サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
霧が「戦闘開始」の合図みたいに一段濃くなった。音が薄くなり、匂いが消え、足元の距離感が壊れていく。九重の小さな手が背中にしがみつき、俺の呼吸のたびに震えが伝わった。俺は鞘を払ってアーマード・ダークネスの刀を抜く。全身は纏わない。纏った瞬間、内側の闇が主導権を取りに来るのを知っているからだ。胸と左腕、膝下だけに装甲を噛ませ、残りは生身のまま“速さ”で踏ん張る。血の奥が熱くなり、視界が澄む。エンペラ星人の力が身体能力を底上げして、霧の密度のムラまで見えるようになった。
「ここで引け。八坂を返せ」
「拒否する。鍵は我々が持つ」
「なら、奪い返す。話はそれからだ」
「王候補。君の言葉は軽い。だが君の闇は重い」
「重いのは、お前らの正義だろ」
曹操の槍の気配が霧の奥から伸び、同時にジークフリートの剣が横合いから差し込んできた。挟撃。普通なら詰む。俺は左腕の装甲で剣を“受け止める”のではなく“滑らせる”。刃が装甲を削り、金属音が霧に吸われる前に足をずらす。次の瞬間、俺の刀が返る。剣術は力比べじゃない。間合いと角度と、相手の「そう来る」を裏切ることだ。
「話が長いと言ったはずだ。剣を取れ、太郎」
「取ってる。だから、今から黙れ」
「いい返事だ。なら斬り合え」
「斬り合う前に一つ。攫った相手は返す。英雄なら最低限だろ」
「英雄は“勝って正しい”者のことだ」
「じゃあ俺が勝って正しくなる」
曹操の槍が俺の喉元を狙う。直撃したら概念ごと持っていかれる感触。俺は胸の装甲を強め、斜めに受ける。受けた瞬間だけ膝下の装甲で踏ん張り、反動で一歩“滑らせる”ように離脱した。闇が甘い声で「全部出せ」と囁く。黙れ。今はまだ、俺が舵を握る。
「青子、射線、くれ」
「了解。背中は撃たない。前だけ詰めて」
「助かる」
「礼は後で。まず生きて」
乾いた破裂音が三つ。青子のスナップ――一工程の魔弾が霧を貫き、曹操の槍の軌道をわずかに捻じ曲げた。槍の穂先が逸れ、俺の装甲を抉るだけで済む。青子の強さは威力じゃない、速度だ。間に合ってはいけない瞬間に、いつも間に合わせてくる。
「援護がいるか。なら先に折る」
「折れるのはそっちだ、ジャンヌ」
「私は正義を折らない。折るのは罪だ」
「罪だと言うなら見ろ。子供が泣いてる」
「泣く子がいるからこそ裁く。あなたの闇は未来で燃える」
「未来を勝手に決めるな」
ジャンヌの気配が一歩前へ出た瞬間、霧が不自然に“整った”。ゲオルクが空間を弄った。足元が一瞬だけ凹む。踏み外しを誘う罠だ。俺は踏み込みを途中で止め、膝下の装甲を増やして重心を落とす。霧が足首を掴もうとするのを、装甲で噛み潰す感触があった。
「空間、沈めた。動くと落ちるよ」
「親切だな、ゲオルク」
「観測だ。君がどう落ちるか、興味がある」
「落ちない。俺は前に出る」
「なら、落ちないための代償を払え」
「代償はお前らが払う」
青子の魔力が切り替わる気配。空気が一瞬で乾き、霧が赤く縁取られた。
「ドロウ、撃つ。耳塞がないで、熱が走る」
「上等。抜け道を作れ」
「任せて」
ドロウ――二工程。刻印起動と簡略化詠唱の大砲が霧を裂き、空間の凹みを熱で輪郭ごと溶かした。視界が一瞬だけ開け、英雄派の輪郭が露わになる。曹操の冷たい目、ジャンヌの断罪の目、ジークフリートの剣の目。どれも「正しい」と言い切る顔だ。
「太郎、右。槍、来る」
「見えてる。ありがとう」
「礼はいい。次、フォース・トゥ・フォースも切れる」
「切るな。温度が洒落にならん」
「三千度くらい。大丈夫、大丈夫」
「その“くらい”が一番怖い」
曹操の槍が再び伸びる。俺は肩の装甲で触れて角度を殺し、刀で刃筋を逸らす。逸らした瞬間、ジークフリートが斬り込む。俺は受けずに“入る”。相手が斬り終える前に懐へ踏み込み、刀を横薙ぎに振る。ジークフリートが受けた刃の腹を滑り台にして切先を押し込み、さらに手首を返して角度を変える。相手の「受ける」を利用して、受けた場所の奥を突く。
「やるな。だが、足が止まる」
「止まらない。止めたいなら、八坂を返せ」
「返さない。勝者が正義だからだ」
「なら勝つ」
「勝てば君の正義が生まれる。負ければ君の闇が証明される」
「都合が良すぎる」
「正義とはそういうものだ」
「違う。正義は“守る”ために使うものだ」
背後で青子の息が一段深くなる。回路が加速し、魔力が圧縮される気配が皮膚に刺さった。
「フォース・トゥ・フォース。加工して撃つ。校舎吹っ飛ぶ規格だけど、面で逃がす」
「面で逃がせるなら撃て。霧を焼け」
「了解。三、二、一――」
熱が走り、霧が爆ぜた。火炎温度三千度の魔力塊を刻印で加工した一撃が、霧の“幕”そのものを裂いて蒸発させる。視界が開けた一瞬、九重の顔が見えた。泣くのを堪えて、俺を見ている。その目が「母さま」と言っている。
「九重、下がってろ。必ず連れ戻す」
「……うん! 太郎、負けないで!」
「負けない。約束する」
闇が喉元までせり上がる。全身装甲を呼べば、もっと速く、もっと強くなれる。だが同時に、俺が俺じゃなくなる危険も増える。だから今は、この速度と、この刃で足りると証明する。英雄派が正しさで殴るなら、俺は被害を最小限にするために“前で受けて、前で潰す”。青子の援護が背中を守り、俺の一歩を加速させる。
「曹操。最後に言う。八坂を返せ」
「拒否する。秩序に参加しろ」
「参加しない。奪い返す」
「なら来い。英雄が君を測る」
「測られるのは、お前らの正義だ」
俺は踏み込んだ。霧の残骸を蹴散らし、刀を低く、速く、正確に走らせる。青子の魔弾が間を縫い、英雄派の動線を切り刻む。戦いは、ここからが本番だ。
霧の幕が焼け落ち、視界が一瞬だけ開けた。だが次の瞬間には、ゲオルクが霧の残骸を縫い直すように空間を撫で、白い層がまた薄く広がる。俺は刀を構えたまま踏み込みを止めない。胸と左腕、膝下だけの装甲がきしみ、エンペラの血が熱を上げる。全身を呼べば勝てる確率は跳ね上がる。だが同時に、俺が俺じゃなくなる確率も跳ね上がる。だから“今の俺”で勝ち筋を作る。青子の援護がある以上、必要なのは派手さじゃない。主導権だ。
「曹操、もう一回だけ言う。八坂を返せ」
「拒否する。鍵は我々が持つ」
「じゃあ鍵ごと折る」
「折れるなら折れ。だが京都も折れるぞ」
「脅しに京都を使うな」
「現実だ。君は現実に勝てるか?」
「勝つ。被害を最小にしてな」
曹操の槍が一直線に伸びる。俺は左腕の装甲で触れて角度を殺し、刀の峰で“押し戻す”ように逸らす。逸らした瞬間にジークフリートが斬り込む。俺は受けずに踏み込み、相手の剣が振り切れる前に懐へ入って刀を横薙ぎ。ジークフリートが受けた刃の腹を滑り台にして切先を押し込み、手首を返して刃筋を変える。相手が「防いだ」と思ったところに「まだ来る」を叩き込む。
「いい。だが、君は守りに寄る」
「守るために攻めてる」
「その矛盾が折れる」
「折れない。折るのはお前らの方だ」
「根拠は?」
「背後だ、ジーク。青子の射線を読めてない」
「何?」
乾いた破裂音が二つ、スナップ。霧を貫く魔弾がジークフリートの足元を撃ち、踏み込みの起点を潰した。次にドロウ。刻印起動の大砲が、俺と曹操の間に生まれかけた“槍の軌道”を焼いて折り曲げる。青子の弾は威力だけじゃない。速さで戦局を切る。
「青子、右。ゲオルクの指が動いた」
「見てる。空間の凹み、潰す」
「派手なのは要らない、穴だけ塞げ」
「わかってる。私、燃費いいから」
「自慢するところが違う」
「自慢じゃない、事実」
ゲオルクが指を弾き、足元が沈む。俺は膝下装甲を増やして重心を落とし、沈みの縁を踏み潰して止まる。そこへ青子の魔弾が連続で走り、凹みの輪郭が熱で崩れた。罠が罠として成立しない。英雄派の“盤面”が、少しずつ狂っていくのが分かった。
「ゲオルク。霧が乱れている。制御しろ」
「制御はしている。だが誤差が増えた」
「誤差?」
「太郎の速度と、青子の弾速が噛み合いすぎている」
「褒めてる場合じゃない」
「褒めていない。嫌な事実だ」
ジャンヌが前へ出た。白い鎧が霧を押し返し、裁判官の目で俺を射抜く。
「あなたは危険です。今ここで止めます」
「止めるのは八坂を攫った側だ」
「攫っていない。保護拘束です」
「その言葉が一番汚い」
「汚いのは結果です。あなたが暴走すれば京都が燃える」
「燃やすのはお前らだ」
「なら証明しなさい。あなたが闇に飲まれないと」
「証明してる。今、飲まれてない」
「今、は未来の保証にならない」
「未来を勝手に決めるな」
ジャンヌの斬撃が来る。俺は刀で受けず、左腕装甲で“押し返す”。受けるんじゃない、主導権を奪うために弾く。刃が装甲を削り、闇が喉元で吠える。全部出せ、と。俺は歯を食いしばり、刀の切先をジャンヌの胸元へ突き込む寸前で止めた。止めるのは甘さじゃない。九重が背中にいる。京都が背後にある。ここで暴走に寄ったら、英雄派の正当化が完成する。
「ジャンヌ。お前の正義は、誰のためだ」
「秩序のため」
「秩序って言えば、何でも許されるのか」
「許されるのではない。責任を取る」
「責任って言葉で他人を泣かせるな」
「……」
「黙るな。黙って裁くな」
その瞬間、青子の声が鋭く割って入る。
「曹操、後ろ。槍の起点、私が焼く」
「焼けるなら焼いてみろ」
「言われなくても」
フォース・トゥ・フォース。圧縮した魔力塊を刻印で加工し、狙いを線に変えて撃つ。熱が走り、霧が裂け、曹操の槍の“踏み込み位置”が焼けて崩れる。彼の槍が一瞬だけ鈍る。その一瞬で十分だった。俺は刀を低く走らせ、槍の間合いの内側へ滑り込み、胸の装甲で穂先を逸らしながら切先を曹操の喉元へ置いた。
「……ここまでだ。次は本気で斬る」
「君は斬らない。九重がいる」
「いるから斬るんだ。終わらせるために」
「終わらせ方が下手だ」
「下手でも終わればいい」
曹操の瞳が細くなる。怒りじゃない。計算だ。ここで続ければ、俺が全身装甲を呼ぶ前に、英雄派の側が削り切られる。青子の弾が盤面を崩し、俺の速度が前線を押し込む。京都の結界に悪影響を残す前に撤退する方が合理的。そう判断した目だ。
「ゲオルク。撤収だ」
「了解。霧、収束させる」
「ジークフリート、下がれ」
「……チッ。まだ測り足りない」
「ジャンヌ。今は退く」
「……正義は退かない」
「正義ではなく戦術だ」
「……了解」
「太郎」
曹操がこちらを見たまま言う。
「今回は君の勝ちにしてやる」
「負けを認めるなら、八坂を置いていけ」
「鍵は渡さない」
「なら、次は逃がさない」
「次がある前提か。いい」
霧が急に厚くなり、世界が布で包まれるみたいに鈍る。ゲオルクが境界を縫い閉じる。青子が一工程の魔弾を連続で撃ち、撤退路の“継ぎ目”だけを狙って揺らす。
「逃がすな、青子!」
「逃がさないと京都が裂ける。今は追わない」
「……くそ」
「太郎。勝ったなら、勝ちの取り方を選んで」
「……分かった。八坂を最優先だ」
霧が引く頃には、英雄派の気配は消えていた。残ったのは、焦げた空気と、縫い付けられたままの封の気配――そして、九重の小さな呼吸だけだ。俺は刀を下げ、背中越しに九重の手を包み込む。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア