サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
ロキが再び姿を現したのは、撤退からさほど時間を置かないうちだった。今度は幻影ではない。空間そのものを舞台装置のように使い、見せつける気で来ている。聖書圏の外縁、結界と結界の隙間に、北欧の神話的気配が幾重にも重なり、空気が重く沈んだ。
「さっきは失礼。あまりに“予想外”でね」
軽い調子の声とは裏腹に、背後の空間が裂ける。黒い裂け目の向こうから、異様な存在感が溢れ出した。巨大な影。鎖の擦れる音。低く唸る咆哮が、地面を震わせる。
「……フェンリル……!」
ロスヴァイセが息を呑んだ。北欧神話を知る者なら、知らぬはずがない。神々を滅ぼすために生まれ、終末で解き放たれる怪物。まだ完全ではないにせよ、その片鱗だけで、空間が悲鳴を上げている。
「そうそう。うちの優秀な戦力だよ。まだ“本番”じゃないけどね」
ロキが指を鳴らすと、フェンリルの影の周囲に、さらに幾つもの気配が浮かび上がる。北欧の魔獣、歪められた英霊の残滓、神話に名を連ねる者たちの“欠片”。どれも単体で一国を脅かしかねない存在ばかりだ。
「……これほどの戦力を……」
ロスヴァイセの声が震える。彼女は剣を握り直し、魔力を高めるが、目の前の規模に判断が追いついていない。無理もない。これは護衛や局地戦の話じゃない。終末の“準備”だ。
一方で、俺は視線を巡らせながら、淡々と状況を整理していた。数は多いが、統制は甘い。ロキは“披露”しているだけで、今すぐ全面投入する気はない。威圧と選別。こちらの反応を見るための舞台だ。
『……想定内ですね』
隣で、XXが平然と言った。アーマーのセンサーが淡く光り、各個体を自動的に分類していく。
『大型神話獣。危険度は高。ですが、戦力配置が自己顕示的です。効率は良くありません』
「評価、辛口だな」
『事実です。数を見せるのは、余裕がある時か、不安な時のどちらかです』
ロキがこちらを見て、楽しげに眉を上げた。
「へえ。宇宙の警察さんは、随分と冷静だね」
『感情は任務効率を下げます』
「つまらないなあ」
そう言いながらも、ロキの視線は一瞬、フェンリルから俺へと戻る。期待と苛立ちが混じった目だ。
「どうだい、太郎。怖くなった?」
「いや」
短く答える。
ロキが披露した戦力は、威圧としては十分すぎるほどだった。フェンリルを中心に、北欧神話の名を冠する魔獣や歪んだ存在が空間を埋め尽くし、その圧だけで周囲の結界が悲鳴を上げている。ロスヴァイセが息を呑むのも無理はない。これは戦争ではなく、終末の予告だ。
だが、その空気を壊したのは宣言ではなかった。
次の瞬間、空が焼けた。正確には、空の“外側”から光が突き刺さった。無数の光条が降り注ぎ、フェンリルを初めとした一団を容赦なく叩きつける。神話由来の防御も、威嚇のために広げられた陣形も関係ない。純粋な物理と宇宙規格のエネルギーが、まとめて薙ぎ払った。
「――なっ……!?」
ロスヴァイセが声を上げる。ロキですら反応が遅れた。宣言も、挑発も、前振りもない。撃つべき瞬間に、撃った。それだけで戦場の主導権がひっくり返る。
『援護射撃、実施中』
XXの声は淡々としていた。宇宙船は姿を見せない。ただ、必要な角度と威力で、必要な対象を撃ち抜く。フェンリルの巨体が衝撃で揺れ、咆哮が空気を震わせるが、それは怒りというより困惑に近い。
「ちょ、ちょっと待って! いきなりそれは反則じゃない!?」
ロキの軽口は、完全に虚を突かれた声だった。混沌を操るはずの神が、理解不能な混沌に殴られて呆けている。その隙を、俺は逃さない。
胸の奥で重たい鼓動が鳴り、背中に熱が走る。エンペラ星人の血が目を覚まし、黒い気配が凝縮されていく。アーマード・ダークネス。その刀を迷いなく引き抜く。闇は静かだ。暴れたがっているのを、力で押さえ込む。
「卑怯汚いは、敗者の戯れ言だ」
俺が短く言い切ると、間髪入れずにXXが続いた。
『同意します。戦場評価において“卑怯”は無効語です』
二人分の答えが、同じ温度で突き刺さる。
「……え?」
ロキが、素で間の抜けた声を出した。
「ちょっと待って。そこ、ハモるところ?」
その瞬間、俺は踏み込んだ。XXの援護射撃がロキの注意を完全に逸らしている。神話の盤面に投げ込まれた予想外に、さらに予想外を重ねる。刀が闇の軌跡を描き、空間を切り裂く。
ロキの目がこちらを捉えた時には遅かった。驚愕が浮かぶ。その感情が、俺にとっての“当たり”だった。狙いは致命ではない。神を斬るつもりはない。ただ、距離を奪い、主導権を叩き落とす。
「――っ!?」
衝撃が走り、ロキの体勢が崩れる。同時に、別方向からXXの追撃が入る。宇宙規格の光が、神話的存在を“現実”へ引きずり下ろす。
その光景を、ロスヴァイセは呆然と見ていた。ヴァルキリーとして数多の戦場を知る彼女ですら、理解が追いつかない。北欧神話の終末が、こんな形で横合いから殴られるなど、想像の埒外だ。
「……お二人とも!?」
ようやく声を取り戻し、ロスヴァイセが叫ぶ。
「今の発言、完全に悪役の台詞ではありませんか!?」
「事実だ」
『事実です』
再び、同時だった。
「なぜまたハモるのですか!?」
体勢を立て直したロキが距離を取り、フェンリルの咆哮が一段落したところで、戦場に一瞬の“間”が生まれた。混沌と破壊の只中にあって、その静けさだけが異様だった。俺は刀を下ろさず、視線をロキに向けたまま口を開く。
「そもそもだ」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「戦争を始めようとしてる側がいるのに、それを止める側が“手段を選べ”って言われる方が、どう考えてもおかしい」
ロキの眉が、わずかに動く。
「始めた時点で、もう綺麗な話じゃない。だったら、あとはどれだけ被害を抑えられるかだけだ」
それだけ言って、俺は肩をすくめた。
「理想論で神話は止まらない」
『同意します』
XXの声が、即座に重なった。
『戦争発生後における最優先事項は、勝敗ではなく被害規模の抑制です。手段の是非は事後評価であり、現場判断には含まれません』
「……ほらな」
俺がそう言うと、ロスヴァイセが一拍遅れて言葉を失った。
「……待ってください。
それでは……正義や騎士道は……」
彼女の声には、戸惑いが混じっている。北欧の戦士として、護衛として、彼女が大切にしてきた価値観が揺さぶられているのが分かった。
「ロスヴァイセ」
俺は視線だけを向ける。
「正義を語れるのは、戦争を起こさない時だけだ」
彼女は言葉に詰まり、唇を噛んだ。
『補足します』
XXが淡々と続ける。
『現在の介入によって、聖書圏・北欧圏双方の被害予測値は三七%低下しています。これは“きれいな戦い”を選ばなかった結果です』
「数字で言われると、なおさら重いですね……」
ロスヴァイセが小さく呟く。
そのやり取りを、ロキは興味深そうに眺めていた。嘲笑ではない。値踏みするような視線だ。
「……なるほど」
ロキが、ゆっくりと拍手した。
「君は本当に王向きだね、太郎。
綺麗事を信じないくせに、被害を減らそうとする」
俺は答えない。褒め言葉かどうかなんて、どうでもいい。
(戦争を止めるために、戦うことを躊躇わない)
それが正しいかどうかは分からない。
ただ、今この場では、それが一番マシな選択だった。
女王は誰にする?
-
アルファ
-
ララ·サタリン·デビルーク
-
エミリア