サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
英雄派が「正しい顔」で立っているだけで、この狭間は勝手に舞台になる。観客のいない場所ほど、正しさは自分の反響音で肥大する。あいつらが欲しいのは勝利じゃない。勝利の“説明”だ。だから時間を稼ぐ。俺が疲れて、アーマード・ダークネスに引きずられて、暴走という都合のいい証拠を落とすまで――そんな脚本を、最初から握っている。
腹が立つ。だが、腹を立てた瞬間に負ける。怒りは闇の燃料で、闇は鎧の足で、鎧は俺の意識の椅子を蹴飛ばして立ち上がろうとする。破壊衝動は、いつも唐突に来る。理屈じゃない。呼吸の隙間、視線の陰、相手の言葉の間。そこに「壊せ」が差し込まれる。差し込まれるたびに俺は噛みしめる。噛みしめるほど歯が軋む。軋むほど、闇が笑う。
けれど、以前とは違う。以前なら、一度差し込まれた衝動は、すぐに鎧の増殖へ繋がっていた。纏えば楽になる。楽になる代わりに、俺が俺でなくなる。そういう一本道だった。今は違う。衝動が来ても、すぐに全身へ飛び火しない。火種は火種のまま、胸の奥で燻るだけで済む時間が伸びた。伸びた時間の分だけ、俺は選べる。選べるなら、救える。
「太郎、目的。もう一回」
青子の声が背中越しに届く。彼女は縫い止めを続けている。動けない時間がある。だからこそ声で釘を打つ。九重の小さな手が服を掴んでいる。震えているのに、離れない。背中のその重さが、俺の中の闇に鎖を掛ける。
「八坂の救出。戦いは、邪魔をどかすだけだ」
「うん……母さま、ここ。匂い、いちばんここ」
九重が指した膜の向こうは、淡い金の残光が揺れていた。八坂が残した“家族だけに分かる署名”。あそこが核だ。核を守る。核へ辿り着く。核を開ける。核から引き戻す。その間に英雄派が割り込む。なら割り込ませない。倒して黙らせるのは派手だが、派手は観客を呼ぶ。観客が生まれたら英雄派は輝く。輝いた英雄派は目的より物語を優先する。目的より物語を優先する相手ほど厄介なものはない。
だから俺は、アーマード・ダークネスを“強くする”方向を捨てた。強くなるほど制御が難しくなり、制御が難しいほど燃費が悪くなり、燃費が悪いほど時間稼ぎに弱くなる。この空間は鎧の出力を無理やり引き出してくる。引き出されるほど俺の意識が削られる。削られた先で英雄派は「ほら怪物だ」と言える。言わせないためには、出力を絞るのではなく、出力の出方を変えるしかない。パワーアップじゃない。運用の最適化。総合戦闘力は落ちる。その代わり扱いやすくする。扱いやすくして、救出の手順を守り切る。
鎧の縁が、いつもの棘々しい増殖をやめた。余計な威圧も無駄な凶暴性も削げ落ちていく。残るのは禍々しさの名残だ。白い骨の意匠が割れた半面のように頬へ沿い、口元の裂け目だけが不穏に残る。ヒーローの清潔な輪郭にはならない。悪役の重厚な威圧にも寄り切らない。その中間。禍々しさを残したまま、使い道だけを決めた形だ。
それでも衝動は来る。「貫け」「潰せ」「奪え」。槍の衝動が喉元までせり上がる。喉元までせり上がって、そこで止まる。止まっている時間が伸びたのが、今の形態の一番の価値だ。俺はその時間で、衝動に名前を付ける。怒り。焦り。恐怖。名前を付ければ、衝動は“命令”から“感情”に落ちる。感情なら、握り潰せる。握り潰した分だけ、刀を握れる。
曹操の槍が動く。刺しに来ない。俺を傷つけるのではなく、俺の時間を削る動きだ。近づかせない、踏み込ませる、疲れさせる。分かっている。分かっているから付き合わない。敵の土俵に乗らない。俺がやるべきことは槍と遊ぶことじゃない。膜と九重の前を守り、青子の縫いの時間を作ることだ。だがエンペラの直感が冷たく告げる。削れている。さっきより確実に。装甲の反応がほんの一拍遅れたのも、息が一段深くなったのも、全部“残量”の減り方だ。
直感は、便利な未来予知じゃない。破壊衝動の脈に乗って、ただの現実として刺してくる。今ここで、衝動が何度も湧いているという事実。それ自体が「制限時間が減っている」証拠だ。衝動が湧く回数が多いほど、俺は鎧を押さえる回数が増える。押さえる回数が増えるほど燃費が悪くなる。燃費が悪くなるほど、次の衝動がもっと鋭くなる。循環はまだある。完全には断ち切れていない。だが、断ち切れていないからこそ、伸びた“猶予”がありがたい。猶予がある限り、俺は壊さずに済む。
「太郎、短く。勝ちに行かないで、通す」
「分かってる。通すために、折る」
俺は踏み込んだ。狭間の慣性は狂う。だから普通なら踏み込みは博打になる。だが今の鎧は膝下の装甲が角度を微修正し、滑る床を“滑らない場所”へ変えてくれる。ズレに抗うのではなく、ズレに合わせる。合わせた一歩で槍の内側へ入る。長い槍ほど内側は短い。そこに入った瞬間、曹操は距離支配を失う。失えば隊列が乱れる。乱れれば膜へ割り込む余裕が減る。それでいい。倒す必要はない。割り込ませなければいい。
刀を振る。狙うのは体ではなく軌道だ。槍の柄を叩き、射線を折り、足運びを崩し、呼吸を乱す。乱した呼吸は味方の連携へ伝染する。英雄派は個が強い。だからこそ連携のテンポが命だ。テンポが乱れたら美しい物語を維持できない。美しい物語が崩れれば討伐劇は成立しない。
討伐劇が成立しないと悟った瞬間、敵は合理的に変わる。そこが怖い。正義の顔を捨てた敵は、むしろ手段を選ばないからだ。
「……討伐は後回しだ。八坂を消す」
曹操が言い捨てた瞬間、破壊衝動がまた湧いた。今すぐ追って叩き潰せ、と。俺は一拍遅れてそれを握り潰す。一拍遅れても、まだ間に合う。以前なら間に合わなかった。衝動が来た瞬間に鎧が増え、増えた瞬間に俺の判断が遅れ、遅れた瞬間に青子と九重が危険になった。今は違う。衝動は来る。来るが、俺の手の中で止まる。止められる時間が伸びた。それが救助のための余裕になる。
「青子、膜に来る!」
「縁を縫う。太郎、膜の前を空けないで!」
「九重、背中。離すな」
「うん……!」
膜の前に立つ。多方向の圧が来る。曹操の牽制、ジークの重撃、ゲオルクの裂き、ジャンヌの断罪。面制圧ができない俺には最悪の構図だ。新形態は扱いやすいが、通常のアーマード・ダークネスほど圧倒的ではない。全身の絶対防御もない。守りは精度で成立し、精度は集中力に依存し、集中力は衝動に削られる。破壊衝動が湧くたびに、俺は押さえる。押さえるたびに残量が減る。減るのが分かる。分かるから、なおさら焦る。焦りが衝動を呼ぶ。循環はまだある。だから、ここで勝ちに行ってはいけない。勝ちに行った瞬間、循環が加速して、俺は椅子から立ってしまう。
青子がドロウを一発だけ撃ち、ジークの踏み込みが一拍止まる。俺はその一拍で曹操の射線を折る。倒すためじゃない。膜へ届く可能性を潰すためだ。潰れた瞬間、英雄派の同時攻撃が鈍る。連携が乱れる。乱れた敵は撤退を考える。
撤退の気配を嗅いだ瞬間、俺の中の闇がまた囁いた。追え。終わらせろ。逃がすな。衝動は、怒りの形をしている。怒りは正しい。だが使い方が間違えば、正しさは刃になる。俺は怒りを追撃に変えない。救助に変える。怒りを握り潰して、言葉だけ落とす。
「……今回は追わない。目的が救助だからだ。だが次は逃がさない」
宣言した瞬間、衝動が少しだけ静まった。怒りを無かったことにしない。無かったことにすると、闇は裏で膨らむ。だから表で認めて、表で縛る。次は逃がさない。その誓いは、復讐じゃない。二度と同じやり方で九重を泣かせないという誓いだ。
「追わない。青子、遅延トリガーを見た。解除できるか」
「できる。縫う時間をちょうだい」
「九重、匂いは」
「母さま、まだここ! 消えない!」
「よし。救出を続ける」
英雄派の背中が闇へ溶ける。俺は刀を下ろし、仮面の裂け目から息を吐いた。鎧はまだ俺の横にいる。暴れていない。従っている。だがエンペラの直感が告げる。残量は減っている。破壊衝動が湧く回数が多いほど、確実に減っている。だからこそ、伸びた猶予を無駄にしない。今は追わない。今は救う。その選択を、何度も湧く衝動の上に積み上げる。
女王は誰にする?
-
アルファ
-
ララ·サタリン·デビルーク
-
エミリア