サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
「縫いは……保つ。でも長くは無理。閉じてるだけ。消したわけじゃない」
青子が淡々と言う。淡々とした声は救いでもあるし、刃物でもある。現実を切って見せてくるからだ。俺は「分かった」とだけ返して、足を一歩引いた。リングの外へ。外へ出れば、街はまだ街のままだ。戻る場所を残すために、戻る場所の外で戦った。そういう手順が成立した。それだけで十分なはずだった。
十分なはずなのに、胸の奥が嫌な音を立てた。鼓動じゃない。鼓動の裏側で、別の何かが爪を立てる音。エンペラの闇が、舌打ちみたいに笑う。「まだだ」と言う。「まだ続く」と言う。続かせる気か、俺の身体を使って。冗談じゃない。
俺は鎧をさらに薄くした。胸と腕だけ。さっきの決闘の名残で、装甲の継ぎ目から黒い霧が滲む。滲むのは弱さだ。弱さは嫌いだ。でも、滲む闇を止めるには、逆に全身を纏って押さえ込むしかない。押さえ込むのが一番危ない。だから俺は薄くする。薄くして、漏れる。漏れるのを自分の意思で見張る。矛盾みたいな制御。
その漏れた闇が、地面に落ちた。
落ちた闇が、霜に吸われた。
吸う? 氷が? 霜が? そんなはずはない。氷は冷やすだけだ。燃やしたり、喰ったりはしない。常識的には。だけど常識が通じないのが、いま俺が立っている場所だった。リングの内側。戦場として人工的に切り取った小さな円。ここでは衝撃が逃げない。余熱が残る。余圧が沈む。沈んだものは、別の形で浮き上がる。
足元に広がる霜が、白じゃない。黒い。黒い霜なんて聞いたことがない。黒いのに冷たい。冷たいのに闇の匂いがする。俺は背筋が冷えるのを感じた。冷えるのに、嫌な汗が出る。時間がない。ここでトラブルが増えるのが最悪だ。最悪が増えると、最終的に最悪しか残らない。
「青子、見えるか」
「……見えてる。霜が“寄ってる”」
青子の視線がリングの中心に釘付けになる。縫いを止めてないのに、手が一瞬だけ遅れた。遅れたのは焦りじゃない。理解の速さだ。理解した瞬間、人は一拍止まる。
霜が、点から線になった。線が円になった。円が渦になった。渦の中心に、何か硬いものが生まれる。氷の棘。棘が装甲板みたいに噛み合っていく。氷が鎧を作る? 違う。氷が鎧を“生やす”。生き物みたいに。しかも、その鎧はただの氷じゃない。紫がかった光が継ぎ目に走る。アーマード・ダークネスに似た、嫌な光だ。
俺の喉が勝手に鳴った。前回、俺はグローザムを粉々にして、黄金と雷の奔流で押し潰した。あれで終わったと思った。終わったと思いたかった。だけど終わる相手なら、暗黒四天王なんて呼ばれない。終わらない相手だから、四天王なんだろう。ほんと、肩書きって便利だ。
霜の渦の中心から、声が漏れた。声というより、冷気が言葉の形を取ったみたいな音。
「……皇帝の末裔よ」
名前じゃなく属性で呼ばれるのは、妙に腹が立つ。だけど腹が立つのは、呼び名が正しいからだ。俺の血は、否定できない。否定したいけど、否定するほど闇が喜ぶ。
氷の身体が立ち上がる。立ち上がる、というより、組み上がる。腕、肩、胸、頭。最後に顔の位置に、冷たい仮面みたいな輪郭がはまった。そこに闇の装甲が上から重なる。アーマード・グローザム。氷が闇を着ている。闇が氷を固めている。相性が悪いはずの二つが、最悪な形で噛み合っていた。
「未だ、決着はついていない」
グローザムの声は前回より落ち着いていた。負けた者の声じゃない。負けたのに、負けを飲み込んだ者の声。武人の声。武人ってやつは、敗北を燃料にする。燃料にすると、また立つ。立つな。今は立つな。立たれると困る。困ると時間が減る。時間が減ると、救助が遠のく。
「太郎、これ……あなたの闇を吸ってる」
青子が言った瞬間、俺の胸の奥が一段冷えた。吸っている。つまり、俺が落ち着こうとすればするほど、逆に鎧を薄くして漏らした闇が、あいつを完成させる。俺の制御が、敵の補給になる。最悪の循環。
「……くそ」
声が漏れた。焦りが漏れた。漏れた焦りに反応して、鎧が一瞬だけ脈動する。滲む闇が増え、霜がさらに黒くなる。グローザムが口の端を歪めた。笑みじゃない。満足だ。試し合いに必要な条件が揃ったという満足。
「お前の闇は、冷気を喰うと言ったな。ならば我は、その闇を喰って立つ。武人として、再戦を望む」
「望むのは勝手だ。でも、こっちは時間がない」
言い返した瞬間、自分の声が思ったより尖っていた。尖って当然だ。八坂の救助が優先だ。禍の団の最終決戦が迫っている。避難の締め切りがある。俺の残量も減っている。戦うために戦ってる場合じゃない。なのに、目の前に“戦わないと次へ行けない壁”が生える。壁は氷でできていて、闇で補強されている。悪趣味な建築だ。
「ならば短く終わらせろ。皇帝の末裔よ」
「……言われなくても分かってる」
絶花が一歩前へ出た。リングの外側に立ったまま、声だけが鋭い。
「太郎、長引かせないで。今度は街が持たない」
「分かってる。だから――」
俺は青子を見る。青子はすぐ理解した顔で頷いた。
「縫いはリングを維持しつつ、あなたの“縫い止め”に回せる。暴走しそうなら、縫う。問答無用で」
「助かる」
助かる、と言った瞬間に思う。助かるって言葉は本来、俺が誰かに言われる側の言葉じゃないのか。王様ごっこなのに、俺はまだ誰かに助けられている。助けられているから立てる。立てるなら、やる。
俺はリングの内側へ戻る。戻った瞬間、空気が硬くなる。締めがまた来る。三十秒。短い。短いのに、今の俺にはありがたい。短ければ長引かせられない。長引かせなければ、目的から逸れない。
「ルールは同じだ、グローザム。ここから外へ出るな。街へ波及させるな。長引かせない」
「よかろう。武人として受けよう」
受ける、と言いながら、グローザムの視線は俺の胸部装甲に刺さっていた。闇の漏れ口。補給口。自分で自分の急所を教えているみたいで、気分が悪い。
リングの縁が、微かに鳴った。締めの予告。俺の残量が、また一段減る直感が走る。焦りが喉の奥に溜まる。溜まった焦りを、闇が舐め取ろうとする。舐め取らせない。俺は呼吸を短く、さらに短くした。怒りも焦りも、息の中に閉じ込める。閉じ込めたまま動く。閉じ込めたまま斬る。閉じ込めたまま守る。
刀を呼ぶ。闇が形を作りたがるのを、最小限の輪郭だけで押さえる。刃は薄く、短く、速く。派手さより手順。勝利より救助。
「来い」
俺が言うと、グローザムの右腕が氷の刃へ変形し、さらに闇の装甲がその刃を覆った。冷気の刃に闇の鎧。こいつは俺の闇を吸って、俺の闇の模倣を始めている。模倣が上手い敵は厄介だ。上手いほど、殴り返すのが難しい。
時間がない。だから迷っている暇もない。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア