サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
裏京都の屋敷を出ると、表の京都駅前で渦巻いていた観光の喧騒が、嘘のように遠くなった。
九重は小さな肩をこわばらせ、袖口を握りしめたまま、俺の半歩後ろを歩いている。
子供の歩幅に合わせて進むと、街の景色がいつもより低く感じられた。
石畳の継ぎ目、軒先の影、看板の文字。
どれも見慣れた京都の風景のはずなのに、どこか違和感がある。
結界の網目が薄い場所では空気が妙に軽く、逆に濃い場所では胸の奥が重くなる。
八坂ほどの大妖怪が消えるなら、本来は痕跡が街のあちこちに残るはずだ。
だが実際には、残るべきものが不自然なほど少ない。
誰かが意図的に消して回っているか、あるいは最初から“別の層”へ落とされたか。そのどちらかだ。
「太郎、ほんとに母さま、見つかるの……?」
九重の声は、屋敷の中にいた時よりもさらに小さく、かすかに震えていた。
狐の耳と尻尾が不安げに揺れ、周囲の気配を必死に探っている。
俺は歩調を落とし、視線だけで周囲の霊的な流れを拾い上げた。
狐の里が張っている防壁の糸は、ところどころで擦り切れている。
戦闘の痕跡ではない。
擦り切れたというより、強い力で引き延ばされたような跡だ。
誰かが境界を掴み、無理やりこじ開けた。
禍の団の連中がやりそうな手口ではあるが、やり口が洗練されすぎている。
京都そのものの“地形”に直接触れている感触があった。
九重の問いに答える前に、俺は一度だけ青子を見る。
彼女は赤いジャケットを羽織り、観光客の流れの端を歩きながら、視線だけを街の“重なり”へ滑らせていた。
その視線は、人や建物ではなく、空間の継ぎ目そのものに向けられている。
地図ではなく、世界線の折れ目を読んでいるのだ。
彼女がここにいるのは手助けのためではない。
だが、観測者が傍にいるだけで、こちらの判断はわずかに研ぎ澄まされる。
「見つける、必ず。
泣くのは見つけてからだ」
九重は唇を噛み、短く頷いた。
袖から手を離し、前を向く。
俺たちは、八坂の最後の目撃情報があった、結界の境界付近へ向かった。
京都の“表”から“裏”へ滑り込む道は、意外なほど日常の中に溶け込んでいる。
土産物屋の裏手、古い路地の奥、地蔵の並ぶ小径。
そうした場所ほど、古いものが残り、境界は薄い。
俺は足元の気配を追い、九重の鼻が拾う微かな匂いと照らし合わせる。
狐の香りが、途中でふっと途切れた。
自然に消えたのではない。
切られたように、断面がはっきりしている。
青子が歩みを止めることなく、ふいに空気を指でなぞるような仕草をした。
何も触れていないはずなのに、空間がわずかに鳴る。
京都の結界が、目に見えない軋みを上げたのだ。
俺の背筋にも、あの時と同じ違和感が走る。
ロキとの戦いで感じた、“世界がズレる直前”の感覚。
八坂が消えたのは、単なる拉致ではない。
座標ごと持っていかれた可能性が高い。
だからこそ、妖怪たちの捜索は空を切る。
現場はこの街に残っていても、本人は別の層にいる。
「来るよ。
霧、境界を隠すタイプだね」
青子の声と同時に、視界の端が白くにじんだ。
最初は薄い靄だったものが、呼吸一つで濃度を増し、路地の奥から押し寄せてくる。
水蒸気の霧ではない。
匂いがないのに、喉の奥がざらつく。
音が吸われ、遠くのアナウンスや人の笑い声が、急速に遠のいていく。
京都駅の近くにいたはずなのに、急に山中へ落とされたような感覚。
結界の内側に、さらに結界が重なった。
霧は幕となり、世界の層を切り替えようとしている。
「九重、俺の背中から離れるな」
九重が息を呑み、俺の服の裾を掴む感触が伝わる。
霧の中では、子供の歩幅はすぐに迷子になる。
青子は数歩後ろで変わらず落ち着いているが、その目だけは鋭かった。
観測が“確認”に切り替わった表情だ。
霧は単なる目隠しではない。
ここを起点に、八坂の痕跡を切り離し、追跡者を撹乱するための装置。
つまり、霧が現れたという事実そのものが、重要な手がかりになる。
俺は歩みを止めず、足元の結界の継ぎ目を踏み外さないよう、同じリズムで進む。
焦れば、相手の土俵に乗るだけだ。
白い幕の中で、九重の耳がぴくりと動いた。
次いで、尻尾が一度だけ大きく揺れる。
俺も同時に気づいた。
霧の中だけ、狐の香りが濃くなっている。
ここに、“残り香”を集める仕掛けがある。
路地の端に落ちていた小さな飾り紐を拾い上げる。
朱色の糸。
九尾の家紋に似た結び。
新しい。
八坂の持ち物か、あるいは攫った側がわざと落とした偽の道標か。
どちらにしても、霧が出た地点と一致している以上、ここが分岐点だ。
九重は震える指でその紐に触れ、青子は無言のまま、空間の厚みを測るように息を吐いた。
須弥山へ向かうはずだった道は、完全に八坂の行方へ向き直る。
霧が晴れる前に、俺たちは“境界の向こう側”へ踏み込む準備を整える。
八坂がこの街のどこかにいるなら、次に姿を現すのは――霧の奥だ。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア