サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
京都駅の地下へ向かうエスカレーターを降りるにつれて、ざわめきは少しずつ遠のいていった。改札階の喧騒とは違い、地下通路は人の流れが整理され、音も均されている。だが、均されすぎている。足音が反響しない。空調の音が耳に残らない。気づいた時には、俺の感覚は自然と“人の世界”から外れ始めていた。
和装の男は、何の変哲もない地下通路の一角で立ち止まった。壁には案内板、天井には照明。どこから見ても普通だ。だが、男が足元を軽く踏み鳴らすと、空気が一瞬だけ歪んだ。見えない膜が剥がれるような感覚。次の瞬間、地下の空間がわずかに“深く”なる。
「ここから先は、我々の領分です」
そう告げられた途端、景色は大きく変わらないまま、意味だけが変わった。人の気配が完全に消え、代わりに、古い匂いが立ち上る。土と木と、長く使われてきた石の気配。現代の地下施設の下に、もう一つの京都が重なっている。
結界の内側だ。
足を踏み出すたびに、街が持つ“歴史の厚み”が増していく。時間が折り重なったような感覚に、背筋がわずかに緊張した。妖怪たちは無言で先導し、俺はその背中を追う。
「……派手な入口じゃないな」
思わず漏れた独り言に、横から声が返ってきた。
「京都らしいでしょ」
いつの間にか、蒼崎青子が隣を歩いていた。さっきまで姿がなかったはずなのに、まるで最初からそこにいたかのような自然さだ。
「勝手に入っていいのか」
「招かれてるんだから問題なし。
私は……ついで」
「ついでで結界を越えるな」
「第五魔法だよ。細かいこと気にしない」
軽く言うが、やっていることは常識外れだ。だが青子は、結界そのものに興味を示すでもなく、ただ周囲を観察している。視線は壁でも床でもなく、空間そのものを見ているようだった。
「歪み、はっきりしてきたね」
「駅の上より、こっちの方がか」
「うん。
ここ、世界線が重なりすぎてる」
妖怪たちの結界、京都の霊脈、人間社会のインフラ。その全部が無理なく共存しているが、だからこそ外部からの干渉に弱い。英雄派が狙うなら、確かにこの場所だ。
「妖怪達が動けない理由、分かる?」
「下手に手を出せば、全部壊れる」
「正解。
だからアンタが呼ばれた」
青子は、ちらりと俺を見る。その目には、試すような色も、期待する色もない。ただ事実を確認する視線だ。
「王になるかどうかは別としてさ」
「別として?」
「少なくとも今、
“壊さない選択肢”を持ってるのはアンタだけ」
その言葉は、妙に重かった。重いが、押し付けがましくない。青子らしい距離感だ。
「私は見るだけ」
「介入は?」
「必要になったら。
でも、それはアンタが失敗した時」
「信用されてないな」
「逆だよ」
青子は、ほんの少しだけ笑った。
「今のところ、
信じる理由しかない」
そのまま彼女は歩調を落とし、妖怪たちと俺の後方に回る。前に出る気はない。導く気もない。ただ、この結界の中で何が起きるのかを、最後まで観測するつもりなのだろう。
地下の通路は、やがて石畳へと変わり、空間は完全に人の世界から切り離された。ここから先が、京都妖怪社会の中枢だ。
修学旅行の裏で進む戦いは、もう始まっている。
そして俺は、その渦中へ足を踏み入れた。
地下の通路を進みながら、俺は横を歩く赤いジャケットの女を改めて見た。妖怪たちが前を行き、結界の内側へと完全に入った今でも、彼女はまるで緊張感を見せない。むしろ、散歩の途中に寄り道しているような気軽さだ。その態度が逆に引っかかる。
「さっきから気になってたんだが」
「ん?」
「俺はあんたの事を何も知らない」
青子は足を止めず、軽く首だけをこちらに向けた。
「名前と、“魔法使い”って名乗ったくらいだろ」
「それだけで、ここまで踏み込んでくるのは普通じゃない」
「褒めてる?」
「警戒してる」
即答すると、彼女は少しだけ楽しそうに笑った。
「正しい反応だね」
「で、何者なんだ」
妖怪たちの背中は少し先にある。会話は、意図的に小さく抑えられていた。
「さっきも言ったけど、蒼崎青子。
職業は……まあ、魔法使いでいいよ」
「曖昧すぎる」
「だって、説明すると長くなるし、
説明しても分かんないから」
「信用しろって?」
「逆。
全部信じなくていい」
青子は歩きながら、天井――いや、空間そのものを見上げるような仕草をした。
「私はどこにも属してない。
京都の妖怪でもないし、
禍の団でもないし、
神話側でもない」
「人間ではあるんだな」
「そこは間違いない」
即答だったが、どこか含みがある。
「ただし、“普通の人間”ではない」
「……やっぱりな」
「世界が壊れそうになると、
ちょっと様子を見に来るくらいの立場」
「止めないのか」
「止める役目は、別にいるでしょ」
そう言って、青子は一瞬だけ俺を見る。その視線は、評価でも期待でもなく、現状確認に近い。
「私は、起きた事を帳消しにする側じゃない」
「じゃあ、何をする」
「分岐点を見届ける。
それだけ」
結界内の空気が、わずかに揺れた。妖怪たちが前方で立ち止まり、振り返る気配が伝わってくる。
「もし、最悪の結果になったら?」
「その時は」
青子は肩をすくめた。
「“次”があるかどうかを考える」
「随分と無責任だな」
「魔法使いなんて、そんなもん」
そう言ってから、彼女は少し真面目な声になる。
「でもね、太郎」
「……呼び捨てか」
「ここまで来てる時点で、
アンタはもう“選ぶ側”だ」
「王かどうかは別として」
「うん。
でも、選択を間違えたら、
世界ごと巻き込むタイプ」
軽い口調なのに、言葉の重さは誤魔化されていない。
「だから来た」
「監視のために?」
「観測のために」
青子は一歩遅れて歩き、妖怪たちと俺の距離を一定に保つ。
「安心して。
今のところ、アンタは“危険寄りだけど、許容範囲”」
「評価が雑だ」
「でも、嫌いじゃない」
それだけ言って、彼女は再び口を閉ざした。
俺は溜息をつきながら、前を向く。
蒼崎青子。
正体不明で、立場不明で、目的もはっきりしない。
だが少なくとも――敵ではない。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア