サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
狭間の回廊は、静かすぎて逆にうるさい。音が吸われるせいで、自分の鼓動と、背中の九重の呼吸と、俺の中の闇の囁きだけが際立つ。位相コンパスは掌の中で熱を持ったり冷えたりして、まるで「正解」と「罠」を交互に示しているみたいだった。正面の扉を捨てて別ルートに賭けたのに、ここに来てもなお“誘導の気配”が消えないのは、英雄派が律儀なのか執念深いのか、その両方なのか。
「太郎、止まって。ここ、線が変」
「変って、どっちの変だ」
「嫌な方。太い線が、わざと見えるように置いてある」
青子の声に合わせて俺が歩幅を殺すと、空間の冷えが一段増した。回廊の壁面に、薄い金属片みたいなものが点々と貼り付いている。鏡にしては鈍い、札にしては硬い。あれが“反射板”だと直感した瞬間、胸の奥が甘く熱くなった。エンペラの血が、あれを「同族」だと誤認しようとしている。誤認した瞬間に、俺は引っ張られる。
「九重、背中から離れるな。目は開けて、匂いは見ろ」
「うん……太郎、ここ、いやなにおい。母さまじゃない」
「英雄派の手癖だ」
俺が吐き捨てると、青子が指先を銃口みたいに立てた。
「スナップ、影を叩く。見えるようにするだけ。太郎、切らないで。切ると喜ぶ」
「闇が?」
「闇と、見てる奴ら」
乾いた破裂音が二つ三つ、回廊の表皮を叩いた。影が弾けて、壁面に貼り付いた金属片から細い線が立ち上がる。線は回廊の奥へ伸びるんじゃない。伸びる先は――俺の胸だ。正確には、俺の胸の内側に薄く残している装甲の“縁”へ吸い付いている。
「……最悪だな」
「最悪にしては丁寧。太郎、これ、あなたの闇反応を“写す”装置だよ」
「写す?」
「あなたがここで暴走しかけた瞬間の反応を、京都側にも投影できるようにしてる。言い換えると、あなたが暴れてないのに暴れた“記録”を作れる。討伐の名分を、先に用意してる」
胃の底が冷えた。英雄派がやりたいのは戦いじゃない。戦いの結果で「自分たちは正しかった」と言える舞台作りだ。だから撤退した。だから誘導した。だからこんな“証拠の仕込み”を置く。俺を怪物にして殺すための、保険であり、脚本であり、観客席への配慮だ。
「壊すか」
「壊す、じゃない。外す。京都に傷を残さないで、署名だけ剥がす」
「青子、できるか」
「できる可能性は高い。けど、ここでミスると、あなたが引っ張られる。九重ちゃん、太郎の背中、強く」
「うん! ぎゅっ!」
九重の手が強く服を掴んだ。小さいのに、妙に頼もしい重さが背骨に乗る。その重さを足場にして、俺は深呼吸を一つ。闇が「全部纏え」と囁く前に、呼吸で囁きを薄める。王様なら、まず自分の中の皇帝を黙らせろ。黙らせられないなら、せめて椅子に縛れ。
「太郎、私がドロウで“反射板の流れ”を細くする。その一拍で、あなたは刀じゃなくて、手で剥がして。切ると反応が跳ねる」
「分かった。剥がす」
「近づくな、じゃなくて、近づき方を間違えるな」
「心得た」
青子がドロウを放つ。熱は派手じゃない。点で刺すように流れだけを痩せさせ、圧差の漏れを絞る。反射板の線が細くなった一拍で、俺は装甲の縁をこれ以上増やさないよう踏ん張り、指先で金属片の端を掴んだ。剥がした瞬間、胸の奥が一度だけ強く引かれる。引かれたが、引かれきらない。九重が背中を引き戻す。青子が縫い止めで継ぎ目を締める。俺が呼吸で闇を押し込む。三つ揃うと、闇は王様になれない。
「……よし、取れた」
「全部で八枚。あと七枚。テンポ落とさないで。見てる奴が苛立つ」
「苛立てば動く」
「動いた瞬間に、こっちが主導権を取る」
俺たちは同じ手順を繰り返して、反射板を剥がし切った。最後の一枚が外れた瞬間、回廊の冷えが少しだけ薄くなった。俺の胸の熱も、嫌な甘さが引いた。青子が息を吐き、指先で小さく刻印を結ぶ。
「これで“捏造の回路”は切れた。代わりに、英雄派の署名が残る。後で証拠にできる」
「英雄派が英雄になれなくなる証拠、ってやつか」
「少なくとも、彼らの台本を汚せる」
その言葉がやけに頼もしく聞こえたのは、俺が正義の言い合いに疲れているからだろう。正義は主張じゃなくて、手順で潰せる。英雄派が証明したいなら、証明の前提を壊せばいい。倒すより先に、勝ち方を奪う。
反射板の仕込みを潰した直後、九重が急に顔を上げた。鼻先がひくひく動き、尻尾が固くなる。
「……母さまの匂い、強い! こっち! すぐそこ!」
位相コンパスが、今度は迷わず同じ方向へ熱を寄せた。矢印が一つに収束する。回廊の先に、薄い膜みたいなものが見える。壁の継ぎ目ではなく、空間そのものが“結ばれている”感触。狐火の色に近い、淡い金の揺らぎが縁に残っていた。
「八坂の署名だな」
「うん。強い。だけど……拘束されてる線も混じってる。ここから先は、救出の手順を一つ間違えると、あなたが引っ張られる」
「分かってる。だから、ここまで準備した」
「準備した分だけ、勝ちに近い。太郎、手を出す前に、九重ちゃん、ひと呼吸」
「……すぅ、はぁ……」
九重が真似するように呼吸を整える。その小さな動作が、妙に儀式みたいに見えた。青子が低く言う。
「触れるなら、あなたじゃなくて私。私は闇に反応しない。太郎は見て、動かない。九重ちゃんは匂いの濃い場所を指して」
「了解。俺は動かない。……動かないのが一番難しいけどな」
「難しい方を選べるのが、王様っぽい」
青子が膜へ指先を近づけ、スナップを一発、音を殺して撃った。影が弾け、膜の内側に“輪郭”が浮く。そこに、狐の耳と尻尾の形をした結び目が見えた。八坂の結界署名が、最後の最後で自分の位置を「家族にだけ分かる形」で残している。罠の匂いに紛れても、九重なら嗅ぎ当てられるように。
「……母さま、ここ。ここに、いる」
「よし。位置は掴んだ」
その瞬間、どこか遠くで空間がきしんだ。冷えた視線が、さっきより近い。英雄派が困ったのだと分かる。証拠の捏造が潰れ、こちらが八坂の“正しい痕跡”を掴んだ。なら次は、討伐劇のための強引な介入が来る。来るなら、ここがクライマックスの入口だ。
「青子、次は戦いになる」
「うん。だから、戦う前に“救う手順”を最後まで決めよう。戦いは邪魔。救出は目的」
「目的は八坂。手段は最小被害。俺は前で受ける」
「私は後ろで縫う。九重ちゃんは、匂いで迷わせない」
「……うん。母さま、助ける」
俺は刀の柄を握り直した。闇が甘く囁く。だが今は、囁きが席を立てない。席を立たせないまま、俺は一歩だけ前へ出た。ここから先は、英雄派の台本じゃない。八坂を取り戻すためのステージだ。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア