黒の領土を東から西まで一本の線で切り裂く巨大な壁。
高さ数十メートルの黒色石材が隙間なく組み上げられたその姿は、まるで大地に打ち込まれた黒い楔。北側より南下してくる魔物、ひいては魔王の軍勢の侵攻を食い止めるために大昔に建設された。
北壁と呼ばれる要塞には職種を問わず一万人ほどの兵が常駐しており、彼らは約一年間の駐在任務に就く。任期を終えると本国に戻った後に半年間の休暇が与えられ、復帰後は二から三年ほどは本国で務め、その後はまた北壁へと向かう。
要塞には魔法的な防御や対魔物戦闘を想定した最新鋭の設備が施され、複合的な防衛線が張られているお陰で、一度とて魔物の侵攻を許したことはないと云われているらしい。
・勇者フブキ
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・勇者フブキ(マントあり)
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・魔法使いミオ
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・魔法使いミオ(帽子なし)
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・戦士バクニ
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・僧侶あのく
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では、本編をどうぞ。
フブキたちが帝都に着いた翌々日。
意外にも予定した日よりも一日早く、彼女たちは登城する機会を得る。
それも予定していた旅芸人としてではなく、正式に勇者一行として皇帝からの招待があったのだ。
「どういう事なんですかね?」
「帝都に入った段階で勇者の情報は伝わっていた筈だからな、当然と言えば当然か?」
「でも、その割に呼び出しまで日があったよね。公都の時なんて宿に着いたその日には招待状が届いた訳だし」
宿屋の一室にて、フブキたちはどういうことかと話し合っていた。
確かに当初の作戦よりも招待という名目で城に入ることが出来れば、目的である皇帝の様子を窺うことも、隙を見て私室を調べることも容易となるだろう。ただ問題なのは、入国してから今になって、どうして呼ばれたかだ。
「何が目的なんだろうね? やっぱり、フブキちゃんの身柄とか?」
おかゆの指摘に、その場の全員が唸る。
もし彼女が言うように皇帝が勇者の身柄を欲しているなら、最悪の場合は強硬手段を取らざるを得ないことになる。帝都を脱出するまでなら何とかなるかもしれないが、それを行ってしまえば北壁を超えることはより困難となってしまうのは目に見えている。かといって招待を断ってしまえば、それは北壁を超えるチャンスを自ら手放すことに繋がる。
どうしたものかと考えていると、そこへフレアとノエルが部屋にやってくる。
どうやら皇帝からの招待の件を聞きつけ、急いで駆け付けてくれたらしい。
「遅くなってごめん。ノエルから話は聞いたよ」
「白銀さん、どういうことかご存じですか?」
訊ねられたノエルは、少しばかり困惑した様子で口を開く。
「わたしもよく分からんのよね。帝都に新しく旅芸人が来てますと報告しようとしたら、陛下からは急に『勇者一行を晩餐会に招く』って言いよって」
「白銀さんは俺たちのことは未だ話してなかったんだよな?」
「うん。でも、城内でも勇者が来ているって話は広がってるけん、陛下が知とってもおかしくなかよ?」
となると、対応を協議していて今日になって招待状が届いたのか。
とはいえ問題は、自分たちがどういう反応をすべきだが。
「それで、どうするつもり?」
「……行くしかないと思います。危険なのは百も承知ですが、虎穴に入らずんば虎子になれずと言いますし!」
「……それを言うなら、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。自分が虎になってどうする」
「たはは、そうでした」
照れ臭そうに、フブキは頭をかく。
ただそのおかげもあり、緊張もほぐれてきたようで幾らか雰囲気も柔らかくなる。
「ま、ここまでやっておいてチャンスをみすみす逃すのは損だしな。どうなるかは分からんが、とりあえず行くしかない」
「全員、分かっていると思うが罠だった場合は即撤退だ」
「わたしも騒ぎになったら動くけど、みんなを逃がすようにするから」
「あたしも協力するよ!」
最悪の場合、ノエルとフレアも手助けしてくれるようだ。
こうして一行は夜の晩餐会に参加すべく、日中に出来得る限りの準備を済ませることとなった。
「そう言えば、どんな芸をする予定だったの?」
「え? あー……私は普通の人が悶絶する激辛な飲み物の一気飲みを」
「ウチは使い魔のハトタウロスを使ってのナイフ投げを」
「俺は風魔法で色んなものを持ち上げりする感じだ」
「小生は色んな果物を片手で粉砕する光景を見せるつもりでいたのである」
一応は、皆真面目に考えて練習に励んではいた。
ただ正直、披露しないで済んで良かったと約一名を除いて全員が思っていた。
◆
そうして迎えた夜。
晩餐会は夜の十八時からの予定らしいが、招待状にはその一時間前には必ず登城するようにと明記されていた。なので五人は言われた通りに城へと赴けば、丁重に迎え入れられ、直ぐに案内役の者たちによって連れていかれる。幾つかの階段を上がり、幾つかの角を右へ左へと曲がった末に辿り着いたのは、晩餐会の会場ではなく控室のような場所だった。
「晩餐会を前に、皆様には身支度を整えて頂きます」
そこで待っていた執事らしき初老の男性は、そう言って頭を下げる。
確かに一国の主とこれから会食するのであれば、身支度をするのは当然のことであった。特にフブキたちのような冒険者はいくら身体を清めていると言っても簡易的なものであり、王侯貴族といった者からすれば浮浪者と変わりないのだろう。下手をすれば皇帝の不興を買ってしまうので、当たり前と言えば当たり前である。
「それから皆様の身に着けている武器の類は、全てこの鍵付きのチェストに保管するようお願いします」
「そのチェストの鍵は何処だ?」
「はい、こちらにございます。施錠後は、鍵はどなたか代表の方がお持ちくださいませ」
ここで反発しても意味はないので、言われた通りに全員が武器を仕舞う。
執事は全員の前できちんと錠を閉めた後、確りと掛かっているのを確認した上でカギを差し出してきたので、代表してデュラハンが受け取る。恐らく予備の鍵自体は存在するだろうが、そんなことを気にしだしたらキリがないので指摘することはしない。
「続いて入浴を済ませた後、こちらの用意した衣装に着替えて頂きます」
それから男女で別れた後、それぞれ浴場へと連れていかれる。
そこでは既に待機していた城のメイドたちによって頭の先からつま先まで洗われ、どこに溜まっていたのかと疑いたくなる程の垢が落とされ、おかげで背中に羽根でも生えたかのような身軽さを覚える。一行の中で唯一の王族であるフブキは、久しぶりに自分ではなく他人の手で行われたことに少しばかり懐かしさを覚えていた。
入浴を終えた後は柔らかな肌触りのバスローブを着用した上で、案内された先には何着もの衣装が用意されていた。髪飾りから靴に至るまで全てが準備されており、女性陣はどれが自分に似合うかなど和気藹々と談笑を繰り広げているが、男性陣はというと特にこだわりもないので直ぐに決まってしまう。
準備が終わったのは、約束の少し前だった。
「ど、どうですか?」
フブキが選んだのは、水色のプリンセスドレスだった。
幾重にも重ねられた繊細な生地が、彼女の動きに合わせて静かに揺らめく、芸術品のような一着だった。首元から胸元にかけて大胆に露出させるオフショルダーのデザインは、彼女の白い肌をより一層際立たせている。腰元には大きなリボンの装飾が施され、その中心には大輪の薔薇を模した飾りが繊細な金のチェーンが絡み合っている。そして大胆に露出された彼女の脚は、同じ水色のハイヒールで足元まで美しく整えられていた。
王族だけあって立ち姿は様になっているが、少しばかり恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「とても良く似合っている。本物のお姫様みたいだな」
「むぅ、これでも本当に王太女なんですよ」
「悪かったよ」
そう返してから、次にミオへと視線を向ける。
彼女が選んだのは、濃い赤紫色のマーメイドドレスだった。
胸元には深いVネックのビスチェ風のデザインとなっており、繊細なレースワークと中央に配された深紫の宝石が彼女の豊かな胸元と肌の白さを一層強調していた。太ももから下に向かうにつれ、ドレスは幾重にも重なるレースのフリルとなって広がり、床へと優美な尾を引いている。また腰から裾に掛けて流れるように施された立体的な花の刺繍は、彼女が歩みを進める度に陰影を生み出している。
普段は隠している尾も、今回ばかりは彼女の後ろでしなやかに揺れる。
「ミオさんも素敵だな」
「あ、ありがとう……」
「なんだ、照れているのか?」
「そりゃぁ、ねぇ? こんなの着たことないからさ」
普段とは違う装いを褒められ、ミオは頬を朱に染める。
その姿もまた可愛らしく映るが、本人としては恥ずかしいことには変わりはない。
「どこぞの令嬢としても、十分通じそうだな」
「あはは、ありがと~」
最後に、おかゆへと視線を向ける。
彼女が選んだのは、髪や目と同じ紫色のアワーグラスドレスだ。
名前の通り砂時計を思わせる曲線を描くシルエットは、彼女も豊満な乳房と細く引き締まった腰、そして豊かなお尻のラインをくっきりと浮き彫にしている。流れるように施された複雑な金の刺繍はまるで絡みつく蔦のようで、本人の容姿も相まって見る者の視線を釘付けにする。大胆に入ったハイレッグのスリットから覗く白くしなやかな脚は、この場の誰よりも妖艶さを感じさせる。
場所さえ違えば、彼女はさながら暗闇に咲く艶やかな蝶のようであった。
「おかゆは、随分と大胆だな」
「えっ、似合ってない?」
「とても魅力的だと思うぞ」
「えへへ~……あのく君が望むなら、このまま二人っきりになっちゃう?」
顔を耳元へと近付け、そっと囁く。
悪戯な光を瞳に宿しながら、彼女は蠱惑的な笑みを浮かべていた。
「こら、これから仕事なんだから。まじめにやれ」
「にゃっ! もう~」
そんな彼女にお仕置き代わりにデコピンをしてやれば、おかゆは大袈裟に痛がってみせた。
因みにデュラハンは金糸の刺繍や金のボタンといった装飾品のついた豪華な上着に、細身のズボンといった宮廷服に身を包んでいた。そうしてバクニと言えば、彼はその体躯故にまともに袖の通せる服が用意できず、仕方なく鎧の下に着こんでいたチュニックの上から同じような上着を肩掛けのように羽織る。
準備も終わり、一行が控室で暫く待っていると扉をノックされる。
「失礼します」
現れたのは、最初に案内をしてくれた執事だった。
彼の案内に従い、一行は部屋を出て晩餐会が開かれる会場へと移動を始める。
見上げるほど高いアーチ天井の下、どこまでも続く廊下には厚手の赤い絨毯が敷き詰められていた。更に壁には歴代の皇帝や英傑の油彩画が収められた額縁が掛けられ、他にも恐らくは昔の伝記や武功を描いたタペストリーも飾られている。そんな廊下には帝都の門扉で見かけた漆黒の装甲を持つ重装甲兵が立ち並び、その肩には見たこともない真鍮で補強された無骨な細い筒状のものを斜め掛けに背負っている。赤いレンズの目には人間らしい感情は込められていないが、通り過ぎる一行の一挙手一投足に鋭い視線を走らせているのが感覚的に伝わってくる。
豪華絢爛な装飾と、肌を刺すような軍事的な緊張感――その双方が、ここが帝国の心臓部であることを無言のうちに物語っていた。
短かったのか、あるいは長かった廊下を渡り終え、会場に辿り着く。
重厚な扉の前には二人の衛兵が立っており、彼らは執事の姿を見るや背筋をピンと伸ばして敬礼をする。
そして執事は扉をノックしてから、中に伝わるよう声を張り上げる。
「皇帝陛下、勇者御一行様がご到着されました!」
中からは返事ではなく、鈴のような音が響いてくる。
それを受けて執事が扉の前から退き、衛兵たちが重い扉を押し開ける。
「どうぞ、お入りください」
執事に促されて一行が室内へと踏み込むと、その背後で静かに扉が閉じられる。
通されたのは、普段は城の主が訪問者と対面する謁見の間だった。部屋の奥には玉座が設けられており、壁には王家の紋章が大きく刺繍された縦長の紋章旗や、緻密な絵柄が織り込まれた重厚なタペストリーなどが壁一面に飾られている。
そんな威厳を示すための場が、今宵は数人の為だけの特別な宴席へと姿を変えていた。
部屋の中心には非常に大きな円卓が置かれ、入り口から見て一番奥の席に座するのはこの国で最も権威ある人間。
「よくぞ参った、勇者とその仲間よ。遠路はるばる帝国へ来た苦労、まずはこの宴で癒すがよい。近くへ寄り、席につけ」
入ってきた勇者一行に向け、皇帝はそう述べる。
ただ残った五つの席に誰が座るか分からずに戸惑う一行に対し、皇帝の後方で存在感を消すように立っていた儀典長が前に出る。
「皆様、どうぞこちらへ」
彼の指示のもと、それぞれが席に座る。
皇帝の席を十二時として見た時、勇者にして王族であるフブキは二時の位置にある右隣の席へ。続いて一応は貴族であるミオはその反対の位置、十時の位置にある左隣の席へ座る。残った面々については順番にデュラハンが四時の席、おかゆが六時の席、バクニが八時の席に座る。
一番最後におかゆが席に座ったところで、皇帝が口を開く。
「我こそがこの国の王、アウルス・フラヴィウス・マグヌスだ」
マグヌス皇帝は、齢五十を超えた壮年の男だった。
年齢を刻んだ皺が、深い山脈のように顔全体に走っている。ただその顔つきには今も若かりし頃の剛毅さが滲み出ており、鋭い双眸には確かな覇気が宿っている。かつては燃えるような赤茶色だったであろう髪は、今では年季のせいか薄金色の髭と共に殆どが白く変色している。精悍な顔つきをしているが、何処か疲れたような印象を与える。
その右手にはワイングラスが握られ、グラスの中に注がれた深紅の液体が照明に照らされて怪しげな光を放っている。
「まずは乾杯といこう」
そう言ってマグヌス皇帝が黄金の杯を持ち上げる。
それを合図に給仕係が各席を回り、それぞれの杯に何やら見たこともない泡立つ黒い墨のような液体が注がれる。
「勇者フブキとその仲間たちの健闘に祝福を。そして我が帝国に訪れてくれた幸運に感謝を込めて……乾杯」
最初にマグヌス皇帝が杯に口を付け、それに続いて五人もそれぞれ口を付ける。
それは普段飲み慣れているエールや、稀に飲むワインとは似ても似つかない、濃密で苦みのある風味だった。炭酸の刺激と共に広がる芳醇な香りは確かに酒だと感じられるが、飲み慣れていない者らは眉を顰めるか、あるいは炭酸の強さに思わず咽てしまう。
「むっ、口に合わなかったか?」
「ケホッ……す、すみません。何分、初めてなものでして……これは、何ですか?」
「構わぬ、気を遣わなくともよい。これは黒ビールと呼ばれる、我が国の特産品だ」
マグヌス皇帝は、慣れた様子でのどを潤す。
フブキたちは知らないことだが、黒ビールの原料である麦芽を焦がさずに均一にローストするのは手作業や直火焙煎では困難を期する作業であった。流石に大量生産には至っていないので市政にまで出回ってはいないが、そう遠からず帝国中に普及するだろうと云われている。
「さて、そろそろ食事にするか」
視線を儀典長へと向ければ、彼は恭しく一礼してから控えに合図を出す。
高品質なライ麦粉で焼き上げた香ばしく柔らかい特別な白パンと特製バター、様々な野菜がたっぷり入ったスープ、香り良いパイ料理の数々が盛られた大皿や銀の深鉢が豪華な花飾りの置かれた中心部分と各客の取り皿の前を除いたスペースに所狭しと並べられていく。
これまで見たこともない程に豪勢な食事からは、湯気と共に立ち昇る香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。目の前の食事に五人が目を輝かせる中、皇帝の席の前には食欲をそそる食事とは全く異なる皿が並べられる。
それは、血の滴る巨大な生肉の塊が盛られた大皿だった。
「えっ……?」
そのあまりの光景に、フブキは言葉を失う。
肉料理は焼き方によって段階があり、その一番火を通すのが甘いレアでも表面をカリッと焼き固めているが、そこにあるのは明らかに火すら通されていない生の肉であった。肉汁というよりも、血液という言い方が正しい程に流れ出ている。まるで料理の「り」の字も知らない素人、あるいは子供がただ切っただけの肉を持ってきたかのような出来栄えである。
「今宵も、旨そうな肉だな」
そんなものを前にしてもマグヌス皇帝は怒らないどころか、上機嫌そうであった。
普通の料理よりも生肉を好んでいると聞かされていたが、そうだとしても常軌を逸しているのは明らかだった。
「み、皆様、私より料理の説明をさせて頂きます」
沈黙が続く中、儀典長が気を利かせて食事の説明をしてくれる。
彼は並べられた料理は前菜であり、この後にメインである肉料理が来て、最後にデザートが来ることを説明する。ただ、フブキたちの視線は皇帝の前に置かれた肉の山に向けられているが、当然ながら儀典長からはそのことについての言及はされなかった。
「では食事としよう。皆も、気にせず食べるといい」
「そ、そうですね」
誰も指摘できぬまま、食事会は始まる。
皇帝主催の晩餐会だけあって出された料理はどれも絶品であり、パン一つ取っても焼き加減や風味の豊かさに至るまで一切の妥協がなく、シェフの並々ならぬこだわりが伝わってくる。フブキやミオからすれば久しぶり、他の三人に至っては初めて口にする最高級の料理を堪能していく。
だが、そんな彼らの直ぐ側ではナイフとフォークで生肉を切り分け、それを口へと運んでは咀嚼する。むしゃり、ぶちゅり、と生の筋肉を嚙み千切る鈍い音が宴の席に響いている。喉を鳴らして血を飲み込み、唇を真っ赤に染め上げながら、皇帝は恍惚の笑みを浮かべる。その鋭い犬歯がギラリと銀食器の光に反射し、怪しく光っている。
文字にすれば単純に肉を食べているだけだが、血が滴り落ちる音や生臭い獣の臭いがそれらを全て否定する。
(コイツ……駄目だな。潜入に向いていない。獣の理性を抑えられていない)
そんな皇帝を尻目に、デュラハンはそう判断する。
守護結界の領域内にいることから戦闘力は一万を優に超えているのは確かだろうが、魔物が生来より持つ獣としての側面を抑えられていないのは明白であった。どうやら姿形は魔道具か何かで皇帝と瓜二つに変身出来ているようだが、これでは見抜かれるのも時間の問題だろう。
やがて皆の皿が空になり、それを給仕が片付けていき一時の間が生じる。
そこへ先ほどとは別の執事が、彼らの元へとやってくる。
「陛下。余興の舞踊の用意が整いました」
「おお、そうか。直ぐに通すがよい」
「はい、直ちに」
何が始まるのかと待っていると、広間に数人からなる楽団が入ってくる。
彼らは邪魔にならない位置に座ると、それぞれハープやフルートといった楽器を手にしている。見たこともない楽器を手にしている者も居るが、彼らがその音色を奏で始めると同時に、死角で控えていたしなやかな肢体を持つ女性が華やかな絨毯の上で躍動する。
女性が纏っているのは深紫色の絹と、煌びやかな金細工をふんだんに用いた異国の舞姫を思わせる大胆かつ絢爛な衣装だ。上半身は複雑な金の刺繍が施された身体にぴったりと沿うブラトップのみ、下半身は薄いベールが何層にも重なるアシンメトリーなスカート。深いスリットから覗く白い脚には、金色のチェーンとアンクレットが絡みつき、裸足のままの彼女が舞うたびに、軽やかな鈴の音を響かせそうである。
そんな伝統的な衣装に身を包んだ彼女は、音楽隊の演奏に合わせつつ絨毯の上をくるくると舞い踊る。胸元や腰などを細かく繊細に揺らしたり、あるいは波打つように腰をくねらせるように動く。その動きに合わせてシースルーの袖やヴェールを風のようになびかせ、手先から足先まで滑らかに描く流線型の舞は、視る者を魅了する。
「……綺麗」
その光景に、思わずフブキは呟く。
そんな彼女の隣に座るデュラハンは、別の意味で言葉を失っていた。
(……何で軍団長の一人が、踊り子の真似をしてるんだ?)
美しいと思う反面、困惑の方が強く表に出ていた。
踊り子の正体、それは月影旅団の団長を務める常闇トワであった。
仮にも軍勢を指揮する者が、こんな場所でこんなことをしていると誰が想像できようか。
やがて舞が終わるのと同時に音楽が止まり、踊り子は一礼してから退室する。その際、デュラハンの方を向いてウィンクを一つ贈るのを忘れない。
その後は待ちに待ったメインである肉料理が並べられる。
「良かった……焼いてある」
目の前の料理を前に、ミオは安堵の声を漏らす。
火の通っていない肉を出されるのではと警戒していたが、どうやら杞憂であったらしい。
因みに既に皇帝の前に置かれていた肉の山は平らげられており、それ以上は追加を頼むこともなくビールの入った杯に口を付けている。異様とは云え食事を終えた相手を前に、自分たちだけ食事を続けるのは憚られるので五人とも顔を見合わせていて誰も手を付けようとしない。
「我のことは気にせず、食事を続けるがよい」
けれどもマグヌス皇帝からそう勧められてしまった以上、逆らう訳にもいかない。本人からそう言われただけに、今度こそ遠慮なしに目の前の美味に舌鼓を打つ。
カットされた状態で運ばれてきたので分からなかったが、どうやら用意されていたのは豚肉だったようだ。一般的に豚は放牧されて歩き回っていたため脂肪が少なく筋肉質で硬い肉なので、料理に用いる際には煮込み料理が殆どであった。にも関わらず、このポークステーキは自分たちの知る豚とは思えないほど肉質は柔らかく、それでいて噛めば肉汁の溢れるジューシーさを兼ね備えていた。
そんな肉料理を味わっていると、慌ただしく広間の戸が開かれる。
「失礼いたします」
入ってきたのは最初に案内をしてくれた執事だった。
彼は皇帝の側まで近寄ると、耳元へ近づいてから耳打ちで報告を伝える。
「陛下……例の件、進展がございました」
「なに? そうか……後ほど、我の私室で聞こう。今は晩餐会の途中ゆえ、余計な邪魔はするなと伝えよ」
「畏まりました」
そう伝えると、執事は一礼をしてから出て行く。
一体何事なのかと戸惑い、一行を代表してフブキがマグヌス皇帝に訊ねる。
「何かあったのですか?」
「なに、他愛もない雑務の報告。わざわざ、この宴の席で口にするまでもない……が、これも何かの縁か」
杯に残っていたビールを飲み干してから、皇帝は口を開いた。
「知っての通り、建国から五十年と満たぬ歴史の浅き三国は知らんだろうが……我が帝国には古からの遺物が幾つが残されている。その中の一つに『偽りの鏡』の伝承が残っていてな、これは鏡を覗き込んだ者の心の内に潜む邪念や醜悪な妄執を歪な像として映し出すと云われてる」
「偽りの、鏡……」
「その鏡を見た者は、最後には精神を破壊されて自死に至ると……実に恐ろしい呪われた遺物だ」
そこで一度話を切る。
国の歴史が長ければ、昔からの遺物が残っているのは自然なことだった。
「その鏡はこの帝都より北東に進んだ場所にある遺跡に安置されている。昔はこの帝都より遠く離れた場所に置けば大丈夫と考えられていたが、最近では直接見ずとも呪いはここまで影響を及ぼしているとお抱えの魔法使いから指摘されたのだ」
「その……そんな危険な代物なら、どうして壊さないんですか?」
「我が国はルイス要塞に多くの兵を配置せねばならず、遺跡に派遣できるのは少数の限られた者だけだ。恥ずかしい話、我が国の兵は魔物との戦いには精通していても、冒険者のように遺跡に潜る術を持ち合わせていなかった。おかげで多くの兵が命を落とす羽目になり、命からがら帰還した者も怪我が酷く、暫くは療養を必要とする有様だった」
話し終えた皇帝の表情は、深刻そうに沈んでいる。
傍から見れば、やるせない状況に苦悩しているように見えたことだろう。
「じゃあ、先程の報告は、その件で……?」
「む? ああ、いや、実は数日前に腕利きの冒険者を自称する三人組が現れてな、何でも自分こそが真の勇者であるという公認の証が欲しいと要求してきたのだ。我としては勇者はうぬであることは百も承知していたのでな、流石に認める訳にはいかなかった。何より勇者としての称号よりも、それに伴う名声や権力を欲しているようだったのでな、条件が吞めたのなら金貨百枚をやると言ったら二つ返事で請け負った」
「その条件って、まさか……」
「ああ。先の報告は件の冒険者たちが遺跡に辿り着いた、というものだ」
成程、そういうことかと全員が納得する。
自分たちよりも先に来たリバティたち三人が何処にも見当たらないとは思っていたが、どうやらタイミング的にすれ違いになって帝都から出ていたのなら納得だ。
「マグヌス皇帝、折り入ってお願いがあります」
「言ってみるがよい」
「ご存じの通り、私たちは魔王討伐の為にここまで旅を続けてきました。ですが現在、北壁の通行は禁止されていると聞きました。どうか、私たちが北壁を越えていくことを許していただけないでしょうか?」
「……仮にも王たる我が一度口にした言葉を、軽々しく覆すことはまかりならぬ」
「はい、存じています」
「……だが、もしうぬらが我の悩みを聞いてくれるのなら、特別に許可を出しても良い」
言葉にせずとも、彼が何を望んでるかなど聞くまでもなかった。
冒険者としても呪われた遺物の話を聞いたのに、それを無視することは出来なかった。
「分かりました。その鏡の破壊、私たちが成し遂げて見せます」
「うぬたちならば、遺跡を踏破できるであろう。破壊が確認できた暁には、要塞の通過を許可しよう」
「あ、あの……もし仮に、先に行ってる三人がその鏡を壊した場合はどうなるのでしょうか?」
「破壊が確認できるのなら、我としては誰が壊してくれても構わない」
他に質問がないことを確認し、皇帝は頷いた。
その後は肉料理も食べ終わると、最後にデザートが五人の前に並べられる。それは黄金と砂糖で彩られた優雅なイチジクのコンポートであり、イチジクそのものはまったりとした甘みを持っていたが、酸味の効いたコンポートとなったことで口の中をすっきりとリセットできる洗練された味わいとなっていた。
「うむ。今宵はもう遅い。今日は客室を用意した故、そこで休まれるといい」
その言葉を最後に、晩餐会は終わりを迎える。
まだ就寝するには早い時間であったが、五人はそれぞれの客室へと案内された。
・アウルス・フラヴィウス・マグヌス
年齢:54歳 性別:男性 身長:165㎝ 適正:-
装備:紅玉付き権杖、筋肉胸甲、黄金の月桂冠
セーグル帝国に君臨する皇帝。
若き日は世界の覇者とならんと夢見たが、今となっては胸の奥で燻る小さな火種に過ぎない。五年前に最愛の息子を魔王に奪われたあの日より、かつてほどの狂気的な野心は鳴りを潜め、闇の深さに怯えながら消えぬよう必死に灯し続ける、細い灯火へと姿を変えていた。
イメージは、特にありません。
全ての作品のキャラを網羅していないので、もしかしたら似たような人物がいるかもしれませんが、私には思い付きませんでした。名前からも分かるかもしれませんが、外見的に古代ローマに寄せてはいます。
ではクリック? クラック! また今度。
フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)
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Aの画像
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Bの画像