※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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四天王の脅威

結界端の空気は、濡れた布の裏側みたいに重かった。紫の違和感が「点」ではなく「線」だと分かった瞬間から、この街はただの街じゃなくなった。駒王街は俺の国じゃない。そもそも俺には国がない。けれど、国がないからって守らなくていい理由にはならない。むしろ逆だ。制度も兵もないなら、守りたいと思ったやつが守るしかない。誰かの明日の予定、誰かの笑い声、誰かの「帰る場所」。そういう小さな幸せをまとめて“日常”と呼ぶなら、俺はその日常のために立つ。王になる前の王様ごっこ。ごっこでも、今日だけは嘘じゃない。

 

青子は縫いを走らせていた。止めるんじゃない、遅らせるための縫い。結界の縁がほどける音を、時間に変える縫いだ。絶花は連絡網を回し、避難導線を一本に束ね、封鎖区画を決めていく。俺は抜刀せず、胸と腕だけ鎧を薄く立てた。全身を纏えば楽になる。けれど、その「楽」が怖い。楽になった瞬間、俺は“守る”じゃなく“壊す”に傾く。だから踏ん張る。踏ん張る理由は一つ。ここが戦場になったら、笑い声が消えるからだ。

 

街灯が一斉に瞬いた。瞬いた、というより、眨いた。まるで誰かが目を閉じて開いたみたいに。光が揺れた場所に、影が落ちる。影は人の形をしていたが、光源に対して立体の辻褄が合わない。夜の影じゃない。舞台の影だ。スポットライトで作られた、演出の影。

 

「来たわね」

 

「気配が、変な方向から来る」

 

青子と絶花の声が重なる。俺は足の裏に意識を落とし、距離を測った。影は一歩も動かない。代わりに“こちらの距離感”だけを塗り替えてくる。近づいた気がする。遠のいた気もする。結界の線が微かに鳴り、俺の中の闇が甘く笑った。壊せばいい、と言う。言わせない。俺は呼吸を一つ、短くした。

 

影が実体化する。現れたのは若い男だった。金の前髪が片目を隠すように垂れ、紫がかった瞳がこちらを測る。白を基調にした洒落た服装は、清潔なのに不気味だった。清潔な刃物が一番よく切れるのと同じで、汚れのなさは危険の証拠にもなる。口元には笑み。笑みの形だけは友好的で、中身は観客席のそれだ。誰かの痛みを「面白い」と言える目。

 

「こんばんは。いや、こういうときは“はじめまして”の方が正しいかな」

 

拍手が二回、乾いた音を立てた。拍手をする場所じゃない。だからこそ、拍手が怖い。ここを舞台にしたい奴がいる。舞台にされたら、日常は役者にされる。役者にされるのは、守る側じゃなく守られる側だ。

 

「お前は誰だ」

 

「名乗ろう。Ⅳ。そう呼ばれている」

 

「Ⅳ……?」

 

数字を名乗る奴は、だいたい厄介だ。名前に意味があるというより、意味を“押しつける”ために名乗っている。俺の中の直感がそう告げる。エンペラの闇が、別の意味でぞくりとした。知っている、と囁く。あのときの匂いだ、と。

 

「北欧の件、覚えているだろう? 天界で騒ぎになった、あの不気味な“眼”」

 

俺の奥が冷えた。ガンQ。あの不愉快な存在。世界にいないはずの怪獣が、当然の顔で現れた、あの瞬間。

 

「……お前がやったのか」

 

「うん。僕がやった。ガンQの一件の犯人は僕だ」

 

言い切り方が、告白というより発表だった。罪悪感じゃない。達成感の声色。あのとき、天界の住人が困惑していた。世界の定義が崩れた顔をしていた。崩した張本人は、今も同じ顔で笑っている。

 

「カードに封じた怪物を解き放って操る。そういう“遊び”が好きでね」

 

「遊びで街を壊すな」

 

「壊してない。壊れそうになっただけだ。止めたのは君だろう? だから君がどれくらい踏ん張れるか、確認できた。役者はいい演技をする」

 

役者。舞台。演技。こいつは最初から“物語”の言葉で話す。禍の団と同じ匂いがする。勝つためじゃない、勝った話を作るための匂い。英雄派の正当化とも似ているが、こいつはさらに悪い。正しさの仮面すら必要としていない。面白ければいい、という素直さがある。素直な悪意は、矯正できない。

 

「目的は何だ。俺を試したいのか」

 

「試す、という言い方は嫌いじゃない。君の中の闇は上質だ。上質すぎて、君自身を壊す可能性がある。だから見たい。君が壊れるのか、壊れないのか」

 

「俺が壊れたら、この街も壊れる」

 

「そうだね。だからこそ、価値がある」

 

絶花の気配が一段低くなる。青子の縫いがわずかに速くなる。二人とも戦う準備はできている。俺もできている。できているが、今は抜かない。ここで抜いたら、こいつの思うつぼだ。こいつを斬るのは簡単かもしれない。簡単な方へ行くと、街が崩れる。街が崩れれば、日常が死ぬ。俺の目的は勝利じゃない。救助だ。被害最小だ。街を戦場にしない、だ。

 

「お前を斬るのは後だ。今は、避難と封鎖が先だ」

 

「いいね。優先順位を持てるのは、強さより価値がある。国を持たない王様気取り、ってやつかな」

 

「気取りでも、誰かの幸せを守れるなら十分だ」

 

言った瞬間、胸の奥が一度だけ鳴った。破壊衝動が来る前の合図。残量が減っている直感が走る。長引かせるな、と闇が囁く。長引かせるな、という点だけは同意できるのが腹立たしい。俺は呼吸を短く、さらに短くする。言葉を増やすと削られる。削られる前に、やるべきことをやる。

 

「Ⅳ。お前は禍の団と繋がっているのか」

 

「繋がっている、というより……同じ劇場にいる。舞台装置が揃うと、役者は勝手に集まるものだ」

 

Ⅳは薄く笑い、指先で何かを弾いた。カードのような薄片が、俺の足元へひらりと落ちる。攻撃じゃない。お守りでもない。札でもない。もっと嫌なもの。目印だ。しおりだ。ここから先のページに、必ず血が付く、という栞。

 

「次は、もっといい席で観よう。君が街を守れるか、それとも君の闇が街を喰うか。どっちに転んでも、見応えはある」

 

「……消えろ」

 

「もう消えるよ。今夜は挨拶だけだ。主役の出番を奪うのは趣味じゃない」

 

影が影に戻る。光が瞬き、舞台の気配だけが残った。Ⅳの姿が消えた直後、紫の線が一段濃くなる。結界がまた、ほどける音で鳴った。青子の縫いが追いかけるように光り、絶花がスマホを握りしめる。街のどこかで、誰かの笑い声が途切れた気がした。途切れたのか、遠ざかったのか、判別できない。判別できないのが怖い。

 

「太郎、追わない。わかってるね」

 

「追わない。追ったら、街が壊れる」

 

「青子、縫いは」

 

「遅らせてる。でも“来る”。もう直前じゃない。侵入が始まる」

 

俺は足元の薄片を拾わなかった。拾ったら“観客席”に座らされる気がしたからだ。代わりに、地面に落ちたままのそれを踏まずに避け、結界の線を見据える。国はない。だが守るものはある。守る順番もある。だから俺は、刀より先に声を出す。命令という形で、手順を固める。

 

「絶花、避難導線の最終確認。封鎖区画の再指定。中継点を一つ増やせ。街を戦場にするな」

 

「了解」

 

「青子、結界の鳴りが跳ねたら即報告。俺はそこで戦闘区画を外へ押し出す」

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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