サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
駒王街に戻ってきた夜は、京都よりもずっと暗いはずなのに、ずっと眩しかった。ネオンがどうこうじゃない。いつもの道路、いつもの店、いつもの信号――見慣れたものが、見慣れているという理由だけで目に刺さる。人は「ただいま」と言えば帰ってきたことになるらしい。俺はまだ帰ってきた感じがしない。身体のどこかが、京都の裂け目に置き去りのままだ。
絶花と再会したのは、駅前の横断歩道の手前だった。俺が「戻った」と言う前に、絶花は俺の指先を見て、短く息を吐いた。
「……冷えてる」
「わかる?」
「わかる。無理しただろ」
それだけ言って、絶花はコンビニの明かりの方へ顎をしゃくった。理由は聞かない。聞けば俺は答える。答えれば余計なところまで言う。言えば、また腹の底がざわつく。ざわつけば、闇が喜ぶ。絶花はたぶん、その順番まで読んでいる。だから、あえて日常の方へ引っ張る。
店内の自動ドアが開く音がやけに大きい。冷房の空気が肌に貼りつき、指先の冷えが悪目立ちする。棚に並んだおにぎり、飲み物、菓子パン、雑誌。戦場じゃない場所にある情報量は、逆に怖い。選択肢が多いというだけで、人は油断する。油断した瞬間、結界は裂ける。京都で学んだことを、こんなところで思い出すのが嫌だ。
絶花は季節限定と書かれた飲み物を手に取って、俺の方を見た。
「これ、飲む?」
「……甘い?」
「甘い。だから飲め。苦い顔して歩くな」
「苦い顔してるつもりはない」
「してる」
断言されると、反論する気が失せる。俺は手近なミネラルウォーターを取って、ついでにおにぎりを一つ掴んだ。腹は空いていない。でも、腹が空いていないと気づく余裕があるうちは、まだ日常にいるということだ。日常にいるなら、食える。食えるなら、戻れる。
会計を済ませて外へ出ると、夜風が頬を撫でた。駒王街の夜は、京都の夜みたいに湿っていない。乾いた冷たさが、逆に落ち着く。乾いているのは空気だけじゃない。俺の中も、どこか乾いている。闇を器にして飲み込む準備をしたあの感覚が、まだ喉に残っている。喉に残っているくせに、ここでは吐き出せない。吐き出したら、何かが漏れる気がする。
横断歩道の信号は赤だった。二人で並んで立つ。車が通り過ぎる音だけが続く。会話が途切れると、空白が増える。空白が増えると、闇はそこに座る。座って、「壊せ」と言う。言うのは簡単だ。壊すのはもっと簡単だ。簡単だからこそ、やってはいけない。
胸の奥が、嫌な周期で脈打った。破壊衝動が来る前の合図みたいに。俺は呼吸を一つ深くして、わざと足の裏に意識を落とした。地面は固い。固いという事実は、俺を今に引き戻す。今に引き戻せば、目的が戻る。目的が戻れば、衝動は“命令”じゃなく“感情”になる。感情なら、握り潰せる。
絶花が俺の方を見ずに言った。
「……寝てないだろ」
「寝た。たぶん」
「たぶんで言うな」
「じゃあ寝てない」
「素直だな」
「責められるのが面倒だからな」
「それを素直って言う」
絶花はコンビニ袋を軽く揺らした。ガサッという音が、夜の静けさに妙に響く。日常の音だ。日常の音が大きく聞こえる時は、大抵、日常が薄い。薄い日常の上に立っている。そういう感覚が、嫌でも背骨に残っている。
「甘いの、嫌いだったか」
「嫌いじゃない。むしろ助かる。苦いのが続くと、変なこと考える」
「変なことって?」
「……壊す方が早い、とか」
言ってしまってから、俺は一拍遅れて後悔した。言葉は、出た瞬間に戻らない。戻らないからこそ、責任が生まれる。絶花は足を止めず、ただ短く返した。
「壊すな」
「わかってる」
「わかってるなら、言うな」
「言わないと、俺の中で勝手に大きくなる」
「……それもわかる」
そこで絶花が初めて、ちらりと俺を見た。目が冷たいわけじゃない。冷たいのは、距離の取り方だ。俺が暴走しないための距離。絶花は、俺を止めるために優しくしない。優しさは甘さになって、甘さは闇の餌になる。だから硬くする。硬さは味方だ。
信号が変わる。青。歩き出す。俺は足を出すだけで、少しだけ救われる。行動は、迷いを薄める。迷いが薄まれば、衝動も薄まる。薄まったところへ、車のライトが交差点を横切った。
その一瞬だけ、光が紫に見えた。
京都の空で見た紫紺。黄金の雲。天界の回廊。ガンQの不気味な眼。英雄派の冷たい正しさ。八坂の中に仕込まれた闇。全部が、一秒で繋がる。繋がった瞬間、胸の奥が冷たくなる。直感が言う。ここが次の戦場だ。駒王街は、もう“日常の舞台”じゃない。日常に見せかけた前線だ。
俺は歩幅を乱さずに、絶花にだけ聞こえる声で言った。
「……今の、見たか」
「紫だろ」
「見えてるのか」
「見える。見えるから、戻ってこいって言ってた」
「……なるほどな」
なるほど、って言ってしまう自分が嫌だった。納得している場合じゃないのに、納得してしまう。納得は諦めに似ている。諦めは闇の椅子だ。椅子を用意したら、闇が座る。座らせないために、俺は日常へ戻る。戻るという行為を、意志でやる。
コンビニ袋の中で、甘い飲み物が小さく揺れた。絶花がそれを俺に押し付けるみたいに差し出す。
「飲め。今は飲め」
「命令か」
「忠告」
「……忠告、受け取る」
俺はキャップを開けて一口飲んだ。甘さが舌に広がる。甘いのに、どこか苦い。苦いのは味じゃない。俺の喉の奥に残っている、京都の処置の感触だ。消えない。消えないまま、明日が来る。来る明日が、最期の戦いに繋がっている。そう思った瞬間、日常が少しだけ尊くなった。尊くなるのは危険でもある。尊さは失う恐怖を生む。失う恐怖は闇の餌だ。
だから俺は、尊さを眺めるだけにして、手順に戻る。
「絶花。帰ったら、まず連絡網の確認。避難導線の再点検。結界の端、紫が見えた場所を優先」
「了解。王様」
「やめろ。そう呼ぶな」
「じゃあ、太郎」
「それでいい」
信号を渡り切った先で、街の灯りが少しだけ滲んだ気がした。疲れのせいか、闇の残量のせいか、それとも結界が本当に歪んでいるのか。どれでも同じだ。確かめるのは俺の仕事で、守るのは俺の責任だ。責任があるから、日常を歩ける。歩けるから、戦える。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア