サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
リングの内側は、空気が硬い。硬いくせに、冷たい。冷たいくせに、黒い霜が生えてくる。黒い霜なんて、世界が悪ふざけを始めた証拠だ。俺の胸と腕の装甲の継ぎ目から滲んだ闇が、地面に落ちる前に“吸われている”のが分かる。吸われている、という言い方が正しいのも腹立たしい。漏れる闇は弱さで、吸われる闇は失点だ。失点が積み上がると、残量が減る。残量が減ると、判断が雑になる。雑な判断の先にあるのは、王じゃなくて化け物だ。
「皇帝の末裔よ。再戦を望む」
アーマード・グローザムは、武人みたいな声で言った。声だけが武人で、身体は氷と闇の合成物だ。氷の刃が闇の装甲をまとっている時点で、だいぶ反則じみているのに、本人は堂々としている。その堂々が一番厄介だ。堂々としてる奴は、引かない。
「望むのは勝手だ。でも長引かせる気はない」
言い返した瞬間、胸の奥が「減った」と告げた。直感が数字みたいに刺さる。時間は増えない。減った分だけ、こちらの世界が薄くなる。薄くなるのは、たぶん俺の方だ。
「太郎。吸収、止める?」
青子がリングの外で言った。淡々としているのに、選択肢の重さだけが鉛みたいに落ちてくる。止める、は勝つための手段だ。だが止め方には種類がある。相手を止めるか、自分を止めるか。
「……俺を縫え」
「了解」
即答だった。ためらいがないのが、頼もしいのか怖いのか分からない。たぶん両方だ。青子の指が走り、空中に薄い光の糸が生まれる。糸はリングの縁じゃない。俺の装甲の継ぎ目へ伸びてくる。胸部装甲の合わせ目、肩の関節、肘の内側。闇が滲みやすい場所を、分かっている手つきで縫い留めていく。
縫われた瞬間、鎧が静かになった。脈動が止まる。誘惑の声が遠のく。代わりに、身体が重くなる。闇のブーストが抜けたみたいな鈍さ。これで戦うのか、という疑念が、焦りより先に浮かぶ。
「……軽くなるのが怖いって言ってたけど、重くなるのも怖いわね」
「どっちも怖い。だから今は、怖い方を選ぶ」
グローザムが動いた。右腕の氷刃が、闇装甲ごと唸りを上げて迫る。俺は刀を呼ぶ。闇の刀は、いつもより薄い。輪郭だけ。刃というより、刃の“約束”だ。これ以上濃くすると、縫い目が破れて漏れる。漏れたら吸われる。吸われたら長引く。長引いたら終わる。
キン――!
硬質な音が弾けた。受けた衝撃が、いつもより骨に残る。鎧が薄いんじゃない。鎧の“力”が薄い。受け止めるのは技術で、耐えるのは筋肉で、間違えたら肉が裂ける。王様ごっこが、一気に生身の喧嘩に戻った。
「どうした! 皇帝の闇が痩せたか!」
「痩せたのは闇だ。俺はまだ痩せてない」
痩せてない、と言いながら、息が浅い。焦りが喉の奥で暴れる。八坂救助は終わった。だから今は戦いだけでいい。……のはずなのに、戦いだけでいい局面ほど、余計なものが混ざる。残量とか、暴走とか、世界の縫い目とか。普通の剣戟に戻れない身体にしたのは、たぶん俺だ。
グローザムの刃が連打で来る。氷の重さに闇の装甲の重さが乗って、押し合いになるたび地面が凍り、黒い霜が広がる。だが、その黒い霜が“濃くならない”。吸える闇が来ないからだ。グローザムの装甲が、微かに鳴った。飢えの音。俺はそれを聞いて、背中の奥が少しだけ冷えた。勝ち筋が見えたからだ。
勝ち筋が見えた瞬間、人は欲張る。欲張った瞬間、隙が生まれる。隙が生まれた瞬間、闇が笑う。だから俺は欲張らない。やることは一つに絞る。相手を倒す、じゃない。相手の“補給”を断った状態で、核を砕く。それだけ。
俺は踏み込みを短くした。前へ出ない。横へ滑る。剣術というより、足で生き残る戦い方だ。グローザムは正面から来る。武人だからだ。武人だから、角度を変えるのが遅い。アーマード化で速度が落ちるなら、落ちた速度に、こちらの足を合わせればいい。
青子の糸が、俺の胸で一度だけきしんだ。縫い目が、衝撃に耐えている音だ。俺はその音を合図にした。縫い目が耐えているうちは、闇は漏れない。漏れないうちは、グローザムは強くならない。強くならないうちは、勝負は“俺の技術”の土俵に戻る。
「……いい目だ、末裔。だが、その縫いはいつまでも持たぬ」
「持たせる必要はない」
俺は一歩、わざと遅れた。グローザムが間合いに入る。氷刃が肩を狙う。俺は受けない。受けると糸がきしむ。きしむと漏れる。漏れると吸われる。だから受けない。かわす。かわした刃が空を切る瞬間、グローザムの胸部の装甲が僅かに開いた。鎧の継ぎ目。氷の核が“再生”するための中心。前回、俺が削った場所がまだ完全に戻っていない。武人の執念は戻っても、素材の帳尻は戻りきらないらしい。
俺は刀を振り上げなかった。派手な斬撃は要らない。必要なのは、継ぎ目に刺さる角度と、躊躇のない速度だ。刃を寝かせ、体重を乗せ、滑り込ませる。
ズン、と衝撃が返ってきた。金属でも氷でもない、嫌な手応え。核に当たった。
次の瞬間、グローザムの装甲がひび割れた。ひび割れ方が、前回より遅い。闇を吸っていないからだ。補給がないから、装甲が固まらない。固まらないなら、割れる。割れるなら、終わる。
「な……っ!」
グローザムが後退しようとする。だが武人は後退が遅い。俺は追わない。追うと長引く。長引くと縫いが切れる。だから追わない代わりに、間合いの中に“置く”。刀を置き、足を置き、次の一撃の予告を置く。武人は予告に反応する。反応した瞬間、動きが固定される。
「……皇帝の末裔よ!」
「俺は俺だ」
返したとき、青子の糸がもう一度だけきしんだ。限界が近い合図。残量も減っている。破壊衝動が、遠くで爪を立てた。以前より頻繁に来る。だが以前より薄い。薄いぶんだけ、長く苦しい。
俺は息を短く切って、最後の一撃だけを決める。核を砕く。砕いて、再生の足場を奪う。殺すかどうかは、後で考える。今は“止める”。
刃が走った。ひび割れが広がった。黒い霜が一瞬だけ舞ったが、濃くならない。濃くなる前に、青子の縫いが俺の胸を締め、闇を押し戻した。締められる痛みがある。痛みがあるから、正気が残る。
グローザムの身体が崩れた。崩れ方は爆発じゃない。組み上がっていた鎧が、順番にほどけていく。ほどけるたび、氷が白に戻っていく。黒い霜が剥がれ落ち、紫が薄れていく。最後に残った核が、小さく震えた。
「……まだ、終わらん……」
「終わる。少なくとも、今日は」
俺は核に刀の切っ先を向けたまま、動かない。動けば追撃できる。追撃すれば完全に消せるかもしれない。だが追撃すれば、糸が切れる。糸が切れれば、俺が俺じゃなくなる。俺が俺じゃなくなったら、次の敵はグローザムじゃなくて俺だ。
核が凍った音を立てて静かになり、やがて霧みたいに散った。再戦の約束みたいな冷気だけを残して。
「太郎、縫い、解く?」
「……まだ解くな。今解いたら、漏れる」
「了解」
リングの外で絶花が息を吐くのが聞こえた。街は、まだ街のままだ。勝った、というより、保った。保てたのは、俺が強いからじゃない。俺が自分を縫われる程度には、弱さを認めたからだ。
そしてその弱さが、たぶん王に必要なやつだ。格好良くはないけど。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア