※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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クライマックス

 膜の向こうの気配は、近いのに遠い。指先一枚分の距離に母親がいるのに、触れられない。その理不尽さは、九重の小さな背中を震わせるには十分で、同時に俺の中の闇を甘く煽るには十分だった。早く壊せ。早く奪え。早く支配しろ。そういう誘惑は、だいたい「早く」の仮面を被ってやって来る。早いのは正義、みたいな顔をして。だから俺は、わざと一呼吸遅らせた。遅らせた分だけ、青子が縫える。縫える分だけ、俺が暴れずに済む。

 

「青子、拘束線はどこに刺さってる」

 

「三本。膜の縁と、床の縫い目と、回廊の奥。一本ずつ抜く。まとめて抜くと圧差が跳ねて、あなたが引っ張られる」

 

「抜くのは俺か」

 

「あなたは守る役。抜くのは私がやる。九重ちゃんは匂いが一番濃い“核”を指して。そこを避けて線を抜く」

 

「……ここ。ここが母さま。ここがいちばん」

 

 九重の指が震えながらも一点を示す。核の位置が定まると、俺の中の闇がまた一段甘くなる。核に近いほど、闇は自分の席を立ちたがる。英雄派が望むのはそれだ。席を立たせて、歩かせて、走らせて、最後に転ばせる。転んだ瞬間に「ほら怪物だ」と指差して、自分たちが英雄になれる。

 

 空間がきしんだ。さっきの視線とは違う。今度は“到着”の音だ。音がない場所に、音だけがある。回廊の奥の闇が折れ曲がり、そこから白い光が滲んだ。眩しいというより、目を刺す。正義の光は、だいたい刺す。

 

「そこまでだ」

 

 曹操の声は、落ち着きすぎていて腹が立つ。落ち着いているのは、台本を握っている側の余裕だ。

 

「八坂の救出は認めない。君は危険すぎる。ここで止める」

 

「止める、って言葉の便利さに酔ってるな」

 

「便利だから使う。英雄とはそういうものだ」

 

 続いて、裁く目が現れた。ジャンヌ。断罪型の正義は、相手を見ていない。相手の中の「罪」を見ている。罪を見つけた時点で、相手の顔はどうでもよくなる。

 

「あなたは闇に引かれた。今も引かれている。証拠は、あなた自身です」

 

「証拠ならさっき剥がした。お前らの反射板、全部な」

 

 ジャンヌの眉がわずかに動いた。動いたということは、図星だ。

 

「……卑劣な工作を潰した程度で、あなたの危険性は消えません」

 

「卑劣を“程度”で扱うな。程度で済むと思ってるから、正義が腐る」

 

「口先は達者。だからこそ危険」

 

「会話の成立のさせ方が乱暴だな」

 

 ゲオルクが空間に指を滑らせ、床の縫い目が薄く開く。観測窓だ。京都側へ向けた小さな開口。観客席を作るつもりだ、と分かる。ここは狭間で、ここは裏。普通なら誰も見ていない。だから見える穴を作る。英雄の証明には、拍手が必要だから。

 

「青子、窓」

 

「見えてる。縫う」

 

「九重、俺の背中。顔を上げるな」

 

「……う、うん」

 

 俺は一歩前に出た。前に出るのは、攻めるためじゃない。守るためだ。青子が縫っている間、彼女の周囲は薄い。九重が震えている今、彼女の周囲はもっと薄い。薄いところに闇は入りたがる。敵も入りたがる。だから俺が立つ。立つこと自体が盾になるなら、俺は盾になれる。

 

「曹操。お前らの狙いは分かってる。俺を殺して、英雄を名乗る。だがここは観客がいない」

 

「なら作る。英雄は舞台を選ばない」

 

「舞台を作るのは舞台装置係の仕事だ。英雄がやることじゃない」

 

「英雄は何でもやる。正しさのために」

 

 曹操の槍が動いた。速い。だが真っ直ぐすぎる。真っ直ぐな正しさほど読みやすいものはない。俺は左腕の装甲を一段だけ強めて穂先を受け流し、刀で柄を叩いて軌道を逸らす。弾くのではなく、押し戻す。こちらの間合いへ引きずり込まないように、距離を保ったまま押し返す。剣術というより、距離術だ。暴走しないための戦い方は、派手さじゃなくて制御に寄る。

 

「青子、縫いは」

 

「窓、閉じた。次、膜の拘束線に触る。太郎、ジャンヌとジーク、寄せる」

 

「寄せる?」

 

「寄せないと、線を抜く時間が作れない」

 

「了解。寄せて、時間を作る」

 

 ジークフリートが横から斬り込む。重い一撃。俺は受けない。受けたらその重さで闇が喜ぶ。俺は膝下装甲で床を踏み、半歩だけ後ろへずらして斬撃を空振りさせ、空振りした剣の腹へ刀の峰を当てて“押し返す”。剣を折らない。押し返して、彼の勢いだけを奪う。勢いを奪えば、正義は一瞬だけ止まる。止まった一瞬に、青子が縫える。

 

「あなた、逃げるだけで勝てると思っているのですか!」

 

 ジャンヌが踏み込む。言葉が怒りで尖っている。断罪の正義は、相手が逃げると焦る。焦ると声が大きくなる。声が大きくなると、観客席が欲しくなる。

 

「逃げじゃない。被害最小だ」

 

「被害最小? あなたが暴走すれば被害は最大です!」

 

「最大にしたがってるのはどっちだ。観客席まで作って」

 

「それは、正しさの証明で――」

 

「証明したい時点で正しさじゃない。自己満足だ」

 

 ジャンヌの刃が来る。俺は左腕装甲で受け、受けた衝撃を胸の内側の装甲で受け止める。全身には回さない。回した瞬間、闇が立ち上がるからだ。ギリギリで受け、ギリギリで返す。刀の切先で彼女の剣の根元を叩き、手首の角度を狂わせる。狂った角度は、断罪の角度でもある。断罪は、角度が狂うと一瞬だけ迷う。

 

「青子、今だ!」

 

「線、一本抜いた。二本目、行く」

 

 青子のスナップが一発。膜の縁がきらりと揺れ、拘束線の一本が細くなる。そこへ彼女の指先が触れ、刻印がほどけるように抜ける。抜けた瞬間、九重の匂いがさらに濃くなる。八坂に近づいた。近づくほど、闇は甘くなる。甘くなるほど、英雄派は嬉しくなる。だから俺は、嬉しくさせないために不器用な勝ち方を選ぶ。

 

「太郎、二本目、抜けた。三本目は奥。あれは敵の背後に刺さってる」

 

「奥か……曹操、お前らが守ってる“奥”は、八坂じゃなくて台本だろ」

 

「台本? 面白い言い方だ。だが台本の通りに動いているのは君だ。八坂を救いたい。だから進む。進めば闇が立つ。立てば討伐できる」

 

「討伐したいから進ませる。救いたいから止まれない。……最悪の相性だな」

 

「だから終わらせる。英雄として」

 

 曹操が槍を構え直す。ゲオルクが空間の縫い目を撫で、また小さな観測窓を作ろうとする。英雄派は「見られる形」を諦めていない。なら、こちらは「見られる形」を先に潰す。青子は縫い止めで窓を潰せるが、同時に八坂の拘束線も抜かなければならない。二つの手を一つの手でやるには、時間が足りない。足りないなら、時間を作る。時間を作るのは前衛の仕事だ。

 

「青子、三本目は俺が取る。お前は窓を潰せ」

 

「太郎、奥に行くと闇が――」

 

「分かってる。だから、行って戻る。九重、背中、離すな。俺が前に倒れたら引き戻せ」

 

「うん! ひっぱる!」

 

「いい子だ」

 

 俺は踏み込んだ。踏み込む方向は奥ではない。曹操の槍の内側へだ。槍は長い。長いから外から見ると強い。だが内側は短い。内側へ入れば、正しさの距離が崩れる。俺は左腕の装甲で穂先を逸らし、刀の腹で柄を押し戻して体勢を崩し、その隙に床の縫い目へ視線を落とした。三本目の拘束線は、回廊の奥へ刺さっているようで、実際は床の縫い目の“影”に刺さっている。見えないところに刺して、外からは切れないようにする。そういう小賢しさは、正義と相性がいい。

 

「そこだ」

 

 俺は刀を振り下ろさず、切先で“縫い目の影”を突いた。刺すのではなく、引っ掛ける。引っ掛けて、手首でひねる。縫い糸をほどくみたいに、拘束線の結び目をずらす。闇が甘く叫ぶ。全部纏って破れ、と。だが俺は破らない。ほどく。ほどく戦い方は地味だが、地味な方が英雄派は困る。怪物の絵面が作れないからだ。

 

「太郎! 窓、全部縫った。戻って!」

 

「戻る!」

 

 九重の手が背中を引いた。引かれた勢いで俺は半歩戻り、同時に拘束線が“ぷつり”と切れた。膜の縁が金色に震え、狐の香りが一気に溢れる。八坂は、もうすぐそこだ。距離が消える前兆がある。救出の手順が、戦闘の手順に追いつき始めた。

 

「……なるほど」

 

 曹操が小さく笑った。笑いは余裕の笑いではない。想定外を見た笑いだ。

 

「君は暴走しない方向で勝ち筋を作った。面倒だ」

 

「面倒で結構。面倒な手順の方が、正しさより信用できる」

 

「なら、こちらも面倒を増やす。英雄は面倒を恐れない」

 

 ゲオルクの指が、今度は膜の縁へ伸びた。縫い目を裂く指だ。裂かれたら八坂がさらに奥へ落ちるか、圧差が跳ねて俺が引っ張られるか、その両方が起きる。英雄派は救出そのものを邪魔する。救出が遅れれば、焦りが増える。焦りが増えれば、闇が立つ。立てば討伐できる。因果が美しすぎて反吐が出る。

 

「青子、膜は守れるか!」

 

「守れる。けど私一人だと限界がある! 太郎、前を止めて!」

 

「止める!」

 

 俺は刀を構え直し、左腕の装甲をもう一段だけ強めた。強めすぎない。強めると闇が立つ。だが強めなければ九重が危ない。守るべき優先順位は決まっている。八坂、九重、京都。その順で守る。その順で守れない勝利は、英雄派に渡す勝利だ。

 

「曹操、ジャンヌ、ジークフリート。ここから先は“討伐劇”じゃない。救出戦だ。邪魔するなら、邪魔を折る」

 

「折れるなら折れ。だが君が折れる」

 

「折れない。俺は椅子から立たない」

 

 闇が笑った。笑わせておけ。笑い声がしている間は、少なくとも俺はまだ俺だ。俺は一歩踏み込み、英雄派の前線を押し返しながら、青子の背後に膜を守る空間を作った。クライマックスはもう目の前だ。英雄派が欲しがる“怪物の瞬間”と、九重が欲しがる“母の帰還”。そのどちらを現実にするかは、俺の力じゃない。俺の手順だ。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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