北方に横長に広がる大陸の、左半分を統治する白の領土。
初代勇者により建国された国であり、国庫には彼が実際に使っていたとされる伝説の政権が保管されている。その勇者の願いであった「自由」を国是とするため、民族的な縛りはもちろんのこと、種族による差別も禁止されている。なお、真偽は定かではないが、城下町に会員制の賭博場を造る計画を国を挙げて推進しているとか。
出現する魔物の危険度の低さや差別のないことから最も安全な国と称されているが、決して後ろ暗い部分がない訳ではなかった。二十年前には国王の相談役であった高名な占星術師が、十六年前には聖騎士が行方不明になっているにも関わらず何故か国王は国を挙げるどころか簡単な手続きだけでろくに捜索を行わなかった。
では、本編をどうぞ。
ジンク村を出て早五日。
勇者一行は特に問題もなく、順調に国境に近付きつつあった。
道中、魔物の襲撃は幾度となくあったが、どれも彼らの敵ではなかった。戦闘経験の少なかったフブキも、危険度Ⅰ程度の魔物であれば単騎で数体を蹴散らせるぐらいにはなっていた。その成長性は確かに目を見張るものがあり、旅を始めた当初は戦士バクニに手も足も出なかったのに今では何とか食らいつくことが出来るまで成長していた。
ただ、戦闘時以外の彼女の様子は少しおかしかった。
「………」
「ねぇ、フブキ。大丈夫?」
「ふぇ? なにが?」
「いや、何がって、さっきからボーっとしてるから」
心ここにあらず、といった様子が正しいだろうか。
どうしてかフブキはジンク村を出た頃――厳密にはフレアの家で泊まった日の翌朝から様子がおかしかった。戦闘中などの何かに集中している際にはいつも通りなのだが、こうして平和な時間になると上の空になることが多かった。
それにはパーティ全員が気付いており、代表してミオが訊ねたのだ。
「何か悩み事があるなら、ウチが聞くよ?」
「そんなことないって、白上はいつも通り元気だよ!」
ほらっ、とその場でフブキは元気よく飛び跳ねる。
心配そうなミオだったが、本人がそう言っている以上追求はできなかった。とそこで、やはり連日の戦闘と野営で疲労が溜まっているのに無理に身体を動かしたからか、フブキは着地に失敗してバランスを崩してしまう。
「うわっ、っとと!」
「危ない!」
倒れる直前、デュラハンが受け止める。
そのお陰で何とか無駄な怪我をせずに済んだことに、安堵の息を吐く。
「ふぅ、大丈夫か?」
「………」
「白上さん?」
「ふぇ? えっ! あっ、だ、だだ大丈夫です!!」
ガバッと身体を起こすが、妙に顔が赤い。
そして顔の前でブンブンと両手を振って、まるで何かを誤魔化すようであった。
「いや、顔が赤いぞ」
「こ、これは単に元気が有り余ってるだけだよ! あっ、先行って少し様子を見てくる!!」
言うが早いか、脱兎のごとくフブキは前に走っていく。
魔物の襲撃を考えれば単独行動は控えるべきだが、ここは開けた野原なので何か異変があれば気付けるということもあって、無理に引き留めようとはしなかった。
そうして先行くフブキに遅れて、三人が道を進んでいると。
「おーいっ! あれって関所かな!」
前方、進行方向を指さしながらフブキが叫んでいる。
見れば距離こそあったが、遠くの方に大きな壁が見えていた。
それは何十年も前、かつて隣国との緊張状態が高まった時に国境沿いに建てられた、白と青の領土を隔てる関所の砦である。当初は両国が共同で管理しており、通行税や身分証の程度などが必要となっていた。更には貿易品もそこで検閲され、違法な物が運び込まれないかのチェックも行われていたとされる。しかし、それも昔の話、和平が成立した現在ではどちらの領土にも属さない中立地帯となっていた。
建物こそ堅牢な石造りなので今でも形を残しているが、草花や蔓に覆われて廃墟と化していた。
「うわぁ、すっごい大きいね」
「うむ。話には聞いていたが見事だ」
「これが二十年以上前には実際に使われていたんだよね」
「軽く調べてみるか」
四人は門楼の下にある重厚な門を抜け、砦の内部へと踏み込む。
内側に入って最初に目に入ったのはくすんだ白色の大きな建物だ。左右には用途が別と思われる木造の建物があるが、やはり長年放置されていたこともあってか崩れていて使い物になりそうにはなかった。
「随分と大きい建物だね」
「んー、多分だけど、あれが荷物の検査や関税を収めていた場所じゃない?」
「ああ。金庫も置いていただろから、他の建物と違って丈夫に造ってるのか」
「では寝泊まりするのは、あそこであるか」
周囲を見回しながら、徴収所へと入っていく。
白い建物は金銭を扱う都合からか丈夫な石造りだったが、長い歳月によってあちこちが風化していて至るところが崩れていた。内部も床や瓦礫の上には埃と塵が堆積し、絨毯のようになっていた。また内部も一部の壁や天井が崩落しており、外の日差しが直接入り込める風通しの良い状態になっている。かつて使われていたテーブルや椅子などが少し残っていたが、どれも朽ちていて使い物になりそうにはなかった。窓や扉の隙間から風が入り込み、物悲しい音を立てている。
ただ懸念していた盗賊の根城にされている心配はなさそうではある。
「まぁ、雨風をしのぐには使えそうだな」
「魔物除けも使えば、ゆっくり休めそう」
「うむ。であれば部屋の場所を探さねばな」
四人は手分けして室内を探索する。
使われなくなってから物取りや盗賊に荒らされたのか、一階と二階を合わせても使える部屋は少なかった。それでも何とか男女に分かれて泊まれるスペースを見つけ出し、本日の宿と定めてそれぞれ準備を進める。
寝床のための片づけや、侵入者対策の鳴子などをを用意していく。
そんな彼らを見詰める二つの目があったことに、誰も気付かなかった。
◆
その日の夜、勇者一行が眠る建物に近付く一つの影があった。
人影は夜目が効くのか、月明かりもない暗闇の中を明かりもなしに全てが見えているかのように確りとした足取りで歩を進めていき、そして建物の入り口からではなく割れた窓から屋内へと侵入していく。
「……スンスン」
人影は鼻を鳴らしてから、室内をジックリと見回す。
床へと視線を向ければ砂埃が積もった石床だが、人が通った痕跡を発見する。更には鳴子の仕掛けも見付けると、足音を一つ立てずスルスルと器用に仕掛けを避けながら階段の下まで移動する。
二階へと上がれば廊下に残る痕跡は二種類、左右の扉にそれぞれ続いている。
その内の片方、右手側の木戸に耳を押し当てれば、中からは「グゴーッ」や「ガー」といった鼾が聞こえてくる。こっちに男が居るのを理解し、人影はもう一つの方の部屋へと近付いて同じように確認をする。先程のように分かり易い音は聞こえないが、中から微かに寝息が聞こえてくる。
「………」
獲物がこちらと確信し、ドアノブに手を掛ける。
ただ鍵が掛けてあるようだが、これぐらいなら何ら問題なかった。
ゴソゴソと荷物からピッキング用の針を取り出し、それを鍵穴に差し込んでカチャカチャと上へ下へと弄る。ものの数秒でガチャンと開錠の音がして、人影はニヤリと笑みを浮かべる。
そのままドアを静かに開けて部屋の中にスルリと入り込む。
「……」
扉の先、床に敷かれた寝袋で二人の人間が寝息を立てて寝ていた。
片や幸せそうな寝顔を浮かべる白髪の少女、片や静かに寝息を立てる黒髪の少女。
(さてと、荷物は……)
キョロキョロと室内を見回し、部屋の片隅に置かれた荷物に目を付ける。
抜き足差し足と荷物へと近付くと、しゃがみ込んで背負い袋に手を伸ばして物色する。
魔法により収納量が多くなった背負い袋には乾燥肉や携行食を始め、エールの入った革袋に簡単な冒険セット等が入っていたが、人影はそれらには興味を示さず、脇に避けて行く。やがて硬貨が入った小袋を見付けたが、それにも手を出さずに更にその奥を漁る。
「おっ」
お目当ての代物を見付け、人影はニヤリと笑みを浮かべた。
そうして取り出したのは背負い袋の奥底に仕舞われていた厚手の革袋。目当ての物だという確信はあったが、念のために封を緩めて鼻先を近付けてクンクンと臭いを嗅げば、独特な刺激臭が鼻を刺す。
「ぉっ、これこれ」
自身の見立てが合っていたことを喜び、封を占めて仕舞い込む。
次の獲物へと手を伸ばそうとした矢先。
「ん~、なに~?」
「っ」
パッと急に、室内が明るくなる。
眠っていた黒髪の少女――ミオが目を覚まし、魔法で明りを出したのだ。
彼女は人の気配、あるいは思わず漏れ出た声に気付いてしまったのだ。
「……えっ、誰!?」
「っ!!」
「逃げるな! 水よ、凍てつき槍となりて我が敵を討て!」
目をしょぼしょぼさせていたが、盗人の存在に気付いた。
バレた盗人は即座に撤退を図ろうとし、ミオは氷の槍を何本も放つ。ろくに狙いも付けずに放ったので仕方のないことだが、盗賊は柔軟な動きでスルリと当たりそうな物のみを見事に回避して部屋から飛び出した。狙いを外した氷の槍は壁や床に突き刺さり、ガガガッと大きな音を立てる。
これには夢の世界にいた、白髪の少女――フブキも飛び起きる。
「なになに!? 何事!!」
「フブキ! 盗人だよ!」
「盗人だって!?」
二人は得物を手に、部屋から飛び出る。
そのまま盗人を追って階段を駆け下り、そのまま建物の外へと出ようとしたところで張られていた紐に足を取られて盛大に転倒してしまう。掛ったのは先にいたミオだったが、流石に至近距離では避けきれずフブキも巻き込まれてしまう。
「うわっ!」
「あだっ!」
二人は転がるように、建物から出る。
慌てて周囲を見回すが、人影の姿は何処にも見当たらなかった。
「くっそー! 逃げられた!!」
「ミオ、盗人がいたって本当なの?」
「うん。目が覚めたら変な人が、ウチたちの荷物を漁ってたんだ」
「え~! じゃあ、お金とか盗まれちゃったのかな?」
「分かんない。急いでたから」
「二人とも、どうかしたのか?」
フブキとミオでそうして話していると、屋内からデュラハンも出てくる。
ミオの魔法攻撃と叫んでいた声を聞いて出てきたのだ。
「あのく君。聞いてよ、私たちの部屋に盗人が入ったんだ」
「盗人?」
デュラハンは、ミオから事情を聞く。
視線を彼女の方に向けたが、直ぐに上に顔を向ける。
「そうか事情は分かった……とりあえず、二人とも着替えた方がいいぞ」
「え?」
「白上さんもそうだけど、その……ミオさんは見えてる」
言われて、二人の少女は自分の身体を見下ろした。
フブキは寝巻用に大きめのシャツを着ているが、ズボンを穿いていなかった。そしてミオは上こそ普通にシャツを着ているが、下に至ってはズボンも何も穿いていない――つまり、ノーパンな状態であった。なので当然ながら、下半身が丸見えなのである。
「っ!!」
「あ、ハハ……えーっと、お見苦しい物をお見せしました」
フブキは顔を真っ赤にして俯き、ミオも赤面しながら乾いた笑いを浮かべる。
流石のデュラハンも空気を読んで、二人に背を向けながら頬を掻きつつ考えを伝える。
「とりあえず、俺は周囲を見てくる。二人は、着替えを済ませてくれ」
「あ、ありがとう」
「~~~っ」
二人は大急ぎで部屋へと戻っていった。
その後、デュラハンは周囲を軽く調べたが、盗人の影すら見当たらなかった。
そうして翌日。
「申し訳ない!」
事情を聞いたバクニは、深々と頭を下げた。
彼は昨夜、騒ぎがあったにも関わらず熟睡してしまったことを謝罪していた。
「いや、その気にしないで。バクニ君も疲れてたんだし、ウチたちも気を抜いてたから」
「久しぶりに魔物を気にしないで済むってことで、全員が気を抜いていたからな。仕方がない」
「このような轍を踏まぬよう、小生は気を引き締める!」
「ほどほどにな。それで……何を盗まれたんだ?」
「えっ、それは……その」
「やっぱり金か。ミオさんには旅の資金を預けていたからな」
「ううん、違うの!」
ミオはこの勇者一行での資金を一括で預かっていた。
盗人が金目の物を狙うのは当然のことで、盗まれたことを今更責めても仕方がない。ならば隣国に付いた際には金稼ぎをしないといけないなとデュラハンが考えていると、ミオは少し大きめの声でそれを否定する。
「違うって、じゃあ他に何を盗まれたんだ?」
「えっと、その……です」
「え? すまない。聞き取れなかった」
「……盗まれたのは、ウチの、下着です」
ミオの発言に、男性陣は困惑を浮かべる。
長い旅路を続ける者なら性別を問わず、誰しもが着替えを用意している。とは言っても荷物にも限度があるので数は限られ、特に下着に関しては同じものを何日も着用し続けなければならないことが多い。男性なら我慢できるかもしれないが、女性の場合はそれでも何枚かは予備を用意しておいて適宜履き替えている。
どうやら今回はミオが履き替えた下着の入った袋が盗まれたらしい。
「それで犯人は金には一切手を出さず、ミオさんの下着だけを盗んだと?」
「……はい、そうです。因みに使用済みのものです」
「……あー、世の中には変わった奴もいるもんだ」
「それでミオはその犯人の顔は見たの?」
「ううん、目元以外は隠してたから分かんない。でも……」
「でも、なに? 他に何か見たの?」
「一瞬だったけど……女の人、だったと思う」
確信を持てないからか、自信なさげにミオは答える。
あの一瞬の出来事だったのでじっくりと見れた訳ではなかったが、盗人は動きやすさを重視してか身体のラインが出る服装をしており、その体つきが明らかに女性の物だった気がするのだ。
それを聞いた勇者一行は、やはり困ったように顔を見合わせた。
「女の人って、どういうことだ?」
「盗賊には男も女も存在するが、肌着を狙う意味が分からぬ」
デュラハンもバクニも、意味が分からず首を傾げる。
食糧でも貨幣でもなく、使用済みの女性物下着だけを盗む。
意味が分からないし、意図もさっぱりであった。
「勇者殿の肌着も盗まれてはおらぬのか?」
「うん。私の方は無事だったから、ミオのだけ狙われたみたい」
「白上さんのも狙っていたけど、見付かったから逃げたとか?」
「う~ん……」
四人で頭を捻るが、答えは出ない。
このまま悩んでいても分からないので、四人はヴァイツェン公国を目指すことにした。もしかしたら盗人の情報が手に入るかもしれない、という考えもあったからだ。
砦を超えたことで国境を越えたことになるが今いるのは同じ大陸、出てくる魔物も危険度としてはそんなに変わりはなかった。精々見たこともない魔物がいたくらいで、それ以外は白の領土と大して変わらない。ただし、危険度の低い地域と言っても油断は禁物だ。ヴァイツェン公国に辿り着くまでは気を引き締めて行かなければならない。
「あっ、ここを右手に行ったら村があるって」
街道の途中、道しるべを発見した。
素人の手作りらしき木製の看板には街道を真っ直ぐ進めば「ヴァイツェン公国」に、右手に曲がって森の方へと進めば「フトゥオムッスニ」に辿り着くと記されていた。
「フトゥオムッスニだって」
「ふとおむっすに?」
「随分と発音しにくい名前だな」
「あれ、そんな村は地図に載ってなかったと思ったけどなぁ」
「その地図も五年前に出来たものだからな、もしかしたら新しい村かもしれない」
「じゃあ行ってみようか!」
フブキの一声で、一行はその村に向かうことにした。
日も傾き始めているので、今日も野宿することが決まっていたのだが、村があるのなら久しぶりにベッドで眠ることが出来るかもしれない。そんな淡い期待を胸に四人は寄り道をする。
街道から外れて森の中へと入り、そのまま道沿いに進んでいくとたどり着いたのは浜辺に作られた小さな漁村だった。鼻を嗅げば海水や魚などが混ざった独特の磯の香りが漂い、何隻もの木造の漁船が停泊しているのが見える。家と思しき建物は数える程度しかなく、全て木製の桟橋の上に建てられていた。
「へぇ、こんな場所に村があるんだ」
「んー、何だろう……変な臭い」
「むっ! 臭いな!」
「バクニ、ぶっちゃけ過ぎだ」
デュラハンを除いた三人は、三者三葉の様子で周囲を見回していた。
それよりもデュラハンが気になったのは、この漁村の気配が妙におかしいことだった。
(この村……何か普通じゃないな)
「おーい、そこの四人組!」
デュラハンがそう考えていると、四人に気付いた村の漁師の一人が声を掛けてきた。
桟橋を渡って近付いてきたのは、それは青白い肌と贅肉が弛んで大きな皺を首に作った奇妙な漁師だった。最初に話しかけられなければ、彼を魔物と勘違いしてしまいそうな見た目だ。
「旅人が? わざわざこんた村さ何の用で来だんだ?」
それは、随分と訛りの強い言葉だった。
共通言語なのは間違いなかったが、聞き取り難いのは否めない。
「えっと、ここがフトオ……なんだっけ?」
「……森の手前にあった看板に書かれていた村はここか?」
「おう、間違いねぞ。そえでおめんどはだぃだ? もすかすて釣りにでも来だのが?」
「いや、俺たちはヴァイツェン公国に向かってる最中なんだ」
「そうがそうが。ばって、今がらじゃ街までは急いでも刻限さだば間に合わねぞ。それに森の中さだば危険な狼出るはんでな、今日は泊って行った方がい」
「それは……」
「おーい、だぃか長さ伝えでけ。旅人さんたぢが泊ってくずごどば」
その漁師は、離れた所にいる他の漁師に大声で声を掛ける。
まだ宿泊することを了承していないのだが、今さら断るのは難しそうだ。
そうこうしている間にも四人は更にやってきた漁師の案内を受け、漁村にある一つの建物へと案内された。とは言っても小規模な漁村では宿泊施設はないらしく、勇者一行が連れて行かれたのは村の入り口から見て最も離れた場所にある、漁村でも比較的に大きな平屋の木造建築だった。
観光地域ではなく、漁村なので真っ当な宿泊施設がある訳がなかった。
「こごは普段は使わぃでね倉庫なんだ。本当だばえさ案内するべぎなんだびょんばって、生憎ど客人ば泊められるようなえはなぐでな」
「いえいえ、こっちこそ貸してくれてすみません」
「時期によっては魚保管すてらはんでわんつか生臭ぇが、申す訳ねな我慢すてけ。後で別の奴晩飯持ってくるはんで、この村の名物味わってけじゃ。少すくのに癖はあるがな」
そう言って、案内をした漁師は建物から出て行った。
早速バクニは腰を下ろし、他の三人もそれに習って床に座る。
「確かに生臭さを感じるが……うむ、問題ないな!」
「それよりあのくさん、あの漁師の人の言葉がよくわかったね?」
「いや、ぶっちゃけ半分は分らんかったから適当に合わせてただけだ」
あっけらかんと、デュラハンは言う。
そんな風に三人が話す中、ミオは話に加わらず落ち着かない様子でいた。
「ミオ、どうかしたの?」
「んー、この村って何か変じゃなかった?」
「変っていうと?」
「なんか、やたらと見られてような気がするんだよね」
「確かに、物凄い見られてたよね」
ミオの言葉に、フブキも思い返す。
桟橋の上を村の入り口から漁師に案内されながら歩いていたが、確かに視線を向けられているのには気が付いていた。もしかしたら単に旅人が珍しくて眺めていただけかもしれないが、それにしては少し妙だったような気もする。
そんな風に話していると、倉庫の戸がノックされた。
扉の一番近くにいたデュラハンが開けてみれば、そこには大きめの鍋を両手に持った漁村の女が立っていた。ただ頭からすっぽりとフードを被っているので顔を見ることは叶わず、背格好からそう判断したに過ぎない。
「あっ、もしかして晩飯ですか?」
「………」
「申し訳ない。助かります」
鍋を受け取ると、女は出て行った。
無口なのか、それとも余所者と話したくないだけかは分からない。
いずれにしても親切から食事を用意してもらったのだから、多少人付き合いが悪いとしても文句を言える立場ではない。
特に気にしなかったデュラハンは扉を閉めると鍋を小さ目のテーブルの上に乗せ、鍋のふたを開けて中を確認する。
「……なに、これ?」
「……真紅である」
「トマトのスープかな?」
「いや、それ以外に何があるんだよ」
漁村の女が持ってきたのは鮮やかな赤いスープだった。
見た目からしてトマトスープに見えなくもないが、鍋を覗き込んだ全員がどこか怪訝な表情を浮かべている。その理由としては温かい湯気と共に立ち上る臭いは、とても美味しそうとは思えなかったからだ。確かに魚貝類の料理は生臭いものもあるが、これはそういった物とは何か根本的に違う気がするのだ。
具材として何を使っているのかと玉杓子でかき混ぜてみると。
「ひっ!」
ミオが小さく悲鳴を上げる。
異様に大きな、透明感のある黒い瞳がジッとこちらを見つめているようであった。
普通、目玉の水晶体やその他の組織に含まれるタンパク質が熱によって変性するので、全体的に白っぽく濁ったような見た目になるのだ。焼き魚や煮つけといった料理で魚の目が白いのは、それが理由だ。
こんな温かいスープの中で、元の状態を維持しているのはありえない。
「うぅむ。これは中々に衝撃的な料理である」
「あ、あのー。これ本当に食べても平気なんですかね?」
「無理無理無理無理!! ウチ、そんなの食べられない!!」
ミオは鍋から遠く離れ、物凄い勢いで首を横に振っている。
この見た目では無理と思うのも無理はなく、残りの三人もどうするかと顔を見合わせる。
「どうしよう……」
「しかし折角の好意を無碍にするのは少々忍びない」
「……俺が毒味しよう。幸い、ある程度の毒への耐性はある」
デュラハンが玉杓子で中身を掬い、小皿へと移す。
悪魔の騎士たる彼には毒や麻痺といった状態異常への耐性がそれなりに高く、睡眠に至っては無効できる。そのことは三人の知らないところだが、毒味役としては彼が最適というのは間違いなかった。勇者であるフブキに何かあっては元も子もなく、巨漢のバクニは倒れられては身動きできないのでミオかデュラハンの二択になるが、怯えている女性に無理やり食べさせるのは気が引けた故の行動であった。
「……っ!」
一口含んだデュラハンは、即座に明後日の方を向いて吐き出した。
「げほっ、ごほっ」
「ちょっ! だ、大丈夫!?」
「あ、ああ……問題ない」
心配そうにミオが近付いてきて背中を擦るが、デュラハンは何とか答える。
何度か咳き込んだ末、呼吸を整えてから三人の方へと向き直った。
「ほ、本当に大丈夫?」
「ああ、すまない。結論から言うと、これは食べない方がいい」
「理由は? とても美味しくない、とか?」
「あー……味は何とも言えないんだが、これには睡眠草のエキスが入ってる」
睡眠草、それは自然に自生している薬草の一種だ。
名前の通り、葉っぱから抽出した成分には生物を眠らせる効果がある。その為に一部の地域では睡眠薬として流通しており、主に病人や怪我人を強制的に用いられることが多いが、場合によっては犯罪に用いられるので国によって管理されている。ただ場所によっては原料を簡単に手に入るので、完全な規制をすることはできない。
「睡眠草……」
「そんな物を鍋に入れるなんて、どうして?」
「つまり、この漁村の人たちは小生たちに一服盛ろうとしたと?」
「漁村かどうかすら、怪しくなったけどな」
理由は何であれ、自分たちに毒を盛ろうとしたのは事実だ。
盗賊が親切なフリをして旅人を騙し、寝静まったところで身ぐるみを剥いでくるなんてのは良くある話だ。そういったことを考えるなら魔物の襲撃を受けて廃村になった場所を盗賊が再利用して、何も知らずにのこのことやってきた自分たちを騙しているのかもしれない。
「それで、これからどうする?」
「目的も正体も不明だが、こちらに悪意を向けてきた。ここは村を出るべきだな」
デュラハンの発言は最もだった。
睡眠薬入りの料理を出してきている時点で、こちらに不利益をもたらすつもりなのは明らかだ。魔物なら単純にこちらを襲う理由は分るが、なまじ人間であるが故にどのような悪意を潜ませているか不明瞭な分だけ警戒すべきだろう。
「じゃあ、早くこの村から出よう」
「ウチも賛成です」
いそいそと準備をする。
時間帯としては既に日が沈み切っているが、月の光に照らされてそれなりに明るい。
倉庫を出る前に明かりを消してから先頭に立つフブキが戸を少しだけ開き、その隙間から外の様子を窺う。全体を見ることはできないが、それでも桟橋の上を幾つかの光源が動いているのを見つける。普通の人間なら難しいかもしれないが、狐の獣人である彼女は夜目が効くので光源の正体が松明の明かりであり、それを持っているのが漁師であることはすぐに理解できた。更には松明をもつ漁師の周囲には武器を持った数人もいることを、フブキは見逃さなかった。
「………」
静かに、フブキは扉を閉じた。
それから後ろにいる仲間へと振り返り、首を横に振った。
「駄目、表から出られそうにない」
「やっぱり堅気じゃなかったか」
「幸い、まだこの倉庫は包囲されてないっぽいけど、桟橋を気付かれずに抜けるのは無理だと思う」
「桟橋を避けて砂の上を歩いて大回りすれば遭遇は避けられるだろうが、あくまで月明かりのない暗闇の状態で移動した話だ。姿を隠せる場所もない状態では、おそらく半分も歩く前に気付かれるだろうな」
「むぅ、小生としては正面突破が望ましいが……皆の意見に賛成である」
「じゃ、じゃあ何処から出るの?」
倉庫の出入り口は一つ、壁や天井に窓すらない。
脱出を考える以上は派手な音は出せないし、そうなると壁を壊して逃げるのは難しい。
「……ミオさん、これから俺がこの床をくり抜くから、落ちないように持ち上げて欲しい。その床板は邪魔にならないように横に動かして欲しいが、出来るか?」
「……うん、大丈夫」
「よし。それと他の二人は少し離れてくれ」
「分かった」
全員が中心部から離れたのを確認し、デュラハンは杖を構える。
ミオもまた、直ぐに魔法が使えるように杖を向ける。
「風よ、鋭き刃となりて床をくり抜け」
「風よ、下より吹き上げて床を持ち上げたまへ」
デュラハンの魔法によりスパンッと音を立てて床がくり抜かれ、支えを失った床板が一瞬沈んだと思った直後にミオの魔法により下から持ち上げられる。流石に一気に吹くと天井にぶつかる恐れがあったが、床板は彼女の視線の高さほどで制止する。それから横に動かし、邪魔にならない場所で下ろす。
空いた穴から下を覗き込めば、高床式の下には砂浜の砂が見えた。
「全員ここから降りよう。多分、大丈夫だとは思うが出来るだけ物音は立てないように」
開けられた穴から、四人は下に降りる。
下は砂になっているので歩けば多少は音が出るが、漣の音が掻き消してくれる。
「よし、後はあいつらに見付からないように桟橋の下を移動だ」
デュラハンの言葉に、全員が頷く。
建物は全て桟橋の上に建てられていたので、屈んで歩けば桟橋の下を誰にも接敵することなく移動することが出来た。流石に走れば気付かれる恐れがあったので、流行る気持ちを抑えながら出来るだけ静かに進んでいく。
倉庫を抜け出て暫く進んだところで、四人の頭上で数名の漁師たちが足を止めた。下手に動けば気付かれる恐れがあったので、敢えて動かずに彼らが移動するのを待つ。
「おい、あの世人は問題ねのが?」
「出すた料理さだば睡眠草のエキスがたっぷりど入ってら。あれ飲めば簡単にはまなぐ覚ますこどはねびょんよ」
「なら平気だな。へっへへ、それにすても呑気な旅人来だもんだ。こぃで今回の邪神様への供物捧げられる」
邪神に、供物。
どうやらこの漁村は盗賊の隠れ蓑ではなく、邪教徒の集まりのようであった。もし出された料理を危機感を抱かずに食していたら、気付かず内に捕まった上に邪神とやらの生贄にされていたようだ。
「それにすてもよ、見だがよあの魔法使いの女。すますた顔すやがって、おがげでわのマラがいぎり立っちまった!」
「ヒッ!」
「ッ!」
悲鳴が出そうになったミオの口を、デュラハンが咄嗟に塞ぐ。
漏れた声も短かったのと、邪教徒たちが興奮していたので気付かれずには済んだ。
「後で少すばす遊ばねが?」
「落ぢ着げよ。流石さ供物さ手出すのは拙ぇびょん。未通女の方価値があるびょん?」
「何しゃべっちゅんだ、おめ。あった女男ど一緒さ旅すてらんだ。とっくに経験済みだびょんよ。それどごろが毎晩毎晩代わる代わるズッコンバッコンだびょんぜ」
「違いね。そいだばわっきゃあの白ぇめらすがいな。あの穢れ知らなすべな顔、無茶苦茶にすてやりで!」
もはや聞くに堪えない。
邪教徒たちが話に夢中になっている隙に、デュラハンは移動するようジェスチャーを出す。
ミオは己の身体を抱きしめるように自身のローブを強く掴み、フブキもどこか表情が強張っているのが分かる。バクニは黙っているが、手に血管が浮かぶ程強く拳を握っていた。
「あのく殿、小生は奴らが許せぬ」
「わかってる。だが、仮にも公国の民に手を出してしまえば下手すれば外交問題になる」
「……なら、私から話を通して正式に調査してもらえばいいかな?」
「そうだな。早急に対応してもらおう……だが、今じゃない。このままここを去ろう」
そうして桟橋の下を、村の真ん中程まで移動した時だった。
「大変だ。生贄どもが逃げだ!」
邪教徒たちに、四人が脱走したことがバレた。
もしかしたら先ほど話していた邪教徒たちが、女性陣に手を出そうと倉庫の中に入っていったのかもしれない。今はまだ四人が潜んでいる場所に気付かれていないと思うが、倉庫の下から続く足跡を見れば彼らが何処にいるのかは直ぐに分かってしまう。
桟橋の上ではバタバタと人が行ったり来たりしている音が響く。
「どうしよう。気付かれちゃったよ!」
「まだだ。もう少し近付いてからじゃないと、砂の上は走りにくい」
今いる位置から村の入り口までは直線距離で約三百m。
平坦な硬い地面の上を走るのと違い、慣れない砂の上では推進力は得られず、非常に体力を消耗してしまう。そんな状態で後ろから追われるとなれば肉体的だけでなく精神的にも疲弊するのは明らかだったので、出来るだけ走る距離は短くしたかったのだ。
そう考えるデュラハンであったが、現実は無常である。
「あだっ!」
桟橋の上を走っていた邪教徒の一人が、躓いてうつ伏せに倒れ込んできた。
それも運の悪いことに、四人がいる場所の真上だった。
「ん?」
「あっ」
一瞬、邪教徒と目が合う。
そして声を出されるより早くデュラハンは右手首を反らし、袖口から飛び出してきた短剣を掴むと邪教徒の顔目掛けて突き出した。桟橋の板材の隙間を抜けた先端は、邪教徒の目に突き刺さった。
「ぎぇえええええっ!」
「走れ!」
邪教徒が絶叫すると同時に、デュラハンが指示を飛ばす。
桟橋の下から飛び出た四人は砂の上を一心不乱に、村の入り口に向かってひた走る。一歩を踏み出すたびに足は砂へとめり込み、まるで水の中を走るようであった。それは正に「走る」というよりは「もがく」という感覚の方が近く、やはりデュラハンが懸念した通り思った以上に前に進むことは出来なかった。
もし、これが月明かりのない暗闇だったのなら、自分は本当に前に進めているのか疑ってしまう程だった。
「へぶっ!」
砂に足を取られたミオが、バランスを崩して転倒する。
何とか立ち上がろうとするも、焦っている上に砂についた手が沈むせいでもたつく。
その間にも邪教徒たちは減速することなく距離を詰めてきて、とてもじゃないが残り五十メートルを逃げ切れそうになかった。
「全員、戦闘準備!」
「応とも! 正義の制裁を受けるがいい!!」
「勇者の名のもとに、悪には裁きを!」
「風よ、彼の者たちに砂上を駆ける力を!」
バクニとフブキが前に出て、デュラハンが彼らに魔法をかける。
追ってくる邪教徒の数は見た限りでも三十人余り、その中には漁師だけでなく海女も交じっている。そして全員が全員、銛や鉈といった武器、更には海洋生物由来と思しき物を加工してであろう凶器を握りしめている。
どうやら邪教徒たちは、殺すことになっても逃がすつもりはないようだ。
「誰一人どすて、逃がすてはなねぞ!」
最奥にいる邪教徒、おそらくは教祖らしき男が叫ぶ。
それを受けて雄たけびを上げながら、邪教徒たちは一斉に襲い掛かってくる。
「たああっ!」
「ぎゃああああっ!」
「こっちの小娘、たげ素早ぇぞ!」
砂の上を滑るようにフブキが走れば、次々と邪教徒を切り裂かれる。
流石に魔物と違って生きた人間を殺せるほど覚悟は決まっていないからか、致命傷にならない程度の手傷を負わせていく。
死と隣り合わせの戦場において「殺さず」なんてものは甘さ以外の何物でもなく、不殺を貫けば自身だけでなく仲間をも危険に晒すことになる偽善でしかない。だが人の命を奪うという行為はまともな人間では忌避するのは当たり前のことで、もし一度でも線を越えてしまえば二度と後戻りすることは出来ない。
元々は一国の姫であったフブキに、それを強要するのは酷というものだ。
「ふんっ!」
「ぎゃばっ!」
「こっちの大男は甲羅叩ぎ切りやがった!」
対してバクニは豪快に戦う。
防御など関係ないと謂わんばかりに、彼は亀の甲羅を加工して作られた盾ごと邪教徒を戦斧の錆にしている。如何にパワーに秀でたバクニとて甲羅を叩き切るなど普段ならできないのだが、どうにも義憤により力が増しているようだ。
こちらはフブキと違って容赦なく、次々と邪教徒たちを血の海に沈めていく。
「こ、こいづらつえぞ」
「こった話、聞いでね!」
フブキとバクニの猛攻に、邪教徒たちは怖気づく。
これまで彼らは幾度となく旅人を言葉巧みに村の中に誘い込んでは、邪神への生贄として捧げてきた。ただ彼らは戦闘に関して素人であったため真正面から襲うことはせず、基本的に眠り込んだ隙に捕縛するか、油断した時に人質を取るという安全策をとってきた。邪教に染まったとはいえ元は普通の漁師であった彼らは、仲間が次々と倒されていく光景や戦士からの殺気や威圧感にパニックを起こしている者すら現れている。
「む、無理だ。こった奴らに勝でる訳がね!」
「えぇい! 何手古摺ってら!? 数はこぢらの方圧倒的に優位なのだぞ!」
「長! そったごどしゃべっても……」
「こうなったっきゃ!」
長と呼ばれた男は、邪教徒の輪から抜け出ると空に向かって叫ぶ。
「Ο μεγάλος θεός του εξωτερικού κόσμου.
Σου προσφέρουμε τις ζωές μας, γι' αυτό κατέβα εδώ.」
瞬間、浜辺の空気が変わる。
先ほどまで聞こえていた砂浜に打ち寄せる波の調べも、吹き抜ける風のざわめきも、人々の叫びも痛みに呻く声も何もかもが遠くなる。まるで世界の時間が止まってしまったと思わず錯覚してしまう程の静寂が周囲を包み込んだ。
満天の星が煌めいていた夜空が血を溶かしたようなどす黒い赤に、青白い燐光を帯びていた満月は漆黒に染まる。それはまるで世界が終焉を迎える瞬間のような不気味さを感じさせ、全員が本能的に恐怖を抱く。
「なになに、何なのこれえええっ!?」
「二人とも、一度下がるんだ!」
ミオはパニックになったように叫び、デュラハンは前にいる二人を呼び戻す。
フブキたちも何処か不安を覚えているのか、落ち着いた様子もなく周囲の様子を窺っている。
―――ピシッ
まるで何かに、亀裂の走る音が響く。
反射的に音のした方へと視線を向ければ、空には一筋の線のようなものが走っていた。それが赤い空に走った罅であることは、亀裂が徐々に広がっていることからも明らかであった。
今すぐにでも此処から逃げ出さなければならない、そう理解できているのに身体が言うことを聞かない。
誰も声すら発せられず、ただ空の罅へと呆然と見つめていた。
やがて亀裂が空一杯に広がったところで、パリンッと硝子の砕けるような音と共に弾け飛んだ。それはまるで硝子細工が砕けて散るような美しさがあり、こんな状況でなければ思わず見惚れてしまう程であった。だが、それは恐怖の始まりであることは、その向こう側にあった深淵よりもなお深い暗黒を見るまでだった。
何かが来る、そう誰もが本能で理解するのと同時に、そこからナニカがゆっくりと地上に向かって下りてくる。
それは不定形の物体は降下しながらグニョグニョとまるで生き物のように蠢き、次第にその形を誰しもが知っている物へと変えていく。
『ーーー』
空の闇から産み落とされたそれは、人の形を模していた。
ただ輪郭こそ再現できていたが、身体を構成する独特な光沢を帯びたタールのような粘性のある液体と、目の部分にあたる場所にはめ込まれたような鮮血のように赤い玉が異常性を示していた。だが、それ以上に人間との明確な差は背中から生え、うねっている数本の触手であった。その姿は海に棲息する軟体動物のようで、人というよりは怪物と呼んだ方がしっくりくる。
(違う。陛下とも異なる、超越した存在)
デュラハンは、そう理解した。
危険度Ⅳに分類される悪魔の騎士である彼をもってしても、越えられない壁たる魔王――それと同等か、あるいはそれ以上の力を持った存在だということを肌で感じ取った。
だが、危惧する彼とは正反対の反応を示す猛者もいた。
「お、おぉっ! 遂さ我らの悲願成就すた!」
感極まった様子で、長は叫ぶ。
その姿を見た信者たちも膝を折り、涙を流しながら首を垂れる。まるで聖女や英雄と出会えたかのように喜ぶ彼らを見て、やはり常識とはかけ離れた異常性を実感せざるを得ない。
「邪神様! あの異教徒だぢに裁ぎば!」
『em llac uoy did yhw?』
「邪神様?」
『uoy yebo I dluohs yhw?』
長は邪神(?)が何もしてくれないことに困惑する。
邪神(?)は首を傾げながら背中の触手を蠢かせ、周囲に向かって振るった。
「ひぎゃあああぁっ!!」
ある者は触手に胴体を刺し貫かれ。
「ぺげぇっ!」
ある者は首が半周するほど圧し折られ。
「ぶべっ!」
ある者は上半身と下半身を引き千切られる。
まだ二十人は残っていた邪教徒たちは、誰一人として例外なく触手の餌食となった。
「うっ!?」
「こわいこわいこわい!!」
その光景を目の当たりにしたフブキとミオは顔を蒼白にさせる。
そして最後に残った長もまた例外ではなかった。
『ouy dna』
「ひっ!? あがっ! ぐべぇっ!!」
『efil nwo sih fo tsoc eht ta esuaceb』
召喚された邪神(?)は、邪教徒たちの手には余る存在だった。
それは勇者一行にとっても同じであり、もしこちらに牙を向けられれば助かる見込みはない。
(最悪、俺の命を賭してでも勇者だけは逃がさなければ)
そうデュラハンが密かに覚悟する中。
邪神(?)は彼らに見向きもせず海の方へと向き、瞬きの内に姿を消した。それと同時に赤い夜も消え去り、まるで最初から何もなかったかのように浜辺には元の静寂が戻ってきた。だが血に濡れた砂浜や邪教徒たちの死体など残された惨状は変わりなく、悪夢ではなく現実であることを彼らに突き付ける。
「な、なんだったのかな」
「……」
フブキは茫然と呟く。
しかし誰も、その問いに答えられない。
「……助かった、の?」
「のようだな」
ホッとしたように、全員が深く息を吐く。
緊張から解放されたからか、女性陣はその場にへたり込んだ。
「それで、これ……どうする?」
砂浜には邪教徒たちの死体があちらこちらに転がっている。
赤く染まった砂はどうしようもないが、このまま死体を放置すれば魔物の腹に収まる前にアンデットとして蘇ることだろう。これを放置すればアンデットが旅人を襲って更に数を増やし、国をもって対処する事案になりかねない。なのできちんと処理しなければならないのだが。
「はぁ……死体を一カ所に集めるか」
「うむ。邪教徒と言えど、弔ってやるのがせめてもの情け」
「火葬したら、骨はどうしよう?」
「砂にでも埋めようか……それより」
「ああ……一先ず休もう」
そのまま全員、砂浜に横になる。
日が上るまで後数時間、勇者一行はしばしの休息をとることにした。
◆荳?莨企ぅ蟆捺?
年齢:■■歳 性別:女性 身長:157㎝ 適正:不明
装備:‐
邪教徒により召喚された謎の存在。
全てが謎に包まれているが、戦闘力だけでも魔王に比肩するとか。
今回は「呼ばれた」ので来ただけで、目的が済んだので帰る。
ゲストとして登場していただいた、何処かの司祭様。
ただ正しい召喚ではなかった為、反転して現れた存在しえないもの。
クリック? クラック! また今度。
スバルとの一夜、読みたい?
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是非。
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不要。