※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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京都の事件の終わりに

 裏京都の屋敷は、事件が終わったというより「鳴り響いていたものが急に止まった」静けさをしていた。縫い目の残った結界がところどころ薄く発光し、廊下の灯りがやけに柔らかい。俺は座敷の端で背を壁に預け、胸の奥の重さを確かめる。あの“処置”を知っているのは、俺と八坂さんだけだ。青子には手順と結果だけは見えても、当事者の感覚までは渡していない。渡したくない、というより、渡すと面倒が増える。

 

「太郎はん、まだしんどいか?」

 

「……平気、って言いたいけど、正直しんどい。立てるけど、走れない感じ」

 

「無理せんとき。あんた、よう踏ん張った」

 

「踏ん張ったのは八坂さんだろ。九重を守ろうとして、最後まで戻ってきた」

 

「褒めても何も出ぇへんえ。けど……そう言われたら、ちょっと嬉しいわ」

 

 襖が少し開いて、九重が顔だけ覗かせた。さっきまで泣いていた目が、まだ赤い。けれど匂いは落ち着いている。少なくとも今、母娘リンクが逆流している気配はない。

 

「母さま……もう、こわない?」

 

「こわないよ。九重、こっちおいで」

 

「……うん」

 

「太郎はんも、おいでや。九重が安心する」

 

「いや、俺は――」

 

「ええから」

 

 八坂さんが手招きして、九重を膝に乗せたまま俺の方へ視線を寄越す。俺が一歩近づくと、九重は俺の手を探すみたいに指を伸ばしてきた。俺はそれを握って、余計な力を抜く。

 

「太郎、手、つめたい」

 

「……悪い。まだ戻ってない」

 

「太郎はん、あんたの手は、冷たいんやのうて、静かなんや。九重、わかる?」

 

「しずか……?」

 

「そう。怖い時に静かにしてくれはる人は、強いんよ」

 

 青子が縁側の方で小さく咳をして、こちらを見た。縫い道具を片付ける手つきが、露骨に「余計な情緒を入れるな」と言っている。

 

「八坂。慰めるのはいいけど、情報の整理が先。英雄派は撤退、結界の根は封じた。ただし汚染は残ってる。あなたの妖力はまだ不安定」

 

「わかってるえ。せやけど、今ぐらい、ええやろ。九重も、太郎はんも、よう耐えたんやし」

 

「耐えたのは事実。でも“耐えた理由”を誤魔化すと、次に負ける」

 

「青子はん、ほんま堅いなぁ」

 

「堅いのが仕事」

 

 九重が八坂さんの胸元に頬を擦りつけ、急に思い出したみたいに俺を見上げた。

 

「太郎、あのとき、母さま、こわかった?」

 

「……こわかったと思う。けど、八坂さんは九重を守ろうとしてた。そこだけは変わってなかった」

 

「母さま……」

 

「九重、よう聞き。太郎はんはな、守る時に、ちゃんと守るねん。守るために“やらんこと”も決めはる」

 

 八坂さんはそこで声を落として、九重の耳元に口を寄せた。京都弁が、さらに柔らかくなる。

 

「なあ九重……新しいお父はん、できるかもしれへんで」

 

「……え?」

 

「ちょ、八坂さん」

 

「冗談や。冗談やて」

 

「冗談の質が悪い」

 

 青子が即座に突っ込んだ。俺も同意したいが、九重が完全に固まってしまっている。耳がぴんと立ち、尻尾が止まり、次の瞬間、顔が真っ赤になった。

 

「お、おとう……? 太郎が……?」

 

「違う違う、そういう意味で言ったんじゃ――いや、八坂さんがそう言ったのか……」

 

「言うた言うた。九重が笑ろたらええ思てな」

 

「母親の冗談としては、刺激が強すぎる」

 

「青子はん、ほんま、先生みたいやな」

 

「私は先生じゃない。面倒を減らす係」

 

 八坂さんは肩をすくめ、それでも目だけは笑っていた。俺の方に視線が滑ってくる。あの“処置”の最中、八坂さんの内側に仕込まれた闇が、確かに俺の内側へ流れ込もうとしていたことを、俺は忘れられない。英雄派は撤退した。だが置いていったものは残っている。八坂さんの身体にも、俺の身体にも。だからこの場の空気が甘くなりすぎるのは危ない。

 

「八坂さん。気持ちはありがたいけど、今は落ち着こう。俺たちは、まだ終わってない」

 

「……せやな。太郎はん、あんたは“終わった”顔しはらへん」

 

「終わらせたくないから。英雄派は逃げた。逃げたってことは、次がある」

 

「次は、追いかけるん?」

 

「追いかける。ただし、順番を守って。今は八坂さんの安定化と、結界の後始末が先」

 

「……ふふ。ほんまに、王様みたいやな」

 

「王様じゃない。王様になる前の、ただのガキ」

 

「ガキでも、守る順番わかってる子は、好きどす」

 

「言い方がまた妙に大人っぽい」

 

「青子はん、妬いてるん?」

 

「焼いてない。火種を見てるだけ」

 

 九重が恐る恐る俺の袖を掴んだ。

 

「太郎……おとう、じゃなくても……また、来てくれる?」

 

「来る。約束する。俺は逃げない」

 

「うん……」

 

 八坂さんは九重の髪を撫でながら、俺の手元を見た。冷えたままの指先。たぶん八坂さんにも分かっている。俺の中の闇が、まだ完全に静かじゃないことを。破壊衝動が“時々くる”だけで済んでいるのは、猶予が伸びただけで、解決ではない。

 

「太郎はん。あんた、無茶はせん言うたのに、いちばん無茶しはったな」

 

「目的のための無茶だ。八坂さんを切るより、マシだった」

 

「それ、ほんまに正しいん?」

 

「正しいかどうかは知らない。けど、九重が泣き止んだ。それが俺の答え」

 

「……あんた、嫌いになれへんわ」

 

 青子が立ち上がり、縁側の外を一度確かめてから、こちらへ戻る。

 

「雑談はここまで。太郎、体調チェック。八坂、安定化の手順に入る。九重は休ませる。英雄派は撤退したけど、逃走経路の“位相”が残ってる可能性がある。追跡は準備してから」

 

「了解」

 

「うん……母さま、ねる」

 

「寝よし。九重。太郎はんも、ちょっと休み」

 

「休む。次のために」

 

 八坂さんが九重を抱えて立ち上がる直前、俺にだけ聞こえるくらいの声で言った。

 

「太郎はん。さっきの冗談、九重には早すぎたな。……せやけど、あんたみたいなん、うち、ほんまに好みや」

 

「……そういうのは、事件が全部終わってからにしてくれ」

 

「終わっても言うえ。たぶん」

 

 その笑い方が、妙に京都らしくて、俺は苦く息を吐いた。甘くなると危ない。

女王は誰にする?

  • アルファ
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