サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
扉が閉じたあとも、俺の胸の奥はしばらく熱を持ったままだった。封の棘は削いだのに、削いだ手応えの残滓みたいなものが血管の内側にへばりついて、呼吸のたびに「次は全部纏え」と耳元で囁く。英雄派は撤退したんじゃない、誘導したのだ――その理解が腹の底で固まるほど、逆に油断が消える。油断が消えた分だけ、闇の声がよく聞こえる。聞こえるからこそ、次は手順で勝つしかない。力で勝てば、英雄派の台本に沿って俺が怪物になって終わる。
「太郎、座って。いまのままだと次に扉を開けた瞬間、共鳴が増える」
「分かってる。……だから準備だ。暴走しないための準備」
「準備の方向性は二つ。扉を安定化する縫い止めと、あなたの闇を引っ張る線を遮断する縫い止め。前者だけだと、扉は開くけどあなたが引っ張られる。後者だけだと、あなたは安全でも八坂さんに届かない。両方いる」
「両方、できるのか」
「できる“可能性”はある。断言はしない。京都の結界は層が多いから、縫いしろも多い。逆に言えば、縫い間違えると層ごと裂ける」
青子の言い方は冷静で、その冷静さがそのまま危険度を示していた。俺は刀を鞘に戻し、部分展開していた装甲をさらに押し込む。完全に消すと今度は“戻り”が怖いから、胸の内側に薄く残す程度で留める。闇を封じるんじゃない、座らせる。王様になるなら、まず自分の中の皇帝を椅子に縛る必要がある。
「九重、さっきの回廊の匂い、覚えてるか」
「うん。覚えてる。母さまの匂い、すごく近かった。でも、こわかった」
「怖いのは正しい。だから、次は怖くない形にする。青子、九重の匂いを“署名”にできるか」
「九尾の血の署名は強い。ただ、本人が小さい。無理はさせたくない。代わりに“匂い”を座標にする。匂いを縫い糸の先端に結ぶ感じ。九重ちゃんは嗅いで指さすだけ。署名は私が刻む」
「じゃあ九重の役割は、方向と確認だけだな」
「うん。太郎、私が縫ってる間、あなたは前に出て。英雄派の残り香、絶対ある。妨害が来る」
その「絶対」は、青子にしては珍しい断定だった。つまり、断定できるほど分かりやすく仕込まれている。英雄派は討伐劇をやりたい。討伐劇には、暴走の証拠と、暴走を誘う環境と、止める英雄が要る。環境はもう用意されている。なら次は、俺たちの準備そのものを妨害して、手順を崩させるのが早い。
「やることは?」
「まずスナップで“共鳴線”を全部浮かせる。次に縫い止めの刻印を増やす。縫い目を一点固定から多点固定へ変える。最後にドロウで流量制限、圧差を細くして、あなたの体内に流れ込まないようにする」
「圧差が流れ込むと、俺が引っ張られて暴走しかける、だったな」
「そう。あなたの闇は“空白”に反応する。位相の欠落、圧差、隙間。そこに入りたがる。入ったら戻りにくい。だから、隙間を縫って小さくする」
「縫えば縫うほど、英雄派は焦るな」
「焦る、というより困る。彼らはあなたが暴走するのを“正義の材料”にしたい。材料が消えると、ただの誘拐犯に落ちる」
その言葉が妙に腹に落ちた。正義の名札を剥がされた途端、英雄派の精神性はただの暴力になる。暴力は暴力で厄介だが、少なくとも“正しさ”を盾にされるより戦いやすい。
「九重、ここから先は俺の背中から離れるな。青子の近くにも行くな。射線と刻印の邪魔になる」
「うん。太郎の背中、つかむ」
「強くつかめ。俺が変な方に行きそうになったら引っ張れ」
「……うん!」
俺たちは封のあった地点から少し離れ、結界の“縫い目が薄い場所”へ移動した。青子が選んだのは、路地の曲がり角みたいな場所だ。誰もいないのに、空気の流れが一瞬だけ途切れる。そこが層の境目だと、青子は言った。俺は言われなくても分かった。胸の奥の闇が、そこへ向かって舌なめずりしている。
「太郎、前。動く影が出たら切って。私は縫う」
「了解。来たら切る。来なくても切りたいくらいだ」
「切りたいのは分かるけど、今日は我慢」
青子が指先を上げ、乾いた破裂音を刻む。スナップ。影を撃つ。空間の投影が弾け、見えない線が一斉に浮かび上がった。朱い糸に似た線、黒い棘の残滓に似た線、それとは別に、俺の胸から伸びるみたいに見える線。嫌な線がある。英雄派が残した共鳴の導線だ。俺を扉へ引っ張り、扉の圧差を俺へ流し込み、暴走の一歩手前へ落とすための線。
「見える? 太郎。あなたから扉へ向かう線が太い。これが誘導」
「見える。……俺が餌だって言ってるようなもんだな」
「餌じゃない。標的。だから、縫う」
青子は刻印を起動し、縫い目に沿って針を通すみたいに魔力を走らせた。縫い止めは一箇所じゃ足りない。多点固定。結界の縫い目を何度も留め、圧差の逃げ道を潰し、流量を細くする。作業は地味なのに、地味なほど怖い。地味なミスが京都を裂く。
その時、路地の向こうで空気が一瞬だけ冷えた。視線が滑る感覚。英雄派の観測だ。姿はない。だが“見られている”という事実だけが、こちらの神経を擦ってくる。俺は刀の柄に手を置き、足音のない場所へ足音を置くように一歩踏み出した。最前線は俺だ。俺が揺れたら、青子の針が狂う。
「青子、視線。来てる」
「うん。だから急ぐ。太郎、あなたは急がないで。急いだら線が太くなる」
「……皮肉だな。急ぐなって言われるほど急ぎたくなる」
「人間の欠点。王様なら直して」
「努力する」
九重の手が背中でぎゅっと握られた。小さいのに、やけに重い。重いから、俺は真っ直ぐ立てる。英雄派が望むのは、俺が重さに耐えきれずに闇へ落ちることだ。なら俺は、重さを足場にする。
「ドロウ、流量制限。……縫い止め、追加。太郎、あなたの線、細くなってきた」
「いい。もっと細くしてくれ。俺が通れないくらい細くしてもいい」
「それだと八坂さんも通れない。目的忘れないで」
「忘れてない。忘れられない」
青子の最後の一手は、派手じゃなかった。熱をぶち上げて焼くのではなく、熱を点にして打ち込み、圧差の流れだけを痩せさせる。縫い止めが締まり、路地の空気が少し重くなった。重いのは、層が安定した証拠だ。俺の胸の奥の熱も、さっきより一段引いた。闇の声が完全に消えたわけじゃない。だが、声が椅子に座ったままになった。
「これで、次に扉を開けても、あなたが吸われにくくなる。ゼロにはできない。あなたの血が“反応する”以上、完全遮断は難しい」
「十分だ。ゼロじゃなくていい。俺が制御できる範囲に落ちればいい」
「その言い方、王様っぽい」
「褒めてるのか」
「半分。もう半分は警告。制御できる範囲を見誤ったら終わる」
「分かってる。だから、次は俺の手順で行く」
視線の冷えが少しだけ弱まった。英雄派が困ったのだと分かる。困るなら、次は動く。動くなら、俺たちはそれを前提に動く。準備回は終わりじゃない。準備回は、相手に「準備が終わった」と知らせる合図にもなる。
「九重、もう一回だけ匂いを教えてくれ。次に扉を開ける時のために」
「……うん。こっち。母さま、こっち。さっきより……少しだけ、遠い気がする」
「遠い?」
「ううん、遠いっていうより……動いた、みたい」
青子が目を細めた。
「動いた可能性はある。英雄派が“舞台”を移すかもしれない。討伐劇に都合のいい場所へ」
「つまり、こっちが準備したら、向こうも準備する」
「そういうこと」
俺は刀を抜かずに、柄を軽く叩いた。戦う準備じゃない。手順を守る準備だ。英雄派の台本に乗らないための準備だ。
「次は突入じゃない。突入のための“もう一つの縫い方”を作る。八坂を連れ帰るための縫い方だ。青子、できるか」
「できる可能性はある。条件は揃ってきた。あなたが暴走しないことが最大条件」
「なら条件は俺が守る。英雄派の証明にされるくらいなら、俺が俺を証明する」
九重が背中で小さく頷いた。その小さな動きが、俺には宣誓みたいに重かった。青子が静かに息を吐く。縫い止めは完成したわけじゃないが、次に進むための下地はできた。英雄派が欲しがる“怪物の証拠”を減らし、俺たちの手順を増やす。水平思考で言えば、勝つ方法は「強くなる」だけじゃない。「強く見えないまま勝つ」もある。英雄派の英雄証明を壊すなら、むしろそっちの方が効く。
「太郎、次は情報が要る。八坂さんの正確な位相。匂いだけだと道に迷う」
「情報、か。……じゃあ、次に頼るのは妖怪の知恵だな」
「うん。京都の結界は京都の住人が一番詳しい。あなたが王なら、頭を下げられる?」
「下げるさ。必要なら何度でも。救うためならな」
英雄派がどこかで笑っている気がした。笑わせておけばいい。俺は笑われても、九重を泣かせない方を選ぶ。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア