サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
裏京都の屋敷は、事件が終わったというより「鳴り響いていたものが急に止まった」静けさをしていた。縫い目の残った結界がところどころ薄く発光し、廊下の灯りがやけに柔らかい。俺は座敷の端で背を壁に預け、胸の奥の重さを確かめる。あの“処置”を知っているのは、俺と八坂さんだけだ。青子には手順と結果だけは見えても、当事者の感覚までは渡していない。渡したくない、というより、渡すと面倒が増える。
「太郎はん、まだしんどいか?」
「……平気、って言いたいけど、正直しんどい。立てるけど、走れない感じ」
「無理せんとき。あんた、よう踏ん張った」
「踏ん張ったのは八坂さんだろ。九重を守ろうとして、最後まで戻ってきた」
「褒めても何も出ぇへんえ。けど……そう言われたら、ちょっと嬉しいわ」
襖が少し開いて、九重が顔だけ覗かせた。さっきまで泣いていた目が、まだ赤い。けれど匂いは落ち着いている。少なくとも今、母娘リンクが逆流している気配はない。
「母さま……もう、こわない?」
「こわないよ。九重、こっちおいで」
「……うん」
「太郎はんも、おいでや。九重が安心する」
「いや、俺は――」
「ええから」
八坂さんが手招きして、九重を膝に乗せたまま俺の方へ視線を寄越す。俺が一歩近づくと、九重は俺の手を探すみたいに指を伸ばしてきた。俺はそれを握って、余計な力を抜く。
「太郎、手、つめたい」
「……悪い。まだ戻ってない」
「太郎はん、あんたの手は、冷たいんやのうて、静かなんや。九重、わかる?」
「しずか……?」
「そう。怖い時に静かにしてくれはる人は、強いんよ」
青子が縁側の方で小さく咳をして、こちらを見た。縫い道具を片付ける手つきが、露骨に「余計な情緒を入れるな」と言っている。
「八坂。慰めるのはいいけど、情報の整理が先。英雄派は撤退、結界の根は封じた。ただし汚染は残ってる。あなたの妖力はまだ不安定」
「わかってるえ。せやけど、今ぐらい、ええやろ。九重も、太郎はんも、よう耐えたんやし」
「耐えたのは事実。でも“耐えた理由”を誤魔化すと、次に負ける」
「青子はん、ほんま堅いなぁ」
「堅いのが仕事」
九重が八坂さんの胸元に頬を擦りつけ、急に思い出したみたいに俺を見上げた。
「太郎、あのとき、母さま、こわかった?」
「……こわかったと思う。けど、八坂さんは九重を守ろうとしてた。そこだけは変わってなかった」
「母さま……」
「九重、よう聞き。太郎はんはな、守る時に、ちゃんと守るねん。守るために“やらんこと”も決めはる」
八坂さんはそこで声を落として、九重の耳元に口を寄せた。京都弁が、さらに柔らかくなる。
「なあ九重……新しいお父はん、できるかもしれへんで」
「……え?」
「ちょ、八坂さん」
「冗談や。冗談やて」
「冗談の質が悪い」
青子が即座に突っ込んだ。俺も同意したいが、九重が完全に固まってしまっている。耳がぴんと立ち、尻尾が止まり、次の瞬間、顔が真っ赤になった。
「お、おとう……? 太郎が……?」
「違う違う、そういう意味で言ったんじゃ――いや、八坂さんがそう言ったのか……」
「言うた言うた。九重が笑ろたらええ思てな」
「母親の冗談としては、刺激が強すぎる」
「青子はん、ほんま、先生みたいやな」
「私は先生じゃない。面倒を減らす係」
八坂さんは肩をすくめ、それでも目だけは笑っていた。俺の方に視線が滑ってくる。あの“処置”の最中、八坂さんの内側に仕込まれた闇が、確かに俺の内側へ流れ込もうとしていたことを、俺は忘れられない。英雄派は撤退した。だが置いていったものは残っている。八坂さんの身体にも、俺の身体にも。だからこの場の空気が甘くなりすぎるのは危ない。
「八坂さん。気持ちはありがたいけど、今は落ち着こう。俺たちは、まだ終わってない」
「……せやな。太郎はん、あんたは“終わった”顔しはらへん」
「終わらせたくないから。英雄派は逃げた。逃げたってことは、次がある」
「次は、追いかけるん?」
「追いかける。ただし、順番を守って。今は八坂さんの安定化と、結界の後始末が先」
「……ふふ。ほんまに、王様みたいやな」
「王様じゃない。王様になる前の、ただのガキ」
「ガキでも、守る順番わかってる子は、好きどす」
「言い方がまた妙に大人っぽい」
「青子はん、妬いてるん?」
「焼いてない。火種を見てるだけ」
九重が恐る恐る俺の袖を掴んだ。
「太郎……おとう、じゃなくても……また、来てくれる?」
「来る。約束する。俺は逃げない」
「うん……」
八坂さんは九重の髪を撫でながら、俺の手元を見た。冷えたままの指先。たぶん八坂さんにも分かっている。俺の中の闇が、まだ完全に静かじゃないことを。破壊衝動が“時々くる”だけで済んでいるのは、猶予が伸びただけで、解決ではない。
「太郎はん。あんた、無茶はせん言うたのに、いちばん無茶しはったな」
「目的のための無茶だ。八坂さんを切るより、マシだった」
「それ、ほんまに正しいん?」
「正しいかどうかは知らない。けど、九重が泣き止んだ。それが俺の答え」
「……あんた、嫌いになれへんわ」
青子が立ち上がり、縁側の外を一度確かめてから、こちらへ戻る。
「雑談はここまで。太郎、体調チェック。八坂、安定化の手順に入る。九重は休ませる。英雄派は撤退したけど、逃走経路の“位相”が残ってる可能性がある。追跡は準備してから」
「了解」
「うん……母さま、ねる」
「寝よし。九重。太郎はんも、ちょっと休み」
「休む。次のために」
八坂さんが九重を抱えて立ち上がる直前、俺にだけ聞こえるくらいの声で言った。
「太郎はん。さっきの冗談、九重には早すぎたな。……せやけど、あんたみたいなん、うち、ほんまに好みや」
「……そういうのは、事件が全部終わってからにしてくれ」
「終わっても言うえ。たぶん」
その笑い方が、妙に京都らしくて、俺は苦く息を吐いた。甘くなると危ない。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア