※この作品はR-18です。

Holo Quest   作:轟th

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・魔法の杖
 魔法を使うのに必要な杖。
 職業は違えど、魔法使いであれ僧侶であれ、人間が魔法を発動させる上で必要な補助具。ただ決まった形はなく、職業によって片手で取り廻せるワンドもあれば、地面に立たせて持つようなスタッフと様々である。
 基本的には魔力が馴染むので同じものを使い続けるが、壊れてしまえば新しい物に買い直すのもよくある話ではある。ただ大体が丈夫に出来ているので、壊そうとするか許容範囲を超える魔法を使わない限りは壊れない。
 杖は小さくして手元や袋なんかに入れて持ち歩けるので、他の職業のように何処かに置いたり預けたせいで得物が手元にない、なんてことにならない。
 イメージは葬送のフリーレンに出てくる杖です。


では、本編をどうぞ。


scene.29

「ここが祭壇のある洞窟か」

 

 デュラハンたち三人は、村の奥にある溶岩洞に到着していた。

 幸いにも彼らが飯屋の店主から真実を聞いたということは伝わっていないらしく、特に妨害も受けることなく内部に入ることが出来た。洞窟の入り口に見張りも立たせていないのは、奥にいると思われる魔物を恐れての行動かもしれない。

 

「むぅ、暗いのである。これではまともに戦えぬ」

「そうだな。今明かりを――」

「ちょっと待って下さい! それなら私にお任せを!」

 

 光源を用意しようとするデュラハンを制し、フブキが胸に手を当てる。

 何をするのかと見守っていれば、彼女は集中するように目を閉じて右手を頭上へと掲げる。

 

「光よ、在れ!」

 

 叫ぶのと同時に、魔法が発現する。

 右手の先から直径十センチほどの光の玉が発生し、高さ三メートルほどの高さまで浮き上がったところで停止する。それは完璧とはいかないまでも二十メートル四方の巨大な空洞を照らすのは十分であり、これなら例え襲撃を受けたとしても不意をつかれる心配はないだろう。

 

「フブキさん、いつの間に魔法を……」

「ふっふーん! 実は賢者様に指導してもらって、簡単だけど魔法を使えるようになったんです!」

 

 ドヤッ! と自慢げに胸を張るフブキ。

 賢者から直接指導されたとは言え、こんな短期間で魔法を扱えるようになるとは素直に驚きだ。

 

「これなら洞窟を隅々まで探れますね!」

「むぅ、明るくなったのは良いが、どこを探れば良いであるか? 地面でも掘るであるか?」

「……いや、どうやらその必要はないようだ。来るぞ」

 

 デュラハンの言葉を皮切りに、魔物が姿を現した。

 それは地面や壁にある亀裂や穴から這いずるようにして、次々と小型の魔物が姿を見せてくる。

 

「こんなに居るなんて聞いてないですよ!?」

「シンプルで分かり易いのである!」

 

 フブキは敵の数に驚愕し、バクニは待っていたと云わんばかりに戦斧を構える。

 いつも通りに前衛二人が前に出て魔物を相手取り、後ろに下がったデュラハンが適宜回復と援護をする。

 

「二人とも、数が多いとはいえ消耗は避けるように!」

「了解!」

「心得たのである!」

 

 襲い掛かってくるのは、同系統の個体だ。

 敵はこちらの体力を消耗させることが目的だろうかと推測しながらも、デュラハンは奇妙な違和感を抱いていた。

 

(敵が弱すぎる?)

 

 彼の見立てでは、迫りくる魔物の戦闘力は千――いや、二千といったところか。

 まだ下山した森の中に出てくる魔物の方が圧倒的に強く、仮にも精霊により守られてきた村に入ってこれるレベルではない。例え親玉が精霊を制する術を持っていたとしても、その配下である魔物がこんなに弱いというのは筋が通らない。現に先ほどから数こそ多いが、その殆どが聖剣や戦斧の一閃で次々に塵にされていく始末だ。

 最初は百体は居たと思われていた魔物も、気が付けばあっという間に数を減らしていく。

 このままいけば、間もなく全滅できる――そう思われた時だった。

 

「っ。二人とも、下がれ! 何か来る!!」

 

 迫る気配に、デュラハンは後退を指示する。

 それに従い二人が後ろへと下がるのと同時に、洞穴の中央の地面から真っ黒い炎が巻き上がり、その中から巨大な山羊の角が反り返った全長三メートルはある魔物が姿を現す。影と炎を纏った漆黒の筋骨隆々な肉体、その太い腕と脚はまるで生物にはない奇妙な光沢を帯びていた。

 

「貴様らか。愚かしくも我に歯向かう冒険者とは」

「だ、誰ですか貴方は!?」

「知りたければ答えてやろう。我こそは魔焔の王、ベリアルである!!」

「ミオは、ミオは何処にいるの!?」

「はて……何のことか。ああ、先程の供物の雌か。安心しろ、まだ生きている。尤も、それもこの戦いが終わるまでだがな。だが、案ずることはない。うぬも生かしておいてやる。二人仲良く我の孕み袋として使ってやる」

「っ!!」

 

 直後、フブキが地面を蹴った。

 その速度は今まで見てきた動きの比ではなく、一瞬にしてベリアルとの距離を詰めると振り上げた聖剣でもって頑強な胴体を左肩から右腰骨に向かって斜めに叩き斬る。正に会心の一撃と呼ぶに相応しい攻撃であったが、フブキはそれで止まることなく間髪入れずに追撃を掛ける。

 

「ミオの事を! 穢すな!!」

 

 これ以上、此奴に喋らせてはならない。

 そう言わんばかりに仰け反るベリアルに容赦なく攻撃を浴びせていき、何度も何度も斬撃が繰り出される。

 

「――はぁ、はぁっ」

 

 どれくらい過ぎたのか。

 最後の一撃を放ったフブキは息も絶え絶えになっていたが、その手には確かな手応えが残っていた。ベリアルがどれほど強いか分からないが、これだけの攻撃を叩きこまれて無事で済むはずがない――そう確信していたのに。

 

「ハァ、ハァ……これで」

「――これで、何だ?」

「っ!?」

 

 がばっ、と俯いていたフブキは顔を上げた。

 彼女からの猛攻を防御することもなくまともに喰らったというのに、余裕な表情を浮かべながらベリアルは佇んでいた。その肉体には確かに幾つもの斬痕が走っていたが、それは焼け焦げたような黒い煙を上げながら最初からまるで何もなかったかのように修復されていく。

 

「ど、どうして!?」

「フブキさん、後ろに下がるんだ!」

 

 驚愕し、目を見開くフブキ。

 何かおかしいことに気付いたデュラハンは、彼女に下がるように伝える。

 

「この程度の攻撃、何十何百受けようと我の命には届かぬわ!!」

「そ、そんなこと!」

「うぬらに絶望的な情報を教えてやろう。我の総合戦闘力は一万を超える!!」

 

 種別:オーバーフレイム・デーモン 種族:炎魔 危険度:Ⅳ

 体力:2192 魔力:8770 総合戦闘力:10962

 

 

 それは紛れもなく強敵との遭遇であった。

 フブキは聖剣を持つ手にじんわりと汗が滲んでいるのに気付いていたが、不思議と恐怖心は感じていなかった。確かに戦闘力という意味では現在の勇者一行の数値より倍近くも差はあるが、百鬼あやめと相対した時のような絶望感はない。それに冷静になって考えてみれば、あの地下道でドラゴンと戦った時も、今と同じように格上だったことに思い至る。

 改めて聖剣を構えるフブキに、ベリアルは呆れるように告げる。

 

「ほう? 我に勝てぬと理解したにも関わらず、まだ抗う意志を保てるとは感心である」

「例え力及ばずとも、諦めていい通りなんてありません!!」

「小生も忘れてもらっては困るのである!」

「どっちにせよ、コイツを倒さなければ前進も後退も出来ないからな」

「ミオを助けるためにも、行きます!!」

 

 こうして勇者たちの、厳しい戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 その少し前、デュラハンたちが溶岩洞に突入した時のこと。

 ミオを救出するために別行動をとっていたおかゆところねの二人は、未だに隧道の中を進んでいた。二人とも夜目は効くので本来は必要としないが、念のためにと用意した松明の明かりを頼りに狭い通路を進んでいく。幅は両腕を広げた位はあり、高さは二人が直立しても天井に触れることはないが、軽く跳ねだけで手が届いてしまう程度なので少し手狭感は否めない。

 隧道内は基本的に一本道――多少は枝分かれしているが、どうやら他の旅館に通じているらしいので道に迷う心配はないが、温泉の湧き出る火山だけあってかじんわりと汗がにじむ程度には蒸し暑い。更に内部もとても整備が行き届いているとは言えず、ボコボコとしていて歩き難いことこの上ない。

 

「ぉヵゅ、まだ着かないかな?」

「どうだろうね? もうそれなりに歩いたとは思うけど……あっ、待って」

 

 前を歩いていたおかゆが、何かに気が付く。

 進行方向の先、手元にある松明の明かりとは別の光が暗闇を薄っすらと照らしているのが確認できる。

 

「ころさん」

「ん」

 

 おかゆが視線を向ければ、ころねは無言で頷く。

 相手に気付かれないように手元の松明の火を消してから慎重に、静かに物音を立てないように進んでいけば、その先にはこれまでの窮屈な道とは打って変わって開放的な空間が現れた。地下であることに変わりはないが、十メートル四方の大きさの広場となっていた。どうやら見えていた灯りの正体は、何らかの台座の前に置かれた篝火のものだったらしく、おかげで全体を確認することが出来た。

 岩陰に身を潜めながら様子を窺えば、幾つかのことが分かる。

 一つ目、篝火の側にある台座の上には大きな水晶玉のようなものが置かれている。

 二つ目、壁際にある何らかの植物(?)のようなものが脈動している。

 三つ目、小型の魔物が地面に置かれた何かを取り囲むようにしながら騒いでいる。

 四つ目、見えている魔物の数は眠っているのも含めて十体にも満たない。

 

「ころさん」

「わがった」

 

 おかゆは短剣を引き抜き、ころねは手を何度か開いたり閉じたりする。

 そして先におかゆが岩陰が飛び出していき、ころねもそれに続いて広間へと駆けていく。

 素早い動きで距離を詰めたおかゆは手始めに騒いでいた二体の魔物を手早く処理し、僅かに遅れたころねも同様に魔物へと拳を叩きこむ。ただ流石に地面に魔物が地面に叩き付けられた物音で、居眠りしていた魔物も目を覚ます。そして侵入者の存在に気が付くと騒ぎ始める。

 

「ギッ、ギギ!!」

「ギィ、ギィィッ!!」

 

 喚いているが、何を言っているのは分からない。

 おそらくは「侵入者だ」や「仲間がやられたぞ」といったことを騒いでるのだろうが、相手が状況を理解できるのを悠長に待ってやるほど彼女たちもお人よしではない。二人は流れるようにして残っていた魔物も排除していく。

 

「これで最後、っと」

 

 五分と経たず、制圧が完了する。

 魔物がいるかもしれないと聞いていたので警戒していたが、数も強さも大したことなかったのは救いであった。念のために他に敵はいないかと周囲を見回してみれば、壁際に奇妙なものがあることを思い出す。不意打ちを食らわないように注意しながら近付いてみれば、それは見たこともない巨大な植物だった。その中心、つぼ状の部分からは老人の頭だけが飛び出している。死体かと一瞬思えたが、老人が呻いていることで未だ生きていることに気付く。

 

「んー、流石に見捨てるのは夢見が悪いからね」

 

 そうして巨大な花へと短剣を突き刺す。

 特に抵抗もなくスパッと切り裂けば、その断面からドロッとした体液で身体がびしょ濡れになった老人が解放される。その側に魔物からの戦利品が転がったので回収しつつ、息はあるが動く気配のない老人には念のために荷物袋から「治癒の水薬(ヒーリング)」と「活力の水薬(スタミナ)」、それから「魔力の水薬(マジック)」といった一通りの薬を頭からぶっかけておく。本来は飲ませるのが効果的であるが、自力で飲めそうにないので背に腹は代えられない。

 これで少なくとも衰弱死する心配はなくなり、おかゆはころねの方を向く。

 

「これで良しっと。ころさん、そっちは何かあった?」

「んー……あっ、おがゆ! 居たよ!」

 

 おかゆが周囲を警戒し、ころねが先ほど魔物たちが集まっていた場所を確認する。

 そこには薄っすらと発光する赤く細い糸のようなものが蜘蛛の巣状の半球形に広がり、その内側には倒れたミオの姿があった。意識を失っているのか反応こそないが、確りと呼吸しているので大丈夫そうである。浴衣も少しばかり乱れてはいるも、これといって目立った外傷はないように見えたので一先ずは安心である。

 

「ミオちゃん、ミオちゃん」

「……んっ、んん…?」

「良かった、大丈夫そうだね。でも、この囲ってるの(?)はどうしよっか」

「鍵穴もないし、力尽くで破る?」

「それは……止めた方が良いと思うよ」

 

 おかゆはそう言うと、近くに落ちていた小石を手に取る。

 その小石を張り巡らされた檻の糸に当ててみれば、スパッという乾いた音と共に何の抵抗もなく硬い石が豆腐のように切断される。手の中に残った方の小石を断面を確認してみれば、その切り口は鏡面のように滑らかとなっている。

 

「……解除方法は、後で考えようか?」

「ェうん」

 

 一先ず、ミオを救出する方法は後にする。

 先に突入しているであろうデュラハンたちが降りてくるのを待とうかと考えていると、ズシンッと洞窟全体を揺るがす振動が発生する。尻もちをつく程ではなかったが、反射的にバランスを取ろうとする。それから天井を見上げれば、パラパラと塵芥が降ってくる。

 

「おがゆ! い、今のって……」

「うん。多分、上で戦いが始まったんだと思う」

 

 二人が状況を推測する間にも、二度三度と振動が襲う。

 何が起こってるかは分からないが、かなり激しい戦いとなっていることは容易に想像できた。

 二人が固唾を飲んでいると、意識を失っていたミオが跳び起きた。

 

「なになに!? 何なの!!?」

 

 突然のミオの反応に、おかゆところねは驚きの声を上げる。

 目を白黒とさせて狼狽えるミオに、おかゆは優しく声をかける。

 

「あっ、ミオちゃん。起きた? おはよー」

「えっ? あ……うん、おはようございます?」

「その糸、危ないから触らない方がいいからね」

「あっ、そうなんだね……って、どうして二人がいるの!?」

「落ち着いて。事情を説明するから」

 

 捕らわれて次に目が覚めたら、おかゆたちがいたことに驚くミオ。

 そんな彼女に、これまでの経緯と自分たちが知り得た事実をかいつまんで説明する。

 

「じゃあ、ウチが攫われたのは、村人たちに人身御供にされたからってこと?」

「そういうことだね~」

「それで二人はウチを助けに来てくれたの?」

「そのつもりだったんだけど、この檻みたいのボクたちじゃ解けそうにないんだよね。ミオちゃんの魔法で自力で出られない?」

「……ウチの杖、壊されちゃってて。それに、そういうのって得意じゃなくて、多分ウチよりあのく君の方が得意だと思う」

「じゃあ暫くは待機かな。みんなが来るまでもう少し掛かりそうだし」

「そう言えば、他の三人は何処にいるの?」

「今この上の階層で、例の魔物と戦ってるよ」

「っ! 今すぐに皆に逃げるように伝えて!」

 

 ミオは檻の糸に掴み掛らん勢いで、そう叫ぶ。

 突然のことに驚くおかゆは、困惑した様子で聞き返す。

 

「ど、どうしたの?」

「あの宝玉が――『獄封の琥珀』が本物なら、フブキたちは絶対に勝てないの!!」

 

 ミオは絶叫するように告げる。

 事情の呑み込めないおかゆところねは顔を見合わせ、それからミオの方へと改めて向き直る。

 

「二人とも、ウチのことは置いて行って! 早くしないとフブキたちが殺されちゃう!!」

「ちょっ、落ち着いて。事情を話してくれないと、ボクたちもどうすることも出来ないよ。それに……ほら」

 

 おかゆが天井を指させば、パラパラとまた欠片が降ってくる。

 悠長にも話をしている間にも戦いが続いているのは明白であり、絶えず洞窟内に振動が響いてくる。仲間の心配をする前に、ここが崩落しないかを懸念した方が身のためではないかと考えた方が現実的ではないかと思える程だ。

 

「多分、今合流しても撤退は難しいと思うし、何よりミオちゃんを置いて行くなんて出来ないよ」

「それは……そうかも」

 

 もし自分とフブキの立場が逆だったとしても、彼女を置いて行くことは出来ないだろうと容易に想像できる。それを理解してか動揺していたミオも、落ち着きを取り戻したところでおかゆは改めて訊ねる。

 

「だからね、ボクたちに何かできるかもしれないから、訳を教えて?」

「……あそこにある台座に置かれた宝玉は、『獄封の琥珀』だって魔物が言ってたの」

「その、ごくふう? の魔石って何なの?」

「ウチも本で読んだことがあるくらいで、現物を見たことは一度もないけど……その宝石は如何に強大な魔法も封じ込める代物って書いてあったの。でも実際には魔法じゃなくて魔力を閉じ込めていたみたい」

「じゃあ、あの宝石には強い魔力が閉じ込めてあるの?」

「……あの中には、大精霊が封印されてるみたい」

「大精霊って、え? でも封じれるのは魔法や魔力って」

「ウチの考えだけど……多分、大精霊は生物っていうよりは現象に近いんだと思うの」

「えーっと、大精霊は生き物じゃないから封印されたってこと?

 

 彼女の説が正しかったとして、それが討伐班の全滅にどう繋がるのか。

 それを察してか、ミオは確信の部分を語る。

 

「あの宝石が厄介なのは、使用者は封じ込めた魔力を自分の物として使うことが出来るって……」

「……ちょっと待って。それってつまり、あの宝石に閉じ込めてるのが大精霊の力なら、今戦ってる魔物はその力を自由に使えるってこと?」

「確証がある訳じゃないんだけど……」

 

 ミオは力なく頷く。

 その反応に、おかゆところねは言葉を失う。

 もし魔物が大精霊の力を意のままに行使できるのであれば、それこそ災害を前にしているのと何ら変わらない。如何にフブキが勇者といえど、天変地異を覆すほどの力など持ち合わせてはいない。

 

「フブキ、みんな……」

 

 ミオは、仲間の安否を憂いる。

 それでもただ無事を祈り続けることしか、今の彼女には出来ない。

 

 

 

 

 場面は、時間はほんの少しだけ遡る。

 

「ほれ、ほれっ、ほれっ!!」

 

 ベリアルが突き出した手の先から、灼熱の溶岩弾が放たれる。

 その一発一発はまともに受ければ人体を容易く丸焦げにする威力を有しており、着弾地点に小規模ながらマグマの池を形成している。ただフブキたちにとって救いだったのは溶岩弾の軌道が直線状であったことと、速度自体も見てから回避が十分に間に合う程度だったので回避するのはそれほど難しい話ではなかった。

 フブキは素早く、バクニは確実に攻撃を避けながら距離を詰めていき、タイミングを見計らってそれぞれ攻撃を加えていく。フブキは至近距離まで近付いては聖剣による斬撃を、バクニは彼女のように近付けないので中距離から真空の斧による風の刃を放つ。

 ベリアルは攻撃に対して無頓着なのか、ろくに回避も防御もすることなく、繰り出される攻撃全てを肉体で受け止めている。攻撃の度に肉体は傷付き鮮血が舞うが、負った傷は焼き焦げた黒煙を上げながら瞬く間に再生していく。

 戦闘が開始してから、同じことが繰り返されている。

 

「くっ……埒があかぬ!」

「これじゃあイタチごっこだよ!」

 

 思わず悪態をつく二人。

 大した攻撃魔法の使えない――ことになっているデュラハンは回復役として万が一にも被弾しないよう距離を取りながらも、その様子を見守りながら違和感を抱いていた。

 

(魔法の練度が拙い?)

 

 ベリアルの強さに対し、思わずそう感じるのだ。

 確かに感じる魔力と溶岩弾の威力は危険度Ⅳを関するのに相応しい物であったが、ただそれ以外がまるで伴っていない。魔法の発生から発射までに僅かにタイムラグがあり、放たれた溶岩弾も単調過ぎて軌道を予測することが容易であった。これまでろくに魔法を使って来なかったような、急に手に入れた魔法を持て余しているような感覚を覚えていた。

 魔物とは、黙っていれば成長する訳ではない。

 大体は誕生した段階で危険度ⅠかⅡに相当する戦闘力を有しているが、強くなるためには他の魔物や人間と戦い喰らわなければ戦闘力は向上しない。ましてや魔法の扱いとなれば戦闘以外にも更なる鍛錬が必要とされるのだ。分かり易く人間で例えるなら剣もろくに触ったことのない素人に渡したところで、振り方はおろか握り方さえ分からず、藁束すら切り裂くことは出来やしない。

 そう言った意味で、ベリアルの魔法技術は貧弱すぎるのだ。

 ただデュラハンから見て“再生能力が高いだけの魔物”を消し飛ばすなど造作もないが、魔法使いという殲滅要員を欠いている現状ではイタチごっこにも限界があり、このまま長期戦になれば勇者一行が先に息切れするのは想像に難くない。

 そんなことを考えていると、戦況に変化が起こる。

 これまで魔法による攻撃しかしてこなかったベリアルが、右手に切先の鋭い火の舌のような刃を生み出して構えた。

 

「うぬに合わせ、今度は剣で相手をしてやろう!」

「っ!!」

 

 ベリアルが振り下ろす一撃を、フブキは聖剣でもって受け止める。

 火の舌のような刃は見た目に反してある程度の強度を有しているのか、ガキンッと火花を散らしながら衝突する。フブキの現在の戦闘力では一方的に力負けすることはないが、聖剣越しに感じる熱気は凄まじく、触れてもいないのに顔の水分が蒸発していくのを感じる。

 

「こっ、んのぉっ!!」

 

 奥歯が砕けんばかりに咬歯し、力任せに押し返す。

 ベリアルの巨体が仰け反り、その隙を逃がさずにバクニが戦斧を振りかぶりながら突進する。

 

「ぬおりゃあああ!!」

 

 剛腕が唸りを上げ、戦斧が振るわれる。

 絶妙なタイミングで放たれた横薙ぎは、しかしガキンッと音を立てながら横から伸びたベリアルの尾により阻まれる。どうやら蛇の頭を持った生物のような尻尾の表面を覆う鱗が逆立ち、高質化することでバクニの一撃を防いで見せたようだ。

 

「ぬうっ!?」

「さあ、もっと我を愉しませるがいい!!」

「たあっ!」

「はああっ!!」

 

 今度はフブキとバクニが同時に仕掛ける。

 聖剣の一閃は高質化した尾が再び盾のように防ぎ、戦斧の一撃を火の刃により阻まれる。

 そうして五合、十合と剣戟の音が洞窟に響き渡り、再びのイタチごっこが始まったかと思えば――。

 

「このぉっ!」

 

 膠着した状況を打破しようと、フブキが大きく振りかぶる。

 そのタイミングを見計らい下から掬い上げるように火の刃が切り上げられ、彼女の手から聖剣を弾き飛ばす。手放された聖剣はそのまま空中を弧を描くようにして、デュラハンの前方にある岩床に突き刺さる。

 

「っ。しまっ」

「フブキど――ぐっ!」

 

 フブキへと視線を逸らしたバクニが、振り押された蛇の尾により岩床に叩き付けられる。

 そして得物を失った彼女の細い首を、ベリアルの空いた左手が掴んで宙に持ち上げる。

 

「捕まえたぞ、勇者。さあ、降伏するか? 今なら痛い思いをしなくて済むぞ?」

「う゛っ……だ、誰が…!」

「では仕方あるまい」

 

 身動きの出来ないフブキの腹部目掛け、高質化した蛇の尾が槍のように突き出される。

 貫かれる、と思った次の瞬間。

 

「させぬっ!!」

 

 間へと飛び出したバクニが身を挺して庇う。

 蛇の尾は彼が身に纏う鋼の鎧に金属と金属が衝突したような音を響かせた後、何の抵抗もなく腹部を貫いていく。

 

「う゛っ……!」

「バクニっ!」

「仲間を庇ったか。安心しろ、直ぐに楽に――」

「――ぬぉおおおおっ!!」

 

 自身を貫く蛇の尾。

 それを鍛えぬいた腹筋と左手で抜かれぬように抑え、残った力の全てを込めて彼は戦斧を振り下ろして蛇の尾を切り落とす。

 その拍子に拘束されていたフブキは解放され、支えを失ったバクニは前のめりに倒れる。

 

「一矢、むくいた……である」

「があ゛あ゛ぁっ!!」

 

 高い再生能力を持つベリアルと言えど、体の一部を断たれた痛みには耐えられなかった様子。

 大きく後ろへとたじろぐが、その瞳には恐怖ではなく憤怒の炎が宿っていた。それは散々自分が見下ろしていた矮小な存在により、再生するとはいえ大切な尾を切り落とされたという事実が許せないが故の激情であった。

 

「よくも、よくも……許さぬぞ、虫ケラがあ!!」

「っ!!」

 

 身動きのできないバクニを、消し飛ばさんと火の刃を振り下ろす。

 フブキは咄嗟に倒れる彼の上に覆いかぶさるが、もはやこれまで――そう思った時、再び誰かが割り込む。

 

「ふんっ!」

「ぬぐぅっ!?」

 

 駆け付けたのは、デュラハンだった。

 彼の手には先ほど弾き飛ばされた聖剣があり、それでもって振り下ろされた火の刃を弾いて見せたのだ。いや、弾くどころかベリアルはその一撃により手から火の刃が形を維持できずに大きな音を立てながら霧散する程であった。

 見れば気付くことだが、デュラハンは既に指輪を外して本来の力を発揮できる状態に戻っていた。ただ倒れるバクニはもちろんこと、あまりの出来事に呆然とするフブキは気付かない。

 

「無事か、フブキさん?」

「あ、あのくさん!? は、はい。でも、バクニさんが……!」

「まだ死んじゃいない。直ぐに治療を――」

「小生意気な人間風情があぁ!!」

 

 憤怒に身を任せたベリアルが襲い掛かる。

 失ったのと同じ火の舌のような刃を右手に――いや、両手に構えながら飛び掛かるが、デュラハンは冷静に二本の刃を対処する。

 今までとは比べ物にならないほど激しく、巨躯に似合わぬ速度で二本の刃が振り下ろされる。それはもはや剣術ではなく、まな板の肉をなますに刻むが如く左右の刃が交互に、そして無慈悲なまでにデュラハンを微塵に粉砕せんと猛り狂っている。

 そんな強烈な攻撃を、デュラハンはその全てを悉くいなして見せた。

 

「フブキさん、俺が時間を稼ぐ……その間に治療を!」

「えっ、で、でも」

「良いから!!」

「わっ、分かりました! バクニさん、今助けますから!」

 

 フブキは言われた通りに、バクニを救わんと行動する。

 彼女は僧侶のような白魔法は使えないので、必然的に荷物袋にある水薬を使うことになる。ただ焦っていることもあって目当ての代物を直ぐに取り出すことが出来ず、焦れた彼女は袋を逆さまにして中身をぶち撒ける。乾燥した保存食や衣類を繕う修繕セットを初め、仕舞っていた魔物の素材や手に入れた景品の羽といった物が岩盤の上に、音を立てて転がり出てくる。その中に幾つかの水薬を見付ける。

 

「あった!」

 

 急いで栓を抜き、瀕死のバクニへと中身をぶちまける。

 

「お願いします! バクニさん、死なないでください!!」

 

 しかしフブキが必死に治療を試みても。

 バクニの腹部、そこに空いた風穴からは絶えず鮮血が流れ続けて止まる気配はない。

 一方、彼女が治療をしている間も、デュラハンとベリアルとの攻防は続いていた。

 

「舐めるなよぉっ!!」

 

 ベリアルは左手の火の刃を解くと、一つの溶岩弾を作り出す。

 それは最初に放っていた物よりも大きく、これなら剣で防ぐことは出来ず、ましてや背後に仲間がいる以上は回避することも出来ない。

 だが――。

 

「甘い」

 

 その言葉と共に、デュラハンは聖剣を一閃する。

 スパンッと溶岩弾は容易く両断され、分かたれた二つの岩となって左右へと流れていく。

 

「ば、馬鹿な……」

「さて、どうする?」

 

 もはや、それは勝負にすらなっていない。

 ベリアルは僧侶にしか見えない人間に自分の攻撃が通じない事実に驚愕していたが、デュラハンとしてもどうしたモノかと考えていた。ここで自分がこの魔物を殺してしまうのは都合が悪く、今もやむを得ぬとはいえ助け舟に入っている状況は宜しくはない。自分の役目はあくまで勇者を魔王城へと導くことであり、彼女の成長の妨げになることは出来るだけ避けるべきだ。

 さて、それは兎も角として――。

 

(流石は聖剣、といったところか)

 

 チラッと、聖剣を持つ手へと視線を落とす。

 柄を握っているので見えないが、掌がジュゥッと音を立てながら焼け焦げているのが分かった。それはベリアルの攻撃を防いだ余波、などではなく聖剣から溢れ出す神威により魔物である彼を認めないと物語っているのだ。

 事情は異なれど、互いに動けずにいたその時だった。

 

 

 

 

 洞窟内を、真昼間の如く眩い光が照らす。

 それはデュラハンの後方――フブキとバクニの方からであった。

 

「なんだ、これは!?」

「こ、これは…!」

 

 デュラハンが反射的に振り返れば、そこには宙に浮いた美しい羽根が見えた。

 それは温泉村の飯屋にあったチャレンジメニューを、フブキが完食したことで手に入れた商品であった。あれは特殊な魔力を帯びていたのは確かだが、見た時は普通の羽根でしかなかった筈だ。それが今は神々しいまでの光を放ち、その輝きはまるで周囲を圧倒するかの如くであった。

 

「こ、この光……まさか、大精霊の!!」

 

 ベリアルは知っているのか、狼狽えている。

 誰もが固唾を飲んで羽根を見つめていると、それは自ら意思があるかのように瀕死のバクニの上で揺れる。その拍子に羽根からは金色の輝きが彼の肉体へと降り注ぎ、致命傷だった腹の穴が見る見るうちに塞がっていく。それだけでなく青白くなっていた肌もも回復し、危篤状態だったバクニは完全に治癒される。そうして役目を終えた羽根はボッと音を立てて燃え、もはや灰すら残さず消える。

 

「っ、こ、ここは……」

「バクニさんっ! 良かった!!」

「フブキ殿? 小生はあの魔物に腹を貫かれ……も、もしや小生たちはあの世に行ったのであるか!?」

「そんな訳無いじゃないですか! 私も、バクニさんも生きてますよ!」

「で、では小生は一体……?」

「お二人さん、邪魔して悪いがいい加減、変わってくれないかね?」

「あっ、す、すみません!!」

「分からぬが、分かったのである!」

 

 フブキは慌てて、バクニも首を傾げながら立ち上がる。

 デュラハンは彼女に聖剣を返し、再び二人を援護できるように後方へと下がる。

 

「さぁ、戦いはこれからですよ!!」

 

 今度は足元を救われぬよう、気持ちを新たにフブキは聖剣を構える。

 

 




◆ベリアル
 種別:オーバーフレイム・デーモン 種族:炎魔 危険度:Ⅳ
 体力:2192 魔力:8770 総合戦闘力:10962

 温泉村に巣食う、自称「魔焔の王」。
 火に関する魔法を得意とするが、戦闘力に反して違和感があるとか?
 他種族と繁殖する能力があり、配下は生贄の女に産ませた個体と魔力で作り出した分身が半々といった感じで占められている。

 見た目は指輪物語のバルログとバフォメットを合わせたような感じ。
 原作は未読なので、私の中のイメージは映画版に出てきたアレです。ただ、あちらと違って大きさは違う上に羽根も生えておらず、鞭も持っていません。


クリック? クラック! また今度。

フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)

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