サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
霧はただの白い幕じゃなかった。音を薄め、匂いを奪い、足元の距離感を壊し、京都という街の層そのものを静かにずらしていく。観光客の笑い声もアナウンスも遠い水面の泡みたいに潰れて消え、俺の背中に九重の小さな手がしがみつく。その震えが服越しに伝わる一方で、青子は数歩後ろで歩調を崩さず、霧の厚みだけを観察していた。これは舞台装置だ。誰かが勝ちやすいように世界を組み替えるための。
霧の奥で空間が一度折れ、次にもう一度折れた。そこから人影が立ち上がったのではない。最初からそこにいたものが輪郭を与えられたように、整然と現れた。中心に立つ青年は落ち着き払った瞳で俺と九重を同時に測り、眼鏡の男は指先で霧を撫で、白銀の女は裁判官みたいな視線でこちらを見ている。背後には剣の気配と怪力の気配がいくつも重なっていた。名も知らないのに分かる。こいつらはこの霧を自分の道具として使っている。
「……誰だ」
「名乗りもせずに現れるのは無礼だったか。失礼した、我が名は曹操。そして我々は英雄派――禍の団の英雄派だ」
「英雄派? 英雄を名乗って何をする」
「世界を正す……と言えば聞こえはいいが、正確には世界が壊れる前に主導権を握る。同盟や協調で何とかなる段階はもう終わっている」
曹操の口調は穏やかで、だからこそ冷たい。九重が俺の背中で息を呑み、尻尾がびくりと揺れる。青子は何も言わないが、視線だけが鋭くなった。俺は霧の中心へ目を凝らし、狐の香りが一箇所だけ濃いのに気づく。紙垂めいた結びが揺れ、朱色の糸が霧の白に浮いている。九尾の家が使う封に似ているのに、質が違う。京都の結界そのものへ縫い付けたような異物の縫合だ。
「……そのために霧を張ったのか」
「霧は道具です」
眼鏡の男が淡々と続けた。声に感情がないのに、言葉の刃が研がれている。
「境界を隠し、追跡を断ち、誤差を測る。私の名はゲオルク。空間の欠落を扱う。あなた方が迷うのは当然です」
「迷わせてるのはお前らだろ」
「迷わせているのではありません。正しい場所に隔離しているだけです。京都の均衡は繊細だ。踏み荒らせば街そのものが裂ける」
白銀の女が一歩前に出る。鎧の白さが霧に埋もれず、逆に霧を染め返すみたいに際立った。
「私はジャンヌ。正義の名で告げます。あなたは危険です。断罪ではありません、裁きです。未来の罪は未来まで待ってくれない。焼ける前に止める、それが正義」
正義を語る口が、最初から結論を持っている。俺の言葉が届く余地は、最初から狭い。九重が震える声で叫んだ。
「母さまを返して……!」
曹操は目を細めた。冷たいのに怒っていない。怒りが要らない立場の目だ。
「八坂は誘拐したのではない。保護拘束だ。京都の中枢が揺れれば、人も妖怪も同じだけ死ぬ。だから確保した」
「保護って言葉で縛るのか」
「言葉が気に入らないなら現実を見ろ。君たちが動けば京都は戦場になる。戦場になれば弱い者から死ぬ。我々はその順番を止める」
「止めると言いながら攫ってるじゃないか」
ゲオルクがすぐに言葉を継いだ。理屈を積むのが得意な声だ。
「攫うという表現は感情的です。京都の指揮系統を一時的に固定した。霊脈と結界の管理権を奪った。これで暴走は起きない。あなた方が余計なことをしなければ」
「余計なことって何だ」
ジャンヌが即答する。
「あなたが力を振るうこと。あなたが闇を解放すること。あなたが王の名を口にすること」
「……俺の何を知ってる」
曹操は穏やかなまま、断定を並べた。
「知っているからここにいる。世界線が歪んでいる。神話が混ざり、外からの異物が常駐し、光と闇が同居している。その中心に君がいる。君は変数だ。変数は管理下に置くか排除するか、二択になる」
「管理下ってのは従えってことだろ」
「従うではない。秩序に参加する。英雄が責任を取る側に回る。君は責任を取れるのか。君の闇が暴れた時、誰が止める?」
背後の影から低い声が割り込む。短く、硬い。
「話が長い。奪ったなら守り切れ。奪われたなら奪い返せ」
「名乗れ」
「ジークフリート。剣で測る。それだけだ」
別の巨体が、笑いとも唸りともつかない音を漏らす。
「小さいのが泣くか。泣くなら弱い。弱いなら守れない」
曹操がその巨体を制するように言った。
「無駄に吠えるな。我々は正義の話をしている」
その一言で、こいつらの精神性が見えた。誘拐ではなく保護。人質ではなく確保。支配ではなく秩序。言葉を変えて罪を消し、結果を握って正義を名乗る。しかも子供の前で平然とそれをやる。九重の震えが背中越しにさらに強くなり、俺の中の闇が苛立つように蠢いたが、ここで寄れば相手の土俵だと、俺の中の光が冷たく釘を刺す。
「太郎」
青子の低い声が背後から届く。短いが、余計な説明を含まない。
「分かったでしょ。彼らは正しさで殴る。殴った後に正義を積む。その精神性が一番危ない」
「……ああ」
俺は霧の中心に吊られた封の気配を睨む。八坂がそこに縫い付けられているなら、ここで乱暴に壊すのは最悪だ。霧は京都の層そのものを引っ張っている。間違えれば八坂だけじゃなく、結界そのものが裂ける。英雄派はその危うさを知った上で、俺を試し、縛り、折る気でいる。
「返せ。八坂を返して霧を解け」
曹操は笑わなかった。笑わないことが答えだ。
「拒否する。八坂は京都の鍵だ。鍵は我々が持つ。君が入るなら秩序の側へ来い。来ないなら秩序の外へ落ちろ」
ジャンヌが静かに宣告する。声は冷たいが、揺れはない。
「あなたを危険として裁きます。あなたが守ると言うなら証明しなさい。その闇を抑えられると、その力を他者のために使えると。証明できないなら止めます」
交渉相手じゃない。理念の違いでもない。人の涙を必要経費に変えてなお正義を名乗る、その“正しさの使い方”そのものが敵だ。九重の手を背中越しに押さえ、俺は呼吸を整えた。霧の中での戦いは、もう始まっている。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア