※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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その闇を取り込む為に

 八坂がこちら側へ戻った瞬間、世界は「助かったね」と言わなかった。言う代わりに、結界の縁がきしんだ。紙が破れる音でも、雷鳴でもない。もっと嫌な音。縫い目がほどける、皮膚が裂ける、そういう種類の沈黙の音だ。抱きついた九重の腕がほどける前に、八坂の妖気が跳ね上がり、空気が一段冷える。助かったはずの母親が、まだ“帰ってきていない”のだと、俺の中のエンペラの直感が先に言った。

 

「母さま……?」

 

 九重の声が裏返る。八坂は九重を抱き返そうとする。指先が髪に触れた、その刹那だけは優しかった。けれど次の瞬間、八坂の目の奥に黒い膜が走り、妖気が“守り”ではなく“排除”として噴き出す。床の天使文字――いや、ここは裏京都の結界だ、妖怪の護りの文様が、逆撫でられた獣みたいに波打つ。八坂本人が悪いんじゃない。守ろうとしているのに、闇がそれを「壊して守れ」と翻訳している。

 

「九重、離れろ!」

 

 俺が叫ぶより早く、青子が九重の背を押して距離を作る。青子の手は縫いに向いている。縫いが止まれば、この場が裂ける。裂ければ、母娘どころじゃない。八坂の妖力が燃料にされている。俺の直感がそう告げると同時に、喉の奥から別の声が湧く。壊せ。切れ。止めろ。全部終わらせろ。破壊衝動が、雑に正義の顔をして迫ってくる。腹が立つ。正義が嫌いなんじゃない。正義の格好をした“楽な手段”が嫌いだ。

 

 以前なら、ここで鎧は勝手に増えた。全身を覆い、槍の衝動が主導権を奪い、俺は楽になる代わりに俺を失った。今は違う。衝動は来る。来るけど、すぐに全身へ飛び火しない。胸の奥で燻り、喉まで上がって、そこで止まる。その止まる時間が伸びた。伸びた時間の分だけ、俺は目的を思い出せる。八坂を救う。九重を守る。京都を守る。戦うのは手段。勝つのは手段。壊すのは……最後の最後の、最終手段だ。

 

「青子、何が起きてる」

 

「仕込まれてる。英雄派の闇。遅延の根と同じ“署名”が八坂の中で脈打ってる。これ、呪いじゃない。起爆装置よ」

 

 青子が縫い目を指でなぞる。糸が見えないのに見えるみたいな動き。彼女の魔術は、火力じゃなくて手順だ。手順の暴力だ。暴力は暴力でも、目的に従う暴力。八坂の妖気が膨らむたびに、結界の縁が裂け幅を増す。止められない。縫っても、縫っても、ほどける。ほどける速度が、八坂の妖力の増加と同期している。

 

「九重に飛ぶ」

 

 俺の言葉は、俺自身に向けた警告だった。母娘リンクがある。さっき異物が跳ねた。あれがまだ終わっていない。闇は“母”を起爆点にして、“娘”へ飛び火する設計を持っている。英雄派は、救助を成功させても失敗に変えられるように、二重の罠を仕込んでいる。悪辣で、合理的で、腹が立つ。

 

 腹が立つ。腹が立つから、破壊衝動がまた湧く。湧くたびに、俺の中の直感が冷たくカウントする。残量が削れる。偏向板を一度立てるたびに削れる。深呼吸するたびに削れる。衝動を噛み殺すたびに削れる。数字は見えないのに、減っていくのが分かる。分かるから焦る。焦りが衝動を呼ぶ。循環。嫌な循環。けど、循環が続いているのに俺はまだ立っている。猶予が伸びている。伸びた猶予は、救助のためにある。

 

「太郎、外から浄化すると核が傷む。封印は燃料が溜まる。逃げても九重に飛ぶ。結論、一本。……あなたが器になるしかない」

 

 青子が言い切る。言い切られた瞬間、俺の中の闇が甘く笑う。器になれ。飲め。全部飲めば楽だ。楽、という言葉が砂糖みたいに舌にまとわりつく。俺は舌を噛む。痛みは現実だ。現実は目的だ。

 

「分かってる。俺の闇で包んで、俺の中で消す」

 

「簡単に言うわね。あなたの残量、もう減ってるでしょ」

 

「減ってる。だから短くやる。青子、縫いを八坂から俺に付け替えろ。逃げ道を塞げ。九重は……」

 

「こっち」

 

 青子が九重を自分の背に庇う。九重の耳が伏せられ、尻尾が硬直している。恐怖を食う闇は、こういう時に育つ。だから、恐怖を恐怖のままにしない。言葉にして、錨にする。

 

「九重、匂いを言え。母さまの匂いを、今の言葉で繋げ」

 

「……母さまは、あったかい匂い。お日さまのあと、みたいな……」

 

 九重の声は震えている。でも言葉になっている。言葉になった瞬間、闇の餌は少しだけ減る。少しだけ。少しだけでいい。今は少しだけで十分だ。十分、という言葉は大体嘘だけど、今回は嘘じゃない。

 

 八坂が唸る。唸り声は獣のものなのに、そこに母の焦りが混ざっている。守りたい。守りたいのに壊したくなる。闇の翻訳機が、母性を暴力へ変える。俺はその前に膝をついた。鎧は全身を纏わない。胸と腕だけ。偏向板を薄く、必要な角度だけ。ここで楽になったら終わる。終わらせるわけにはいかない。

 

「太郎、今から縫いを回す。あなたの中に逃げたら、私の縫いで押さえ続ける。……でも、押さえ続けるのは“縫い”であって、あなたの衝動じゃない。そこを間違えないで」

 

「間違えない。間違えたら、俺が英雄派の証拠になる」

 

 俺は唇の裏で、さっき逃げた連中の顔を思い出しかけた。追える。追って叩き潰したい。今は追わない。目的が救助だから。だが、怒りは消さない。消すと裏で腐る。だから表で誓いに変える。

 

「……今回は追わない。目的が救助だからだ。だが次は逃がさない」

 

 言った瞬間、破壊衝動が少しだけ静まった。怒りが矛先を失ったからじゃない。矛先を“次の手順”へ移したからだ。俺は八坂の前に手を伸ばす。八坂の妖気は熱い。熱いのに冷たい。矛盾した温度が掌に貼りつく。英雄派の闇が混ざっている証拠だ。

 

 青子の縫いが俺の周囲に輪を作る。輪は逃げ道を塞ぐ。塞いだ上で、俺の中へ導く。導く、という言い方も嫌だ。導かれたくない。けれど導線は必要だ。必要なものを、必要なだけ使う。それが王の仕事だと、俺は勝手に決めている。

 

「太郎……」

 

 九重の声が錨になる。八坂の匂いが薄くなりかけて、また戻る。戻るたびに、結界の裂けが一歩進む。時間がない。直感が告げる。残量がまた削れた。削れたのに、まだ立っている。まだ選べる。選べるなら、今だ。

 

 俺は胸元に手を当てた。鎧の裂け目の向こうで、闇が渦を巻く。渦は甘い。甘さは危険だ。危険を承知で、器を開く。開くだけ。まだ飲まない。まだ取り込まない。取り込む前に、もう一度だけ目的を確認する。

 

「八坂を生かす。九重を守る。京都を守る」

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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