サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
結界が鳴る回数が増えたわけじゃない。増えたならまだ分かりやすい。厄介なのは、一度鳴る音の中に、もう一つ別の音が重なり始めたことだ。ほどける音の“裏側”から、別のほどけが追い越してくる。まるで縫い目が外から裂かれるんじゃなく、内側で勝手に共鳴して解けていくみたいに。俺は胸と腕だけ薄く鎧を立てたまま、呼吸を短く整える。全身を纏えば楽だ。でもその楽は、俺を“守る”から“壊す”へ傾ける。だから楽は選ばない。楽を選ぶと、禍の団が一番喜ぶ。
「音が二重になってるわね」
「止められない。でも、遅らせられる。縫いはそのためのもの」
青子の声は落ち着いていた。落ち着きすぎていて、逆に怖い。恐怖は言葉を多くする。青子は言葉を削る。削った分だけ、現実が濃くなる。絶花はスマホを握りしめたまま、封鎖区画と避難導線の最終確認をしている。国を持たない俺が作れるのは制度じゃなく手順だ。手順は脆い。脆いからこそ、今みたいな瞬間に意味がある。誰かの帰る場所を残すための、頼りない骨組み。
結界端の足元に落ちたままの“栞”が、紫の線の光を受けて微かに脈打ったように見えた。拾わないと決めたのは俺だ。あれは観客席へ座らされる合図だ。座ったら、守る側じゃなく眺める側になる。眺める側になったら、終わる。だから見ないふりをしたのに、見ないふりをしても現象のほうが寄ってくる。寄ってくる現象は、俺の中にも寄ってくる。
胸の奥が、妙な形でぞくりとした。恐怖のぞくりじゃない。怒りのぞくりでもない。もっと嫌なやつだ。懐かしさに似た反応。理解したくないが、理解は早い。俺の中のエンペラの闇が、同族の匂いを嗅ぎつけたときの反応だ。闇が“嬉しがる”気配は危険信号だ。嬉しがった瞬間、俺の意思とは無関係に力が引き出される。引き出されたら最後、禍の団の思うつぼに落ちる。俺は舌打ちを飲み込んで、足の裏を地面に押しつける。今はここにいる。今はこの街にいる。今は守る側だ。壊す側じゃない。
「太郎、気配を感じた?」
絶花が視線を外さずに言った。声の角度が低い。敵が“視界外”にいるときの声だ。
「……感じた。来る。だけど禍の団の匂いと違う」
「闘争系ね。嫌なタイプ」
青子の言葉に、結界が小さく鳴った。二重の鳴りが、今度は“擦れる”みたいに重なる。空気が沈み、紫の線が一瞬だけ太くなる。次の瞬間、結界端の空間が局地的に歪み、砂塵みたいな黒い粒子が舞い上がった。砂塵と言っても乾いた土じゃない。闇の粒だ。視界の中で、闇が粉になるときの粒。嫌なことに、粒が舞うと心がざわつく。ざわついた分だけ、闇は居場所を得る。
砂塵が、ゆっくり晴れていく。その中心に、膝をつく影が見えた。人影。だけど人の倒れ方じゃない。倒れているのに“待機している”姿勢だ。鎌状の右腕は原型を留めず、胸部の装甲には大きな亀裂が走っている。それでも、奴はそこにいた。生きている、というより、消えそこなっている。いや、消えることを許されていない。
「……ヤプール」
名前が口を滑った瞬間、砂塵の残りが喉に絡んだ気がした。こいつはそういう存在だ。肺じゃなく魂に絡む。
「また、会ったな」
低い声が、荒い呼吸の合間から漏れる。威厳は薄い。けれど薄いから弱いわけじゃない。魂だけの存在は、肉体の損耗を“負け”として扱わない。消耗戦にしかならない。それがこの亡霊の厄介さだ。
「お前……まだ残っていたのか」
「残っている、という言い方は正しくない。闘争の魂は、残るのではない。呼ばれるのだ」
ヤプールは紫の線を見た。視線が線に触れた瞬間、結界がまた鳴った。二重の鳴りが三重になりかけて、青子の縫いが光で押し戻す。縫いが綺麗に走るほど、縫う対象が汚れているのが分かる。俺は無意識に鎧を強めそうになって、すぐ押しとどめた。ここで反応するな。反応したら、こいつの土俵になる。
「この侵食……禍の団の手口か」
「名は知らん。だが性質は分かる」
「分かるって、何が」
「闘争を燃やす。憎悪を燃やす。恐怖を燃やす。燃やした火で、世界の燃費を悪くする。力を使う者ほど削れ、守る者ほど壊れやすくなる。そういう箱庭だ」
言葉が冷たいのに、妙に具体的だった。俺は背筋が粟立つのを感じた。禍の団の狙いと一致している。青子が言った“燃費の悪い空間”。俺の鎧が勝手に立ち上がりたがる理由。全部、一本に繋がる。繋がってしまうのが最悪だ。繋がった線は切りにくい。切りにくいなら、縫い直すしかない。
「だから俺がここに現れた」
「お前が現れたせいで、余計に悪化するだろ」
「そうだ。闘争の魂は、この箱庭にとって最上の燃料だ。放置すれば、この街はもっと早くほどける。お前の鎧は勝手に引き出され、お前が守ろうとするものを、お前自身が壊す」
言い方が、予言みたいに断定的だった。腹が立つより先に、怖いほど納得できてしまう。納得できるのが、一番腹立たしい。俺は拳を握りしめ、爪が掌に食い込む痛みで意識を今に固定した。痛みは現実だ。現実は守るべきものだ。
「それで、お前は何をしに来た。忠告か。嘲笑か」
「決闘だ」
ヤプールは、膝をついたまま顔だけ上げて俺を見た。その目は疲れた亡霊の目なのに、芯が折れていない。折れていないからこそ、こいつは何度でも戻ってくる。こいつの戻り方は“復活”じゃない。“呼び戻し”だ。闘争の匂いがある場所へ、勝手に戻ってくる。
「お前と俺がぶつかれば、この共鳴は一度断ち切れる。闘争の熱を、別の方向へ流すことができる。勝敗はどうでもいい。必要なのは衝突だ。お前が望む日常を残すには、まずこの裂け目を縫い直さねばならん」
青子が縫いを止めずに、わずかに視線だけ動かした。肯定も否定もない。ただ“計算”を始めた目だ。絶花は一歩、俺の前へ出た。守る姿勢じゃない。止める姿勢だ。俺が勢いで「受ける」と言わないように、体でブレーキを踏む姿勢。
「太郎、目的を忘れないで。あなたは決闘しに来たんじゃない」
その通りだ。俺は戦うためにここにいるんじゃない。救うためにいる。被害を最小にするためにいる。街を戦場にしないためにいる。だけど、ヤプールの言葉が嘘に聞こえないのも事実だった。こいつを放置すれば、共鳴が燃料になり、結界侵食が加速する。加速すれば、避難導線が間に合わない。間に合わなければ、日常が消える。戦わないことが、救助を壊す。そういう局面がある。最悪だが、ある。
ヤプールは息を吐くように、もう一度だけ言った。
「さあ、唯我太郎。決闘を受けろ。お前が守りたいもののために」
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア