サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
足元の空間に薄い光の縫い目が生まれた。円。リング。円の内側だけ、空気の密度が変わる。外側は日常のまま、内側だけが戦うための硬さになる。こういう線引きを、俺はずっと欲しかったのかもしれない。国じゃなくても境界は作れる。境界が作れれば守れる。
「ルールは三つだ」
俺はヤプールを見て言った。見て言っただけで、闇が笑うのが分かる。ルールを作るのは王様の仕事だ、と。うるさい。今だけは、都合のいいところだけ借りる。
「一、戦うのはこのリングの中だけ。二、市街へ波及させない。三、長引かせない。俺には残量がある」
「残量、だと?」
「時間制限だ。お前に説明してやる義理はない」
「いい。ならば、決闘だ。時間の中で勝者を決める」
青子の縫いが一段だけ強く光った。リングの縁に、細い刻み目みたいな“締め”が並ぶ。青子が小さく息を吐く。
「三十秒ごとに締まる。締まる瞬間は、衝撃が逃げない。そこで耐えるか、押し返すか。太郎、合わせて」
「分かった」
絶花がリングの外で身構える。避難導線の最終確認を終えた顔だ。ここから先は、俺が時間を稼ぐ番。稼いだ時間で、誰かが帰る。
「始めるぞ」
「来い、闘士ヤプール」
踏み込んだ瞬間、ヤプールの動きは“殴る”じゃなく“崩す”だった。直線じゃない。角度で入ってくる。腕の鎌は刃というより、間合いを削るための定規だ。俺の刀を真正面から受けない。受けずに、俺の足をずらし、重心をずらし、視線をずらす。戦うというより、踊らされる感覚がある。闘士、という呼び名は伊達じゃない。
俺は刀で切りにいかなかった。切れば追う。追えば長引く。長引けば残量が削れる。削れた先にあるのは“楽”だ。楽は暴走の別名だ。だから、押す。刀身を盾みたいに使って、ヤプールの角度を殺す。剣術としては綺麗じゃない。綺麗じゃないのは正しい。救助優先の剣は、鑑賞用じゃない。
「逃げる剣か、太郎!」
「守る剣だ」
ヤプールが笑って、踏み込みの速度を上げた。鎌が翻り、俺の肩口を掠める。痛みが走るより先に、闇が甘く舌なめずりをする。血の匂いが好きだ。好きだから嫌いだ。
リングが一度、鳴った。締めが来る。三十秒の終わり。青子の縫い目が円周に沿って収縮するみたいに光る。空気が硬くなり、衝撃の逃げ道が消える。ここで耐えられなければ、リングが暴れる。リングが暴れれば、波及が起きる。波及が起きれば、街が戦場になる。
ヤプールはその瞬間を狙っていた。分かっていた。分かっていても速い。鎌が俺の刀を弾き、拳が腹に沈む。臓腑が揺れ、息が抜ける。抜けた息の代わりに、闇が入り込もうとする。鎧を全部出せ、と囁く。出せば楽だ。楽なら勝てる。勝てるなら守れる。そんな嘘を、闇は本気で言う。
俺は胸と腕だけ、鎧を展開した。薄い装甲が脈動し、拳の衝撃を受け止める。全身じゃない。部分だけ。必要なところだけ。暴走の扉を、こじ開けさせない程度に。
締めの瞬間、衝撃が逃げないなら、逃がさないまま返せばいい。俺は踏ん張った。足の裏で地面を噛む。刀身で押し返す。ヤプールの体勢が半歩だけ浮いた。半歩でいい。半歩があれば、次の三十秒が作れる。
「今のは……面白い」
「観客席みたいなこと言うな。俺は役者じゃない」
「王だと言ったのは、お前だ」
違う、と言いかけてやめた。国はない。でも、命令を出している。線引きをしている。守る順番を決めている。王様ごっこでも、今日は嘘じゃない。
次の三十秒は、俺が先に動いた。踏み込みは一歩。二歩目は踏まない。踏めば追うから。追う代わりに、角度で押す。刀の切っ先をヤプールの胸ではなく、肩の外へ向ける。狙いは命じゃない。姿勢だ。姿勢が崩れれば、リングの締めの瞬間に“逃げ場”がなくなるのはヤプールの方になる。
ヤプールは読んでくる。読んできて、読んだうえで裏を取ろうとする。鎌で俺の足元を薙ぎ、拳で肩を打ち、体重を預けるように密着してくる。近い。近いと、闇が喜ぶ。喜ぶから、俺は逆に静かになる。静かにして、呼吸だけを数える。三十秒。二十秒。十秒。締めが来る。
「青子!」
「分かってる!」
青子が指を弾いた。スナップ。小さな魔弾がリングの縁に当たり、火花みたいな閃光が散る。眩しいだけで、痛みはない。眩しさが一拍、ヤプールの視線をずらす。ずれた瞬間に、俺は刀を“切らずに”入れ替えた。刃を引く。引いて、押す。体重を乗せて、肩から崩す。
リングが締まった。締めの瞬間は短い。短いのに濃い。濃いから、嘘が混ざれない。ヤプールの体勢が崩れ、逃げ道がなくなる。闘士が、闘士のまま転ぶ。転ぶ寸前、ヤプールは笑った。負ける顔じゃない。決闘を楽しむ顔だ。楽しむのは勝手だ。だが、その楽しみが街を削るなら、俺は許さない。
俺は最後の一歩だけ、踏み込んだ。部分鎧が脈動し、腕の中で闇が暴れた。暴れるな、と言い聞かせる余裕はない。ただ、目的を思い出す。勝つためじゃない。守るため。閉めるため。
刀は、ヤプールの首を狙わなかった。狙ったのは“縫い目に流す角度”だ。刃で切るのではなく、衝撃の方向を作る。俺が受けた衝撃も、ヤプールが生んだ衝撃も、締めの瞬間に逃げないなら、逃げないまま縫い目へ押し込めばいい。
青子の縫いが、リングから紫の線へ伸びた。縫い目が閉じる音がした。ほどける音じゃない。閉まる音だ。世界が、ほんの少しだけ持ち直す音。
ヤプールが膝をついた。さっきと同じ姿勢。違うのは、今度は“待機”じゃなく“終わり”の膝だということ。俺は息を吐いた。吐いた息のぶんだけ、闇が薄くなる気がした。気がしただけで、残量が戻るわけじゃない。むしろ削れている。胸の奥が、嫌なほど静かだ。静かな闇は、次に大きく暴れる。
「……なぜ殺さない」
ヤプールが言った。疲れた亡霊の声で、それでも闘士の目で。
「殺したら、俺が俺じゃなくなる」
「エンペラ星人のようになりたくない、か」
「そうだ」
答えた瞬間、リングの外で絶花が小さく頷いたのが見えた。避難は進んでいる。封鎖も維持できている。街は、まだ街だ。俺はヤプールを見下ろしながら、次の戦いの匂いを嗅いだ。禍の団は、きっとここから本気で来る。閉めた扉を、蹴破りに。
ここで終わりじゃない。ここから始まる。だからこそ、俺は言葉を選ぶ。
「誓え。二度と俺以外を襲うな。敗北した者の運命は、勝者が決める。王としての命令だ」
ヤプールの唇が歪む。嘲笑か、諦観か、それとも――ほんの少しの敬意か。
「よかろう」
短い返事が、リングの外へ漏れないように落ちた。俺は刀を下ろし、呼吸をもう一度だけ整えた。残量は減っている。破壊衝動は、相変わらず胸の底で爪を立てている。それでも前よりは、制御できる。制御できるぶんだけ、苦しい。苦しいけど、選んだのは俺だ。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア