※この作品はR-18です。

Holo Quest   作:轟th

28 / 43
・五極戦争
 五十年ほど前に起こった世界を巻き込んだ戦争であり、領域国家成立の引き金となる。
 百年前に初代勇者により魔王討伐から始まった復興と繁栄により、各地では様々な文明が栄え、大小様々な国家が誕生していた。当時は現代のような領土の線引きはされておらず、各国家同士の領土は曖昧になっていた。ただ国同士が直ぐ隣り合わせになっていた為、些細なことから紛争へと発展することは多々あり、毎日どこかしらで小規模な争いは繰り広げられていた。
 そんな時代では国を占領しても完全に滅ぼしてしまうことはそれほど多くなく、また滅びても復興することがよくあった。戦国時代に入ると容赦がなくなり、戦争に負けることは国の滅亡に直接繋がった。そのような弱肉強食の世界で次第に四つの大国――即ち王国・公国・共和国・帝国へと収斂されていった。
 なお、後に赤の領土と呼ばれる魔王城のあった大陸は最初から争いには全く関わっていなかったが、便宜上五つ目の国家として定められたのである。


では、本編をどうぞ。


scene.28

「それで、改めて状況を教えてくれ」

 

 全員が揃ったところで、デュラハンが代表してフブキに訊ねる。

 場所はフブキとミオが寝泊まりした「菖蒲」の間であり、室内にはミオを除いた勇者一行の三人、おかゆところね、それから何故か宿の仲居であるスバルも一緒である。因みにあれからデュラハンがバクニの安否を確認しに行けば、彼は用意された部屋でいつも通りに爆睡していて外の騒動に全く気付いていなかった。

 

「はい。昨日の夜、部屋に戻ってきたらミオが少し体調が悪いと言って先に布団に入って、私が温泉から戻ってきた時には未だ確りと布団の中で眠っているのを確認していました。それから装備の手入れを簡単にしてから床に就き、夜中に一度目が覚めた時もミオは居ました。けど、朝になって起きた時には居なくなってて……最初はお風呂に行ってるのかと思ったんですけど、それから暫く待ってても戻ってこなくて、心配になって確認しに行ったら……」

「風呂場にも居なかったと」

「それで皆さんを起こして、今に至ります」

「成程……」

 

 そう言いながら、デュラハンは考える。

 フブキの話を聞く限り、ミオが行方を晦ましたのは夜中から明け方の間といったところか。おそらくは他の行方不明者と同じように睡眠中に連れ去られたのだろうが、だとしたら誰がどうやって、そしてどうして彼女だけを連れ去ったのか。更に言えば室内は見た限りでは、誰かが侵入した形跡も見当たらない。

 

「大空さん、確認だけど部屋の鍵の予備とか紛失したり、あるいは自由に持ち出せる状態にはないよな?」

「ふぇっ!? そ、そんなことはありません! そもそも部屋の鍵の予備はなくて、全部屋対応のマスターキーしか存在してないんです! そのマスターキーも厳重に保管してあって、あたしかオジサンしか取り出せませんし、もし取り出したら互いに分かるようになってるんです!!」

 

 疑われたと思い、スバルは必死に弁明する。

 そもそも確認のために聞いただけであり、誰も彼女を疑っている訳ではなかった。

 

「一応、あたしの方から村の皆には、『ウチに泊まった旅人が行方不明になった』って伝えてあるんで、捜索してくれてます」

「ありがとう、助かるよ」

「それと……さっき思い出したことなんですけど……あたし、見たかもしれません」

「見たとは、ミオさんのことか?」

「その、暗かったから確証は持てないですけど……何となくシルエットが似ていたなぁって」

「詳しく教えてくれ」

「今朝、まだ日が昇る前のことです。あたしが朝食の準備をするために廊下を歩いていたら、一階にある部屋に入っていく人影を見たんです。輪郭ぐらいしか分からなかったけど、あれがオジさんじゃないことは断言できます。その時は鍵のかかってる部屋だから見間違いかなって深く考えなかったんですけど、もしかしたらアレがそうじゃなかったのかなって」

「その部屋を見せてもらうことは出来るか?」

「はい。こっちです!」

 

 スバルの案内の元、全員がその部屋とやらに移動する。

 二階から一階に降りたところでスバルは部屋の鍵を取りに受付まで向かい、それから全員を『葦』の木札が吊るされた部屋の前に案内する。

 

「この葦の間です」

「あし……確か、最初に案内されそうになった部屋だったか?」

「そうです。本当は男性のお客様をこちらに案内するつもりでした」

 

 スバルが部屋の鍵を開け、一応は警戒しつつ全員が中に入る。

 されど室内には誰一人としておらず、窓もきちんと閉じられていて人っ子一人居はしない。

 

「すみません。もしかしたら見間違いだったのかもしれまんせん」

「あのくさん、どうしよう?」

「そうだな……おかゆと、ころね。二人は二人はこの部屋を念のために調べてみれくれ。何か手掛かりがあるかもしれない」

「りょうかーい!」

「次に……大空さんは一先ず、仕事に戻って貰って構わない。もし何か村人からの情報があったら二人に伝えてくれ」

「分かりました!」

「そして残った俺たちだが、村を回って聞き込みをしよう」

「はい!」

「全員、行動開始だ!」

 

 そうして各々、行動をとり始める。

 おかゆところね、それからスバルと別れた三人は宿屋を離れると、先ずは周辺にある宿や店を手分けしてミオに関する情報はないかと訪ねて回った。デュラハンやバクニがそれぞれ二件目で話を聞いている頃、フブキは三件目に突入していた。その行動力からも彼女がどれほどミオのことを心配しているのかが窺え、男二人も負けじと調査を続けていく。しかし何処で聞いても目撃情報はなかったが、彼女が失踪したとされる時間帯を考えれば誰も見ていなかったとしても無理はなかった。

 そうして次にデュラハンが訊ねようとしたのは、昨日昼食を取った飯屋だった。

 ここなら実際にミオのことも見ているから、何か知っているかもしれない。

 そう思い、扉に手をかけようとした所で。

 

「ああ、昨日の嬢ちゃんか。聞いてるよ、仲間が行方不明になったんだってな?」

 

 中から聞き覚えのある、店主の声が聞こえてきた。

 戸の隙間から覗いてみれば、どうやら先にフブキが中に入って話を聞いていたようだ。であれば彼女にここを任せ、自分は別の店に聞き取りに行こうと踵を返す――。

 

「にしても大変だな。二人も姿を消しちまうなんて」

「……え?」

「消えたのは魔法使いの嬢ちゃんと、僧侶の兄ちゃんだろ? 男女が同時に姿を隠したってことは……もしかして駆け落ちでもしたかね?」

 

 店主は揶揄うように笑っているが、別の意味で話を聞いていた二人は硬直していた。

 確かに行方不明なのはミオ一人だが、デュラハンまで消えてしまったとはどういうことだろうか。少なくともこの店主は自分たちと直接会って話をしている以上、他の誰かと間違えている可能性は低い。でれば、彼は何かを思い違いしていることになる。

 戸を開け、デュラハンは店の中に入る。

 

「大将、それはどういうことだ?」

「何って……あ、アンタは。どうして!?」

 

 デュラハンの顔を見て、店主は驚愕に目を見開く。

 まるで幽霊でも見たかのようなその顔は、目の前の男の存在がありえないと物語っていた。

 

「何やら俺がミオさんと駆け落ちしたとか聞こえたが、どういうことだ?」

「えっ、あっ、そ、それは……そう! 水禽の所の娘から聞いたんだ!」

「ほう? それはおかしいな。確かに彼女は村に話しておいてくれたが、『泊まった旅人が行方不明になった』と伝えただけの筈だ」

「っ!?」

 

 店主は自分の口を塞ぐ。

 咄嗟についた言い訳が、墓穴を掘ってしまったことに気が付いたのだ。

 

「フブキさん、確保」

「はいっ!」

 

 どう切り抜けるか考える余り、動くのが遅れた店主をフブキが捕獲する。

 如何に小柄な少女と言っても戦闘力という点においては天と地ほどの差があり、腕を掴まれると簡単に組み伏せられる。荒事の経験が殆どないのか、腕を捻られた男は為す術もなく情けない悲鳴を上げるしかない。

 

「痛い! 痛い! 勘弁してくれ!」

「暴れないでください!」

「……バクニを呼んでくるから、そのまま抑えておいてくれないか?」

「わかりました!」

 

 一先ずはフブキに店主を任せ、デュラハンは店を後にする。

 少し離れた場所で聞き込みをしていたバクニを見つけて店へと連れて戻り、彼にはフブキと交代して店主の拘束を行ってもらう。

 

「フブキさん、俺たちが戻ってくる間に店主は何か吐いたか?」

「痛い痛いって泣き言ばっかりで、何も答えてもらってません」

「成程。さて、店主。そろそろ吐く気になったか?」

「し、知らない! 俺は、何も知らないんだ!」

「……バクニ、斧を貸してくれ」

「む? 承知」

 

 店主を片手で抑えたまま、バクニは腰の真空の斧を取り出す。

 視界にキラリと怪しく光る刃を捉えた店主は、見る見る顔を青白くしていく。

 

「ま、まさか俺を殺すのか!?」

「いやいや、仮にも勇者一行がそんな野蛮なことはしないさ」

「じゃ、じゃあ……」

「ただ、素直に話してもらうよう痛い目をみてもらうだけだ」

 

 デュラハンはバクニから戦斧を借りると、先鉄――斧の真上に向かって伸びている槍状の尖った部分を店主の肩へと向ける。そうして思いっきり、ではなく軽く押し込む程度の力でブスッと先端が軽く刺さる程度に突き刺す。

 

「~~~~~!!!」

 

 鋭い先鉄は難なく皮膚を引き裂き、血が刃先を伝って滴り落ちる。

 店主は声にならない悲鳴を上げているが、バクニに身体を固定されているので暴れることも出来ない。その光景にフブキは思わず顔をそらす。

 その状態で暫く置いた後、デュラハンは店主の肩から戦斧を引き抜き、今度は自らの杖を患部へと向けて回復の魔法をかける。するとみるみると傷口は塞がり、数秒も経てば全くもって何事もなかったかのように元通りになる。

 

「はぁ、はぁ……こ、これは?」

「これからアンタが素直に話すようになるまで、戦斧を突き刺す。その傷は直ぐに治すから死ぬことはない。これの意味が分かるか?」

「―――」

 

 店主の顔が絶望に歪む。

 先ほどの痛みをもう一度、それも同じように、何度でも与えられるということを理解してしまった。この村で平穏に生き、多少の言い争いや喧嘩はあってもそういった荒事の経験のない彼の心は容易く折れる。

 

「わ、分かった! 話す! 全部話しますから!!」

「もし嘘だったり、また口籠ろうものならさっきより深く突き刺すからな」

「はっ、はいぃぃぃっ!!」

 

 

 

 

「始まりは、一年位前のことです」

 

 店主は事の顛末を話し始める。

 温泉村は年に何回かある閑散期に入っていたが、利用客が居なくとも村はいつも通りの日常を送っていた。

 そんなある日、村人全員が奇妙な夢を見た。

 

『我はベリアル。魔焔の王なり』

 

 夢の中に現れたのは、まるで靄が集まって出来たようなナニか。

 それは村人たちに告げる。

 

『汝らが神と崇める者は、我が手中へと落ちた。故に我が次なる神と相成った。

 祭壇に供物を捧げ、我へ随順せよ。逆らわば、慙愧に堪えないだろう』

 

 内容はそれだけだった。

 村人たちは全員が同じような夢を見ていたことに驚きはしたが、誰もそれを信じようとしなかった。多少は気味悪がりつつも誰もまともに取り合おうとしなかったのは、ひとえに村が長年にわたり精霊の庇護により平穏無事であったことが大きい。故に全員が危機感というものが欠如しており、無視したことがどうなるか誰も考えなかった。

 そうして夢を見た数日後、それは起こった。

 村の奥にある精霊の祭壇へと通じる洞窟から、見たこともない真っ黒な炎が噴き出した。その炎はまるで意志を持つかのように踊り狂い、村全体を恐怖のどん底に叩き落としてから消えた。奇跡的に死者こそ出なかったものの、幾つかの建物が破壊され、多くの人々が怪我を負った。

 呆然とする村人たちの脳内に、直接声が響いてくる。

 

『警告は一度のみ。再度告げる、我を崇めよ』

 

 それ以降、村人たちは従順な羊となり果てた。

 幸いなことに魔焔の主と名乗った存在が要求してきたのは月に一度の食事、それも牛一頭だけであった為に村でも何とか賄える範囲に留まっていた。ところが四ヶ月が過ぎた頃、生贄として人間を一人差し出せと要求が変更された。だが、そんな要望を二つ返事で受け入れられる訳がなく、村の主だった者たちは集まりどうすべきか議論を重ねた。

 ある者は諦観、平等に籤で生贄を選出しようと言い。

 ある者は反旗、山を下りて冒険者ギルドに救援を出そうと言い。

 ある者は慎重、相手の正体を調べてから行動すべきだと言う。

 そんな三者三葉な意見が出される中、偶然にも村に療養として二人組の冒険者が訪れた。彼らのランクは青銅、相手の危険度がどんなものかは分からないが、彼等ならば或いはと村人は事情を説明して討伐依頼を申し込む。当初は懐疑的な反応を示したが、村の抱える事情に彼らは二つ返事で了承し、そして村人に見守られながら洞の中へと入っていき――その結果は語るまでもない。

 

『よもや贄を二匹も差し出すとは、褒めて遣わす』

『何やら我を討たんと歯向かってきたが、所詮は下等な人間では我の足元にも及ばなかった』

 

 村は今度こそ、絶望に打ちひしがれた。

 二人だけとは云え、青銅ランクの冒険者が赴いてから半刻と経たず返り討ちに遭うとは思わなかったからだ。

 

『此度は生贄が二匹だったことに免じ、来月は免除とする』

『我は全てを見ていることを、努々忘れる事なかれ』

 

 それは遠回しな、監視しているぞという脅しであった。

 こうなってしまえば改めて逆らおうなどと考える村人はおらず、ただ黙って従う他なかった。

 

「それ以来、月に一度は必ず誰かを捧げてきたんだ。狙った訳ではないが村の外の人間を最初の生贄にしちまったことで、二度目以降を村の中から選出することに反対したから、この村に来る観光客から無作為に選んだ奴を生贄にしたんだ」

「ここ半年、村人ではなく旅行客が行方不明になった経緯は分かった。だが、どうやって無関係な人間を運び出したんだ? 村の為に生贄になってください、何て言われて受け入れられる聖人のような人間がいるとは到底思えないんだが?」

「それは……魔物から渡された血を混ぜたエールを飲ませたんだ。これを飲んだ奴は魔物からの精神操作を受けるらしくて、夢遊病にかかったみたいに自分の意思で宿から魔物の元へ行ってくれるんだ」

 

 道理で、外から人が入った形跡がない訳だ。

 わざわざ村人が手を出さずとも自分の足で向かってくれるなら、下手に痕跡を残さずに済むからリスクも低くなる。

 

「ああ、昼餉の時に飲んだアレか。成程、あれで選別も兼ねているのか」

「本来なら今頃、アンタだってこの場にはいない筈なのに……」

 

 確かに変な味がしていたなと、思い出すデュラハン。

 それに店主は小さく呟くが、同じ魔物――それも単騎で国すら滅ぼせる彼に生半可な毒が効くわけがないのだ。

 

「だが、どうやって魔物の元に向かうんだ? 例え自分で宿から出たとして、その後姿を誰かに見られる恐れもある筈だ」

「……宿から出てない。この村の地下には魔物が掘った隧道が、各宿に通じるような形で複数走ってるらしい。それを通ることで誰にも見られることなく、魔物のいる場所に辿り着くことができるらしい」

「じゃあ、あのミオが最後に入った葦の間って」

「ああ、おそらくは隧道への入り口があるんだろう」

 

 店主の話を聞く限り、宿の亭主もグルなのだろう。いや、おそらくはスバルを除いた村の全員が加担しているのだろう。そうでなければ脅迫と言う形で店主に吐かせるまで、誰一人として知らぬ存ぜぬを貫くことは出来ない。

 

「最後に聞くが、つい先日に別の生贄を差し出した筈だ。なのに何故、俺たちにちょっかいを掛けた?」

 

 本来であれば、次に生贄が必要なのは更に一か月後である。

 

「知ってるかもしれないが、失踪の件が広まって客足も遠のいてきている。もしかしたら来月は誰も来ないかもしれない。そうなったら村の中から誰かを生贄を選らばなければならないし、そう考えたら……どうしても、逃せなかった」

 

 その言葉にフブキは悔し気に拳を握る。

 誰だって死にたくないと考えるのは当然のことで、ましてや寿命や病ならいざ知らず、魔物に食われたくないと思うことを責めることは誰にも出来ない。そのことは頭では理解できたが、だからといって心が納得できた訳ではなかった。自分たちが助かるために無関係な人間を巻き込んでいる彼らに、彼女は憤りを覚えずにはいられなかった。

 

「な、なぁ、素直に話したんだ見逃してくれるよな?」

「安心しろ。命まで奪うような真似はしない」

「た、助かった」

「ただ、俺たちに真実を話したことを言い触らされても厄介だからな。拘束はさせてもらう」

「へ?」

 

 デュラハンは荷物から荒縄を取り出すと、素早く店主を拘束する。ついでに叫ばれて誰か来ても困るので近くにあった布で作った即席の猿轡を噛ませた上で、入り口からは見えない厨房の奥の方に放り込んでから仲間を連れて店の外へと出る。

 

「あのくさん、これからどうするんですか?」

「無論! 敵の根城に突撃するべきである!」

「バクニの考えで問題ないが、その前に一度宿に戻って店主が言っていたことが本当か確かめよう」

 

 三人は急ぎ足で宿へと戻り、件の『葦の間』へと入る。

 中ではおかゆところねが、何処か怪しい場所はないかと調査を続けていた。

 

「あっ、おかえり~、何か分かった?」

「それなりの収穫はあった。そっちはどうだった?」

「んー、怪しい……というより、少し気になることがあったよ」

 

 そう言って、おかゆは寝台の一角にある畳を指さした。

 どう見ても普通の畳にしか見えないが、彼女には何か気がかりなことがあったようだ。

 

「ここの角なんだけど、他のと比べても擦り切れてるんだよね。ほら、他はそんな摩耗してないのに」

 

 彼女の指摘通り、畳の一枚の角を見てみれば、確かに妙にすり減っているように見える。

 更によく調べようと件の畳に体重をかけてみると、本来畳が持っている筈の弾力が感じられず、寧ろ硬い跳ね返りさえ感じる。しかし力を込めてみても畳は持ち上がる気配はなく、重たいというよりは何かが引っ掛かっていて上がらないといった感じだ。普通なら多少手間取っても、持ち上がらないということはない。

 

「これは妙だな」

「でしょ?」

「じゃあ、ここに隧道に通じる隠し穴が!?」

「えっ、隧道ってどういうこと?」

「まぁ、説明は後だ。確かめてみよう」

 

 そう言ってから室内を見渡す。

 これが扉であるなら周囲に鍵を外すための何かがある筈と思いながら見ていれば、近くの柱に何やら小さいながら切れ込みのような物が入っていることに気が付く。柱には他にも浅い傷が幾つもあるが、その切れ込みだけ深さがあることが注意深く見れば分かる。そこに指をかけ、グッと力を込めてみれば数ミリばかり奥へと沈んだ。

 

 

 

 ガコンッ、と何やら仕掛けが動いたような音が鳴り響く。

 振り返ってみれば、先程どれだけ持ち上げようとしても動かなかった畳が数センチばかり浮かび上がっていた。出来上がった隙間に手をかけてみれば、思いの外簡単に持ち上がることが判明する。その下から顔を覗かせるのは垂直に掘られた暗い穴、光源がないので深さがどのくらいか分からないが、壁には縄梯子が垂れ下がっていることからかなり深いことが窺える。

 試しに小銭――銅貨を落としてみれば一つ呼吸を置いたところで、ようやく硬い金属音が鼓膜を叩く。

 

「それほど深くはないようだな」

 

 デュラハンは腕を組み、暫し考え込む。

 少しして方針を決めた彼は、全員の方を振り返って口を開く。

 

「二人にも教えるために、改めて状況の整理を行う。この温泉村で半年ほど前から起こっていた観光客の失踪事件、その犯人はこの村に潜む魔物だ。そいつは村に対して生贄を差し出すことを要求し、村人は自分たちが助かるために外から来た人間を代わりに渡していたのが事件の真相だ。脅迫されていたと言えばそうだが、共犯であることに変わりはない。そして方法については省くが、ミオさんはこの隧道を進んだ先で囚われている」

「成程ねぇ……」

「あの、あのくさん……ミオはきっと、まだ大丈夫ですよね?」

「可能性は高いと思う。そこで俺は二手に分かれて行動しようと考えている。先ずは救出班、この隧道を抜けて囚われていると思われるミオさんの救出、及び必要なら治療やこの宿まで撤退する。そして残りの面子は表側、つまりは精霊の祭壇に通じると言われている洞から突入して災いの元凶たる魔物の討伐を行う」

「あのくくん、それは誰がどのチームに行くの?」

 

 おかゆの疑問はもっともだ。

 どう采配するのかと、全員の視線が彼へと注がれる。

 

「救出班はおかゆところねの二人だ。理由は二つ、おそらく隧道の中は人が通れる程度の広さしかない上に明かりなんかも用意されていない。松明があれば移動は問題ないかもしれないが、もし雑兵と交戦となった際には明かりを捨てて武器を構えなければならない以上は夜目が効く方が良い。加えてフブキさんやバクニは狭い場所だと思うように動くことが出来ず、苦戦を強いられることになるからだ」

「私も夜目は効く方ですけど、狭い場所だと不便ですね」

「ぬぅ、小生は暗い場所では全く見えぬのである」

「そんな訳だから、残りの俺たち三人は討伐班として魔物と戦うことになる。反対意見はあるか?」

 

 デュラハンは全員を見やる。

 少しして、フブキが恐る恐ると片手を上げる。

 

「あのくさん、どうして二手に分かれる必要があるんですか? 猫又さんたちがミオを救出して、戻ってきてから全員で挑んだ方が勝率という意味でも確実だと思うんですけど?」

「同時並行で行動するにも理由はある。一つは討伐班が派手に動くことにより相手の注意を集めることで、救出班がスムーズにミオさんを助け出せるようにするため。もう一つは相手に時間を与えない為だ」

「時間が、ですか?」

 

 デュラハンの言葉の意図が読めず、フブキは首を傾げる。

 そんな彼女に向けて、彼は分かりやすいように説明する。

 

「もしミオさんだけを救出して撤退した場合、魔物は自分の存在がバレたことに気が付くことになる。相手に猶予を与えてしまえば全員で討伐に赴いた際、何らかの対策や罠を仕掛けられている場合もある。万が一にも逃走される可能性はあるが、ここまで用心深くする輩なら最悪の場合は火山を噴火させるなんてことも考えれる。そうなっては目も当てられないからな」

「だからこそ、相手に好きに動かれる前に討ってしまおうと?」

「そういうことだ。それにタイミングが合えば、敵の後ろから救出班が攻撃できれば挟撃することも出来る」

「成程、承知しました!」

 

 フブキはデュラハンの作戦の意図を理解し、大きく頷く。

 他に異論はないようなので、これにて作戦は決定した。

 

(待っててね、ミオ! 必ず助けるから!!)

 

 そう心の中で、フブキは固く決意する。

 

 

 

 

 一方、その頃。

 行方不明となっていたミオは、深い眠りからゆっくりと覚醒する。

 重たい瞼を持ち上げれば、そこは見覚えのある旅館の客室ではなく薄暗い空間が広がっていた。手を付いている地面の感触はヤスリのようにざらついており、下手に転倒してしまえば怪我をしてしまいそうである。寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こし、周囲を見渡してみれば非常に黒っぽい岩肌が露出していることが分かる。おそらくは洞窟の一画であろうが、どういうことなのか皆目見当もつかない。

 

「一体どうなってるの……?」

 

 ミオは寝起きで働かない頭を回転させ、現状を把握しようとする。

 昨日――確証はないが腹の具合からして間違いないだろう――は夕食の後に妙に具合が悪くなったから、温泉にも入らずフブキに一言言ってから先に旅館の一室で休んだことは覚えている。ただ、そこから移動した覚えはなく、もしや誰かに運ばれたのだろうかと考えながら素足に触れてみれば足裏が随分と汚れているのが分かる。それ程疲れていないことから、長い距離を歩いてきた訳ではないことは分かる。

 

(ウチ、夢遊病だったっけ?)

 

 そう首を傾げつつ、今度は自身の状態を確認する。

 服装は普段の旅服ではなく、旅館で貸し出されている薄手の浴衣のままだ。こちらも寝相のせいで襟が少しばかり緩んでいるが、寝てる間に誰かに乱暴された様子はなかったので一安心である。下着の類は普段の癖から脱いでいるので問題(?)はないが、見られたら拙いのできっちりと襟を正しておく。

 状況を理解しようにも全く分からず、何か手掛かりはないかと周囲を見回そうとしたところで。

 

 

 

 ごうっ、と何かが燃える音が鼓膜を叩く。

 視線を向ければ、彼女がいる地点から見て左手側の離れた場所で炎が燃え盛っていた。離れた場所に居てもなお熱波を感じる程に激しく燃えるそれは、自然の炎ではなく魔力によるものだと魔法使いであるミオには一目でわかった。ただし、自分の扱う炎の魔法とは比べ物にならない程に禍々しさを孕んでいる。

 それを言葉として形容するなら、炎を内包した大きな影だった。

 

「だ、誰!?」

 

 本能的な恐怖心から、その声は何処か震えていた。

 ミオが恐れていることに影はニヤリと笑うと、応えるように巨大な影となって具現化する。黒い影の輪郭をなぞる炎がまるで、大きな二本角が反り返った山羊のような頭と筋骨隆々な肉体を持つ怪物を形作る。全長は三メートル程であったが、一目で分かる圧倒的なまでの威圧感を放っていた。

 

「我は魔焔の王、ベリアルである。定命の者よ、平伏せよ」

 

 ベリアルと名乗ったそれは、ミオを睥睨する。

 その瞳には圧倒的な強者のみが持つ傲慢さが色濃く滲んでいるように思えた。

 

「ま、魔物!? どうして、ここは何処なの!?」

「クックク、ここは村の連中が崇めていた大精霊の祭壇、その下にある我が玉座よ」

「それって、行方不明事件の犯人は魔物だったってこと!? う、嘘だよ! あの村は大精霊の守りのおかげで魔物は出ないって!!」

「それは過去の話。その大精霊も、今はほれ……あそこで眠っておるわ」

 

 そう言って、ベリアルは何処かを指させば、その先で明かりが灯る。

 そちらへと視線を向ければ、明かりに照らされるようにして何かが置かれた台座が見えた。そしてその上に置かれているのは半透明な球体、その中を満たしているのはベリアルとは違う弱弱しい虹色の火であった。

 

「あ、あれは……」

「あれこそは古の時代より伝わる『獄封の琥珀』。対象を内へと封じ込め、その力を永続的に奪い続ける遺物よ。大精霊の隙をついて封印した今、奴の力はもはや我のものとなった!!」

「だったら、その球を壊せば……!!」

 

 大精霊を解放せんと、ミオは即座に行動しようとする。

 いつものように杖を取り出して魔法を放とうとしたところで、杖が出てこないことに気が付く。

 

「あ、あれ? 何で?」

「クックク。愚かな娘よ。如何に矮小な人の身とはいえ、我が何の手立ても講じずにいたと思っていたのか?」

「そ、それって……」

「ほれ、あの台座の前をよく見るがいい」

 

 再び台座の方を注視する。

 先ほどは『獄封の琥珀』に視線を奪われていて気が付かなかったが、台座の前に何か木片のようなものが散乱しているのが見える。その一部にミオがお気に入りの飾り布が巻き付けられているのが分かり、彼女は自身の杖が破壊されたことを理解する。

 

「ウチの杖が!?」

「杖を取り上げられては魔法もろくに使えぬとは、人間とは不便な生き物よな」

 

 ベリアルは嘲笑する。

 ほぼ全ての魔法を使う人類にとって、魔法の杖とは練度の低い魔法の補助を担うことを役割としている。ただ杖なしでも魔法を使えなくはないが、杖には使用する攻撃魔法から術者本人を保護する機能も備わっているので下手に強力な魔法を杖なしで使用すれば諸刃の剣となって術者本人が自滅する恐れがある。例外として賢者ほどの実力者ともなれば杖なしで魔法を自由に扱えるが、ミオには到底そんな真似はできない。

 

「っ……!!」

 

 手足を拘束しなかったのは、抵抗できないと分かっていたからだ。

 自身の状況を理解したミオは顔を蒼褪めさせるのと同時に、杖がないだけで何も出来ない自身の軟弱さが憎かった。

 

「さて、話は済んだな」

 

 ベリアルはズシッ、ズシッと重い足音を鳴らしながらミオの眼前まで歩み寄る。

 怯えて身体を縮こまセルミオの両腕を片手で掴みと、自身の目の高さにまで軽々と持ち上げて見せる。

 

「い、いやっ、食べないで」

 

 懇願するように、ミオは命乞いをする。

 魔物にとって人間とは食糧に過ぎないと知っていただけに、追い込まれた彼女はただただ恐怖する。

 

「そのような勿体ない真似はせぬ。うぬはこれから、我の孕み袋となるのだ」

「は、はら……」

「我はいずれ新たな魔王と上り詰めるが、我だけでは戦力が足りぬのが現状だ。故に、配下を増やしているのだ」

 

 魔物の中には、人間との間に子をなせる種もいるとされている。

 そういった手合いは他種族と荒廃することにより繁殖を行い、その数を増やしていると何かの本に書かれていたことを思い出す。ただそういった輩は魔物の中でも小型の、最弱に分類されるような存在に限られている筈で、こんな圧倒的なまでの格の違いを見せつける強者がそんな機能が備わっているとは聞いたこともない。

 

「今までの個体は矮小な者ばかりであったが、魔法使いの雌ともなれば魔法が使える個体も生まれるかもしれぬな」

 

 失踪した人間の中には、女性も含まれていた筈だ。

 ミオから見て前任者の彼女たちがどういった扱いを受けてきたのか理解し、彼女の意思とは関係なく股から黄金色の液体が漏れて地面に水たまりを作る。それを見て下卑た笑みを浮かべたベリアルは、爬虫類のような長い舌を伸ばして浴衣の裾から侵入させて秘所を舐め上げる。

 

「あっ、あぁっ……」

「この程度で失禁するとは肝が小さい……だが、この味は男を知らぬと見た!」

「っ!!」

「これは上々! 先日は枯れた魔法使いの爺が着て落胆したが、此度の贄は随分と上玉ではないか!!」

 

 舐め上げられた感触に嫌悪感を覚え、背筋に悪寒が走る。

 それに気付かないベリアルは高揚した様子で話す。

 

「使い終わった後は我らの血肉にしてやろうと考えておったが、止めだ。あの爺と同じようにしてやろう!」

「あ、あの爺って……」

「あそこで今まさに、自分の役目を果たしておる」

 

 グイッと、無理やりに顔をそちらに向けられる。

 最初にベリアルが現れた場所とは真反対の壁際、そこには地面から直接生えた巨大な花があったが、その見た目は異様としか言いようがなかった。何故なら花の中心には老いた男性の頭部があり、まるで「花から生えた人間の果実」のような歪な美しさがそこにはあった。老人は生きてはいるようだが、抵抗する気力もないのか力なく「ぁっ……ぁぁ」と呻いている。

 

「ひぃぃっ!!」

「あの植物は魔吸大輪、体内を流れる魔力が枯れ果てるまで、永劫に近い時間をかけて吸い尽くすのだ。そして吸い出した魔力を果実として蔦から生やし、それを食らえば一時的に魔力を増強することが出来る。それを長期的に食らえば、魔法が使えぬ個体でもいずれは扱えるようになるであろう」

 

 自身の未来を見せられ、ミオは絶望する。

 そんな彼女を尻目にベリアルは先端が蛇のようになった細く長い尻尾を伸ばし、ミオの左足からスルスルと巻き付けながら身体の上を這わせていく。太もも、股間、腹部、谷間と徐々に上昇してきた尻尾は、やがて襟首から顔を覗かせると彼女の柔らかな首筋へと牙を突き立てる。

 

「あっ!」

 

 噛まれた個所から、何かが流し込まれるのに気が付く。

 まさか毒かと考えていると、それを察してからベリアルが答える。

 

「今流しているのは人間で言うところの媚薬だ。効果が表れるまで少し時間は掛かるが、七日七晩は乱れ狂うだろう」

「あぁ……っ」

「本番までジックリと嬲って……」

「ギィッ、ギッ!!」

 

 そこへ、何処からともなく小さな魔物が姿を現す。

 まるで子供のような見た目の小鬼は、主であるベリアルへと報告すべく姿を現したのだ。

 

「如何した、何があった?」

「ギッ! ギギッ、ギィ……!!」

 

 配下は言葉が喋れないのか、ギィと鳴くばかり。

 しかし主人であるベリアルには意味が分かるのか、報告を聞き終えるとミオの方へと見やった。

 

「クックク、どうやらうぬの仲間がやってきたようだぞ。どうやら、今回の人間は一味違うようだな」

 

 ベリアルはミオを床に降ろすと、彼女の周辺を岩石の牢で閉じ込める。

 ズシッ、ズシッと足音が遠のいていくのを耳にしながら、ミオの意識は闇の中へと溶けていく。

 完全に意識を失う寸前、彼女の脳裏に過ったのは不甲斐ない自分への失望と、仲間たちの安否だった。

 

(みんな、逃げて……)

 

 それが叶わぬ願いだと知りながらも、心の中で祈る。

 それしか今の彼女には出来なかった。

 

 




・魔吸大輪

 ラフレシアのような見た目の魔物。
 基本的に根を下ろした場所から動くことが出来ず、花弁からは獲物を誘う甘い息を流して罠にかかるのを待つ。内部には魔力を奪うための粘液が満たされており、これに浸かった者の体内を流れる魔力が枯れ果てるまで、永劫に近い時間をかけて吸い尽くす。吸い出した魔力を蔦から生やした実に蓄えているが、これを食らえば一時的なドーピング剤として魔法の力を高めることが出来る。なお、捕らわれてしまえば魔力が余程高くない限り、自力での脱出はほぼ不可能である。


クリック? クラック! また今度。

フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)

  • Aの画像
  • Bの画像
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。