※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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IVの正体

空気が一度だけ裏返った。街灯が瞬いたわけじゃない。視界の明暗が、誰かに指で弾かれたみたいに切り替わる。青子の縫いで張った“幕”が、外側からそっと撫でられた感触がした。破るでも押すでもない。触れた事実だけを残してくる触れ方だ。背中の奥で、エンペラの闇が「来た」と笑った。笑わせたくないのに、笑われる。

 

「……来たな」

 

「ええ。手触りが、さっきまでと違う」

 

 幕の向こうに影が立つ。人の形。薄い輪郭。次の瞬間、影がひっくり返るようにこちら側へ滑り出て、若い男が現れた。金の前髪が片目を隠し、紫がかった瞳が俺たちをまっすぐ測る。白を基調にした服は清潔なのに、刃物の匂いがした。笑みの形だけは柔らかいのに、中身は冷たい。

 

「用意がいいね。ここまで整えてくるとは思わなかった」

 

「褒め言葉に聞こえないな」

 

「褒めてるよ。準備ができる相手は、壊しがいがある」

 

 ぞっとする。冗談みたいに言うから余計に質が悪い。俺は囮として置いた闇の塊に視線を落とさず、男の足元だけを見る。距離と軸。ここで言葉に乗ったら負ける。

 

「Ⅳ。お前の狙いは何だ。俺を試すのか、誘導するのか」

 

「どっちでもいい。結果が見たいだけだ。君が踏ん張れるのか、それとも飲まれるのか」

 

「踏ん張る。だから、覗いてないで入ってこい」

 

「誘ってるのか」

 

「呼んでるんだ。ここは俺の手順で動かす」

 

 青子が一度だけ小さく頷く。合図。俺は胸の継ぎ目に残る縫いの感覚を確かめた。漏らすのは一滴だけ。匂いだけを混ぜる。やり方としては最低だが、相手に合わせるならこれしかない。

 

「青子、合図したら締めろ。問答無用で」

 

「分かってる。無茶するなら、私が止める」

 

 俺は息を短く切って、闇を一滴だけ漏らした。空気が甘く冷える。Ⅳの視線が、ほんの一瞬だけ囮へ落ちた。口元が僅かに上がる。食いついた。

 

「……なるほど。わざと匂いを足したな」

 

「入るか、帰るか。どっちだ」

 

「入るよ。ここまで言われて引いたら、君ががっかりするだろ」

 

 Ⅳが一歩踏み出す。青子の“幕”が反応し、縫い糸が面を締めて内側へ引き寄せる。こちらの都合の区画に相手を入れる。手順としては成功――のはずなのに、Ⅳは抵抗しない。抵抗しないどころか、楽しそうに息を吐いた。自分から檻に入ってくる獣が一番怖い。

 

「悪くない。逃げ道を残さないのは、判断として正しい」

 

「評価はいらない。次はお前の番だ。手札を見せろ」

 

「いいよ。君たちが“何を相手にするのか”ぐらいは、先に見せておこう」

 

 Ⅳの影が濃くなった。影が濃くなるのに、本人の輪郭はむしろくっきりする。立ち方が変わる。肩の位置、重心、目つき。さっきまでの“観察者”の姿勢が消えて、“戦うやつ”の姿勢が前に出た。服の白が沈み、黒と鈍い銀が浮く。赤い差し色が、そこだけ妙に生々しい。顔立ちは大きく変わらないのに、空気が別人だ。笑っていないのに、余裕だけが残る目。皮肉と獣味が同居した目。

 

「……何だ、その変わり方」

 

「さっきまでの顔は、話をするための顔だ。こっちは、斬り合うための顔」

 

「太郎、これ……同じ人間に見えない」

 

「同じだよ。ただ、方向がはっきりしただけだ」

 

 俺の言葉に、Ⅳが薄く笑う。

 

「名前なんて知らなくていい。今は、目の前の俺を相手にすればいい」

 

 青子の縫いが、微かに鳴った。幕が張り詰める音。俺の胸の縫いが耐える音。残量が減っていく直感が、また一段刺さる。焦りが喉の奥で暴れる。暴れるのを息で押し込める。

 

「……始めようか」

 

「来い。今度は逃がさない」

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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