魔法は大きく四つの系統に分類される。
攻撃を表す赤魔法、補助を表す青魔法、治癒を表す白魔法、召喚を表す黒魔法。
魔法の才がある者は生まれついて、その何れかに属している。基本的に生まれ持つ系統が最も効率がよく、習得が早い、そして強い力が発揮できる。逆に相性の悪い他の系統は扱いにくく覚えにくい。
しかし覚えにくいだけであり、絶対に習得できない訳ではない。ただ効率は悪いので赤魔法を使える者が、白の魔法を覚えることは殆どない。明確な目的か相当な執着がない限り、苦手な系統を限界以上に覚えるのは非推奨。
因みに赤は青・黒と相性がよく、白とは相性が悪いという感じになる。
では、本編をどうぞ。
「どうして、こうなった」
「あっはは……ごめんね?」
デュラハンはおかゆと共に、ロープでぐるぐる巻きにされ、逆さ吊りとなっていた。
二人が居るのはとある屋敷の地下――監禁部屋と思しき牢獄の一室であった。
「はぁ、気付いてくれるかなぁ、勇者様は」
思わずそう零すデュラハンであった。
どうして逆さづりになっているのかと云えば、事の発端は一時間ほど前まで遡る。
その時、彼はミオと貴族街の一角にて泥棒が狙いをつけているであろう屋敷を窺える路地に身を潜めていた。流石に屋敷の敷地は塀に囲われているので全体を見通すことはできないが、それでも通用門や塀沿いを人が動けば分かる場所で怪しまれないよう注意しながら観察を続けていた。
事前情報によると、この屋敷の持ち主は男爵の称号を持つ男だ。貴族として典型的な選民思想の持ち主らしく、後ろ暗いところがある成り上がりとされている。曰く、彼の屋敷に踏み入った平民は二度と日の光を拝めないとか。その噂の真偽はさておき、そんな男の屋敷を泥棒が狙っているのは確かだった。
因みにフブキがこの場にいないのは、もう一軒の候補を見張っているからだ。本来なら前衛と後衛でペアを組む方がベストであったが、生憎とバクニは冒険者ギルドの依頼で公都を少し離れていた為に協力できない状態にあった。流石に後衛を一人で張り込みさせられないという理由から、こうしたグループ分けになった。
「ふぁぁぁああ」
ミオが大きく欠伸をする。
夜中なので眠気があるのは仕方ないことだが、二日目とあって緊張感も緩んできていた。
場所も場所なので宿に戻って休息を取ることも出来ず、交代要員もいないので我慢して待機するしかできない。
本来なら大公閣下の許しも出ているので屋敷の主人に事情を伝えて屋敷の一室か、あるいは敷地内で待機するのが望ましかったが、屋敷の主は部外者である二人の敷地内への立ち入りを拒否したことにより、こうして通りから見張らざるを得なくなってしまったのだ。許可も出ているといっても信用ならない、という理由から門前払いで追い返されてしまった。
「あっ、ごめんなさい」
「仕方ないさ。いつ来るとも分からない相手を待つのは、精神的にも疲れるからな」
申し訳なさそうに謝るミオに、デュラハンは気にしないと返す。
それは兎も角、今日もどちらのポイントを空ぶった場合には作戦を考え直さなければならない。もしかしたら事情聴取した際の反応から、おかゆは自分が怪しまれていると察してしまったのかもしれない。となれば次の行動に出るのは暫く後かもしれない。
(さて、どうしたものか)
「……ねぇ、あのく君」
そんな風に考えていると、不意にミオが声を掛けてくる。
何かあったかと彼女の方を向けば、少しもじもじとしながら恥ずかしそうに話す。
「あのく君って、その……あのシスターみたいな人がタイプなの?」
「……は?」
脈絡のなさに、思わず呆ける。
記憶を思い返してみても、そんなやりとりをした覚えはなかった筈だが。
「え、っと? 何をどうしたら、そんな結論に至った?」
「その、教会で話をしていた時に、何か楽しそうにしていたし……それに、指を絡めようとしてたから」
もぞもぞと指先を動かしながら話すミオ。
確かにおかゆは魅力的な女性であることは間違いないが、それとこれとは話は別だ。デュラハンとしては真面目に話を聞いていたつもりだったが、もしかしたら第三者から見たら違ったのかもしれない。直前のトラブルも相まって誤解をされているのかもしれないが、そもそもが指を絡めようとしてきたのはあちらであり、デュラハンが絡めたわけではない。
「一先ず、俺は猫又さんに対して特別な感情は抱いていない。指も、向こうが触ってきただけだ」
「そ、そうなんだ……ち、因みにウチとか、どうなのかな?」
「……ふむ?」
ミオの全体を改めてみる。
普段の彼女の服装は露出の殆どないワンピースに、その上からローブという魔法使いらしいものになっている。ただ、今は張り込む都合上、目立つのは宜しくないということで彼女は落ち着いた色合いのブラウスにボディス、スカートという村娘らしい格好になっている。おかげで普段は隠れている谷間も顔を覗かせており、思わず視線が吸い寄せられることだろう。
余談だが、デュラハンの恰好も僧侶のものからシャツとブレーチェズという服装になっている。
「そうだな……良いんじゃないか?」
「え?」
「魅力的だと思うぞ?」
元々デュラハンが好みかどうか以前に、彼女は美人の部類だ。
性格も優しくて気が利くし、非の打ち所がないというのが正しい。
そんな評価を聞かされてか、ミオはポッと頬を染める。
「そ、そう? よかったぁ」
えへへ、と嬉しそうにはにかめば、普段は足に巻かれている尻尾も振られている。
どうやら回答として正解だったことに安堵しつつデュラハンは、再び監視へと意識を向ける。
「っと、雑談はここまでだ」
見れば、闇に紛れて件の屋敷へと侵入する人影を見つける。
人影は周囲を警戒しながらも軽やかに塀を飛び越えて敷地内へと踏み入れると、そのまま素早く屋敷の内部へと入っていった。
「よし俺たちも行くぞ」
「うん!」
遅れながら、二人も駆け出す。
正門は行ったところで門番に追い返されるのが明らかなので、二人は別の場所から魔法を使ってフェンスを飛び越える。そのまま建物の側まで急ぎ足で近づいたところで、泥棒が何処から屋内に入ったのかと見回していると。
「あっ、あのく君! あそこの窓開いてる!」
ミオが指差す先を見れば、確かに窓が僅かに開いている場所があった。
近付いて中の様子を窺ってみれば室内は薄暗いが、、人の気配は感じられない。
「ミオさん、念のため俺が先に入るから」
「わかった」
半開きだった上げ下げ窓をゆっくりと全開にして窓枠を掴むと、懸垂の要領で身体を持ち上げて室内へと侵入する。どうやらデュラハンの入ったのは厨房らしく、決して広いとは云えない室内には必要最低限の調理棚や食器棚等の家具が置かれていた。近くには扉があるのでそこを通れば屋敷の他の場所へと行けることも分かり、周囲を調べておくが特に何も異常はない。
流石にここには泥棒のお目当てのものはないらしく、荒らされた様子は一切なかった。
「ミオさん、中は安全だ。引き上げるから、手を貸して」
「お願いします」
伸ばされたミオの手を掴み、彼女を室内へと引き上げる。
それから扉の前まで近づいて念のために扉に耳を当ててみるが、向こう側からは特に音らしきものは拾えず、どうやら誰もいないと考えられる。そのままドアノブに手をかけてゆっくりと押し開いていけば、その向こう側に広がっていたのは廊下と思しき空間だった。
(人の気配が、殆どしない?)
どうにも、この建物から感じる人の気配は少ない。
例え爵位の低い貴族であっても、主人の生活を支える目的や屋敷を維持する為には相応な人数が常駐しているのが普通だ。それを夜間という点を差し引いても少ないのは人を雇えぬほどに困窮しているからか、あるいは何か他人に見られると拙いものがあるからなのか。
どちらにせよ、これはデュラハンたちにとっても有利であった。
何故なら彼らの現状は、貴族の屋敷に不法侵入した不届き者以外の何者でもないからだ。仮にここで捕縛されることとなれば、大公閣下の許しを得ていると訴えたところで信じてはもらえず、このまま犯罪者として投獄される恐れがある。そうなってしまえば勇者一行の名を貶める結果に繋がりかねず、最悪の場合は目撃者を始末する必要が出てきてしまう。
故に、可能な限り隠密に事を進めなければならない。
「ミオさん、念のために伝えておくけど、くれぐれも魔法は使わないように」
「分かった。でも、緊急時は使ってもいいんだよね?」
「流石に、命には代えられないからな」
小声での確認を済ませつつ、二人は慎重に廊下へと歩を進める。
一般的に、この手の屋敷では執務室の場所は一階に位置していることが多い。理由としては訪問者とのやり取りをする公的な空間として一階にあれば、来客をすぐに案内されることができ、主人の生活空間である二階にまで踏み込む必要がないからだ。場合によっては二階に設けることもあるが、今回の場合は一階にあると見て問題ないはずだ。
流石に場所は分からないので、周囲を警戒しながら目的の部屋を探す。
暫くして扉が半開きになっている部屋に近付いて確認すれば、どうやらここが探していた執務室のようだ。
薄暗いせいで見辛いが部屋の奥、書棚や執務机の周辺を漁る人影があることに気付く。
「ここで間違いなさそうだ」
「どうやって捕まえるの?」
「俺が突撃して捕縛しようとするから、ミオさんはバックアップを」
「うん。任せて」
役割を決めて、二人は行動に移る。
人影――泥棒の位置を確認してからデュラハンが室内へと突入すれば、勢いよく開け放たれた扉の音に人影は驚き、その拍子に腕に抱えていたであろう紙の束がバサッと音を立てて落ちる。
「あっ!」
「大人しくお縄に着け!」
泥棒は慌てて紙を回収しようとし、その隙にデュラハンが前へと走る。
「もおっ!」
人影は回収を諦め、手元にある分だけを抱えて逃走を図る。
執務机を回り込もうとするデュラハンに対し、泥棒はぴょんと軽やかに執務机を飛び越える。そのまま扉の前に立ち塞がるミオに向かって駆けていくが、そうはさせまいとデュラハンも急いで追いかける。その際、ガンッと執務机に身体がぶつかり、その衝撃により置かれていた小さな馬の彫刻が倒れた。
――カチッ。
と、何かのスイッチが入ったような音が聞こえた。
それと同時に執務机と扉の間にある床――デュラハンと泥棒が立っている足場が大きな音を立てて開いた。
「えっ!?」
「なっ!」
突然の事態に誰も反応できず、二人は穴へと消えていく。
幸いにも扉のところに立っていたミオだけが落下を回避できたが、彼女もまた暫し唖然としていた。そうしている間にも穴は自動的に閉じてしまい、その音で意識を取り戻す。何とかして穴を開けて落ちた二人を助けなければと考える彼女の耳に、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。
「あっ……」
どうやら先ほどの物音で、屋敷の者がここに向かってきているようだ。
思案は一瞬、ミオは即座に踵を返して誰にも見つからないように屋敷を後にした。
◆
そして現在に至る。
「ごめんね……まさか落とし穴が仕掛けられていたなんて思わなくて」
「いや、あれは不可抗力だからしょうがない。むしろ作動させたのは俺なんだから」
自分の迂闊さに呆れる。
それから改めて、目の前にいる少女へと視線を向ける。
「それにしても……まさか泥棒の正体がシスターとは思わなかった」
「まさかボクも話したその日に、こうして見付かるとは思わなかったよ」
デュラハンの言葉に、おかゆは苦笑いを浮かべる。
流石におかゆは協力者とばかり思っていたが、どうやら泥棒の正体は彼女だったらしい。
「それで? どうしてこんなことを?」
「ボクにも色々と事情があってね。仕方なかったの。許して?」
「どっちなんだ? 泥棒がシスターのフリをしてたのか、品行方正で質素倹約なシスターが盗みを働いたのか」
「んー、どっちかと言えば前者かな。元々は盗賊として日銭を稼いでたんだけど、二年くらい前から足を洗ってシスターとして子供たちの面倒を観るようになったんだ。本当に、最初はこのままシスターとして暮らしてこうと考えていたんだよ?」
「なら、どうして?」
「一年くらい前かな、孤児院の方の経営が上手く行かなくなってね。お金が必要になったんだ」
「その為に貴族の屋敷に入っては金品を盗んでいたと?」
「悪いことで私腹を肥やしてた人から、ちょっと恵んでもらっただけだよ」
それを聞いて、デュラハンは合点がいく。
孤児院が潤っていると思っていたが、どうやら彼女が盗みで得た資金をおそらく匿名のお布施として教会に寄付をしていたということだろう。
「ねぇ、ボクも一つ聞いていい?」
「どうかしたのか?」
「さっきから、ボクのお腹に何か固い物が当たってるんだけど」
「………さて、どうやってロープを切るかね」
何とか話題を誤魔化そうとする。
こればかりはデュラハンが全面的に悪いという訳ではなく、むしろ男としては当然の反応といえるだろう。何せおかゆと一緒にロープで縛られている都合上、二人の身体は強く密着することになる。つまりは彼女の素晴らしい乳房がデュラハンの身体に当たりっぱなしであり、その柔らかさに男性の本能が刺激されてしまっているのだった。おまけに耳元でやや低めの声質を耳元で囁かれているのだ。
これで勃起しない方がおかしい。
「何か手はないか?」
「んー、そうだね。いつまでもこうしてる訳にはいかないよね」
おかゆが身体を少し動かす。
足元の方からカシュッと音が聞こえたと思った直後、ブチッとロープが切れる音がした。
「っ!」
「とっ!」
支えを失った二人は下に落ちるが、地面も近かったので怪我はない。
起き上がったデュラハンが見れば、おかゆは何事もなかったようにブーツの先端から飛び出していたナイフを引っ込めている。どうやら先程の音は靴に仕込まれていた隠し刃物が飛び出した音だったようだ。
「仕込みブーツか」
「うん。手が使えなくても、何かあった時に便利なんだよ」
「他にも武器は隠してる?」
「えー、知りたいの?」
「……いいや、遠慮しておく。それよりここは何処だ?」
光源のない空間を見回せば、どうやら石材で囲われた部屋のようだ。
試しに近くの石壁を軽くノックしてみれば、コンコンという響かない短い音が帰ってきた。
「随分と確り造り込まれた壁だな」
「そうだね……あれ、こんな真っ暗な空間なのに見えてるの?」
「………」
おかゆの問いに、思わず閉口する。
普通、人間は真っ暗な空間に放り込まれれば一寸先すら見えずに右往左往することになるだろう。それでも暫くすれば目が慣れて周囲が見えるようになるが、それには数分から三十分程度の時間を要することになる。ただ人間ではないデュラハンには暗闇だろうと関係なく、ごく当たり前のように空間が認識できていた。因みにおかゆが見えているのは彼女が猫の獣人だからであり、猫は人間と違って暗闇に特化した特別な目の構造を持っているからだ。
「あー、夜目が効くんだ。だから、ぼんやりとは見えるんだ」
「そうなんだ?」
「ああ。けど、流石に光源がないと不便だな」
そう弁明しつつ、デュラハンは腰ベルトの小物入れから道具を取り出す。
それは一見すればただの水晶にしか見えないが、魔力を込めることで松明といかないまでも室内を見回せる程度の明かりが空間を照らす。
「ここは……地下牢、か?」
「……そうだね」
どうやら二人が居るのは、屋敷の地下にある牢屋のようだった。
見れば正面には鉄格子、他を堅牢な石材で囲われた一辺が三メートル四方ほどの広さがある空間となっている。おそらくは脱走防止のためか壁からは鉄輪のついた鎖が吊るされており、近付いて確認すれば乾燥した赤黒い何かがへばりついているのが分かる。更に地下特有の黴臭さ以外にも、何処か錆臭さを感じる。詳しく調べるつもりはないが、間違いなく碌なことには使われていないだろう。
と、部屋の片隅に何かが横たわっているのが見える。
「見ない方がいいよ」
おかゆは、そう忠告をしてくる。
デュラハンは彼女の言葉に従わずに隅の方へと歩いて行けば、それが人間の遺体であることが分かった。衣服こそ身に纏っているが、骨の浮いた手足には痛ましい暴行の痕がありありと残っている。既に息がないことが判るが、まだ腐敗は進んでおらず比較的新しい死体であることが分かる。
確認したデュラハンが振り返れば、おかゆは床に膝をついていた。その両手は胸の前で組まれ、祈りを捧げていた。
「……多分、貧民街の人だと思う」
死者への祈りを終えたおかゆが呟く。
「知り合いなのか?」
「ううん、知らない。けど少し前から噂になっていたんだ。貧民街の人間を言葉巧みに屋敷に誘い込む貴族がいるって」
「……執務室で調べていたのは、その証拠か」
「うん。盗みに入るついでに調べてたんだけど……これは屋敷の主人が書いてる日記の断片」
おかゆが仕舞っていた紙の束を渡してくる。
それを受け取って内容を確認してみれば、どうやら男爵は地方や貧民街――行方不明になっても誰も捜索しない――人間を言葉巧みに誘い込み、監禁して拷問しながら死に追いやって愉しんでいたようだ。中には誘拐した兄弟に毒を盛り、生き残った方に解毒剤を渡すことを条件に兄弟同士で殺し合いを強要させたこともあるらしい。なお、解毒剤というのは嘘だということも書き記されていた。
「最低だな」
「こんなのが貴族として同じ都で暮らしているなんて、怖くてたまらないよ。ボクもさ、この屋敷に下見で来た時に、そいつから獲物を狙う獣のような眼で見られた。ここで働かないかって声も掛けられたけど怪しかったし、あくまでシスターだからって言って断ったけど……断ってなかったら、ボクもそこにいる人たちみたいになってたよ」
「……猫又さん、出会って間もない俺を信じるのは難しいかもしれない。けど、どうかその資料を俺に預けてくれないか? 大公閣下に渡せば決して野放しにはしないはずだ」
言葉もろくに交わしていない大公。
しかし、デュラハンには理由は分からないが、彼なら行動してくれるという確信があった。
「うん、分かった。貴方のこと、信じる」
「よし、なら脱出をしよう」
そうして二人は鉄格子を開けて通路に出る。
どうやら彼らが落ちた部屋以外にも牢屋はあったらしく、おそらく中には同じように拷問の痕跡が残されていることだろう。確認せずともそれが察せられたデュラハンたちは早く地上に上がろうとしたが、それより早く唯一の出入り口から誰から降りてきた。それに合わせて地下室の明かりが点灯し、普通なら思わず目を細めていることだろう。
「おや、お客人。どちらに向かわれるので?」
扉から出てきたのは小太りの中年男性だった。
おそらくはこの男こそが話題に出てきた男爵だろうが、二人が足を止めたのは別の理由だった。デュラハンたちが何よりも警戒したのは男爵の後ろから遅れて地下室に現れた大男、見上げなければ顔が見えない程の巨体と、それ以上に目を引いたのは一メートルは軽くある歪な太い両腕だった。
「何やら仕掛けが作動したと思って様子を見に来れば、鼠が二匹も掛かっていたとは。一匹は気持ちもそそらないが……クックク、まさか最近巷を騒がせている泥棒まで捕まえられているとは。それも、この私が目に掛けていたシスターだったなんて!!」
「お前がこの屋敷の主か、ド変態野郎」
「……口を慎めよ、平民風情が。誰に向かって口を開いている?」
感極まった様子の男爵に声を掛ければ、苛立ったように返事をする。
そこで初めてデュラハンをまともに見たのか、男爵は訝しむような表情を浮かべる。
「お前……何処かで見たことがあるぞ」
「さてな。生憎と、貴様のような鬼畜と知り合いになった覚えはないんでな」
「……思い出したぞ! お前、閣下に謁見していた勇者一行の一人だな!?」
デュラハンの正体に気付いた男爵は、再び高笑いをする。
「これは素晴らしい! お前を餌にすれば、あの勇者とか言ってる小娘も捕まえられるのか!!」
「なんだ、勇者様のことを知ってたのか」
「ふんっ、お前たちが城に呼ばれた時に見かけたのさ。適当な兵に金を渡せば、教えてくれたよ」
「成る程……それで、これからお前はどうするんだ?」
「決まってる。やれ――イッカブ!!」
「がああああああああっ!!」
名前:イッカブ 種族:元人間 職業:狂戦士
体力:4424 魔力:491 総合戦闘力:4915
「おっと、くれぐれもシスターには怪我をさせるんじゃないぞ。獲物はそっちの男だけだからな」
「がああああああああっ!!」
大男は前に飛び出すと、固く握りしめた拳を繰り出してきた。
二人は咄嗟に後ろに飛んだので直撃は避けられたが、目標を失った拳はズガンッと大きな音を立てて石床が砕かれながら陥没し、細かい破片が周辺に四散する。
「ど、どどどうしよう!? あのく君!!」
流石に焦るおかゆに対し、デュラハンは冷静だった。
彼女の職業である盗賊は敏捷性こそ数ある職業の中で抜きんでているが、決して真正面からの戦いに適している訳ではない。どちらかと言えば不意打ちや攪乱と言った、トリッキーな戦闘を得意としている。せめて、ここが真っ暗だったなら怪人相手でも何とかなったかもしれないが、ここまで明るくてはそれも難しいだろう。おまけに身を潜められる場所もないので、これではやり過ごすことも出来ない。
なら彼の取るべき行動は決まっていた。
「微睡め、揺らぐ舟に乗りて静寂の淵へ」
「はれぇ、あにょ……く、ん」
不意打ちで掛けられた青魔法でおかゆは抵抗できず眠りにつき、倒れそうになる彼女の身体を抱き留め、被害の及ばない場所へと移動させる。流石に自分の正体を知られては彼女の口も封じなければならないが、これなら問題ないとデュラハンは立ち上がりながら指輪をそっと外す。
「殊勝な心掛けだな、平民。これで気兼ねなく、お前を始末できる」
「勘違いするな、三下。彼女を眠らせたのは、これからの光景を見せたくなかったからだ」
「なに?」
「ガァアアアアアッ!!!」
会話に割り込むように、イッカブはデュラハンに殴り掛かる。
その姿を見て男爵は呆気に幕切れだったな、と淡々と感想を抱くだけだった。勇者一行というだけで何やら生意気な態度をとっていたが、所詮は後衛職の僧侶なのだから。いや、前衛である戦士であってもこの狂戦士の前では無力に違いない。
(いや、もうそんなことはどうでもいい)
男爵の思考は、直ぐにおかゆのことへと切り替わる。
彼が彼女を見掛けたのは、知り合いの貴族の家を訪れた時のことだった。簡潔に云ってしまえば、そこで男爵はおかゆに一目惚れをした。目が合ったのは一瞬だったが、その宝石のように眩い瞳に虜になっていた。彼女を自分のものにしたい、その瞳に自分だけを映して欲しいと強く思ったが、聖職者であるおかゆを力ずくで連れて行くのはリスクがあまりに高かった。イッカブなら並みの兵士や冒険者など相手にならないが、もしあの大公が出てきてしまえば話は違う。歴戦の英雄である大公が相手では、如何にイッカブといっても分が悪すぎる。
だが、幸運なことに彼女は自らの意思でこの屋敷に入って来た。
ここに連れ込んだ訳でも、誘拐した訳でもない。
証人が居ない以上、誰も自分を責めることは出来ない。
そんな風に未来へ思いを馳せていた男爵は、ふとおかしなことに気が付く。
(何で、イッカブは動かないんだ?)
狂戦士であるイッカブは制御装置により、男爵の命令通りに動くようになっていた。
それにより彼は一度出された命令は止められない限りは実行し続けるようになっており、本来であれば僧侶の肉体がミンチになるほど叩き潰している筈なのだ。なのに、まるで時間が静止したかのように身動きを取れない。
どういうことかと見える位置に回り込んだところで、男爵は愕然とした。
「ばか、な……」
視線の先では、イッカブの剛腕を細腕で受け止めるデュラハンの姿があった。
それも片手で軽々とであった。
「……どうした、怪物?」
「ぐ、がぁ……っ!」
どれだけ力を込めても、デュラハンの腕はビクともしない。
例え戦士を青魔法により強化したところで、イッカブの膂力はそれすらも圧倒する。
それなのに、僧侶に過ぎない青年が相対できる筈がない。
「な、何を手を抜いている! お前の本気を見せてやれ!!」
男爵は恐怖を押し殺し、大声で叫んだ。
イッカブは通常、身体に装着した制御装置により出力をある程度までしか出せないようコントロールされていた。全力を発揮させないのは暴走状態となり手を付けらず危険だからと、制御装置を開発した技術者からそう伝えられていたからだ。彼の強さを目の当たりにしていた男爵は、決して百パーセントの力を発揮させないようにしていた。
故に使いたくなかった切り札なのだが、この窮地においては躊躇は禁物だと判断した。
「ガァアアッ!!」
制御装置により封印されていた膂力が解放される。
それによりイッカブの全身の筋肉が肥大化、二メートルを優に超える身長は三メートルに届きそうになる。これで怪物の戦闘力は元の値より五割増しとなり、彼の英雄でも相手にするのは簡単ではなくなった。
名前:イッカブ 状態:暴走
体力:6637 魔力:737 総合戦闘力:7374
ただし、それは人間同士の話であった。
「……これが全力か?」
イッカブが全力を出しても尚、デュラハンの腕は揺るがない。
何故なら脱力の指輪を外した本来の戦闘力は狂戦士を遥かに凌駕しており、その差は悲しいことに天と地ほども離れている。
どう足掻いても、叶うはずがなかったのだ。
「ほれほれ、頑張れ」
「ぐぅがっ……!」
「……ふん」
グシャッと音を立てて、デュラハンに掴まれていたイッカブの拳が握り潰される。
狂戦士は痛みに呻くことはなく、損傷も構わずに残った腕で殴りかかろうとするが――
「遅い」
デュラハンの攻撃の方が速かった。
下から突き上げるように放たれた一撃はイッカブの顎を捉え、その衝撃は頭蓋骨を破壊し脳味噌にまでダメージを与える。普通の人間ならば即死は免れない一撃に耐久力が異常に高い怪物は生き延びたが、ドシンッと大きな音を立てて仰向けに倒れて動かなくなる。もしまだ抵抗していたのなら今度こそ止めを刺されていたことだろう。
「さて、次は……あ?」
デュラハンが男爵へと視線を向ける。
だが、あまりの恐怖に既に泡を吹きながら意識を手放しており、更にはズボンの色を変色させながら足元に水たまりを作っていた。
「ハァ……まぁ、いいや」
後の始末は、この国がしてくれるだろう。
そう結論付けたデュラハンは脱力の指輪を嵌め直し、そのまま眠っているおかゆを抱えて上の階を目指すのであった。
◆イッカブ
年齢:26歳 性別:男性 身長:253㎝ 適正:―
装備:制御の冠、制御の首輪、制御の腕輪
男爵が従える奴隷。
強さを求める余り、使用制限のある強化薬を飲み続けた人外。
もはや人としての理性はなく、命令のままに破壊をする怪物。
イメージは某型月に登場する狂戦士。
そこに某龍玉に出てくる緑の悪魔が着けている制御装置を追加しました。
クリック? クラック! また今度。
フレアの立ち絵が適してる?(あるいは好み?)
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Aの画像
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Bの画像