※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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魔法使いと妖怪

 京都駅の地下へ向かうエスカレーターを降りるにつれて、ざわめきは少しずつ遠のいていった。改札階の喧騒とは違い、地下通路は人の流れが整理され、音も均されている。だが、均されすぎている。足音が反響しない。空調の音が耳に残らない。気づいた時には、俺の感覚は自然と“人の世界”から外れ始めていた。

 

 和装の男は、何の変哲もない地下通路の一角で立ち止まった。壁には案内板、天井には照明。どこから見ても普通だ。だが、男が足元を軽く踏み鳴らすと、空気が一瞬だけ歪んだ。見えない膜が剥がれるような感覚。次の瞬間、地下の空間がわずかに“深く”なる。

 

「ここから先は、我々の領分です」

 

 そう告げられた途端、景色は大きく変わらないまま、意味だけが変わった。人の気配が完全に消え、代わりに、古い匂いが立ち上る。土と木と、長く使われてきた石の気配。現代の地下施設の下に、もう一つの京都が重なっている。

 

 結界の内側だ。

 

 足を踏み出すたびに、街が持つ“歴史の厚み”が増していく。時間が折り重なったような感覚に、背筋がわずかに緊張した。妖怪たちは無言で先導し、俺はその背中を追う。

 

「……派手な入口じゃないな」

 

 思わず漏れた独り言に、横から声が返ってきた。

 

「京都らしいでしょ」

 

 いつの間にか、蒼崎青子が隣を歩いていた。さっきまで姿がなかったはずなのに、まるで最初からそこにいたかのような自然さだ。

 

「勝手に入っていいのか」

 

「招かれてるんだから問題なし。

 私は……ついで」

 

「ついでで結界を越えるな」

 

「第五魔法だよ。細かいこと気にしない」

 

 軽く言うが、やっていることは常識外れだ。だが青子は、結界そのものに興味を示すでもなく、ただ周囲を観察している。視線は壁でも床でもなく、空間そのものを見ているようだった。

 

「歪み、はっきりしてきたね」

 

「駅の上より、こっちの方がか」

 

「うん。

 ここ、世界線が重なりすぎてる」

 

 妖怪たちの結界、京都の霊脈、人間社会のインフラ。その全部が無理なく共存しているが、だからこそ外部からの干渉に弱い。英雄派が狙うなら、確かにこの場所だ。

 

「妖怪達が動けない理由、分かる?」

 

「下手に手を出せば、全部壊れる」

 

「正解。

 だからアンタが呼ばれた」

 

 青子は、ちらりと俺を見る。その目には、試すような色も、期待する色もない。ただ事実を確認する視線だ。

 

「王になるかどうかは別としてさ」

 

「別として?」

 

「少なくとも今、

 “壊さない選択肢”を持ってるのはアンタだけ」

 

 その言葉は、妙に重かった。重いが、押し付けがましくない。青子らしい距離感だ。

 

「私は見るだけ」

 

「介入は?」

 

「必要になったら。

 でも、それはアンタが失敗した時」

 

「信用されてないな」

 

「逆だよ」

 

 青子は、ほんの少しだけ笑った。

 

「今のところ、

 信じる理由しかない」

 

 そのまま彼女は歩調を落とし、妖怪たちと俺の後方に回る。前に出る気はない。導く気もない。ただ、この結界の中で何が起きるのかを、最後まで観測するつもりなのだろう。

 

 地下の通路は、やがて石畳へと変わり、空間は完全に人の世界から切り離された。ここから先が、京都妖怪社会の中枢だ。

 

 修学旅行の裏で進む戦いは、もう始まっている。

 そして俺は、その渦中へ足を踏み入れた。

 

 地下の通路を進みながら、俺は横を歩く赤いジャケットの女を改めて見た。妖怪たちが前を行き、結界の内側へと完全に入った今でも、彼女はまるで緊張感を見せない。むしろ、散歩の途中に寄り道しているような気軽さだ。その態度が逆に引っかかる。

 

「さっきから気になってたんだが」

 

「ん?」

 

「俺はあんたの事を何も知らない」

 

 青子は足を止めず、軽く首だけをこちらに向けた。

 

「名前と、“魔法使い”って名乗ったくらいだろ」

 

「それだけで、ここまで踏み込んでくるのは普通じゃない」

 

「褒めてる?」

 

「警戒してる」

 

 即答すると、彼女は少しだけ楽しそうに笑った。

 

「正しい反応だね」

 

「で、何者なんだ」

 

 妖怪たちの背中は少し先にある。会話は、意図的に小さく抑えられていた。

 

「さっきも言ったけど、蒼崎青子。

 職業は……まあ、魔法使いでいいよ」

 

「曖昧すぎる」

 

「だって、説明すると長くなるし、

 説明しても分かんないから」

 

「信用しろって?」

 

「逆。

 全部信じなくていい」

 

 青子は歩きながら、天井――いや、空間そのものを見上げるような仕草をした。

 

「私はどこにも属してない。

 京都の妖怪でもないし、

 禍の団でもないし、

 神話側でもない」

 

「人間ではあるんだな」

 

「そこは間違いない」

 

 即答だったが、どこか含みがある。

 

「ただし、“普通の人間”ではない」

 

「……やっぱりな」

 

「世界が壊れそうになると、

 ちょっと様子を見に来るくらいの立場」

 

「止めないのか」

 

「止める役目は、別にいるでしょ」

 

 そう言って、青子は一瞬だけ俺を見る。その視線は、評価でも期待でもなく、現状確認に近い。

 

「私は、起きた事を帳消しにする側じゃない」

 

「じゃあ、何をする」

 

「分岐点を見届ける。

 それだけ」

 

 結界内の空気が、わずかに揺れた。妖怪たちが前方で立ち止まり、振り返る気配が伝わってくる。

 

「もし、最悪の結果になったら?」

 

「その時は」

 

 青子は肩をすくめた。

 

「“次”があるかどうかを考える」

 

「随分と無責任だな」

 

「魔法使いなんて、そんなもん」

 

 そう言ってから、彼女は少し真面目な声になる。

 

「でもね、太郎」

 

「……呼び捨てか」

 

「ここまで来てる時点で、

 アンタはもう“選ぶ側”だ」

 

「王かどうかは別として」

 

「うん。

 でも、選択を間違えたら、

 世界ごと巻き込むタイプ」

 

 軽い口調なのに、言葉の重さは誤魔化されていない。

 

「だから来た」

 

「監視のために?」

 

「観測のために」

 

 青子は一歩遅れて歩き、妖怪たちと俺の距離を一定に保つ。

 

「安心して。

 今のところ、アンタは“危険寄りだけど、許容範囲”」

 

「評価が雑だ」

 

「でも、嫌いじゃない」

 

 それだけ言って、彼女は再び口を閉ざした。

 俺は溜息をつきながら、前を向く。

 

 蒼崎青子。

 正体不明で、立場不明で、目的もはっきりしない。

 だが少なくとも――敵ではない。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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