※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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救出

 膜は、壁ではなく、皮膚だった。見た目は淡い金の薄布みたいに揺れているのに、触れれば触れるほどこちらの温度を奪う。九重が指差した一点だけが、妙に濃い。匂いが濃いというのは、存在が濃いということだ。存在が濃いなら、引ける。理屈は単純で、現実は大抵、単純を嫌う。

 

「母さま、ここ……いちばん、ここ」

 

 九重の声は小さいのに、俺の中で反響した。目的は確認するまでもない。けど確認しないと、いつの間にか目的がすり替わる。戦うことは派手で、派手は気持ちいい。気持ちいいは危険だ。俺が欲しいのは気持ちよさじゃない。八坂の生存。九重の安心。京都の無事。その三つのために、俺は自分の中の闇と光を飼っている。飼っている、という言い方がもう既に嫌な比喩なのは分かってる。嫌な比喩を使わないと説明できない現象を、俺は体内に飼っている。

 

 膜の向こう側に、女の影が見える。影というには、輪郭が整いすぎている。整いすぎた輪郭は、罠に見える。だが九重の匂いが否定する。匂いは嘘をつけない。つけないからこそ、逆手に取られる時もある。俺は新形態の鎧を、必要な箇所だけ立ち上げた。全身を纏うと楽になる。その“楽”が、今いちばんの敵だ。半面の骨の意匠が頬に沿い、口元の裂け目が呼吸の熱を噛み砕く。禍々しさは残る。残っていい。残っていないと、逆に信用できない。

 

 そして、エンペラの血の直感が告げる。残量が減っている。数字じゃない。体感だ。偏向板を一度展開するたびに、胸の奥が一段浅くなる。破壊衝動が湧くたびに、脳の端が白くなる。以前なら、その白さの先に“全身展開”があった。今は違う。白さは来る。来るが、そこで止まる。止まっている時間が伸びた。その伸びた時間の中で、俺は呼吸を選び、姿勢を選び、目的を選ぶ。選べる時間は、救助のための時間だ。

 

「太郎、目的」

 

 青子の声が背中に刺さる。彼女は縫い止めの準備をしながら、視線だけで俺を引き戻す。俺が何に引き寄せられるかを、彼女は知っている。俺も知っている。知っているからこそ、釘が必要だ。

 

「八坂の救出。戦闘は邪魔をどかすだけ」

 

 俺が指先を伸ばすと、膜が波打った。届きそうで届かない距離ほど、焦りを生む。焦りは破壊衝動を呼ぶ。呼ばれた衝動が囁く。全部壊せば届く。全部壊せば早い。全部壊せば楽。楽、という単語の甘さが、今の俺には砂糖より危険だった。俺は指先を引っ込め、代わりに肩から鎧の偏向板を薄く出し、膜の揺れの“反動”を殺すように角度を合わせた。ズレに抗うんじゃない。ズレに合わせる。合わせて、目的だけを通す。

 

 その瞬間、膜の縁が静かにほどけ始めた。派手に割れるんじゃない。縫い目が解けるみたいに、無言で、確実に。遅延トリガーだ。英雄派の置き土産。置き土産という言葉の可愛らしさが、逆に腹立たしい。これは爆弾だ。しかも時限式で、爆発音すら鳴らないタイプ。

 

「発火した。縁、縫う」

 

 青子の声が即座に低くなる。彼女の手が空間に線を引き、その線が縫い目になる。スナップが釘になり、糸が縫合になる。だが完全には止まらない。止まらないからこそ、タイムリミットが現実になる。現実になったタイムリミットは、俺の中の闇を喜ばせる。喜ぶな、と思った瞬間にまた喜ぶ。そういう性格の悪さまで、血が遺伝するのかよ。

 

 膜の向こうで、八坂の姿が鮮明になる。金髪の狐の耳と尻尾を持つ大妖怪の娘が、ここまで怯えているのは初めて見た。いや、怯えているのは九重か。八坂は動かない。動けないのか、動かないのか。どちらにせよ、固定されている。座標の杭として打ち込まれている。引き抜けばいい、という単純さが、今は通用しない。引き抜いた瞬間、座標ごと崩れる可能性がある。崩れれば、九重の匂いが途切れる。途切れれば、救助が失敗する。失敗すれば、英雄派が笑う。笑わせる気はない。

 

「母さま……!」

 

 九重の声が震えた瞬間、八坂の指が微かに動いた。反応がある。なら本物だ。匂いだけじゃなく、親子の合図が揃った。俺は方針を決める。引き抜くんじゃない。抱え込む。座標ごと、こっち側に寄せる。破壊ではなく回収。勝利ではなく救助。俺の戦い方の根っこは、そこにしかない。

 

 俺が膜を越えて八坂の肩に触れた瞬間、異物が動いた。触れた感触が柔らかいとか温かいとか、そういう人間的な情報より先に、嫌な冷たさが掌の中で弾けた。八坂の中に何かがいる。何かが、俺ではなく九重へ向かって跳ねようとしている。母娘リンクを逆に踏み台にするつもりだ。仕掛けが悪辣すぎて、逆に感心する。感心した瞬間に破壊衝動が湧いた。湧く。湧く。連続で湧く。以前なら、この連続で俺は椅子から立っていた。今は違う。立ち上がりかけて、止まる。その止まる隙間で、俺は選ぶ。

 

「九重、動くな!」

 

「……う、うん」

 

 九重の尻尾が硬直し、匂いが一瞬だけ乱れた。リンクが開いた合図だ。異物が飛ぶ。飛ばせない。闇で吸えば簡単だ。だが吸ったら俺の中に入る。入ったら破壊衝動が増える。増えたら制限時間が縮む。光で弾けば安全そうに見える。だが弾けば母娘リンクが切れる。切れれば九重が傷つく。選べない二択に見えて、実際には三択目がある。中間だ。闇で受け止め、光で封じる。抗体があるというのは、免疫であって万能ではない。万能じゃないからこそ、使いどころを選べる。

 

「青子、逃げ道を縫え。異物が九重へ飛ぶ!」

 

「分かった。ピン止めする。太郎、抱えたまま動かすな」

 

 青子のスナップが、空間に釘を打った。異物の軌道が、釘で引っかかる。俺は八坂を抱え込む姿勢のまま、胸の内側に闇を集めた。集めると楽になる。楽になるのが危険だ。危険を承知で、闇を“受け皿”としてだけ使う。受け止めた瞬間に、光を薄く重ねる。熱い光じゃない。押し返す光でもない。封じる光。縫い留める光。ウルトラマンメビウスの光が、俺の中で「壊すな」と言う。エンペラの闇が「壊せ」と言う。その綱引きの中間で、異物が止まる。止まった瞬間、残量がごそっと削れた感覚が来た。息が一段深くなる。装甲反応が一拍遅れる。直感が告げる。持ち時間が減った。減ったが、まだ選べる。選べるなら、救える。

 

 膜の縁がさらにほどける。青子の縫いが追いつかない瞬間が来る。来た瞬間に、破壊衝動がまた湧いた。全部壊せば、この縫い目ごと止まる。全部壊せば、座標の杭ごと引き抜ける。全部壊せば――。俺は噛みしめる。衝動を噛み砕く。噛み砕いた歯の痛みで、俺は俺に戻る。戻った分だけ、八坂をこちらへ引き寄せられる。

 

「今だ。九重、呼吸しろ。匂いを切るな」

 

「母さま……母さま……!」

 

 九重の声が錨になる。俺は八坂の体温を、確かに抱えたまま、膜の外側へ寄せる。引き抜くんじゃない。抱える。抱えたまま、座標を連れてくる。最後の一歩で、膜が裂ける音がした。音がしたのに、爆発はない。爆発がないのが、逆に怖い。怖さの中で、八坂の身体がこちら側に落ちてくる。落ちてくるというより、戻ってくる。

 

 戻ってきた瞬間、異物が最後に跳ねた。九重へ。だが跳ねきれない。青子の釘が刺さっている。俺の中間拘束が残っている。異物は膜の残骸に縫い付けられ、動きを失った。動きを失った瞬間、俺の破壊衝動がふっと静まった。静まったのは勝利のせいじゃない。救助が成立したからだ。目的が達成されたからだ。俺は八坂をそっと床へ下ろし、九重へ視線を向けた。九重が泣きそうな顔で笑っている。笑っているなら、今はそれでいい。

 

「母さま!」

 

 九重が八坂に飛びつく。八坂の指が九重の髪に触れる。触れた瞬間、俺はようやく息を吐けた。鎧が従っているのは、まだだ。残量は減っている。直感が冷たく言う。これ以上、余計なことをするな。今は休め。今は守れ。

 

 遠くへ逃げた英雄派の背中が脳裏にちらついた。追える。追って叩き潰したい。正しさの仮面を被ったまま逃げる連中に、腹が立つ。怒りが喉まで上がる。上がった怒りは、俺の中の闇を甘くする。甘くする前に、言葉だけ落とす。誓いとして落とす。追撃ではなく、次の手順として落とす。

 

「……今回は追わない。目的が救助だからだ。だが次は逃がさない」

 

 青子が縫いを止めずに、短く息を吐いた。彼女も同じ怒りを持っているのだろう。だが彼女は縫う。縫うことで、次の戦い方を作る。

 

「根が残ってる。遅延の根。ここで切る」

 

 俺は頷いて、刀を鞘に戻した。勝ちに酔う暇はない。救助は終わった。安全はまだだ。だが、八坂はここにいる。九重は泣いている。泣き方が悲鳴じゃないなら、それは前進だ。俺は鎧の裂け目から、もう一度だけ深く息を吐いた。破壊衝動は、また来るだろう。来るのは分かっている。分かっているから、備える。備えるために、今は救助を優先した。その選択を、次は勝利に変える。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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