ロホークラに普及している飲料水。
浄水技術の未発達のこの世界では生水は非常に危険であり、下手に口にすれば寄生虫や病魔に侵されるリスクを背負うことになるため、煮沸と発酵を経て毒を抜かれた度数の低いエールを赤子から老人までもが日常的に飲んでいる。
ただ「飲める水」は存在しない訳ではなく、人里離れた場所にしかない湧き水か、あるいは魔法により生成された水と非常に貴重なものである。これにより綺麗な水を普段から口にできるのは一部の貴族か、あるいは王族に限られる。
※現代風に言えば、海外の生水(蛇口から出る水)が普通には飲めないのと同じ。
では、本編をどうぞ。
宿屋から出た勇者一行は、おかゆたちと合流する。
早速、村長の家に行こうかと相談しようとしたのだが、唐突におかゆから提案があった。
「ねぇ、その前にお昼にしない?」
「えっ? ああ、そう言えばお腹も空いてきてるね」
「そうだね、軽く済ませてから行こうか」
「ころさんが美味しいお店を知ってみたいだから、そこに行ってみようよ!」
「……こっち」
ころねの案内で一行は食事処へと向かう。
程なくして目当ての店に辿り着いたのか、ころねの足を止めた。そこは「香辣食堂」と書かれた暖簾が掲げられた赤瓦の建物であり、少しばかり他の建物より存在感を発しているように思える。思わず店構えを見上げる中、ころねはそれを尻目に引き戸を開けて中へと入っていき、遅れながら残りの面々もついて行く。
店内は外観に反してシンプルな内装となっており、幾つかのテーブル席とカウンター席が置かれていた。店内には彼ら以外に客の姿はなかったが、戸の音に気が付いたのかカウンターの内にある厨房から料理人の恰好をした大柄な男性が姿を現した。
「へいらっしゃい! 好きな席に座っておくれ」
そう声を掛け、料理人は調理の準備を始める。
六人が座れる席はなかったので、二つある四人席をくっつけることにしてそこに座る。入り口に近い方からフブキ、デュラハン、バクニと座り、その対面にミオ、おかゆ、ころねの順番で並んでいる。
カウンターの上の垂れ壁には使い古された木の板が吊るされ、そこに幾つかのメニューと料金が書かれていた。メニューは上から「麻婆豆腐、担担麺、回鍋肉、魚香肉絲、棒棒鶏 」「スペシャルメニュー・超激辛水煮肉片(※特典付き)」と並んでいる。
「みんな、どれにする?」
「……どれも知らない料理だな」
「ボクも初めて食べるから分からないや。ころさんは分かる?」
「あたしも、全部は知らないよ。でも、あの棒棒鶏は甘くて、麻婆豆腐は辛いけど美味しいよ」
「じゃあウチは麻婆豆腐にしようかな?」
「ならボクは棒棒鶏にしてみるよ」
そうして各々が、頼みたい料理を選んでいく。
最後に残ったのはデュラハンとフブキの二人のみとなった。
「二人は何にするの?」
「俺は……魚香肉絲にするかな」
「私は、水煮肉片にします!」
「えっ、本気? 超激辛って書いてあるよ?」
「はい! 辛いのも気になるけど、特典もきになるので頼みます」
そう言って、フブキは自信満々に胸を張る。
無理強いではなく本人が自らの意思で決めたことなので、五人は特に反対しようとしなかった。
それから店主に六人分の注文を伝えれば、その中にスペシャルメニューが含まれていたことに眉を上げたが、旅行客が面白半分に注文することもあったので特に忠告することもなく黙々と調理を始める。
店主が鍋を振る傍ら、六人は話を始める。
「えっと、戌神さんはいつからこの村に?」
「ころねで良いよ。あたしは大体一ヵ月前くらいかな? ちょっと軽く怪我したから、その治療のために来たの」
「ころさん、一ヵ月もいたの!? 大丈夫? 変なことなかった?」
旅行客が失踪する事件が相次ぐ場所に一ヵ月も滞在していたことに、おかゆは目を白黒させた。
慌てる親友に対し、ころねは落ち着いた様子で返す。
「うん、何も問題なかったよ。ただ、あたしが居る間に二人は姿を消したって噂になってるのは聞いたけど」
「そ、そうなんだ……」
「まぁ、いきなり自分の幼馴染が失踪事件が起こる村に一ヵ月もいたなんて聞いたら、不安になるのは分かるな」
「本当は一週間くらいで山から下りて公都に戻ろうと思ってたんだけど、ちょっと傷が治るのが時間掛かっちゃって」
完治を証明するように、手をブンブンと振って見せる。
確かにその様子を見る限りでは、本当に怪我が治っているのだろうと納得がいく。
そんな話をしながら待つこと二十分弱、店主が完成した料理を持ってくる。
「はい、おまちどう!」
それぞれの目の前に置かれた皿には、各々が選んだ料理が盛られている。どれもこれも見たこともない料理ではあったが、見るからに美味しそうで食欲がそそられる――フブキの前に料理が置かれるまでは。
「……赤いね」
「真っ赤だね」
それは言葉にせずとも、全員が抱いた感想だった。
フブキの前に置かれたのは、器の縁まで並々と注がれた真っ赤な海だった。まるで地獄の窯のようにグツグツと煮え立ち、この村を包む独特な臭いとは明らかに違う危険な香りを立ち昇らせている。他の五人の前にある料理とは明らかに一線を画しており、見るからに人が食べていい料理ではなかった。
と、換気用に開け放たれた窓からの風により、フブキの真向かいにいるミオへと湯気が流れる。
それをもろに吸い込んだ瞬間、ミオはゴホゴホと咳き込んで顔をしかめた。
「ゲホッ、ゴホッ!! か、辛っ……!」
辛味が目や鼻へと刺さったのか、涙を浮かべながら悶絶する。
まだ料理にすら口を付けていないのに、湯気を浴びただけでこの有様である。
「て、店主……これは?」
「それがうちのスペシャルメニュー・超激辛煮込み鍋だ。普通の水煮肉片も十分に辛いが、これは更に複数の香辛料をこれでもかと投入したことで最早人が食べていい域を超えた渾身の逸品だ!」
自慢げに告げる店主だが、自ら食べ物でないと言っている。
実は彼が勇者の暗殺を目論んで出した劇物だと云われても、納得できてしまう程に見た目からして凶悪である。
「もし、最後の一滴まで飲み干すことが出来たら、スペシャルな特典を贈呈するぞ!」
「ああ、そう言えば特典付きって書いてあったな。因みに内容は?」
「ふっふふ……これだ!」
問いに、店主はカウンターの裏から何かを取り出して全員に見せた。
それは額縁に収められた、一枚の大きな羽根だった。それは根元の滴るような深紅でありながら、先端へ向かうほどに洗練された黄金へと溶け込んでいく美しい一品。この世には羽を持つ生物は多種多様であるが、どう考えても普通の鳥などの羽根ではないと誰もが察した。
「それは?」
「聞いて驚くなよ? これは俺の爺さんが手に入れた、精霊様から抜け落ちたっていう羽根だ!!」
「本当なんですか?」
「まぁ、正直なところ俺は実際に精霊様を見たことがないから爺さんの言うことが本当かは知らないんだ。ただ、これが普通の羽根じゃねぇってのは素人の目にも確かだし、この村じゃ本物な可能性だって十分ある」
彼の言う通り、真偽は定かではない。
ただ店主は気付いていないかもしれないが、デュラハンやミオといった魔法に精通している者の目には羽根に帯びた魔力が見えていた。話を信じるなら抜けてから五十年以上は過ぎているであろうに、実体の羽根の外側に三層にも重なった半透明の炎が揺らぐこともなく渦を巻いている。
そのことを知らないおかゆが訊ねる。
「でも、そんな貴重なものを大っぴらにしちゃっていいの? 盗まれちゃわない?」
「安心しなよ、嬢ちゃん。これは魔法のかかった特別な額縁でな、予め定められた条件を満たした者じゃないと触れないようになってるんだ」
「……因みに、これまでに料理を完食した人は?」
「おかしなことを聞くな。これがここにある以上、答えは決まってるだろ?」
つまり、誰も成し遂げた者はいないということだ。
流石にそんな危なそうなものを、勇者に食べさせるのは拙いと誰もが思う中、ただ一人だけ違う者がいた。
「じゃあ、いただきまーす!」
フブキは嬉しそうに匙を手に取り、食事を始めてしまった。
全員が彼女の行動に気が付いた時には既に遅く、赤い海から掬い上げた具と汁を口の中へと放り込んでいた。それと同時に全員が予測したのは反射的な嘔吐くか痛みによる悲鳴を上げる彼女の姿だったが、それら全てを裏切るようにフブキの口から発せられたのは想像していたものとはかけ離れた恍惚とした声。
「おいし~♡」
それは、彼女にとって至上の極みに達した時に溢れる心の叫びだった。
その場にいる誰もが目を見開く中、そんなこと関係ないと云わんばかりにフブキは食事を続ける。
一瞬、もしや本当はそんなに辛くないのではと店主の方に視線をやれば、彼もまた顎が外れそうな程に大きく口を開け目玉が零れんばかりに瞠目していた。それだけで、フブキが今まさに口にしているのが人間が口にしていい料理ではないと証明されていた。
そして自らの疑問を解消すべく、デュラハンが口を開く。
「えっと、フブキさん?」
「ふぁい、何ですか?」
「……辛くないのか、それ?」
「辛いんですが、それ以上に美味しいんですよ! 良かったらあのくさんも、一口どうぞ」
「いや、いい。結構だ」
どうぞと言いつつ、フブキは勝手にデュラハンの取り皿に一匙を注ぐ。
言うまでもなく彼女に悪意はなく、本当に美味しい物を味わってほしいという善意からの行いだった。
「………いただきます」
目の前に出された皿を突き返す訳にもいかず、意を決してデュラハンは液体を啜った。
瞬間――彼の味覚が停止した。
(あっ、これ駄目な奴だ)
彼は自身が人間でないことに深く感謝した。
もし生身の肉体であったのなら液体が舌に触れると同時に、まるで雷のように速く鋭い衝撃が全身に迸ったことだろう。舌を焼き尽く炎が迸り、脳天を貫く稲妻が駆け抜け、触れた箇所の細胞を片端から焼き潰していく無慈悲な熱塊。嚥下すれば食道を真っ赤に焼けた鉄杭で貫くように通り過ぎ、胃に落ちたそれは、腹の底で小さな太陽が爆発したかのような、逃げ場のない熱を撒き散らし始めていたに違いなかった。
本来、冷や汗など掻くはずのない皮膚にはじっとりと湿っているのを感じる。
「―――」
デュラハンは無言で並々とエールの注がれた木製のジョッキを呷る。
鎮める必要などない筈なのに、反射的に全身を巡る炎を鎮火させようと躍起になって体内に冷水を送り続ける。
「どうでしたか?」
「……中々、刺激的な味だったよ」
それだけで彼が何を思ったのか想像するに難くないのか、ミオたちも口を噤む。
これ以上触れれば火傷だけでは済まないと全員が理解し、何も気付かなかったことにして各々が食事を始める。そんな仲間たちの心境に気付くことなく、フブキは料理に舌鼓を続けていた。
◆
「思わぬ収穫でしたね!」
手にした羽根を掲げながら、嬉しそうにフブキは歩く。
結局、フブキはスープの最後の一滴まで飲み干し、見事に特典を獲得していた。因みに羽根を手渡す際の店主の表情は、もはや悔しさや驚きを通り越して唖然としていた。どうやら自慢の激辛料理が、可愛らしい少女により完食されたことがよほどショックだったらしい。
「フブキ、落としたら大変だから仕舞っとこ?」
「はーい」
ミオに言われた通り、フブキは羽根を荷物袋へと仕舞う。
思わぬ収穫に自然と足取りも軽くなる中、食堂の店主から教えてもらった村長の家を目指して一行は歩く。
「あっ、あれかな?」
暫くして辿り着いたのは、これまで見てきた中で最も大きな家屋であった。
やはり他の家屋と違って村の長が暮らすだけあって外観も中々に立派な建物であり、石造りの土台に煉瓦造りの二階建てとなっている。敷地内には他の家にはない広い庭があり、庭の一角には蔵と思しき構造物も確認できる。見れば分かると言われていたが、確かに教えられずとも分かるものとなっていた。
引き戸には扉叩きはなく、かといって流石に許可なく立ち入るのは拙いので声を掛ける。
「すみませーん!」
引き戸を軽く叩きながら、デュラハンが声を掛ける。
少ししてトタトタと足音が響き、やがて引き戸がガラガラと音を立てながら開けられる。開かれた戸の向こうから姿を現したのは、白髪交じりの初老の男性だった。黒っぽい作務衣を身に纏った痩躯の老人は、丸眼鏡越しにデュラハンを鋭く睨みつけた。
「何じゃ、アンタらは?」
「村の人に教えてもらったのだが、貴方がここの村長で間違いないか?」
「如何にも。儂こそこの村の村長じゃ」
「俺たちは旅の冒険者なのだが、この村の歴史や伝承が記されたような書物に興味があってな。村長の家になら置かれていると聞いてきたんだが、見せてもらうことは可能だろうか?」
デュラハンの申し出に、村長は眉を寄せる。
冒険者が六人もぞろぞろと、それも約一名は見るからに書物とは無縁そうな男も混じっていることで不信に思っているようだ。
「俺は見ての通りの僧侶だが、この地に伝わる精霊信仰には大変興味があってな。是非、歴史について調べてみたいのだ」
「そういうことなら、別に構わんぞ」
「では、見せてもらえるのだろうか?」
「うむ。資料はあそこに見える蔵に保管してあるのでな、仕舞ってある鍵を持ってくるから先に蔵の前で待っときなさい」
「助かります」
デュラハンの問いに、村長は了承を示す。
それから一行が蔵の前で待っていると、古びた金属製の鍵を持った村長が戻ってくる。彼はその鍵で蔵を開錠し、蔵の戸を開けてからデュラハンたちへと向き直る。
「中は好きなだけ調べてもらって構わんが、くれぐれも荒立てて破損でくれよ?」
「分かった」
「わしは家に戻っとるから、帰る際にまた声を掛けとくれ」
村長はそう言い残し、くるりと踵を返し母屋へ戻っていった。
残った六人は早速、大精霊に関する資料はないかと手分けして蔵の中を調べ始める。とは言っても蔵の中には様々な資料が詰め込まれており、こうなっては片っ端から内容を確認する他なかった。これにより最初は協力的だったバクニも――。
「お手上げである」
そう言って、早々に音を上げてしまった。
蔵の中に残っても邪魔になるからとバクニが待機し始めてから数分後。
「飽きた」
続いて、ころねが離脱する。
残った四人は黙々と蔵の中を漁り、外で暇を持て余した二人は軽い手合わせを始めていた。流石に人様の庭で本気で暴れるような真似はせず、攻撃の速度を落として緩やかな動作で調べものをする仲間の邪魔にならないよう注意しながら修練を続ける。
「あっ、見つけたよ!」
フブキが目的の資料を見付けたのは、日も暮れ始めた頃だった。
嬉々とした様子の彼女に、他の面々も作業を一旦中断してその手に握られた羊皮紙を紐で綴じた一冊の本の内容を確認する。それは初代村長が書き記した手記であり、内容としては如何にしてこの場所に温泉村が出来たのか、その経緯などが簡潔に記されていた。
――かつて故郷を紛争により失った初代村長は僅かな生存者を引き連れ、新たな住処を求めて彷徨っていた。しかし何処に行っても争いの影は彼等に纏わりつき、安らぎを得ることが出来ず人々は疲弊の一途を辿っていた。やがて少しでも安全な場所を求めて山を登っていた彼らは、カルデラに湧き上がる温泉を見付けた。そこで旅の疲れを癒そうと温かな湯に浸かる彼らの前に、それは姿を現した。
それは見る者を魅了する美しく、そして雄大さを持った大きな鳥だった。一見すると深紅の翼だが、太陽の光を浴びる角度によって燃えるようなオレンジから神秘的な紫へと滑らかに色が移ろう。それはまるで、捕らえどころのない焔そのものが形を成したかのようであった。
魔物かと警戒する彼らの脳内に、その焔の鳥が語り掛けてきた。
『もし汝らが安息を求めるならば、この地に留まることを許そう。
奥にある洞穴に我を崇める祭壇を築き、年に一度の供物を捧げるが良い。
子々孫々の代に至るまで、汝らが我への畏敬を忘れぬ限り、この地に平穏をもたらそう。
しかし我を討たんと不届きな者が現わば、我が裁きは魂の髄まで焼き尽くさん』
巨大な鳥――大精霊が人々にそう告げると、そのまま炎へと融けて消えていった。
その後、彼らはこの地に村を築き、そして定められた場所に大精霊を崇める祭壇を作り、毎年感謝の意を込めて供物を捧げた。最初は懐疑的だった者も居たが、どこぞの正規軍のみならず野盗と呼ばれる輩といった悪意を持ってこの村に攻め入らんとした者たちは例外なく村に足を踏み入れることなく命を落としていった。更には数は少ないが脅威な魔物や、時には災害から守護されたことで次第に信者となり、感謝と共に信仰するようになった。
以降、この村は豊かではない生活を余儀なくされながらも、子々孫々に至るまで平和な日々を享受することができた。
「この手記を読む者よ。決して大精霊様への敬意を忘れてはならぬ。私たちは彼の方の慈悲により生き永らえているのだから」
最後の文章を読み終えると、フブキは手記を閉じた。
暫くの空白の後、デュラハンが口を開いた。
「この手記はどうやら初代村長が、子孫に向けて残した内容のようだな」
「そうみたいだね。それにしても道中聞いた、この村が精霊の加護で守られてるってのは本当のことだったんだね」
「でも、大精霊はどうして人間と契約を交わしたのかな? ほら、少なくとも初代村長たちがここを訪れるまでは一人?で生きてきた訳だし」
「気まぐれか、あるいは昔から定期的に人間との関わりを持っているのかもしれない」
「それに、どうして供物を捧げてもらう必要があるのかな?」
「人間が愚かだからだ」
その疑問に、デュラハンは即答する。
まるでそれ以外に理由はないと確信しているかのような、迷いのない回答だった。
「えっ?」
「無償で救いの手を差し伸べても、良いのは最初の間だけだ。この初代村長たちのように戦火から逃れてきた者からすれば、安住の地を提供した彼に対する恩は計り知れないだろう。しかし時が経てば必ず堕落する。幾ら子や孫に語り継いでいっても、そのありがたみを本当に理解できない者には眉唾となり果ててしまう。やがて加護を当たり前と認識し始め、自らが享受すべき権利だと思い上がる。おそらく大精霊はそれを知っているからこそ、守ることへの対価として供物を捧げさせ、自らを祭る祭壇を維持させているんだ」
そうしてデュラハンは説明を終える。
その言葉の節々からは、まるで同じ人間を唾棄するかのような冷たさを感じた。
僧侶の口から発せられた言葉とは思えない発言に誰もが押し黙る中、やがてフブキが代表して口を開く。
「……えっと、それでこれから祭壇に向かう?」
「いや、止めておこう。失踪事件も起きている以上、夜間の不用意な外出は控えるべきだ」
「そうだね。まだ一日目なんだし、無理に急ぐ必要はないもんね」
祭壇の調査は明日に回し、六人はその日の作業を切り上げることにした。
きちんと蔵に施錠をした後、一行はその鍵を返しに行こうと母屋の方へと近付いて行けば。
「アンタ、この村の長なんだろう! だったら行方不明者のことも、何か知ってて隠しているんじゃないのか!?」
「そうがなり立てられても、わしは本当に何も知らんのじゃ」
憤りを露わにした若者と、困った様子の村長だった。
それは案内所で受付の女性に怒鳴っていた自称勇者を名乗る剣士のリバティであり、その後ろには困った表情を浮かべる僧侶のタコマの姿があった。どうやら彼らは失踪した仲間の情報を求め、この村長の家までやってきたようだ。
「何を聞かれても、わしらは答えられんのじゃ。若い衆が総出で村の中を探したが、痕跡一つ見付からんかった! 唯一分かったのは、宿泊をしていた宿屋の部屋に入った後の足取りがまるで掴めん。文字通り忽然と、消えちまったんじゃ。これ以上探す手段がない以上、わしらにはもうお手上げなんじゃ」
村長は諦念を滲ませながら、そう語る。彼の言い分を信じるなら村の住民で相当な探索をしているようだが、それでも失踪者の行方は分からなかったらしい。
「や、やっぱり神隠しなのかな」
「大丈夫だよ。ミオには私がついてるから」
「フブキぃ~」
何やらイチャイチャしているのを尻目に、デュラハンはあることを考えていた。
村長は先ほど「答えられない」と言っていたが、もし行方を知らないのなら「分からない」と口にするのが正しいのではないのか。あれでは情報は持っているが、何らかの理由で口にできないように思える。もしかしたら疑いすぎかもしれないが、おそらく問い詰めたところで結果は変わらないだろう。
それよりもリバティに絡まれるのは面倒そうなので、早々に立ち去った方が吉である。
そう思った矢先。
「んっ? お前ら……この村に来た観光客か!」
「はぁ……如何にも、そうだが?」
「聞きたいことがある。お前ら、俺たちの仲間の爺さんを知らないか!?」
詰め寄ってくるリバティに、内心辟易しながらデュラハンは対応する。
その間に、気付かれないようにフブキに鍵を返すよう伝える。
「済まないが、俺たちも今日の昼間に着いたばかりでな。何も知らないんだ」
「そうか……悪い、大声を出して」
「いや、構わない。ただ、出来れば話を聞かせてくれないか?」
「……話すつっても、俺たちも大して話せることはないんだ。俺たちは三日くらい前にこの村にやってきたんだが、特に変なこともなく普通に温泉を楽しんでいたんだ。そんで今朝、俺が目を覚ました時にはコメット……魔法使いの爺さんは部屋の何処にもいなかった。最初は風呂にでも入ってるのかと考えてたんだが、幾ら待っても戻ってこないから念のために見に行ったけど見付けられなかった。そこからは僧侶のタコマと一緒に村中を駆けずり回った」
「けど、見付からなかったと」
「……ああ」
はぁ、とリバティは息を吐く。
見れば表情に翳りが差しており、肉体的と言うより精神的に疲弊しているのが分かる。失踪した仲間の行方を捜して、おそらくは今朝からろくに休むこともせずに走り回ったのだろう。後ろにいるタコマも黙っているが、それは疲労により喋る体力も残っていない様子。
「事情は分かった。だが、お前たちも休んだ方がいいな。そんな状態では、何かあっても対応できないだろう」
「………くそっ」
悔し気に顔を伏せながら、リバティはタコマとともに帰っていく。
完全に背中が見えなくなったところで、フブキが母屋から出て戻ってくる。
「フブキさん、鍵は?」
「うん、普通に村長に返してきたよ。それで、あの二人は?」
「多分取ってある宿に帰っていったと思う」
「そうですか……公国での件は許してないですけど、流石に今は責める気になりませんね」
「……宿屋に戻るとするか、俺たちも」
フブキの言葉に、何も返さずデュラハンは告げる。
公国のカルボン遺跡で夜叉兵団の軍団長の相手を押し付けられたのは絶対に許せないが、だからと言って落ち込んでいる相手にそのことで責めるのも酷だろうとフブキは思ったのだ。今は自分たちのやるべきことに専念すればいい、と結論を付けて彼女は仲間と共に村長の家を後にする。
◆
夜、日も沈み切った頃。
とある家屋の、とある一室に集う複数の人影があった。
室内を照らすのは燭台に立てられた数本のろうそくのみ、そんな仄暗い灯火の下に集まるのは十数の人影。集う者たちの表情もまた、灯りが乏しいこともあり伺うことが出来ない。男女の区別は勿論、人間であるのか獣人であるのかすら判別が付かない程の暗さが漂っている。その薄暗い部屋の中で、一人の影が口を開く。
「首尾はどうじゃ?」
「問題ない。今回は二人も出せる。内一人は女だ」
「それは上々じゃのぉ」
返答に、男は満足げに頷く。
と、参加していた一人の影がおずおずと口を開く。
「……お、長。こんなこと、いつまで続ければいいんだ?」
「こんなこと、とは?」
「いつまで、あんなのの言うことを聞くんだってことだよ!」
「口を慎まんか! 何処で聞かれてるか分からんのじゃぞ!!」
長と呼ばれた人物は、恫喝するように強い口調で叱責する。
その場に居合わせた他の影は不安げに周囲を見回したが、室内に自分たち以外の気配はない。それを確認できたからか室内に漂う緊張感は少しばかり緩んだが、叱られた男はそれでも自分の考えを口にする。
「皆だって、本当は分ってるんだろ。こんなの、いつまでも続くわけがないって!」
「それは……」
男の発言に、誰もが口籠る。
やがて、一人の影がぼそりと呟く。
「けど、どうしようもないのはお前だって気付いてるだろ?」
「前回の時は、弱い冒険者だったから失敗したんだ。今度は街に降りて、正規の依頼を出せば!」
「無理じゃよ。この村は監視されとる。気付かれれば最後、今度こそこの村は滅びる」
男の言葉を否定し、長は溜息交じりに言った。
それでも何とか説得しようと口を開くが、何と説得すればいいのか分からず閉口してしまう。
「それとも、冒険者の代わりに自分の姪を差し出すか?」
「そ、それは――!」
「だったら大人しくするんじゃ。儂らには歯向かうだけの力も……選択肢もないのじゃ」
それは自らに言い聞かせるような言葉だった。
それを受けて男もそれ以上は何も言えず、室内には重苦しい雰囲気だけが充満する。
そんな人々の様子をひっそりと見つめる真っ赤な瞳は、邪悪な愉悦を隠しきれず目を細める。
◆大空スバル
年齢:18歳 性別:女性 身長:154㎝(83C) 適正:-
装備:二尺袖、女袴、赤リボン
体力:354 魔力:89 総合戦闘力:443
宿屋『水禽の宿』の自称・看板娘。
実家は黄の領土の何処かにある町で飯屋を営んでいるが、現在は叔父の宿屋を手伝うために少し前から宿で寝泊まりしている。温泉村で起きている失踪事件については、その内に解決するだろうと楽観視している。
イメージは正月衣装です。
首都の方で飯屋の看板娘として登場させる予定でしたが、それだと出番が一瞬で終わってしまうので問題が起こる温泉村の方に登場させました。元気よく、されど馬鹿に走らずは難しいです。
クリック? クラック! また今度。
フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)
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