※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

246 / 484
最期の戦いの前に

 駒王街の夜は、いつもなら「帰ってきた」と思わせてくれる種類の暗さをしている。部活帰りの足音、コンビニ袋の擦れる音、遠くの救急車のサイレン、それらが混ざって「生活の層」になる。ところが今夜の暗さは薄い。薄い暗さは、光を目立たせる。光が目立つと、俺みたいな厄介者が敏感になる。さっき、横断歩道で紫に見えたのは、見間違いではなかった。見間違いだと決めた瞬間に死ぬやつだ、と京都で学んだ。学びたくなかった種類の学習だ。

 

「絶花、帰る前に結界端を見る。寄り道じゃない。点検だ」

 

「うん。太郎、歩幅落とせ。顔色が悪い」

 

「顔色は元から悪い」

 

「元から悪いなら、今はもっと悪い」

 

 言い返そうとして、やめた。やめた理由は、正しいからだ。指先の冷えは戻っていない。胸の奥の重さも、喉に残る不快な甘さも。闇を器にして処理する、あの手順の“結果”は、八坂さんを救った代わりに俺の中に傷を残した。傷は武勲じゃない。傷は制約だ。制約は、最終決戦の直前に増えるべきではない。増えたからといって「やるな」と言える性格でもない。だから俺は、やらない代わりに、やり方を変える。強さじゃなく手順で守る。国がなくても、手順は作れる。王じゃなくても、段取りは組める。

 

 結界端に近づくと、空気が変わった。匂いじゃない。温度でもない。もっと嫌な変化、世界の“摩擦”が増えた感覚だ。見えないガラスの面を掌で撫でたときの、指紋が引っ掛かる感じに近い。視線を凝らすと、紫の違和感は一点ではなかった。線だ。細い線が、地面から空へ引かれている。線は一本じゃなく、何本かが束になって、街の輪郭を削るように走っている。点なら偶然と言い訳できる。線は言い訳を許さない。線は「意図」だ。

 

「……線状に走ってるな」

 

「うん。燃費、落ちてる。ここ、息が重い」

 

「俺も同じ。鎧が、勝手に立ち上がりたがる」

 

 鎧、と口に出した瞬間、胸の奥がざわついた。アーマード・ダークネスは便利だ。便利だから怖い。便利な力は、いつも「俺の代わりに俺をやってくれる」。俺の代わりに暴れて、俺の代わりに壊して、俺の代わりに後悔してくれる。そんな代行は要らない。要らないから、俺は部分だけを立ち上げ、呼吸を整え、線の揺れを“偏向”で撫でる程度に抑えた。すると、線はわずかに震え、結界が一度だけ鳴った。鐘でも金属でもない、縫い目がほどける音。あの音は、京都で聞いた。聞いた瞬間に背中が汗ばむ。汗は生存の証拠だ。生存の証拠を怖がる余裕があるうちは、まだ間に合う。

 

「太郎、連絡。青崎青子」

 

「わかってる」

 

 俺はスマホを取り出して、青子に連絡を入れた。呼び出し音が短く感じるのは、俺の焦りのせいだろう。青子の声は、いつも通り冷静だった。冷静でいるのが彼女の才能で、同時に俺の救命具でもある。

 

「状況」

 

「駒王街の結界端。紫の違和感。点じゃない。線状に走ってる。燃費が落ちてる感覚がある。俺の鎧が勝手に反応し始めてる」

 

「了解。今から行く。……京都の署名とは別系統。でも性質が近い。闇を燃料として“燃費を悪化させる”タイプ。要するに、守る側の動きが鈍るように設計されてる」

 

「禍の団の前触れ、ってことでいいか」

 

「前触れじゃない。準備が始まってる。あなたを暴走させる準備。あなたが暴走すれば、守護者が街を壊した“証拠”になる。相手にとって一番おいしい筋書きよ」

 

 筋書き、という言葉が刺さった。英雄派もそうだった。「正しさ」を掲げて、「物語」を作る。禍の団はさらに露骨だろう。破壊を前提にして、その破壊を誰かの責任に変える。責任を背負わせる相手に俺を選ぶのは、合理的だ。合理的な悪意ほど、厄介なものはない。俺の中の闇が甘く笑った。「壊せばいい」と言いかける。言わせない。言わせないために、俺は先に命令を作る。国はない。だから命令が空虚に見える。空虚でもいい。空虚な命令が、誰かの幸せを守るなら、それは国の骨格になる。

 

「絶花、最終警戒態勢に移る。俺がやる」

 

「やるって、何を」

 

 俺は線を見ながら、頭の中で街を地図にしていく。戦う場所と、逃がす場所と、守る場所。全部同じにしたら負ける。全部同じにしたら、禍の団の思うつぼだ。街を戦場にするな。戦場を街の外に押し出せ。これが俺の勝ち方だ。俺の“王”のやり方だ。王じゃないのに、王みたいなことを言うのは滑稽だ。滑稽でも、やる。

 

「まず避難導線を一本化。住民は神社側の安全圏に誘導。封鎖区画を決める。線が走ってる周辺は立入禁止。連絡網は俺に直通させない。中継点を作って、報告はそこへ。俺は最前線に出るけど、街の中心には戦いを持ち込まない。戦闘区画は外縁へ誘導する」

 

「……国もないのに、よくそんなに言えるな」

 

「国がないからだ。国があれば、誰かがやる。国がないなら、俺がやるしかない」

 

 言い切った瞬間、妙に落ち着いた。俺は命令が好きじゃない。命令されるのも、命令するのも。けれど混乱はもっと嫌いだ。混乱は弱い人間から先に奪う。奪われるのは、明日の予定とか、笑い声とか、そういう小さな幸せだ。俺は小さな幸せのために立つ。国のためじゃない。理念のためでもない。誰かが明日を楽しみに眠れるように、今日の夜を守る。そのためなら、滑稽な役でも引き受ける。

 

 青子が現場に合流するまでの数分、結界は一度だけ、また鳴った。鳴るたびに、胸の奥の脈が乱れる。破壊衝動が周期的に跳ね、残量が確実に減っている感覚が走る。数字じゃない。体の内側の“浅さ”で分かる。息が浅くなる。鎧の反応が遅れる。思考が一拍遅れる。遅れた瞬間に、敵は勝つ。だから俺は、思考を短くする。判断基準を固定する。救助優先。被害最小。街を戦場にしない。これだけ。

 

「太郎、縫いの準備できた。線を“止める”んじゃなく、進行を“遅くする”。時間を買う。買った時間で、あなたが手順を回す」

 

「了解」

 

 青子の縫いは、相手を倒すためのものじゃない。時間を稼ぐためのものだ。稼いだ時間で、俺は人を動かす。動かすと言っても、支配じゃない。誘導だ。幸せの逃げ道を作る、という意味の誘導。絶花が頷き、スマホを操作して連絡を回し始めた。誰が、どこへ、どう動くか。世界は小さな手順で形を変える。国じゃなくても、手順があれば形になる。形になれば守れる。守れれば、国は後から付いてくる。

 

 遠くで笑い声がした。コンビニ帰りの学生だろう。部活帰りの奴らかもしれない。何が面白いのか分からないくらい、楽しそうに笑っている。あの笑い声が消えるのが、俺は嫌だ。嫌だから、俺は刀を抜かなかった。抜くのは最後だ。今はまだ、刀より先にやることがある。守るための手順を回すこと。誰かの幸せのために立つこと。国を持たない王の、唯一の仕事だ。

 

「絶花、最後に確認。街を戦場にするな」

 

「うん。街を守る。戦場は外へ押し出す」

 

「青子、結界の進行が跳ねたら教えて。俺はそこで撤退ラインを引き直す」

 

「了解。……来るよ、太郎。もう“直前”じゃない。“今”」

 

 紫の線が、わずかに太くなった。空気が沈み、笑い声が遠のく。禍の団が姿を見せる前に、世界の方が先に「始まる」と言った。俺は息を吸って、吐いた。吐いた息の白さは見えない。それでも冷たさは分かる。冷たさは現実だ。現実は守るべきものだ。だから俺は、立った。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。