことを自分の力で守れるように武闘家になることを選択し、高名な武闘家から教えを仰ぐ。素質もあったことで僅か数年で師のもとを卒し、己の拳を試す旅に出るが、おかゆの側に男の影を感じて離れたことを若干後悔している。
イメージは某格闘ゲームとコラボした際の衣装です。
一部の装飾品がなかったりしますが、基本的には同じものと考えて頂いて良いです。
クリック? クラック! また今度。
フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)
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