蒸気動力鎧甲。
従来の全身甲冑を上回る防御力を誇る複合装甲と、高圧蒸気ピストンによる超人的な筋力を着用者にもたらす。一般人でも訓練さえ積めば百人の兵に匹敵する戦闘力をもたらすが、複数の問題点を保有している。
極厚の特殊装甲による凄まじい重量は動力アシストをもってしても機動力の低さは補えず、背面に露出した小型高圧ボイラーや配管が損壊した場合は動力の停止と同時にその重圧は全て着用者に圧し掛かる。
また戦闘力が六千を超える者が着用すると、逆に重荷になる。
※今まで使っていたデスクトップPCがご臨終しました。
譲り受けた物で年数をきちんと把握していなかったのですが、十年物だったらしく、電源部の劣化により電源しか入らないような状態になりました。おかげで急遽、新しいパソコンを購入する羽目になりましたので、作品設定の一部が分からなくなりました。
不知火フレア(Ver.A)
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不知火フレア(Ver.B)
【挿絵表示】
では、本編をどうぞ。
帝都より、馬に乗って丸一日。
馬から降りた七人は、鬱蒼と生い茂る森の中を奥へと進んでいた。
「わぁっ、すっごいね~」
「本当やなぁ」
感嘆の声をフレアが上げ、それにノエルも同意する。
光もまともに通さないほど鬱蒼とした森を抜けた先、彼女らの目の前に広がったのはかつての栄華を偲ばせる荘厳な円形神殿の遺跡だった。おそらく天井は遠い昔に崩れ落ち、残された石柱やアーチには緑の苔と蔦に覆われている。もはや廃墟と呼ぶに相応しい崩壊した遺跡には、周囲を囲う木々の隙間から太陽の光が差し込んでいる。
その光の行方を追うように、視線は自然と床の方へと下がっていく。
円形のホールの中央、差し込む光が照らす場所で何かが輝いているのが分かる。光の反射具合から誰もが水たまり、あるいは砕けたガラスによるものだろうと考えていたが、歩を進めるにつれてそれが勘違いであることに気が付く。
「………顔?」
そそれは正しく、石畳に完璧な形で嵌め込まれた黄金に輝く巨大な太陽の紋章だったのだ。その精巧さは苔むした周囲の崩壊物と余りにかけ離れていたが、全員が驚愕したのは紋章の中心に刻まれた人の顔にだ。その表情は無機質であったが、瞳はこちらを不気味なほど静かに、それでいて生き生きと見据えているようであった。
「うっわー……趣味悪ー」
「神聖な場所だったからこそ、神の前で嘘や悪事は隠せないという強い精神的プレッシャーを与える目的があったんだろうな」
「だとしても……何処に居ても見られてるみたいで、何か嫌」
みな、似たり寄ったりな反応である。
ただ今回は古い遺跡の観光に来たわけではないので、本題に入るべくデュラハンはノエルへと視線を向ける。
「それで白銀さん。例の鏡とやらは何処に保管されているんだ?」
彼の発言に、全員の視線がノエルへと向けられる。
そもそもこの場に勇者一行以外の二人、フレアとノエルがいるのは彼女たちが戦力兼案内役を任されていたからだ。
時間を少し遡って、フブキたちが鏡の破壊を阻止すべく急いで帝都を立というとした矢先、二人が待っていたのだ。そしてノエルは皇帝から直々に案内人として選ばれたのに対し、フレアはついでとばかりに護衛兼戦力として同行することとなった。尤も、案内役と言っても地図がある訳ではなく、あくまで帝国側で把握している情報の提供が正しいが。
因みにフレアの装備は前に見た時と同じであり、ノエルは騎士団長らしく
ただ背中には帝城の衛兵たちが背負っていた長い棒状のものがある。
「ちょーっと待ってほしいんよ」
そう言って、ノエルは手にした羊皮紙と目の前の景色を見比べる。
少しして彼女は床に刻まれた人の顔を持つ太陽の紋章に近づくと膝をつき、それから鼻の部分に触れ――。
「ふんっ」
力を入れて押し込んだ。
ガコンッと音を立てて数センチほど奥へと沈み込み、次の瞬間には遺跡全体が震えるような重低音の地響きが始まった。誰しもが固唾を飲んで見守る中、ノエルは立ち上がって中央から距離を取ると、少しして床の巨大な太陽の紋章に、顔の中央を縦に貫く亀裂が走る。
「……動いたぞ!」
誰かの叫び声を合図に、黄金の顔は左右へと音を立てて滑り出し、床の石畳を巻き込みながら開いていった。光に照らされたその裂け目の先には、不気味な顔の裏側へと続く、闇に包まれた石造りのらせん階段が、地下深くへと伸びていた。
「成程、元が神聖な場所なら触れたり、ましてや押し込む奴はそうそう居ないって訳か」
「少ししたら勝手に閉まっちしまうけん早う入ろう」
ノエルに促され、全員が階段を下ろうとしたその時。
森に住まう鳥たちが一斉に羽ばたき、遠くの方からバリバリと木が折れる音が聞こえてくる。
何事かと全員が視線を向ければ、ドシドシという地鳴りと共に、森の木々が押し倒されて揺れるのが見える。
「何か、来るな……」
「どうする? 今なら間に合うと思うけど」
まだ音の正体は見えず、今の内に遺跡の内部に入ることは可能だ。
ただ、向かってくるそれを無視したことで入り口部分が破壊、あるいは中まで追って来られては色々と面倒ではある。
「いや、ここで迎え撃とう。この人数なら、先ず何とかなるだろう」
「ほいだら、わたしに任せてもろうちいい?」
「えっ、一人で大丈夫なんですか?」
「これでも団長やけんな」
とんっ、とノエルは自分の胸を叩いて見せる。
実力を知らないだけに全員が不安そうな表情を浮かべるも、結局は彼女に任せることとなった。
ノエルの邪魔にならないよう、六人は後方へと下がると。
「あっ、みんなは耳をしっかり塞いじ、口も開けちょいちくりい」
意味の分からない指示だが、全員が言われた通りにする。
何とも間抜けな姿勢で待っていると、森を割って巨体と立派な牙を持った四足歩行の魔物が廃墟に向かって飛び出してくる。
それは巨大な城門すら粉砕しそうな、二頭立ての馬車程もある巨躯。全身が鋼のように硬く逆立った黒毛に覆われ、その口元から突き出した一対の大牙は猛獣の骨牙というよりも鍛え上げられた無骨な刃を思わせた。
「クラッシング・ボアか。あの巨体から繰り出される突進は厄介だぞ」
「もしかして、白銀さん……あの盾で受け止めるつもりかな?」
ミオの心配をよそに、ノエルは打撃鎚も凧型盾も構えない。
彼女は代わりに背負っていた奇妙な形の金属の棒を片手で持ち、長く伸びた筒先を眼前の標的へと水平に向けた瞬間、空気の質が変わった。
「穿て」
引き金が引き抜かれた瞬間、世界が爆発した。
——ッガアアン!!!
弦の音も火薬の匂いもない。
耳腔を劈いたのは、超高圧蒸気が解放された狂暴な破裂音だった。
筒口から巨大な白い蒸気の爆風が吹き荒れ、白銀の籠手に包まれた手首と金属棒がガツンと上方へ跳ね上がる。
それは戦城に据え置かれる大型の野戦砲に等しい強烈な反動が彼女の肉体に走るが、跳ね上がったのは腕だけだった。彼女の腰や足元は地を踏みしめたまま微動だにせず、噴き出す白煙を切り裂くように、跳ねた腕を力任せにそのままの軌道で水平へと引き戻す。
そんな先端から放たれた大人の親指の太さを軽く超える鉛の塊は真っ直ぐに飛び、弓矢を容易く弾き返し、生半可な斬撃など筋肉の収縮だけで弾き飛ばすクラッシング・ボアの鋼鉄の如き外皮――硬毛が最も密集した「眉間」へと一直線に衝突する。凄まじい衝撃波がボアの顔面を捉える。本来ならば弓矢すら弾くその「盾」が、鉛の運動エネルギーを前に、まるで濡れた紙のように無惨に裂けた。
人間など簡単にひき潰せる質量が、前のめりになるように地面へと沈む。
少しして戦利品を残し、ボアの巨体は塵となって霧散する。
「……終わったよ」
言葉をなくす全員を前に、ノエルは事もなしに告げる。
ただ、手にした金属製の棒の形をした何かから、まだ白い蒸気がゆらゆらと漂っていた。
「し、白銀さん……それ、は何なんですか?」
「ん、これ? これは帝国で開発された高圧蒸気射砲『イグニス』なんよ」
「こうあ……え?」
「ん-っと、わたしもちゃんとは覚えちょらんのやけんど、一般的な大砲みたいに火薬を用いずに蒸気の圧力を使ってこの鉛玉を打ち出せる……えーっと、分かり易く言うと持ち運びできる大砲みたいなものって言われちょった気がする」
「は、はぁ……」
「す、凄かったですよ!! もう、すごく強かったし!」
「あの魔物を正面から一撃で屠るとは……ぬぅ」
確かに、危険度Ⅲの魔物を一撃で仕留められるのは大した威力だ。
流石に自分が一発も耐えられないとは思わないが、あれを大量に用意されては魔王軍としても面倒だとデュラハンは認識を新たにする。
「白銀さん、そのイグニスとやらは使う度に、あんな大きな音が出るのか?」
「そうやなあ。わたしは慣れたけんど、大きな音は出るよ」
「なら、それはここにおいて行った方がいい。閉鎖的な地下だと反響して音は大きくなるし、壁や天井に不要な衝撃を与えかねない。この遺跡がどんな状態か分からない以上、下手にダメージを与えては崩壊する危険もあるからな」
「そやねぇ……分かった」
帰りに回収するのを忘れないようにしつつ、イグニスを置いていく。
改めて、先程開いた入り口から一行は石造りの螺旋階段を慎重に下っていく。
天穴から差し込む一筋の光が上部から舞い散る埃と共に、地上から僅かに届く乾いた風の残り香を感じさせる。壁の側面に配置された巨大な歯車や仕掛け、それらの鉄が湿気により酸化したどことなく酸っぱく重厚な臭いが、湿気と冷気が混じった土の匂いに混じって伝わってくる。
「思ったより、明るいですね」
地下空間の各所にはヒカリゴケが生えており、どうやらこれが光源となっているようだ。
石階段は経年劣化から亀裂など走ってはいるが、それでも確りとしていて崩れるような心配はなさそうだ。
「あっ、着いた」
長い螺旋階段を下りきると平坦な床の上へと出る。
七人が集まっても手狭と思わない程度には十分な広さがあり、ここから遺跡の探索は本格スタートのようだ。
「それで白銀さん、見た感じ……進める道は三つあるようだが?」
「ちょっと待ってね……ここは無限回廊になっちょるね。正しい手順じ進まな、いつまでもゴールには辿り着けんし、場合によっちは迷路から抜け出せんごつなるみたい」
「地図とか、ないんですか?」
「うん、儀典長さんからは貰ってないよ。それから、この遺跡じゃ、特定の場所以外での魔法の使用は出来ないって聞いちょるから」
つまり、自力で迷宮を突破する必要があるようだ。
一先ず状況を確認するべく全員は正面に見える門から回廊の中へと進んでみれば、通路の幅は約二mほどに対して壁の高さは優に五mを超える圧迫感を感じさせる形状となっているのが分かる。通路には要所要所に生えているヒカリゴケのおかげで、青白い光が淡く照らしてくれているので進むのに支障はない。
「進むとしたら一列、ないし二列ってところか」
「けど、これで魔物の襲撃とか受けたら厄介だよ」
「居ないのを祈るばかりだが……バクニ、悪いが手を貸してくれ」
「む? 承知した」
視線を上に向ければ、壁の上には空間が広がっているが、闇に包まれて天井が見えない。
バクニは両手を組んで上へと放り投げ、それを足場にして上へと飛び上がったデュラハンは何とか壁を飛び越えて周囲を見回す。対空出来た時間は非常に短かったが、それでも迷宮の全体像を把握することは可能であった。
「どうですか? 何か分かりましたか?」
「……この迷宮が非常に広いってことだけは分った」
戻ってきたデュラハンは、絶望的な情報を仲間に共有する。
彼らは知らないことだが、この無限回廊は高さ五mの壁に囲まれた二百五十m四方の空間が広がっており、おまけに壁には自己修復が備わっている上に物理・魔法を問わず破壊がほぼ不可能になっているので本当に地道に抜けるしかないのだ。これは最下層に安置されている神器を盗まれないようにするための防衛機構の一つであり、それが今なお正常に機能していることから建築した者たちの技術力の高さがうかがえる。
「……進みましょう。私たちには、それしか選択肢はありません」
「そうだね。ウチたちの前を進んでる、冒険者に追いついて鏡の破壊を止めないと」
フブキの意見に、ミオも同意する。
全員が覚悟を決め、迷宮を抜けるべく足を踏み入れた。
◆
「つ、疲れたぁ……」
迷宮に突入して早八時間。
いつ魔物に襲われるかも分からぬ緊張感と吹き抜けにより天井より反響してくる音、それから薄暗さゆえに時間も分からぬ閉塞感に苛まれ続けながらも、それらに耐えながら手探りで正解の道を探し続けた果てに一行は遂に下へと続く階段を見つけ出した。
本来なら直ぐにでも階段を下って次の階層に向かうべきだが、全員の表情には疲労の色が浮かんでいる。如何に全員が総合戦闘力が一般的な冒険者と比べても高いと言っても、こんな空間に長時間も居続ければ精神的にまいってしまい、余計な体力を消費してしまうものだ。
「今日はここで野営しよう。こんな状態じゃ、最後までもたない」
「賛成です。ウチ、もう疲れちゃって……」
デュラハンの提案に、ミオが賛同する。
彼女は魔法の杖を杖代わりにしており、一番疲弊しているのは明らかだった。
幸いにも今いるのはスタート地点と比べたら狭いが、それなりの広さのある部屋となっている。流石に七人が寝転ぶには手狭だが、それでも腰を下ろして休息を取るには十分な広さだ。
「一先ず、軽く食事と仮眠を取ろう」
それぞれが休息に向けて用意をする。
焚き火を用意して温かい料理の提供すべく手早く準備をしたり、携帯式の毛布を敷いて座れるようにしたりと各々が役割を分担して行動していく。普段なら魔物からの強襲を受けないように周囲を警戒したりするが、この迷宮には魔物が棲息していないのか、あるいは先行している冒険者が討伐されたのか今のところ魔物の襲撃は皆無だ。全くの無警戒という訳にはいかないが、それでも全員が身体を休めることは可能であった。
やがて出来上がった料理を、全員で囲むようにして口にする。
今日の献立は遺跡に突入前に入手したクラッシング・ボアの肉の半分(五kg)をふんだんに使った料理――巨大な鍋に豪快に切り分けられた豚肉と水や塩にハーブと一緒に煮込んだ汁物、塩を大量にすり込んだ豚肉を串刺しにしてじっくり炙った串焼き、それから水分を極限まで抜かれた乾パンというラインナップになっている。
全員がよく食べる方であったが、それでも肉塊は多すぎる量なので余すくらいだ。
ただし、今回に限り例外があった。
「あびゃびゃびゃ」
猛烈な勢いで、ノエルは料理を食らう。
勇者一行の中で最も食べるのはバクニだったが、それを超える勢いで肉にかぶりつき、咀嚼し、嚥下して再び喰らう。フレアからよく食べると聞かされていたし、食事をするのもこれで三度目となるが、それでも何度見ても驚きを隠せない。因みに最初からノエルがたくさん食べることを考慮して多めに用意したが、それでも約半分は彼女の意の中に収まってしまった。
「先を進んでるリバティさんたち、今どの辺りにいますかね?」
食事を済ませた後、そうフブキは切り出す。
ノエルからの情報によれば、この遺跡には全部で五つの階層が存在しているとのこと。現在七人がいるのが第一階層、そして第二、第三と降って行って最後の第五層に彼女らの求める神器であるオクルトゥスの鏡が安置されているとのことらしい。
この第一階層は無限回廊だったが、これから進む残りの階層は各々が独自のギミックを持っているので一筋縄ではいかないだろう。そんな彼女らの前にこの遺跡を訪れた偽勇者一行は恐らく迷宮を抜けて、すでに次の階層へと進行しているだろう。
「一日分は先行している筈だが、遺跡の規模感が分からないからな」
「それにこの迷宮を抜けるのに要した時間にもよるよね?」
彼女らは半日と経たず、踏破することが出来た。
問題なのは先行しているリバティたちがどれくらいの時間を掛けたのか、自分たちより遅ければ良いが、もし早く突破できていれば必然的に距離は離され、追いつくことが難しくなる。そんなことを考えてしまうと、自然と思考は嫌な方へと流れて行ってしまう。
「ねぇ、それについて考えるのは止めようよ。今は目の前のことに集中しないと」
「そうだね。この先、どんなダンジョンが待ち構えているかも分からないし、警戒がおろそかになると危ないよ」
フレアとおかゆが、そう発言する。
確かにどんな罠や魔物が待ち構えているかも分からない遺跡の地下で、余計な雑念に囚われて足元を救われてしまっては堪ったものではない。心配する気持ちも分からなくもないが、明日に備えてちゃんと休むことも冒険者として重要なことなのだ。
「そうですね。今は休みましょう!」
そして勇者一行と、臨時パーティを組んだフレアとノエルは休息を取る。
◆
三時間ほど休んだ後、一行は第二階層へと踏み入れた。
ヒカリゴケの淡い光がほんのり照らす程度だった第一階層とは異なり、石階段を降り切った一行を待っていたのはすっぽりと濃密な闇に包まれた場所だった。ただ前回までと明確に違うのは、何処か刺すような油のような臭いが鼻腔を突いてくる。
「何か、溝みたいのが何本も床に走ってるね」
夜目が利くおかゆが、仲間に情報を伝える。
同じように暗闇が見通せるデュラハンは、少し前方に置かれた青銅の篝台に気が付く。
「火よ、灯りとなりて点れ」
手を伸ばし、篝台に火を点ける。
ボッ、と音を立てて篝火が燃え上がったと思われた直後。
ゴオオオオオッ!!
澄んだ激流のごとく、火のラインが床に敷かれた水路をハイスピードで走り抜ける。それだけに留まらず壁際にも張り巡らされた溝を次々と駆け巡っていき、その光景は正に炎の矢が暗闇を切り裂いていくようであった。
一瞬だった。
さっきまで手探りだった漆黒の闇が吹き飛び、目が眩むほどの圧巻の「光」が空間全体を塗りつぶした。
第一階層の薄暗さに慣れきっていた目には、それはもはや光の暴力だった。
「まぶしっ!!」
腕で顔を覆い、思わず目を細める一行。
一気に押し寄せる灼熱の空気と、目の眩むような光の渦。
暫くして光にも慣れてきた頃、全員は瞼を開けて周囲を確認する。
「うわぁ……凄いですね……」
最初に声を上げたのは、フブキだった。
誰もが状況の変化に呆然としていたが、フブキは周りの景色を見て感激していた。いや、興奮と言ってもいいかもしれない。目の前に広がっていたのは、巨大な地下空間とその壁面に無数に浮かび上がる光の帯――いや、炎の奔流だった。
「これって……水? を流してるのかな?」
ミオが篝台の足元から前方に向けて伸びる巨大な溝を見れば、そこには黒々とした液体が流れ続けているようだ。壁も同じで、壁の表面には無数のレール状の凹みがあり、そこに同じ液体が絶えず流されている。篝台の炎はその液体に引火し、壁面や床を流れる水が燃焼することで、自然と壁面の「炎の帯」を作り出しているようだった。
「これって、燃える水かな?」
「何であるか、それは?」
「えーっと、普通は水に火を近づけたら消えるんだけど、これは火を近づけると逆に燃えるの」
「むぅ、そのような摩訶不思議な水があるとは……」
フレアの説明に、バクニは難しい顔をする。
そんな風に見回していると、青銅の篝台を見ていたおかゆが何かに気付く。
「ねぇ、みんな……ここに、何か書いてあるよ?」
「本当ですね……?」
彼女が指差す先を見たフブキは、首を傾げる。
確かに篝台には薄っすらと文字のような物が彫られているのが分かるが、何と書いてあるのか読めなかったのだ。少なくとも共通言語とは明らかに形状が違っており、フブキには読み取ることは出来なかった。
「これ、分かる人います?」
「小生には皆目見当もつかぬ」
「うちも、ちょっと分からないかな」
「ボクも~」
勇者一行の面々が順に答えていき、そして全員の視線がデュラハンに向けられる。
その眼には、何処か期待に満ちた色が宿っている。
「……何故、俺を見る。俺とて分からんぞ。こんなミミズがのたうったような文字」
「そっかー……どうしようか?」
「……んー? これ、古代エルフ語だね」
横から覗き込んだフレアが、何気なしに告げる。
「えっ、不知火さん。読めるんですか?」
「ちゃんとは読めないかな。ただ、単語から推測は出来るよ」
「教えてください。なんて書いてあるんですか?」
「えーっと、ちょっと待ってね。……運[ ]に導かれ[ ]愚[ ]が通りし足[ ]を辿れ?」
「はい?」
「ごめん。文字がかすれてたり、一部が欠けてて虫食いになっちゃった」
「どういう意味であるか?」
彼女自身も自信がないのか、最後に疑問符が付いてしまった。
バクニの指摘に、全員が首を傾げる。
「この文言を考えると……この階層は仕掛けか何かを解かないといけないタイプかな。ほら、ボクたちの目の前にある道とか」
「それって、迷路じゃなくてパズルみたいな?」
「そうそう。とりあえず、あそこに並んでる部屋を見てみようよ」
確かに、彼女らのいる位置からでも、真正面と左方向に部屋が続いているのが見える。
そこで全員で第二階層の全体を見て回ると、先ず分かったのは空間としての広さは第一階層よりも十分の一ほど小さかった。それでいて城の大広間ほどの広さのある部屋が、五×五に等間隔で整然と並んでいるように見える。その全ての部屋も全てが同じような内装をしており、中心には中央に円形の押し込み部位が組み込まれた石造りの台座が設置されていた。
各部屋に違いがあるとすれば台座にはⅠやⅢといった数字、中央の床には大きな象徴的な絵が彫られていることくらいか。
そして部屋は燃える水が溝を通って流れ、そこを走る炎が室内を煌々と照らしている。
「どういうことかな?」
「さて、どうなんだろうな」
Ⅰの部屋にて、全員は考える。
現状、分かっているのは最初にいた部屋のNを含め、ⅠからⅩⅩⅠ、それから何も数字が振られていない計二十五の部屋。何か意味のある象徴的な絵も、大きな車輪やら月桂冠、さらには鎌と関連性はまるで感じられない。
(謎解きであるなら、何かしら共通することがある筈だが……全く分からん)
流石のデュラハンも、これにはお手上げだった。
そうこうしていると焦れたバクニが、行動に移す。
「こうなれば行動あるのみである!」
そう言うや否や、彼は台座の真ん中を押し込んだ。
ガコッという音が鳴り、何が仕掛けが作動したのが分かる。
「む? 何の音であるか?」
台座から手を放し、バクニが振り返った直後。
パシュンッと音を立てて何処からともなく放たれた一本の矢が、彼の先ほどまで頭があった位置を素通りしていく。目標に命中できなかった矢は、そのまま進行方向にある壁に突き刺さる。
「な、何であるか!?」
「……成程、無警戒に押せば罠が発動する訳か」
どうやら力技で突破するのは無理なようだ。
さてどうしたものかと、そうして暫く頭を悩ませていると。
「……あっ」
何か閃いたのか、ミオが声を発する。
全員の視線向く中、彼女は考えをまとめてから口にする。
「もしかしたらだけど、これって大アルカナじゃないかな?」
「その大アルカナって、何だ?」
「えーっと、タロット占いって知ってる?」
ミオの問いに、女性陣は覚えがあるのか頷く。
対して男二人は全く知識がない為、揃って首を傾げている。
「数ある占いの一種なんだけど、二十二枚あるタロットカードを使ってその人の運勢や、未来の暗示なんかを占うの」
「占星術師の星読み、みたいなものか?」
「あれと比べたら全然カジュアルだよ。占えるのも、そんな大層なものじゃないし」
「その大アルカナと、タロット占いは何が関係あるんだ?」
「タロットは全部で七十八枚あるんだけど、その内二十二枚を構成する寓意画が描かれたカードのことを大アルカナって言うんだよ」
ほらっ、とミオは自身の荷物からカードの束を取り出して見せる。
そこにはⅩⅡの数字の下に、逆さづりにされた男の絵が描かれていた。
「それで、えーっと……これがⅠのカード」
続けてカードの束から、お目当てのカードを抜き取って見せる。
そこには部屋の床に彫られているのと同じ、天と地を指す姿勢を取る人の絵が描かれている。
「成程、確かに一緒だな」
「ミオの占いはこれでも当たるって評判なんですよ! お城でもファンの子もそれなりに居て、恋愛運だったり仕事のことだったり占ってもらう人も結構いたんですよ!」
フブキが自分のことのように、ミオを褒める。
思わぬ援護に、ミオは照れ臭そうに頬を掻く。
「最近は冒険で忙しくて、触ってなかったけどね」
「なら、無事に戻ったら、これからの行く末を占ってもらうのも一興だな」
「うん、いいよ。それで話は戻るんだけど、最初に不知火さんが読んでくれた碑文、あれは多分『運命に導かれた愚者が通りし足跡を辿れ』なんだと思う」
「そうだとして、どうしたら良いんだ?」
「ウチの考えが正しければ……」
ミオはそう言って歩き出し、全員がその後について行く。
そうして向かったのはスタート地点である大きな篝台のある部屋、割り振られているのは数字ではなくNの文字。床には旅人らしき絵が彫られている。
そんな部屋の中心にある台座の前に立ったミオは真ん中の装置に手を触れ、一度振り返る。
「……間違ってたらごめんね?」
「何も分からないんだ。駄目もとでもやってみるべきだろう」
「なら……えいっ」
ガコッという音を立てて、ミオが装置を押し込む。
何か発動しても直ぐに対応できるように身構えていた一同だったが、特にこれといって何も起こらない。
そう思った矢先。
『旅に出た愚者は分岐路に立ち、寄り添う男女にいずれの道を進むべきか尋ねた』
何処からともなく、そんな声が響いてきた。
明らかにその場に居る七人とは異なる声、けれどもその主は周囲を見回しても見当たらない。
そもそも声は空間全体から響いてきたようで、誰か潜んでいたとしても発生源の特定は難しいだろう。
「な、何であるか。今の声は?」
「多分、魔道具か何かで記録した声が自動的に流れてきたんだと思う」
「内容的には次に向かうべき部屋の情報か?」
「ミオは分る?」
「うん、行けると思うよ」
全員を促して再び歩き出す。
向かった先はⅦの数字が割り振られた部屋、床には寄り添うように並ぶ男女の絵。
台座に触れ、押し込む。
『愚者は二つの道から一つを選ぶ。運命の歯車は動き出し、もはや誰もその回転を止めることはできない』
再び声が響いてくる。
先程と同じように、それはどこか淡々とした口調で語りかけてくるようだった。
そしてまた、ミオはその意味を理解しているのか、迷うことなく足を進める。
次に向かったⅩ番目の部屋にて、作業になりつつある装置を作動させていく。
『雷鳴と塔の崩壊を逃れた愚者は喧騒を離れ、一人の老人の灯火が照らす静寂へと足を踏み入れた』
次の内容は、これまでと少し異なっているように感じれた。
ミオも何か思うところがあった様子だが、一度しか聞けなかったので確証は持てなかった。
「大神さん、次に向かうのは?」
「えっ、多分……ⅩⅥの部屋かな」
ぞろぞろと一行は歩き始める。
ただ、ミオだけは何か引っかかるのか最前列から後ろを遅い足取りでついて行く。その為、隊列は自然とフレア、デュラハン、ノエル、おかゆの四人が前を進み、それから少し遅れてフブキ、ミオ、バクニの三人がついて行く。
「崩壊する塔、離れる愚者、老人の灯……老人?」
「それじゃあ、押しちゃうね~」
「……あっ、待って!!」
ミオが叫ぶが、遅かった。
それより先にフレアが装置を作動させてしまい、何かあったのかと振り返る。
再び声が聞こえてくるかと思いきや、代わりにゴゴゴッという大きな振動が部屋全体に響き渡る。何か拙いことが起こっていると気付いた時には遅く、次の瞬間にはガコンッという音を立てて四人の足場が抜け落ちた。
「きゃぁっ!?」
「しまっ……!!」
「うわぁっ!?」
中心付近にいたフレア、デュラハン、ノエルの三人は運悪く穴へと吸い込まれていく。おかゆだけは素早い身のこなしで退いたことで、床が抜ける前に安全圏まで下がることが出来た。
「みんな!!」
慌ててフブキが穴の中を覗き込むも底なんて見える筈もなく、どれだけ耳を澄ましても何も聞こえない。少しすると穴も閉じてしまい、これでは例え穴をよじ登ってきたとしても脱出することは出来ない。
その事実を認めるしかなく、ミオはその場に立ち尽くすことしか出来ない。
「こんなのって……」
「ご、ごめんなさい。ウチのせいで…」
ミオの嗚咽混じりの謝罪をする。
先ほどまで彼女の推測通りに問題なく進めていたのに、ここにきてどうして間違えたのか。
「落ち着いて、ミオ。どういうことなの?」
「ひぐっ……あれは引っ掛けだったの」
フブキに、ミオは何とか説明する。
ヒントは一度しか聞けず、前半の落雷と崩壊した塔というインパクトのあるワードに釣られたが、探索者が従うべき愚者はそこへ立ち寄ってはいなかった。正しくは後半にある一人の老人であり、向かうべきだったのはそちらの部屋だったのだ。だが今頃気付いたところで後の祭り、既に彼女たちの仲間は罠にかかってしまった。
「どうするの、フブキちゃん」
「……前に進みます」
「ふ、フブキ?」
おかゆの問いに、フブキは意を決したように告げる。
ミオも驚きの声を上げるが、彼女の意思は固いようだった。
「このまま立ち止まっていても、何の解決にもならないです。それに、もしかしたら下の階層で三人と合流できるかもしれません」
それは希望的観測でしかなかった。
三人が落ちたのは下が見えない程に深く、おまけに底にどんな仕掛けが施されているかも定かではない。おまけに言えば特定の場所以外では魔法が使えない地下空間、状況はどうであれ無事に生還するためには自力で着地するしかない。戦士系統であるフレアやノエルなら兎も角、僧侶では不可能に近い……いや、後衛職としては異質なデュラハンならあるいは出来るかもしれない。
どちらにせよ、彼女らには信じるしか方法はなかった。
そうして四人は再び足を進め、その後は注意深く謎を解き進めて行った結果、下へと通じる階段を見付けることに成功する。
この先で仲間と再会できることを願いながら、彼女らは階段を下っていく。
・クラッシング・ボア
種族:巨獣 危険度:Ⅲ
体力:7891 魔力:1973 総合戦闘力:9864
黒の領土の森に生息する魔物。
野生のイノシシをそのまま巨大化させたような生物であるが、その凶暴性や危険性は比較にならない程に高い。高い防御力や驚異的なスピードもさることながら、最も厄介なのは巨大な岩も楽々と粉砕する突進力である。
モデルはアニメ映画に出てくる某猪の神様。
ぶっちゃけた話、高圧蒸気射砲の威力を知らしめるために登場した魔物。最初から考えていた訳ではないが、気付いたら映画と同じように銃で致命傷を受ける感じになっていた。
クリック? クラック! また今度。
フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)
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Aの画像
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Bの画像