これを入れた理由としてはサブタイトルがないので、自分がいれた前情報などが何処にあったのか探すのが面倒だからです。簡単ながら、現在どの領土に居るのか分かるだけでも大分違うように感じます。
こうして管理してみると、意外と黄の領土編が思ったより長くなっている事実。現在でも青の領土編の倍近くの話数となっていますが、実はまだ伸びるので最終的には倍以上になると思われます。
では、本編をどうぞ。
「こちらがお預かりした皆様の認識票になります」
首都の冒険者ギルドにて、預けた認識票を受付嬢から返却される。
提出した四つの板は全て同一の青銅に変化しており、これで問題なく黒の領土へと渡ることが出来るようになった。
「ありがとうございます。少し時間が掛かってたみたいですけど、何かあったんですか?」
認識票の組紐を首にかけ、衣服の内側に仕舞いながらフブキは職員に訊ねる。
冒険者ギルドが保有する魔導器に認識票と本人の血液を入れることにより自動的に等級が更新されるシステムであり、単一でなら物の数十秒で完了する。これは本人たちの同意さえあれば複数枚を同時に行うことも出来、そうした場合でも五分ほどで終わる筈なのだ。しかし今回に限り、どういう訳か提出してから戻ってくるのに十分以上は掛かっていた。
文句と言うより、純粋な疑問故の質問だった。
「ああ、いえ、そのことなのですが……どうにも奇妙なことが起こりまして」
「奇妙……おかしなこと、ですか?」
「ええ。皆様ご存じの通り、認識票は作成する際に本人の魔力が登録されます。これにより本人の身分証明と、他人へのなりすましを防ぐことが出来るようになります。過去にはこのことを理解していなかった輩が死体から認識票をはぎ取る、あるいは盗んで悪用しようとして御用となったこともあります」
これは現在では、冒険者なら誰しもが知っている常識であった。
魔物であるデュラハンは当然のことながら初めて耳にし、そこでようやく勇者一行として潜入する前に癒月ちょこが血液――魔力を求めてきたのかと納得する。それと同時に、やたらと魔力を抑えるように言われたのも、認識票を作成する上で大きすぎる魔力では怪しまれるためかと理解する。
「そして更新を行う際、改めて血液を一滴頂いて認識票と一緒に魔導器の中に入れるのですが……その、おそらく誤作動だと思われるのですが……どなたかの認識票が一瞬だけ金色に輝いたんです」
職員も困惑した様子で、そう語る。
認識票の等級はその者の強さを表し、現在の勇者一行の青銅級であれば凡そ五千はあると推定される。そして黄金級ともなれば白銀級よりも更に上の最上位――英雄の領域だと言われており、単純な戦闘力という意味でも青銅級などとは比べ物にならず、今のフブキでは未だ逆立ちしても太刀打ちできない程の強さがある。
そんな中、この勇者一行の誰かの認識票が一瞬でも黄金を示した。
本来なら有り得ないことだが、四人の中に本来であれば英雄の領域に片足を突っ込んでいる程の力の持ち主がいる判断された訳だが。
「ただ、瞬きする内に収まっておりましたので、誰のものだったのかも分からなくて……」
「そ、そうですか……」
「もしかすると、装置の故障かもしれません。皆様はお気になさらず、どうぞ良い旅をお続けください」
そう微笑みながら、職員は最後に丁寧なお辞儀を深々とする。
四人はギルドを出ると、そのまま街を出るべく西の門へと向かっていく。
「認識票の件、何だったんですかね?」
街の通りを歩きながら、フブキは首を傾げる。
ただそれは答えを求めてと言うよりも、独り言のような感じだった。
「もしや魔導器が勇者殿の力の一端を察知したのでは?」
「そうかもしれないよ。だって、今のフブキは伝説の勇者の力を手に入れたんだから」
「そ、そうかな~?」
仲間の言葉に、フブキは照れ臭そうに頬を掻く。
そんな一行の様子を、デュラハンは後方につきながら少しだけ距離を開けて眺めていた。
(原因は……おそらく、俺だろうな)
内心で、嘆息する。
本来の強さを考えれば彼の認識票など一発で黄金級にまで変化してしまうのは当然のことだが、現在は脱力の指輪の効果で力が制限されているので人間の枠に収まっている状態だ。ただ、指輪も万能ではないらしく、金属の指輪に無数の罅が走っており、髪の毛ほどの細い線が、じわじわと表面を侵食していて徐々に限界を迎えつつあることが見て取れる。
何度も指輪を付け外ししては力を振るっていたのが悪いのか、あるいは彼の力を長期にわたって抑えるのに無理があったのか。
(もう暫く持ってくれるといいが)
せめて、この旅が終わるまでは。
そんなことを考えた所で、デュラハンは自らの考えに苦笑する。
いつかは勇者たちを裏切る魔物の分際で、どうして旅が無事に終わることを願っているのか。
「あのくさん?」
歩く速度が落ちていたのか、気が付けば仲間から距離が開いていた。
それに気が付いたミオが立ち止まって振り返り、そんな彼女に対して何でもないと言うように首を横に振って彼らの後を追う。
(いずれ必ず、その日が来る)
せめて、その瞬間までは仲間として振舞い続けよう。
自分のその願いを、人間が『祈り』と呼ぶことなど、魔物である彼は知る由もなかった。
◆
とある日の夜のこと。
勇者一行は港町へと続く街道の側にて焚火を囲いながら野宿をし、デュラハンは火の番として地面の上に胡坐をかいていた。
フブキとミオは簡易テントの中で既に就寝しており、バクニは相も変わらず豪快に鼾をかいて寝ている。
「……あのくさん、ちょっといいですか?」
焚火の揺らぐ火を眺めていると、不意に声を掛けられる。
顔を上げてみれば、そこにはテントの中で眠っている筈のフブキが立っていた。流石にいつもの簡素な鎧は身に纏っておらず、リネンの長袖チュニックといういつでも戦える警戒心を残した格好をしていた。
「どうした? 交代には早すぎるぞ」
「ちょっと眠れなくて……隣、いいですか?」
「別に構わないぞ」
そう言いながらフブキはデュラハンの左隣に腰を下ろし、膝を抱えるようにして座る。
しばらく沈黙が二人を包み、ぱちぱちと火がはじける音だけが聞こえてくる。
今まであれば何ら問題ないが、実はデュラハンがスバルを抱いた日以降、二人はろくに会話を交わしていなかった。声を掛ければ返事はしてくれるのだが、必要最低限以上の関りをしたくないと言うかのように距離を取られていたのだ。どう考えても原因が分かり切っているだけに、どうしたものかとデュラハンも頭を悩ませていた。
「……聞きました」
「え?」
「大空さんから、お風呂場での、その……アレなことは自分からお願いしたんだと」
「まぁ……経緯はどうであれ、抱くという選択をしたのは俺自身だからな」
「それでも、仲間に対して頭ごなしに失礼なことを言ったのは事実ですから……すみませんでした」
そう言って、フブキは頭を下げる。
別に彼女が悪い訳ではないだけに、デュラハンも気まずく頭をかく。
「そのことは、もう水に流さないか? これからも一緒に旅をするんだから」
「分かりました。あと、その、興味本位で聞くんですが……バクニさんにも別の女性が宛がわれたらしいんですが、本当ですか?」
「ん? ああ、バクニに聞いたから確かだ。ただ、アイツは断ったらしい」
「そうなんですか?」
「ああ。曰く、『所帯を持っている故』と答えたらしい」
「えっ、バクニさんってご結婚されてたんですか!?」
あの無骨……強くなことしか考えていないような輩が既婚者。
そのことに、フブキはとても驚いた表情を浮かべる。
「真偽は知らん。誘いを断る方便だったのかもしれん」
「えっ、あっ、そ、そうですよね? あー、吃驚しました」
そこで会話が途切れる。
再び、何とも言えない沈黙が二人の間に流れていると。
「あのくさんは……剣も使えるんですか?」
その問いに、やはりかとデュラハンは思う。
オリュザ火山での戦いにて仕方がなかったとはいえ、フブキの前で剣を使って見せてしまった。僧侶が簡単ながら護身術を覚えていても変な話ではないが、本格的な剣技を習得しているなど通常は想像しない。それもベリアルの攻撃を難なくいなして見せたことで、彼女からしても技量の高さが察せられた。あの後は状況が状況だったので聞かれることはなかったが、やはりフブキも気にはなっていたようだ。
「ああ……昔、これでも剣士を目指していたことがあったんだ」
そんな風に、デュラハンは語る。
男の子なら誰しもが剣士、あるいは騎士になることを憧れを抱くことはよくあることだった。特にニ、三十年ほど前は魔王こそ居なくとも魔物や野党といった脅威は昔から変わらずあり、それらに対抗する為の戦う職業を志す少年たちも多かった。ただ夢を抱いても実現できる者は限られ、その殆どが現実を知って挫折して実家の家業を継いだりしていた。
「幸いにも俺には才能があってな、騎士にもなれるって師匠からお墨付きを貰えて……」
そこまで話したところで、デュラハンは一端言葉を切る。
魔物へと転生する以前、生前のことは覚えていなかった筈なのに、どうしてそんなことを思い出したのかと彼自身も不思議だった。何とか適当に話して誤魔化そうと考えていたが、口に出た言葉は決して作り話ではなかった。
「あのくさん?」
「あっ、ああ……ただ誰かを倒せる力はあっても、誰かを助ける力ではなかった」
だから剣を手放したんだと、暗に告げていた。
フブキもそれを察してか、それ以上は深入りしようとはしてこなかった。
「………あのくさん、私に剣を教えてくれませんか?」
「話を聞いていたか? 師事するなら、もっとちゃんとした人物を選べ。そもそも王国に居た頃に基礎は学んでいるだろう? 今更こんな剣も捨ててしまった奴から何を習いたいっていうんだ?」
「だからです。あのくさんなら、私が知らない戦い方をご存じですよね?」
フブキはそう返してくる。
彼女からしても今更、剣の握り方やら振り方を習いたいという訳ではない。
デュラハンから学ぶべきは重心移動やいなしといった、フブキが持っていない技術的な面だった。自分が会得した剣術としての基礎が無意味とは決して考えていないが、型通りの決まった戦い方だけでなく時と場合によって野蛮と言われる動きもまた必要なのだと、これまでの戦いを通して彼女は学んでいた。
「……はぁ、分かった」
「本当ですか!?」
フブキの真っ直ぐな目に見つめられ、デュラハンは降参する。
そんな彼の返答に、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「但し、今日はもう大人しく寝るんだ。夜更かしは健康的にも、美容にも良くないぞ」
「は~い。じゃあ、おやすみなさい。師匠!」
それだけ言い残すと、フブキは再びテントの中に戻っていった。
残されたデュラハンは疲れたように肩を竦めつつ、焚火が消えないように手元にある枝を投じる。
「俺が勇者に剣を教えることになるとはな……」
そう呟きながら、デュラハンは空に浮かぶ月を見つめていた。
◆
そこは黒の領土へと繋がる唯一の漁港・オリザ。
勇者たち一行は首都から数日掛けて黄の領土の最も西に位置する町に到着し、一先ずは宿の確保を済ませる。
ここでの目的は既に到着しているであろうおかゆと可能なら合流、出来なくとも黒の領土へと渡れる船舶を確保することである。
「おかゆさん、何処に居るんですかね?」
「定番なら冒険者ギルドか酒場だろうが……さて、どっちから向かうべきか?」
「う~ん、とりあえず近場から確認するで良いんじゃないかな?」
話し合いの末、どちらも寄ることとなった。
先ずはギルドの方が宿屋から比較的近くにあったので寄ってみたが、施設内にはおかゆの姿はなかった。そもそも建物自体が首都と比べても圧倒的に小さく、一般的な施設と違って待機したり屯ったり出来る程の広さも確保されていなかった。どうやら請け負っている業務内容も素材の買取や簡単な依頼の請負程度と、限定されたものらしい。
そうして次に酒場へと移動すれば、店内は昼間とあって客の姿は疎らであったが、テーブル席にて何やらスープのようなものを啜っている一人がおかゆであることに気が付く。彼女も入店してきたフブキたちの姿を見ると、手を振って合図をしてくる。
「おかゆさん! 探しましたよ!」
「モグモグ……んっ、みんな思ったより早かったね? てっきり後数日は掛かると思ったよ」
「まぁ、その、色々とあって……その話は置いといて」
おかゆと同じテーブルに、一行も座る。
ただ座席数が足らなかったので、デュラハンとバクニの二人は隣のテーブルにつく。
「それで、おかゆさんがここに居るってことは、船は未だ出てないってことで良いんだよね?」
「んー、そのことなんだけど、良いニュースと悪いニュースの二つがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
勿体ぶるような言い方で、おかゆは訊ねてくる。
一同は思わず顔を見合わせたが、どちらも聞くことになるなら良い方から聞くことにした。
「じゃあ、先に良いニュースから」
「黒の領土まで乗せてくれる船の船長さんを見つけたよ。船賃も法外じゃなく適正価格だって」
「おおっ、それは凄いじゃん!」
「因みに金額は?」
「銀で、これぐらい」
そう言って、おかゆは指を五本立てて見せる。
一人当たりか、五人全員かによって話は変わるが、法外ではないなら恐らく後者だろうと推測できる。平民から見たら銀貨一枚だとしても十分に高価であることに変わりはないが、彼らほどの冒険者であれば払えない金額ではなかった。
「確かに、良いニュースだな。それで、悪い方は?」
「んー、そっちは本人から直接聞いた方がいいかな」
「本人?」
「あそこの人」
おかゆは店の一角を指さす。
釣られて振り返れば――フブキたちから見て死角の位置――店の端にある一人用の丸テーブル席、そこにはトリコーン(三角帽子)を被った小柄な人物が酒が入ったと思しき木のジョッキを豪快に呷っているのが見える。口の端からも赤い液体が零れているが、本人は全く気にした様子もなく飲んだくれている。
「えーっと……あの人は?」
「あの人が黒の領土まで連れて行ってくれるって船長さんだよ」
「あ、あの人が!?」
その姿は、確かにおよそ船乗りには思えない。
もしかしたら船の上では違うのかもしれないが、今は大酒飲みにしか見えない。
あれに声を掛けないといけないのかと考えたフブキは躊躇いを覚え、思わずミオの方を見れば首を横にブンブンッと振って拒否の姿勢を示していた。ならばとデュラハンとバクニの方を向いてみれば、彼らは動く気はないのか椅子から立ち上がる気配すらない。
「えーっ……私が行くんですか?」
「俺たちの代表だろ。頑張れ、勇者様」
「うーっ………行ってきます」
フブキはのろのろと立ち上がると、おかゆが指さした人物のところに歩いていく。
遠目から見ても飲んだくれと思ってはいたが、テーブルの足元には既に空になった瓶が幾つも転がっており、顔色を見るまでもなくかなり出来上がってることが容易に想像できた。本音を言えば関わり合いになりたくないが、そうする訳にも行かないので意を決して声を掛ける。
「あ、あの……ちょっ、宜しいでしょうか?」
「あぁん? だぁれですか?」
声を掛けられ、その人物は振り返る。
そこで初めてフブキは船長と目される人物が自分と同じ女性である事実に気が付く。おかゆと変わらぬ小柄な体躯と服の上からでも分かる豊満な二つの山、そして可愛らしい顔立ちをした若い女性である。ただ右目は怪我をしているのか、女性にしては無骨な眼帯をつけている。
平時なら可愛らしい容姿の女性としてもてはやされるだろうが、今の彼女の顔色は赤く胡乱な目でこちらをねめつけてきて、少し離れていても漂う酒の臭いからしてまともな思考は残っていそうになかった。
「わ、私たち、黒の領土へ渡りたい冒険者なんですけど……」
「……ああ、あなたたちがおかゆさんの言っていた人たちですか」
ドンッ、と手にしたジョッキをテーブルに置く。
それから女性はフブキのことを上から下まで嘗め回すように眺める。
「ふーん……こんな可愛い子が、世界を救う救世主様とは……世も末ですね」
ハハッ、と女性は力なく笑った。
その様子は馬鹿にしているというより、こんな子供の双肩に世界の命運が載っているという事実に絶望しているようであった。
「それで? 黒の領土に行きたいんだって?」
「は、はい。私たちは魔王城のある赤の領土を目指しています。その為に、黒の領土を通る必要があるんです」
「ふーん……で、その肝心なお仲間は?」
「あっちにいます」
訊ねられ、フブキは仲間のいるテーブルを指さしながら素直に答える。
女性はその方向へと顔を向け、順繰りと仲間たちの顔を一人一人眺めていく。
「――」
ガタッ、と急に女性は椅子から立ち上がる。
どうかしたのかと、突然のことにフブキは耳をピンッと立てる。
そんな彼女の横を素通りし、女性は仲間たち――デュラハンの前に立った。
「どうかしたのか?」
そうデュラハンが訊ねれば、女性は急に彼の手を取る。
そして――。
「あたしと―――結婚しませんか?」
突然の爆弾発言に、全員が言葉を失う。
初対面にも関わらずの急な告白を受けたデュラハンの衝撃は凄まじく、しばらくの間は自分が何を言われたのか理解できなかった。いや、おそらく彼に限らず同じ立場に立たされた者なら誰しもが脳内思考は停止して再起動するまで時間を要することだろう。
(けっこん、ケッコン、結婚? 誰が? 誰と?)
デュラハンの思考は、グルグルと回り続ける。
困惑しながらも助けを求めて仲間へと視線を向けるが、女性陣は彼が何と答えるのか気にしており、唯一の同性であるバクニはと言えば我関せずといった様子で腕を組んでいて頼れそうにはない。
「一先ず、落ち着いてくれ……えーっと?」
「マリンです。宝鐘マリンって言います」
「そうか、俺は牧氏あのくと言うんだが……宝鐘さん、申し訳ないが貴方の申し出を受けることは出来ない」
「どうしてですか!? あたし、可愛いですよ? おっぱいも大きいですよ? それに、ほら! 安産型ですよ!」
何とか良い答えを得る為か、マリンは自身の長所をアピールする。
彼女の容姿が整っているのも、スタイルが良いことも分かるのだが、食い気味に来るせいか………妙に、怖い。
「何と言われようと、俺はまだ旅を途中なんだ。誰かと所帯を持つつもりはない」
「そんなぁ………チラッ」
デュラハンに振られたマリンは、次にバクニの方を見やる。
見境なしかと思われたが、それを察してか先に口を開いたのは意外にもバクニであった。
「小生は故郷で細君が待ってる故、断るのである」
「さ、細君……う、嘘です! 貴方みたいな筋肉ダルマが結婚できる訳ありません!」
「嘘とは心外である。証拠であれば……ここに、この通り」
そう言ってバクニは認識票とは別に、首から下げていた指輪を取り出して見せる。
この世界では攻撃強化や防毒といった魔術的効果が付与された装飾品は必ず身に着けなければ効果は得られず、持っているだけでは何の意味をなさい。ただバクニの持っているような結婚や婚約指輪といった代物は何ら戦術的優位をもたらさないが、それでも大切な人との証として肌身離さず持ち歩く冒険者は意外と多い。
彼が結婚していたという事実に、マリンは地味にショックを受ける。
「そ、そんな……」
「納得したであるか」
「……バクニ、お前って本当に結婚してたんだな?」
「む? あのく殿には前に伝えたと思ったのだが?」
「あー……そうだったな。忘れてたよ」
方便だと思ったが、事実だったことに驚いたのは黙っておこう。
チラッと視線を向ければ、仲間の女性陣は言葉にすることはなくとも表情から驚愕したのが伝わってくる。
◆
「先ほどはお恥ずかしいところをお見せして、申し訳ありませんでした」
ショックから立ち直った所で、改めて話し合いが行われることとなった。
あまりの衝撃に酔いも覚めたのか、素面に戻ったらしいマリンは一同を前にして頭を下げる。
「いえ、その、色々とこちらとしても驚きましたけど、それは水に流しましょう」
「ありがとうございます」
「改めまして、私たちは魔王城に向かうために黒の領土に渡る必要があります。こちらにいるおかゆさんからは、宝鐘さんが保有する船舶で送っていただけると伺っていますが……間違いありませんか?」
「はい。あたしの船は定期的に黄と黒の領土を行き来しています」
「その、疑う訳じゃないんですが……かなりの距離があったと思うんですが、危険じゃないんですか?」
ミオが、おずおずと質問をする。
黄の領土から黒の領土までは凡そ五百海里は優にあり、並大抵の船舶では水棲の魔物が蔓延る危険な海を無事に渡り切れる可能性は万に一つもありはしない程であった。実際に向こうとの交易を考えれば商人などが儲け話を黙っている筈がないが、誰も手を出そうとしないのは損の方が得を圧倒的に上回るからに他ならない。
「まぁ、あたしの船はそんじょそこらの船とは訳が違いますからね。そこは大船に乗ったつもりで安心してください」
「じゃあ次に運賃は一人あたり銀貨一枚というのも、間違いありませんか?」
「それで合ってます。少数ながら人員輸送をしているのは、あくまでスペースに余裕があるからしてる小遣い稼ぎです。本業は交易品の運搬と、それから認可を受けていない違法な他の海賊船の排除ですから。そこまで金額を吊り上げる必要がないんです」
そうマリンは説明をする。
自分たちは真っ当な取引をする組織だと伝えたかったのだろうが、そこでフブキがあることに気付く。
「……他の海賊船?」
陸より少ないとは云え、海にも荒くれ者は確かに居るだろう。
ただ、他のという言い回しではまるで、『自分たちも海賊だ』と認めているかのようだった。
「えっと、つかぬことを伺いますが……宝鐘さんのご職業は何ですか?」
「えっ、職業ですか? 女海賊ですよ」
名前:宝鐘マリン 種族:人間 職業:女海賊
体力:5112 魔力:1278 総合戦闘力:6390
自らの職業を伝えたマリンは、周りの反応に気が付く。
「あれ、もしかして知りませんでしたか?」
「あっ、はい。その、お恥ずかしながら、黒の領土まで乗せてってくれる船の主ということしか」
フブキは申し訳なさそうに答える。
今考えてみれば、マリンの恰好はなんちゃって感はあれど、確かに海賊のような恰好をしている。腰にも武器である舶刀と、それから金属の短い棒?のようなものを差していることからも彼女が海賊である事実に注意深く観察していれば気が付けたのだ。
「海賊と言っても、これでも共和国と帝国から正式に認められた公認の私掠船なんですよ?」
ほらっ、と懐から細い真鍮製の筒を取り出す。
その中から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げて全員が見れるようにする。
そこには確かにマリンと、彼女が保有する船舶を交易品の運搬及び、敵船団への撃退を共和国と帝国の名の下に承認する旨が記載されていた。書類の最後には両国を象徴する国の最高権威を示す『御璽』が厳かに捺されていた。紛れもなく正式な物であり、偽造の形跡もない本物であった。
「素朴な疑問だが、海にも魔物がいるのに海賊なんか居るのか?」
「居ますよ。他国からの香辛料やら魔物の素材なんかは高値で買い取ってもらえますからね、一獲千金を夢見て闇商人や脱走兵なんかの一団が海賊行為に走ったりするんですよ。後は国で罪を犯した人が罰せられるのを恐れて密航して他の領土に逃れようとする輩もいますが……まぁ、殆どは魔物に襲われて海の藻屑となりますが。そんな非公認の密輸船や密航船のことを、まとめて『海賊』と呼称しているんです」
「成程……なら本題に戻るが、いつ頃出発できるんだ? 出航にも準備が必要だろうから、数日といったところか?」
「いやぁ、それが、その……」
妙に歯切れの悪いマリンの様子に、全員が気が付く。
一斉に疑問の視線を向けられたことで、彼女は少しだけ気まずそうにしながらも話をする。
「えっと、実は今、ちょっと出航出来ないんです」
「船が出せないのか? 整備中とかか?」
「…………です」
「は? なんて?」
あまりに小声だったので、うまく聞き取れなかった。
もう一度聞こうとすると、マリンは意を決したように、大声で宣言した。
「あたしの船が盗まれたんです!」
「………え?」
今、彼女は何と言っただろうか。
仮にも国からの認可を受けるような女海賊が、自分の船を盗まれたとはどんな冗談だろうか。
「えーっと……船を盗られちゃったんですか?」
「はい……先週のことです。あたしの船と、船員も含めて奪われてしまったんです」
「犯人の目途はついているんですか? さっき言っていた非公認の海賊ですか?」
「いえ、海賊じゃないんです。犯人は……魔物なんです」
マリンの言葉に、全員が困惑した様子で顔を見合わせる。
魔物が人を食らうために船を襲撃し、その果てに船が沈んだというのなら未だ納得できる。しかし無傷かどうかは定かではないが、船ごと連れ去ってしまうというのは理由が分からない。同じ魔物であるデュラハンとしても、何の意味があるのか理解できなかった。
そしてマリンは、ぽつりぽつりと船が奪われた時の状況を話した。
「あれは五日くらい前のことです。一仕事終えたあたしたちは、沖合に停泊した船で身内だけで簡単な宴を開いていました。一味の部下たちも思い思いに楽しんでいたんですが、あたしは少し飲み過ぎたのか甲板に出ました。生憎と雲が空を覆っていたせいで月明かりはないものの、海風はあったから一人で涼んでいると、何処からか歌声のようなものが聞こえてきました。ただ酔っていたのもあって気に留めてなかったんですが、暫くすると船内で騒いでいた筈の部下たちも甲板に出てきたんです。最初は涼みに来たのか、それともあたしのことを探しに来たのかと思ってたら、みんなしてあたしのことを担ぎ上げたんです。胴上げでもしてくれるのかと呑気に構えてたら……そしたら急に、あたしのことを海に放り投げたんですよ!!」
信じられますか、とマリンは一同に涙ながらに訴えかけてくる。
普段から彼女と部下の関係性についてはデュラハンたちには分からないが、魔物の回遊する危険な海を共に乗り切ってきたのなら「疑似家族」に等しい強い絆があってもおかしくはない。そんな家族同然の仲間から海に投げ落とされるという衝撃的な展開に、マリンは茫然自失のままだったらしい。
「不躾な質問ですけど、船の側なら直ぐに戻ることも出来たんじゃないんですか?」
「あたしも最初はそのつもりでした。落とされたのは驚きましたが、魔物がいる海に生身で飛び込むなんて自殺行為に等しかったから直ぐに戻ろうとしたんですけど……それより早くに船員たちは錨を上げて、行ってしまって……あたし、あたしっ……!!」
仲間に裏切られたのと、船を失った悲しみに、とうとう堪えきれずに泣き出してしまう。
まさか泣き出すとは思わず、フブキたちもどうしたものかと顔を見合わせる。
「うぅっ、ジャック……どうじて」
「ジャック?」
「あ、あたしの相棒です。子供の頃から一緒にいた大切なパートナーなんです」
「えっと、その人も一緒に?」
「船を操れるのは、ジャックだけなんです」
どうやらジャックとやらは、海賊船の命運を担う重要な人物のようだ。
ただ、そんなに大切な人が近くに居るのなら、どうして他の人に求婚するのだろうかとフブキは首を傾げる。ただ彼女なりに何かしらの事情があるのだろうと自己完結していると、デュラハンは情報を得るために更に話を聞き出そうとする。
「それで、どうやって岸まで戻ってきたんだ?」
「うぅっ……ひっく、たまたま流木があったから、それを掴んで泳いだんです。幸い、陸からもそんな離れてない場所だったので」
「それから五日間、何もしなかったのか?」
「ちょっ、あのくさん!」
「そんな訳無いじゃないですか!! 二日くらいかけて、仲間と船を見つけ出しましたよ!」
どうやら、ただ泣き寝入りしていた訳ではないようだ。
方法は定かではないが、たった二日で探し出したのは彼女の本気度もうかがえる。
「それで、船員と船はどこにあったんだ?」
「……ここから北に少し行った所にある、入り江の洞窟の中です」
「あったのは船舶だけか? 船員は?」
「ぐすっ……はい、みんないました。甲板のところにいて、声を掛けたんですけど……無視されたんです。最初は無視されてると思って肩を叩いたり、ズボンを脱がしてみたりしたんですけど、全くの無反応だったんです。ジャックなんて顔も見せてくれなくて!」
何か不穏な発言があったが、誰もツッコまない。
「それでもあたしなりに何とかしようとしたんですけど……全然動いてくれなくて」
「そう言えば、最初に魔物が原因って仰ってましたよね?」
「はい。みんな居場所は分かったので、作戦を考えようと洞窟を後にしようとした矢先……み、見ちゃったんです」
「見たって、魔物を?」
「は、はい。遠かったし、暗かったからハッキリとした姿は見えなかったんですけど……大きな影と、そして真っ赤な目が二つあったんです」
「大きな影? 船よりデカかったのか?」
「断言はできませんが、大きかったと思います。あたしの船はキャラック船ですけど、それより圧倒的だったと思います」
「……あのくさん、何かわかりますか?」
「そうだなぁ……」
その話を聞いたフブキは、デュラハンの方に向き直って意見を求める。
ある程度の検討は付くが、怪しまれないぐらいの情報を伝えるべく少し考え込んでから口を開いた。
「おそらくだが、魔物は二種類いる」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。先ず宝鐘さんが耳にした歌声の持ち主はセイレーンと呼ばれる魔物だ。この魔物は上半身は若く美しい女、下半身は丸みを帯びた驚くほど太くたくましい海獣という見た目をしている。こいつの最たる特徴は、その美しい歌声で船乗りを惑わして遭難させるというものだ。おそらく宝鐘さんの部下たちは、歌声を聞いたことで魅了されてしまったんだろう」
「あっ、あの時の声……じゃあ、みんなはあたしを裏切った訳じゃなかったんですね!!」
「歌声を聞いた段階で、まともな思考は残っていないからな。自分が何をしているかも理解してないだろうな」
デュラハンの説明に、マリンは安堵した表情を浮かべる。
仲間が自分の意思で自分を見捨てた訳じゃないと理解して、精神的に安定したのだろう。
「あれ? でも宝鐘さんも歌声を聞いたんだよね? なら、何で操られてないの?」
「セイレーンの歌声は男性に対して抗いがたい魅力として作用し、女性には精神を揺さぶる強い不快感や頭痛を及ぼすとされる。これはセイレーンという種族がほぼ女性しか居ない為とされているが、流石に詳しいことは分からん。宝鐘さんは飲酒していたから、歌声を聞いても既に酩酊状態だったから状態異常にならなかったんだろう」
「えっ、じゃああのくさんやバクニさんも歌声を聞いたら魅了されちゃうってコト?」
「確実ではないが、耳栓をすれば多少なりは対策になると思うぞ」
実際のところ、歌声に対してどれだけ効力があるかは定かではない。
それでもしないだけマシ、ということでセイレーンへの対策は決定した。
「さて、問題なのは大きな影だな。船舶よりも大きく、それでいて水棲となると思い付くのはクラーケンかリヴァイアサンぐらいか? どちらも基本的に水中に籠っているから、戦う上で厄介なことこの上ない」
「何とか陸に上げられませんかね?」
陸地で戦えたのなら、それだけで幾分か戦いやすいだろう。
例え危険度が低い魔物が相手であっても、相手側のホームグラウンドで戦うと言うだけで危険度以上の脅威となることが多い。今回のような水棲魔物との場合、水中となると冒険者は常に呼吸の心配をせねばならず、更に水が身体にまとわりつくせいで動きは制限されてまともに戦えずに一方的にやられる可能性は高い。しかも入り江の洞窟で戦うとなれば、かなりの苦戦が強いられるだろう。おまけに船体を破壊されてしまっては元も子もないので、船の損害は最小限に抑えなければならない。
「うーん、どうしたら良いかな?」
「何とか引きずりだしたけど、洞窟内だから足場もそんな広くないでしょ?」
あーでもない、こーでもないと作戦会議は続く。
そんな仲間たちを尻目に、デュラハンはふと気になったことについて考えていた。
(果たして、本当にクラーケンやリヴァイアサンだろうか? そんな大型の魔物がセイレーンと共生することは考えづらい)
生態系ピラミッドにおいて、クラーケンやリヴァイアサンは頂点にいる存在だ。
一方でセイレーンは歌によって船を遭難させて、溺死寸前の船員を捕まえて食用か繁殖をする程度の生態の危険度も高くはない魔物。
前者は深い海の底を縄張りとし、後者は外洋の入り口にあたる隠れ岩礁の多い霧深い海域を好む。強さを考えればセイレーンは支配下に置かれているのが妥当だろうが、だからとてこんな浅瀬にいる理由も分からない。
もっとも、海中の魔物事情などデュラハンも詳しくはないが。
(まぁ、なるようになるか)
悩んだ所で仕方ないと、考えるのを止める。
そうして話し合いの末、救出作戦は夜明け前と言うことで決定した。
◆宝鐘マリン
年齢:■■歳(添削済) 性別:女性 身長:150㎝(92G) 適正:舶刀、短銃
装備:海竜の舶刀、魔獣革の胸当て、海竜の耳飾り
暗黒海路を縄張りとする女海賊。
帝国と共和国から唯一の航海許可を得た、世界唯一の特権御用船の主。
どうやら婚期を気にしているらしく、良い男がいれば反射的に求婚しているらしいが、その戦績については彼女の名誉のためにも明かされることはない。
言わずがな、通常衣装の船長です。
この世界戦ではコスプレお姉さんではなく、きちんと海賊になっています。更には自前の船も持っていたりと、海賊としては成功している様子。
クリック? クラック! また今度。
フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)
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Aの画像
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Bの画像